医療政策はどこへ行く‐(1)

「医療費亡国論」からの脱却が不可欠 - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く ◆Vol.1
「国民負担率の抑制が、あらゆる政策の出発点だった」

2009年11月25日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
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 ――『医療崩壊の真犯人』では、様々な要因があるとしながらも、医療費抑制策が一番の医療崩壊の原因であるとしています。
 社会保障費の適正な水準は、各国の状況によって違ってくるため、一概には言えません。ただ、日本は既に世界で最も人口の高齢化が進んでおり、対GDP比の医療費がOECD加盟国の中で長年下位である状況は、明らかに異常でしょう。
 高齢化が進めば、医療費は当然増えざるを得ない。医療費の中でも効率化すべき部分は確かにあると思いますが、過度に抑制されすぎていた。その結果、現場にひずみが生じ、医師不足、救急搬送、医療事故など様々な問題につながっているのだと捉えています。


 ――なぜ政府、あるいは財政当局は医療費を抑制してきたのか、どんな政策決定プロセスのために、それが継続してきたのでしょうか。
 1980年代から、『医療費亡国論』に代表されるように、医療費の抑制が政策の前提条件になるような雰囲気が非常に強かった。税や保険料負担を抑えないと、経済の活力が失われ、国民の生活が苦しくなるという認識が、政府だけでなく、国民の間にあったと思います。
 さらに、1990年代に入り、バルブ経済が崩壊し、経済成長率は低下した。税収も、保険料収入も落ち込む。医療費を取り巻く財政状況が厳しくなってくる。こうした中で、ますます「医療費を抑制しないと、ダメだ」という雰囲気が強まった。
 自民党政権時代の経済財政諮問会議でも、「中長期的に医療費を抑制していく」という大きな文脈の中で、医療費の伸び率管理という議論が出てきました。こうした点を踏まえると、20数年来、医療費抑制という基本は変わらず、そこに大きな問題があると考えています。


 ――2004年7月、財務省から厚労省に出向され、経済財政諮問会議にもかかわっています。「医療費抑制」という目的の是非自体は、議論にならなかったということですか。
 当時も、厚労省はそれに対する反論を細々とはやっていました。国際比較でも、日本の医療費をはじめとする社会保障費の水準は低い。一方、ヨーロッパ諸国を見るとGDP比の国民負担率が50%を超えていても、経済成長率が低いわけではありません。英国のオックスフォード大学の公共経済学の大家である、アンソニー・アトキンソン教授は、詳細な国際比較を行い、「国民負担率と経済成長率との間に、統計的に有意な関係はない」という結論を出しています。厚労省がこうした視点で反論しても、経済財政諮問会議では、全く聞き入れられませんでした。
 もっとも、厚労省が財務省に財源確保を要請しても、他方で厚労省は他の役所とは異なり、財政当局の役割を果たしている点にも着目すべきでしょう。


 ――それはどのような意味でしょうか。
  国土交通省が「公共事業費亡国論」、文部科学省が「教育費亡国論」などと言い出すでしょうか。彼らは予算を上げろと言い、財務省とのつばぜり合いを展開するわけです。これに対し、厚労省も医療費の引き上げを主張しますが、医療費が増えれば保険料に跳ね返ってくる。保険財政を預かっている立場からすると、「保険料の上昇を抑えるためには医療費を抑えなければいけない」と厚労省は考える。
  実は財務省の中にも、「厚労省、特に保険局は、自分たちと近い考え方をする」との見方があります。私は厚労省出向時、財務省の先輩から、「保険局はなぜ医療費の伸び率管理に抵抗しているのか。保険局は我々の味方、近い存在だと思っていたのに」といった内容のメールを受け取ったことがあります。


 ――厚労省でも、保険局と、医政局をはじめ他局との間では考え方が違うと思われますか。
 医療制度改革の議論は保険局中心のところがあり、医政局の主張、意見はプラスアルファで付いてくる程度。私は2006年の医療制度改革に関わったのですが、その前の2002年の小泉内閣最初の制度改革時も、保険局マターが中心で、医政局関連の事項が大きく取り上げられることはなかった。
 私は保険局総務課で、「医療費適正化計画」の枠組み作りに携わったのですが、平均在院日数の短縮、療養病床削減の議論において、医政局の存在は薄かった。これらは医療提供体制の話ですから、医政局の観点からの議論が本来的には重要。しかし、保険局で決めて、医政局に「こうしたい」と言っても、医政局から積極的に意見が返ってくることはありませんでした。


 ――療養病床を削減するのであれば、急性期から慢性期、在宅への流れを踏まえ、医療提供体制の枠組みを考える議論があるべきです。
 保険局から数値目標を提示しても、医政局は無反応に近い状況でしたね。その時に限らず、医療制度改革の時には、保険局の声が強い。「最後は、カネに行き着く」という面があります。


 ――その辺りを変えないと、「財政当局としての厚労省」という側面が強く出てしまう。「国民負担率を50%以内に抑える」という前提条件を変える議論にもならない。
 そうですね。最終な部分は、政策の価値判断の話になると思います。「国民負担率を50%以内に抑えなければいけない」と考えるのか、ヨーロッパ諸国のように、国民の合意形成を経ながら、社会保障費を徐々に増やし、充実していくのがいいのか。少なくてもこの10年間くらいは、小さな政府志向が非常に強かったので、「国民負担率は抑制しなければならない」という考えが、あらゆる政策を考える上での出発点になっていた。この辺りはもっときちんと議論されるべきだと思います。

2009年12月9日