医療政策はどこへ行く‐(3)
次期診療報酬改定は民主党の医療政策の試金石 - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く◆Vol.3
今の議論を見ると、政権交代した意味があるのかと思う
2009年11月27日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
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――社会保障国民会議で「医療費抑制政策」の方向性が変わってきた。そうした中で、民主党政権が誕生しました。まず民主党のマニフェストに対する評価をお聞かせください。
最初にマニフェストを見た時は、「医療費をOECD平均並みに増やす」ことを打ち出していたので、方向性としては期待していました。ただ、いつまでに増やすのかなどの具体性に欠ける上、医療についての理念が見えてこない。医療以外でも「子ども手当て」の創設を打ち出すなど、社会政策を重視する方向性は伺えますが、一方で、“ムダを排除する”など、構造改革的、小泉改革的な路線も見える。両方の要素が混在しており、両者の整理が理念上、あまりなされていない印象を持ちました。
――「期待していた」とは、過去形なのでしょうか。
医療の今後の方向性を占う上でも、今回の診療報酬改定が重要だと思うのです。医療政策をどうするか、民主党の姿勢が一番、はっきり現れる。現時点は、まだ議論の過程であり、結論が出ているわけではないのですが、野田財務副大臣などが、財務省主計局とほとんど同じことを言っているわけです。政治家としての発言なのか、主計局に言われたことを言っているだけなのか。「診療報酬の配分を見直し、開業医から勤務医に回し、全体としては上げない」という発言は、主計局に踊らされているとしか思えない。
長妻厚労大臣も、発言が揺れており、以前は「診療報酬を増やさなければいけない」と言っていた。しかし、最近、「上げ幅をなるべく抑えて」と発言しており、厚労大臣の発言としてはきわめて不適切だと思います。
このように今は「診療報酬全体は押さえ、配分の見直しで改定」という議論が非常に強い。それはおかしいのではないでしょうか。
従来から「開業医は儲けすぎ」という議論があります。財務省が昔から言っていたことで、今回の行政刷新会議の「事業仕分け」でも議論になりました。しかし、それが果たして本当なのか、実態を反映しているのか、という点は実は明確になっていません。
多くの方が指摘していますが、個人開業医の収入には、将来の設備投資のための積立や、退職金引当金に相当する部分などが含まれており、勤務医との単純な収入比較はできません。さらに「事業仕分け」では、診療報酬への「公務員人件費・デフレの反映」なども言われていますが、これも一方的な議論です。
こうした議論を続けているのだったら、政権交代の意味がない。政権交代はいったい何だったのかと。主計局が「医療費抑制」を主張していた時代と変わりません。
――そもそも主計局はなぜ、「医療費抑制」を掲げ続けるのでしょうか。仕事だから抑制政策を訴えるのか、財務官僚の個人的な見解としてはどうお考えなのか。
それは個人にもよるでしょう。ただ財務省は最初は厳しい玉を投げるものです。「診療報酬本体でプラスマイナスゼロ」は、最終的には無理だと分かっていても、財務省からは最初から緩やかなことは言えない。しかし、今のやり方を見ていると、財務省の厳しい玉を受けて、落とし所を探っていくという従来の手法と変わらない。
「政治主導」と言うのであれば、まず医療政策のビジョンがどうあるべきか、その議論から入っていく必要があるのでは。
――今回の診療報酬改定は、今後の民主党の医療政策を占う上で重要とのことですが、長年の政策決定プロセスや方針を変えるのは容易ではありません。今、この時点で何をすべきでしょうか。
財務省も、勤務医対策の必要性は認めており、急性期、救急、産科、小児医療なども評価しなければならないと言っています。その財源を開業医の側から持ってこようとしている。しかし、診療報酬はマイナス改定が続き、様々な部分が痛んでいる。全体的な底上げをやらなければいけない時に、配分の議論で全体としてプラスマイナスゼロにしたら、解決にならない。例えば、診療所は外来で重要な機能を担っているわけです。そこを削り、診療所が窮地に陥り、診療所の患者が病院に押しかけたら、ますます勤務医は疲弊します。
道路や橋などの公共事業は、「これは不要」と思えば、その部分だけを中止することが可能です。道路に当てる予定の予算は浮きます。しかし、医療費に効率化の余地があるとは思うのですが、医療の場合、「ここにムダがある」と言って、すぐにその部分を削減・廃止することはできません。効率化するにしても、徐々に時間をかけながら、進めていくことになると思うのです。
例えば、ジェネリックを普及させ、医療費を削減するという議論があります。しかし、一気に普及して、医療費が一気に下がるようなことにはなりません。ジェネリックの有効性や安全性について関係者が共有するなどの条件整備が必要で、普及には時間がかかります。
――医療費を効率化できる余地があると思うのは、どんな部分でしょうか。
明確に「ここにムダがあり、これだけ減らせる」とは、なかなか言えないのではないでしょうか。例えば、複数の医療機関を受診して、多くの薬をもらう。結局、ほとんど服用せず、患者の自宅に残っているケースがあります。しかし、一気にこの問題を解決することは難しい。
あるいは軽症の患者でも、大病院を受診する。その分の医療費は効率化できるとは思いますが、一気には難しい。厚労省も今まで診療報酬で、例えば診療所の外来機能、病院の入院機能を重点的に評価するなどしてきましたが、なかなかうまくいかない。そこで、かかりつけ医的な機能を制度化するという話になります。方向性はいいでしょうが、それを進めるためには、信頼できるかかりつけ医を養成し、患者が適切なかかりつけ医を選べる仕組みを作っていかなければいけない。その上で、病診連携を進めていく。
医療の効率化は、相当長い目で考えていく必要があります。それを道路や橋のように、不要だからスパッと廃止して効率化できる、医療費を浮かすと考えるのは「幻想」で、危険な議論です。
――療養病床の削減も同様です。先ほども話がありましたが、まず「削減目標ありき」で、医療提供体制の話は二の次になった。
結局、最初に削減目標を立て、その受け皿は各都道府県が計画して整えますとしているだけです。医療提供体制は、急性期の入院医療、慢性期医療、診療所の外来医療、在宅医療がそれぞれ別個に存在するわけではなく、密接につながっている中で医療が成り立っているわけです。「ここにムダがある」「ここを手厚くするために、こちらには痛みを」という構図は、どこかに過度の負担がかかり、ひずみが生じる。システム全体を壊しかねません。
財務省が昔ながらの主張をするのは、「またか」という感じ。しかし、事業仕分けの議論の影響を受けて、長妻大臣まで「上げ幅なるべく抑えて、配分を見直してやる」という話をするのは、おかしい。
長妻大臣の場合、社会保障、特に医療にはあまりかかわってこなかった。どちらかと言えば、「ムダの排除」が得意なのではないでしょうか。だから、「ここにムダがある。ムダは減らさなければいけない」といった財務省的な議論に、親和性を覚えているのかもしれません。
2009年12月13日