子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、 ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、
ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年9月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
8月27日に開かれた厚生労働省の第12回厚生科学審議会感染分科会予防接種部会で、足立信也政務官は、2011年度予算概算要求で「子宮頸がん予防対策強化事業」として150億円が特別枠として計上されたことについて、ヒブや肺炎球菌のワクチンについてはかなりコンセンサスが得られている一方、HPVワクチンについてはまだ議論があるとし、「だからこそ、情報収集して判断、評価する必要がある」とその理由を説明したという。
発言者は足立政務官であるが、これはこの事業をトップダウンで決定した長妻昭厚生労働大臣をはじめとする厚生労働省全体の合意事項だろう。このことが予防接種部会に諮られ確認されたと言う事実は極めて重大な意味を持つ。これは予防接種行政の大転換だ。
【予防対策強化事業は子宮頸がんだけではない】
HPVワクチンについてはまだ議論がある、というのは定期接種化すべきかどうか、ということについてである。すなわち、政府が繰り返してきた「有効性・安全性の検証」という定期接種化の絶対条件をクリアしているかどうか「議論がある」ということであり、「情報収集して判断、評価する必要がある」とはこの有効性・安全性について検証するということに他ならない。
HPVワクチンの定期接種化に向けて有効性・安全性の検証を行うにあたり、任意接種費用を国が1/3助成し、啓発や市町村が加入する保険の保険料なども国が負担するということである。そのための「子宮頸がん予防対策強化事業」を創設する。
従来は、例えば細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンは、私たちが定期接種化を要望しても「有効性・安全性を確認してから」との条件を突きつけられてきた。そしてその有効性・安全性の確認は、完全なる任意接種下で実施されてきた。接種費用は費用助成をする地方自治体はあるものの基本的には全額保護者負担であり、啓発も患者会やメーカー、医療従事者の自発的な取り組みに委ねられてきた。要は国は殆ど一切について関与せず、民の負担で勝手にやってください、データがそろいコンセンサスが得られたら定期接種化しますよというスタンスだったのだ。今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」は任意接種費用も国が助成する、啓発も健康被害対応も国がお金を出すと、従来のプロセスを180度転換する内容だ。
これは極めて大きな転換である。なぜなら、今後、不活化ポリオワクチンを含む混合ワクチンやロタウイルスワクチン、4価のHPVワクチンなど導入が予定されている数多くのワクチンについても、今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」で実施される有効性・安全性の確認や接種の啓発、健康被害救済のための保険料の公費負担などは行われることが期待できるからだ。少なくてもHPVワクチンと同様に世界保健機関(WHO)が定期接種化を勧告しているワクチンが新たに導入された場合は、今回のHPVワクチンと同様に定期接種化を前提とした「●●予防対策強化事業」が立ち上げられてしかるべきであろう。まさに「ワクチン・ギャップ」解消に向け、非常に大きな手を打ったと言える。
【ヒブと肺炎球菌の有効性・安全性は確認された】
ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンについては予防接種部会の委員の質問に対し、「コンセンサスは得られている」との回答がなされている。ここで言う「コンセンサス」とは有効性・安全性を含む定期接種化についてのコンセンサスを指すのであり、そしてここで名指しされたヒブや肺炎球菌だけではなく、既に部会にファクトシートが提出された8つのワクチンのうち、HPVを除く7つについても含まれるものと理解できよう。
仮にヒブと肺炎球菌以外についてはコンセンサスを得られていないとするのなら、他の5つについてもHPVと同様に予防対策強化事業の対象にしなければならない。対象にしないのならその理由を説明する必要があるだろう。もちろん、「先に提出されたファクトシートでは有効性・安全性は確認できない」という科学的見解も表明する必要がある。
それらがない以上、HPVを除く7つのワクチンについては定期接種化のコンセンサスが得られていると考えるのが合理的であろう。
上記の疑問は残るものの、少なくても名指しされたヒブと肺炎球菌については、定期接種化を決断しない理由は無くなったといえる。何故なら政府が公式に「コンセンサスを得られた」ことを公言したのだ。逆に「ヒブと肺炎球菌ワクチンはコンセンサスが得られているがHPVは得られていない、だから予防対策強化事業により検証する」の前半部分が否定されたら、後半部分、すなわち子宮頸がん予防対策強化事業も否定されてしまう。ヒブと肺炎球菌はコンセンサスを得られているから予防対策強化事業の対象とせず、HPVだけを対象とするのだ。ヒブと肺炎球菌について定期接種化のコンセンサスが得られていないのならHPV同様に予防対策強化事業の対象としなければならなくなる。つまり、子宮頸がん予防対策強化事業の正当性を主張するには、ヒブと肺炎球菌の定期接種化を即時に決断しなければならず、これができなければ子宮頸がん予防対策強化事業の正当性も否定されてしまうことになるのだ。
【期待されるトップダウンによる定期接種化】
私は子宮頸がん予防対策強化事業は大臣のトップダウンで決定されたと理解している。
何故なら予防接種部会では同事業について議論されたことは無く、また、政治主導を標榜する民主党政権下で事務局が部会での議論を飛び越えて事業を提案することはありえないであろうと考えられることから、消去法として残るのは大臣のトップダウンしかないことになる。
7月21日に23団体が長妻厚労大臣に子宮頸がんワクチン接種への公費助成を求めて養成したのに対し、「他にもHibワクチンの問題などあり、そうした問題も含めて予防接種部会で検討してもらう」と大臣が語ったことが報じられている。「予防接種部会で検討してもらう」、これは私たち細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会が3月23日に細菌性髄膜炎関連ワクチンの定期接種化を求めた際と同様の回答である。各種団体の要請に対し、大臣の答弁が慎重になることは十分に理解できる。23団体の要請に対し「予防接種部会で検討」と回答したが、一ヵ月後にトップダウンで指示を飛ばすことは当然に有り得る事であろう。事実、予防接種部会は7月7日に開催された以降、ほぼ2ヶ月近く開催されなかった。ファクトシートをごく短期間で作製するように指示したにも関わらず、報告を受けた部会から2ヶ月近くも部会を開けなかったことはどのような事情があったのかは不明であるものの、大臣の本意ではなかったのではないか。患者会に部会での検討を約束したものの、遅々として部会を開くことができず、業を煮やして大臣が直接指示を飛ばした、としても不自然ではない。
このように考えると、ファクトシートの作製を急がせたことも含めて、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化についても大臣の目論見からは随分と遅れているのではないだろうか。僅か一月にも足りない時間でファクトシートの作製を命じているのだから、2ヶ月近くに及ぶ空白期間は致命的であろう。予防接種部会では「ワクチン評価に関する小委員会」の設置が確認され、11月下旬の部会への報告を目処としたスケジュールが予定されているが、既に大臣の目論見より大幅に遅れているのであるから、これらの予定が遅れるような様子が見えた場合、大臣のトップダウン指示が飛んでも不思議ではないだろう。
繰り返しになるが、子宮頸がん予防対策強化事業が正当性を主張する前提は、ヒブと肺炎球菌の定期接種化である。その定期接種化が遅れるということは同事業の正当性が揺らぐことであり、かつ、大臣の政治判断の正当性が揺らぐことでもある。
【説明責任は果たされているか、政治主導の本質に関わる問題】
「子宮頸がん予防対策強化事業に150億円」「HPVワクチン公費助成へ」。これらの見出しを報道で目にした際、私は正直なところ驚き、そして戸惑った。何故、HPVだけなのか。何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか。何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか、と。8月28日、29日に福岡県で開かれた日本外来小児科学会年次集会の会場でも、多くの小児科医たちは私と同様の「何故」を繰り返していた。恐らく、これは学会参加者に限らず、多くの国民が抱く疑問であろう。
私は、どのワクチンが優先されるべきという議論をするつもりは無い。私は細菌性髄膜炎に罹患した子どもの保護者であり、VPD被害者の保護者である。故に、VPD被害を防ぐためのワクチンはすべて定期接種化すべきだと考えている。ただ、現実問題として限られた予算の中で、どれか一つを選ばなければならないという状況が生じることは理解できる。ただし、その際に「科学的には定期接種化すべきと判断できるが、財源が無いのでどれか一つを選ばなければならない」と言うべきで、政治判断で科学的判断を捻じ曲げて「定期接種化には時期尚早」等というべきではない。その上で、そのどれか一つを選ぶことについて「いつ、どこで、だれが、どのような理由」で判断したのかを明らかにしなければならない。そうでなければ、20年といわれるワクチン・ギャップを生じ続けてきた政権交代前のワクチン行政と何も変わらないことになる。今回、「いつ、どこで」については明らかにされていないが、大臣がトップダウンで決めたことは明らかであり、「どのような理由」は予防接種部会で足立政務官が政府を代表して発言した内容がすべてであろう。そのように考えると、国民の多くが抱いた「何故?」の大半は理解できる。
「何故、HPVだけなのか」は、ヒブや肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られているからであり、定期接種化のためにこれ以上、有効性・安全性を確認する必要は無いからである。「何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか」は、HPVワクチンについては定期接種化の前提となる有効性・安全性について情報を収集する必要があるからである。「何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか」は、WHOが勧告するワクチンの一つ一つに対応するためのスキームであり、疾病とワクチンを限定する必要があるからである。もしこれらの理解が異なるのであれば、政府の説明は不十分極まりないだろうし、寧ろ「誤解を生む」いただけない説明となる。さらに、理由を全く説明していないことと同じであり、それを良しとするのなら、民主党政権が掲げた政治主導とは官僚の密室主義を政治家が受け継いだだけのまがい物であろう。
長妻大臣はかなり大きな「政治決断」により「予防接種制度の大改革」をトップダウンで実践し始めた。説明責任を十分に果たしたかどうかについては疑問を残すが、下した決断は予防接種行政の歴史に刻まれる大きなものであろう。
【政府は大きなミッションを義務付けられた】
仮に今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」が単発で終わり、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化という決断を年度内に下せなかったとしたら、それは説明した理由から導き出されるミッションを果たせなかったことになるであろうし、何故できなかったのかの説明が求められることになる。今回、説明されたことは「ヒブと肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られている」こと、「HPVワクチンは定期接種化のための有効性・安全性にまだわからないことがある」ことである。そこから導き出されるミッションはヒブと肺炎球菌ワクチンの定期接種化であり、WHOが定期接種を勧告したワクチンの有効性・安全性を政府が任意接種費用や啓発、健康被害救済のための保険料を負担し検証するスキームの確立である。これらのミッションが遂行されるのか否か、注意深く見守りたい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月3日
ワクチン政策に寄せて
ワクチン政策に寄せて
東京大学大学院国際保健政策学 森 臨太郎・渋谷 健司
2010年9月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
長妻厚生労働大臣がヒトパピローマウイルスワクチン(通称子宮頸がん予防ワクチン)への公的支援策を表明した。たしかにこのワクチンの子宮頸がん予防の効果は高いと言われている。一方、この一連の動きを見ると、いつもながらの我が国の政策策定プロセスの未熟さが露呈してくる。
新しい医療技術が生まれ、現場で応用可能となってくると、当然のことながら「政策」として後押しするかどうか、という話になってくる。こういった場合、多くの政策先進国で行われるのは「医療技術評価」であり、この評価においては、単に単独の研究によるがんがどれだけ予防できたかというような効果だけではなく、本幹となるのは「系統的レビュー」と「費用対効果分析」と「総意形成」である。
系統的レビューはそれまで行われた研究を洗いざらい探して、質の高い手法で得られた複数の研究で報告されているその新技術の効果を統合的な統計手法で示す手法である。費用対効果分析というのは、多くの場合、有害事象も含めて、どれくらいのコストがかかり、どれだけの効果(通常は死亡を減らすだけではなく生活の質の向上も含めて)が得られるかという詳細な分析を行うものである。
子宮頸がん予防ワクチンの場合は、がんの発症を減らすことで数多くの命を救い、子宮がんの診療にかかる医療費削減も望める一方で、小学生の女の子全員にワクチンを投与する費用も検討していく必要がある。もし公的補助となった場合は当然税金からの拠出なので、国民全員でこれを負担するということであるから、総意形成は当たり前である。また、子宮頸がん予防ワクチンを公費負担するということは、予算増額が見込まれない限り他の予算がカットされるということであるから、その判断は極めて慎重に行なわなければならない。
また、ワクチン接種に要する費用やヒトパピローマウイルスの型の分布が国ごとに大きく異なるため、他国で行われた費用対効果分析はさほど参考にならない。我が国では過去に一件の子宮頸がん予防ワクチンの費用対効果分析が行われているだけである。
しかし、この研究、実はワクチンを販売している製薬企業が研究資金を供出し、その製薬企業の社員も研究者の一員として共著者となっている。研究費のことや研究者のことは論文上には示されているが、利益相反の有無に関する記述が全くないことには唖然とする。しかも、我が国特有の事情である子宮頸がんスクリーニング率の驚くべき低い浸透度(10-20%、ちなみに、英国は81%、米国は82%)への対処は検討されておらず、さらに、欧米とは大きく異なる我が国のウイルス型分布は分析には反映されていない。
ちなみにこういったことを配慮して我々が行った費用対効果分析においては、ワクチンの費用対効果もさることながら、子宮頸がんスクリーニングの浸透度を高めることによって、かかる費用に比したその効果は飛躍的に増えることが示されており、スクリーニングの浸透度とともにワクチンの効果を見ると、両方に配慮をおき施策の両輪とすることがもっとも費用対効果が高いと考えられる。(もちろん我々は研究の結果がどのような形にも利益の相反を生むような権益を持たない。)
世界の常識は、まず、こういった複数の保健介入の費用対効果分析を、利益相反を含めて検討し、政府そのものがその分析を第三者機関等に委託して提示することが第一歩であり、その後、広く関係者や一般市民を含めて、専門手法を使った客観的総意形成が行われる。筆者の一人が3年前まで所属していた英国の「NICE(国立最適医療研究所)」は、こういったことを行う組織であるが、今や似たような組織はアジア諸国を含む多くの国で確立されている。残念ながら政策後進国の我が国ではそのような機関は存在しない。
費用対効果分析はやはり緻密な分析が必要ではあるが、こういった鍛え上げられた情報を基に、最終的には政策判断は私たち社会の価値観でもって行う。その際、陳情だとか圧力団体の相撲で決められるのではなく、客観的に声なき声も拾えるように総意形成を行っていく。
振り返って我が国の政策策定過程では、大切な国民の血税を突き詰めて考えて大切に使うための情報や手法(政策のための研究)が軽視されて、物事が決められているようである。
これはなにも子宮頸がん予防ワクチンだけではない。
現在厚生労働省の予防接種部会では、さまざまなワクチンの導入に関する検討が花盛りのようである。利益相反の宣言は会議開催ごとにされているのだろうか。系統的レビューや費用対効果分析は施行されているだろうか。ワクチンの中には麻疹ワクチンのように予防すべき病気の重篤さを検証すると効果が高く導入の効果が高いものから、予防効果はあってもその病態の重症度が低いものもある。まだ開発途上ではあるがマラリアワクチンのように効果が期待されるものがある一方で、エイズウイルスワクチンのようにあまり効果に期待できないものもある。
こういう有象無象のワクチンの導入を我が国ではどのように政策策定しているのであろうか。ちなみに我が国の麻疹ワクチンの浸透度は近年まで一部の途上国よりも低い状態であったと言われているが、なによりも正確な浸透度のデータがない上に、周りの途上国が麻疹撲滅へと進む中、麻疹輸出国となっている我が国の現状は、目先の買い物(新しいワクチンなどの新技術)に目がくらんで、大切な足元の政策(古くて重要な施策の浸透)を進めることができない恥ずべき状態である。
さらに、世界のワクチン対策に目をやると、極めて高い成果を挙げている官民一体型の新たな非営利財団の一つである「GAVIアライアンス(ワクチンと予防接種のための世界同盟)」がある。GAVIが支援しているワクチンには、我が国が導入を検討しているロタウイルスワクチンの他、Hibワクチンや肺炎球菌ワクチンもある。
21世紀型国際機関であるGAVIの新しさは、世界保健機関(WHO)のように各国政府がカウンターパートの組織ではなく、その顔ぶれと財源調達の仕組みにある。GAVIの理事メンバーはドナー国政府のみならず、国際機関、ゲイツ財団や先進国と途上国の製薬企業、途上国政府や市民社会から構成されており、ワクチン市場の拡大メカニズムの構築や新種ワクチン開発のためのインセンティブを創出することに成功している。また、ドナーからの拠出に加えて、ワクチン債から得た資金を活用して途上国でのワクチンの普及に努めている。GAVIの支援により、今後5年間で420万人の子供の命を救うことができる。
先進国や一部の中進国政府がこれに参加する中、G8の中でGAVIに参加していないのは我が国だけである。しかし、世界で発行されたワクチン債の総額約2600億円のうち、約半分は我が国の国民が証券会社を通じて購入しており、世界の最先端のワクチン対策に民間として貢献していたりもする。
一方で、我が国政府は、エイズワクチン開発を進める「国際エイズワクチン推進構想:IAVI(International AIDS Vaccine Initiative)」への拠出を決定したようである。実は、エイズワクチンは近い将来実用化の見込みの全くないものであることは世界の常識である。
国内保健政策においても保健外交政策においても、ワクチンひとつ取ってみても、我が国の政策過程の不透明さ・不適切さは明らかであり、客観的にみるととても「恥ずかしい」国である。ワクチンは、国民の命を守る最も大切な施策のひとつであるのに。
必要な情報や国民の思いが、中途半端な政局争いの中で、意思決定にまでしっかりと届くようになるのはいつのことだろうか。
参考資料
[1] OECD Health Data
[2] Ryo Konno, et al., Cost-effectiveness analysis of prophylactic cervical cancer vaccination in Japanese women. Int J Gynecol Cancer, 2010. 20(3): p. 385-392.
[3] Harumi Gomi and Hiroshi Takahashi Why is measles still endemic in Japan? The Lancet, Volume 364, Issue 9431, Pages 328 - 329, 24 July 2004
[4] GAVI Alliance http://www.gavialliance.org/
[5] International AIDS Vaccine Initiative http://www.iavi.org/Pages/home.aspx
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月1日
ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟
ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
【議論の基礎、科学的知見は整った】
7月7日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会では、国立感染症研究所が取りまとめた9つのワクチンに係るファクトシートが提出された。
当該ファクトシートはワクチンごとに、対象疾患の基本的知見、予防接種の目的と導入により期待される効果、ワクチン製剤の現状と安全性について取りまとめたもので、予防接種政策を論じる科学的な基本となる資料といえる。
当日、参考人として出席した神谷齋国立病院機構三重病院名誉院長が述べたように、基礎研究者と臨床家が同一のテーブルで科学的知見に基づき議論し見解をまとめる初めての取り組みにより生み出されたものであり、「これが初めての取り組みだったと聞いて衝撃を受けた。当然に研究しているものだと思っていた」と黒岩祐治委員が驚きの言葉を漏らしたように、より早い段階で取り組まれるべき事柄でもあった。本来取り組まれているべき事柄が長きに渡り為されていなかったことが20年ともいわれるワクチン・ギャップの大きな要因の一つである。
また、政府の要請から一ヶ月足らずで取り纏めるという荒業であったが(関係された方々の努力に心から敬服して止まない)、神谷氏が指摘されていたように、時間的にも人的・資金的にもより十分な環境を与えられてしかるべき事業だ。今回は付け焼刃的な対応と指摘せざるを得ないが、しかし、宮崎千明委員が「これが完成ではなく、これからも更新されていくもの」と確認されたように、ファクトシートの検証と検討、改定は続いていく。今後は恒常的に同種の取り組みが継続される仕掛けを整備する必要があるだろう。
【歴史を覆すか、繰り返すか】
まだまだ改善の余地が少なくないファクトシート作製であるが、ひとまず、予防接種政策を論じるための基礎となる科学的知見が取りまとめられたことになる。議論の前提が整ったのであるから、次は政策的に予防接種を論じる段階だ。そして、この議論に臨むにあたり、政府と与党・民主党の覚悟が問われることになる。
予防接種部会の命題は「予防接種行政の抜本的改革」である。抜本的改革とは、すなわちワクチンギャップ20年の解消であり、ワクチン後進国からの脱却である。このことは、大いなる覚悟を政府・与党に要請する。何事にもいえることであろうが、大いなる変化を短時間で為し得るのは容易ではなく、時として改革の途中で易きに流れてしまうこともある。ワクチン・ギャップの歴史も例外ではなく、課題や困難に正面から向き合わず、易きに流れ続けた20年であった。ワクチン・ギャップを解消できるのか、歴史を繰り返すのか、今まさに政府・与党の覚悟が問われる局面を迎えているといえよう。
7日の予防接種部会のヒヤリングにおいて、被接種者の立場として私は「ワクチンを定期接種化しないことで生じる被害者の存在にも目を向けて欲しい」と訴えた。予防接種行政の歴史において、接種後の健康被害に関心が集まることはあっても、ワクチン接種を行っていれば防げたはずの被害が注目されることはあまり無かったと感じているからだ。
もちろん、接種後に健康被害を生じた当事者やご家族がその被害について警鐘を鳴らすのは当然のことであり、そのことを否定するつもりは毛頭無い。しかし、政策決定はエモーショナルな判断だけで行われるべきではなく、ワクチンを接種することで生じる被害と防ぐことのできる被害の双方を科学的に分析することが不可欠である。そして、その基礎となる科学的知見が「ファクトシート」として取りまとめられた以上、定期接種化しない、という判断は接種することで防げる被害を防がない、という判断と同じ意味を持つと私は考えている。
【定期接種化はリーズナブルな施策】
米国研究製薬工業協会(PhRMA)ワクチン小委員会の中村景子氏は、現在、任意接種とされているヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、HPVワクチン、B型肝炎ワクチン、水痘ワクチン、ムンプスワクチン、インフルエンザワクチンを全て定期接種化し公費負担した場合、必要財源額は約1,300億円となるとの試算を示している。これは、現時点で行われている任意接種費用の料金をもとに算出したもので、定期接種化されスケールメリットが発揮されれば、より安価な額となることが予想される。つまり、高く見積もっても1,300億円の予算を確保すれば、上記ワクチンの定期接種化を被接種者の自己負担無しに実現することができるのだ。
1,300億円で定期接種化が実現できるという事実は、多くの医療関係者にとっては非常にリーズナブルな金額と映るのではないだろうか。新型インフルエンザワクチンの輸入に要した費用とほぼ同額の費用であり、子ども手当ての予算の1/20(満額支給なら1/40)に過ぎない。
また、ワクチンによる疾病予防が実現されれば、それに伴い医療費や介護費、遺失利益などの発生を抑制することができ、結果として「もとが取れる」可能性が高いともいわれている。さらに、細菌性髄膜炎や潜在性菌血症等への過度の不安が保護者も医療提供者も軽減されるため、小児の夜間休日診療の受診ニーズの低減と医師の負担軽減も期待され、抗菌薬の投与量も抑制できるなどの効果も指摘されている。
これらを勘案すれば、「リーズナブル」と考えられる1,300億円という金額だが、私は一抹の不安を感じている。今年4月の診療報酬改定は、OECD平均まで医療費増額を目指すとした民主党政権下で行われたにもかかわらず、薬価等の引き下げ分の振り分けを除けば、実質の予算投入は600億円程度に留まったことは記憶に新しい。
必要な予算を確保するには胆力が求められ、そこに様々な「力学」が働くのが政治の世界なのだろう。必要な予算を確保し予防接種で防げる被害を防ぐのか、予算とともに国民の健康を削り続けるのか、政府・与党の判断に注目したい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年8月2日
佐藤章 福島医大名誉教授を悼む
佐藤章 福島医大名誉教授を悼む
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
7月11日の参議院選挙では民主党が大敗し、国会はねじれ状態となりました。2007年7月の参院選がねじれを生み、政権交代へ繋がったわけですから、永田町は次の秩序を求めて「迷走」するでしょう。
2007年の参議院選挙で医療は争点でした。そして、そのきっかけを作ったのは、2006年3月に起訴された福島県立大野病院事件でした。6月28日、この問題に取り組んだ福島県立医科大学 佐藤章名誉教授(産婦人科)が亡くなりました。享年66歳でした。今回は、佐藤名誉教授のことをご紹介させていただきます。
【多くの弟子たちに見送られた葬儀】
7月4日に福島市内で告別式が行われ、私も参列しました。晴れているのに、大粒の雨が降る不思議な天気でした。私は東京から新幹線で福島入りしましたが、新幹線の車中には喪服の人が目立ちました。佐藤教授の葬儀に全国から集まった方々でした。薄々は予想していましたが、葬儀場に到着すると入りきれないほどの参列者がいました。花輪は会葬所の外にまで溢れ、私が経験した中で最大級の葬儀でした。
会葬者には、福島医大や産婦人科学会の幹部たちに加え、教え子たちの姿が目立ちました。供花には、クリニック院長、地元病院院長・部長などの名前が添えられていました。佐藤教授の訃報を聞き、全国から駆け付けたようです。
当日は政治家の参列も目立ちました。参院選挙戦の真っ只中にもかかわらず、仙谷由人官房長官は通夜に、鈴木寛文科副大臣は葬儀に参列しました。足立信也 厚労大臣政務官や舛添要一 前厚労相からは大きな花輪が届いていました。参議院選挙の選挙戦中に議員たちが、地元以外に足を運ぶなど常識では考えられません。彼らは、社交辞令ぬきに、佐藤教授を尊敬しているのでしょう。
【藤森敬也 福島医大産科婦人科教授の弔辞】
告別式は読経、引導と粛々と進み、クライマックスは5人の医師による弔辞でした。特に、佐藤教授の後任である藤森敬也氏の弔辞は素晴らしいものでした。藤森教授は、教え子77人を代表して、佐藤教授への思いを述べました。
1994年、当時不治と言われた重症男性因子不妊症を、顕微授精法により我が国で初めて治療したことを挙げ、佐藤教授が一流の研究者であることを報告しました。確かに、米国国立医学図書館のデータベース(PUBMED)をサーチすると、佐藤教授が発表した多くの英文論文を閲覧できます。佐藤教授は、福島から世界に発信しつづけたようです。
話題は研究だけに留まりませんでした。野球と酒を愛した佐藤教授が、医局員に対し家族のように接していたエピソードが紹介されました。医局対抗野球で何回も優勝し、このような課外活動を通じ「佐藤一家」の絆は強まったようです。野球が好きだった佐藤教授は、前夜にどんなに深酒しても、翌朝の練習には遅れなかったようです。話が進むにつれ、藤森教授も感極まったのか涙声となり、多くの参列者ももらい泣きしました。
【福島県立大野病院事件と周産期医療の崩壊をくい止める会】
私と佐藤教授のお付き合いのきっかけは、福島県立大野病院事件でした。逮捕された加藤克彦医師は佐藤教授の教え子です。
この事件は医療界に衝撃を与えました。しかし、医療界の反応はイマイチでした。当局に腰が引けたのか、「静観する」などのコメントで、お茶を濁していました。このような状況の中、佐藤教授が立ち上がりました。
2006年3月、「周産期医療の崩壊をくい止める会」を立ち上げ、会長に就任しました。このとき、海野信也 北里大学産婦人科教授、鈴木真 亀田総合病院産科部長たちとともに、私も事務局を手伝いました。東京のホテルに集まり作戦を練った日のことを、昨日のように思い出します。
加藤医師支援活動は急速に広がり、わずか1週間程度で6520人の署名が集まりました。3月17日には川崎二郎厚労大臣(当時)に面談し、署名を手渡すと同時に、衆議院会館で記者会見を行いました。佐藤教授が逮捕の問題点を、海野教授が産科崩壊の実情を訴えました。記者の多くは、事態の深刻さを改めて認識したようで、新聞の論調は「医療ミス」から「産科医療崩壊」や「お産難民」に変わりました。
政治家たちも立ち上がりました。同日の衆院厚労委院会では仙谷由人氏が質問にたち、無謀な刑事訴追が産科医療を崩壊させる危険性を主張しました。この質問に呼応したのが、舛添要一氏、鈴木寛氏、足立信也氏、枝野幸男氏らです。彼らは国会質問を繰り返し、大野病院事件は国会でも重要課題となりました。
【福島地裁 公判】
2007年1月26日に公判が始まってからは、佐藤教授は福島地裁に欠かさず足を運び、朝から傍聴の列に並びました。
この裁判には多数の専門家が出廷し、自らの意見を述べています。例えば、東北大学 岡村州博 産婦人科教授や、胎盤病理に詳しい中山雅弘 大阪府立母子保健総合医療センター検査部長らが挙げられます。
佐藤教授は、専門家として裁判のやりとりを検証し、周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページで公開しました。裁判の実態が公開されることは珍しく、当局は気が抜けなかったでしょう。
このような活動をメディアが大きく報道したため、国民の関心も高まりました。2008年8月20日、加藤医師に無罪判決がくだった際には、テレビのテロップで速報が流れました。一連の報道を通じ、裁判の情報公開が進み、問題点が正確に認識されるようになっていました。
福島地裁判決後は、検察の対応に国民の関心が集まりました。8月28日、周産期医療の崩壊をくい止める会は控訴取りやめを求めて、6873名の署名と意見書を保岡興治法務大臣、樋渡利秋 最高検察庁・検事総長らに送付しました。今回も、短期間に多くの署名が集まりました。
また、超党派の医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟(会長: 尾辻秀久元厚労大臣)も、保岡興治法務大臣及び舛添要一厚労大臣に控訴取りやめ要望書を提出しました。当日は、尾辻秀久議員に加え、仙谷由人、世耕弘成、鈴木寛、足立信也、小池晃議員が同行しました。
このような世論におされる形で、8月29日、福島地検は控訴断念を発表し、無罪が確定しました。
【妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動】
佐藤教授の本領発揮は、これからです。「周産期医療の崩壊をくい止める会の活動を、これで終わらせてはご遺族も救われない」と言って、妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動を立ち上げました。以下は佐藤教授の言葉です。
「医療には限界があるという現実と、我々だってご遺族に寄り添いたいんだという気持ちを分かってもらうにはどうしたらよいだろうと考えた時、百万言を費やすより行動で示すべきだと思っていました。ただ、そうは言っても刑事裁判が続いている間は迂闊な行動もできないわけで、幸い一審だけで決着がついたので、今回の活動を始めることにしました。医師が一生懸命ミス無く医療を行っても、助けられない現実がある。それを医師にミスがあったかどうか、という次元に留まっていては、第二第三の大野病院事件が必ず発生してしまいます。ですから、私はこの周産期医療の崩壊をくい止める会では、その先の次元に進むことができるような活動をしたいと思ったのです。」
2010年6月現在、既に数組の遺族に募金が手渡されました。ご遺族との関係も良好なようです。
ちなみに、このような活動は世界でも類を見ません。本年、米国内科学会(American College of Physicians, ACP)は、世界各地で社会貢献活動を行った会員におくる『Volunteerism and Community Service Award』に、周産期医療の崩壊をくい止める会で中心的役割を果たした小原まみ子氏(亀田総合病院 腎臓高血圧内科部長)、湯地晃一郎氏(東京大学医科学研究所 内科助教)を選びました。両名は4月28日からカナダのトロントで開催された同学会総会に招待され、特別表彰されています。佐藤教授の信念は米国の医師たちにも通じたようです。
【叶わなかった現場復帰の夢】
2009年になって、佐藤教授の癌が判明しました。24年間勤め上げた福島県立医大を退官し、大野病院事件裁判も一段落したため、一産科医としてお産の現場で働くことを楽しみにしていた矢先だったようです。それから1年あまりの闘病ののち亡くなりました。最期まで産科医療の行く末を案じていたと言います。
大野病院事件裁判、それをきっかけとした産科医療崩壊が、佐藤教授に多大なストレスをかけたことは想像に難くありません。もし、佐藤教授がいなければ、かつて米国が経験したように、我が国の産科医療は完全に崩壊していたことでしょう。佐藤教授の献身的な振る舞いに感謝するとともに、ご冥福を祈りたいと思います。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月22日
予防接種部会傍聴記(5) 欠けている接種を受ける側の視点
予防接種部会傍聴記(5) 欠けている接種を受ける側の視点
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年7月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
4月の再開以降、厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会はヒヤリングを行っている。
6月23日までに、外部から20名以上の参考人を招き、プレゼンテーションが行われた。
これらは予防接種制度の抜本的改革を論じる準備と位置づけられているのだろうが、ひとつの視点が足りないと感じる。
それは、「接種を受ける側」の視点だ。
確かに情報提供のあり方や健康被害救済については、接種を受ける側がヒヤリングに招かれ意見を述べている。
だが、接種を受ける側の声は、情報の受け手、接種を受けた後の被害救済についてだけ必要なものだろうか。
【悪い冗談?接種を受ける側不在のACIP論議】
米国のACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)のような組織の創設を求める声が相次いでいる。私たち「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」も日本版ACIPの創設を求めている。
そのような要望を受け、16日には「予防接種に関する評価・検討組織」についてヒヤリングが行われているが、参考人として招かれたのは専門家と専門学会、産業界からだけであり、接種を受ける側からは招かれていなかった。
ACIPでは、接種を受ける側から最低一人はVoting Memberに選ばれている。
Observerには希望するものなら誰もがなることができ、意見を述べることができる。
専門家や接種をする側、メーカーや政府の立場に加えて、接種を受ける側が議論や意思決定に参加していることが、ACIPの肝心要の仕組みである。
そのACIPを論じるにあたり、接種を受ける側の意見は必要なものではないだろうか。
予防接種制度の抜本的改正、すなわちワクチン後進国から脱却し世界標準に追いつくためには、ワクチンの導入やシステムの整備、法改正だけではなく、国民的合意形成が不可欠だ。
ACIPはその合意形成を恒常的に図る大きな仕掛けのひとつであり、そのACIPを論じるのに接種を受ける側の声を聞かないというのは、片手落ちであろう。
同日は情報提供のあり方のについて接種を受ける側から参考人が招かれているが、ACIPについては接種を受ける側の声を聞いていないことと併せてみると、「接種を受ける側」はあくまでも「情報の受け手」としか位置づけられていないように感じられる。
言い換えれば、接種を受ける側は予防接種行政のあり方を論じる当事者とは認識されていないということである。
国家的施策として予防接種を活用するに当たり、国民的合意形成は必須である。
そのためには、接種を受ける側も加わって予防接種制度のあり方について議論を重ねなければならない。
現在の予防接種部会の委員には、接種を受ける側の代表が不在である。
部会の委員による議論に接種を受ける側の声が反映されにくい構造になっているのだから、なおさらヒヤリングでは接種を受ける側の声を聞く必要があるのではないか。
【国民的合意形成に不可欠な最後のパーツ】
細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化を求める世論が高まり、同疾病やワクチンについての認知も国民の間に急速に広まっている。
しばし、私たち守る会の活動がその原動力であるというお褒めの言葉を戴くことがあるが、非常に光栄であると同時に、それはちょっと違うかなとも感じている。
何故、細菌性髄膜炎とそれを防ぐワクチンの定期接種化にこれだけ理解が広がったのか。
私は、我が国の予防接種行政において欠けていた「接種を受ける側」という最後のピースが埋まったからだと考えている。
細菌性髄膜炎関連ワクチンについては、私たち守る会が活動を始める以前より、小児科医や感染症医、専門家等を中心に十分なエビデンスと議論の積み重ねがあり、定期接種化を求める要望が出されていた。
そこに、細菌性髄膜炎に罹患した当事者・家族、そしてその支援者等が「接種を受ける側」としての声を上げたことで、最後のパーツが埋まったのだ。
そして、接種を受ける側を加えた各種のステークホルダーが、「細菌性髄膜炎はワクチンで予防すべし。そのために定期接種化すべし」との合意を形成したからこそ、現状の世論と理解に繋がったのだろう。
裏を返せば、専門家等の議論やエビデンスの提示だけでは国民的合意形成には至らない、接種を受ける側が予防接種行政を考える当事者として声を挙げ議論に参加することで、初めて国民的合意形成に至るともいえよう。
【議論に接種を受ける側の視点を】
我が国の予防接種行政の歴史を振返ると、そこには真摯に議論しエビデンスを提示し続けてきた専門家等の姿があり、しかしながら国民的合意には至らずにワクチン・ギャップを拡大してきた現実がある。
ワクチン・ギャップを拡大し続けてきた過去に欠けていた最後のパーツ、それが「接種を受ける側」ではないのだろうか。
今、予防接種部会ではワクチン・ギャップを解消すべく議論を重ねている。
過去と決別できるのか、それとも繰り返しとなるのか。
是非、最後のパーツである「接種を受ける側」を交え議論いただきたい。
-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月3日
「未承認薬?適応外薬検討会議」をガス抜きに終わらせるな!
「未承認薬?適応外薬検討会議」をガス抜きに終わらせるな!
国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科 医長 勝俣範之
2010年7月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
「医療上の必要性の高い未承認薬?適応外薬検討会議」の審議がすすんでいる。
今回、各学会、患者団体などから要望され検討にあがっている薬剤は未承認薬89品目、適応外薬285品目、合計374品目もある。
卵巣がんに対するジェムザールは治験ではなく、「公知申請」になる予定と聞いているが、これで適応外薬の根本的問題が解決されたわけではない。今回のこの会議を単なる「ガス抜き会」に終わらせてはいけない。
【適応外薬に対する根深い問題】
そもそも、未承認薬・適応外薬の問題は古くから存在し、抗がん剤領域での適応外薬がかなりたまってきた結果、社会的にも問題になってきたため、平成16年(2004年)に厚生労働省内に、「抗がん剤併用療法委員会」が設置され、19の抗がん剤が公知申請によって承認された。
(抗がん剤併用療法に関する報告書についてhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0521-5.html)
この「抗がん剤併用療法委員会」の成果から、今後このような会が継続的に行われ、がん治療の進歩に対応して、タイムリーに抗がん剤が承認されるようなしくみになることが希望されたが、「抗がん剤併用療法委員会」はこの年の1回のみで消滅してしまった。以後、適応外薬に対する施策は何ら講じることがなかったので、2004年の「抗がん剤併用療法委員会」から6年を経て、相当数のドラッグラグが生じるという結果になった。
今回の「未承認薬?適応外薬検討会議」の内容は、適応外薬を企業に新たに治験をさせるか、「公知申請」にさせるかの選択肢しか考えていないため、「抗がん剤併用療法委員会」と本質は変わらない。今後ドラッグラグが生じないようにするための根本的解決策を講じるようにしないといつまで経ってもドラッグラグは解決しない。
【薬事承認と保険と切り分けるべし】
適応外薬問題を根本的に解決するには、薬事承認と保険適応とを切り分けることが必要である。薬事承認と保険適応を一緒にしているのは、世界でも日本のみである。これが適応外薬のドラッグラグの根本原因になっている。
「二課長通知」による「公知申請」で行う承認申請方法(※MRIC vol 35、臨時 vol 344参照)は、治験をせずとも公知なエビデンスがあれば承認を認める、というしくみであるが、企業が申請し(申請料1000万円と聞く)、PMDA(医薬品総合機構)の審査・厚生労働省の承認が必要であることになっており、手続きが複雑な上に時間がかかる(結局半年~数年承認までかかる)ので、最新のエビデンスを、タイムリーに医療現場・患者にもたらすようなシステムではないため限界があると言える。
http://medg.jp/mt/2010/02/vol-3570300.html
http://medg.jp/mt/2009/11/-vol-344.html
根本的解決には、簡単に言うと、一定のエビデンスがある薬剤を、薬事承認なしに、保険局が認め、保険適応にするしくみの構築が必要である。
【海外での適応外使用の実際】
海外では薬事承認と保険適応は別にしており、一度FDA(米国食品医薬品局)、EMEA(欧州医薬品審査庁)で承認された薬剤の適応外使用での保険適応は、世界各国では形すら違いはあれ、医学の進歩に合わせて、新しいエビデンスが出た時点で順次保険適応となるしくみが確立されている。
例えば、卵巣がんに対するパクリタキセルという抗がん剤は3週に1回の投与方法として、承認・保険適応になっている治療方法である。3週に1度の投与方法と週1度(毎週)の投与方法とを比較した臨床試験(治験ではなく医師主導の臨床試験)を日本の多施設共同試験として行い、週1度の投与方法が生存率を向上させた結果を発表した(Lancet 2009; 374: 1331?38)。
パクリタキセル週1度投与方法は、世界のどこの国でも薬事承認はされていないが、この日本の臨床試験の結果をもって、ほとんどの国で保険償還可能となっている現状にある。
先日、国際シンポジウムのために来日した英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン腫瘍内科教授のジョナサン・レダーマン氏と話す機会があったが、英国では、「NICE(英国立医療技術評価機構)では承認していないが、臨床試験での使用は正式に認めているし、各医療機関での使用は、Lancetの論文があるから、と言うと保険適応になる」とのことであった。
こういったしくみは、ドイツ、韓国、台湾、中国でも同様で、週1度のパクリタキセルは保険対応可能ということである。米国は、もう少し制度が整備されている。法律(Social Security Act Title XVIII Sec 1861 (t))で、適応外使用については、世界的に認知されている学術雑誌(主要23誌)に掲載された治験以外の臨床試験成績にもとづいて、保険での薬剤費償還の判断がなされる、との規定がされており、前回のMRIC vol.87にも書いたように、コンペンディアという薬剤一覧集に掲載があるものは、保険償還されるしくみになっている。
http://medg.jp/mt/2010/03/vol-87.html
【日本の保険医療の現状】
日本の現場はどうかというと、実際には、前述の卵巣がんに対する週1度のパクリタキセルは、日常の医療現場ではかなり広く使用されている現状がある。
医療レセプトは月1度の提出であり、毎週投与のパクリタキセルと3週1度のパクリタキセルとはあまり区別ができないから、見つからずに処方できていることが多いが、週1度のパクリタキセルの方が投与量が多くなるので、時々査定されることがある。
また、保険適応外の薬剤を処方してはいけないという保険医療養担当規則 (健康保険法に基づく保険医療養担当規則第19条 昭和32年4月30日 厚生省令第15号)が臨床現場を抑えているため、保険査定された場合には、科学的エビデンスがあるから、ということは聞いてくれないないし、下手をすると院長に呼び出されてお叱りを受けることになる。そればかりか、地方厚生局による指導監査というのが、数年に1度の頻度であり、ここで保険適応通りに医療が行なわれているか厳重にチェックされ、保険適応外で行なわれた治療に対しては、過剰請求として返還を要請され、下手をすると不正請求をしたとみなされ、保険医療機関・保険医取り消し処分ともなる。
このように、日本の医療現場では「科学的エビデンス」よりも、「保険適応」が優先される現状にある。
【55年通知に基づいた適応外薬ドラッグラグの解消を】
いわゆる「55年通知」(※MRIC vol 35参照)は、薬事承認された以外の適用でも医師の判断で、保険適応を認めてよいという内容であり、この保険医療養担当規則に反する矛盾した通知であるが、ここに適応外ドラッグラグ解決のポイントがある。
あまり一般には知られていないが、社会保険支払基金が55年通知を利用した「審査情報提供事例」として、一部の薬剤の適応外使用を認める、との紹介をしている。
http://www.ssk.or.jp/sinsa/yakuzai/index.html
この中には、抗がん剤も数種類含まれている。このような事例を各種保険支払基金全般に行い周知させることにより、適応外薬ドラッグラグ問題は解決できる。提供事例の決定には、各種診療ガイドラインを考慮するようにすればよいし、また、各学会、また個人レベルでの要望にも答えるようなしくみにしてほしい。
厚生労働省や文部科学省の科学研究費が認めている臨床試験にも対応するようなしくみが必要である。厚生局による監査も、「保険適応」だけを重視するのではなく、「科学的エビデンスに基づいた治療」が行われているか、を監査・指導する内容にした方がよい。
【問われる医師の自律性 ~55年通知の向こう側にあるもの~】
55年通知は、当時の医師会長武見太郎氏が当時の厚生大臣だった橋本龍太郎氏に申し入れて作った通知だと言われている。
我々医師側も自分たちの権利ばかり主張するのではなく、自律性をもったプロフェッショナル集団になることが必要と思う。保険適応になったからと言って、やみくもに使うという使い方は一般常識的に考えてもおかしい。一般的に薬剤の保険適応は病名につけるものであり、患者の細かい状況までは規定されていない。
個々の患者の病気の進行度、これまでの治療状況、全身状態や合併症など、各々に対する科学的エビデンスをチェックしながら、副作用などのリスクとベネフィットを厳密に考慮し、最後に患者の希望も考慮しつつ、薬剤処方を考えていくのがプロの医師の仕事である。
しかし、まだまだ日本では、科学的エビデンスに基づいた医療が広く浸透しているといった状況ではない。学会も専門医制度ももっとレベルを上げるよう努力が必要である。我々医師側も、国民の信頼が得られるようなプロの集団になることにより、よりよい医療が実現するものと思う。
-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月2日
水際作戦のメリットは厚労省の焼け太り
新型インフルエンザ対策の危険な道
医学的合理性と人権重視の法改正を!
※今回の記事は「週刊医療界レポート 医療タイムス」に掲載された文面を加筆修正しました。
村重直子
2010年6月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
2010年3月31日から厚生労働省が行っている新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議は、役人が作った法律や行動計画が正しいという前提で進んでおり、法律や行動計画を見直そうという動きは一切見られない。法律を改正しなければ、次に新型インフルエンザが発生したとき、役人は同じ過ちを繰り返すだろう。本稿が、なぜ法律を変える必要があるのか、広く議論するきっかけとなれば幸いである。
●水際作戦による患者発見率は34.6万分の1にすぎなかった
インフルエンザを対象に検疫を強化し、隔離・停留・強制入院といった法的措置を取ることの医学的合理性と実現可能性を考えたことがあるだろうか?新型でも季節性でもインフルエンザなら「症状では他の疾患と区別できない」「潜伏期がある」「発症前に感染性がある」「飛沫感染する」などの特徴は同じで、必ずすり抜けるのだから、水際でウイルスの国内侵入を防ぐという考えに医学的合理性はない。致死率がどんなに高くても、である。この点で、新型インフルエンザ対策を指揮してきた厚労省の医系技官が説明している、強毒性を想定して作った法律や行動計画だから水際作戦は正当化され、弱毒性だったから水際作戦を緩めたという説には論理矛盾がある。
厚労省は、2009年4月28日から6月18日までの52日間に346万人を検疫し、わずか10人の患者しか見つけられなかった(1)。34.6万分の1という低い確率である。このオペレーションのために、厚労省が応援として成田、羽田、関西、中部、福岡の空港検疫所へ動員したのは4月28日から6月24日の間に延べ7069人(うち医師926人、看護師2253人)だった。この他に、濃厚接触者を停留した施設へ応援に送られたのは、4月28日から5月31日の間に延べ1035人(うち医師118人、看護師116人)だった。
これほど多くの人々を送り込んだ社会的損失は大きい。特に医師や看護師など医療関係者は、本来、来るべき患者数急増に備えて、医療現場で準備しなければならなかった時期に、厚労省が検疫所や停留施設へ送ったことは本末転倒である。さらに、検疫で最初の患者が見つかったときには、すでに100人が検疫をすり抜けて国内に入っていたという研究論文がユーロサーベイランスという医学誌に発表された(佐藤、中田、山口ら(2))。経済的ダメージや心理的パニック、投入された人数などの社会的デメリット、すり抜けた人数などを考えるなら、水際作戦の効果はほとんどないことが日本で実証されたのだ。ウイルスの侵入を「防ぐ」のではなく「遅らせる」という医系技官の説も、社会的デメリットを考慮するなら合理性はない。
●水際作戦のメリットは厚労省の焼け太り?
新型インフルエンザ対策において、医学的合理性と実現可能性の2点を重視しなければならないが、この計画を作った医系技官は2点ともあまり考えていなかったようだ。
人権侵害の問題もある。隔離・停留・強制入院といった法的措置によって、本人の意思や医療ニーズとは関係なく、強制的に収容されたのだ。本人の意思どころか、刑事罰があり、隔離や停留中に逃げ出したら「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」の対象となる。医療を必要としない元気な人の身柄を拘束するのは、人権侵害の問題をはらんでいる。冒頭に述べたインフルエンザの特徴から、すり抜けている人々がたくさんいる中で、たまたま見つけた人を強制的に収容することは、公平性の観点からも問題があるのではないか。
このような水際作戦は、隔離された人々や周囲の人々、他の日本国民にとって、何かメリットがあっただろうか。社会的デメリットのほうが大きかったのではないか。では誰にとってメリットがあったのか。水際作戦の実施によって国民の不安をかき立て、存続さえ危ぶまれていた検疫所の人員強化(ポスト拡大)、予算拡大などへ世論が傾けば、焼け太りするのは厚労省の役人である。
●検疫法と感染症法の改正は役人による人権侵害を誘発
厚労省では2004年頃から専門家会議を行うなど、健康局長以下の医系技官たちがこの計画を準備してきた。この計画を、厚労省が法的根拠を持って強制的な権限を行使できるよう、2008年に検疫法と感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が改正された。そして厚労省の役人は実際に、検疫法に基づいて隔離・停留を、感染症法に基づいて患者の強制入院を行った。
これらの法律のルーツは、1897年(明治30年)にできた伝染病予防法や1951年(昭和26年)にできた検疫法などである。隔離するために患者を探しだそうという検疫は、前近代的な発想といえる。現代の概念からみれば、人権侵害となりかねない思想に基づいている。本来なら、人権問題とならないよう考慮して、現代の国民のコンセンサスが得られるような内容に、これらの法律を改正しなければならない。ところが医系技官は、2008年、これらの法律に新型インフルエンザを加え、新型インフルエンザに対しても役人が強制権限を行使できるようにした。医系技官がしたことは、時代に逆行する法改正だったのだ。
●医学的合理性に基づき北風政策から太陽政策へ
では患者の人権を守り、周囲の人々も守るにはどうすればよいか。例えば、空港に診療所を開設し、広い空港の各ターミナルに医師や看護師が常駐できるくらいの人数を置いてはどうか。新型インフルエンザに限らず、様々な輸入感染症が発生し得るし、エコノミークラス症候群のような長時間のフライトに関連する医療ニーズもあるだろう。入国者の検査や治療だけでなく、出国する人々も、渡航先の土地の感染症やその予防法などの情報提供、フライト中の注意事項、必要に応じてワクチン接種や予防内服の薬を処方するなど、医療のニーズはたくさんあるはずだ。普段からかなりの人数が行き来しているだけでも、医療ニーズがあるのはむしろ当然のことだろう。
具合の悪い人が申し出たら隔離、逃げたら罰則という現状の北風政策よりも、具合の悪い人が申し出れば医療を受けられる権利があり、それによって重症者が早く見つかり入院できるという太陽政策のほうが、医学的合理性、実現可能性、人権尊重などの観点からも合理的だろう。現在の検疫法は、逃げたら感染症が広がってしまうから、逃げないように罰則をつけるという発想から北風政策をとっているのだろうが、仮に新型インフルエンザが流行している時期でも、致死率が高ければ高いほど、具合の悪い人々は早く医療を受けようとするから、北風政策をとる必要性は考えにくい。
現在の感染症法によって、医学的には入院する必要のない元気な患者まで入院させていては、本当に重症で入院が必要な患者が医療を受けられなかったり手遅れになったりする可能性もある。入院するか否かは、法律で一律に決めるのではなく、医師の判断と患者の同意によって個別に決めるべきではないか。
こうして医療へのアクセスを良くすることが、患者本人を守り、周囲の人々も守ることになるだろう。つまり、役人が作った合理性のないルールを画一的・硬直的に現場に押し付けるより、現場の人々の医療ニーズに、医師や看護師などの専門家が個別に臨機応変な対応を取るほうが、効率的に患者も周囲の人々も守ることができる。
広く国民が議論し、このような発想の転換ができるかどうかが、法改正実現の鍵となるだろう。特に医療関係者は、医学的合理性と、現場のオペレーションの観点から実現可能性などについて情報提供し、国民が考える材料を提示する役割を担っているのではないか。
(1) 厚生労働省 第3回新型インフルエンザ対策総括会議 2010年4月28日 参考資料1
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100428-13.pdf
(2) Sato H, Nakada H, Yamaguchi R, et al. When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic? Euro Surveill. Jan 7;15(1). pii: 19455.
-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月23日
記事:夕張・村上医師「なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか」
記事:夕張・村上医師「なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか」
各新聞社へお願いしたいこと
北海道大学整形外科学講座 遠藤 香織
2010年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
以下の記事を読み、今回皆様にお伝えしたいこと、『この記事を読んだ若い世代の人間が何を思うか』を直接上の世代に知ってほしいと思います。その上で、もう一度この記事について考えてほしいと思いました。
********************
北海道新聞社:救急受け入れ、また拒否 夕張市立診療所 心肺停止の男性(06/02 07:40)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/234651.html
【夕張】医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」(村上智彦理事長)が運営する夕張市立診療所が5月、自殺を図り心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことが明らかになり、夕張市の藤倉肇市長は1日、医師の村上理事長から事情を聴いた。男性は市内の別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。
関係者によると、5月19日朝、同市内で首つり自殺で心肺停止となった患者がいると通報があり、救急隊は最も近い市立診療所に受け入れ要請を行ったが、村上医師は4月から常勤医師が1人となったことや、ほかに外来診療があることを理由に断ったという。
市立診療所は昨年9月にも、心肺停止の患者受け入れを断った経緯があり、市と協議した結果、心肺停止患者の原則受け入れを確認し、5月上旬の別のケースでは受け入れた。
藤倉市長は1日、夕張市役所で記者会見を開き、「昨年9月の事故を受け、二度とこのようなことがないようにと協議してきたので、今回のケースは誠に遺憾だ」と述べた。
村上医師は市に対し、「首つり自殺と聞いて緊急性が低い死亡確認のケースと判断した。常勤医が自分一人なので外来などに対応しなければならなかった」と話しているという。
***********************
地域医療を実践するロールモデルとして有名であり、信念を持って走り続ける村上医師。以前よりずっと当直を毎日続け、妥協しない診療を継続されている医師として学生から見る彼の姿は地域医療への挑戦者として目指すべき目標の一人です。薬剤師であったときの経験も生かして、いらない薬品の処方を決して行いませんでした。また、瀬棚町診療所長を行っていたときには、肺炎球菌ワクチンの実践で予防医療により、医療費抑制へと貢献したとも言われています。しかし、その陰で村上医師がどのくらい過労していたのか、どのくらい時間外勤務を続けていたのか、想像を絶するものがあります。
そんな医師が救急を受けるには資金も人材も不足している旨を訴えながらも、受けざるを得ない毎日を過ごし、その末に、自殺を図った心肺停止患者を断ったことが今とりざたされています。
この問題は大きな問題を含んでいるように考えられます。現在の財政と規模ではいくら村上医師のように良心のある医師が活躍したとしても、24時間365日対応の救急もできる診療所には一人医師勤務の場合には実行不可能である。このことは、どの地域でも同じように問題として取り上げられていると思います。
私はこの記事で同新聞社が何をしたかったのかを問いたいです。誤解があるなら早く続報をしっかりとした形で出してほしいです。問題の本質を報道してほしい。それは違う新聞社にも等しく呼びかけます。(知りませんでしたが、道新以外でも多くの新聞社で報道されていました。)
北海道の医療は一蓮托生であり、がんばろうとする気概のある病院、診療所が一つでも欠けると周囲の医療機関に波紋がすぐ広がります。夕張が病床を減らしたことで診療所にも患者が流れ込みました。そのたびに、私達も危惧を感じていくこととなります。法律で決まっているとか契約で決まっているとか、そういう次元の問題ではなくて、自分と同じ土俵にある問題です。
私は夢を見たいわけではなく、絵空事をのたまうのではなく、今できることを実行していきたいと思っています。この記事は続報がなければ、事実であろうと『ただの駄文』です。駆け出しの地域医療志願者である自分がそのように感じたことを報道関係者には伝えたいと思います。北海道を愛しているので決して譲りません。
この記事を通して早く『患者側の救急への理想』がどれだけ現実と離れているか。今まさにしっかり把握していただく必要があります。その中で、「じゃあ、どうしようか?」と、皆で話し合う必要があります。
今まで医師の良心に任せていたことをこれからもできると思って、押しつけていく流れをそろそろ打ち切らないと、どれだけ政府が僻地医療への対策を打ち出そうと、どんどん志願者が減る一方となります。
私達若い世代も自分でできることを考えて、実行し続けています。それが道内に残る研修医の数にも比例してきているのはデータで見れば一目瞭然です(ただし、札医と旭医のみ)。具体例として、自分が知っている中でも優れた活動をしている学生がいました。
1.小樽市立病院に研修医一号として勤務し続けたS
http://www.med-otaru.jp/
病院長や学長に掛け合って教育カリキュラムの調整なども全て行ってくれていました。
2.道内に研修医が残らないことで地域の医療崩壊を招くことに、いち早く気づいて同期に大学プログラムのすばらしさを訴えたS
http://www.mclabo.com/diary.cgi?mode=comment&no=114
彼は総合診療科のHPまで作ってます!
3.大学内での*治システムを構築したN、彼のおかげで課外活動における学生の意見をしっかり上に通しやすくなりました。
4.家庭医療学会の学生部会で委員長として家庭医療のすばらしさを説明し続けるN、私と同意見で北海道で働くモチベーションが下がりました。
私自身も上記の学生時代の友人に刺激され、北海道内での医師・コメディカルが連携をとり、もっと効率的に同じ目標を持って仕事ができるように、学校や学部の枠を超えて交流できる機会を学会形式で一年に一回行うよう企画を作りました。同じ世代が社会のために貢献する姿を知ることで、自分もがんばろうとする気持ちが生まれてくるものです。それは医療に限らなくても、報道関係に進んだ友人でも同じでした。
地域医療を考えて皆で一緒に歩んでいこうと思っている若い世代がどんどん増えている良い循環の中で、医療者側以外の人間が医師だけのせいにするのが、本当にいかがなものかと思います。どれだけ苦労して人材を配分しようと努力しているか。世間の流れを全く無視しているように感じられます。『責任のなすりつけ』から、協働して解決策を模索していけないものでしょうか。
このような微妙な問題を一方的な記事で『一報目で』出すのであれば、人間のやることなので許されると思いますが、続報でもう少し建設的なことへと昇華はできないものでしょうか。
生意気なことを言いますけれども、どなたか聞き入れていただけないでしょうか。重ねて、懇願して、お願いします、報道関係者様は問題の本質を是非突いてください。一緒に考えて行動してくださるような方にしかお願いできません。
-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月21日
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 (その2)
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 その2
開業歯科医師 津曲(つまがり) 雅美
2010年6月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
その1へ
最初の指導から約1年半後に監査の通知。苦しみを大きくし、長引かせるためにこれだけの期間を空けているのです。保険医取り消し処分を行うにしても、もっと迅速に行っていれば、自殺は防げたはずです。ワザとやっているのです。自殺未遂により入院し退院した後、9月20日の監査を延期するよう奥さんが東京社会保険事務局に頼みましたが、回答はありませんでした。鬱病を患った後の悲惨な自殺でした。日歯と都歯は全くのダンマリを決め込みました。
末端会員にはこのような仕打ちをしながら、あの橋本龍太郎の1億円授受事件の日歯事件で有罪となった元日歯役員たちには、退職慰労金1848万円、保釈金2000万円、弁護士費用7336万2262円を支払いました。我々は何度も返還要求しましたが、一言の返事もありませんでした。その後、数年も経たないうちに、また東京歯科大同窓会事件が起き、元日歯専務が逮捕されました。これでは日歯役員は犯罪者集団です。この事件のときに、ある者は、個別指導にかかる予定になっていない歯科医に「先生は個別指導にかかることになっている。ついては私は止めることができる。それには金がいる」と連絡する。そして中には金を払う者もいたそうです。最初から指導の予定に入ってないから、指導にはかからない。「私が動いたからだ」と言う、こんなことをしていた役員もいたという話でした。歯科の世界を知る者として、これは「あり得ます」ね。
また、個別指導の際には、歯科医師会の役員が立会うことになっていますが、あまり役員が被指導歯科医を庇ったり、弁明したりすると、「それなら貴方を指導にかける」という技官もいる、それが怖くて、被指導歯科医の立場に立った、あるいは現場の臨床に立つ我々一般歯科医の側に立った発言は非常にしにくいそうです。あるいは、技官の覚え目出度くなることを望んでいるのか、面白いからか、技官と一緒に被指導歯科医を責め立てる歯会役員もいるそうです。
保険医の資格の取り消し処分を受けても、殆どの場合、5年で再指定になります。前述上杉裁判での保険医療機関の更新が6年毎にきますが、これらの5年と6年を裁判中に迎えれば、たいてい医師たちは生活のために、勝てる裁判でも和解します。仕方のないところです。つまり下級審の勝訴の判決は消え、上級審の和解が残ります。厚労省は形の上では負けても、実質的には勝利します。生活を抱えた個人を兵糧攻めにして、苦しめて、負けることはない、心から厚労省に、技官に怒りを覚えます。
最後に私の友人のことを書きます。彼は厚労省と県の共同指導にあたり、それはそれは重箱のスミをつつかれたそうです。歯科衛生士は患者実地指導の後などに業務記録簿を書くことになっております。看護師のマネでもしたんでしょう。彼のところは患者数が多く、毎日てんてこ舞いだったそうです。当然、業務記録簿は仕事が済んでから、または昼休みになります。一人の患者さんに大学ノート1ページほどは書け、ちゃんとやればそれだけの診療情報があるはずだから、と言われたそうです。衛生士にそれを書けと言ったところ、当然診療時間外にやることになり、患者数が多い彼の診療所では、衛生士にとってシンドイことなのでしょう、「それなら辞めます」と言われたそうです。そこで彼は衛生士に辞められたら困るので、毎晩食事が済んだ後にテレビをみながら、業務記録簿を「作文」しているそうです。こんなことに意味があるのでしょうか。こんなことをさせるよりも、彼がもっと診療に打ち込めるようにすることが、厚労省の責務ではないのでしょうか。
難しいことを言ってるわけではありません。一国民として、一市民として、一歯科医師として「暴力は止めろ」と主張することが、この問題の根であると思います。歯科医師というよりも、一人の人間として皆様に知って頂きたかったのです。ご意見などあれば、下記にご連絡ください。
メール thu-san@saturn.dti.ne.jp
ホームページ 新日本歯科医師会 http://www.geocities.jp/tanus236/
開業歯科医師
津曲(つまがり) 雅美
-------------------------------------------------------------------------
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月20日
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 (その1)
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 その1
開業歯科医師 津曲(つまがり) 雅美
2010年6月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
一般の方には、にわかには信じられないでしょうが、厚生労働省の官僚、特に技官が医療者に振るう暴力をお知らせして、それが結局は医療を歪め、その最終的なトバッチリは国民の皆さんがうけることになることを、厚労省の暗部をわかっていただきたいと思います。各事例につきましては、実名を出せば、またその医療者に暴力が向かうことなどを考え、全て実名を出せないのが残念ですが、そこはおわかりください。
平成18年8月に、兵庫県で女性歯科医師の保険の個別指導が行われ、男性の官僚が立場を利用して、セクハラが行われたとして、翌年、彼女は提訴しました。
事実関係につきましては、私は見たわけではありませんが、そのような趣旨での提訴があったことと、そして現在も係争中であります。
患者実態調査(患者実調)とは、歯科で申せば、技官が患者さんの口腔内検査をして、カルテや保険請求と合致しているかどうかを調べることです。これは不正が濃厚に疑われ、保険医取消などの処分がほぼ前提となった監査で行われるのは当然のことです。不正に対して甘い処分をしてくれと言っているのではありません。
しかしこれが、不正の疑いがない、または余りない時点での個別指導の段階においても、資料集めの名目でできることになっています。そのような通達がでており、日本医師会も日本歯科医師会も厚労省と申し合わせを行い、承諾してしまっているのです。その結果、患者実調がどのように利用されたか。
今から20年以上昔、上杉訴訟という裁判が静岡地裁で争われていました。争点は混合診療です。裁判は厚労省の圧倒的不利で展開しました。負ける寸前まで追いつめられた厚労省が取った作戦は、いつ終わるともない延々と続く患者実調です。技官が患者さんの家などまで出向き、口の中とカルテやレセプト(保険請求する用紙)が合致するかどうか調べるのです。聞き取りもします。終了後、患者さんには押印も求めていました。こんなことされたのでは患者さんは来なくなります。兵糧攻めにあい、厚労省が負けるはずの裁判は、結果としては和解となりました。
そうこうしているうちに、上杉歯科の6年毎の保険医療機関の更新の時期がきました。厚労省はこれも拒否。これの一時執行停止(係争中の間の再指定、更新)の提訴もしましたが、今度は厚労省は係争中につき「保留」の措置にでた。保留だから、再指定しないとは言ってないわけで、これでは裁判所も法的判断ができません。しかし、これでは保険診療はできず、上杉歯科は倒産の危機に直面します。さらに追い打ちをかけて、患者実調を繰り返し、負ける寸前の裁判を和解に持ち込んだのです。
厚労省は、このように「患者実調」と「保険医療機関の更新の保留」という武器をもち、意に沿わない保険医をいつでも倒産、屈伏させることができるのです。
1993年に富山県で内科医の自殺事件がありました。「開業医はなぜ自殺したのか」(あけび書房)より引用します。個別指導の指摘事項は、その内容は個別指導としては軽いモノであったそうです。注射や投薬が多いなど、ごく一般的な指摘ばかりで、少なくともこれ一度をもって保険医取り消しになるような事例ではなかったそうです。しかし技官は
・こんなことをしていると、医者ができんようになる
・厚生省の監査にならないとは僕は保証できない
・これでは私の金がいくらあっても足りない
・僕はねえ、厚生省の役人さえ連れてくる権限をもっているんだよ
などの言葉を、指導中、怒鳴りっ放しで言っていたと、自殺した被指導医や立会人は言っていたそうです。医師は鬱病になり、自らの命を絶ちました。これが懇切丁寧な行政指導なのでしょうか。技官の恫喝が自殺に至らしめたのです。
2007年に東京都港区で当時57歳の開業歯科医師の自殺事件がありました。私のHPから一部引用します。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~thu-san/homepage/toukou59.html#629
2006年・・・・・
4月21日 個別指導(1日目)2時間行い、「中断」となる
2人の指導官から次のような発言がありました。
1.こんなことをして、おまえ全てを失うぞ!
2.今からでもおまえの診療所に行って調べてやってもいいぞ、受付や助手から直接聞いてもいいんだぞ!
最初の指導は、まさに恫喝で終始しました。
9月 問題と思われる患者リストを提出。
12月 指導「再開」の電話連絡があった。
2007年・・・・・
1月19日 個別指導(2日目)30分で「中止!」
カルテに不足があるとして後日持参するよう指示を受ける。
(2007年3月8日同)「指導は終わった」と言われた。
3月9日 「医療機関指導について」との連絡でカルテを持参(事務対応)
9月6日 M先生のもとに監査の通知着
10日 自殺未遂を行なう 発見され病院に搬送
12日 退院 自宅療養 15日 診療所に行く
17日 自殺 18日 朝、奥様が発見 20日 監査(予定)
MRIC by 医療ガバナンス学会
(その2に続く)
2010年6月19日
新型インフルエンザ対策総括会議 報告書(案)の公表を受けて
新型インフルエンザ対策総括会議 報告書(案)の公表を受けて
~検証は行われず、総括もほとんど行われていない~
森兼啓太 山形大学医学部附属病院
2010年6月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
--------------------------------------------------------------------
3月末から月2回程度のペースで開催されてきた厚労省主催の新型インフルエンザ対策総括会議もいよいよ終盤に差し掛かっている。
6月8日の第7回会議では、総括会議報告書の案が資料として提示され、ウェブ上で閲覧可能である(1)。以前にも述べた通り、これらの資料を迅速にウェブ上で開示することはこれまであまり行われてこなかったことであり、この事自体は評価したい。
さて、その内容であるが、残念ながら総括会議の報告書に価するものとは全く言えない。
会議のタイトルにもあるとおり、「新型インフルエンザ対策」を「総括」するとは、実施した対策を評価・検証することである。そこから引き出される提言が重要であることは言うまでもないが、あくまで対策の評価・検証に基づいたものでなければならない。
ところが公開された報告書案では、実施した対策の評価・検証はほとんど記載されておらず、提言のみが記載されているに等しい。評価・検証を行わない提言が適切なものであるはずがない。
例えば、「6、サーベイランス」には入院・重症・死亡者のサーベイランスや実施体制に焦点が当てられているが、5月中旬に集団発生の形で国内症例が検知されるに至ったのは、海外発生期に国内発生を拾い上げるためのサーベイランスが欠如ないしは機能していなかったことを物語っている。それに関する言及が一切ない。評価・検証を行っていないがために重要な点が抜け落ちたのだ。これは本報告書全体を通じて言えることである。
報告書の最初の方で「厚生労働省の対策には、当時、以下の準備不足や制約があったことに留意し・・・」とし、そのうちの一つとして「行動計画・ガイドラインは、感染が段階を追って拡大することを想定していたが、突然大規模な集団発生が起こる状況を想定した形とはなっていなかったこと」が上げられる。しかし、疫学調査は「突然大規模な集団発生が起こった」わけではないことを示している。
国立感染症研究所などが実施した疫学調査で追跡し得た国内最初の症例(Aとする)は、5月5日に発症している。
この症例は海外渡航者ではないので、おそらく海外からの帰国者(Bとする)が5月1日ごろ国内で発症し、症例Aを感染させ(BからAまでの間に1名が介在している可能性は否定できないが)、その後も徐々に感染伝播が進んでいった。国内で症例が確認された5月16日まで11日経過している。この間に発症した者はさかのぼり調査によれば100名程度である。11日で100名が突然発生した大規模な集団発生なのか。
この間、国は何をしていたかと言えば、水際対策に気を取られ、国内のサーベイランスを怠り、海外渡航者でなければ新型インフルエンザA(H1N1)の検体検査を行わないような症例定義(2)を出して検査を制限していた。さらに言えば、季節外れのインフルエンザ様症状の患者に対し、診察した医師が新型インフルエンザA(H1N1)を疑って粘り強く保健所と交渉し、国内初の症例確認へ導いた。これらに関する評価は全く行われた様子がない。
5月8日にMRICで配信された拙稿(Vol. 159)において、会議の行方に関する懸念を述べたが、果たしてその通りの結果となった。
本会議の委員はこの報告書を了承する(した)のか。了承するなら、委員11名もこの報告書に名を連ねるべきであろう。また、この報告書を英語訳し、先進各国のインフルエンザ対策担当者に「これが日本の国としての新型インフルエンザ対策の総括である」と言って見てもらいたいものである。
ちなみに日本は新型インフルエンザ患者に占める死亡者の割合(致死率)が低いということは諸外国に知られているが、その詳細は英語で情報提供されておらず、厚労省のウェブサイト上で日本語で提供されているにすぎない。筆者はこのデータを諸外国と比較した短報を先日Eurosurveillance誌に投稿したが、時期が遅すぎるとのことでRejectされた。本来そのような短報はずっと前にしかるべき公的機関から出されていなければならないが、出ないのでやむなく発信しようとした次第である。データも世界に発信しない、対策も検証しない、不思議な国・ニッポンである。
(1) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100608-02.pdf
(2) http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090429-03.html#no1
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月16日
骨髄バンクに、もう天下りはいらない(その1)
骨髄バンクに、もう天下りはいらない(その1)
~公益法人の事業仕分け、天下り根絶は「新しい公共」実現への試金石
山崎裕一(元骨髄移植推進財団事務局総務部長、現在、復職を求め裁判中)
2010年5月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
1.はじめに
鳩山・民主党政権が、国民の願いを本当に実現してくれるか?市民・国民は固唾を飲んで見守っている。とりわけ大きな期待が寄せられているのが、昨年秋から始まった「事業仕分け」である。行政の無駄、不要な補助金などを洗い出し、資金を捻出すことが目的ではあるが、それと共に、事業仕分け対象先団体への質問では、必ずと言っていいほど、官僚の天下り人数、年収などが取り上げられ、天下り問題が焦点のひとつとなっている。
今月20日から始まった事業仕分け第2弾目後半、公益法人への事業仕分けでは、骨髄バンク(骨髄移植推進財団)が事前調査され、直前になって対象から除外されたとの報道があった。骨髄バンク事業は、患者さんの命を救う大切な事業で、それなりの実績を上げている団体が、何故、事業仕分け対象にノミネートされたのか、疑問に持たれる関係者も多いと思われる。
また、今週に入り、造血細胞移植の現場医師である名古屋大学医学部の鈴木律朗氏が、骨髄バンクとさい帯バンクの問題点、その解決への取れ組みなどについて提言があった。現場の第一線で医療を担っている方からの貴重な意見であり、私も同感するところが多く、感銘を持って読ませていただいた。
私は、骨髄バンク(骨髄移植推進財団の別称、以下・骨髄財団)の事務局員として、長年勤務してきた者である。これまで、骨髄バンク事業は、全国の医療関係者、日赤血液センター、支援ボランティア、そして事務局スタッフなど現場の方々の努力と協力により、紆余曲折があっても進展し、着実に成果を上げていることに、この機会を借りて、心からの感謝を申し上げる。
さて、より良い骨髄バンクとするためには、避けて通れない問題が、まさに「今、そこにある危機」として存在している。それは、骨髄財団の天下り官僚たちのあまりに酷い言動である。今回は、その実態報告である。あまり愉快な話題ではなく、患者・家族、現場の医療関係者、支援ボランティアの方々に無用な心配をかけたくないと、これまで発言を控えてきたが、この機会に、具体例を通じて、天下り問題の弊害、公益法人のガバナンスの確立の必要性について提言をしたい。
2.不当解雇、いわゆるパワハラ、セクハラ裁判の勃発
私は、2006年9月末、骨髄移植推進財団(以下、骨髄財団)事務局員を不当解雇された。その背景と理由は、1年前の05年8月末に正岡徹理事長(医師・元大阪府立成人病センター院長)に、余りにひどい天下り官僚の言動があり、その改善をお願いする報告書を提出した。しかし、正岡理事長は、最初から「臭いものに蓋」する態度で、ろくな調査もされないまま、逆に、私は1ヶ月半後に総務部長を解任、閑職に降格左遷された。更に1年後には懲戒解雇までされた。天下り官僚に楯ついた者は追放するという、明確な報復だった。
私は、不当解雇という余りに理不尽な骨髄財団の対応に、やむ負えず、財団職員としての地位確認と損害賠償を求め提訴した。いわゆる骨髄バンクのパワハラ、セクハラ裁判といわれる事態の勃発である。
昨年の09年6月12日、東京地方裁判所で第1審の判決があった。判決では、骨髄財団側が懲戒処分理由とした「報告書は虚偽である」との主張は退けられ、「報告書は根幹的には真実」、解雇は無効。損害賠償も認められ、私は、全面勝訴した。敗訴した骨髄財団は、全く反省の態度も示さず、東京高等裁判所に控訴したが、高裁段階では、財団側からの新たな事実、証拠も示されず、今年3月に審理は終了している。裁判長からは、1審判決の路線を前提とした和解勧告があり、協議が続いているが、不調に終われば6月末には判決が出される見込みとなっている。
3.傍若無人な天下りの言動~植民地としての公益法人、天下りが常態化
骨髄財団は、1991年12月に旧厚生省から設立許可されたが、半年後の翌年4月に、早くも旧・厚生省から天下り官僚が舞い降り、それ以後、5代にわたりノンキャリア官僚が天下ってきている。今まで、常務理事のポストに天下り以外で就任した者はいない。ただ、ノンキャリア官僚たちは、天下りであることを自覚してか、事務局運営にあたっては、あまり横暴な態度は示さず、問題が起きると各部課長・職員から意見を聞き、その意見をもとに判断することが多く、また、重要な政策方針の変更等については、後輩である厚生労働省の役人にお伺いを立てるのが常であった。つまり、居ても居なくともよい、ただ、年収約900万円の給与を貰う為に来ているもので、いわば「お邪魔虫」としての存在であった。天下りについて、ある役人から直接言われたことは、「所管の公益法人で、国庫補助金を出している所には、天下りは原則として受け入れてもらう。」という、まるで、国民の税金で支出されている国庫補助金は、役人・役所の財布から出しているという発想。まさに、公益法人は植民地と同じであり、天下りが当然という発想の構造は、今も続いている。
02年に、骨髄バンクの財政危機が表面化し、財団の基本財産8億円のうち約2億円を取り崩す事態となった。この問題は、骨髄バンクでの移植件数が毎年大幅に増大し順調に進展してきたが、それに伴った形での国庫補助金の増額がなく、また、医療保険点数の増額適用も遅々として進まなかったことから、財政危機に陥ったものであった。基本的には、厚労省の対応が悪く遅いという、行政として責任が問われるべき問題だった。しかし、それへの回答は、何と、天下りの強化という、「焼け太り」としての対処であった。
1)キャリア官僚の天下りが始まってから、問題言動のオンパレードとなった。
堀之内敬氏について(在任期間:2004年8月~06年3月)
05年8月に、それまでのノンキャリア官僚に代わって、元キャリア官僚(法令担当官僚)の堀之内敬氏が、常務理事兼事局長となって天下ってきた。それから、ノンキャリア官僚のやり方を一遍する事態が次々と起きたのである。なお、骨髄財団は、元キャリア官僚を受け入れるため、急遽、常勤役員報酬を900万円程度から1400万円ほどに引上げ改正を行った。
堀之内氏が、天下ってきた時の挨拶は、「この財団に来たのは、前の厚生労働省次官で、現在、日本赤十字社副社長をしている大塚さんから、骨髄バンクが色々ごたごたしているようなので、2~3年行ってほしい。任せるからと言われてきた。普通、僕みたいな者(キャリア官僚)は、こんな小さな団体には来ないのだが―――、長くは居ないが宜しく。」というものであった。
堀之内氏は、就任直後から、総務部の幹部職員への高圧的な対応が始まり、人事院勧告があったからとして、職員ポーナスの減額を実施し、気に入らない契約職員である男性職員の雇い止め(契約打ち切り)も相次いで行われた。契約職員からは、雇用に不安を持つ声がささやかれた。しかし、人事権をもつ常務理事に、誰も意見するようなことはあり得ないことであった。
05年4月、私は総務部長に就任したが、その直後から堀之内敬常務理事からパワハラと思える言動があったとの話が聞かされ、そうしたさ中に、今度はセクハラ?とも思えるとの苦情が、複数の女子職員から受けた。私は、これ以上、放置できないと思い、嫌な役目と思いつつも、同年8月末に、正岡理事長に報告書を提出した。ひとり一人へ具体的な問題言動については、裁判中であり、また、プライバシーの関係上、詳細には記載できないが、その概要は次の通りである。
パワハラ疑惑:
5名の職員に対し、学歴や経歴等を侮蔑したり、パワハラと思われる言動について、具体的に聞き取った内容を報告した。
セクハラ疑惑:
2名の独身女子職員を常務理事直属に人事異動し、個人の携帯電話番号、メールアドレスを執拗に聞く言動等があったり、さらに、地方出張に同行、同宿するよう手配するなどを行ったことについて、具体的に聞き取った内容を報告した。
職場の改善:
当時、骨髄財団の事務局職員の身分は、契約職員(1年更新)あるいはアルバイト(半年更新)が全体の7割を超える状況で、かつ、その給与待遇は、公務員の6割~7割程度。こうした処遇と権威主義的な上司の態度、また、堀之内敬常務理事の指示により、4名が一方的な雇い止め(契約更新の拒否)されたことなどにより、職場内に雇用不安感が一気に増大した。1年間に職員の3割もの退職者が出るという異常事態になっていた。業務量の増大と職員の補充交代に伴う新人教育などが重なり、人員不足の現場はかなりの混乱状態にあったので、その改善を要望したもの。
私は、こうした堀之内氏の言動問題について、同年6月~7月に、厚労省の担当(健康局臓器移植対策室長、室長補佐)や、官僚OB(伊藤雅治・元厚労省医政局長、当時、財団理事)に、内々に善処を求めたが、全く埒が上がらなかった。そんなさ中、正岡理事長から何か報告があれば、という連絡を受けたことから、総務部長として、意を決して報告書を提出したものだった。
さらに、同年10月中旬、厚労働省の健康局臓器移植対策室の室長補佐に呼び出された。厚生労働省の会議室で、正岡徹理事長が同席のうえで「堀之内氏の言動について新聞報道された、報告書は正しい内容ではない。堀之内常務理事もいずれ辞めるだろうから、お前も混乱の責任をとって辞めろ。」という恫喝を受けた。という事実もあった。つまり、厚労省の役所ぐるみで天下りを庇ったものであり、財団執行部は現場で天下りを庇うことを文字通り実行したという構図であった。そして、10月下旬には、内部調査途中であるにもかかわらず、正岡理事長と鈴木常任理事(弁護士、内部調査委員長)は、「全く問題なし、パワハラ、セクハラ行為という事実もなかった」という記者会見まで実施した。
同年11月下旬、こうした骨髄財団の執行部のあまりにひどい対応に、多くの職員たちの不安が頂点に達し、職員有志達は労働組合を結成し、専横的な労務管理、職員処遇の改善、パワハラ、セクハラ的言動の中止改善などが要求した。組合員数は、瞬く間に20名を超えるまでなったと聞いている。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月31日
医療安全調査委員会(厚労省案)についての厚労省医政局での意見陳述
医療安全調査委員会(厚労省案)についての厚労省医政局での意見陳述
亀田総合病院 小松秀樹
2010年5月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
医療安全調査委員会をめぐって意見の対立が続いている。厚労省案は、罰則で網羅的報告を強制し、行政の下に置かれた組織が医療の是非を裁定することを基本とした。多くの勤務医は、医療を国家統制の下に置くことになり、危険だとして反対した。一方、一部の大手メディアは、行政が医療の正しさを決めることの是非について議論することなく、特定患者団体の賛成意見を繰り返し報道している。
メディアも、報道によって、様々な個人や、法人に対し、大きな損害を及ぼしてきた。病院の医療事故への対応は1999年以後、大きく改善された。医療に比べて、報道被害へのメディアの対応が改善されたように見えない。メディア自身、行政に統制されることを覚悟しているのであろうか。あるいは、メディアは特別に扱われるべきだと思っているのであろうか。
報道被害があった可能性がある事例すべての報告を罰則付きで強制し、行政の下部機関がこれを調査し、その調査報告書を使用して、記者を行政処分するとどうなるか。間違いなく、報道は死んでしまう。
足立政務官から医政局に、厚労省案ついて広く意見を聴くよう、指示が出され、2010年3月30日、厚労省医政局で意見を述べる機会を得た。医療安全調査委員会については、主として、井上清成弁護士、梅村聡参議院議員と筆者が意見を述べた。
以下、筆者が厚労省に提出した文書を多少手直しして提示する。
《厚労省への意見》
【医療安全調査委員会(厚労省案)】
1 特徴
医療事故で死亡した可能性のある事例を、強制力(罰則による威嚇)をもって行政に網羅なく報告させ、評価し、評価を権威づける。医療従事者と患者・家族の間すなわち私人間に生じた出来事に行政が関与する。犯罪への検察の関与に似ている。調査結果を利用して行政処分を行い、医療を徹底管理する。
2 前提
「行政権力は、日々更新されている医学的合理性と大量の情報を活用するための行動原理と能力を有している。行政の活動が常に国民のためになる。」
このような前提を持つことに問題はないか。
参考1 政府への信頼は専制の親
トーマス・ジェファーソン 1776年 法律学全集3 『憲法』90ページ
「われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。」(ウィキペディア「自由主義」からの孫引きで原典未確認)
3 医療安全調査委員会に対する懸念
1)医師と患者の軋轢を高める。
処分を前提に行政が強制調査をすれば、処分をさせようという強い意欲を誘発する。一方で、処分から逃れようとする努力が生まれる。これが軋轢を高める。
2)報告書が民事訴訟を誘発する。
患者側弁護士が制度の創設に動いているが、少なくとも、この制度は彼らの経済的利益を大きくする。表面的な理由以外の状況を考慮する必要がある。
3)医療システムの内部に法的考え方が入り込む。
厚労省が医療における正しさを決める。結果として医療を壊す。
権威づけされた判断は前例として踏襲される。前例の集積が、医療をがんじがらめにして多様性と未来を奪う。
医学における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、暫定的である。この故に議論や研究が続く。新たな知見が加わり、進歩がある。医学・医療システムは正しさを世界横断的に日々更新している。政府機関が宗教裁判のように権威で裁定してしまうと、判断が固定化され、学問の進歩を損ねる。規範に基づいた権威による裁定は、医学-医療になじまない。医療システムに有害なので医療の外で行なうべきである。
4)行政と医療機関や医療従事者との軋轢が高まる。
医療が行政と争うことになれば、行政は立ち行かなくなる。強権でこれを乗り越えようとすると、医療と行政の双方を破壊する。最近の医系技官の大量退職は、その職務に原理的な矛盾があったために生じたのではないか。
科学に任せるべきところでは、行政は謙虚に道を譲るべきである。例えば医薬品、医療機器の審査を行っているPMDAでは、行政官でも、無知は無知としてそれなりの地位に留めるべきである。
5)行政の問題
第二次大戦中、日本を含むいくつかの国で、医学・医療が国家権力による人権侵害の手段になった。日本のハンセン病患者生涯隔離政策は、一部の勇気ある医師や国際学会の反対にもかかわらず、科学的根拠を失った後も、長期間にわたり継続された。
新型インフルエンザ騒動では、行政の問題が露わになった。まず、専門家が科学的に不可能としていた水際作戦を規範化した。ガウンテクニックの常識に反して、同じ防護服のまま1日中、多くの飛行機内を歩き回った。感染を拡大させた可能性すらある。水際作戦は科学と無縁のアリバイ作りだった。インフルエンザの防御はどうでもよかったのかもしれない。
他にも、意味のない停留措置による人権侵害、PCR検査の制限による国内発生発見の阻害、行政発の風評被害による莫大な経済的損失、実行不可能な事務連絡の連発による医療現場の混乱、感染した患者が押しかける医療機関での高齢者や小児へのワクチン接種、ワクチンの大容量バイアルと科学的裏付けのない接種優先順位の強制による複合的混乱など、行政がいかに科学を苦手とするか、また、いかに有害になりうるかを示した。
参考2 行政的中央集権の弊害
トクビルは中央集権を政治的中央集権と行政的中央集権に分類し、前者は評価したが、後者については疑問を投げかけている。行政的中央集権の問題は、多様性と変化を受け入れられないことにある。トクビルは強調していないが、科学的な問題を扱うことが極めて苦手である。
アレクシス・ド・トクビル『アメリカの民主政治』
「政府は、共同体一人ひとりのメンバーを強力な権力でつぎつぎと押さえ込み、都合よく人々の人格を変質させたあと、その超越的な権力を社会全体に伸ばしてくる。この国家権力は細かく複雑な規制のネットワークと、些細な事柄や征服などによって社会の表層を覆った。そのために、最も個性的な考え方や最もエネルギッシュな人格を持った者たちが、人々を感銘させ群集の中から立ち上がり、社会に強い影響を与えることができなくなった。 人間の意志そのものを破壊してしまうことはできないが、それを弱めて、捻じ曲げて、誘導することはできるのだ。国家権力によって人々は直接その行動を強制されることはないが、たえず行動を制限されている。こうした政府の権力が、人間そのものを破壊してしまうことはないが、その存在を妨げるのだ。専制政治にまではならないが、人々を締め付け、その気力を弱らせ、希望を打ち砕き、消沈させ、麻痺させる。そして最後には、国民の一人ひとりは、臆病でただ勤勉なだけの動物たちの集まりにすぎなくなり、政府がそれを羊飼いとして管理するようになる。」(ウィキペディア「自由主義」からの孫引き 講談社学術文庫『アメリカの民主政治 下』560ページに相当)
【対案の原則】
1 病院内での事故の科学的調査
院内事故調査委員会では、様々な医療機関で二次的紛争が生じている。最適な調査方法は病院の事情によって異なる。方法を無理に統一させるべきでない。多様性と変化を保障することが調査の進歩の前提条件である。行政とは厳密に隔離する。
2 無過失補償制度の導入
過失の有無を明確にせずに、定められた基準に従って補償する。補償すべきものかどうかの判断は、事実が認識されていれば、過失の判定なしに、比較的容易に決められるような体系にする。
産科医療補償制度は、個々の事例で調査が行われる点において、無過失補償制度とは言い難い。安全のための議論は匿名化しないと、結果として安全対策のコストを高めて、形骸化させる。これが医療従事者と患者・家族の対立を高める。
3 当事者同士と仲介者による患者理解支援
現場の多様な対応を保障する。このため、行政的中央集権とは厳格に隔離する。
4 医療裁判に医療の保守本流が情報を積極的に提供
どちらか一方が聞く耳を持たないとなれば、裁判でしか扱えない。医療を中心で担っている医師が、積極的に判断のための材料を提供する。
5 地域ごとの事故の科学的調査制度
地域の専門家が、院内事故調査委員会による患者理解支援活動を援助する。行政的中央集権とは厳密に隔離する。紛争を扱うための権限と制度が持てないことをきちんと踏まえる。調査自体が紛争を起こす可能性があるので、無過失補償を先行、あるいは、同時に発足させる。
地域の専門家が援助を開始する条件を狭めることが重要。そうしないと実際に運用できないのではないか。院内の調査で大半を留め、大きな紛争が発生しているものについては、裁判に回す。
参考3 井上清成弁護士の意見
現在、医療とは「診療前の説明‐診療行為‐診療後の説明」の一連のプロセスと受け止められている。井上清成弁護士は医療事故の調査をこの一連のプロセスの中のものと位置付け、当事者主義で扱うべきものとしている。厚労省案は、私人間の営みに行政が大きな職権で関与するもの(職権主義)であると苦言を呈した。
さらに、「医療安全支援センター」は、外部や上部から原因究明・再発防止をするのではなく、当事者主義の補充として助力するものと規定した。井上弁護士の案は、医療安全支援センターと院内事故調査委員会の関係を明確にした。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月24日
最優先すべきは定期接種化の議論
最優先すべきは定期接種化の議論
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会・事務局長 高畑紀一
2010年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
昨年12月より開催されている厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会が、4月より予防接種制度の抜本的見直しの議論に着手した。
我が国の予防接種制度が抱える課題は多岐に渡る。部会では(1)予防接種法の対象となる疾病・ワクチンのあり方、(2)予防接種事業の適正な実施の確保、(3)予防接種に関する情報提供のあり方、(4)接種費用の負担のあり方、(5)予防接種に関する評価・検討組織のあり方、(6)ワクチンの研究開発の促進と生産基盤の確保のあり方、の6項目を検討課題として挙げている。いずれもワクチン・ギャップ解消には不可欠な項目であり、これらの各項目について5月末までパブリックコメントを募集し、夏頃まで有識者等からのヒヤリングを重ね、現状と課題について整理を行うこととしているのも議論を実りあるものとするために必要な行程であろう。いずれの項目も、その重要性に甲乙は付け難いし、腰を据えて論じなければならないものだ。
しかし、拙文「MRIC Vol. 140 予防接種の緊急課題を抜本議論に埋没させてはいけない(2010年4月21日)」で述べたように、これら「20年のワクチン・ギャップ」解消を目指す予防接種制度の抜本的な見直しの議論と平行して、「直面するワクチン・ラグ被害」の防止についても議論を進めていくことが必要であり、そのことは予防接種部会の合意事項となっている。そもそも、予防接種が守るものは何か。それは国民の命であり健康であり生活である。であるならば、現在進行形で生じ続けている予防接種で防げる疾病(VPD=Vaccine Preventable Diseases)に罹患することによる被害を防止することが最優先されなければならないだろう。
【任意接種の壁】
私の長男は2004年9月にヒブ(Hib=インフルエンザ菌b型)による細菌性髄膜炎に罹患し、生死の淵を彷徨った。ヒブワクチンはWHOが1998年に加盟国に対し全ての子どもに無料で接種すべきと勧告している。長男の罹患はこの勧告から6年後のことである。つまり、有効性も安全性もお墨付きを与えられたワクチンが定期接種化されていなかったことによる、ワクチン・ラグの被害者といえよう。
実際にはこの時点では我が国ではヒブワクチンは発売はおろか承認すらされておらず、任意接種として接種することもままならない状態であったわけだが、では仮に当時、ヒブワクチンが国内で発売されており任意で接種できたとして、私は息子にヒブワクチンを接種していただろうか。私自身の答えは「No(ノー)」である。
過去に私は、「みずぼうそうのワクチン、打った方が良いかな」と妻から相談を受けた際に、「打つ必要は無いんじゃないか。打った方が良いワクチンなら定期接種化されているだろうし」と答えた。そう、国が全ての子どもが接種すべきだと勧奨している定期接種は「必要なもの」で、定期接種に該当しない任意接種は文字通り、任意で打てばよい程度のものであって必要性が高くないもの、と理解していたのだ(ちなみに、妻は私の意見は無視して水痘もムンプスも息子たちに接種していました)。国が「定期」と「定期外」とに区分しているのは医学的・科学的な根拠により区分するに値するだけの理由がある、と。ましてや接種する必要性をそれほど感じないワクチンに、数万円の接種費用が掛るとしたらなおさらのこと、積極的に接種しようなどとは考えないであろう。
息子の罹患という思い出したくも無い経験を経て、現在は我が国における定期接種だけでは不十分極まりないと考えるように至ったが、誰もが同様の経験をするわけではないし、今でも「予防接種は定期接種で十分」と考えている方は少なくないだろう。現在、ヒブワクチンも小児用肺炎球菌ワクチンも我が国で任意接種することができる状況になっている。しかし、その接種率は決して高くは無い。水痘もムンプスもHPVも肝炎関連ワクチンも同様である。以前の私と同様に「定期接種で十分」と考えている方が相当数いるだろうというのは想像に難くないし、また、ワクチンの供給不足や接種費用が高額であることなども大きな要因であろう。そして、これらの理由は突き詰めるとすべて「任意接種」であるが故の障壁なのである。
【間違いの根源】
4月21日の第7回予防接種部会のヒヤリングにおいて、神谷齋氏(独立行政法人国立病院機構三重病院名誉院長)は、現在の予防接種制度について「(我が国と米英とでは)接種システム自体に大きな差がある」とし、「定期接種と任意接種に分かれ、任意は予防接種法の外の取り扱い」となっていることが「間違いの根源である」と喝破した。予防接種法外の取り扱いとなる任意接種のワクチン・予防接種は、先述のように国民がその必要性や重要性を定期接種よりも低いものと理解してしまうこと、健康被害に対して十分な救済が受けられないこと、接種費用が高額となってしまうこと、行政機関が住民に対し接種を勧奨できないこと等、多くのネガティヴな影響をもたらす。そして接種率が高くならず、多くの子どもたちがVPDに罹患するという被害を受けることになる。
【薬害被害と酷似する構図】
リアルタイムで拡大し続けるVPD被害やポリオ生ワクチンによる二次感染被害に迅速に対応できていないという現状は、薬害被害に酷似している。先だって、厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」は2年以上にわたる議論を経て最終提言をまとめた。ここでこれらの被害の防止に手をこまねくようであれば、防ぐことのできた被害を防げなかった、拡大させてしまった、という薬害被害の再発防止策は水泡と化すに等しいであろう。
現在進行形で生じ続けているVPD被害を食い止めるためには、まずは定期接種化の議論を最優先で行なう必要がある。予防接種制度の抜本的改正は必要だ。だが、現行制度内でも定期接種化は可能である。何も国内で承認・販売されているワクチンだけにこだわる必要は無い。国内に存在しないワクチンも含めて、定期接種化を議論することはできる。ポリオ生ワクチンを緊急輸入したように、また、昨年、新型インフルエンザワクチンを特例承認したように、被害を防ぐことを優先した対応は経験済みだ。
予防接種部会は、まずはこれ以上のVPD被害を生じさせないために「パッチを当てる」作業を進めるべきだ。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月21日
医師を増やせば医療崩壊は本当に解決するのか
医師を増やせば医療崩壊は本当に解決するのか
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
※このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。他の多くの記事が詰まったサイトもぜひご覧ください。 URLはこちら→http://jbpress.ismedia.jp/
2010年5月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
民主党は、政権を勝ち取った2009年の総選挙の際に、医療 崩壊を防ぎ、医療を成長産業とするために「医師数1.5倍」と「医師養成数1.5倍」を実現するとマニフェストに明記していました。2010年2月には 「医学部新設へ申請、3私立大が準備 認可なら79年以来」(朝日新聞)との報道もありました。
一昨年、医師不足により閉鎖した銚子市立病院の例を見るまでもなく、「医療崩壊の原因は医師不足である。だから、医師の数および養成数を増やせば医療崩壊は解決する」と言われれば多くの人は納得してしまうことでしょう。
しかし、医師不足だから医師の数を増やせば良いという理屈で医学部を新設することは、実は現状の日本の医療にとっては「百害あって一利なし」なのです(全国医学部部長病院長会議が医学部新設に反対する声明(http://www.ajmc.umin.jp/22.2.22youbou.pdf)を連名で公開していますので、参考までご覧ください)。
【そもそも日本の医学部は少ないのか?】
日本には現在80の医学部が存在します。ちなみに米国の医学部は130校ほどです。人口が日本の約1億3000万人に対して米国は約3億人ですから、人口比率の上で日本の医学部の数はすでに十分すぎるのです。
しかも、既にこの3年間で各医学部の定員を増やすことにより、1200名(医学部12~13校分)、割合にして16%もの医師養成数増加を達成しているわけです。これだけでも、毎年4400人ずつ医師は増加していきます。
今後は高齢化が進むために医療需要が増大していくのか、それとも日本の人口減によって医療需要は実はそれほど伸びないと見るのか。その予測は難しいものがあります。
でも、経営再建中のJALですら、不採算路線の削減は様々な反対に遭ってスムーズに進んでいません。いったん医学部を新設してしまったら、投資し た設備や従業員のことなどを考えると、「10年経って医者が足りてきたから、必要数を見直して閉鎖統廃合する」なんてことはほぼ不可能でしょう。
【現在の医師数でもより高いサービスは実現できるはず】
今の医療崩壊の本質は、医療現場で働く人材が不足しているため、利用者(患者)がサービス面で不利益を被っているということです。
ですから、医療スタッフの数を増やことは確かに重要です。しかし、これは、ただ単に医師の数を増やせば良いということではないのです。
一例を挙げましょう。日本において、年に50件前後(週に1件程度)しか全身麻酔手術を執刀していない外科専門医は数多く存在します。その主な原因は、外科医が手術を行えない状況にあるからです。
医療事務や看護師などの「コメディカルスタッフ」を倍増して、外科医がもっと手術に専念できるような環境にすれば、1人当たり3~5倍の件数を執刀することは十分に可能でしょう。
このようなことが各科目内で達成できるならば、実は医師数を増やす必要はないのです。現在の医師数でも、より高いサービスが提供できるようになるのです。
なぜ、これが実現できていないのかというかと、コメディカルスタッフを増員する余力が医療機関にないからです。
よく挙げられる例ですが、米国では盲腸手術代金が平均243万円なのに対して、日本では37万円に過ぎません。これに加えて、輸入手術消耗機材 は、物によっては米国の約3倍の値段で購入しているのです。ですから現場にしてみれば、スタッフを増員することなど常軌を逸した夢物語でしかないのです。
【数を増やしても質が伴わなければ本当の医療崩壊をきたす】
弁護士を見てみましょう。2002年度に、司法試験合格者数は約1000人でした。それを、ロースクール増設によって、2009年度は2000人にまで倍増させました。
しかしその結果、弁護士の質の低下をきたし、さらに1人当たりの仕事が減ることで質の向上が図られないという悪循環に陥っています。
冒頭の全国医学部部長病院長会議の声明の中で、「医学部を新設すると、医学部スタッフとして地域の働き盛りの現場の医師を引きはがしてしまい、地域医療の崩壊を悪化させる」という指摘がありました。
その指摘はもちろん正しいのですが、しかし、もっと問題なのは、単純に6年間の医学教育を施しただけでは一人前の医師は育てられないという事実です。
医師は医学部卒業後、優秀な指導者のもとでさらに5~10年の実地指導を受けて経験を積むことで、初めて一人前の医師として活動できるのです。
医師を急激に増やした場合、弁護士と同じく、卒後研修施設への就職すらままならず、未熟なまま独立せざるを得ないる医師を増やすだけでしょう。
「医原性」(医療を受けたことで病気が発生すること)という言葉もあるように、医療行為によって逆に危害を被る可能性もゼロではないのです。卒後の教育体制まで見据えないまま医師の数を増員すれば、真の意味での医療崩壊を引き起こすことでしょう。
【150億円を超える予算を注ぎ込む必要があるのか?】
鳩山由紀夫現総理は2009年の総選挙前の党首討論で、「(医療費増額を数%としている麻生太郎総理とは違い)診療報酬を2割ほど上げないと厳しい(医療崩壊は食い止められない)と感じている」と発言しました。
しかし、蓋を開けてみれば、総選挙後の2010年4月の診療報酬改定結果は、プラス0.19%に過ぎませんでした(その後、新薬値下げ分のマイナス0.16%を除外していたことが判明したので、実質はプラス0.03%でした)。
医療に回す予算を増やせない以上、マニフェストにいくら「医師養成数1.5倍」と記載されていたとしても、150億円を超える膨大な費用を新設医 学部につぎ込む必要はあるのでしょうか? それよりも既存医学部の定員増加の方が、はるかにかかるコストは少なくてすむはずです。
特色ある医学部を新設することで、これまでとは異なる多様性を備えた医師を育てることができるかもしれません。
しかし、全体の政策として見ると、他の部分を削ってまで新設医学部に莫大な予算を注ぎ込むのは、日本の医療の現状に即していないのではないか──。私にはそう思えてならないのです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月15日
タバコ税の引き上げを機に、国内の葉タバコ栽培を生薬栽培に切り替えてはどうか
-医学生からの提言-
タバコ税の引き上げを機に、国内の葉タバコ栽培を生薬栽培に切り替えてはどうか
-医学生からの提言-
慶應義塾大学医学部 4年 竹原 朋宏
慶應義塾大学医学部 4年 松本紘太郎
NPO健康医療開発機構 竹本 治
2010年5月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
【はじめに】
今年の10月にタバコ税が大幅に上がる(20本入り一箱で+70円)ことが決まり、これに伴い、マイルドセブン等の大幅な値上げも発表された(注1)。タバコ市場は最近の健康意識の高まりから年々縮小を辿っているが、JTによれば今回の増税の影響で国内需要は2割以上落ち込むらしい(注2)。医学を志す立場としてタバコが健康にもたらす悪影響を考えれば、それでも構わないようには思うが、現実はそう簡単ではなく、国としては税収の確保とともに、生産農家である葉タバコ農家の生活等をどのように支えていくのかも政策上の課題となっていると聞く(注3)。
一方で最近、漢方について勉強する機会をもった。以前は「漢方は中国からやってきた日本の伝統医学で、西洋医学の影で細々と続いているもの」といった程度の知識しか持ち合わせていなかったが、実際には世界情勢は随分ダイナミックに動いており、伝統医学は有用性の高い医療、戦略的な産業として世界各国でも注目されている。もっとも、日本だけは漢方を活かすための政策対応が遅れており、課題が多い。特に生薬についてみてみると、生薬原料の自給率は2割以下に過ぎず、将来は輸入が難しくなる可能性も高いなど、かなり危機的な状況にあるということがわかった。
漢方薬の原料がなくなっては、漢方医療自体が立ち行かなくなってしまう。では今我々は今、何をすべきか?
以下、医学生の立場から、漢方医療を巡る内外情勢にも補説しながら、特に生薬資源確保策について最近考えたことを述べてみたい。
【漢方・伝統医学は世界で注目されている】
まず、漢方・伝統医学への需要をみると、世界全体では拡大の一途を辿っている。欧米では代替医療・伝統医学に対するニーズが強く、生薬市場は10兆円以上になることが予測されている。ドイツでは医師全体の1割以上が鍼灸師の認定資格を有しており、国民の3割が鍼治療を受けている。
WHO(世界保健機構)でも、国際疾病分類(ICD)の25年振りとなる改定作業が進められているが、ICD-11(第11次改定)には新しく東アジア伝統医学分類が加わるのを機に、アジア各国で盛り上がりを見せている。
【生薬は戦略産業となってきている】
また、生薬を知的財産として戦略的に使う動きも活発化している。
例えば、鳥インフルエンザが流行したときに、タミフルの原材料である八角(ハッカク)の価格が高騰したが、これはタイが八角の輸出を制限してワクチンとバーター取引をしようとしたからである。
また、中国政府は伝統医学が商売になるとみて、伝統医学の国際市場を独占しようと動き始めており、同国の積極的なロビー活動によって、昨年9月、ISO(国際標準化機構)に『中医学の専門委員会』を設けることが承認された。
さらに、これと並行して、生物多様性条約の締結国会議の議論では、生物の多様性の維持を理由に資源国が自国産の生物資源の保護を強めようとしている。このまま行くと、生薬原料の8割を輸入に頼っている我が国としては早晩生薬原料の入手が困難となる可能性が高い(注4)。
【日本でも医療ニーズは強いが、政策対応は遅れている】
このような世界的な動きの中で、伝統医学・生薬産業にかかる日本の対応をみると、国民の切実なニーズがあるにも拘らず、政策対応が遅い印象があり、農業振興・食の安全保障に関する構図とよく似ている。
昨年11月の事業仕分け作業で漢方はいったん健康保険適用除外とされたが、これに反対する署名が3週間で92万人集まったことに象徴されるように、伝統医学に対する国民の期待は大きい。自分たちも風邪などの際にはしばしば漢方薬の世話になっているが、その効果は確かなものであり、漢方医学はまさに実学と呼ぶにふさわしい。医療の現場では日常的に漢方薬が処方されており、日本の医師の83%が漢方を処方しているという数字もそうした生活実感と合っている。
一方、こうした内外情勢にも拘らず、日本では漢方を一段と活用するための政策対応の動きはいささか鈍いように思う。本稿では漢方医療の政策課題全般には立ち入らない(注5)が、生薬原料確保という論点に絞ってみても、国内生薬生産についての明確な産業振興策が立てられないままに、安価な輸入品に押されて、生薬自給率が年々落ちるままに任せているのが実情である。生薬確保のための環境が厳しくなっていることは、漢方薬が日本の医療現場で自由に使えなくなるかもしれないことを意味しており、漢方医療が危機に瀕しているといっても過言ではない。政府としては、早急に対応策を講じるべきではないだろうか。
【生薬栽培への転作は現実的な政策たりうる】
では、生薬原料確保のために一体何が出来るのか。我々は何をすべきなのか。
冒頭に述べたように、健康志向の高まりに今回の増税が加われば、タバコ市場は一段と縮小傾向を強めることは間違いない。葉タバコ栽培はジリ貧であり、誰よりも農家自身がその将来性について不安を持っているに違いない。したがって、葉タバコ栽培と遜色ない収入を保証さえできれば、葉タバコ農家が生薬原料栽培に切り替えることは十分考えられるであろう(注6)。
こうした問題意識の下、葉タバコ栽培から生薬原料栽培への転作が果たして政策として現実的なのか、葉タバコ農家からみて経済的に見合うのかについて、多くの漢方薬に使われている当帰(とうき)と三島柴胡(みしまさいこ)の2品目を使って試算してみた(注7)。
我々の試算によれば、当帰・三島柴胡のいずれについても、ある程度の補助金を用意さえすれば葉タバコ農家の転作を促して国内生産を大幅に増やすことが出来る。すなわち、当帰については、年間わずか数千万円の転作奨励金があれば、生産を倍増し、自給率100%を視野に入れることも出来る。また、三島柴胡についても、年間6.6億円規模の生産補助金を拠出できれば、安価な輸入品とも十分競合できるようになって、自給率を現在の1割程度から5割に引き上げることも無理ではない。このように、葉タバコ農家に生薬への転作を奨励していくことはかなり現実的な政策と考えられる(注8)。
【国民にとって必要な農業政策・医療政策とは】
無論、補助金をどういった産業に与えるのかは国民の選択次第である(注9)が、葉タバコ農家の転作を支援していくことは、タバコ産業自体を保護することよりも国民に支持を得られやすい農業政策であろう。それと同時に、有効な生薬資源確保策として漢方医療を支える重要な政策にもなる。
もし、生薬資源が手に入らないことで漢方医療が存続できないような事態となったら、事業仕分けの際に3週間で署名した92万名の怒りの矛先は当然政府に行くであろう。10年20年先を見据え、政府は是非こうした施策について真剣に検討してほしい。
(注1) http://www.jti.co.jp/investors/press_releases/2010/pdf/20100428_02.pdf
(注2) http://www.sankeibiz.jp/business/news/100429/bsc1004290502005-n1.htm 等。
(注3) http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/news1/article.php?storyid=1093 等。
(注4) 例えば、平成21年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のため調査研究』第3回会合
(http://kampo.tr-networks.org/sr2009/index.php/output/meeting012510overview/)
を参照。
(注5) 漢方医療を巡る諸課題と政策対応については、上記特別研究の『提言』
(http://kampo.tr-networks.org/sr2009/index.php/output/)を参照。
(注6) 2008年9月のMRICへの投稿(http://medg.jp/mt/2008/09/vol-17.html)において、鈴木寛文部科学副大臣も「生薬栽培は高収益を安定的に望め、たばこ・米からの転作促進や農業振興策としても有効」と述べている。
(注7) 当該試算の詳細については、NPO健康医療開発機構・慶應義塾大学漢方医学センター共催「第6回21世紀漢方フォーラム『漢方・鍼灸を活用した日本型医療の実現に向けた具体的対応』」(本年3月17日)におけるプレゼンテーション資料
http://www.tr-networks.org/usr/NPO-usr-504-073.html
を参照。
(注8) 当試算では、所得面からみて必要となる条件に絞って検討したことから、補助金の金額の多寡のみで政策の実現可能性について論じている。より現実的な政策としていくためには(1)(葉タバコにおける「全量買い上げ制」に準じた保証などにより)生薬栽培にかかる経営リスクを軽減し、(2)栽培技術やノウハウを提供するとともに、(3)経営効率化を通じた価格競争力の強化により産業として早期に自立させること、等が必要となろう。
(注9) 例えば、戸別所得補償については、賛否両論はあるものの、22年度にはモデル事業としてコメ農家に対して総予算規模5,600億円もの所得補償がなされることとなった。http://www.maff.go.jp/j/seisaku/kobetu_hosyo/index.html
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月13日
病人権利とハンセン病の歴史
病人権利とハンセン病の歴史 -医療制度研究会草津セミナー報告
医療制度研究会 中澤堅次
井上法律事務所 井上清成
2010年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
■ ハンセン病療養所栗生楽泉園見学
ハンセン病療養所栗生楽泉園は、残雪に輝く白根の山々のふもと、高原の温泉地草津から2キロほど離れたゆるやかな台地の南斜面にあります。門を通過し台地の斜面を南に下りてゆく車道の突き当たりに療養所があり、取り囲むようにハンセン病に罹患した人たちの住宅が並んでいます。低層でこぎれいな集合住宅は塀がないせいか、芝生に囲まれどこか欧風で開放的な印象を受けます。ここには、平成8年菅直人厚生大臣のときに廃止になるまで続いた、らい予防法により隔離され、治療法が確立した今でも、皮膚の後遺症と長かった療養所生活で社会に戻れない高齢の方たちが住んでいます。
門を入ってすぐ右側、木立に囲まれた小道を200mほど入ったところに重監房跡地があり、ここには隔離療養中に脱走や療養所の規律に反した人たちが全国から集められ収容されたそうです。林の中にポッカリ空いた200坪ばかりの空間に、複雑な住居の土台だけが残っています。とても狭い廊下と、部屋の間仕切りがいくつもあり、明り取りの窓だけだったという個室は、逃げられないように造られていたことが良く分ります。わずかな米と水ものだけが支給される生活は、病人を標的にした収容所のようなもので、極寒の当地ではかなり過酷なものだったと思います。楽泉園設立の目的は隔離により社会から、らいを根絶するという当時の政策によるものでしたが、病人であるがゆえに自由を奪われ、正当な主張でも罪人とされてゆく、悲しい歴史を物語る貴重な医の遺産ということができます。
■ 療養自治区湯之沢とコンウォール・リー女史による救済
古来ハンセン病の人たちは社会から差別を受け、流浪の末各地に集落を形成しました。楽泉園ができる大分前から、上信越山中の草津には温泉の効能を頼って多くの人たちが集まっていました。はじめは他の湯治客とは別に、場所と時間を分けて同じ地域で療養していましたが、町の観光色が強まるにつれ、町外れの湯川下流にあたる湯之沢地区に集められ、財力のある罹患者は旅館や商店を経営し納税義務も果たす、いわば療養自治区のようになっていました。自治区とはいえ病気の人にはお金が無く、病気が進むとさらに困窮が深まり、悲惨な人々の暮らしがありました。
湯之沢に来ていた、キリスト教徒でもある療養者の熱心な願いに応えて、聖公会の宣教師であるイギリス人女性コンウォール・リー女史が湯之沢に入り、聖バルナバミッションと呼ばれた救済活動が開始されました。リー女史は聖バルナバ教会を建てて活動の拠点とし、最終的には三十数棟にも及ぶ病人用のホームを建造したそうです。家族から仕送りがあり働ける人でも、病気が進むと最終的には救済が必要となり、両親が病気で養育者を失った子供、被害を受けやすい婦人、罹患者が多く自力での生活がままならない独身男性などが救済の対象になりました。聖バルナバ医院と呼ばれる病院も日本人の女性医師と看護師の献身で開設され、湯之沢ではじめての医療施設となりました。これらの大規模な事業は、イギリスはもちろんアメリカの篤志家の寄付に依ったようであり、日本でも藤倉電線が聖バルナバ医院の増築に資金を提供したといわれます。
女史は、当時は投げ捨てられるようにして葬られていた病死者に花を手向け、化膿してぼろぼろになった衣服を脱がし皮膚を清めて弔いました。また湯之沢住民と変わらない清貧な生活ぶりで人々の感動を呼び、精神的にもすさんだ人々のよりどころとなり“くさつのかあさん”と慕われ、59歳で草津に入ってから活動は80歳まで続けられました。
昭和7年政府の隔離政策で国立療養所栗生楽泉園が開院し、湯之沢の人々はここに集められることになりました。反対運動が起き湯之沢はその後も存続しますが、昭和11年、80歳を迎えたリー女史は健康上の理由で厳寒の草津を離れ、その5年後の昭和16年には、日中戦争で悪化する国際関係で資金が枯渇する中、湯之沢の人々は楽泉園に大多数が移住し、部落が取り壊されると同時に聖バルナバミッションもその役割を終えました。
■ 病人権利と栗生楽泉園と聖バルナバミッション
感染症として社会から疎外され、科学の恩恵を受けることの無かった時代の人々の悲しみは、リー女史を中心とした多くの人々の献身により救済が行われましたが、後に近代国家として日本は国立療養所を作り、人々を収容隔離することで吸収してゆきます。社会の利益のための隔離政策は別の形の人権侵害を産み、治療薬ができた後も、何回となく行われた療養者や医師や官僚による廃止運動をよそに、つい最近まで続きました。日本の例は特殊と評される背景には、上からの目線で社会の繁栄や安全には着目しても、病を背負った人の悲しみに思いが至らない日本人の思考過程が関係しているようです。
今回の4月24日から25日にかけてのセミナーの主題は病人権利で、病を得た人々の人権に着目し、病人であるがゆえに生きる権利を侵害されたハンセン病の人々の歴史に思いをはせるというものでした。病人であるがゆえに、故無くして社会から疎害され、国家の大義や社会の安全のために犠牲になった人々の悲劇があり、近代人を自称する私達がつい最近まで気づかずに過ごしたことも驚きでした。湯之沢におけるリー女史の大規模な救済事業とともに、この事実は良い悪いを言わずに、大切に後世に伝えたいと思います。
参考文献:
1)写真集・コンウォール・リー女史物語、コンウォール・リー女史顕彰会編、2007年
2)草津「喜びの谷」の物語、コンウォール・リーとハンセン病 中村茂 教文館 2007年
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月11日
東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その3)
*この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです
小松秀樹
2010年5月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
=同タイトルその1へ= =同タイトルその2へ=
【弁護士の陥穽】
弁護士が、紛争に関連した調査に関わることには、2つの問題がある。
第一の問題は、弁護士が本質的に代理人であることに起因する。代理人は、クライアントの利益に忠実であることが求められる。東京女子医大事件では、東京女子医大と佐藤医師の間に利益相反があった。調査がクライアントの利益にかかわる場合には、判断がクライアントに有利な方向に偏る可能性が高い。
クライアントの利益への忠実度の差が、弁護士の判断を分けたのではないかとの推測される例を挙げる。
骨髄移植財団に常務理事として天下った元厚労省キャリア官僚が、セクハラ、パワハラを繰り返し、短期間に大量の職員が退職して紛争に発展した(文献10)。
財団の総務部長は財団の理事長に直訴したが、逆に懲戒解雇になった。
財団は、内部調査委員会と外部調査委員会を設置した。財団の常任理事の弁護士が主導した内部調査委員会は、セクハラ、パワハラはなかったとした。
財団の依頼で事実関係を調査した外部調査委員会の弁護士は、財団が調査の結論として、セクハラ、パワハラの事実はなかったと発表したことに対し、抗議文を提出し、報酬金約48万円を全額返還した。
総務部長が地位確認と損害賠償を求めて財団を訴えた裁判の第一審では、総務部長が勝訴した。
第二の問題は法律家の認識の問題である。
法システムは、理念からの演繹を主たる論理構造としているため、理念によって認識が歪みがちになる。しかも、法システムは、医療、科学、航空運輸など、認識が決定的な意味を持つシステムと異なり、認識のための厳密な方法を発達させてこなかった。
医学で発達してきた認識方法には、生体内の物質を突き詰める生化学的方法、分子レベルまで可視化するにいたった形態学的方法、生体の動的活動を観察する生理学的方法、社会の中での疾病の状況を観察するための疫学的方法などがある。さらに臨床医学では、CTやMRIなどの画像診断が加わる。いずれも、薬剤の有効性を証明するための無作為割り付け前向き試験と同じく、一切の予断を許さない。
弁護士は、その社会的環境、知的環境のために、認識が予断で歪む傾向が生じ、人権侵害にコミットしてしまう可能性がある。医師会や病院団体は、弁護士の利用方法を体系的に研究して、結果を共有する必要があろう。
今回のような状況は、児玉弁護士や『ミズヌマ弁護士』でなくても起こり得たと思われる。児玉弁護士については、医療の結果についての医師の責任のあり方の議論で日本をリードする立場にある。また、医療事故で医療従事者を刑事事件として裁くべきでないというこれまでの主張と、東京女子医大事件での実際の行動に乖離があるように思われた。
同情すべきは、東京女子医大事件は9年前の事件だということである。その後、日本の医療界で、医療事故についての考え方は大きく変化した。児玉弁護士も当時と同じ考えだとは思えない。
ただし、児玉弁護士の2009年の院内事故調査委員会についての論文(文献9)には、依然として医学的事実の厳密な認識より社会への対応を重視する姿勢がうかがわれた。福島県立大野病院事件でも、東京女子医大事件と同様、社会への対応を優先したことが、刑事事件のきっかけになった(文献1)。
警鐘を鳴らすために、敢えて、児玉弁護士の論文を引用して批判を試みた。
【院内事故調査委員会の目的】
院内事故調査委員会は様々な病院で多くの問題を引き起こしてきた(文献1)。望ましいかどうかとは関係なく、実際に院内事故調査委員会の目的になったものとして、以下の9項目がある。
1) 医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
2) 再発防止
3) 紛争対応
4) 過失の認定
5) 院内処分
以下、隠れた目的
6) 社会からの攻撃をかわすため
7) 保険会社から賠償保険金を得ることを確実にするため
8) 開設者から賠償金を支払うため
9) 訴訟を有利に運ぶため(病院側、患者側の双方に発生する)
院内事故調査委員会が担うべき役割は、語義からも 1)である。再発防止は総合的な安全対策の中で位置づけられるものであり、この意味で、別の委員会で扱う方が望ましい。
3)以下の目的を過度に重視すると、1)の目的を損ねる。
【東京女子医大に望まれる自律的検証】
病院の都合で死亡原因を捻じ曲げるとすれば、死者への冒?である。遺族の感情を徒に動揺させることになる。社会への対応のために、科学的根拠なしに刑事責任まで押し付けられるとなれば、東京女子医大で医師は安心して働けない。
東京女子医大は、佐藤医師を告発することになった調査委員会を総括して、「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科学的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」(筆者と井上の提唱する院内事故調査委員会の理念)(文献1)のための調査委員会に転換させる必要がある。
2002年8月、東京女子医大医療安全管理外部評価委員会が、中間報告書を発表した。この委員会は東京女子医大事件に関連して設置された。状況から、大学が用意した資料のみに基づいて評価した可能性がある。
隠蔽が行われた背景について、「医療成果を上げることには熱心であるが、患者中心の医療を行うために重要とされている患者とのコミュニケーションについては必ずしも積極的ではなく、医局員らに対してもこの点を特に重視するような指導をしていたとは思われない」(『ルポ 医療事故』より引用)と記載した。
これが改善したかどうか。最近まで東京女子医大に勤務していた複数の若い医師に事情を聴いたが、はなはだ、心もとない。
医療の質の向上のためには、個々の医師が、医学と自らの良心に基づいて自律的に行動しなければならない。科学的事実を厳密に認識し、その情報を医療従事者と患者で共有しなければならない。
これらについて、東京女子医大院内調査委員会には大きな問題があった。佐藤医師が大学と調査委員長を訴えた裁判でも、東京女子医大は反省の姿勢を示していない。
しかし、外圧で反省を強制しても、自分たちが本気にならない限り、大きな成果は期待しがたい。東京女子医大の今後の医療の質の向上のためには、自律的な検証が不可欠だと確信する。
(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:院内事故調査委員会についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪判決、事故調一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:故X殿死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任のあり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起」が日医の理念.m3.com. 2010年3月24日.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. m3.com. 2010年3月18日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
(文献10) 東京地方裁判所判決:平成19年(ワ)第12413号平成21年2月20日.
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月6日
東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その2)
*この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです
小松秀樹
2010年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
=同タイトルその1 へ=
【人権侵害】
調査委員会の報告書は、非科学的な調査に基づいて秘密裏に作成され、その過程で佐藤医師の意見を聞く機会は設けたものの、最終的に反論を述べる機会を与えることなく、佐藤医師に過失があったと結論付けた。
報告書の内容の重大性から見て、法律家なら誰でも、人権擁護の観点から手続に問題があると認識できたはずである。オブザーバーとして弁護士が参加していたならば、手続上問題があると助言すべきだった。
報告書は遺族に渡され、遺族はメディアに発表した。佐藤医師は遺族に報告書が渡された後、内容を知った。この報告書のために、佐藤医師は諭旨退職(実質上解雇)とされた。心臓外科医としてのキャリアを奪われた。無罪確定までに、逮捕後7年間、刑事被告人としての立場を強いられた。
佐藤医師は、報告書作成・公表の絶対条件として、個別事例の調査を終える前に、当該個別事例に関係する医療関係者から意見を聞く機会を設け、当事者の報告書への不同意・拒否権を担保するとともに、不同意理由を報告書に記載することを挙げている(文献4)。
佐藤医師に対する人権侵害について、弁護士がどのように関わり、どのように判断したのか興味深い。権力を持った医師は、法律についての無知と自分の権力ゆえに、しばしば人権に対する感覚が希薄である。しかし、法律家に無知は許されない。
日本国憲法の基本価値は「個人の尊厳」であり、これが最高法規であることの実質的根拠になっている。刑法はその妥当性の根拠を憲法の授権から得ている。弁護士職務基本規程第一条は「弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努める」とされている。弁護士職務基本規程は弁護士の行動指針と努力目標を示しており、弁護士の懲戒制度の基準でもある。
【顧問弁護士の関与】
東京女子医大事件では、事故の3カ月後に濱野恭一専務理事を長とする濱野委員会が開かれ、対応が協議された。濱野委員会は対応を決めるための最高決定機関として機能した。
東京女子医大は、最終的にこの事件で、2002年7月12日以後5年2カ月間、特定機能病院の承認が取り消された。年間2億ないし3億円の減収になったと想像される。ぎりぎりの経営を強いられている病院にとって無視できない金額であり、社会からの攻撃をかわすことが、経営上、重要課題になっていたと推測される。
この濱野委員会で、東間紘泌尿器科主任教授を委員長とする調査委員会を設置することが決まった。佐藤医師を被告とする刑事裁判の30回公判で、東間氏は濱野委員会に顧問弁護士の児玉安司氏が出席していたと証言した。
前述の民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、児玉弁護士と東京女子医大の事務次長が調査委員会のオブザーバーだったが、実際には、児玉弁護士は調査委員会には出席せず「児玉先生の事務所のミズヌマさんという若い弁護士」が8回の調査委員会すべてに出席したと証言した。
『ミズヌマ弁護士』は児玉弁護士の要請あるいは指示で委員会に出席したものと理解される。児玉弁護士は遺族との示談を担当しており、調査の経緯や報告書について情報を得ていたはずである。
児玉弁護士は、調査委員会の進め方が不適切であると判断すれば、東京女子医大に抗議文を渡して、顧問弁護士を辞任することもできたはずだが、そうしなかった。慎重な弁護士なら、調査委員会に関わる情報に接しないようにするかもしれない。しかし、代理人として遺族に対応していた顧問弁護士としては、実務上、無理だったのではないか。
【児玉論文】
児玉弁護士は東京大学法学部、新潟大学医学部を卒業。弁護士かつ医師である。東京大学大学院医学系研究科客員教授、東京大学法科大学院非常勤講師に就任しているが、これ以外にも多くの大学で教壇に立ってきた。
日本を代表する病院側弁護士として多くの医事紛争に関わってきた。厚労省、日本医師会、日本病院会、各種学会の多数の委員会の委員を歴任している。
厚労省案による医療安全調査委員会に関連する検討会、研究班、事業で、委員に選任され一貫して関与してきた。具体的には、厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等のあり方に関する検討会」、(病院から医療安全調査委員会への、医療安全調査委員会から捜査機関への)「届出等判断の標準化の研究班」、日本内科学会などによる「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が含まれる。
日本医師会の「医療事故における責任問題検討委員会」の答申「医療事故における死亡に対する責任のあり方について」(文献6)の作成にも関与した。この答申は、行政処分に医師が関与する体裁にして、自律処分であるとしている。
しかし、行政処分である限り、行政官が、事務担当として委員の任免を含めて実質的に処分制度を支配することになる(文献7)。処分が多くなれば、実質的に行政が医療行為の当否を判断することになる。医療が行政に支配され、医療の健全な維持発展が阻害される。実際、この答申は行政処分を増やすとして問題にされた(文献8)。
児玉弁護士は、2009年に院内事故調査委員会について短い論文(文献9)を書いている。論文から彼の院内調査委員会についての考え方を探りたい。
論文の冒頭で、院内事故調査委員会について、多様な試みがなされており、現時点で定義や類型化は難しいとする。しかし、事実そのものを明らかにすることの意義について触れることなく、患者・家族への対応、民事の損害賠償への対応、懲戒処分、刑事手続など報告書のもたらす二次的意義が強調されている。
次いで、科学における方法と言語に対し違和感を表明する。例えば、病院で行われている症例検討会について、「患者や社会とのコミュニケーションを目的とするものではないというのであろうか」とあいまいな表現ながら非難を込める。
学会発表で「断定できない」「可能性を否定できない」という言葉が用いられることに対し、社会に伝わりにくいとして異論を唱えている。気象学を例に出し、「『降水確率』という表現は、学問的な厳密さから割り出されるものではなく、世間一般の理解を得るためのコミュニケーションの工夫と思われる」と評価する。
児玉弁護士は医学・医療システムと社会の関係を誤解しているのではないか。症例検討会は、医療の質を高めるための医学・医療システム内部の議論であって、社会とのコミュニケーションを目的とするものでは断じてない。フェルマーの最終定理の証明をめぐる数学者間の論争が、数学者と社会とのコミュニケーションでないのと同様である。
医学論文でも断定できるときには断定する。断定できないときには、断定しない。
統計学的手法で、極めて厳密に論証される。科学的厳密さがなければ、医学のこれまでの進歩はなかった。
「可能性を否定できない」という表現は、症例報告でしばしば使用される。しかし、症例報告は臨床医学の小さな部分にすぎない。事実の収集記載を目的とするものであって、因果関係を証明するものではない。
天気予報における『降水確率』はメディアシステムの言語、あるいは、メディアとの連絡のための言語であって、気象学システム内部の言葉ではない。
児玉弁護士は、これまで医療事故を刑事事件として裁くことに反対を表明してきた。論文の結論部分で、「院内事故調査委員会報告書は、・・・・医療システムの不備の中で無用な個人責任の追及を引き起こさないための配慮が必要とされる」としている。しかし、「院内調査について、専門性とともに新たな社会性と中立性を確立していく必要に迫られている」と続いており、社会性、中立性を追求することが厳密な認識の阻害要因になり得る(文献1)という発想がないことを想像させる。
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任のあり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起」が日医の理念.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月4日
東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その1)
*この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです
小松秀樹
2010年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
【外部調査委員会設置要求】
2009年12月5日の毎日新聞朝刊(東京)によると、東京女子医大で2009年4月と6月に心臓の手術を受け、その後死亡した2人の患者の遺族が、4日、病院や厚労省、関係学会などに第三者による調査委員会の設置を申し入れた。この事件のその後の展開は報道されていない。
第三者による調査委員会の設置要求には、第三者ならば客観的な真理に到達できるはずだという考えが前提にある。そもそも、外部調査委員会は、事故報道に対応する形で立ち上げられることが多い。
メディアは、外部調査委員会を、水戸黄門的な「超法規的裁断を行う正しい権威」として、評価する傾向がある。
外部調査委員会の判断は、設置時の状況が委員に影響して、病院や医療従事者に過度に厳しいものになりがちとなる。このため、患者側弁護士はしばしば外部調査委員会の設立を働きかけ、過失判定をめぐる議論の場にしようとする。
これは、弁護士に経済的メリットをもたらす確率を高める方向に一致する。しかし、「超法規的裁断を行う正しい権威」は、民主主義にはなじまない。
第三者による調査委員会の設置要求に応じるかどうかは別にして、一定条件の医療事故について、当該病院は、独自に、何があったのかを科学的に認識する努力をしなければならない。何があったのかを知った上でなければ、医療の改善がなし得ず、医療の改善の責任は一義的に当該病院にあるからである。
ただし、限界があることも承知しておく必要がある。調査そのものが困難なこともあるし、経済的、労力的なコストおよび時間も制約になるからである。
第三者には、専門的知識を強化するため、あるいは透明性を高めるためのオブザーバーとして、必要に応じて参加を求める(文献1)。
院内調査委員会は、裁判所のような公正を保つための権限と制度を持たないので、対立を扱えない。対立を持ち込む可能性のある第三者、例えば、病院側、患者側で活躍している弁護士を委員にすることは適切でない(文献1)。
【東京女子医大事件】
院内事故調査委員会は、これまで過失判定をめぐってしばしば二次的紛争を引き起こしてきた(文献1)。
東京女子医大でも、「冤罪」とも取られかねない不適切な判断をしたことがある(文献2)。
2001年3月、12歳の女児の心臓手術中に、人工心肺装置の脱血不良が生じた。手術中に麻酔科医によって、顔面の浮腫と鼻出血が観察された。
ただし、手術終了後、下半身の浮腫は観察されず、著明な鬱血があれば併発したと思われる肝障害も認められなかった。患者は、鬱血による脳の損傷のために、2日後に死亡した。
この事件では、手術チームのリーダーだった講師が、手術中に問題が発生したことを、診療録の改竄などによって隠そうとした。このため証拠隠滅で有罪になった。
この講師の行為は弁解の余地がない。ただし、過失を個人の罪として糾弾する当時の社会の異様な雰囲気が、隠蔽をもたらした側面がある。
医療安全の領域では、安全対策に処分を絡めると隠蔽を誘発し、結果として安全を損ねるとされている。さらに、刑事処分が適切かどうかは、社会全体のバランスを考慮する必要がある。
例えば、検察官は、しばしば被告に有利な証拠を隠してきた。無実の人たちが犯罪者とされることはまれではないが、証拠隠しをした検察官は、処分を受けてこなかった。
東京女子医大事件で人工心肺装置を操作していた佐藤一樹医師は、業務上過失致死容疑で2002年6月に逮捕、翌7月に起訴された。7年間に及ぶ裁判の結果、2009年3月に東京高裁で無罪判決が出た。検察が上告を断念し無罪が確定した。
出河雅彦氏の『ルポ 医療事故』(朝日新聞出版)には告別式の後、死亡した女児の両親に届いた匿名の手紙の文面が紹介されている。
「真実を報告します。」
「明らかに手術による問題は無く、人工心肺による脳へのダメージによるものが死因なのです。」
「医療ミスの主犯は人工心肺を操作していた、佐藤一樹という医師」
東京女子医大の理事長宛にも同様の手紙が届いていた。東京女子医大は、院内事故調査委員会を秘密裏に立ち上げた。委員は3名で、いずれも東京女子医大の医師。東間紘泌尿器科主任教授、尾崎眞麻酔科主任教授、東京女子医大附属青山病院の院長で循環器内科の楠元雅子教授である(文献3)。
心臓外科の専門家がいない中で、委員会は、佐藤医師の人工心肺の操作に過誤があったとした。
【事故原因についての三つの説】
理解のために、この手術で用いられた陰圧吸引補助脱血体外循環について説明する。
開心術では心臓を止めるので、人工心肺を用いて全身に酸素を運ぶ必要がある。血液の流れを説明すると、まず上大静脈と下大静脈にカニューレを挿入し、ここから静脈血をチューブで貯血槽に誘導する。
術野の出血も吸引ポンプ(術野吸引ポンプ)で吸引し、貯血槽に誘導する。貯血槽の血液を送血ポンプで人工肺に送って酸素化した上で、大動脈に送血する。
貯血槽に血液がスムースに誘導されるようにするために、貯血槽を陰圧にする。陰圧にするために、貯血槽に別のチューブを取り付けて、手術室の壁に備えられている吸引(壁吸引)に接続する。
東京女子医大では、血液が壁吸引に侵入しないようにするため、チューブにガスフィルターが装着されていた。事故現場では、ガスフィルターが水滴で目詰まりしていたことが観察されていた。
事故の原因について3つの説が主張された。
<女子医大説>
まず、東京女子医大の調査委員会の説(女子医大説)(文献3)。
術野吸引ポンプの回転数を上げ続けると、貯血槽が陽圧になり、脱血不良が生じる。これが基本であり、壁吸引チューブのフィルターが水滴で目詰まりしたことは、貯血槽を陽圧にする促進要因であるとした。実質的に、事故は佐藤医師の過失によるものだとした。
女子医大説については、警察も早くから、間違いだと気付いていたという(文献4)。貯血槽を陰圧にするための壁吸引の能力より、術野吸引ポンプの能力が小さく設定されており、術野吸引だけでは貯血槽を陽圧にすることは考えられないからである。
陽圧が原因ならば、下半身からの脱血も不良になり、送血できなくなる。大量の輸血をしない限り、送血不能になって著明な浮腫が生じるような鬱血にはなりそうにない。
女子医大説は第一審で当初検察が採用したが、検察も無理があると気付き、裁判の途中でこれを放棄し、訴因を変更した。
専門家は女子医大説をどう見ていたのか。出河氏の『ルポ 医療事故』には、後述する3学会合同委員会の許俊鋭委員の意見が引用されている。
「高回転で常時吸引ポンプを回すことはないが、ポンプの安全性からみて問題があるとは思えない。操作担当者のミスとするためのこじつけではないか。体外循環に関連した医療事故の調査には極めて専門的な知識が必要なのに、心臓外科医が一人も入らなかったのは常識では考えられない。」
<合同委員会説>
二番目は、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本人工臓器学会による3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会の説である(合同委員会説)(文献5)。
この委員会は、事件をきっかけにはしているが、他の病院でも同様の事故が起きるといけないとして、陰圧吸引補助脱血体外循環の安全性の検討を目的に設置された。
模擬回路を用いた詳細な実験で、吸引ポンプの回転数を上げることだけで貯血槽は陽圧にならないこと、水滴が付着してガスフィルターが目詰まりすることがあり、そうなれば、術野吸引ポンプの作動で貯血槽が陽圧になることを証明した。
ただし、脱血のためのカニューレが正しい位置に挿入されていることを前提とした上での、陰圧吸引補助脱血法の安全性についての検討である。また、合同委員会のアンケート調査では、当時、陰圧吸引補助脱血法を実施していた施設の35%で同様のフィルターを装着していることが明らかになった。ただし、合同委員会説も、女子医大説と同様、脳の致命的鬱血は説明がつかない。
<佐藤医師説>
三番目の説は佐藤医師が当初より主張していた説である。
すなわち、傷を小さくする手術法が採用されていたため、カニューレ先端の位置が確認できず、先端が不適切な位置に置かれて上半身からの脱血が不十分になった。下半身からの脱血は行われていたので、その分、上半身に血液が押し込まれ、致命的な鬱血が生じたとする説である。
控訴審判決は、佐藤説を採用した。
【知的誠実性】
女子医大説を取れば、佐藤医師の過失で患者が死亡したことになる。
佐藤医師を有責とするためには、少なくともカニュレーションに過失があった可能性がないこと、術野吸引ポンプを高回転で回し続けることだけで貯血槽が陽圧になること、貯血槽が陽圧になることによって顔面に浮腫が生じ脳に致命的鬱血が発生すること、術野吸引ポンプを高回転で回し続けることが危険であると一般的に認識されていたこと、事故当時の佐藤医師の操作条件が実施してはいけない危険なものであると一般的に認識されていたことの5点を証明する必要がある。
報告書では、カニュレーションに過失があった可能性を否定するための検討が不十分だった。カニュレーションを実施した医師、すなわち問題があれば責任を問われる立場の医師の証言だけを根拠にした。
実験で貯血槽の圧を測定していなかった。顔面の浮腫と脳に致命的鬱血が生じたことについて、合理的な説明がなかった。専門家の意見を聞かなかった。術野吸引ポンプを高回転で回し続けることの危険性が、一般的に認識されていたのかどうか検証しなかった。
東京女子医大の実験は周到に考えられた計画に基づくものではなかった。科学的方法では、仮説を立て、その証明のために適切な方法を設定する。方法は再現性を求められる。結果の解釈は極めて厳格に行われ、仮説が真であるか、あるいは偽であるかが論証される。
報告書には、目的、方法、結果の客観的な記述が一切なかった。合同委員会は東京女子医大に実験結果を知らせてほしいと依頼したが、データは残っていないとの返答だった。非常に考えにくいことだが、3名の委員全員が、大学教授として当然求められる科学的能力と経験を有していなかったのかもしれない。能力があったにもかかわらずこのような報告書を書いたとすれば、知的誠実性の欠如を意味するものであり、「冤罪」だと言われても仕方がない。
佐藤医師が損害賠償を求めて東京女子医大と東間紘調査委員長を訴えた民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、検討が不十分だったことの言質を与えようとしなかったが、実験の手順書の作成などを「きちんとやればよかったと今非常に後悔している」と述べ、科学的な実験ではなかったことを認めた。
最終的には、時間がなかったと弁明し、検討が尽くされなかったことを実質的に認めた。急いだのは、科学的な事実の解明より、遺族と社会への対応が優先されたためではないか。さらに、検討を尽くさずに結論を出したということは、予断があったためではないか。
証言の最後に、東間氏が、佐藤医師が専門医としてキャリアを失ったことについて謝罪したことは、当事者の納得による紛争の解決につながると思われた。 (続く)
(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:院内事故調査委員会についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪判決、事故調一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月2日
日本医師会会長選挙を振り返る (後半)
日本医師会会長選挙を振り返る
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステ 上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。
2010年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 (Vol. 139)
------------------------------------------------------------------------------
下記は(「日本医師会会長選挙を振り返る」 前半)の続きになります。
【代議員制】
原中氏率いる茨城県医師会の実力は誰しもが認めるところです。ところが、日医会長選挙は原中氏の思惑通りには進まなかったようです。その理由は、日医会長選が代議員制で行われたためです。
日医は、郡市医師会・県医師会・日本医師会の三層構造から成り立ち、代議員の選出は都道府県医師会に委託されます。このため、日医代議員は医師会業務に長年貢献した高齢者が選ばれることが多く、代議員の合意が医師会の総意を反映しないことがあります。その典型例は、医療事故調論争や、昨年の総選挙での自民党支持です。
【代議員たちの思惑】
今回の会長選挙での代議員の関心は、1)政権との関係修復、2)自派閥の権力維持にあったと思われます。
まず、最大の目的である「政権との関係修復」を実現するには、原中氏を会長にするしか選択肢はありませんでした。もし、原中氏が敗れれば、小沢幹事長たちが、どのような報復に出るかわからないからです。確かに、会長選挙は熾烈を極めたようですが、最終的には原中氏が勝利したのは、予定調和的な側面があったように感じます。
問題は「既存グループ間の利害調整」です。これには様々な思惑が交叉しました。例えば、森陣営の多くは唐澤体制での執行部を務め、本来、両者は近い関係です。唐澤・森陣営こそが日医の主流派で、原中陣営は非主流派というほうが妥当かも知れません。このように考えれば、今回の選挙で、森氏が出馬し、唐澤氏を支持しなかったことは、主流派内での世代闘争という見方も可能です。これ以外にも、数々の代議員同士の人間関係が漏れ伝わります。
【キャビネット制の廃止】
今回の選挙の特徴は、「キャビネット制の廃止」です。キャビネット制とは会長に選出された人物が、全ての理事を決めることです。選挙への貢献度に合わせて理事ポストを配分することが出来るため、会長は絶大な権力を持ちます。
ところが、今回、このルールが撤廃され、3人の副会長、10人の常任理事も代議員による選挙で選ばれることになりました。この場合、死票は減り、権力は分散することが予想されます。会長選挙直前に、制度変更に合意するあたり、日医はしぶといです。
結果は予想通りでした。会長選こそ原中陣営が勝ったものの、副会長選挙は唐澤・森連合が候補を一本化し、二人の副会長を当選させました。残りの一つは古き日医の象徴とも言える羽生田氏が滑り込みます。
また、常任理事についても、原中陣営が独自に推薦した候補5人のうち、当選したのは2人だけでした。3人は森・唐澤陣営推薦。残りの5人中、4人は原中陣営と森・唐澤陣営が相乗りです。なかなか、わかりにくい構図です。
【国民不在の数合わせ】
選挙を通じて、全ての陣営の顔を立てたのですから、日医の調整能力は見事と言うしかありません。
しかしながら、代議員たちの振る舞いは、国民にはどのように映るでしょうか。代議員の数合わせを通じたポストの分捕り合いからは、国民が悩む医師不足や救急車たらい回しなどの問題を解決しようとする熱意は感じられません。副会長や常任理事の中に、このような問題に真剣に取り組んでいる人がいないからです。
また、原中氏は、当選後すぐに小沢幹事長との親密さを強調し、4月2日には原中氏が小沢幹事長と面談したことが報道されました。この光景は、多くの代議員たちに希望を与えたでしょう。「これで与党に戻ることができた」と。
ところが、小沢氏の関心は、医療ではなく選挙にあることは明らかです。来る参議院選挙で、日医が民主党を応援すれば、小沢氏は診療報酬を増やしてくれるでしょう。果たして、これで良いのでしょうか。これでは、国民がノーを突きつけた自公時代と何ら変わりません。
【日医は医療政策に関心があるのか】
そもそも、日医は医療政策に関心があるのだろうかと疑わしくなるいことがあります。野党時代から、民主党の医療政策をリードしてきたのは、仙谷由人・足立信也・鈴木寛氏らです。総選挙のマニフェストも、彼らが中心となって作り、政権交代後は診療報酬増額、救急・産科・外科の重点化、医師養成数増員、高額医療費の患者負担見直しなど、マニフェストを着実に実現してきました。マニフェスト評価の老舗 言論NPOが発表した「鳩山政権の100日評価」では、全分野の中で医療がもっとも高く評価されています。
ところが、一部の日医代議員は仙谷由人・足立信也・鈴木寛氏たちを「病院族」と批判し、原中氏は足立政務官の更迭を要求しています。日医は、依然として開業医の利益だけを追求しているように見えます。
皮肉なことに、民主党の「病院族」が信頼する内田健夫氏は、森・唐澤陣営が推薦する副会長候補で唯一の落選となりました。彼は、唐澤体制で常任理事を務め、バランスのとれた対応が勤務医からも信頼されていました。日医が小沢氏とのパイプを重視し、実際に医療に関心がある議員には配慮していなかったことがわかります。
【情報公開・代議員制の廃止を】
日医の置かれた状況は深刻です。そもそも、日医の使命は、現場で働く医師を支援し、国民に良質な医療を提供することです。ところが、今回の選挙を通じて、代議員と一般会員の意識が乖離しているのは明らかでした。これでは何のための業界団体かわかりません。
私は、原中氏の日医改革の第一歩は、代議員制の廃止と考えます。情報通信が発展した現在、重要課題は会員の直接投票で決めるべきです。しかしながら、代議員は権力の象徴。果たして、原中氏は代議員という権力に切り込めるでしょうか?興味をもってフォローしたいと考えています。
2010年4月21日
日本医師会会長選挙を振り返る (前半)
日本医師会会長選挙を振り返る
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステ 上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。
2010年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 (Vol. 139)
------------------------------------------------------------------------------
【日本医師会長】
4月1日、日本医師会会長選挙が行われ、茨城県医師会長の原中勝征氏が、第18代会長に選出されました。森洋一氏 (京都府医師会長)、唐澤祥人氏(前日医会長)を僅差で破っての当選でした。
多くのメディアは、このことをトップで扱いました。確かに、日医は自公政権を支えた代表的な業界団体で、政権交代後の対応に多くの国民が関心を持っていました。また、自公政権を支持してきた唐澤氏、政治とは距離を置くと言いながらも、前原大臣などの京都出身の有力議員と親しい森氏、さらに昨年の総選挙での民主党大勝利に貢献した原中氏の争いは、与野党の代理戦争の様相を呈していました。マスメディアが関心を持つのも当然です。今回は、日医会長選について解説したいと思います。
【原中会長の経歴】
まず、原中新会長の経歴から説明しましょう。今回の医師会長選挙は、彼のキャラクター抜きでは語れません。
原中氏は1966年に日大医学部を卒業した内科医です。卒業後は東大医科研の内科に勤務し、臨床・研究に従事します。この間、TNF-αの研究で世界的な業績を挙げ、米国科学アカデミー紀要(PNAS)などの一流誌に多くの論文を発表しました。このような活動が評価され、1990年には東大医科研内科助教授に昇格します。当時、東大卒以外が助教授に就任するのは極めて異例でした。しかしながら、助教授就任後、直腸癌を患い、1991年に茨城県の医療法人杏仁会大圃病院理事長・院長に転職します。詳細は分かりませんが、東大内部での学閥争いも関係したという噂です。
その後、原中氏は茨城県の地域医療に専念します。1998年に茨城県医師会理事、2004年には茨城県医師会会長に就任します。茨城県と言えば自民党王国。古くは梶山静六氏から丹羽雄哉氏、額賀福志郎氏などの大物議員を輩出しています。そして、長年にわたり自民党茨城県幹事長を務めた山口武平氏がいました。余談ですが、山口氏の先輩には小幡(菱沼)五朗氏がいます。血盟団事件で団琢磨を銃殺し、服役。その後、右翼活動を離れ、茨城県議会長になった人物です。1990年に亡くなるまで茨城県政の重鎮として活躍しました。原中氏は、このような武闘派に囲まれた環境で実力をつけていきます。
彼に転機が訪れたのは、2007年の参議院選挙です。当時、日医の理事であった原中氏は、日医推薦の武見敬三候補ではなく、郵政選挙で落選していた国民新党の自見庄三郎候補を応援し、当選させます。一方、武見候補は落選し、日医の凋落ぶりを印象づけました。この頃から、原中氏と民主党の付きあいが始まったと言われています。
さらに、2008年4月、後期高齢者医療制度が施行されると、茨城県医師会は「高齢者切り捨て」と反対の論陣を張ります。地元で署名活動を展開し、原中氏は民主党の参考人として国会に登場しました。日医幹部が野党の参考人になるなど、前代未聞です。また、後期高齢者医療制度を推進したのは、地元選出の厚労族の大物 丹羽雄哉氏ですから、自民党王国に正面から喧嘩を売ったことになります。
その後の展開は、皆さんご存じの通りです。2008年9月には茨城県医師連盟(医師会の政治組織)が民主党支持を表明。2009年6月には、茨城県医師連盟会員ら1266人が自民党を集団離党しました。このような動きは広く報道され、総選挙での民主党の地滑り的勝利に貢献しました。茨城県では7選挙区中、5選挙区で民主党が勝利し、原中氏と対峙した丹羽氏は落選し、総選挙の責任をとり山口氏は引退しました。
総選挙後、原中氏は管国家戦略担当大臣(当時)から国家戦略局入りを打診されたそうですが、断ります。そして、日本医師会会長選挙に立候補することを表明しました。
【地域住民へ訴えた原中戦略】
私は、原中氏が総選挙で果たした役割を高く評価しています。茨城県医師会は後期高齢者医療制度に反対して以来、街頭に出て、住民に医療問題を訴え続けてきました。原中氏たちの懸命な訴えが、茨城県民の投票行動に結びついた可能性は高いでしょう。
このような戦略は、従来の日医とは反対です。日医は選挙のたびに、会員・家族の票をまとめて、与党候補を応援してきました。そして、選挙が終わると、与党と交渉し、自らの要求を実現してきました。住民や患者に対する配慮が希薄で、政治力に頼る姿勢が国民の反感を買ってきました。
また、「武闘派」が揃う茨城県で自民党に反旗を翻すのは、強い覚悟が必要だったでしょう。なかなか出来ることではありません。一致団結して闘い抜いた茨城県医師会の胆力・行動力に敬意を表します。
(ここまで前半 続きは後半へ)
2010年4月20日
歯科と厚労省の本当の姿・・・国民の皆さん、歯科医療は、イイカゲンでいいですか?
歯科と厚労省の本当の姿・・・国民の皆さん、歯科医療は、イイカゲンでいいですか?
歯科医 津曲雅美
2010年1月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
------------------------------------------------------------------------------------
昨今、歯科医のワーキングプア化が、面白おかしく報道されています。そして、それと同時に、実は歯科の点数(診療報酬)は低点数で、歯科医療保険制度は矛盾だらけである、という記事が必ずセットで報道されています。
皆さん、ここがおかしいと思いませんか?昔、または少し前までは、歯科医というのは金持の代表たる職種の一つでした。儲かっていたということは、点数は高かったのではないのか、何で制度は矛盾だらけなのだ、歯科医のワーキングプア化は数が増えすぎたことだけが問題ではないのか、と思いませんか?ここが、報道機関が報道し切れていないところであり、ここに取材を受けた歯科の団体や歯科医の毀誉褒貶があります。
まず、歯科の診療報酬が物理的に診療行為として実行不能な低点数だということを、皆さまになんとかわかっていただきたいと思います。例えば、虫歯のムシがくった、罹患した部分をエンジンや、手でスプーンを使って取り除く行為は根気のいる仕事で 30分から1 時間もかかることもありますが、これが16 点(1点10 円ですから160 円、以下同様)です。また、根の治療が140 円で、これも時間がかかる根気のいる仕事です。入れ歯の型取り、これは場合よっては 2日2回に分けて、 2時間くらいかかることもありますが、これが 2250円です。総入れ歯を入れた時は22800 円ですが、技工代、材料代などを払えば私の場合は 1 万円ほどしか手元に残りません。あれだけやったのにです。歯磨き指導は、患者さんが来院するたびに、 1時間くらい時間をかけてやっても、一月に 1000円ほどの点数です。
また、話をわかりやすくするために、内容を簡略化しますが、同じ前歯の抜歯でも医師がやれば 4578円、歯科医がやれば1500 円です。同じく親知らずの埋もれている歯を抜歯すれば、同じく 54830円と11500 円です。抜歯と言えども、外科手術です。神経も使いますし、事故の危険性もあります。こんな点数で勘弁して下さいというのが正直な気持ちです。また、歯周病(歯槽膿漏)の手術では、先進医療(混合診療)の時は 58000円ほどだったのが、保険に導入されたら 9000円になり、材料代が15000 円~31500 円かかり、実際には施術できません。九州大学の水田副学長によると、歯科の 1カ月の売り上げは外科の1 日分だそうです。
日歯医学会編纂の『歯科診療行為(外来)のタイムスタデイ調査 2004 年版』で、各診療行為に要する時間が精査されています。各診療行為にかかる時間を複数のモニターを使って精査しています。現在、歯科保険医療機関が一か月当たりに上げる平均保険点数は約 30万点(300 万円)ですが、これを1 時間あたりに換算すると、一日9 時間働くとしても1400点( 14000円)/ 時間です。各診療行為の点数を1 時間当たりに換算して、この14000 円と比較します。抜歯、サシ歯、義歯など高い診療行為で 700点/ 時間で平均の半分、義歯の調整、根の治療など低い診療行為で 70点/ 時間つまり平均の5%、歯科の診療行為中、『平均の1400点 /時間を上回るものがない』のです。
これは明らかに矛盾しており、日歯学会は日歯の内部組織ですから『日歯自身が多くの歯科医が手抜きで食っている』といっているのです。このタイムスタデイどおりに診療したら、月に 30万点どころか10 万点ほどしか上がらないと思います。これは私個人が言っているのではなく、日歯自身が言っているのですから、我々は十分なる証拠だと考えます。点数が低いぶん、パッパッと手早く、手抜きでやっているのです。日歯がそう言っているのです。
そのようなわけで手抜き(不正)しているから、厚労技官が怖い、保険の個別指導が怖い。歯科医の厚労技官への恐怖心は半端ではありません。引退し閉院し、子供が跡を継がない、保険指導が怖くない歯科医しかモノが言えないと言っても、決して言いすぎではありません。怖いから国民や厚労省や技官にモノが言えない、点数を上げてくれ と言えないのです。だから営々と低点数でやってきたのです。それを言えば自分にハネ返ってくると考える歯科医もいるし、同業者を敵に回し四面楚歌になりますから。
それから、厚生労働省について。歯科をこのような低点数でやらせて、医療費を抑制しようというのが厚労省の方針なのです。それには歯科には一時、自費(中でも特に保険外との差額)を認め、その代り保険点数(歯科医療費)を低くする、費用(患者さんが払う金)が高いから国民から不満が起こる(昭和50年頃の歯の110番)のを見越して、そこで「通達(法ではない)」で差額の徴収を禁止する、残ったのは低点数だけ、という状態にする。歯科医は手抜きしないと儲からない、生活できないから手抜きする、歯科医が点数を上げてくれといえば「不正、手抜きしてるじゃないか」と来る。歯科医はやましいから、厚労省にも国民にもこれ以上、あるいは低点数を「明確に」国民や厚労省に主張できない・・・という筋書きです。
人間は良きにつけ悪しきにつけ、こうするべき、あるいは、あるべきだが、毎日の生活を変えにくい、惰性に流れるという救い難い一面があります。そのような状況で、手抜き、不正に徐々に染まっていく、そこを厚労省が突く、歯科医はビビる、サドに狂った技官が面白おかしく、そこを突く、医師、歯科医師に自殺者が出る、女性歯科医を誘う技官までいる、操を捧げる女性歯科医まで出る、怖くて尚更モノが言えない、手抜きを糊塗して生き抜く・・・という構図です。かなり昔の話ですが、全国保険医団体連合会の機関誌に、兵庫県の歯科技官が個別指導の場で、「三木で暮らせんようにしたる」と被指導歯科医を恫喝したとの記事が載っていました。本当のことなのです。私の五年ほど後輩が技官になりましたが、彼は物腰の低い大人しい男でしたが、技官になったら私に「アンタ」と言いましたね。善良な者でも、こういう世界にいると、染まってしまうのです。殺伐たる医療界です。厚労省は汚いです。
医科のことは詳しくは知りませんが、救急医療の心臓マッサージは時間当たり2900円の医療費だと聞きます。これでは医師や看護師などの人件費も何もでないでしょう。救急医療から撤退するはずです。医科にも歯科と同じく、厚労省の低点数の影が忍び寄っているのだと思います。それと接骨と介護、これは不正しないと食えない、不正が蔓延している、全くひどいものだと聞いています。ただ複数の関係者から聞いただけで、見たわけではないので、これ以上は控えます。
マジメにやったら食えない低報酬で働かす、あるいはできもしないハードルを課して、不正の温床を作り、弱みを握って報酬アップなどを抑える、これは行政の定法ではないのかと思うようになりました。これでは奴隷国家です。マジメに真っ当にやって食えない、そしてその改善を正面から主張できない、これで社会が良くなるはずがないのです。
歯科の低点数を放置して、結局は国民の皆さんに迷惑をかけたことについて、私たち歯科医師に責任があります。よくこの話を先輩と話しますと、戦時中の「闇米」の話をされます。闇米は違法だが、違法行為をしなければ生きていけない状況がまずある、多くの者がやっているという事実もある。それでは現実的に歯科医はどうやって生きていけばいいのだ、ということになる・・・という論法です。戦時中は生きるか死ぬかの問題でしたが、歯科医を辞めればいい、他にも生きていく道はあるから状況は違います。あくまでも言い訳だと思います。
表現が稚拙でドギツく、分かりにくいとは思いますが、歯科医として35年生きてきた、そしてこんなにも時間をかけて、やっとその仕組みが明確にわかった、それがつたない自分の人生、真実、事実です。我々歯科医、そして厚労省、日歯・・・三者の責任なのです。厚労省に歯科医療費を安く上げるという狙いがあるのは、明白です。
それから、国民の皆さんにお伺いしたいと思います。我々も生活者です。カスミを食べて生きてはいけません。私個人は、もう保険請求のことなどに神経を使い、ビビる人生は御免です。歯科医療は細かい手仕事が多く、手抜きで数をこなすことなどできません。医療国営化にしてもらって、診療だけに全神経を使いたい。医療国営化になれば多くの医師、歯科医師たちは開業時よりも所得は大幅に減るでしょうが、私は診療だけをさせてくれるから国営化にしてほしいと思います。国営化にしてくれませんか?
それとも歯科医療は、ちゃんとやってもらわなくてもいい、そこそこでいいですか?国家財政難ですから。ただそれなら、低点数はそのままなんだから、保険医取り消しなどの処分は、架空請求、二重請求、振替請求、付け増し請求など故意の重大な不正のみにしてください。物理的にできないことをやらされて、監督、処分だけは異常に過酷、居直るわけではありませんが、そりゃないですよ。
もう一つの方法は、今くらいに歯科医を過剰にする。そして「混合診療」にすることです。混合診療とは、保険外と保険を同時に行えるようにすることです。わかりにくいでしょうが、厚労省は見て見ぬふりをしている部分もありますが、禁じられています。現にガンの患者さんなどが裁判で争っています。どうせ国は歯科にお金を出す気がないのだから、点数はほとんど上がらないと思います。だからある程度歯科医師数を過剰にして、過剰になった歯科医の中で、腕に自信がある者は混合診療をする、腕に自信がない歯科医は保険だけでやればいいのです。自由競争、自然淘汰です。入れ歯、さし歯などに保険が効くのは、世界で日本だけです。どこの国も歯科まで金が回らないのです。医科で精一杯、歯科は小さいむし歯などしか保険が効かないのです。理解を得にくいとは思いますが、世界的にみて日本は恵まれています。ただし、その点数が低いから、医療者に無理がいき、手抜きになり、結局は巡り巡って、国民の皆さんに健康上ご迷惑がかかることになるのです。
医療を含む社会保障に関しては、最終的には国民が被害を受けます。私たちの願いは、真っ当にやって生活できるようにして欲しいことと、診療だけに全神経を使って打ち込めるようにして欲しいこと、この二つに尽きます。
------------------------------------------------------------------------------------
2010年4月7日
カルテ開示で医療機関は悲鳴を上げる
「無料から1万円まで、カルテ開示料金の不思議」
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科 多田 智裕
2010年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
------------------------------------------------------------------------------------
1月10日、医療機関でのカルテ開示手数料に関する記事が読売新聞に掲載されました。
記事の要旨は、「診療記録(カルテ)の開示は医療機関の義務であるが、その際に患者から徴収する手数料は、施設によって無料から1万円までの差がある」「高額な手数料は患者の知る権利を妨げるとの指摘もある」ということでした。
細かい部分にこだわるようですが、このカルテ開示手数料に、今の医療が抱えている問題が潜んでいると思うのです。
【カルテの開示は手間ひまがかかるもの】
診療記録(カルテ)の開示は医療機関の義務だとはいえ、診療報酬点数にカルテ開示手数料は記載されていません。日本では混合診療(健康保険で決められた範囲以外の診療を自費で支払って治療を受けること)が認められていないのに、なぜカルテ開示に料金が発生するのか不思議に思う方もいるでしょう。
でも、厚生労働省はカルテ開示手数料について、「各施設で費用が徴収できる」という指針を出しているのです。というわけで、各施設は手数料無料でコピー代実費のみのところもあれば、利益を考慮して1万円を徴収していたりと、ばらつきがあるのです。
電子カルテ化が完了している施設であれば、端末から診療記録および必要な部分を選んでプリントするだけでカルテ開示は可能です。おそらく、それほど手間ひまはかからないでしょう。
とはいえ、電子カルテのコンピューターシステムを作るのは、病院であれば一病床あたり100万円と言われています。100~200床程度の中規模病院だと、1億円を軽く超えてしまうのです。それに加えて、維持保守料金として年間数百万を超える金額が発生しています。
8割を超える電子カルテ未導入の病院ではどうでしょう。手作業でカルテを1ページずつコピーして、それだけではなく、膨大な検査結果や看護記録、温度板(体温や血圧などの記録用紙)などの付随する資料も集めてコピーするため、結構な手間ひまがかかるのです。
【医療費を考える際に欠けているサステナビリティーの視点】
会計をテーマにしたベストセラーのビジネス書
『食い逃げされてもバイトは雇うな』 http://www.amazon.co.jp/dp/4334034004/
にあるように、「年間に数人だけ」とか滅多に利用客がいないサービスであれば、わざわざ値段を決めて料金を徴収する手間ひまを考えると「無料にする方が合理的」という考え方もあります。
でも、カルテ開示は、必要な時に、広く誰でも利用できるようにしなければなりません。コピーする人たちの人件費などを考えると、適正な料金が支払われないとやっていけないのは明らかでしょう。
環境活動や経営の哲学、考え方として「サステナビリティー(sustainability)」という言葉があります。「持続発展可能性」とも言われますが、医療費を考える際には、なぜかこの概念が全く考慮されていない気がしてならないのです。
利用者にとってみれば、「無料」が一番いいのは間違いありません。私も医者である以上、義務であるカルテ開示の手数料を患者に負担してもらうのは心苦しい、という気持ちはよく分かります。
とはいっても、カルテ開示が世の中に広まり、なおかつ医療機関がしっかりと存続していくためには、料金負担は避けられないことだと思うのです。保険点数として支払われていない以上、無料にするのは間違いなのです。
【手数料を1万円に設定しなければならない理由】
カルテ開示作業において、医療事務などの人件費を考慮して赤字を出さないためには、手数料3000~5000円程度は必要でしょう。実際に料金を徴収している病院も、この金額にしているところが多いようです。
ただし、カルテ開示が請求される状況は様々です。単純にカルテ数十枚をコピーして終わりというものばかりではありません。入退院が10回以上に及んだり、治療が数年間にわたっている場合もあります。
手数料を1万円に設定している病院は、このような何百枚という単位で資料作成が必要な場合を想定していると思います。
場合によっては、「もらい過ぎ」となることもあるでしょう(そうなることの方が多いかもしれません)。
しかし、日本においては、医療機関の医療費の値段は厳密に点数で決まっています。勝手な値上げは許されていません。この医療費本体の値段が世界的に見て極めて低い水準にあること、その上、民主党政権に変わるまで削減され続けてきたことは既に何度も述べました。
さらに言うと、薬価差益(仕入れと売値の差額)も認められていません。医療機関は自己努力で収益を上げる機会がほとんどないのです。
ですから、値段設定に縛りがない部分は、何があっても少しは利幅の出る金額に設定しておく、ということになります。赤字の補填を自治体などに頼らずに、経営を真剣に考えている機関であれば、それは「当然の選択」という側面もあるのです。
【医療費を巡る「昔あってこれからも起こる話」】
日本では通常は国民皆保険のもと、誰でも千円札数枚で気軽に医療機関で診療を受けることができます。それを考えると、全額自己負担のカルテ開示手数料は「高い」と思われてしまうのも当然かもしれません。
その原因はどこにあるのでしょうか。
厚生労働省は、カルテ開示を義務とする通達だけ出しておきながら、その手数料を保険点数に記載していません。それには、診療報酬の財源がないという切実な理由があるのでしょう。
一方、医療機関は、無料でカルテ開示を行なったら、そのコストを吸収する余裕がないということです。
ここで私は誰が悪いと言いたいわけではありません。解決方法は決して一通りではないので、いろいろな議論が尽くされることを期待します。
いずれにしても、カルテ開示手数料をよく考えてみると、医療業界の不思議な構造が浮かび上がってきます。マネー・ヘッタ・チャンの『ヘッテルとフエーテル 本当に残酷なマネー版グリム童話』という童話仕立てのビジネス書 http://www.amazon.co.jp/dp/4766784588/
があります。この本に出てくるフレーズではありませんが、医療費を巡る「昔あってこれからも起こる話」の典型なような気が私にはしてならないのでした。
2010年4月1日
日医は医系技官が医師を裁くことを容認するのか?
厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申
弁護士 井上清成
本稿はm3.comで配信されたものです。
2010年3月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
------------------------------------------------------------------------------------
【日本医師会 医療事故における責任問題検討委員会答申】
3 月10 日、日本医師会の「医療事故における責任問題検討委員会」による「医療事故による死亡に対する責任のあり方について」と題する答申が公表された。この答申は2009年1月になされた日本医師会会長の諮問に答えたものである。
本委員会は、18人の委員で構成され、うち9人は法律家(大学教授や弁護士)で、1人はマスコミ関係者であった。医療事故死が起きた後の法的責任を整理しようとする試みである。そして、法的責任のうち、特に着目されたのが「行政処分」であった。
【新しい行政処分勧告システムの導入を答申】
答申とその添付資料では、現行の行政処分制度に関し、詳しい検討がなされている。特に、刑事判決依存型の行政処分を問題視していた。「刑事責任の後を追って行政処分を行うシステムを改める必要がある」というのである。
検討の中では、「刑事判決依存型の行政処分の運用は、犯罪にはならなくても不法行為になるような医療事故や医師としての品位を損する行為は行政処分の対象外とされることになり、本来、行政処分がなされてしかるべき事案において行政処分が行われないという問題を生じさせているといえよう」「現在の運用は、行政処分が行われる場合においても、実際に事故が生じてから処分まで長期間にわたることが多くなり、行政処分の持つ相手方への制裁としての感銘力を低下させることになる」とまで言及されていた。
そのような検討の上で、「刑事あるいは行政処分に関しては、医療の専門家によって処分の勧告ができる第三者機関を設置することが必要である」としている。その上で、「現在、行政処分は医道審議会の勧告を得て厚生労働大臣が処分を行うことになっているが、医療事故については、医道審議会に対し、医療専門家の立場から助言を与える、いわば『医師による医師の再生のための行政処分の調査勧告システム』を構築する必要がある」と結論づけた。
【行政処分者数の激増を招来】
厚生労働省は2月24日、医道審議会の答申を踏まえ、医師28人に対する行政処分を行い、ちょうど3月10日に、それら行政処分が発効している。28人中、免許取消が2人、医業停止が23人、戒告が3人であった。ところが、医療ミスが処分理由とされたのは、ただ1人だけである。もちろん、それも刑事判決依存型であり、医療事故死による業務上過失致死罪に問われた医師であった(刑事処分は50万円の罰金、行政処分は医業停止3カ月)。
日医委員会の答申は、このような現行の運用を改め、もっと行政処分者を増加させようとするものである。それも、医道審議会に対し、医療の専門家が勧告することによって、行政処分を受けるに値する医師を発掘しようと言うのであろう。そのような新しい行政処分勧告システムを導入すれば、確かに、行政処分者の人数が激増するのは間違いない。「勧告システム」と称しているが、「通報システム」と言ってもよいであろう。
【日本医師会の行方】
日本医師会の担当理事の記者会見によれば、答申のもともとの発想は、厚労省の“医療事故調”に関する第三次試案や医療安全調査委員会設置法案にあるようである。また、必ずしも民主党案を適切なものとは考えていないらしい。その上で、行政処分者数の増加を意図したのであろう。適切な言葉で言えば、「制裁型の刑事責任を改め、再教育を中心とした行政処分へ」と表現するらしい。
しかし、そのような論理を展開したとしても、この「厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会の答申」は明らかに不当だと思う。ただ、今はまだ答申が出された段階にすぎない。日本医師会自体がこの答申を採用すると決めたわけではなさそうである。
そうすると、日本医師会がこの答申を採用するのかどうかは、4月1日の日本医師会会長選の後ということになるのであろう。果たして、日本医師会は、今後、厚労省による行政処分者数を激増させる結果となる日医委員会の答申を採用するのであろうか。
日本医師会会長選の行方とともに、注視しなければならない最重要事項であると思う。
【筆者プロフィール】
井上清成(いのうえ きよなり)氏
1981年東京大学法学部卒。86年弁護士登録(東京弁護士会所属)。89年井上法律事務所開設、2004年医療法務弁護士グループ代表。
2010年3月23日
再生なるか、国立がんセンター
再生なるか、国立がんセンター
石岡荘十
2010年3月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
------------------------------------------------------------------------------------
独立法人への移行を3週間後に控えた国立がんセンターの土屋了介中央病院長は、3/9開かれた勉強会で「がんの明日の治療を提言する知恵袋を目指す」とその抱負をこう語った。
「これまでのがんセンターは何のためにあるのか世に問うてこなかったところもある。これからは(独立法人化するのを機会に)新しいがん治療政策を国に提言する知恵袋の役割を果たしたい。新しい治療法を世に問えば税をつぎ込んでも国民は認めてくれると思う。国民みんなで考え、政策を立案し提言していきたい」
うっかり見過ごしそうだが、「これまでのがんセンターは・・・」には説明が必要である。
わが国のがんの治療・研究の『総本山』である国立がんセンターが発足したのは1962年、ざっと半世紀前のことだが、この間、厚労省医系技官のおいしい天下り先であり、膨大な国からの補助金を餌に病院を食い荒らしている事実が最近になって明らかとなり、政治問題化している。
具体的な問題のひとつはカネ。
独法化にあたり、600億円の債務を引き継ぐべきかどうかで議論が起きた。この借金の大部分は1997年、いま東京・築地に威容を誇る中央病院の建替えに際して、特別会計からの借り入れたものだ。利息は4~5%と高く、年間の診療報酬収入が250億円の医療機関が、毎年30億円の利息を払うことになっている。しかもこの建替えは常識では考えられないほど割高だった。病院建設の場合、業界の相場では1床当り3千万円くらいだといわれるが、がんセンターでは7~8千万円もかかっている。民間病院なら400億円ほどで済んだはずだというのに、だ。まるでどこかで聞いた『ぼったくりバー』に出会ったような(土屋院長)お値段だった。この差額はどこへ流れたのか。
つぎは人事権や予算権の問題である。がんセンター運営の実権を握っているのは、医師である最高責任者の総長や病院長ではなく、厚労省から出向している官僚たちである。特に、普通の病院の事務長に相当する運営局長は歴代、厚労省医系技官の指定ポストである。医系技官も医師免許を持っているという意味では医師なのだが、現・運営局長の経歴を見ると、1958年千葉大学医学部卒業後、厚労省に入省。運営局長就任まで本格的に患者を直接診た経験は認められない。研究者としての実績も無い。運営局長に就任する前のポストは本省の一課長に過ぎなかった。組織上格下にある運営局長が一手に握っている。総長や病院長には部長以上の幹部異動の人事権は無い。つまり、カネもヒトも事実上、厚労省の思うが侭という状況が永年黙認されてきたのである。
患者の治療だけでなく、新しい療法の開発・普及も国立がんセンターに期待されている重要な使命であるが、どの研究にいくら配分するか、がん研究の方向性についてまで口を出す。(多分)注射1本打つ技量も無い医系技官が国の医療・研究制度を差配している構図がここにある。これが土屋院長の言う「これまでのがんセンター」だったのだ。
そこで、行政改革の第1弾として俎上に載ったのががんセンターの改革だった。
まず、新体制では初代理事長に医療改革推進に実績のある嘉山孝正・山形大学医学部長が選ばれた。
嘉山氏と土屋院長は舛添要一・前厚労相時代に政府の委員会で、共に大臣のアドバイザー的な役割を務めた仲で、土屋院長は「かなり進取の気性があり、(中略)大変ふさわしい方だと思います」(2/5 日経メディカル・オンライン)と歓迎している。
この2人がタッグを組めば、人事権の問題は何とかなりそうだが、例の600億円の借金はどうするのか。
土屋病院長は3/9の勉強会でこう打ち明けた。
「前政権のとき与謝野財務大臣に陳情した。与謝野さんはここ(がんセンター)の患者さんでしたから。で、半分にということで補正予算に入れてもらったら政権交代になってしまった。そこで、今度はやはりここで手術したことで医療問題に深い関心を持つようになられた仙谷由人行政刷新担当大臣にお願いしたら、170億円に(減額)してくれた」
仙谷大臣は2000年、がんセンターで胃がんの手術を受け、胃とその周辺の内臓3キログラムを摘出した経験がある。それ以来、がん医療体制に問題意識を持つ。民主党のがん議連の会長を務め、もっとも医療に詳しい議員のひとりといわれる。
土屋院長の専門は胸部外科学(特に、進行肺癌の手術)だが、なかなかの政治力もお持ちのようだ。
だが、がんセンターが抱える問題はこれだけではない。
病院の中に6畳ほどの部屋をあてがわれて住み込みで働き、手取りは月20万円程度、ボーナスなしという下積み医師たちの労働条件の改善、厚労省による不透明な研究費分配問題など・・・。
医系技官の抵抗も生半可なものではない。独法化までもうわずかというこの時期に、今月退職する看護師長の後任に厚労省がある人物を押し込もうとしているそうだ。しぶとい。土屋院長のいう「新しいがん治療政策を国に提言する知恵袋」として機能するようになるまでに超えなければならない障害は山積している。医系技官こそががんであり、医療政策の周辺からど素人の影響力を全摘するには、仙谷大臣以下の“政治的強権”がますます必要となるだろう。
国が挙げて高度医療の開発に取り組む病院をナショナルセンターという。ナショナルセンターは次の6つだ。
・国立がんセンター(東京・中央区)
・国立循環器センター(大阪・吹田市)
・国立精神・神経センター(東京・小平市)
・国立国際医療センター(東京・新宿区)
・国立成育医療センター(東京・世田谷区)
・国立長寿医療センター(愛知・大府市)
これらは、がん・心臓病・精神神経疾患などを対象として高度な医療開発と治療を目的とし、来年度独立法人化(独法化)することになっているが、外の5つのセンターも状況もがんセンターと似たり寄ったりであることが明らかになりつつある。
がんセンターの再生なるか。その成否は、わが国の医療の行方を占う上でも注目に値する。
2010年3月15日
「ワクチンで予防できる病気」についての勉強会 お知らせ
聖路加看護大学で、学生と地域の方を対象としたワクチンについての勉強会が企画されています。
新型インフルエンザのワクチンについて優先順位や余り等の報道はよく目にしますが、
ワクチンとは何か、どんな病気を防げるのかについては知らない方も多いのではないでしょうか。
通常あまり議論されない
ワクチンの基本について学ぶ良い機会だと思います。
「ワクチンで予防できる病気」についての勉強会 PDF(197KB)
2010年2月13日
予防接種部会傍聴記~3つの懸念で膨らんだ不安~
予防接種部会傍聴記~3つの懸念で膨らんだ不安~
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年2月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
-----------------------------------------------------------------------------------------
昨年12月25日の第1回開催に続き、1月15日、27日にそれぞれ第2回、第3回の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会が開かれた。
上田博三健康局長が表明した「不退転の決意」に、「ワクチン・ギャップ解消」という積年の願いが叶うか否か、希望と不安の双方を抱きつつ傍聴しているのだが、早くも不安が大きくなりつつある。
【実質的な議論がほとんどされなかった第2回部会】
15日に開かれた第2回部会では、残念ながら本質的な議論はほとんど交わされなかった。
特措法で対応した今回の新型インフルエンザに係るワクチン接種を予防接種法に位置づけるための議論を優先したい事務局の意図が、議事にうまく反映されていなかったのが、その大きな理由なのだが、議事次第の一つ目の項目が「予防接種制度について」であり、配布資料の1が「予防接種に関する主要論点について(案)」であったのだから、「まずは新型インフルエンザを予防接種法に位置づけるというパッチを当てる作業」を優先したいという事務局の意図は、委員にとってはくみにくかったであろう。
第3回部会では事務局から議論の叩き台となる素案を提示することとなったが、新型インフルエンザ対策を入り口にして予防接種法全体のあり方を見直そうという部会の舞台設定の歪さが早くも露呈したといえよう。
【新型インフルを入り口に議論する歪さ】
先に書いてしまうが、私はこの「歪さ」に大きな不安を感じている。
この間、事務局が強調するのは、現在の予防接種法では対応できずに特措法で対応せざるを得なかった新型インフルエンザ対策を予防接種法に位置づけるという、「予防接種法の穴にパッチをあてる作業」を優先し、その後にヒブワクチンをはじめとするワクチンの予防接種法への位置づけや情報提供のあり方等の予防接種法全体の議論を行なうというスケジュールだ。
私は、現在の予防接種法は法も目的から改める必要があると考えている。法の目的はその法律の基礎となるものである。基礎があるべき姿では無い以上、その上にどのような制度を設計しても、その制度は健全に機能しないであろう。
現に1類、2類という馬鹿げた区分をもうけた「欠陥住宅」というべき法が形作られている。
その欠陥住宅にどんなに上手くパッチを当てようとしても、それは欠陥を覆う作業でしかなく、むしろ根本的な改善にはマイナスに作用しかねない。
新型インフルエンザ対策を予防接種法に組み入れるというパッチは、当面の応急措置ということなのだろうが、欠陥法と言えども法律は法律である。一旦、「改正予防接種法」として施行されてしまえば、それは国会での承認を与えられた正当な法律となる。
部会で「とりあえず」と言いながら、欠陥を抱えた基礎の上に何とか整合性を持った「パッチ」を当てるための議論を重ねることが、結果としてその欠陥を覆い隠すパッチの正当性を増強するのではないか、その正当性をその後に覆すことは、今以上に困難になるのではないか、そのような危惧を抱いているのである。
【第3回部会で抱いた3つの懸念】
27日の第3回部会では、早くもその懸念が現実のものとなりそうな雲行きであった。
私が抱いた懸念は、主に次の3点である。
1)新型インフルエンザを新設する「2類」の臨時接種とした上で、定期の2類に移行す
るようにする
2)製造販売業者・卸売販売業者への協力を求める仕組みを法律に盛り込む
3)接種方針の遵守を徹底し、医師会が現場の医師を取り締まる役割を果たす
前もって述べておくが、新型インフルエンザ対策を入り口にして予防接種法全般の議論に発展させていくという手法について、私は全面否定するつもりはない。
むしろ、過去の予防接種について積極的に議論することさえ憚れる状況を鑑みるにつけ、また、ワクチン・ギャップの一日も早い解消に向けた議論を一刻も早くスタートさせるためにも、政治的にこのような設定による議論を推し進めることは一つの判断として尊重もしている。
ただし、新型インフルエンザワクチンの予防接種を予防接種法に盛り込む必要最低限の改正を優先した上で、そのパッチも含めた「欠陥住宅」全体をゼロベースから議論するべきだという留保を付け加えた上で容認するのである。
ゼロベースで議論するためには、新型インフルエンザについては臨時接種を予防接種法に位置づける、ただそれだけの議論にとどめるべきである。
余計なものを加えていっては、その後の予防接種方全体の議論がゼロベースからではなくなっていってしまう。
そのような考え方に立っているからこそ、私は上記3点は、まさに「余計なもの」であると言わざるを得ない。
長文になることを避けるため、詳しくは言及しないが、1)については、新型インフルエンザを臨時接種に位置づければ済むのであり、2類による定期接種に位置づける緊急性は全く無い。2類は第2回の部会で黒岩祐治委員が1類、2類という区分けそのものに疑問を呈していたように、今後、あり方そのものについて議論すべきものである。
2)については、そもそも法に盛り込むべきものであるのだろうかという疑問を禁じえない。協力を求める先としては、少なくても製造販売業者については国内業者を想定しているのであろう。
今回の新型インフルエンザワクチン確保においても、政府は国内業者に対し様々な協力を求めている。
そして、その要請は法的に裏付けの無い、任意のものであった。このことが今回の対応において、大きな障壁となったのであろうか。部会において、法に盛り込む必要性は説明されていない。繰り返しになるが、新型インフルエンザの予防接種法への位置づけは、必要最小限にとどめるべきである。
必要性の説明が無いまま、大きな障害をもたらさなかった業者への協力依頼について、敢えて法に盛り込む必要は無いのではないか。
3)については、箸の上げ下ろしまで指示しようという愚策でしかない。ワクチンの確保が十分でない段階では、国が優先接種順位を示す必要があるであろう。だが、その優先順位は金科玉条の如く絶対に守らなければならないものではないはずだ。
10mlバイアルの使い勝手の悪さは多くの接種医から指摘されたことだが、それでも10mlバイアルによる出荷を断行したのは、10mlバイアルは瓶等への付着残留によるワクチンのムダを省き、一人でも多くの接種希望者にワクチンを行き渡らせるための手段であったはずだ。
その目的からしても、一瓶を使い切るにちょうどの優先接種対象者が同日に揃わなければ、次のカテゴリー、その次のカテゴリーと前倒しで希望者に接種するのは至極適切なことではないか。
たとえ、最終的に健康成人に接種することになったにせよ、無駄に破棄するよりはよほど良い。
最近も国産ワクチンがだぶつき輸入ワクチンの解約の可能性が喧伝される一方で、沖縄県が一人でも多くの接種希望者に接種しようと浪人生への接種方針を打ち出したところ、国が待ったをかけたという馬鹿げた事件が起こっている。
一定の指針は国が示す、だが最終的には現場が判断する、という考え方を医師の代表たる日本医師会代表は主張すべきではないのか。
【部会設置の精神を忘れるべからず】
ざっと駆け足で第2回、第3回の予防接種部会を傍聴した感想を書き連ねてきた。新型インフルエンザワクチンを議論の入り口とする以上、ある程度の「歪さ」を伴うことは致し方ないことなのかもしれない。
だが、第1回部会で上田博三健康局長が表明した「不退転の決意」による予防接種法の大改正を見据えた部会であるのだから、新型インフルを予防接種法に組み込む作業は必要最小限に留め、ゼロベースで予防接種法改正の議論に取り掛かるべきであろう。そのためには、第3回部会で抱いた3つの懸念のような余計な事柄は今回の法改正に盛り込むべきではない。
余計なものが盛り込まれれば盛り込まれるほど、それは予防接種法の大改正の障壁となり、「ワクチン・ギャップ解消」の道が遠のくことになる。それは予防接種部会を立ち上げた政治主導の精神に反することに他ならない。
第4回部会での軌道修正を強く望むものである。
2010年2月6日
医療政策はどこへ行く‐(5)
霞が関の在り方に疑問を覚えたのが退職理由 - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く◆Vol.5
官僚は数字、辻褄合わせの議論、視野が狭い議論に終始
2009年12月3日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
======================================
――最後にお聞きしたいのですが、最初は財務省に入省され、2004年7月から2年間、厚労省に出向されています。「医療崩壊の根本原因は、医療費抑制政策にある」といった今日お聞きしたようなお考えは、出向以前の段階からお持ちだったのでしょうか。
出向前までは医療制度のことはあまり知りませんでした。仕事の上でも、出向前に財務省で医療関係の業務に携わるということはありませんでした。むしろ私がいた厚労省保険局への出向ポストは、財務省に戻って数年経つと、厚労省の手の内を熟知しているということで、主計局厚生労働第3係の主査になるという人事が続いています。
ただ、私は経済学部出身で、「国民負担率を抑えるべき」という議論には疑問を持っていました。先ほども触れましたが、様々な実証研究からは、「国民負担率と経済成長率は、相関関係がない」という分析がたくさん出ていたからです。厚労省に実際に行ってから、医療政策の観点から見て、国民負担率を抑制すべきという論はおかしい、という思いを強めました。
――そして厚労省を最後に、財務省に戻らず、退職されました。
霞が関の在り方への疑問が次第に募ってきたのが理由です。政策がどうあるべきかよりも、まず前例との整合性を考える。政治的に必要とされるところもある。まず結論が先にあり、その結論を導くための数字合わせ、辻褄合わせに、非常に労力が割かれる。本来、この国がどうあるべきか、政策で何を目指すべきかという議論が非常に薄い。こうした中で政策を決めていくことに違和感があり、その結果、本当にいい政策になっているのかについても疑問がありました。
さらに役所は本当に縦割りであるという問題もあります。自分の担当分野から政策を考えていくのは、縦割り組織の中である程度仕方がないのですが、医療分野も、他の分野でも、社会は非常に多面的。様々な要素が絡み合っており、より広く様々な観点から検討しなければならないのに、役人は視野の狭い、悪い意味での専門家になっている。自分の観点からだけを見て政策を考える。さらに言えば、本当に専門家なのか。国会対応などの事務にも追われて、専門家としての知識や能力を養うような時間的余裕もあまりない。役人は悪循環に陥っています。
また役人にとっては、政治家への根回しにどれだけ長けているか、それが評価の尺度にもなります。それも一つの能力であり、重要ですが、そればかりが重視されるところがある。その前に政策がどうあるべきかを論じる必要があるのに、「A先生とB先生が言っているのを、いかに足して2で割るか」といった点に力が注がれている。
――その辺りは民主党政権になって変わってきたのでは。
役所によって強弱があり、違うのですが、厚労省が一番変わったという評判を聞きます。「政務三役が何でも決める、官僚排除」だと。こうなると官僚は今までのやり方と全く違うので、戸惑っていることでしょう。
今まで「官僚主導だった」と言われていますが、「政治家と一体でやってきた」という表現の方が正しいのではないでしょうか。
政治家の無理も聞いてきた。政治家の意見をどう条文に反映させるか、細かい点まで気を配っていた。結局、政治家が官僚に過度に依存しすぎてきたわけです。もちろん問題は官僚の側にもあると思いますが、政治家の側により大きな問題があった。結局、政治家も一人ひとりがすべてをカバーすることができず、それなりに手足、知恵袋が必要。政治家が、霞が関の官僚以外に政策を論議できる層の厚みを作ることに欠けていたことに、大きな問題があったのではないでしょうか。
2009年12月15日
医療政策はどこへ行く‐(4)
「事業仕分け」は財務省を正当化する“錦の御旗” - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く◆Vol.4
「何がムダか」、基準がない中で議論しても合意形成できず
2009年11月30日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
======================================
――医療の全体像、ビジョンを描いた上で診療報酬の在り方を決めなくてはいけない。ただし、来年の改定までは時間的余裕があまりありません。全体的な底上げ、あるいはせめてどこかを削減するのではなく、重点的な部分のみの引き上げが必要かと。
そうですね。もっとも、民主党は2007年の参議院議員選挙辺りから、政権を取れる可能性が現実味を増してきたわけです。しかし、今回の衆議院議員選挙のマニフェストについては、選挙直前まで慌しく議論し、医療分野ではないのですが、直前になって文言を変えたり、日米のFTA(自由貿易協定)については鳩山代表がマニフェスト公表後に変更したりするなどしていた。
2年間あったのですから、もう少し準備をしておくべきだった。政権を取った時に何をやるのか、ビジョンと具体策を党内で議論をしておく必要があったと思います。決して特定の議員の意見をマニフェストに載せるのではなく、党内で議論を積み重ねていく。細かな部分では議員により意見が違う部分もありますが、おおよそ皆が共通認識を共有し合えるものを作成しておくべきであり、それがマニフェストになる。それで選挙を戦い、政権を取ったら政策を実行に移す。
――医療分野に限らず、他の分野でも、マニフェストは党内で十分に議論されたものではないと。
十分に議論されていない部分は結構あると思います。結局、行政刷新会議は、その是非は別として、実際に動いていますが、国家戦略室は何をやっているのか分からない。選挙前、選挙中は、「国家戦略局」は目玉のように言われていました。しかし、「局」が「室」になってしまった。国家戦略局で、誰が何をやるのか、各省庁とどんな関係で仕事を進めるのか、あらかじめ具体的に決めておいて、政権を取ったらそれを実行に移すという準備があってよかったはずです。
細川政権の時は自民党がまだ第一党だったので、日本の戦後政治史上、第一党によって政権交代が起きたのは今回が初めて。そのような歴史的な変化なのだから致し方ない面があり、政権交代を繰り返したりする中で、政策決定プロセスなどの体制ができ上がってくるのであり、今は生みの苦しみの時期なのかとも思いますが。
――ところで、財務省の官僚は、今の民主党政権をどう見ているのでしょうか。今は様子見、「お手並み拝見」というところでしょうか。
「お手並み拝見」の部分がある一方、行政刷新会議などを「うまく使おう」と考えているのでは。誰がどう動くか分からないが、重要なところにはうまく人を張り付けておこうと。鳩山総理や平野官房長官だけでなく、菅大臣(国家戦略室担当大臣)、仙谷大臣(行政刷新担当大臣)などにも、財務省から主計局経験者などを秘書官として出しています。
――その行政刷新会議がやっている「事業仕分け」をどうご覧になっていますか。
それなりにいい部分はあるかと思います。明らかに「役所の浪費」の予算もあり、問題を抱えている事業を明らかにしていくという意味で。
しかし、そもそも「事業仕分け」の位置づけ、行政刷新会議や「仕分け人」の役割、責任はいったい何なのでしょうか。今までも、予算編成の過程で、各省が提出してきた予算を財務省が査定していた。その査定の段階で様々な議論がある。また事業が執行された後で、会計検査院が検査を行う。そこでも「こんなムダがある」と指摘される。また、財務省自身も、予算の執行調査を数年前から開始しています。予算の執行現場に主計局の職員が赴き、チェックして、次の査定の際に反映させることを実施しています。
「今までやっていても、予算上の問題点を洗い出せていない」という面もあるでしょうが、それに屋上屋を重ねるように「事業仕分け」をやって、どういう責任がどこに生じるのか、財務省の査定との関係はどうなるのかなどが非常に曖昧です。結局、「事業仕分け」でやっても、その結果がどう使われるか分からず、結局、主計局の予算査定に委ねられたのでは、今までとあまり変わらない。それでは、オープンな場での議論が主計局の主張を正当化する“錦の御旗”になるだけ。
“錦の御旗”を用意することだけが目的ならば、あれだけの労力をかけて実施するのは、それこそムダとして、事業仕分けの対象になるでしょう。
最終的には行政刷新会議自体が判断するとしていますが、ワーキングチームの結論が重要視されるのであれば、それはそれでまた問題。議論は1時間程度にすぎず、しかも主計局が用意した資料、例えば開業医と勤務医の収入を単純に比較した一方的なデータで議論しており、「仕分け人」も別に医療に詳しい人ばかりではない。中には専門家もいますが、すべてに精通しているわけではない。結局、1時間の中では一面的な一方的な議論になってしまう。
「事業仕分け」の結論が尊重されないのであれば、「事業仕分けはムダ」であり、尊重されるのであれば、こんな形で政策を決めていいのかと思う。
――結論が尊重されても、されなくても問題だと。
そもそも「何がムダか」は非常に主観的な部分があります。確かに誰が考えても、ムダだと言えるものがありますが、金額的にはわずかでしょう。圧倒的大多数の事業は結局、政策判断で、「こうした優先順位で政策をやっていきましょう」という中で、予算が付けられ、事業が行われているわけです。
例えば、民主党がマニフェストに掲げている、「子ども手当て」「高速道路の無料化」は、こうしたものを必要とする立場からすれば、「ぜひやらなくてはいけない」と考えるでしょう。しかし、一方で「バラマキだ」という批判もあるわけです。結局、何がムダか、政策順位をどう考えるかは政策判断だと思うのです。誰もが納得する客観的な基準などはありません。にもかかわらず、1時間ほど議論して、「見直すべき」「予算縮減」など多数決を取るのは、あまりに荒っぽい。
「公開でやることに意義がある」という主張には、確かに一理あるでしょう。しかし、従来のような密室での数字合わせがいいとは思いませんが、そもそも何がムダかという基準がない中で、公開して実施しても合意形成が簡単にできるものではありません。科学技術の研究費も削減され、科学者からは問題視する声が上がっている。そうなると、かえって収拾がつかなくなってしまう。
――事業仕分けで一定の結論が出ると、それを変更するにも、説明責任が生じるなど、非常に大変なことです。
「事業仕分け」が全くヘンなものだとは言いません。うまく使えば様々な事業の問題点の洗い出しができるでしょう。しかし、今のようにパフォーマンスに走りながらやるのはいかがかと。
結局、仙谷大臣も、当初は「3兆円の削減を目指して」と言っていましたが、最近は「金額ありきではない」と言い方を変えている。「3兆円」とあらかじめ数値目標を掲げると、結局、3兆円積み増すのが自己目的化してしまう。
民主党は選挙前に、財源を聞かれ、「ムダ遣いの排除」で捻出すると言ってしまった。こうした文脈の中で実際にやる段階で、「事業仕分け」に飛び付いてしまった感があります。「事業仕分け」を絶対的なものとせず、使えるところでうまく使いながら、という程度でいいのでは。
2009年12月14日
医療政策はどこへ行く‐(3)
次期診療報酬改定は民主党の医療政策の試金石 - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く◆Vol.3
今の議論を見ると、政権交代した意味があるのかと思う
2009年11月27日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
======================================
――社会保障国民会議で「医療費抑制政策」の方向性が変わってきた。そうした中で、民主党政権が誕生しました。まず民主党のマニフェストに対する評価をお聞かせください。
最初にマニフェストを見た時は、「医療費をOECD平均並みに増やす」ことを打ち出していたので、方向性としては期待していました。ただ、いつまでに増やすのかなどの具体性に欠ける上、医療についての理念が見えてこない。医療以外でも「子ども手当て」の創設を打ち出すなど、社会政策を重視する方向性は伺えますが、一方で、“ムダを排除する”など、構造改革的、小泉改革的な路線も見える。両方の要素が混在しており、両者の整理が理念上、あまりなされていない印象を持ちました。
――「期待していた」とは、過去形なのでしょうか。
医療の今後の方向性を占う上でも、今回の診療報酬改定が重要だと思うのです。医療政策をどうするか、民主党の姿勢が一番、はっきり現れる。現時点は、まだ議論の過程であり、結論が出ているわけではないのですが、野田財務副大臣などが、財務省主計局とほとんど同じことを言っているわけです。政治家としての発言なのか、主計局に言われたことを言っているだけなのか。「診療報酬の配分を見直し、開業医から勤務医に回し、全体としては上げない」という発言は、主計局に踊らされているとしか思えない。
長妻厚労大臣も、発言が揺れており、以前は「診療報酬を増やさなければいけない」と言っていた。しかし、最近、「上げ幅をなるべく抑えて」と発言しており、厚労大臣の発言としてはきわめて不適切だと思います。
このように今は「診療報酬全体は押さえ、配分の見直しで改定」という議論が非常に強い。それはおかしいのではないでしょうか。
従来から「開業医は儲けすぎ」という議論があります。財務省が昔から言っていたことで、今回の行政刷新会議の「事業仕分け」でも議論になりました。しかし、それが果たして本当なのか、実態を反映しているのか、という点は実は明確になっていません。
多くの方が指摘していますが、個人開業医の収入には、将来の設備投資のための積立や、退職金引当金に相当する部分などが含まれており、勤務医との単純な収入比較はできません。さらに「事業仕分け」では、診療報酬への「公務員人件費・デフレの反映」なども言われていますが、これも一方的な議論です。
こうした議論を続けているのだったら、政権交代の意味がない。政権交代はいったい何だったのかと。主計局が「医療費抑制」を主張していた時代と変わりません。
――そもそも主計局はなぜ、「医療費抑制」を掲げ続けるのでしょうか。仕事だから抑制政策を訴えるのか、財務官僚の個人的な見解としてはどうお考えなのか。
それは個人にもよるでしょう。ただ財務省は最初は厳しい玉を投げるものです。「診療報酬本体でプラスマイナスゼロ」は、最終的には無理だと分かっていても、財務省からは最初から緩やかなことは言えない。しかし、今のやり方を見ていると、財務省の厳しい玉を受けて、落とし所を探っていくという従来の手法と変わらない。
「政治主導」と言うのであれば、まず医療政策のビジョンがどうあるべきか、その議論から入っていく必要があるのでは。
――今回の診療報酬改定は、今後の民主党の医療政策を占う上で重要とのことですが、長年の政策決定プロセスや方針を変えるのは容易ではありません。今、この時点で何をすべきでしょうか。
財務省も、勤務医対策の必要性は認めており、急性期、救急、産科、小児医療なども評価しなければならないと言っています。その財源を開業医の側から持ってこようとしている。しかし、診療報酬はマイナス改定が続き、様々な部分が痛んでいる。全体的な底上げをやらなければいけない時に、配分の議論で全体としてプラスマイナスゼロにしたら、解決にならない。例えば、診療所は外来で重要な機能を担っているわけです。そこを削り、診療所が窮地に陥り、診療所の患者が病院に押しかけたら、ますます勤務医は疲弊します。
道路や橋などの公共事業は、「これは不要」と思えば、その部分だけを中止することが可能です。道路に当てる予定の予算は浮きます。しかし、医療費に効率化の余地があるとは思うのですが、医療の場合、「ここにムダがある」と言って、すぐにその部分を削減・廃止することはできません。効率化するにしても、徐々に時間をかけながら、進めていくことになると思うのです。
例えば、ジェネリックを普及させ、医療費を削減するという議論があります。しかし、一気に普及して、医療費が一気に下がるようなことにはなりません。ジェネリックの有効性や安全性について関係者が共有するなどの条件整備が必要で、普及には時間がかかります。
――医療費を効率化できる余地があると思うのは、どんな部分でしょうか。
明確に「ここにムダがあり、これだけ減らせる」とは、なかなか言えないのではないでしょうか。例えば、複数の医療機関を受診して、多くの薬をもらう。結局、ほとんど服用せず、患者の自宅に残っているケースがあります。しかし、一気にこの問題を解決することは難しい。
あるいは軽症の患者でも、大病院を受診する。その分の医療費は効率化できるとは思いますが、一気には難しい。厚労省も今まで診療報酬で、例えば診療所の外来機能、病院の入院機能を重点的に評価するなどしてきましたが、なかなかうまくいかない。そこで、かかりつけ医的な機能を制度化するという話になります。方向性はいいでしょうが、それを進めるためには、信頼できるかかりつけ医を養成し、患者が適切なかかりつけ医を選べる仕組みを作っていかなければいけない。その上で、病診連携を進めていく。
医療の効率化は、相当長い目で考えていく必要があります。それを道路や橋のように、不要だからスパッと廃止して効率化できる、医療費を浮かすと考えるのは「幻想」で、危険な議論です。
――療養病床の削減も同様です。先ほども話がありましたが、まず「削減目標ありき」で、医療提供体制の話は二の次になった。
結局、最初に削減目標を立て、その受け皿は各都道府県が計画して整えますとしているだけです。医療提供体制は、急性期の入院医療、慢性期医療、診療所の外来医療、在宅医療がそれぞれ別個に存在するわけではなく、密接につながっている中で医療が成り立っているわけです。「ここにムダがある」「ここを手厚くするために、こちらには痛みを」という構図は、どこかに過度の負担がかかり、ひずみが生じる。システム全体を壊しかねません。
財務省が昔ながらの主張をするのは、「またか」という感じ。しかし、事業仕分けの議論の影響を受けて、長妻大臣まで「上げ幅なるべく抑えて、配分を見直してやる」という話をするのは、おかしい。
長妻大臣の場合、社会保障、特に医療にはあまりかかわってこなかった。どちらかと言えば、「ムダの排除」が得意なのではないでしょうか。だから、「ここにムダがある。ムダは減らさなければいけない」といった財務省的な議論に、親和性を覚えているのかもしれません。
2009年12月13日
医療政策はどこへ行く‐(2)
社会保障国民会議で抑制論から転換の兆し- 元財務官僚・村上正泰氏に聞く◆Vol.2
医療者だけでなく、患者・国民にも医療への危機感
2009年11月25日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
======================================
――麻生政権時代の社会保障国民会議は、2008年11月に報告書をまとめています。
医療・介護費用についてシミュレーションし、複数の改革シナリオを提示して、負担増にも言及しています。 この会議では、原点に立ち戻った議論が行われたとお考えですか。
今までの議論と方向性は変わってきたと思います。
従来の医療制度改革は、
「2025年の医療費はこれくらいですが、改革を実施すれば、この程度に削減できます」という議論ばかりやっていた。これに対し、社会保障国民会議では、「こういう改革を実施したら、このくらい医療費が増える」
という議論だった。ただ、その際の議論の中身は、
「急性期医療の部分はマンパワーを充実して、在宅医療も整備し、平均在院日数は短縮する」
といった内容にとどまっています。
ではこうした改革を実施した時にどんな医療が実現するか、もう少しビジョンがほしかった。また、幾つかの改革シナリオを提示していますが、結局、医師数や平均在院日数を変数としている程度で、シナリオの中で、「どれを選びますか」と聞かれても、大差がなければ選びにくい。とはいえ、不満もありますが、議論が変化してきたことは確かです。
――なぜ長年続いてきた医療費抑制という議論の方向性が変わってきたのでしょうか。
やはり小泉改革で、ここ数年、相当荒っぽく改革をやりすぎて、医療崩壊を招いた。「このままでは安心して医療が受けられない」という声が、医療者だけでなく、患者、国民からも強くなってきたことが大きいと思います。
――しかし、社会保障国民会議では、平均在院日数など以外の新しい指標が打ち出せなかった。
「在宅医療、介護なども含めて、退院後も安心して生活できる体制作り」は、長年指摘されてきた話。これは正しい方向性ですが、社会保障国民会議のビジョンはこれだけなのか。またこのビジョンを掲げるとしても、これまで遅々として実現できなかったのはなぜか、本当にこれを進めていくには何が必要なのか、という議論が少なかった。
在宅医療は、診療報酬上で重点評価する程度ではなかなか進みません。在宅医療を推進するのであれば、様々な側面から条件整備を行う必要があります。
――ビジョンに新しさや具体性がないとのことですが、例えばどんなビジョンをお考えですか。
結局、同じような方向になるとは思うのですが、在宅シフトを進めるという政策の根底にも、医療費抑制の発想があります。この考え方で組み立てていくと、絶対にうまくいかない。そうではなく、「在宅医療がいい」のであれば、在宅へのシフトが進んだ結果、医療費が増えても構わないという発想でスタートしないと、急性期から慢性期、さらには在宅への流れは永遠に「絵に描いた餅」でしょう。医療費抑制を出発点にすると、政策自体も非常に荒っぽいものになる。療養病床の再編がその典型。本来であれば、療養病床を削減するのであれば、慢性期の医療の在り方、医療と介護の関係、さらには受け皿の整備の議論から進めるべき。しかし、実際には「医療費抑制」から議論がスタートした。だから「病床を減らす」という数値目標をまず掲げる。その後のことはそれから考えるという、厚労省の政策の荒っぽさにつながる。後期高齢者医療制度にしても、荒っぽく映っている部分はこの辺りが原因ではないでしょうか。
こうした思考であれば、厚労省の役人がじっくりと物事を考えて決めるという雰囲気も失われる。また実際に時間的な余裕もないのが事実でしょう。
――厚労省は、他省庁と比べて多忙なのでしょうか。
省内で余裕がある部署があれば、そこから多忙な部署に職員を配置できます。しかし、今はどの部署も忙しい。また各部署にはそれなりに職員はいますが、各部署が抱えている業務の多さ、責任の重さ、重要性は相当なものだと思います。日々の業務をこなしながら、次の政策を考えていくだけの物理的な余裕があまりない。
――財務省との比較ではどうなのでしょうか。
例えば、財務省主計局は、各省庁との間で予算の交渉はしますが、主計局が矢面に立って国民と接することはほとんどありません。国民、あるいは利害関係者と直接接して、時には対峙するのは各省庁です。特に厚労省の仕事は国民生活に密接につながっているだけに、政策的な問題、失敗があった時にそれだけ批判もダイレクトに受ける。それに向き合うのは、大変だと思います。もっとも、政策の失敗は自分が招いているという自己責任はありますが。
2009年12月10日
医療政策はどこへ行く‐(1)
「医療費亡国論」からの脱却が不可欠 - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く ◆Vol.1
「国民負担率の抑制が、あらゆる政策の出発点だった」
2009年11月25日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
======================================
――『医療崩壊の真犯人』では、様々な要因があるとしながらも、医療費抑制策が一番の医療崩壊の原因であるとしています。
社会保障費の適正な水準は、各国の状況によって違ってくるため、一概には言えません。ただ、日本は既に世界で最も人口の高齢化が進んでおり、対GDP比の医療費がOECD加盟国の中で長年下位である状況は、明らかに異常でしょう。
高齢化が進めば、医療費は当然増えざるを得ない。医療費の中でも効率化すべき部分は確かにあると思いますが、過度に抑制されすぎていた。その結果、現場にひずみが生じ、医師不足、救急搬送、医療事故など様々な問題につながっているのだと捉えています。
――なぜ政府、あるいは財政当局は医療費を抑制してきたのか、どんな政策決定プロセスのために、それが継続してきたのでしょうか。
1980年代から、『医療費亡国論』に代表されるように、医療費の抑制が政策の前提条件になるような雰囲気が非常に強かった。税や保険料負担を抑えないと、経済の活力が失われ、国民の生活が苦しくなるという認識が、政府だけでなく、国民の間にあったと思います。
さらに、1990年代に入り、バルブ経済が崩壊し、経済成長率は低下した。税収も、保険料収入も落ち込む。医療費を取り巻く財政状況が厳しくなってくる。こうした中で、ますます「医療費を抑制しないと、ダメだ」という雰囲気が強まった。
自民党政権時代の経済財政諮問会議でも、「中長期的に医療費を抑制していく」という大きな文脈の中で、医療費の伸び率管理という議論が出てきました。こうした点を踏まえると、20数年来、医療費抑制という基本は変わらず、そこに大きな問題があると考えています。
――2004年7月、財務省から厚労省に出向され、経済財政諮問会議にもかかわっています。「医療費抑制」という目的の是非自体は、議論にならなかったということですか。
当時も、厚労省はそれに対する反論を細々とはやっていました。国際比較でも、日本の医療費をはじめとする社会保障費の水準は低い。一方、ヨーロッパ諸国を見るとGDP比の国民負担率が50%を超えていても、経済成長率が低いわけではありません。英国のオックスフォード大学の公共経済学の大家である、アンソニー・アトキンソン教授は、詳細な国際比較を行い、「国民負担率と経済成長率との間に、統計的に有意な関係はない」という結論を出しています。厚労省がこうした視点で反論しても、経済財政諮問会議では、全く聞き入れられませんでした。
もっとも、厚労省が財務省に財源確保を要請しても、他方で厚労省は他の役所とは異なり、財政当局の役割を果たしている点にも着目すべきでしょう。
――それはどのような意味でしょうか。
国土交通省が「公共事業費亡国論」、文部科学省が「教育費亡国論」などと言い出すでしょうか。彼らは予算を上げろと言い、財務省とのつばぜり合いを展開するわけです。これに対し、厚労省も医療費の引き上げを主張しますが、医療費が増えれば保険料に跳ね返ってくる。保険財政を預かっている立場からすると、「保険料の上昇を抑えるためには医療費を抑えなければいけない」と厚労省は考える。
実は財務省の中にも、「厚労省、特に保険局は、自分たちと近い考え方をする」との見方があります。私は厚労省出向時、財務省の先輩から、「保険局はなぜ医療費の伸び率管理に抵抗しているのか。保険局は我々の味方、近い存在だと思っていたのに」といった内容のメールを受け取ったことがあります。
――厚労省でも、保険局と、医政局をはじめ他局との間では考え方が違うと思われますか。
医療制度改革の議論は保険局中心のところがあり、医政局の主張、意見はプラスアルファで付いてくる程度。私は2006年の医療制度改革に関わったのですが、その前の2002年の小泉内閣最初の制度改革時も、保険局マターが中心で、医政局関連の事項が大きく取り上げられることはなかった。
私は保険局総務課で、「医療費適正化計画」の枠組み作りに携わったのですが、平均在院日数の短縮、療養病床削減の議論において、医政局の存在は薄かった。これらは医療提供体制の話ですから、医政局の観点からの議論が本来的には重要。しかし、保険局で決めて、医政局に「こうしたい」と言っても、医政局から積極的に意見が返ってくることはありませんでした。
――療養病床を削減するのであれば、急性期から慢性期、在宅への流れを踏まえ、医療提供体制の枠組みを考える議論があるべきです。
保険局から数値目標を提示しても、医政局は無反応に近い状況でしたね。その時に限らず、医療制度改革の時には、保険局の声が強い。「最後は、カネに行き着く」という面があります。
――その辺りを変えないと、「財政当局としての厚労省」という側面が強く出てしまう。「国民負担率を50%以内に抑える」という前提条件を変える議論にもならない。
そうですね。最終な部分は、政策の価値判断の話になると思います。「国民負担率を50%以内に抑えなければいけない」と考えるのか、ヨーロッパ諸国のように、国民の合意形成を経ながら、社会保障費を徐々に増やし、充実していくのがいいのか。少なくてもこの10年間くらいは、小さな政府志向が非常に強かったので、「国民負担率は抑制しなければならない」という考えが、あらゆる政策を考える上での出発点になっていた。この辺りはもっときちんと議論されるべきだと思います。
2009年12月9日
仙谷大臣へのエール
12月2日、医療連携や診療報酬体系に関するフォーラム「どうする、日本の医療『新しい医療提供体制の構築に向けて』」が開催され、仙谷由人行政刷新担当相や厚生労働省の審議官、医療団体のトップらが講演しました。
この中で仙谷大臣は、事業仕分けで「診療報酬の配分」などが「見直し」と結論付けられたことに関して、「医療費全体を減らすこととイコールではない」と述べ、医療水準の維持には診療報酬の引き上げが不可欠との見方を示しました。
また、診療報酬については、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)への評価や技術料の充実などを含め、全体的に点数を引き上げなければ「医療水準を維持できない」と指摘。将来的には、国民から理解を得た上で窓口負担を増やすことも検討すべきとしました。
さまざまな事業がけずられる中、「医療だけが聖域か?」といった声もきかれます。しかし、国の社会保障たる医療を削ることは、国民にとっての自殺行為です。切り捨て内閣とも称される民主党政権化において、自分の政治生命をもかけた発言には重みがあります。
2009年12月3日
事業仕分けと医療への影響
▽ 行政刷新会議と財務省にみえる政権党の公約違反の動きに抗議する ▽
全国医師連盟 代表 黒川衛
2009年11月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
------------------------------------------------------------------------------------
新政権を担う民主党は、「暮らしのための政治、ひとつひとつの命を大切にする社会」を訴えて政権交代を果たしました。しかし、行政刷新会議による事業仕分けのとりまとめと、財務省の予算編成の動きには、政権党としての重大な公約違反の兆候が現れています。全国医師連盟は、これらの動きに対し、強く抗議いたします。
国民的な観点から、国の予算、制度その他国の行政全般の在り方を刷新すると謳う行政刷新会議には、国民の大きな期待が集まりました。事業仕分けは、業界トップの意を汲んだ族議員が、担当官僚と非公開で協議し予算要請するこれまでのものと異なり、透明性の点で優れていました。また、仕分け作業によって、補助金の中に、天下り機関の維持を目的としたものがあること、事業本来の目的に使われていない無駄な部分があることなどが判明しました。
しかし、行政刷新会議の実態は準備不足が目立っており、政治主導ではなく、財務省主導とも言うべき内容となっています。
1 国家ビジョンとの整合性のなさ
刷新会議による事業仕分けは、新政権が日本経済の成長戦略として謳った、「内需主導への転換、科学技術の促進、医療介護を雇用創出産業に育成する」といった国家ビジョンから離れ、コストと投資の区別が出来ず、本来の事業仕分けとは異なる削減目的のパフォーマンスに陥っています。
2 対象事業選定における政治の責任
事業仕分けの対象事業は、全事業の15%に過ぎず、その対象には、財務省の一般会計と所管の四つの特別会計の事業の多くが除外されるなど、刷新会議には対象事業選択を行ううえでのリーダーシップが欠けています。
3 仕分け人選任の無計画
仕分け人(評価者)の選任に際して、本来の目的に沿った人選がなされておらず、国民新党が指摘するように市場原理主義を推進した有識者が選ばれています。また、仕分け人同士の間でお互いの専門分野が理解されておらず協調関係が構築できていません。
4 財務省主計局による主導
財務省主計局による論点シートは、恣意的で問題のある資料を用いていました。仕分け作業は、実質上、この査定シナリオに沿って論議され、評決されるまでの間、刷新会議側議員は独自の文書を準備せず、司会進行役にとどまっていました。
全国医師連盟は医療領域に関わる事業仕分けの作業を見守ってきました。医療現場に過重労働が横行することが医療安全上の重大な問題となっていますが、仕分け人はこの認識に欠けていました。また、財務省の行った論点説明には、医療費抑制政策を実施した前政権下の財政制度審議会での資料が引用されていました。仕分け人は、財務省主計局による一方的な統計資料を信頼し、短時間の論議で評決しており、この点でも評価の正当性を欠くものとなっています。
財務省主計局によると、診療所と特定診療科への診療報酬配分の減額による財源を捻出することで、病院勤務医対策を補填すれば、新たな医療費財源を増やさずに医療崩壊を食い止めることが出来るとの主張を展開しています。こうした医療費抑制政策の維持は、民主党のマニフェストに逆行するものです。
医療費には無駄があるどころか、現在の医療は勤務医の異常な長時間労働によって漸く支えられ、また莫大な勤務医への不払い賃金があることを、私達は指摘しています。
(参考文献、全医連提言、ユニオン声明)
また、開業医の診療報酬を削減することには多くの問題があります。前回までの診療報酬削減により、多くの診療所が疲弊しています。個人開業医の事業収支差は、零細企業である診療所の事業所の所得であり、従業員のボーナス積立金や退職給与引当金、土地建物・設備投資の為の借入金の元本返済等を含んでおり、これを院長の給与として勤務医と比較することは非科学的です。全国医師連盟は開業医の報酬を削って勤務医に廻すことには反対します。
全国医師連盟は、増加する一方の医療需要を支えるためには、現在の予算、人員では限界があることを主張してきました。医療レベルを維持したいのであれば、政権公約通り、医療費の大幅な増加に転じることを現政権は明らかにすべきでしょう。政府は、これ以上の財源が出せないのであれば、医療サービスの低下を国民が受け入れるよう説得すべきでしょう。
事業仕分けは、本来、削減ありきの作業ではないはずです。評価に際して、日本医療の国際的到達点(最高レベルの医療を先進国中最低の医療費と過酷な労働環境で達成している)や医療福祉予算の経済的波及効果、雇用創出効果など前提となる重要な認識を欠いた議論が展開されたことは誠に遺憾です。
財務省は、19日、平成22年度予算編成に際して、他領域に先んじて医療予算に対する方針をまとめ、「医療費全体の増額をせずに、医療崩壊を食い止めるべき」と発表いたしました。民主党政策集INDEX2009には、「累次の診療報酬マイナス改定が地域医療の崩壊に拍車をかけました。総医療費対GDP(国内総生産)比を経済協力開発機構(OECD)加盟国平均まで今後引き上げていきます。」と明示しており、このままでは明確な公約違反となります。
私達は、26日に100人超の民主党の衆参両議員で結成した「適切な医療費を考える議員連盟」の動きを歓迎いたします。
鳩山政権は、政治主導でなく財務省主計局主導で行った事業仕分けのとりまとめ結果を【見直し】、リーダーシップに欠く行政刷新会議を【刷新】するべきです。また、民主党の公約違反となる医療予算方針を表明する財務省幹部に対して直ちに修正を促す事を求めます。
参考文献
臨時 vol 365 「事業仕分けへの疑問」 医療ガバナンス学会 (2009年11月25日 06:15)
http://medg.jp/mt/2009/11/-vol-365.html#more
中医協炎上、「激しく、時には優しく」と長妻厚労相(2009年11月14日 09:27)
http://lohasmedical.jp/news/2009/11/14092716.php
持続可能な医療体制を実現するための全国医師連盟の五つの緊急提言
http://www.doctor2007.com/teigen090806.html
新政権への医療現場からの要望
http://www.doctor2007.com/teigen090914.html
全医連と全国医師ユニオンは、11/22に共同記者会見を行い、
【医療機関における36協定全国調査結果】を発表致しました。
http://www.doctor2007.com/unikyou.html
「医療機関における全国的な労働基準法違反および勤務医への賃金不払いに抗議する」
全国医師ユニオン声明
http://homepage3.nifty.com/zeniren-news01/union.htm
2009年11月29日
医師が倒れたら国民はどうするのか
▽ 医師の心が折れる ▽
虎の門病院泌尿器科
小松秀樹
2009年11月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
http://medg.jp
現場の医師は、1999年以後10年間、安全要求と医療費抑制の2つの圧力の中で
疲弊してきた。過酷な現場から黙って立ち去る医師が目立つ。その中で政権交代
が起きた。
総選挙では、医師の60%が民主党に投票したとされる。それ以外の40%を含め
て、すべての医師は、民主党政権による予算案作成過程を、祈るような期待と、
医師独特の諦観を含む醒めた心で凝視している。
祈るような期待の根拠は民主党マニフェストにある。その工程表では平成22、
23年度に「医師不足解消など段階的実施」のために1.2兆円の予算がつぎ込まれ
るとされている。マニフェスト各論の3番目は年金・医療であり、「医療崩壊を
食い止め、国民に質の高い医療サービスを提供する」と書かれている。
醒めた心は、最近の動向に由来する。長妻厚生労働大臣は、11月3日、勤務医
への配分を手厚くすることで、開業医と勤務医の所得格差を解消すべきだと強調
し、医療費を医師の所得問題にした。日本人の感情論は、個人所得に対し、事実
認識と思考を飛び越えて条件反射する。戦国時代の恒常的な飢饉に対応するため
に発生した農村共同体の生存戦略と、享保、寛政、天保の三大改革などの歴史的
積み重ねは、金銭と奢侈に悪のイメージを重ねることを日本人に刷り込んだ。長
妻発言は医療費の抑制圧力にしかならない。
さらに追い打ちがあった。財務省は、巧妙にも、診療報酬を事業仕分けの中に
持ち込んだ。事業仕分けでは、予算圧縮方向だけの乱暴な感情論がまかり通る。
事業仕分けに持ち込まれる他の案件は、無駄遣いがあると想定された事業である。
ここに診療報酬が持ち込まれたことに、医師は違和感と疑念を覚え、諦観を小出
しにしつつ失望に備える。
現場の医師は、一義的に、対立を生じやすい医療環境、苛酷な労働条件の改善
を求めているのであって、所得を増やすことを望んでいるわけではない。そもそ
も、70%の病院が赤字である。病院には多様な職種の人たちが勤務する。労働力
の総量が不足している。診療報酬の引き上げで医師の給与が増えるとは思えない。
開業医は設備投資を自前で担う自営業者である。新型インフルエンザ騒動では
厚労省の不手際に翻弄されつつ、国民のために獅子奮迅の活躍をしている。開業
医の収入を妬む勤務医はいない。
マニフェストは絶対ではない。未曽有の不況下にあり、国債発行残高は第二次
大戦末期に匹敵する。幸い日本では個人の貯蓄が大きく、租税負担は低い。国民
負担を引き上げる余地が十分にある。国民の不安を解消して経済を回るようにす
るためには、社会保障の充実が必須である。診療報酬を引き上げるためには、い
ずれ増税しなければならない。
予算案は政権の意思の表現である。長い過酷な医療費抑制から脱したことを医
師に理解させる必要がある。分岐点は医療費が増加に向かうのかどうかにある。
この分岐点は、医師の心が折れるかどうかの分岐点でもある。
日本の医療は何を目指すのか
鳩山首相を議長に戴いた「行政刷新会議」が事業仕分けを行っています。その中で医療を担当する厚労省の事業についても例外ではありません。
事業仕分けはそもそも財務省がやってきた予算編成を、仕分け人たちが公開で行うということです。不必要な部分を削るのは大切ですが、必要なものまでそぎ落としてしまっては意味がありません。
わが国は世界で最も効率的で、高度の医療を国民に提供してきました。しかし、その医療体制は崩壊が始まっています。医療は社会保障の一つであり、これがなければ国が国として成り立ちません。
医療費は病院に支払われる「診療報酬」と「補助金」とに分かれます。補助金は役人が医療機関の締め上げに使う道具なのでどんどんなくせば良いと思いますが、診療報酬をこれ以上削減することは医療機関を兵糧攻めにします。
診療報酬はこれ以上削ることはできないほど削られています。その中で医療費が他省庁と同じレベルの事業仕分けの対象とは違うものとして考えるべきです。
医療が崩れれば国が存続できません。高齢化が進み、国民の医療に対する要求も多様化しています。今後、私たちは何を医療に求め、どんな医療体制を構築してゆくべきなのかを考える時期にきています。そのためには官も民、各界を含めて膝を突き合わし、本音の議論をしなければなりません。
2009年11月14日
医療 記事バックナンバー
これまで医療について掲載してきた記事のバックナンバーとなります。
□医療費削減と医系技官の利権 2009年10月24日
■日本の医療を長妻氏は維持できるのか 2009年10月21日
□長妻氏には医系技官改革の存続を望む 2009年9月26日
■ワクチン接種に関する賠償責任 2009年7月25日
□社会保障としての医療 2009年7月19日
■人の死を誰が決めるのか 2009年7月14日
□介護問題の重さ 2009年4月22日
■ワクチン後進国日本 2009年4月17日
□小さな政府論がもたらしたもの 2009年4月5日