無理です山下さん、やめてください福島県 (その2/2)

亀田総合病院 小松秀樹

2011年11月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
その1/2から続き)

○福島県
山下氏のもう一つの失敗は、うかつにも、福島県と組んだことです。福島県は、震災への対応で、被災した県民の利益を損ねる問題行動が目立ちました。双葉病院事件のように、県の職員の言動に問題があって社会に大きな迷惑をかけても、責任を明らかにして謝罪するなどの後始末をしようとしません。
南相馬市の緊急時避難準備区域に住民が戻った後、法的権限なしに、書面を出すことなく、口頭で入院病床の再開を抑制し続けました。当時(2011年5月)も今(2011年11月)も、この地域の入院診療サービスは、住民数に比して大幅に不足しています。入院診療が抑制されたため、民間病院の資金が枯渇しました。苦戦が今も続いており、存続できるかどうか、ぎりぎりの状況です。

福島県立医大は、2011年5月26日、学長名で、被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという文書を学内の各所属長宛てに出しました。行政主導で行うからそれに従えとの指示です。福島県の指示による文書だと推測されます。本来なら大議論が始まるはずですが、県立医大内部に、個人の自由闊達な意見のやり取りが生じた気配が見てとれません。自ら考える個人の存在が見えません。学問は、方法を含めて、何が正しいのか、学問の担い手が自分で考えて提示します。担い手は、所属施設はあるにしても、基本的に個人です。多様な意見を許容することが、学問の進歩の前提条件です。行政は学問の担い手ではありません。別の論理で動くので、行政が学問を支配すると、行政の都合でデータの隠蔽や歪曲が生じかねません。

被ばくの被害として、最も注意すべきは、チェルノブイリで見られた小児の甲状腺がんです。放射性ヨウ素による内部被ばくが原因だとされています。チェルノブイリと福島を比較検討する必要があります。放射性ヨウ素が環境中に放出された総量、放出された期間、体内への取りこみ量などを可能な限り推計して、比較したいところです。放射性ヨウ素は半減期が短いので、南相馬市で内部被ばくの検査が可能になった時には、すでに検出されなくなっていました。内部被ばくの検査を担当してきた東大医科研の坪倉医師は、セシウムによる内部被ばくがごく軽度だったこと、放射性物質の体内への取り込みが継続していないことなどから、大きな被害はなさそうだと予想しています。しかし、予想は予想であって、結果ではありません。どうしても観察は継続しなければなりません。

なにより重要なことは、長期間にわたる小児の甲状腺がんの検診です。被害を小さくするには、早期発見が求められます。逆に、チェルノブイリで甲状腺がんがたくさん発生した時期になっても、福島で発生していないことが明らかになれば、子供たちとその親の安心感は高まるはずです。ホールボディーカウンターによる内部被ばくの調査と同様、市町村の方が、住民に近いので、県よりきめ細かな検診が可能です。

ところが、南相馬市の病院には、甲状腺の専門家や甲状腺の超音波検査に習熟した技師がいません。そこで、地元の病院の院長が、関西の専門病院の協力を得て、小児の甲状腺がんの検診体制を整えようとしました。講演会や人事交流が進められようとしていた矢先、専門病院に対し山下俊一氏と相談するよう圧力がかかり、共同作業が不可能になりました。この専門病院に連絡したのは、県立医大の外科医だそうです。邪魔する正当な理由は考えられません。

さらに、福島県は、南相馬市立総合病院で実施した内部被ばくのデータを一人あたり、5000円で提供するよう、市立総合病院に要請しました。県も内部被ばくの検査を行っています。本来は、それぞれで、成果を発表し、議論するのが学問のあるべき姿です。意見の違いが、進歩を生みます。互いにデータを検証するのは良いにしても、県が一括管理するのは、あまりに危険です。震災での福島県の数々の不適切な行動が、危険であることを証明しています。
福島県・福島県立医大は、放射線被ばくについての被災者の不安が強かったにも関わらず、検診や健康相談を実施しようとしませんでした。しびれを切らした市町村が、県外の医師たちに依頼して検診を始めたところ、県はやめるよう圧力をかけました。

除染についても、住民や市町村は県が主導権をとることを期待しましたが、県は動こうとしませんでした。そこで、地元の高橋亨平医師が中心になって、妊婦の自宅や、子供が集まる場所の除染を開始しました。高橋亨平医師が、協力者と、飯館村で除染の効果を検証するための実験を実施しようとしたのを、県が邪魔したと協力者本人から聞きました。県として、邪魔するという行動を選んだことに、びっくりしました。利害得失の判断過程が想像できませんでした。
検診や日常生活の場の除染は、本来、住民に近い市町村が担当すべきです。県を頼りにするのは、県が財源を握っているためではないでしょうか。県は、財源を住民に近い市町村に渡すべきです。

福島県は、自ら関与していないにもかかわらず、地元の市町村が独自に行った検診結果を県に報告せよ、ついては、個人情報を出すことについての同意を地元で取れと指示しました。県や福島県立医大の職員は、検診場所に来ていません。市町村は県の出先機関ではありません。
福島県の指示で動く医師には、住民の生活上の問題や不安に向き合おうとする個人として顔の見える医師がいませんでした。山下氏の言動の影響もあり、福島県の健康調査について、県民に不信感が広がっています。

私自身の体験からも、福島県には、疑問を呈さざるを得ません。私の勤務する亀田総合病院は、東日本大震災で、透析患者後方搬送(文献2)、老健疎開作戦(文献3,4)、知的障害者施設疎開作戦(文献5)、人工呼吸器装着患者8名の受入れなどの救援活動を、鴨川の様々な機関や個人と協力して実施してきました。いずれも、対象は福島県民でしたが、福島県がしばしば活動の障害になりました。

透析患者約800名の後方搬送では、福島県は、自ら搬送するとして、民間での搬送をやめさせておきながら、すぐに搬送を放棄しました。結局、民間のネットワークで搬送しました。福島県は、救援を遅らせただけでした。現場を混乱させましたが、中止に至った経緯の説明はありませんでした。無責任かつ傲慢と言わざるをえません。民間の組織や個人なら許されません。老健疎開作戦を実行した際には、邪魔されると思ったので、県には一切相談しませんでした。人工呼吸器装着患者の搬送では、県を通さず、官邸を通して自衛隊に頼みました。
おそらく、いたるところで福島県民の利益に反する対応があったと推測します。3月18日に届いた浜通りの中核病院の医師からのメールを紹介します。

昨夜、20km前後で取り残されている500人前後の患者を、当院を中継地として県外に搬送する作戦を、DMATを集結して今日から行うと言う事になり、まず150人を移送する為に鋭意準備を進めていました。一時的に収容出来る屋内スペースも作り、院長・救急センター長以下、頑張っていました。ところが、昨日深夜になって中止になりました。
県が断ったと言うのです。理由は搬送先が決まっていないのに動かすな、でした。県の幹部は誰もここまで見に来ていませんし、残留している施設にも電話等で直接状況を問い合わせていないのです。一刻も早い避難勧告地域からの撤退の為に現場が頑張っているのに、県に潰された格好です。そこにいる人達がどの位持つのかもわかっていないのに、です!
DMATを投入するために役割分担も決め、まさにGOサインを出した直後に潰されたため、 DMATの人達もこの次はこんなに早く集結してくれないのではないかと危惧しています。
県と県、県と国との要請手順の手違い、との話も漏れ聞いています。 真実は分かりませんが、 何とか、国が主導して搬出作戦を直ぐに再開出来ないでしょうか? 県の一瞬の判断躊躇でどんどん患者さん達が死んでいくんです。 事件は現場で動いているんだ!と申し上げたい。よろしくお願いします。


○憲法上の県の位置づけ
県というのは、実にあやふやな存在です。国には外交や国防といった国にしかできない役割があります。地方自治の主体は住民に近い市町村です。このため、市町村は基礎自治体と称されます。

なぜ県が必要なのか。日本国憲法には県と市町村の区別についての記載はありません。憲法92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定しています。「地方自治の本旨」には、「住民自治」と「団体自治」の二つの意味があるとされています。「住民自治」とは、地方公共団体の運営が住民の意思によって行われるべきことを意味します。「団体自治」とは、国とは独立した、すなわち、国の言いなりにならない団体が自治を担うべきであることを意味します。憲法学者の高橋和之氏は、地方自治の本旨について、「国家と地域的自治団体との間のチェック・アンド・バランスにより、個人の自由を護る」(『立憲主義と日本国憲法』有斐閣)ことだと説明しています。さらに、「団体自治における国とのチェック・アンド・バランスの観点からは、市町村は規模が小さすぎて国と十分に対抗し得ない危惧が残るため、都道府県を挿入したと理解することができる」と述べています。

しかし、県庁の役人は、憲法の規定より、むしろ、歴史的経緯で動いています。都道府県は、明治維新から太平洋戦争後まで、中央政府の地方行政機関でした。知事は選挙で選ばれるのではなく、勅任官でした。近代憲法の特徴である立憲主義とは、「人権保障と権力分立原理を採用し、権力を制限して自由を実現する」(同前)ことを意味します。戦前の県は立憲主義に基づく「団体自治」の担い手とはまったく逆の存在でした。戦後も、福島県のみならず、ほとんどの県の役人の気分は、国の出先機関のままでした。上位下達の中間に位置するので、住民の生活との間に距離があります。存在感を示しにくいので、権威を欲しがります。所詮、空虚な権威なので、市町村や住民に対して傲慢になり、国に対して卑屈にならざるをえません。日本国憲法の体現する基本価値は個人の尊厳ですが、県庁の姿勢は、個人の尊厳を守るどころの話ではありません。

住民にとって切実な施策の実行を遅らせる、重要な情報を開示しない、状況を説明しない、市町村が住民のために行おうとすることを邪魔する、このようなことはすべて、権威を保つためだと想像します。困らせて、頼らせることが統治の常套手段なのです。この状況をみていると、県は不要ではないかと思ってしまいます。憲法99条は国民ではなく、公務員に憲法を尊重し擁護する義務を負わせています。これは、人権を侵害するのが公権力だからです。福島県庁の職員は、憲法の意味を理解しているのでしょうか。県がなければどうなるのか、困るのか、良くなるのか、本格的シミュレーションが必要かもしれません。

<文献>
2.小松秀樹:ネットワークによる救援活動 民による公の新しい形.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.103, 2011年4月5日. http://medg.jp/mt/2011/04/vol103.html#more
3.小松俊平:老健疎開作戦(第1報). MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.76, 2011年3月21日, http://medg.jp/mt/2011/03/vol76-1.html#more
4.小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.89, 2011年3月26日.
http://medg.jp/mt/2011/03/vol89.html#more
5.小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.124, 2011年4月14日. http://medg.jp/mt/2011/04/vol124-1.html#more


----------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会


2011年11月20日

 

無理です山下さん、やめてください福島県 (その1/2)

亀田総合病院 小松秀樹

2011年11月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

○クライシス・コミュニケーション
長崎大学教授の山下俊一氏は、福島県に招聘され、「火中の栗を拾う覚悟で」放射線健康リスク管理アドバイザーに就任しました。放射線に対する過剰な恐怖がもたらす害を心配したためだろうと思います。放射能トラウマ(文献1)が、子供たちにまで影響を与えているらしいことを考えると、先見の明があったと言わざるをえません。このためでしょう、山下氏は住民を対象に講演を繰り返しました。m3の橋本佳子編集長によるインタビューで以下のように答えています。

「最初は危機管理、クライシス・コミュニケーションの立場からお話していたのですが、4月に文科省から『数字』が出た以降は、リスク・コミュニケーションに変わりました。」
「クライシス・コミュニケーションの基本は、白黒はっきりしたことを言うこと。危ないか、危なくないか。皆をパニックにしないことが重要だからです。しかし、リスク・コミュニケーションの場合は、分からないところ、グレーゾーンの議論が出てきます。」

クライシス・コミュニケーションとリスク・コミュニケーションで、説明内容が異なるとすれば、同一人格が両者を担当すると、信用されなくなります。
さらに、このようなコミュニケーションの分類を提案したのが、外国の学者だとすれば、信用するのは馬鹿げています。第一に、原発事故のような修羅場は、想像力でカバーできるものではありません。原発事故によるクライシスへの対応は、選挙の洗礼を経ていない学者には無理というものです。第二に、納得の仕方は歴史と文化に根ざしているので、背景となる文化ごとに適切な方法が異なります。
ネット上には、山下氏の講演での発言として、以下のような文言が挙げられています。発言の映像もネット上で見ることができます。

「これからは福島。フクシマ、フクシマ、フクシマ。福島は何もしないで有名になった。広島、長崎は敗けた。」
「放射線の影響は、にこにこ笑っている人には来ません。くよくよしている人に来ます。」
「私は安全を皆さんに言っていない。安心を語っている。」

映像を見て、驚きました。ジョークがジョークになっていません。聴衆がいら立っているのが見てとれました。病院では、医師にひどいことを言われたという投書は、珍しいものではありません。確かに問題のある医師もいます。しかし、患者・家族は追い詰められた状況にあるので、人によっては、医師のささいな言葉で傷つきます。通常の対話では問題にならないことで、大騒ぎになることがあります。このあたりの機微に疎いと、普通の社会人では問題視されないレベルでも、研修医は要注意扱いになります。臨床医として経験を重ねるうちに、対話能力は向上します。慎重に言葉を選びながら、相手の反応を確認しつつ対話を進めるようになります。山下氏は臨床医としての経験があったのでしょうか。
山下氏は、住民に安心を与えることには失敗したと思います。一部の住民に嫌われ、解任の署名運動が起こりました。


○リスクの相対化
私は、被ばくについて、大きな健康被害はないだろうという、山下氏の発言はたぶん正しいと思っています。ただし、実際の被ばくの状況を再現できるような完璧な情報があるわけではないので、注意深い監視が必要です。私は、被ばく医療については素人ですが、素人による大きな枠組みの科学的議論は有用だと思っています。東日本大震災と原発事故は、プロがあてにならないことを示しましたから。

現時点の外部被ばくについては、南相馬市立総合病院の玄関先で、空間線量は毎時0.2から0.3マイクロシーベルト程度です。0.4と多めに見積もって、24時間、365日、屋外で生活したとしても、年間3.5ミリシーベルトにしかなりません。南相馬市立総合病院の及川友好医師や東大医科研の坪倉正治医師たちによるホールボディーカウンターのデータでは、内部被ばくは、チェルノブイリよりはるかに軽度でした。南相馬で4月以後活動している坪倉医師に内部被ばくは生じておりません。今後、一定以上に汚染された食物を摂取しないという条件が守られれば、健康被害が生じる可能性は低いだろうと思います。

そもそも、環境中には自然放射線として、地殻と宇宙線による外部被ばく、放射性カリウムなどによる内部被ばくがあります。宇宙ステーションに滞在すれば1日、1ミリシーベルトの線量を被ばくします。加えて、日本人は、医療被ばくが多いと言われています。放射線医学総合研究所によると、CT検査1回あたりの被ばく線量は、5~30ミリシーベルトです。それでも、検出できるほどの健康被害が生じるとは思われていません。CTは有用ですが、病変を実際に描出するより、念のために撮影されることがはるかに多いのが現実です。CT検査による被ばくを少なくしようという意見はあるものの、CTによる具体的被害が問題になったことはありません。

山下氏は、ミスター100ミリシーベルトと呼ばれました。過去に、年間100ミリシーベルトの被ばくで、大きな被害が知られていないこともその通りです。放射線被ばくに安全域がなく、少しでも被ばくすると、その分、がんが発生するという仮説があります。これが正しければ、年間、1ミリシーベルトでも100ミリシーベルトでも、がんの発生は線量に応じて増えるはずです。外出しても、飛行機に乗っても、がんの発生が増えることになります。そもそも、日本人の30%が、がんで亡くなっています。死亡原因にならないがんも多数あります。前立腺がん以外の病気で死亡した男性の前立腺を細かく調べると、高率に前立腺がんが見つかります。80歳以上の男性では、50%以上に前立腺がんが認められます。被ばくによるがんの発生の増加があったとしても、100ミリシーベルト程度なら、増加幅に比べて、普通の日本人のがんの発生率が大きすぎるので、統計学的に差を検出するのは難しいと思います。実際、たばこに比べると、増加幅は、はるかに少ないはずです。

私は100ミリシーベルトまで平気で浴びなさいと主張しているわけではありません。被ばく線量が少なければ少ないほど望ましいのは間違いありません。それでも、被ばくを恐れて、シェルターにこもりっきりになれば、社会との付き合いがなくなり、経済的に破綻します。社会的孤立や貧困は健康をひどく損ねます。子供の将来にも大きな影響を与えます。健康を損ねて病院に行けば、医療被ばくを増やします。どこまで犠牲を払って対応するのか、リスクを相対化して考える必要があります。


○安心を伝えるのが善か
3月12日、原子力保安院の記者会見が、かえって国民の疑心暗鬼を煽るものだと思ったので、知人の与党幹部と経産省の幹部に以下のようなメールを送りました。

「原子力保安院の記者会見は危機管理になっていません。半径20キロ以内を避難させる理由が説明されていません。官僚が重要なことを隠しているというメッセージになっています。」
「最悪の事態を覚悟していること、日本に降りかかった難局に責任者としてあらゆる対応をとる覚悟であること、日本人の難局に当たっての能力を信頼していること、協力をお願いすることなどを、菅総理自ら率直に国民に語るべきだと思います。」

経産省の幹部からは以下のような返事がきました。官邸にも私と同じ考えがあったことをうかがわせます。

「夜以降の発表は、総理、官房長官、経産大臣が、納得がいくまで、話を聞いて、彼らが発表することにしました。」

「最悪の事態を覚悟して」というところには、異論があろうかと思います。私は、当時、再臨界になるのではないかと心配していました。もし、東京の住民が先を争って避難する事態になれば、大量の餓死者がでると推測していました。再臨界になった時の政府のとるべき方針も考えていました。素人の思いつきレベルを超えるものではありませんが、「被ばくのリスクと、東京からの脱出のリスクを比較して、東京で屋内にとどまる方が、リスクが少ないと説得する」というのが結論でした。実際には、被ばく量の予測、避難計画、水や食糧の生産・輸送能力の推計などから、避難した場合としない場合の被害を比較検討しなければなりません。再臨界が発生した場合の対応を考えると、その前から「最悪の事態を覚悟して」という文言を流しておくことは悪いことではないと思っていました。
私は、医師としての長い生活で、絶望的な状況にある人たちと対話を繰り返してきました。たいていの日本人は危機的状況に冷静に対応できると思っています。下手に安心を与えようとすると、嘘や隠蔽が避けられません。かえって、不信の原因になり、以後の対応がとりにくくなります。

アウシュビッツを描いたフランクルの『夜と霧』を読んで、最も印象に残ったのは、絶望的な状況の中で希望を持つと、それがかなえられなかったときに、人格が破壊されることを述べた部分です。私は学生時代、山岳部のリーダーだったのですが、冬山では、ばてたときは余裕のある間にギブアップするように言っていました。もうちょっとだから頑張れというのは禁句です。先の見通しなしに、本当に頑張ると、ひどく危険なことになりかねません。
危機的状況で、安心だと説明して励ますことが、必ずしも、有用だとは思いません。自分の善性をアピールしたいという利己的願望に歪められた言説だと思います。


○山下俊一氏の勘違い
山下俊一氏の最大の問題というか、勘違いは、安心を与えようとしたことです。これは、大それた行動で、宗教的と言ってよいかもしれません。自分では、科学者としての発言だとしていますが、「安心」を口にするときは科学的ではありませんでした。
中西準子氏は、中央公論2005年3月号の「『安心・安全』の氾濫が作り出す不安」で以下のように、安心を与えることの問題を指摘しています。

安心という心の状態は、システムで得られるものではないし、また、通常は、生きている間にはなかなか得られない。もし、得られるとすれば、個人が自己との闘いの末、ある種の欲求を捨てることと引き換えに得られるもののような気がする。その安心を与えるのは国や企業であるとなれば、だれもが自己との闘いをやめてしまい、結果として不安が大きくなる。私は、当初、安心というのは飾り言葉のように捉えていて、それを本気で受け取る人がいるとは思っていなかった。ところが、企業の経営者が年頭挨拶で「これからは、企業は安心を与えることを目標に」と述べるのを耳にし、テレビのキャスターが、「安全と言えるかもしれないが、国民は安心感をもっていない、そこが問題だ」というような発言をし、「老後は不安ですか?」というアンケートをとって、六割もの人が不安と答えた、国の政策はどうなっているのかと怒るレポーターを見ていると、不安との闘いという個人の心の課題が、いつの間にか国や企業の責任に代わりつつあることを実感するのである。これではかえって不安、不安という人が増える。

アーノルド・トインビーはギリシャ・ローマ世界のプロレタリアの宗教が、次の文明であるヨーロッパ世界の世界宗教になったことに注目します。これが、他の文明世界にも通じる一般的な事象だとして、壮大なスケールの文明交代物語『歴史の研究』を書きました。宗教がプロレタリアに始まるというのは正しいと思います。プロレタリアが宗教でまとまろうとすると、弾圧されますが、弾圧が宗教を強くします。宗教が大きな影響力を持つための最も重要な要素は受難です。イエス・キリストが磔刑にならなかったら、今のキリスト教はなかったと思います。十字架はキリスト教のシンボルなのですから。
チベット動乱以前、チベットでは、厳格な鎖国下に、宗教に基づいた政治がおこなわれていました。最高権威者はダライ・ラマでした。河口慧海の文章を読む限り、統治権力としてのチベット仏教は問題が多かったと思います。チベット動乱、1959年の十四世ダライ・ラマのインドへの亡命という苦難を経て、宗教として磨かれました。

山下氏は、弾圧を受けず、民衆と苦しみを分かち合わず、しかも、宗教的カリスマ性がありません。にもかかわらず、安心を説きました。私が言うのだから信じなさい、ということでしょう。現代の日本で、安心しなさいと言って安心を与えようとしても無理です。できるのは、科学的データを体系的に提示し、リスクを相対化して分かりやすく比較検討することだけです。後は、個人の心の問題です。
かつて、日本人の常識であった無常観、すなわち、あらゆるものは変化していく、という考えは、安定が一時期のものにすぎないこと、手放しの安心があり得ないという事実を受け入れやすくします。変化を冷静に観察する態度に通じるものがあり有用です。


<文献>
1.小松秀樹:放射能トラウマ. MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.303, 2011年10月27日. http://medg.jp/mt/2011/10/vol303.html#more

その2/2に続く)


----------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会


2011年11月18日

 

病院の震災対応 (その1/2)

この記事は日本評論社の経済セミナー増刊『復興と希望の経済学』に掲載された記事を転載したものです。

亀田総合病院 副院長 小松秀樹

2011年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
東日本大震災での医療・介護に対する救援活動については、実際の活動に携わりながら、さまざまな文章を書いてきた(文献1,2,3,4,5)。医療介護救援活動の全体像については、『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』(全労済協会)にまとめた。本稿では、病院が大災害にどのように対応すべきなのか考えたい。

○1. 規範より実情が重要
東日本大震災は想定を超えた大規模なものだった。病院のみならず、大半の自治体で、災害時のマニュアルは役立たなかった。行政の危機対応は遅く、拙劣だった(文献2,6)。
亀田総合病院は、被災地から、透析患者、人工呼吸器装着患者を受け入れ、老人健康保健施設、知的障害者施設の千葉県鴨川市への疎開作戦を立案・遂行した。
亀田総合病院の小野沢滋医師は、鴨川市を含む安房地域に要介護者を受け入れるために、石巻の避難所で活動した。石巻の医療・介護需要を明らかにするために全戸調査を実施した。これには、亀田総合病院から多数の職員がボランティアとして参加した。
いずれも、想定していなかった災害に対する、誰もが実施したことのない救援活動だった。新しい取り組みだったこともあり、様々な局面で、行政と齟齬が生じた。行政の、法令と前例に縛られた硬直性、事実を捻じ曲げる知的誠実性の欠如、被災者救済より自らの責任回避を優先する倫理的退廃には、何度も驚かされた。自らの権力を高めるだけのためとしか思えない情報の非開示や小出しは、日常的に行われているように思えた。
行政は、法令が、災害の実情に合わなくても、規範として扱う。法令に無理があることを反省せずに、しばしば、「法令を遵守していなかったではないか」と現場を非難する。法令は、現場を蹴落として、その反作用で自分を高めて責任を回避するための行政の道具に見えてしまう。

○2. 「病院における災害対応の原則」義解
病院における災害対応の原則をA4紙1枚にまとめた(表1)。東日本大震災を見聞・体験した上での筆者の個人的メモである。以下、意図を簡単に解説する。

(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
大災害時には、対応を単純にしないと動けない。ところが、官僚にとっての最重要課題は、論理的整合性である。責任回避を可能にするからである。論理的整合性にこだわると、複雑になり、実行不可能になるが、問題が生じても現場の責任にできる。官庁のお仕着せのマニュアルは、そのままでは、いざという時に役立たない。常識と想像力で、それぞれの病院にあった簡潔なマニュアルを作成する必要がある。
消防法の改正で2009年6月1日より、施設の建物の階数や面積が一定の条件を超えると、自衛消防組織の設置・届出が義務付けられることになった。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」の冒頭に、自衛消防とは、「火災、地震その他の災害等による人的又は物的な被害を最小限に止めるため、事業所で行う必要な措置の総称」と定義されている。これに続いて、自衛消防隊、自衛消防活動、防災センター、防災センター要員、自衛消防活動中核要員、自衛消防組織、統括管理者、自衛消防要員、告示班長、自衛消防業務講習修了者等の定義が並ぶ。通報連絡班、初期消火班、避難誘導班、応急救護班などを設置し、それぞれを告示班長が統括することになっている。これらを、通常の機能している組織内部に置くという。複雑怪奇としか言いようがない。

そもそも、病院には何種類かの通報連絡設備があり、担当部署が運用と保守点検に当たっている。入院患者の避難誘導は看護師の主要任務の一つである。病棟では護送、担送すべき患者の数は常に把握されている。救急部は応急救護の専門家集団である。
災害対応のために普段と異なる職務の訓練を本格的に行うとすれば、本来の職務を阻害し、結果として病院の機能を低下させる。組織横断的な自衛消防隊を設置するとすれば、既存組織にない機能や既存組織の補助・支援に限定しないと矛盾が生じる。自衛消防隊の機能はできるだけ既存組織が担うようにすべきである。
なぜ複雑・怪奇になるのか。自衛消防では、各種講習の受講が義務付けられている。新規講習の受講料は1名当たり3万7000円。講習業務を、財団法人日本消防設備安全センターが担当し、講習事務を地方の公益法人が引き受けている。あらゆる業種を集めての講習なので、講習内容は少なくとも病院の実情とはかけ離れている。しかし、義務付けられているので、受講せざるをえない。毎年、莫大な受講料が天下り財団に流れる仕組みになっている。

(2)指揮官
迅速に集まれる病院幹部が集まって、当面の指揮官を決定し、災害本部を立ち上げる。病院幹部の定義は病院ごとに決めればよい。危機管理に不向きの管理者が、指揮官に選ばれないように工夫する必要がある。

病院の日常業務の多くは、指揮官がいなくても回っていく。通常の火災は、仕組みさえ作っておけば、自動的に対応できる。一方、大災害への対応は指揮官が必要である。病院の運命を決める重要な決定を下さなければならない場面が生じうる。このため、指揮官には、病院の最高責任者が就任すべきである。

災害本部の設置場所をあらかじめ決めておく。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」は、防災センターを自衛消防隊本部拠点にするとしている。防災センターは、自動火災報知の受信、スプリンクラーの監視、消防ポンプの監視・遠隔操作、非常放送設備などの操作を行うことのできる総合操作盤を備えている。いずれも火災を想定したものである。1997年9月16日の総合消防防災システムガイドライン(消防予第148号)では、防災センターを「原則として1階(避難階)に設ける」としている。1階は津波に弱い。通常の火災と地震をひとまとめにしようとすることに無理がある。自衛消防組織については、欠点が多すぎる。早急に消防法を改正する必要がある。

指揮官は災害対策本部の設置を院内に周知する。病院がどのような状況にあるのか、現場で忙しく働いている職員には分からない。状況を把握して職員に説明し、行動の方向を決めるのが指揮官の役割である。病院から逃げ出す必要が生じたときに、指揮官が逃げると決めて号令しなければ、大混乱が生じる。指揮官は右往左往してはならないが、判断を固定化してもいけない。常に状況を観察しつつ、判断が正しいかどうか検証して、必要があれば、適宜修正しなければならない。

避難誘導は火災と津波を想定する。東京の一部では、テロを想定しないといけないかもしれない。地震で建物が倒壊すれば、病院職員による避難誘導だけでは対応できない。
通常の火災対応は総務畑の管理職が統括すればよい。火災時の避難は、防火扉設置場所を超えて、反対側に水平移動する。あるいは、非常階段から下方階に避難する。看護部主導とし、応援部隊を設定しておく。動きやすい計画に基づいて訓練をして、自主的に動けるようにしておく。

津波では上方階への避難が必要になる。地震のために、エレベーターは使用できない。何階まで避難させるかの決定は指揮官の仕事である。本当に避難が必要かどうか判断しにくいが、決定のタイミングが遅れると大きな被害が出る。集中治療室の患者にとって、移動すること自体、極めて危険である。手術中の対応はさらに難しい。

亀田総合病院は、東日本大震災で、透析患者の受入れ、老健疎開作戦を行った。透析患者や要介護者の多くは、自力でバスから降りることができなかった。高齢患者は簡単に骨折する。もっとも活躍したのは、体の扱いを熟知し、かつ、体力のある理学療法士や作業療法士といったリハビリテーション部門のスタッフだった。亀田総合病院では、約100名の理学療法士が働いている。上方階への避難は、理学療法士の知恵と力を借りるべきである。

指揮官の周囲に、情報係、施設係、装備係、遊撃隊などを置く。指揮官の仕事を減らして、指揮官が冷静に考えられるようにする。さらに、判断を支えるために、参謀、冷静に眺める観察者をおくとよい。観察者は、判断が大きくぶれたとき、組織上の阻害要因が目立ったとき、冷静に指摘することが任務となる。

(3)職員
最も重要なことは、大災害では組織が総崩れになる可能性があるので、いざとなれば、自分で考えて動くことである。

上司が被災するかもしれない。生き残っていても、適切な判断が不可能になっているかもしれない。そもそも、危機的状況で適切に判断する能力がないかもしれない。修羅場に対応する能力があるかどうかは、平時には分かりにくい。上司が適切な行動をとれない場合、適切な指揮官をさがす。いざとなれば、自分で何が正しいのかを考えて行動する。自分の生命が危うくなれば、逃げる。これは当然の権利である。

行政は、指揮命令系統が混乱するという理由で、この原則に反対するかもしれない。しかし、病院の職員は資格を持っていることが多く、命令ではなく、自身の職業上の正しさを基準に動く性癖を有する。実際に、病院は個々の専門家に対し、専門領域の判断について命令することはない。

そもそも、現代の医師は、国家や法であっても、状況によっては服従してはならないとされている。第二次大戦中、医師が、国家の命令で戦争犯罪に加担した。これに対する反省から、戦後、医療における正しさを国家が決めるべきでないという合意が世界に広まった。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところである。

(4)災害本部からの放送と指示
災害対策本部から全体への発表事項は大きな状況判断と大方針のみとする。周知のために、同じ放送を繰り返す。災害の状況を患者や職員に伝えるため、テレビ報道やラジオ報道を流し続ける。
各部署への指示は簡潔を旨とする。細かいことは、できるだけ現場の裁量に任せる。

(5)報告
現場からは、重要な点だけを簡潔に報告する。中央に情報が集まり過ぎると、適切に対応できなくなる。危機的状況に陥っている部署に詳細な報告を求めると、無理な負荷がかかり、混乱を助長する。

(6)判断
最初に、患者、職員、建物に被害がないか各部署に素早く確認し、避難誘導について必要があれば指示する。同時に院内と院外に対する通信手段を確認する。電気・水道はその次である。食糧、飲料水、燃料、酸素、薬剤、被災者の受入れなどは、初期対応の後、担当部署を交えて考えればよい。

人間の活力は無限ではない。完璧はあり得ないので、優先順位を考えなければならない。例えば、医療安全対策では、効果が大きくコストの小さい安全対策が未実施の場合、効果が小さくコストの大きい安全対策を実施してはならない。優先順位を無視すれば、安全対策の合理性が失われる。

外部に救援を求める、患者や負傷者を院外に搬送する、全員院外に避難するなど、大きな判断を必要に応じて確実に決断し、周知する。

使えないマニュアルは無視する。行政の都合で作成を強いられた使えないマニュアルは、棚の奥にしまっておく。

(その2/2へ続く)


文献
1 小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.89, 2011年3月26日.
http://medg.jp/mt/2011/03/vol89.html#more
2 小松秀樹:ネットワークによる救援活動 民による公の新しい形.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.103, 2011年4月5日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol103.html#more
3 小松秀樹:災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.112, 2011年4月9日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more
4 小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.124, 2011年4月14日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol124-1.html
5 小松秀樹:日本赤十字社義援金は能力なりの規模に 免罪符的寄付から自立的寄付へ. MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.126, 2011年4月16日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol126.html#more
6 小松秀樹:行政が大震災に対応できないわけ. 月刊保険診療, 66, 46, 2011.


表1 病院における災害対応の原則
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
・緊急対応の決めごとは単純に。法令より常識と想像力をよりどころにする。
・既存組織を優先。臨時組織にできるのは、簡素な機械的対応のみと心得る。
・完璧を期すと、意味のない連絡や作業が増え、結果を悪くする。
・詳細情報は時間と労力を奪う。詳細情報そのものが、迅速な行動の阻害要因になる。
・緊急時には、やりとりに食い違いが生じるものだと覚悟しておく。
(2)指揮官
・集まれる幹部で当面の指揮官を決定し、適切な場所に災害本部を立ち上げる。
・指揮官は、災害本部の設置を院内に周知する。
・指揮官の任務は、全体像を把握し、組織としての行動の方向を決めること。
・指揮官は、手に入る情報でとりあえず状況を判断する。必要に応じて適宜修正する。
・指揮官の横には参謀、観察者、情報係、装備係、遊撃隊などを適宜置く。
(3)職員
・機能する上司が存在しているかどうか確認する。
・存在する場合は、その上司の指示に従う。
・上司が、明らかに危機対応できない場合には、適切な指導者をさがす。
・適切な上司・指導者がいなければ、自律的に被害を最小限にすべく行動する。
・自分の生命が危ういと感じたら逃げる。
(4)災害本部からの放送と指示
・状況判断と大方針を院内に伝える。
・NHK第1放送を院内放送で流し続ける。
・簡潔な指示を適切な部署に伝える。細かい対応は現場の裁量に任せる。
(5)報告
・各部署は、本部に簡潔な報告をする。本部は必要以上の詳細報告を求めない。
(6)判断
・患者・職員の安全確認。建物の安全確認。避難誘導の指示。院内院外の通信手段の確認。電気、水道の確認や被災者の受入れなどは、状況に応じて考える。
・判断は迅速に。優先順位を明確に。
・行動しながら事態の変化と行動の結果を予想・観察しつつ、最適行動を変更する。
・下記レベルの大方針を決定し、周知する。1.外部に救援を求める 2.患者や負傷者を外部に搬送する 3.全員院外に避難する

----------------------------------------

MRIC by 医療ガバナンス学会


2011年9月20日

 

福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う(その2/2)

独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター 
院長(放射線治療科) 西尾正道

2011年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
●内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前処置として全身照射が行われているが、その線量は12Gy/6分割/3日である。しかしこの線量で死亡することはない。全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致死線量7Sv、半数致死線量4Sv、死亡率ゼロの『しきい値』線量1Svの線量死亡率曲線を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。しかしがん治療で行われる全身照射12Gy(Sv)では死亡しない。また医療用注射器の滅菌には20,000Gy(=Sv)、ジャガイモの発芽防止には150Gy(=Sv)照射されている。こうしたX線やγ線の光子線照射では放射線が残留することはない。
しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はより強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量(initial dose)は同じでも人体への影響は異なると考えるべきで あり、早急に預託実効線量の把握に努めるべきである。

したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9mSvであるなどと比較して語るのは厳密に言えば適切な比較ではない。画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。内部被ばくを伴う放射性物質からの全身被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。
臨床では多発性骨転移の治療としてβ線核種のSr-89(メタストロン注)が使用されているが、1バイアル容量141 MBqを健康成人男子に投与した場合の実効線量は437mSvであるが、最終 的な累積吸収線量は23Gy~30Gy(Sv)に相当する。一過性に放射線を浴びる外部被ばくと、放射線物質が体表面に付着したり、呼吸や食物から吸収されて体内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を投与時の線量が同じでも人体への影響も同等と考えるべきではないのである。

現在の20mSv問題は、より人体影響の強い内部被ばくを考慮しないで論じられており、飛散した放射性物質の呼吸系への取り込みや、地産地消を原則とした食物による内部被ばくは全く考慮されていないのである。通常の場合は、内部被ばくは全被ばく量の1~2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエイトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。早急にホールボディカウンタによる内部被ばく線量の把握を行い、空間線量率で予測される外部被ばく線量に加算して総被ばく線量を把握すべきである。全員の測定は無理であるから、ランダムに抽出して平均的な内部被ばく線量の把握が必要である。また排泄物や髪毛などのバイオアッセイによる内部被ばく線量の測定も考慮すべきである。
現在の状況は、自分たちが作成した『緊急時被ばく医療マニュアル』さえ守られていないのである。

さらに飲食物に関する規制値(暫定値)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSv/年、放射性セシウムでは 5mSv/年に緩和し、しかも従来の出荷時の測定値ではなく、食する状態 での規制値とした。呆れたご都合主義の後出しジャンケンである。これではますます内部被ばくは増加する。ちなみにほうれん草の暫定規制値は放射性ヨウ素では2000Bq/kg、放射性セシウムでは500Bq/kgとなったが、小出裕章氏によると、よく水洗いすれば2割削減され、茹でて4割削減され、口に入る時は出荷時の約4割になるという。しかし、調理により人体への摂取は少なくなるとは言え、汚染水が下水に流れていくことにより、環境汚染がすすむことは避けられない。生体に取り込まれた放射線は排泄もされるため生物学的半減期や実効半減期があるが、元素の崩壊により発生した放射線は物理的半減期の時間のルールでしか減らないのである。
現在、膨大な量の汚染水を貯蔵しているが、これも限界があり、長期的には地下や川や海へ流れることになるため、日本人は土壌汚染と海洋汚染により、内部被ばく線量の増加を覚悟する必要がある。

●今後の対応について
現在、医療従事者の約44万人が個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているというが、千代田テクノル社の24万4千人の平成21年度の個人線量当量の集計報告では、一人平均年間被ばく実効線量は0.21mSvである。そして検出限界未満(50μSv)の人は全体の81.5%であり、年間1mSv以下の人は94.5%である。ガラスバッジの生産に数カ月要するとしたら、1mSv以下の23万人分の線量計を一時的に借用して、原発周辺の子供や妊婦や妊娠可能な若い女性に配布すべきである。移住させずにこのまま生活を継続させるのであれば、塵状・ガス状の放射性物質からの被ばく線量は気象条件・風向き・地形条件だけでなく、個々人の生活パターンにより大きく異なるため、個人線量計を持たせて実側による健康管理が必要である。それは将来に向けた貴重な医学データの集積にもつながり、また発がんや先天性異常が生じて訴訟になった場合の基礎資料ともなる。当然、ランダム抽出によりできるだけ多くの人の内部被ばく線量の測定も行い、地域住民の集団予測線量も把握すべきである。

低線量被ばくの健康被害のデータは乏しく、定説と言い切れる結論はないが、『わからないから安全だ』ではなく、『わからないから危険だ』として対応すべきなのである。
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォールアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から30~50cm(子供)用、1m(大人用)の高さで統一し、生殖器レベルでの空間線量率を把握すべきである。

土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時 3.8μSvとしたが、この値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの期間の妊婦の限度値2mSvの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低減の効果には限界がある。

1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。
最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。原発事故の収拾に全く目途が無い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も成り立たない。放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。
また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定しているため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム-89の半減期は50.5日だが、ストロンチウム-90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。

メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避するという前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にすべきである。5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じられたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年でエネルギーも高いセシウム-137が多い福島原発事故はより深刻と考えている。
政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境になった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、住民も納得する。
また、70~80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、支援することである。

今までの政府・東電の対応を見れば、馬鹿かお人好し以外の国民は「絵に描いた餅の行程表」など誰も信用していない。将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりして集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきである。長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。

●これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面でもここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。
原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ原発大国となった。約30%の電力を原子力発電で賄い、今後50%までその比率を上げようとしていた矢先の事故により原子力行政は根本から見直しを迫られている。そもそも原子力を含めたエネルギー政策が真剣に日本で議論されたことはない。政官業学の原子力村の人達は目先の利益で結びつき、「原発の安全神話」を作り上げ、また不都合な真実の隠蔽を繰り返してきた。それどころか、使用済みウランの処理の問題も絡んで、一度事故が起こればより深刻な事態となるMOX燃料を使用した原発まで稼働させている。  
しかし原子力発電の廃炉後の管理や使用済み燃料の保管や事故が起こった場合の補償まで視野に入れた場合、コスト的にも原発が優位性を持つものではないことが明らかになった。しかしIT社会や電気自動車の普及など今後の電力需要は増すばかりであり、節電だけでは対応できないことも事実である。脱原発の方向でソフトランディングする施策を根本的に議論すべきであろう。米国も1979年のスリーマイル島事故以来、新たな原発は稼働させていない。

がん医療においても治療成績やQOLの向上ばかりではなく、国民の死生観の共有の議論を通じて、効果費用分析の視点を導入して、高齢社会を迎えて枯渇する年金や医療費の問題も議論されるべきである。診療報酬の配分の議論だけではなく、根本的に考え直すべきである。再生医療も臨床応用の段階となってきたが、生殖医療がそうであったように医学的な問題や技術的な課題だけが議論されて、「命」とは、「生きる」とは、といった「生命倫理」の哲学的な問題は回避されたまま医学技術だけが独り歩きしている。このままでは原発事故と同様に日本は自然の摂理から取り返しのつかない逆襲を受けるような予感を持つこの頃である。この大震災を期に色々な課題に対してラディカルに考え直す機会としたいものである。我々医療従事者も改めて、放射線利用の原則である、正当性・最適化・線量限度に心掛け診療すべきである。

こうした原子力災害を機に、閣議決定や総理大臣の思いつきでも結構であるから、『がんの時代』を迎えた緊急事態として、(1)放射線治療学講座の設置による放射線治療医の育成と、(2)医学物理士の国家資格化と雇用の義務付け、などを発言して頂ければ私の心も少しは治まるかもしれない。   

2011年6月5日 記

-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会


2011年6月21日

 

福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う(その1/2)

独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター 
院長(放射線治療科) 西尾正道

2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。
原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害についてに私見を述べる。

●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用しようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こうした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。なんとも悲しい現実である。

多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わらない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決して報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。

●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やはり法律を順守した対応が求められる。そのための法律なのである。
また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものがある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面からのラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活することとなる。
医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒であった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のままで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるような言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であり、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。放射線防護の基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバシーも無い体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうかと疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減して空いているホテルで静養できるはずである。

被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホールボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなのである。
原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ばく線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かなる殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。

5月24日には1~3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたはずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていることは想像できたことである。

今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多くの作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。

3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材からのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されており、人間が近づける場所ではなくなっている。

作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の深刻さを理解していないようだ。
また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(?)酸鉄(?)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。

●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開されたが、時すでに遅しである。公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。
管首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる。

「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。

日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20 mSv~100 mSv/年 を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1 mSv-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である。

この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。

政府をはじめ有識者の一部は100 mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリスクのデータが報告されている。
広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-?(Biological Effects of Ionizing Radiation-?、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、5年間で100mSvの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「しきい値なしの直線モデル」【 (LNT(linear non-threshold)仮説 】 は妥当であり、発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。

さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーはECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人(半数は10年以内に発病)、原発から100Km~200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島 200km 圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予測して いる。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。

また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1976年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告しているIAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。

(その2/2に続く)

文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/


-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会


2011年6月21日

 

津波で崩壊した町・雄勝まごのて診療所を開設

雄勝まごのて診療所 院長
山王クリニック(東京・港区)院長 山王 直子

2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
津波で壊滅的被害を受けた宮城県石巻市において、3月より復興支援団体まごのて救援隊を立ち上げ、支援活動を行い、5月29日に石巻市雄勝(おがつ)町に「雄勝まごのて診療所」を開設した。
診療所を開設するに至った経緯を報告したい。

●まごのて救援隊とは?
「まごのて救援隊」は、平成23年3月11日におきた東日本大震災に遭い、一個人でなにかできることは ないんだろうか?と思い立ったことから、スタートした。震災翌日の3月 12日、 医師・山王(石井)直子と、石井肇の二人で、車に積めるだけの水や食料などを詰めてとにかく被災地に向かった。特に交通の遮断された地域や小規模の避難所、個人宅で避難される方々など大きな支援団体や、国、自治体などでフォローできない方々が多くいらっしゃるという現状を目の当たりにした。私たちは、小規模ならではの小回りのきいた ”かゆいところに手が届く” 現地での支援を行いたいと感じ、まごのて救援隊を立ち上げたのが平成23年3月25日。
詳しくはまごのて救援隊のブログ http://magonote99.blogspot.com/ をご覧いただきたい。

●まごのて診療所開設まで
はじめは水や食糧・灯油などの物資の搬送から始まった支援だったが、3月20日に北上町に支援物資を運んだ際に、避難所の受付をされていた方が、雄勝町出身で、「雄勝は道路が寸断されて物資が行き届かず陸の孤島化している。北上町も困っているが、もっと困っている地域があるから、行ってくれないか」と言われ、積雪残る峠道を超えて雄勝町に入ったのが3月21日であった。

町役場の方々の働く避難所で、医師ですが何かお手伝いできることはありませんか?と尋ねると、「医者がいなくて困っています。すぐに診療お願いします。」ということで避難所に連れて行かれ、畳の上に段ボール箱を置いて、その場で診療が始まった。
もともと高血圧症の多い土地柄で、10日以上降圧剤を服用せず、寒くて過酷な避難所生活のため、多くの方々が血圧が上昇していた。持参した医薬品はすぐに底をついてしまい、これは見捨ててはおけない。そこで毎週休みのたびに通う事になった。

雄勝支所の保健福祉課からの依頼で、日赤グループなど他の医療チームと連携していくつかの避難所のうちの、2か所と役場の方々の定期的診療を続けてきた。当初は患者さんの被災前の病歴もわからず、医薬品が不足し手さぐりの医療であったが、通い続けるうちに、町の再建のためには医療が不可欠であることが見えてきた。
雄勝にあった医療機関は壊滅的打撃を受け、中でも石巻市立雄勝病院は、医師やコメディカルが津波の犠牲となった。再建の見込みはまずほとんどない。町にあった個人医院も全壊し、到底診療を再開できる状況ではない。
町の再建に何が必要だろうか?

仕事がなければ町に住むことができない。毎日の生活に食料品や日用品を買う商店・銀行・郵便局などインフラの整備が欠かせない。子供のいる家庭では教育が必須である。そしてやはり何にも増して、医療は不可欠な要素である。町に医者がいなければ、町の方々、特に持病を持つ高齢者は住むことができない。

雄勝町は人口4300人(震災前)の漁業の町だったが、決して過疎の町ではなく、小学校・中学を含めて4つの学校があり、後継者もいる「活きた町」であった。震災後、町内および周辺の町に約1500人の町民が暮らしているが、町外に避難している人も多く、仮設住宅の申し込みも始まる中、町に残るか出ていくかを 5月の始めには決断を迫られる時期となった。
町に残りたいけれど、病院がないから住めない。という声を聞き、何とか町民に残ってもらいたい、医療がないために離れる町民に戻ってきてもらうために、私たちは診療所を開くことにした。

港区のクリニックと、300?離れた2か所の診療所開設という異例の業態となったが、宮城県の担当部署の迅速な対応で、決断からわずか2週間で開設の運びとなった。町民の水産業者の方から作業場の建物を診療所として無償でご提供いただいた。診療所に必要な、机・椅子・診察ベッド・処置台等々、も町内の施設からお借りすることができ、地元の方々の応援で全て準備が整ったのだった。
心から感謝している。

日曜日・月曜日の週2日だけの診療所だが、町に診療所がある、ということで住民に安心していただき、町の復興につなげていければと考えている。
復興支援の一つのモデルケースとして、他の地域の復興の参考になれば幸いである。

以上が診療所開設のあらましだが、1回ではとても語りつくせないので、次回以降少しずつアップし、被災地医療の問題点も明らかにしていきたい。


-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会

2011年6月20日

 

被災した子どもたちの将来のために

今回の記事は相馬市長立谷秀清メールマガジン 2011/06/06号 No.253より転載いたしました。

福島県相馬市長 立谷秀清

2011年6月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
お陰さまで、震災孤児・遺児らへの支援金が日本中・世界中から寄せられるようになった。中には私が直接お話しをさせてもらって意気に感じていただき、お帰りになってから広く募金運動をしてくださった方もいる。
また少額ながらも、気持ちですと伝えて来られた方もいる。
出来るだけ御礼状をと考えているので、口座に送金いただいた場合はメールでお名前とご住所のご連絡をいただきたい。もうひとつは、子どもたちが成長した時まで私が生きていたら、お世話になった方々の名簿を一冊の本にして彼らの旅立ちへの花向けにしたいから。

この震災の復旧・復興作業の指揮を執り続けてきた中で、私自身、大きな勉強をさせてもらった。
瞼に浮かぶ原釜の、生まれ育った家の周りの温かい光景が、すでに消えてなくなっていることを、現地が変わり果てているぶん納得できず、3か月も経とうとするのに、私は現実を心から受け入れることが出来ないのだ。
しかし、被災して人生が築き上げてきた全てを失った方々を前に、悲しみや感傷に浸っている余裕など無いから、気持ちに流されないで公務しなければならないことや、冷静に先々の展開を読んで早め早めの手を打っておくことを学習した。何より仕事をしている時が一番落ち着くことも分かったし、本当に苦しい時に支援を受ける有り難さも知った。こんなにお世話になるほど、私は他人に頭を下げて来なかったから、これからの人生でその分の埋め合わせをしなければと思っている。

私が本心では、今回の震災の甚大な被害を受け止め切れていないように、悪魔のような津波に追われた子どもたちも、恐怖体験から抜け出せないでいる。
加えて家族や友達を亡くした虚脱感が、本来あかるく多感であるべき子どもたちの感性をむしばんでいるのだ。学校が再開した4月18日以降、対策会議のたびに教育長から被災小中学校の様子を報告してもらっているが、PTSDはやはり深刻である。
対応策として臨床心理士によるケアを考え「相馬フォロアーチーム」を結成し、きめ細やかな心のケアを始めたのが4月の末だったが、開始後からその仕事量の大さへの対応と継続性をどのように確保するかが課題だった。対象は幼稚園から高校生までだから、一人ひとりじっくりとケアをして成長の記録をとどめて、さらに最長15年経過を追うとしたら、人材と財源を長期的にマネジメントしなければならない。

6月2日、この活動を理念と継続性と、透明性をもって着実に行っていく目的で、NPOとしての設立総会を行った。理事長には相馬市教育委員の山田耕一郎先生が、副理事長には立教大学教授で「難民を助ける会」理事長の長有紀枝先生が就任された。その他、相馬市内の有識者の方々と、福島から近藤菜々子弁護士が理事になられた。法人格を持つことによって相馬市としても支援しやすくなるし、寄付も集めやすくなる。何より目的と予算執行の間に客観的な検証を加えることが出来る。被災した子どもたちへの支援を長期間しっかりと継続するとともに、彼らの成長過程でアドバイザーになってもらえればとも考えている。

ところで、このNPO活動は孤児・遺児への支援制度と表裏一体である。
子どもたちを残して死んでいった親たちの無念に応えるためには、金銭的な支援だけでは足りないと思うので、高校卒業後の高等教育の奨学金の分もと思って世界中に支援を呼び掛けているが、忘れていけないことは、豊かな心と学力が充分に身につくようサポートすることである。
よって、いずれ体制が整い次第、NPO活動のメニューに学力向上部門を加えてもらおうと考えている。そして孤児・遺児だけではなく、被災した相馬市のすべての子どもたちに、支援していただく方々の善意が着実に行きわたり、最も有効に活かされるよう、一同、知恵を絞り努力を傾注していきたい。

----------------------------------------------------------------------
【立谷秀清メールマガジン】
 ●発行:福島県相馬市 企画政策部秘書課
   TEL 0244-37-2115
 ●このメルマガに関するお問い合わせやご意見メールは、
   info@city.soma.fukushima.jp
 ●マガジンの登録・解除は、
   パソコンでご覧の方は http://www.city.soma.fukushima.jp/
   携帯電話でご覧の方は http://mobile.mag2.com/mm/M0094208.html

-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会

2011年6月19日

 

ホールボディカウンタを用いた内部被ばくの評価について

(独)国立病院機構 北海道がんセンター 
医学物理士 島 勝美 
院長   西尾正道

2011年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
放射線被ばくには外部被ばくと内部被ばくがある。
外部被ばくは体外にある放射性物質からの放射線によって被ばくする事である。
この場合は放射性物質から自分を遠ざけることによって被ばく線量を低減することができる。
そのために、衣服に付着した放射性物質を除去する(放射性物質との距離を取る)、野外活動時間を制限する(放射線のある環境にいる時間を短くする)、なるべく家屋の中にいる(家の壁材によって外部からの放射線を遮る)などの取り組みを行っている。

一方、内部被ばくは放射性物質を吸入、経口、および創傷部から直接体内に取り込み、体内からの放射線によって被ばくする事である。内部被ばくを低減させるためには、マスクなどを着用し吸入によって取り込まないようにする事や飲食物から放射線物質を取り込まないようにする必要がある。
食品に含まれる放射性物質は規制値によって管理されているため、大量の放射性物質を我々の口から取り込むことはないが、食品の流通経路にない手段(山菜取りや魚釣りなど)で得られた物については周辺の放射線量の状況によっては注意が必要になる。

外部被ばくの場合は線源が体の外にあるために、個人線量計を身体に装着することによって被ばく線量を評価しやすい。
しかし、内部被ばくは線源が体内にあるため、摂取後から順次減少していく体内残留放射線量を測定し、摂取量を計算から求めて評価する必要がある。
6月3日に東京電力から発表された福島第一原発で働いていた東京電力社員2人の内部被ばく線量は30代男性が210mSv~580mSv、40代男性200mSv~570mSvと被ばく線量の推定に大きな幅を生じている。
これは、体内に摂取した放射性物質量の推定が身体を測定した日の放射線量と、放射線核種を体内へ取り込んだ日にちの関係から求められることに起因する。

また、注目されるべき事象は、外部被ばくが30代男性で73.71mSv、40代男性が88.70mSvの線量限度以下であるにもかかわらず、内部被ばくを加算した場合は、外部被ばくと内部被ばくの最小値の累積被ばくで、すでに線量限度を超えている事である。
内部被ばく線量の評価に必要な放射線物質の摂取量の推定は、ホールボディカウンタ(写真)を用いた体外から計測する方法、人体からの排泄物中の放射性物質を測定する方法、空気中の放射性物質の濃度から計算する方法がある。

ホールボディカウンタは体外から体内に残留している放射性物質の種類と量を測定する計測器であり200Bq~100KBqの測定範囲を持ち、評価できる被ばく量は約100mSv以下である。
そのため、対象となる核種はコバルト60、セシウム137、ヨウ素131などの体内を透過する能力のあるγ線放出核種である。
ホールボディカウンタは他の方法と比べ測定者に負担をかけず、簡易であり迅速に測定できるという大きな利点を持つ。
しかし、人体を透過しないβ線やα線放出核種の測定が困難であるため、環境に放出されている核種によってはホールボディカウンタの評価だけで内部被ばくが無いとは言い切れない。

今回の事故で大気中に放出された放射性核種について原子力安全委員会はヨウ素131が17万TBq、セシウム137は1万2千TBq(1TBq=1016Bqを表す)であると発表した。
発表された資料によると、大気中に放出された放射性核種の総量は微増の傾向を示しているが、現在は大気中への放出が少量であると考えられる。
しかし、原発事故が収束しておらず、今後は放出される放射性核種が無いと保障されている状況ではない。
また、残念ながらその他の核種については未発表である。

放射線による被ばくの大きな特徴は、被ばくした時点では全く何も症状があらわれていないとしても、時間の経過とともに何らかの症状が現れてくる可能性がある事である。
現在の体内残留量を正確に把握し自分のリスクを知ることは、将来への不安を取り除く一助になるだろう。また、被ばく線量はその後の医療対応を医師が専門的な立場から評価する上で非常に重要である。

今回の事故で懸念されている放射性核種はホールボディカウンタで計測可能であり、内部被ばくの推定は約100mSv以下であれば可能である。
ただし、内部被ばくの計算に用いる摂取量の推定において、摂取した日にちの特定が非常に困難であるため被ばく線量の評価は大きな幅を持った評価となると考えられる。

参考文献
1.「緊急被ばく医療基礎講座?」テキスト 財団法人 原子力安全研究協会 2008
2.福島第一原子力発電所から大気中への 放射性核種(ヨウ素 131、セシウム 137)の放出総量の推定的試算値について 内閣府 原子力安全委員会 2011.4.12>>>

MRIC by 医療ガバナンス学会 
****************************************


2011年6月16日

 

行政が大震災に対応できないわけ

今回の内容は『月刊保険診療』の5月号に掲載された文章です。

医療法人鉄蕉会亀田総合病院 副院長 小松秀樹

2011年5月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

●お役所仕事
被災地で、避難所からの域外搬送に関する活動をしている友人から届いたメールが、役所の窓口業務の実状をよく示している。
「リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。あるメーリングリストで、沖縄が県を挙げて受入れをしていると知り、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』『沖縄は県の予算で受け入れるので、飛行機に乗るのは5人まとまってからです。飛行場までは自分で来ていただき、そこでチケットをお渡しします』『インターネット上の申込書を印刷して書きこんでください』と、担当官に告げられました。非常に困難な条件で、少なくともパソコンとプリンタをもった援助者と、飛行場までの足、罹災証明書の申請を行うために市役所に行くという手順をその女性が手配しなければ不可能なのです。責任者の方とお話ししましたが、らちがあきませんでした」 


●大震災への対応は科学に似ている
大震災は行政の都合に合わせて発生するわけではない。想定していないことでも対応しないといけない。しかも、迅速性が決定的な意味をもつ。入手可能な情報で状況を判断し、被害を小さくし、多くの被災者を救援するための最適な行動をとりあえず決める。それを実行しつつ結果を観察、あるいは想像する。不十分な検証に基づいて、次の対応を考えていく。 
意外に思われるかもしれないが、この過程は科学に似ている。科学は未来に向かっての営為である。「学問がその理論の仮説的性格と真理の暫定的な非誤謬性によって安んじて研究に携われるまで、学問研究の真理性は宗教的に規範化されていた」〔ニコラス・ルーマン(ドイツの社会学者)〕。このため、ガリレオは宗教裁判で裁かれた。
医学論文における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、とりあえずの真理である。ゆえに議論や研究が続く。新たな知見が加わり、進歩がある。医療では今日正しいことが、明日正しいとは限らない。過去の規範で正しさが決められると、進歩はない。


●想定外の事態に対処できない理由
行政が大震災に迅速に対応できない理由は、行政が法律に基づく統治システムだからである。行政は、法、すなわち過去に作成された規範と前例に縛られている。しかも、法は、科学的に正しいかどうかにかかわらず、国家の権威と暴力を背景にした強制力を有する。したがって、行政は原理的に未来に向かって、臨機応変に最適な行動をとることができない。
これに対し、科学は未来に向かって常に変化する。学問の暫定的非誤謬性を支えるのは、批判精神と多様性の許容である。
一昨年の新型インフルエンザ騒動で、厚労省はひどい失態を繰り返した。医系技官は医師免許をもっているが、行政官であり、医学より法を優先しなければならない。科学的見地から実状を観察して現実的な対策を考えるのではなく、過去の法令に縛られる。ハンセン病患者の生涯隔離政策が、科学的正当性を失ったあとも長年継続された事実が示すように、行政官は、過去の法令に科学的合理性があるかどうか、その法令を現状に適用することが適切かどうかを判断しない。


●過去の規範ではなく、実情認識を優先すべし
日本の学者は、伝統的に政治に距離を置いてきた。一方で、行政の支配を安易に受け入れてきた。研究費、研究班の班長職、審議会委員などが行政による科学支配の手法として使われてきた。
東京大学のロバート・ゲラー教授は、東日本大震災後の4月13日、英科学誌『ネイチャー』の電子版に、地震予知が不可能であるとする論文を発表した。日本の文部科学省、気象庁、地震学者は「東海地震」が近い将来発生すると国民に思わせることで、予算と研究費を得てきた。原子力発電の周囲にも「原子力ムラ」と称される御用学者の一群がいる。批判精神の欠如、ムラからの論敵の排除が社会全体のリスクを大きくした。
大震災への対応を行政に委ねるのは無理である。過去の規範ではなく、実状認識に基づく柔軟な意思決定システムをもった組織が必要である。


---------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会 

2011年5月31日

 

真実は何なのでしょう?

5/16参院行政監視委の参院TVを視ていたら、中山義活経産政務官の「私も福島に5日いたが東京の人より被曝量が少なかった。その東京の人はホウレン草か何か食べたのかも知れませんね」という発言を偶然聞いてしまった。
「風評被害」とか言いながら、経産政務官自らこの発言。

「偉いひと」は、福島にたった5日間いただけで、内部被曝をすぐ調べてもらえるのに、現場で命を懸けている作業員の方々、日々被曝の影響に不安を感じつつ生活をおくらざるを得ない原発周辺住民の方々は、なかなか調べてもらえない。
こんな理不尽な現実も、この経産政務官の言葉を通じて明らかとなった。政府の「偉いひと」たちは、おそらく原発被災地周辺の食材を一切食べていないに違いない。


中山経産政務官「東京の人がホウレン草を食べて内部被曝している可能性」を示唆する発言は以下の通り。
http://www.webtv.sangiin.go.jp/silverlight/index.php?ssp=4840&mode=LIBRARY&pars=0.28327048127539456

今日会った、福島の大学病院外科教授、「さぞ直後は大変だったでしょう」と言うと、「いやいや被災直後は県の指示で被災者救援活動を外科は禁じられたので、いわゆる待機で実際はなんにもしなかったよ」とのことだ。
(これはお願いだから一切そのMLに出してくれるな、と念を押されたが、非常に重要なことなので、あえて敢えて約束を破り、そのまま流させていただくことにした)。

真実はいったい何なのでしょう?

有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ 代表取締役 木村 知
https://twitter.com/kimuratomo


2011年5月29日

 

「放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない」難波紘二氏からのメール

 すでに3月30日に、放射能の危険に関する欧州委員会 ( the European Committee on Radiation Risk, ECRR ) の学術部局長、スウェーデンのクリス・バズビー博士が発表した福島原発事故の影響に関する報告書では、以下のような結論と勧告が示されている。

1.ECRR の危険評価モデル(危険率モデル)を、福島原発惨事から半径100キロメートルの範囲に住む300万人に適用した。これらのひとびとが1年間同じところに留まると仮定した場合、予測される癌増加数は今後50年で約20万人、そのうち10万人は今後10年以内に診断されることとなる。即座にこの地区から退避した場合、増加数は著しく減少する。事故原発から100~200キロメートルの範囲に暮らす700万人について予測される癌増加数は、今後50年で22万人を若干超えるものとなり、今後10年に約10万人が発症する、とみられる。この予測は、ECRR の危険評価モデル、ならびにチェルノブイリ事故後のスェーデンにおける癌危険率に関する調査結果に基く。

2.国際放射線防護委員会 ( ICRP ) のモデルを用いた場合、半径100キロメートル範囲に住む人間の癌増加数は2,838となる。従って、最終的な癌増加数が ECRR と ICRP の危険評価モデルの優劣を決める新たな試験となろう。

3.日本の文部科学省が公表したガンマ線量に基く計算値を使い、認知されている科学的な方法により、計測地点の地表汚染を逆算することができる。その結果が示すのは、国際原子力機関 ( IAEA ) の報告は汚染レベルを著しく過小評価していることである。

4.放射性同位体による土壌汚染の計測を早急に行い、注意を喚起してゆくことが求められる。

5.福島原発から100キロメートル圏内で、北西地域の住民は即座に退避し、この地域を危険区域(立ち入り禁止)とすることが求められる。

6.ICRP の危険評価モデルを使うことはやめて、すべての政治判断を「放射能の危険に関する欧州委員会」の勧告に従って下すべきである。www.euradcom.org これは「2009レスボス宣言」に署名した、放射線の危険に関する著名な専門家の出した結論である。

7.故意に情報を一般市民から隠した者に対する捜査と法的制裁を行うべきである。

8.報道においてこの事故が健康に与える影響を矮小化して伝えた者に対する捜査と法的制裁を行うべきである。

 この7は東電と保安院に対して、8はマスメディアの情報操作に対して向けられたものである。このECRRの勧告に対比すると、政府が現在取っている措置は、広島原爆投下後の政府・大本営の状況認識および対策との差とあまり違いがない。米国と文科省が共同で行った地上1メートルのセシウム137(半減期30.3年)の汚染度を見ると、原発から北西の方向に半径30キロを超えて、300万〜1,470万ベクレル/平方メートルという超高濃度汚染ベルトが広がっている。(チェルノブイリ事故の汚染は避難地区がわずか13万5,000ベクレル。事故処理に当たった労働者の平均被爆量が165ミリシーベルト)。福島では、原発から40キロ離れた飯館村でも外部被爆線量が年間26ミリシーベルトになる。10年住めば、厚労省の「緊急被爆基準値」の250ミリシーベルトを超えてしまう。

ともかく放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない。政府はそのことを率直に認め、住民に安易な帰宅計画の希望などもたせず、「広島、長崎と同じことが起こったし、いまも続いている」ことを告げるべきだ。広島長崎の被爆者も「核兵器廃絶は原子炉廃絶なくしてありえない」ことを自覚すべきだ。

 半減期というのは放射能が半分になることで、1,470万ベクレルのセシウム137は30.3年経っても735万ベクレルになるにすぎない。100年経って元の4分の1=367万5,000ベクレルだ。チェルノブイリの13万5,000まで落ちるのに何百年かかるか?相馬市、いわき市、福島市に挟まれた広大な無人の荒野を想像すると、寒気がしてくる。

 

「工程表」で原発作業員の人生まで決めてはならない

 東電は4月17日、福島第一原発事故事態収拾についての「工程表」を発表した。これによれば、放射線量の着実な減少(ステップ1)に3カ月、線量を大幅に抑制する段階(ステップ2)までは最長9カ月かかる見込みとのことだ。しかし現場は作業員が近づくことさえ困難な高放射線量を示す環境下にあり、この「工程表」を「あくまで希望的観測」とみる関係者も多いと言われている。

 この困難に立ち向かう作業員の方々の劣悪な待遇についての情報は、このところやっと各メディアで少しずつ取り上げられるようになってきたが、ここにきても政府の対応、施策は、全くと言っていいほど進捗していない。

 まず、作業員のメディカルチェックについて尋ねた梅村聡議員の質問に対する4月13日時点での厚労省からの回答は、「交替勤務制とし、過重労働とならないよう配慮しつつ、個々人から体調不良の申し出があった場合は、現地に駐在している医師にて診療を実施」「今後、全員に対して健康診断を実施する予定」という、「厚生労働省」という省名にもとる、あまりにもお粗末なものであった。多くの作業員が皆同様に過酷な労働環境に置かれている状況では、自らの体調不良を「言い出しにくい環境」であることくらい、普通は想像に難くない。このような環境下にある労働者に、自己申告だけで健康管理しようとするなど、耳を疑う信じ難い対応と言える。

 そして4月15日、衆議院厚労委で柿沢未途議員が行った作業員の健康管理に関する質問において、柿沢議員が、ILO第115条約「第五条 労働者の電離放射線による被ばくを実行可能な限り低い水準のものとするため、あらゆる努力を払うものとする。すべての関係当事者は、不必要な被ばくを避けるものとする」との条文を提示し厚労省としての現状認識を問うたのに対し、大塚耕平厚労副大臣は「現場では、あらゆる努力をしているものと信じている」とあまりにも当事者意識に欠ける答弁を行った。

 続いての「第十二条 放射線作業に直接従事するすべての労働者は、就業前又は就業直後に適切な健康診断を受けるものとし、就業中は適当な間隔を置いて健康診断を受ける」との条文に現況が反しているのではないかとの問いに対して大塚副大臣は、「作業員は三日勤務すると茨城のほうの拠点に行き、そこで除染ののち健康診断を受けていると聞いている」との答弁を行ったが、これは4月16日に対策拠点の「Jヴィレッジ」に入って実際に作業員を診察した愛媛大学谷川武教授の「最近は、4勤2休という態勢」という報告を考慮すると、事実とは全く異なる答弁との疑いを持たざるを得ないものであり、厚労省が現状把握を全くしていないということが、改めて明らかとなった。

 さらに4月20日の衆議院厚労委で福田衣里子議員によりされた作業員の個人線量計についての質問に対し、松下忠洋経産副大臣は、当初足りなかった線量計を「全国からかき集め、4月1日時点で約1000個入手した」との答弁を行ったが、福田議員はそれ以前の3月18日時点ですでに800個が現場に存在していたことを指摘した。松下副大臣の説明によれば、現在作業員は「日中400~500人、夜間200~300人」とのことであるから、3月24日の「水たまり被曝事故」時点では線量計は数量的には十分に足りていたはずである。つまり、線量計はあったのに装着させていなかった、ということも判明した。

 また、短期就労者を含む原発作業員全員の健康管理、被曝管理についての質問に対し、岡本充功厚労政務官は「作業期間や被曝線量のデータベース構築をどのようなのもにするかを今考えているところ、健康管理については専門家の意見も聞きながら実施を検討する」という極めて曖昧で頼りない答弁に終始、結局厚労省としてはまだ何も施策を講じていないということが、ここでもまた明らかとなった。また、作業員の事前の造血幹細胞採取についても、原子力安全委員会の「現時点での採取は、必要ない」との見解を追認する形で「今のところ必要ない。」との答弁。現状把握さえしていないにもかかわらず、何を根拠に「必要なし」と判断しているのか、説得力に欠ける以前に無責任とも言うべき姿勢が露呈した。

 放射線管理手帳の所持についても、政府は直接関知し管理しているものではなく、あくまで事業所の自主規制に任されており、仮に所持せず労働しても法律で罰せられるものではない、とのことだ。

 奇しくも昨年7月に、日本学術会議の放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会から「放射線作業者の被ばくの一元管理について」という提言がなされているが、ここでは、「放射線作業者個人の累積線量(生涯線量)および5年間あるいは1年間の被ばく線量を確実に把握し評価する一元管理システムが、他の多くの原子力先進諸国では出来上がっているのに、わが国には存在しない」という驚くべき実態が指摘され、「線量限度を超えている放射線作業者が確認されているにもかかわらず、法的に必要な措置が取られていないということは、原子力先進国として恥ずべきこと」として、現状の早期改善を求めている。

 つまりわが国では、原発作業員個々人の放射線管理自体が、もともと現場に一任され、公的一元管理などされていないという、とても先進国とは思えない、そもそも極めて杜撰な状況であったわけだ。これは今回の事故以前から、脈々と受け継がれてきた構造上の問題である。厳密な線量管理をすれば職を失う労働者も生じうる。線量が上限に達してしまうと、原発での作業は出来なくなるからだ。雇用者はそのような、何とか職を確保したいという労働者の弱みにつけ込んで、杜撰な線量管理を「労働者との合意の上」として半ば公然と行ってきたのではあるまいか。

 それが、今回の事故を契機に計らずも露見した、ということではないだろうか。

 つまり、そもそもわが国の原発での作業員の被曝線量管理は「いいかげん」であり、大事故が起こった現在も、その「いいかげんな慣習」のまま放置され、水素爆発や大量の汚染水の流出など次々に起こる「想定外」の事態に、「作業員の健康管理など、とてもじゃないが配慮なんかしていられない」というのが、東電、経産省、厚労省の本音なのではなかろうか。

 これまで見てきた厚労省、経産省の回答や答弁が、他人事のような誠実さに欠けた極めて「場当たり的」なものであるのは、おそらくこのためであろう。

 先日公開された「工程表」も極めて「場当たり的」だ。このような「場当たり的」な工程表は、今後いくらでも修正、変更されるであろう。そして今後、事態収拾が「工程表」通りに運ばなかった場合、あらゆる「規則」「基準」を、その現状に合わせて変更していく可能性が十分考えられ、いっそう作業員の健康管理、被曝管理が蔑ろにされてゆくのではないかと懸念される。

 ICRP2007年勧告には「線量限度は、緊急時被ばく状況(志願して人命救助活動に参加する場合、破滅的な状況を防ぐことを試みる場合)には適用されない」とある。最近メディアでは作業員の方々が「志願」して作業に当っているとの記述をよく見るが、作業員の方々が「志願」して自由意思で自ら進んで作業に参加しているとして、これを逆手に取って被曝線量上限を仮に無制限化しようとしているのならば、それは言語道断、決して許されることではない。これ以上、国際的に決められた規則や基準を、都合よく解釈し適用することは、絶対に許されない。

 「工程表」はあくまで事態収拾のロードマップであり、そこで働く作業員の方々の人生のロードマップではない。「工程表」で原発作業員の方々の人生まで、決して決めてしまってはならないのだ。


有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
木村 知

-------------------------------------------------------------------------
2011年4月29日

 

福島原発からの報告

愛媛大学大学院医学系研究科公衆衛生・健康医学分野
谷川 武

2011年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

4月16日午後から19日午前の予定で非常勤産業医として福島第二原子力発電所(以下F2)に寝泊まりして健康管理を支援しています。これまでの状況を要約します。

福島第一原子力発電所(以下F1)のみならず、F2ももう少しでF1と同様の事態になるところでした。F2も震災当初から不眠不休で皆がんばっています。
確かに東京電力は今回の原発事故の当事者であり、広範囲の放射能汚染の加害者ですが、F1,F2で働く所員の多くも自宅、家族を失ったり、自宅が避難指示区域にあったりする被災者です。10日以上、震災から一度も戻れず、家族の安否も電話がつながらずに確認できないまま、電気が供給されない原発で命を張って事態収拾に努めた方々です。その中には九死に一生を得た方々もいます。しかし、避難所では露骨な批判を浴び、風呂も入れない状態で通常勤務以上のストレスの高い激務をこなしています。これまでは、急性期でしたがこれからは慢性のストレス状態が続きます。

17日に長期ビジョンが東電本社から示されましたが、フェーズが変わったことから震災当初から激務をこなした所員に長期休暇をとらすことや、復旧を進めるF1の所長以外に長期ビジョン担当の所長(前所長が適任か)を現地に常駐させることが適切と思います。

また、F2の状況も次もし津波が襲えばF1と同様の状態になることは避けられず、所員が一丸となって対策を進めています。そのため、F2からF1に応援を出す余裕はありません。F1はすでにレベル7です。一企業が事態収拾する事態ではありません。東電本店をはじめ、ALL JAPANでF1を応援することが求められます。

産業保健に関してもこの一ヶ月の対応は現場では必死でやっていますが、これからは計画的な健康管理体制が求められます。現地の医療スタッフは産業医科大学から2人の医師の常駐を希望しています。本日産業医科大学の森学長補佐に連絡したところ、東電本社の要請があれば検討すると回答を得ましたのでF2増田所長から本店に現地からの声を届けてもらうことを依頼しました。今後、従来からの東電の産業保健体制ではなく外部からきちんとF1,F2の所員の健康管理(通常の労働安全衛生法に基づくもの以外にストレス対策、放射線被曝対策も含めたもの)を実施することが求められます。これは、原発周辺地域住民も含めた国の枠組みが必要です。

谷口プロジェクト(原発作業員の自己末梢血幹細胞採取)について両所長とも感謝しており、本日午後F2の副所長が担当として詳細な説明を求めて来室します。虎の門病院谷口医師の現地での説明も実施する予定です。

F2の体育館がF1所員の宿泊所になっています。夜間巡視すると重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者による強烈ないびきにより、睡眠を妨げられている状況でした。昨日、フィリップス社に支援を要請し、CPAPの提供を受け、これまでCPAPを使用していた2名に装着し、さらにSASが強く疑われる大きないびきを発している方々に置き手紙を置きました。今晩からそれらの方にCPAPを装着する予定です。


--------------------------------
2011年4月19日

 

日本赤十字社義援金は能力なりの規模に:免罪符的寄付から自立的寄付へ

日本赤十字社義援金は能力なりの規模に:免罪符的寄付から自立的寄付へ
小松秀樹
2011年4月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

 日本赤十字社は、従来の惰性で、使い方を決めないまま、莫大な義援金を集めた。義援金は寄付の一類型である。寄付は、公のために、私財を投ずることと理解される。わが身まで捨ててしまう苛烈な寄付から、権威依存の免罪符としての寄付まで、さまざまな類型がある。それぞれの背景に、歴史的経緯と考え方がある。
 日本赤十字社の義援金については、政府が介入して、被災者に被害に応じてお金を平等に分配することになった。もっと有益な使い道があったのではないか。使途の判断に問題があるとすれば、寄付する側が、使途について、自立的に判断して適切な相手に寄付する必要がある。
 以下、寄付について考える。

1 陽明学的寄付

 私財を投じて公益事業を自分で行う。自らの利害を無視して行動する。明治期まで見られた。身分制度は、社会的エリートに指導者としての強い自覚を促す側面があった。身分制度と学問と社会の混乱が、特異な抽象的指導者を生んだ。
 例えば、明治初頭の香川県の地方政治家大久保諶之丞。知行合一の陽明学の徒である。裕福な地主の家に生まれた。維新後、青年期を迎えた。明治6年、西讃竹槍騒動が勃発した。徴兵制度など明治新政府の政策に対する農民の反感が背景にあった。騒動の中で、諶之丞の家屋は焼失した。この事件では、農民側の死者50名、官軍側死者2名。7名が死刑になった。諶之丞は、この騒乱の前後より、地域の指導者になっていった。農家の子弟を山梨県に派遣して養蚕業を学ばせたり、育英制度で学資を提供して医師を村に招いたり、農家の二男以下を北海道に入植させたりした。香川用水(1974年完成、徳島県の吉野川から香川県への水道で現在の香川県の水の生命線)や瀬戸大橋を最初に提唱したことでも知られる。
 四国新道を計画し、その工事に私財を投じた。1891年、県議会で演説中に倒れ死去。享年42歳。残された家族は三度の食事にも窮したという。


2 石門心学的寄付

 石門心学は石田梅岩を祖とする。石門心学の倫理には、砂漠地帯の一神教や、ニュルンベルグ綱領のような相手に向かう猛々しさはない。日常生活に密着した、地に足のついた行動規範である。自らを滅ぼす苛烈さはない。暴利をむさぼることなく、正直に節度をもって勤勉に働き、倹約して蓄財することを勧める。家族や親戚、近隣の人々が困っていれば、その金で助けなさいと説く。石門心学は勤労の喜び、優しい心、人を助けることで得られる深い満足感を推奨した。京都、大阪の商人の精神的よりどころとなり、誇りをもたらした。
 ウィキペディアによると、江戸期の大阪には「きたのう貯めて、きれいに使う」ことを美徳とする習慣があったという。商売では無駄を省き、倹約して資本を蓄え、商売外では、世のため、人のためにできるだけのことをした。江戸期の大阪の八百八橋は町人の寄付で作られたという。明治以後も中之島公会堂や小学校などは、市民の寄付で作られた。第二次大戦後、お上に頼る東京中心の文化が優勢になった。


3 パトロン的寄付

 全国訪問ボランティアナースの会キャンナスは、東日本大震災で大活躍している。震災から1カ月。被災地から、一部のボランティア団体が引き揚げ始めたが、状況はとても改善したとは言えない。
 2011年4月10日、キャンナス代表の菅原由美氏のメールを読む機会を得た。

「現在は、気仙沼で2カ所、石巻で3カ所、南三陸1カ所でそこに泊まりながら活動しています。(今日は石巻で急に欠員が出て困った小学校に緊急配置しましたので、4カ所に泊まっています)本日帰ったナース8名。医師、ヘルパーなど、12名。今夜泊まっているナースは18名、ヘルパーなど6名です。明日3名追加、あさって3名追加になります。」
「神奈川の藤沢市から、週2回の人員と物資の輸送も欠かすことなく行ってきています。救援物資は、毎回10カ所以上に配っています。
 キャンナスは、全くの任意団体でどこからの支援もなく、熱い思いだけで突っ走ってきました。しかし、これには限界があります。熱い思いのナースが沢山いるのに、この人たちを現地で活かしていくには、このナースたちの生活を支えないとなりません。その財力が、私にはないことが情けなく悔しくてなりません。今日も、石巻から真っ黒な顔で、でも生き生きした顔で帰って行くナースを沢山見送りました。また来ます!!皆そういってくれました。彼女たちはずっと石巻で頑張りたい!そう思っています。
 でも全くの無報酬では稼ぎに帰らねばならないのです。被災者にとっても、ナースにとっても、気心が知れた人が去って行くことはつらいでしょう。今はまだ混乱の時期なので、被災者は人の入れ替わりに、なれてしまっています。しかし、今後心のケアはさけて通れません。心のケアは、なじみの関係がとても大事だと思っています。そういう意味でも、ナースを定着させたいのです。救援物資を購入することができない私にナースの人件費を出すことなどできません。私にできるのは、熱い思いのナースを集めそのナースを応援支援することだけです。どうか、このような団体に、そして、熱い思いのナース達をご支援賜りたく心よりお願い申し上げます。」

 苦境のキャンナスにソフトバンクの孫正義氏が援助を申し出た。その後どうなったか確認できていない。孫正義氏が申し出たパトロン的寄付の考え方は、石門心学と重なる。東日本大震災で、多くの会社が、何らかの寄与をしている。創業オーナーは資産と権限が大きいだけ、動きが目立つ。ローソンの新浪剛史氏は、救援活動と能動的寄付を一体として展開している。


4 有償ボランティア

 ここで脱線する。私は無償のボランティア活動を好まない。行動を保障する責任の証としての契約が成立しないので、本気が長続きしない。そもそも、長期間にわたる無償の奉仕は奴隷労働に近い。長くなれば当然逃げ出す。日本には不況で就職できない若者がたくさんいる。こうした若者から希望者を募って、有償のボランティアとして責任を持って働いてもらってはどうだろう。就活の重圧と失敗で落ち込んでいた若者に、誇りと元気と新たな視点を与えるだろう。ボランティアの経験は、次の就職活動に役立つに違いない。証明書や推薦状も当然書かれるだろう。ボランティア活動に従事した若者の経験の総量が大きければ、将来の日本に良い影響をもたらすに違いない。


5 日本赤十字社義援金

 以下に日本赤十字社ホームページ(4月12日現在)の義援金募集画面の冒頭部を示す。

「東日本大震災による被災者に対して全国からお寄せいただいた義援金を被災都道県に配分するため、厚生労働省の協力を得て、学識経験者、被災都道県および日本赤十字社、中央共同募金会をはじめとする義援金受付団体を構成メンバーとする『義援金配分割合決定委員会』が4月8日(金)に設置されました。
 この委員会で、被災状況に応じて、それぞれの被災都道県への義援金の配分割合が審議され、決定しました。具体的には『住宅全壊・全焼・流失、死亡、行方不明者は35万円』、『住宅半焼、半壊は18万円』、『原発避難指示・屋内退避指示圏域の世帯は35万円』を基準として、これに対象世帯・対象者数を乗じた額を各被災都道県に配分することになりました。」

 義援金集めのミッションとそれを支える論理は示されていなかった。平等を担保する手続としての委員会と、被害に応じた分配額についての記載しかなかった。緊急対応には使われないこと、平等に配分されることを前提としていた。
 

6 宇多田ヒカル氏の不安 清水国明氏の疑問

 伝えられるところによれば、歌手の宇多田ヒカル氏が、日本赤十字社を通じて8000万円の義援金を寄付した。
 片山善博総務大臣は4月3日のNHKの番組で、日本赤十字社の義援金の分配について「政府で何らかの目安をつくり、早めに配れるような基準を作りたい」と述べた。その結果が前述の「義援金配分割合決定委員会」であろう。いかにも元自治官僚らしい。この委員会は、実益に無関心な官僚的手続そのものである。義援金を税金のように扱っている。寄付がなんたるかについての世界の常識とかけ離れている。官僚の手続は、どれだけ多くの人を救えるかではなく、整合性の追求が最優先課題になっている。(「災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先」
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more)。整合性の追求は、責任回避のためである。

 翌日、宇多田氏は、ツイッターで以下のように反応した。 
「赤十字社に集まった義援金の分配に政府が介入してきたこれ! 私の寄付金、被災者の皆さんの今後の生活と被災地のためにちゃんと使ってもらえるのかな しっかり頼んます民主党さんっ」
 アメリカ生活の長い宇多田氏にとって、民間のドネーションに政府が介入することは驚天動地だったに違いない。アメリカ人からみれば、片山総務大臣は泥棒にしか見えないのではないか。アメリカの常識では、寄付金の使い方を自分で決められないような団体は、寄付を集める資格がない。寄付金獲得のために、団体は、活動をアピールし続ける。

 タレントの清水国明氏も日赤の寄付の活用方法にブログで疑問を表明している。
http://ameblo.jp/kuniaki-shimizu/entry-10847761951.html
(国明)そんな仕組みになっていることを知らない人が多い。今後募金を集めるとき、この義援金は今すぐに使われることはありません、と表示するつもりは?
(日赤)「・・・・・・」
(国明)この義援金を、今すぐ動いている組織、団体などの活動支援に使うことは?
(日赤)ない。


7 自立的寄付と免罪符的寄付

 東日本大震災で、日本の行政システムの判断基準や判断方法が、大災害に通用しないことが明らかになった。
 日本の官僚は、臨機応変に対応することを禁じられている、あるいは、禁じられているふりをしている。責任を問われないし、そもそも楽だから。書類には官職名だけで個人名を書かず、杓子定規を貫く。従って、想定外の緊急時の対応はできない。それでも、強い権限を持つ統一的な指揮命令系統を整備することで、あらゆることに対応できるという幻想に固執する。これも、権限が欲しいからだけではないか。

 中央集権に対する幻想は、かつての共産主義国家に似たところがある。そもそも、計画経済が成り立たないのは、巨大で複雑な経済システムを統御できる能力を人間が持っていないからである。多くの目で認識して、それぞれが自主的に動くしかない。
 被災者に現金を渡すのは、緊急対応ではない。災害で被災者の持つ金銭が有用になるのは、本人が生き残り、復旧が進み、金銭が使えるようになってから、あるいは、被災地外に出た時である。
大震災の被害が相当程度克服されるまでは、自主的に活動している団体を支える方が、被災者に現金を渡すより有益ではないか。日本赤十字社には、大震災での寄付金の扱いについて、突き詰めた議論をした形跡が見てとれない。

 日本赤十字社の募金は、今回のような使い方にするのなら、震災発生後、1カ月後あたりからゆっくりと始めるべきではないか。そうでないと、本気の急場の寄付集めを阻害しかねない。
 寄付をする側は、寄付がどのように使われるのが望ましいのか自分で判断し、適切な団体に寄付しなければならない。できればその団体の活動に注目し続けて、評価してほしい。
日本では、自立的寄付と権威に依存した免罪符的寄付のバランスが、後者に偏りすぎている。被災者の苦難を思えば、寄付する側にも責任が生じる。

---------------------------------------------------------------------
2011年4月16日

 

難波紘二氏より 生コン注入しても汚染水の流出が止まらない?

各位へ:(転載自由です)

<東京電力は、洪水対策で使われる、水を吸収して膨張する「高分子ポリマー」という特殊な素材などを使って、水の流れをせき止める方法を試すとして、3日午後1時40分すぎから作業を行いました。東京電力によりますと、効果を高めるため、高分子ポリマーのほか、おがくずや新聞紙なども投入したということですが、配管の中に十分に入らず、今のところ、海に流れ込む水の量には明らかな減少はみられないということです。このため、水をかき混ぜる作業を行い、4日まで効果が出るかどうか監視を続けることにしています。2号機では、タービン建屋にたまった水や建屋の外にある「トレンチ」と呼ばれるトンネルにたまった水から、高い濃度の放射性物質が検出されていて、東京電力ではこれらの水は、同じものとみています。このため、これらの汚染された水が、海に流れ出ている可能性があるとして、「トレンチ」に色のついた水を流して、どのような経路で海に流れ出しているのか、調べることにしています。>(NHK)

 この会社はやることが後手後手。まず色素試験で流出源を確かめてから、ブロック位置と方法を考えるべきなんだよ。

出る場所は4つの原子炉建屋と4つのタービン建屋の地下しか考えられない。黒を含め8種の色素を同時にテストすればよいのだ。朝やれば午後には遅くとも結果が出るのに、場当たり式にカンでやるから、仕事はいつまで経ってもはかどらない。

 医療で言えば診断できないまま、治療をしているのが現状だ。

~~~~~~~~~~~~
2011年4月4日

 

亀田総合病院の小松秀樹氏より 便利なサイト一覧

※被災者受け入れに関して※
厚生労働省ホームページ
東日本大震災関連情報:厚生労働省発の通知文書を見ることができます。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014ih5.html

携帯版(情報はパソコンより少ないです)
http://mobile.mhlw.go.jp/jishin/index.html

※被災地入りする医療・介護・福祉関係のみなさまへ その1※
被災地では、情報の入手もむずかしいこと思います。
NPO法人日本医学図書館協会では、被災地の大学・病院・医療関連機関所属の方々、救護・復興活動に従事される医療者の方々に対し、医学文献を無料提供するとのことです。申込はメールだけでなく、電話でも受付可能とのことです。
みなさんに被災地でご活用いただくと共に、現地の医療・介護・福祉関係の方々にも情報提供いただければと思います。 また、メール等で、現地の方々に連絡が取れる方はぜひお知らせください。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/earthquake/eqindex.html
<情報元 NPO法人日本医学図書館協会>
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/

※被災地入りする医療・介護・福祉関係のみなさまへ その2※
被災地および救護・復興支援のための医学文献(オンラインジャーナル)や文献検索システムが期間限定で無料提供が行われています。
ここでは、数点紹介します。

英語編
●PubMed モバイル端末向け:簡易検索のみ
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed
●UpToDate
http://www.uptodate.com/
●コクラン・ライブラリー
http://www.thecochranelibrary.com/
●DynaMed
http://www.ebsco.co.jp/earthquake/311evidence.html
●MD CONSULT
http://www.mdconsult.com/php/237779143-11/homepage
●NEJM
http://www.nejm.org/


日本語編
●今日の診療WEB版
http://www.igaku-shoin.co.jp/misc/311care_kon.html
●JDreamⅡ地震関連文献情報の無料公開
http://pr.jst.go.jp/new/info20110316.html
●医中誌Web
http://www.jamas.or.jp/news/news26.html
<情報元 LITERIS>
http://plaza.umin.ac.jp/~literis/cgi-bin/fswiki/wiki.cgi?page=Earthquake


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2011年4月4日

 

地下水の高濃度汚染

 地下水から基準の1万倍のヨウ素検出-福島第1原発 2011年 4月 1日 13:09 JST<【東京】福島第1原発の1号機近くの地下水から放射性ヨウ素が検出された。東京電力が31日に発表した声明によると、濃度は海水に関する国の基準の1万倍という。同社担当者は声明直後に測定が間違っている可能性があると述べ、4月1日にあらためて結果を発表するとした。

 放射線量と、サンプルの採取日が30日であること以外はほとんど詳細を明らかにしなかった。サンプルは地下約15メートルから採取した。大気中の放射性物質が雨で地中に浸透したのか、大量放水の水が流れ込んだのかなど、放射性物質の出どころはわかっていない。
 測定結果を説明した東電の担当者は、原子炉は固い岩盤の上に築かれたコンクリートの基盤上にあるため、原子炉から直接土壌に漏れたはずはないと語った。>(「ウォールストリート・ジャーナル)

 高濃度の放射性ヨウ素は1号機のタービン建屋脇付近の「サブドレーン」にある地下水から検出された。1立方センチメートルあたり430ベクレルで法令基準の1万倍、通常運転時の原子炉内の水に相当するという。

 サブドレインは建屋が地下水の浮力によって浮かないように排水する目的で、建屋を取り囲むように掘られた深さ12~14メートルの縦穴状の施設。今回の福島第1原発のように汚染水が流れ込むと、そのまま海に流れ込んでしまう危険性もある。>(「日経」)


 サンプル採取の深さを報じているのは、この2紙のみ。 問題は現地の伏流水がどうなっているかだが、原発の立地条件を見ると西側に43mの丘があり原発建物は東向きに、海にぎりぎりに海抜13~8mのところに建てられている。地下20メートルまでの地下水は一般に「表層水」といい地上の汚染をもろに反映する。深さが10~15メートルの井戸を「浅井戸」という。危険な井戸だ。

 地下構造がどうなっているかは、映画「ジュラシック・パーク」で出てくるように、小型のダイナマイトを爆発させてその反射波を映像として検出すればすぐわかる。映画では「バッドランド国立公園」(化石が露出しているので有名)の地下にある恐竜の化石を発見するのに古生物学者が用いていた。

 東電関係者は「原子炉は第一岩盤の上にコンクリートを流して土台を作ったので、土壌から(その下の)地下水に漏れるはずがない」と言いたいのだろう。しかし第一岩盤の下にも土があり、その下に第二岩盤があり、その下にも伏流水(深層水)が流れている。ここまで掘った井戸は「深井戸」といい、通常、表土汚染とは無縁である。汚染される場合も相当時間がかかる。但し地震のため第二岩盤に亀裂が入ったとなると、話は別である。

 「日経」が報じるのは原発周囲に深さ12~14mの「空井戸」が何本も水抜きのために掘られているということ。ここに出てくるのが表層水なのか、深層水なのか、原発敷地の地質学的構造データを明らかにしないと、「汚染地下水」の意味は明らかにならない。記事の質は読めば分かるようにWSJの方がはるかに高い。頑張れ日本のメディア。


-- 難波紘二
鹿鳴荘病理研究所
739-2303 東広島市福富町久芳685-7
TEL/FAX=082-435-2216
「病気は自然の実験である」

~~~~~~~~~~~~~

2011年4月2日

 

ICRP批判 九州大学 吉岡​斉氏

公衆の放射線防護レベルの緩和についての国際放射線防護委員会ICRPの忠告(3月21日)について吉岡斉(よしおか・ひとし)九州大学教授・副学長平成23年3月31日  国際放射線防護委員会ICRPは月21日、Claire Cousins議長らの名で、およびChristpher Clement科学事務局長の連名で、福島原発震災における放射線防護レベルの緩和に関するコメントを発表した。その骨子は、緊急時の放射線防護の「参考レベル」を20~100mSvとし、また事故終息後の汚染地域からの退去の「参考レベル」を1~20mSvとすることを忠告recommend する、というものである。

 日本の放射線防護関係者の中には、それを支持する者もいると聞く。しかし筆者はそれに賛成しがたい。筆者はICRPによる放射線の危険度(リスクと表現する者もいる)の見積りが過小評価であると思っているが、それについて今回議論する気はない。かりそめにICRPの評価が妥当だとしても、今回の忠告を日本政府が受け入れることは賢明ではないというのが筆者の意見である。
 その理由は、この忠告が暗黙の前提としているのが、局所的な少人数の被曝だという点である。そうした範囲内ではこの忠告は一定の説得力がある。しかるに福島原発震災は、巨大都市を巻き込んだ広域的な被曝をもたらすおそれが濃厚であり、そうした事態に対してICRPの考え方は危険である。

 日本政府は、ICRPの勧告に準拠して、国内の放射線防護基準を定めてきた。具体的には原子力安全委員会の原子力防災指針などに、そうした基準が示されている。そこにおける公衆の線量限度(平常時)は年間1mSvである。ちなみに放射線の危険度に関しては、ある集団が20000mSvを浴びると、その集団でのがん死が1名増加すると見積られている。これは言うまでもなく「直線仮説」に基づいた見積りである。これが正しいとすると、今回の福島原発震災による放射能が首都圏に飛来し、その住民3500万人が1mSvずつ被曝した場合、1750人のガン死者増加がもたらされる。これは相当に大きな数字である。

 他方、緊急時においては、平常時よりもはるかにゆるい基準が、公衆被曝に関して適用される。現行の基準では屋内退避の目安が累積10mSv、避難の目安が累積50mSvとなっている。これを首都圏に適用すると恐るべき結果が出てくる。首都圏の人口は3500万人である。この集団が一様に10mSvを浴びた場合、首都圏でのがん死の増加は17500名となる。50mSvでは87500名となる。このような大量死を容認するような基準の適用は妥当ではない。平常時と同じ年間1mSvを厳守することが望ましいだろう。
 ところがICRPの今回の忠告は、これよりもさらにゆるい20~100mSvという「参考レベル」を推奨している。これは地方の都市・農村を念頭に置いた基準であると考えられる。それをそのまま巨大都市に適用するのは大胆すぎる。同じように、恒久的な移住の基準を年間1~20mSvにしてはどうかというICRPの忠告も適切ではない。

 なお首都圏の基準と、福島第一原発周辺の基準を、ダブルスタンダードにして使い分けるのは、理論的にはありうる方式であるが、現実的には立地地域に犠牲を押しつけるものだという批判を浴びることは必至であり、実施困難である。一律に年間1mSvを適用するしか、取りうる方法は無いかもしれない。  

~~~~~~~~~~~~~~

2011年4月1日

 

「専門家」に気をつけ​よう

各位へ:(転載自由)

 医療法人徳州会は傘下の全病院をあげて「5000人規模の患者」とその家族を引き受けることを明らかにした。

http://www.tokushukai.or.jp/media/news/
 透析機も足りない分は新規購入するとしている。透析患者の救命に大きく貢献するだろう。

 すでに大規模な医療救援隊を現地に派遣しているから、生の現地情報に基づいての判断と見られる。

 家族単位で全国の徳洲会病院に移動することになるが、放射能汚染に怯えつつ現地生活をするより、はるかにましだろう。

このような決定と実行は厚労省にはできない。徳州会のパワーはすでに厚労省を上まわったと見るべきだろう。


 NHKや民放TVそれに新聞が無批判に「専門家」という言葉を使っているのが目(耳)に障る。

 A.「政府系(体制系)専門家」とB.「反政府系(反体制系)専門家」の2種類がある。メディアはその区別がついていないか、区別して報道していない。

 保安院のカラ男や北大の奈良林教授、例の阪大名誉教授などはAの専門家だ。

奈良林などは「圧力容器の底の燃料棒挿入口から水がこぼれ落ちているから、水素爆発を起こさず助かっている」などとふざけたことを述べている(今朝の「中国」)。だったら初めからそれ用の配水管と貯水槽を作っておくべきだろう。

 同じ紙面で「原発はなぜ危険か」(岩波新書)を書いた田中三彦は、「メルトダウンで挿入口がやられた。ここが一番弱い部分だ」と正直に述べている。京大の小出裕章も、高木仁三郎もBカテゴリー。


 制御棒をなぜ下から差し込む設計にしたのか、どうして上から落とす設計にしなかったのか、理解に苦しむ。メルトダウンは上から始まるからだろうか?

 ともかく同じ専門知識をもっていても、価値観・倫理観・自己顕示欲は個人にり異なる。だから2種の専門家が生まれる。

ひとまとめに「専門家」と呼ぶのはよしにしてもらいたい。

 一区切りついたら「専門家」の発言を点検するのが、メディアの役割である。それがないと「専門家」の自然淘汰がすすまない。


 なお米国にはメディア記事を検証するサイトがある。

http://www.j-cast.com/2011/03/27091410.html

-- 難波紘二

鹿鳴荘病理研究所
739-2303 東広島市福富町久芳685-7
TEL/FAX=082-435-2216
「病気は自然の実験である」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2011年4月1日

 

「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を

「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を

有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役 木村 知
2011年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

 とうとう、原発事故作業員の方々に大きな被曝事故が起きてしまった。

 ほんの数日前まで、新聞をはじめとした各メディアは、原発事故現場に向かうこれら作業員の方々のことを、「決死の覚悟」で「命懸けの任務」を行う、まるで戦時中の特攻隊員を彷彿とさせる「英雄」として扱い、その勇気を讃美する論調を世間にあふれさせていた。こうしたある種の異様な論調やそれに同調する国民感情に空恐ろしい違和感を覚えたのは、けっして私ばかりではあるまい。

 しかしそんなメディアの論調も、今回の被曝事故が起きてやっと「作業員の安全確保を」という方向に変わりつつあるようだ。

 とは言え、事故の全容も未だ不明で、今後の見通しもつかず、事態収拾にこれからも多くの時間を要する状況で、これら作業員の方々はますます増員されていくに違いない。それに伴い、このような被曝事故も、仮に杜撰な安全対策が見直されたとしても、今後「二度と起きない」とは、けっして断言できないだろう。

 また、重大な被曝事故でなくとも、ギリギリの作業環境のもと相当量の被曝をすることで、「直ちに影響」は出なくとも、数年、数十年の経過を経て健康被害が発生する可能性も否定はできない。

 被曝のリスクだけでなく、十分な食料や睡眠さえ保障されない劣悪な労働条件での任務を強いられているとも聞く。肉体的なダメージはもちろん、精神的なダメージも計り知れない。このようなダメージは、仮に任務を終えて無事家族のもとへ帰宅できたからと言っても、簡単に癒えるものではないだろう。

 つまり、この原発事故現場での作業に関わったすべての方々には、「直ちに影響が出ない」とは言っても、将来なんらかの肉体的あるいは精神的「健康被害」が発生する可能性が否定できないと言える。

 そこで、非常に心配されるのが、将来なんらかの健康被害がこれら作業に関わった方々に生じた場合、「適切な補償が受けられるのか」、という問題だ。

 ただでさえ労働者の立場は弱い。

 日頃診療をしていると、明らかに「就労中のケガ」であるにもかかわらず、「ぜったいに『労災扱い』にしないで欲しい」と建設現場で負傷した土木作業員に懇願されることは、珍しくない。
 建設業界ではゼネコン、下請け、孫請けと順次下部企業へと工事が発注される受注形態があり、「労災事故」が多い下請けには、その上部企業からの工事の発注がされなくなるという、「病的ピラミッド構造」が根強く残っている。

 そのため、下請け、孫請けなどの零細企業は、なるべく「労災事故」の件数を少なくする必要があり、作業中ケガ人が発生した場合、全額自費診療扱いとして事業主が自腹で治療費を支払ったり、酷い場合はケガそのものを「就労と無関係」と作業員に言わせたりするなどの、いわゆる「労災逃れ」「労災隠し」を行う事例が後を絶たない。

 これは、建設業界に限定したものであるとは、けっして言えないだろう。

 今回の原発事故現場でも「協力会社」といわれる「下請け企業」から多くの作業員の方々が動員されているとのことだ。

 はたして、この「下請け企業」の方々に将来健康被害が発生した場合、適切な補償はされるのだろうか?

 「労災認定されるはずだ」という意見もあろう。

 しかし残念ながら、答えは「否」であると、私は思う。

 確かに「直ちに影響が出た」ものについては、労災認定される可能性はもちろんあり得ると思われるが、将来起こり得る健康被害も不明であるうえ、遅発性に起こったものについての認定は、原発事故現場での作業と相当因果関係が強固に証明できるもの以外は、まず無理だろう。
 そもそもただでさえ、作業中の安全管理対策が杜撰である企業が、将来起こり得る健康被害まで補償することなど、到底期待できない。

 つまり、「原発事故作業に起因した健康被害」を労災ですべて補償するのは、不可能ということだ。

 自衛官については、原子力災害対処によって死亡もしくは障害が残った場合、「賞恤金(しょうじゅうつきん)」が支払われ、今回その額が通常の1.5倍に引き上げられたという。

 もちろん、金銭が補償されればいいという問題ではないが、企業、特に下請けなどの零細企業に所属している作業員の方々にも同程度の補償は最低限必須と考えられる。今後起こり得る健康被害の種類が特定し得ないこのような特殊な状況である以上、原発事故作業との因果関係が証明できるものについてはもちろん、それ以外の傷病を含めたすべての医療費および定期的な健康診断による健康被害調査についても、国が責任を持ち、生涯にわたって補償を行うべきと考える。

 今後、入れ替わり立ち替わり、各方面、各所属の作業員の方々がこの任務に関わってくるにつれ、すべてがウヤムヤになってしまいかねない。早急に、いや緊急にこの医療補償について論じ検討しておく必要性を強く訴えたい。

 原発作業員の方々は、「英雄」である以前に「労働者」であり、自分自身や家族の犠牲を強いられている「被害者」であることを忘れてはならない。

 いくら「英雄」と讃美されても、肉体的精神的被害はけっして癒されることはない。

 この「被害者」としての作業員の方々に、生涯にわたって医療補償を行うことは、安全を犠牲に今日まで原子力政策を推し進めてきた国がなすべき、最低限の「せめてもの償い」と言えるのではなかろうか。

 作業員の方々を「英雄」と讃えた国民ならば、この「勇気ある被害者」への公的医療補償に、まったく異論はないと信じる。


木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。
きむらともTwitter: https://twitter.com/kimuratomo


*******************************************************

MRIC by 医療ガバナンス学会


2011年3月28日

 

航空自衛隊の「空飛ぶICU」(航空機動衛生隊)にお申込みを

(防衛省 山田首席衛生官からいただいたメールです。)

被災地医療支援に従事されておられる皆様

航空自衛隊は、小規模ながらも、要員や必要な器材も込みで「空飛ぶICU」を運用しておられます。長距離の搬送が必要な患者の皆様について、ICUクラスのケアーが必要であれば、航空自衛隊の「空飛ぶICU」(航空機動衛生隊)にぜひお申し込みくだ さい。

「空飛ぶICU」の存在は、本リソースが外傷やクラッシュ症候群への対応を念頭に整備されてきた経緯により、残念ながら災害医療関係者以外にはほとんど知られておりません。

被災地のALSやガン患者様の皆様が、バスや新幹線で被災地から域外へ搬送され、中には搬送途中で命を落とされる不幸なケースがございました。航空自衛隊より、「もはやぜひともこのような不幸な事態を避けたい」とのご意向で、直接、ご連絡をいただいた次第でございます。

「空飛ぶICU」については、別添のパワーポイント資料に、概要、メリット・デメリット、関係者連絡先を記しております。

「搬送手段のあてがつかない」という理由だけで、広域搬送をあきらめておられるような方がおられましたら、以下のメールアドレス宛にご連絡いただければと存じます。

山田 assg0001@aso.mod.go.jp
桑田 assg1104@aso.mod.go.jp
加藤 assg1102@aso.mod.go.jp
古川 Katsu_furukawa@sannet.ne.jp

なお、①ヘリ搬送との混同、②要員だけ貸し出すことは現時点では困難でございます。この旨、ご理解いただければと存じます。

航空自衛隊の皆様が小規模ではございますが、要員や必要な器材も込みで「空飛ぶICU」を運用できる事実を、関係者の皆様にに周知して頂きたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

資料PDFをダウンロード(662KB)

 

NHK科学・環境部から医療機関へ震災関連疾患情報の収拾依頼

<東京医科大学 山科氏からいただいたメール>


お願いがあります。循環器学会、心臓病学会、集中治療医学会、地震医療のMLを通じてお願いしています。震災関連疾患の情報を一般の方にも啓発していただくためにマスコミにも情報発信をお願いしています。NHKにもお願いし、協力いただいています。
その関連で、NHK科学・環境部から下記の依頼がありました。

【依頼(抜粋)】
避難所で心筋梗塞、エコノミークラス症候群、たこ壺心筋症になったが無事一命を取り留め入院している患者さんがいらっしゃらないか?全体で何人ぐらいがいるのか?
解る範囲で把握したいからです。どうぞよろしくご検討いただければ幸いです。皆さんに、尋ねていただけないでしょうか?可能であればその患者さんを取材したいと思います。


と、いうものです。
マスコミの依頼に関係なく、現状の把握は、さらなる情報提供、予防に参考になると思います。
対応できる方だけで結構ですので、よろしければお願いします。

きむらもりよ.jpg




なお、学会としても今後のための学術的な調査が必要と思い、自主的参加で協力いただけるように準備を進めています。
被災地で大変な思いをされている先生の負担にならないよう十分に配慮しますので、その際には宜しくお願いします。


山科 章
akyam@tokyo-med.ac.jp
東京医科大学第二内科
東京医科大学病院循環器内科
〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-7-1
℡03-3342-6111 Ext.5900, 5886
Fax03-3342-7825

 

国が認めない?南房総市市長の要介護の被災者の積極受け入れ

<千倉の松永平太氏よりいただいたメール>


寒い春が続いております。日本全体が沈殿しているようです。
1泊3食5000円、安い宿泊代ですがキャンセル続きの不況観光業界にとってはおいしい被災者お泊まりセットです。
その被災者お泊まりセットをめがけて、日本全国の観光業界が飛びつくチャンスをうかがっています。しかし、限りある財源の中、希望するすべての被災者に被災者お泊まりセットを提供することは困難だと思 います。きちんとした要綱ができていないため、国からの細かい指示が ないため、被災者お泊まりセットがタダだと思って提供したら認められ なかった・・・という 状況が予測されます。

「ならば、国に代わって市町村が立て替えましょう!」と言えず、日本全国の市町村が二の足を踏んでいます。

そんな中、なんと、我が南房総市の石井裕市長が、「生命尊重が第一、特に要介護状態の被災者を積極的に受け入れ、国が認めてくれない 場合南房総市が建て替えよう!」といち早く言って下さいました。人権派市長です。

鴨川市も続いているようです。

医療、介護、福祉が連携をとり、私達の身代わりになって下さった人たちを支援しませう。

「安房医療介護福祉連携・東日本大震災支援の会」
(略称:AWA311-MCW)

*この会の問い合わせ窓口は、花の谷クリニック 
TEL0470-44-5363(小林、島塚)


被災された要介護者及びその家族の受け入れの窓口が、
3月25日に南房総市に設置されました。

*南房総市の窓口は、南房総市被災者支援本部
TEL0470-33-1011

 

緊急被ばくの事態への対応は冷静に

緊急被ばくの事態への対応は冷静に

(独) 国立病院機構 北海道がんセンター 院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年3月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------

 3月11日の大地震により、福島県の東京電力福島原子力発電所で放射性物質の放出という深刻な事態が発生した。マグニチュード9.0という大地震と津波による悪夢のような大災害の現実に対して被害者の救出が全力で行われている。

 一方、原発事故も大きく報じられているが、国民が放射線被ばくについて不安が強いという現実に対して上 昌広編集長の依頼で、13日14時現在までの情報をもとに放射線被ばく についての基本的な考え方を報告し、冷静な対応を期待したいと思う。

 12日午後1時に原発の敷地境界で1015μSv(マイクロシーベルト)/hの放射線量が計測されており、放射性物質が放出されたことは確かである。
 Sv (線量当量)とは、人体への放射線の影響を考慮して設定された線量を示す単位である。放射線障害防止法などの法令が定める一般人の年間の被曝線量限度は1000μSv(=1mSv)とされているので、確かに大きな線量である。なお医療従事者や原発従業員などの職業被ばくの年間線量限度は最大50mSv(100mSv/5年)である。この事態にたいして、原因や問題点などに関して今回は論じることは控え、健康被害についてのみ論じたいと思う。
 なお日本の緊急被ばく医療対策はJCO臨界事故の教訓を踏まえて、かなり整備されている。平成12年6月に「原子力災害対策特別措置法」が施行され、事故時の初期対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保等、防災対策の強化・充実が図られてきた。今回も早期に避難勧告が出された。
 人類は宇宙や大地から、自然放射線を受けており、日本では年間2.4 mSvの被ばくを受け、医療被ばくを加えると日本人一人平均約5 mSv(5000μSv)の被ばくを受けている。また東京・ニュー ヨーク間一往復では宇宙からの放射線が多くなり 0.19 mSvの被ばくを受けると言われており、低線量の放射線被ばくは日常的なものなのである。

 しかし放射線は被ばくしないことにこしたことはないので、テクニツクとして放射線防護の3原則がある。(1)距離・(2)時間・(3)遮蔽(しゃへい) がある。
(1) 距離は放射性物質からできるだけ離れることであり、これは遠くへ避難することである。放射線の量は距離の二乗に逆比例するので、原子力発電所から1Kmの地点での放射線量を1とすると10Kmの地点では1/10x10=1/100 となり、百分の一の被 ばく量となる。20Kmの距離に避難すれば、四百分の一となる。
(2) 時間はそのまま加算されるので、同地点に1時間滞在よりも一日滞在すれば、24倍の被ばく量となる
(3) 遮蔽は放射線の種類やエネルギーによっても異なるが、密度の高い建材で造られた室内に退避することにより、外部からの放射線をより多く遮蔽することができる。屋外にいるよりも木造建築の室内にいれば建造物が遮蔽体となりより少ない被ばく線量となる。さらにコンクリート造りの室内では低減する。
 さらに空気中に含まれている放射線物質からの被ばく量の低減のために皮膚を露出しない服装と帽子の着用、内部被ばくを避けるためにマスクの着用などを心掛けることである。
 また、現場で考えることは放出された放射性物質は風によって運ばれるので、風上方向への避難が重要であるが、時間的経過で風向きも異なるし、現実的に海の方向へ逃げることはできないので、とにかく(1)距離と(2)時間の原則を考えて対応することとなる。

 また放射線防護剤(内容はヨード剤)の配布が緊急被ばく医療の対応マニュアルに記載されているが、現実的にはヨードを多く含む昆布などの食品を食べながら避難することが現実的である。ヨウ素は甲状腺に取り込まれるが、事前にヨウ素を摂取し、甲状腺のヨウ素量を飽和させることにより、放射性ヨウ素が環境中にあっても、甲状腺に取り込まれないようにする対応である。

 今後の対応として、放射線被ばく者の対応であるが、まず正確な被ばく線量を把握することである。被ばく線量によって対応が大幅に異なるからである。また衣服の上から測定器で計測して被ばくしていると判定された人でも衣服に付着した放射性物質の汚染と人体の被ばく線量は異なるものであり、衣服の汚染と人体の被ばくは区別する必要がある。
 また放射線の種類やエネルギーによっても人体に与える影響が異なるため、実際に人体の被ばく線量の把握は容易ではないのである。

 なお放射線が人体に与える影響は被ばくの時間的・空間的(被ばく範囲)な違いも考慮することも重要である。(1)急性被ばくか、慢性被ばくか、(2)全身被ばくか、局所被ばくか により人体への影響は異なる。(1)の時間的な問題としては、例えば日本酒1升を一晩で飲むのと、毎日晩酌で少量づつ1カ月間で飲むのとでは人体への影響は異なる。放射線の影響も同ようなものと考えられる。(2)の問題としては、厳密には全身被ばくの場合と同一ではないが、胸部単純写真の撮影では0.06mSv(60μSv)、胃のバリウム検査では0.6mSv(600μSv)、胸部CT 検査では6mSv(6000μSv)の局所被ば くを受ける。今回の被ばくは急性の全身被ばくであるが、極めて低線量であると考えられることから問題となることはない。

 全身の急性被ばく時の人体への影響は、250mSv(250,000μSv)以下では臨床的な症状は出現せず、影響はない。また500mSvで白血球の一時的な現象が見られ、1000mSv以上で吐き気や全身倦怠感が見られると言われている。こうした医学的な見地から見れば、今回の被ばく者の健康被害は深刻なものではない。
 避難住民に対し放射線被ばくによる健康影響について説明を行ない冷静に対応し、また汚染の程度に応じて、適切な除染処置や予測被ばく線量を把握して必要ならば医療機関への搬送が望まれる。

 本日、国立病院機構本部から要請により、緊急被ばく医療の助っ人として当院からも放射線治療科の医師を派遣する予定となった。最後にこうした事態に対して分析・指揮・対応指示などを行うオフサイドセンターがどこなのかが報道されておらず、情報開示の不手際が気になるところである。
 最後に原発事故への対応に全力をあげて働いている原発施設の従業員をはじめとする方々の健康被害が極めて深刻なものとなる可能性があるが、致命的でない被ばく量であることを祈るばかりである。

-------------------------------------------------------------------------


MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年3月14日