ポリオワクチン問題を、オトナとして、世田谷区民として ~個人輸入のIPVに世田谷区って公費助成できないのだろうか?その5できれば最終回 ~
日本国主権者、東京都民にして世田谷区民 真々田弘
2011年11月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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まさに今、進んでいる生ワクチンの定期接種。私の耳に入ってくるのは、各地の予防接種会場で接種にあたった医師たちからの報告だ。予定数250人に対して来場130名???。216名予約で83名来場・・・実感として6割減・・・。こうなることは、ポリオワクチン問題の推移を見ていれば誰にだって予測はできたはずだし、行政なら昨年秋と今春のデータを持っているから十分に予測可能な事態。だからこそ時間のかかる地道な署名運動という道を選ぶことなく、私は直訴という方法を選択してみたわけだ。
最初の提案から3か月。世田谷区長との「個人的面談」も含め、自治体の幹部職員、議員と面談を重ねてきた。公式、非公式の面談となるので、詳細をここで述べきることはできない。しかし、ひとことでまとめてしまえば、行政には前例無き施策への躊躇があり、議会としては「掟と化した議会運営ルール」が壁となった。日本のワクチン行政は「世界の常識」に反するもの。その「世界の常識に反するもの」への抵抗を「日本の常識で生きている方々」に理解していただく試みであったのだから、行政の「前例主義」は想定内のこと。国が未承認のワクチンに公費をつける、なんぞ普通の行政マンの感性では最初からできないと思っていた。
だが、議会までもが前例主義、議会運営ルールという「掟」にこれほどまで縛られているとは思わなかった。議会・議員サイドが、行政にはこれができて、これはできない、と勝手に思い込んでいるだけでなく、議会で何を議題にするのかという根本的な問題においても、かつては議会を民主的に運営するために作られたルールが、今は「固定された」掟となって少数意見を排除してゆく。 「あなたのおっしゃることの意味はわかる。だが、行政の(or 議会の)掟に従えば、すぐにそれをとりあげることはできない」。数少ない議員だけが、個人として応援してくれることになった。 そして、ご面談できた唯一の首長、私のもともとのターゲットは何も動いてくれていない。
そんな焦燥の中で迎えた8月下旬。 県庁の幹部職員に事態を理解してもらい、前例なき政策提案のための起案書を書いて欲しいという依頼が来た。私の提案に強い興味を示した神奈川県知事の要望を、知事の知人がつないでくれたものだ。以下、8月22日付で発信した県庁幹部説得用の起案書となる。
それから、1か月半。私の提案とは違う形ではあったが、神奈川県は動いた。県庁内での激しい議論を経て(当然のことだが、知事ががんばり抜いた)庁内をまとめ上げ、10月14日、予定通りの記者会見を開いた。 波紋は、間違いなく広がっている。
*******************起案書全文(添付文書除く)*************************
検討課題
不活化ポリオワクチンへの公費助成制度創設について
ポリオ生ワクチンが危険だと保護者は知ってしまった。
安全なIPVが先進国の常識だと保護者は知り、IPV個人輸入は激増している。
同時に、ポリオワクチン未投与の子どもが増えている。
国として未承認であるために現在、保護者の全額自己負担で接種されているこの個人輸入によるポリオ不活化ワクチンについて、ポリオ流行予防の観点から県独自の助成制度が創設できないか早急に検討を求める。
○不活化ポリオワクチンへの公費助成制度がなぜ必要なのか
1)国が勧めるポリオを防ぐワクチンでポリオになることを保護者が知ってしまった。
保護者たちは既に、報道やウェブ情報で「世界のワクチン常識」を知ってしまっている。現在、わが国で使われている弱毒性ポリオ生ワクチン(以下 OPV)では、100万人に2~4人がポリオになるということを保護者たちが知ってしまった。現実にわが国では1980年以降、ワクチン由来で発症した患者以外、ポリオ患者は発生していない。
さらに、世界の最新の知識を誰でもが手に入れられる時代、保護者たちは世界の先進国では、ワクチンでポリオになるリスクが無い不活化ワクチン(IPV)が使われていることを知ってしまった。現実に、東アジア地域の国でOPVのみを使い続ける国家は日本と北朝鮮のみである。ちなみに、米国CDCではOPVの投与を禁忌、とまでしている。だが、予防接種会場の保健師も、担当の医師も「OPVでいいんですか?」という保護者の当たり前の質問に答えられない。
2)個人輸入での不活化ポリオワクチン接種が急激に増加している
昨年夏以降、テレビ、新聞などのマス・メディアがOPVによるポリオ発症の問題を頻繁に取り上げるようになり、それ以降、日本では未承認のIPVの接種を求める保護者が急激に増加している。個人輸入代行会社一社だけで現在、月に7千本のIPVを供給しており、他社も含めれば月間2万本近くが輸入され接種されていると推定されている。同時に、IPVを接種する医療機関の数も、昨年末には20院所余だったが現在では200院所を越え、県下でも10院所を数える。また、千葉県立佐原病院をはじめ公的医療機関でも接種をおこなっている。
国のポリオワクチン政策に対して、保護者は明確に不信を抱き、NOを突きつけ始めている。公衆衛生行政への保護者の信頼を取り戻すための積極的な方策が必要である。
3)未だに、いつになれば安全な国産IPVが打てるようになるのかわからない
保護者は、当然のように安全なワクチンを求めている。
6月。厚生労働省は、国内メーカーが開発中のDPT+IPVワクチンが「来年度中」には導入されるとコメントした。「来年度」は、2012年4月から2013年3月まである。
その間、最低三度のポリオ定期接種の時期があり、総数としては300万人の子供がワクチンの投与を受ける。WHOのリスク判定によれば、その間に6人から12人の子供が直接ワクチン投与によりポリオになり、さらに複数の二次感染ポリオ患者の発生が予測される。このリスクを避けるために、「来年度中」の安全なIPVワクチン導入までワクチン接種を待つという保護者が既に医療現場からは報告され始めている。
また、既存のDPTワクチンの接種時期がOPVの定期接種時期より早いため切り換えを行うためには国内では開発を断念したIPV単独ワクチンが経過措置として必要となる。しかしながら、現在のところその手配は一切なされておらず、今月末から厚労省内に検討会を立ち上げるという状況でしかない。「来年度中」に国産の
DPT+IPVワクチンが承認されても、現実にいつ使用できる状態になるのかは未だに明らかでは無く、既にそれを保護者たちはウェブを通じて知っている。
4)保護者は動揺している
IPVを接種できる医療機関が増加したとはいえ、まだ数は少ない。
また、IPVの接種に関わる費用は全額自己負担であり、その金額は凡そ12000円から18000円程度となる(乳児期における推奨の3回接種)。経済的、時間的に余裕がある保護者は、県をまたいでも接種を受けに行っている。東京の医療機関に群馬、静岡、福島からの来院者があり、神奈川県内の接種院所にも東海道線沿線や隣接する東京都からの接種希望者が訪れている。
同時に、経済的、時間的な余裕の無い保護者の中には「待ち」に入っている例が報告されている。しかも、OPVの接種ばかりでなく、DPT接種をも控える傾向が出始めていると現場の医師は報告している。
公衆衛生の観点からみれば、危険な状態が起こっている。周囲の子どもがOPVを投与されている中でのOPV接種の忌避は、二次感染のリスクから免れるものではなく、かつOPV由来のウィルスによる広範な感染を引き起こすリスクをともなう。また、DPTワクチンの打ち控えも、同様なリスクを拡大する。「時に致命傷になる百日咳の流行が気がかり」という現場医師の声もある。
5)公費助成制度の必要性
感染力が強く、発病したら治療法の無いポリオは今でも重大なリスクを持つ感染症である。その流行のリスクを減らすことが公衆衛生行政の最大の役割だと考える。また、横浜港という国際港湾を抱え、羽田・成田という両国際空港からの乗降客も多く通過する当県においては外国由来のポリオ流行リスクは他県に比して高く、予防接種率の維持は重要な公衆衛生上の課題となる。
もちろん、現在のOPVの接種率を維持することが重要であるが、既にIPVの存在を知っている保護者をOPVに引き戻すことは科学的な合理性を欠き、さらに保護者の公衆衛生行政の後進性への不信を高めることにすらつながる。
県公衆衛生当局の最大の課題は、いかにして坑ポリオワクチン全体での接種率を維持し、引き上げるかである。そのために、県として個人輸入によるIPV接種に対しての助成制度を創設し、IPVを希望する保護者・幼児が経済的な障壁なく予防接種を受けられるような施策を構築することが行政として検討課題となる。これは、予防接種により指定伝染病を防ぐという予防接種法の本旨に従う施策であり、何より、子どもをポリオから守るための当県として着手可能な政策であると考える。
なおこの措置は、国がIPV、あるいはDPT+IPVを導入するまでの間に限定される。
また、この施策の導入と同時に、県立の医療機関においても早急にIPV接種を可能とするよう対策が講じられるべきである。
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年11月5日
病院の震災対応 (その1/2)
この記事は日本評論社の経済セミナー増刊『復興と希望の経済学』に掲載された記事を転載したものです。
亀田総合病院 副院長 小松秀樹
2011年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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東日本大震災での医療・介護に対する救援活動については、実際の活動に携わりながら、さまざまな文章を書いてきた(文献1,2,3,4,5)。医療介護救援活動の全体像については、『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』(全労済協会)にまとめた。本稿では、病院が大災害にどのように対応すべきなのか考えたい。
○1. 規範より実情が重要
東日本大震災は想定を超えた大規模なものだった。病院のみならず、大半の自治体で、災害時のマニュアルは役立たなかった。行政の危機対応は遅く、拙劣だった(文献2,6)。
亀田総合病院は、被災地から、透析患者、人工呼吸器装着患者を受け入れ、老人健康保健施設、知的障害者施設の千葉県鴨川市への疎開作戦を立案・遂行した。
亀田総合病院の小野沢滋医師は、鴨川市を含む安房地域に要介護者を受け入れるために、石巻の避難所で活動した。石巻の医療・介護需要を明らかにするために全戸調査を実施した。これには、亀田総合病院から多数の職員がボランティアとして参加した。
いずれも、想定していなかった災害に対する、誰もが実施したことのない救援活動だった。新しい取り組みだったこともあり、様々な局面で、行政と齟齬が生じた。行政の、法令と前例に縛られた硬直性、事実を捻じ曲げる知的誠実性の欠如、被災者救済より自らの責任回避を優先する倫理的退廃には、何度も驚かされた。自らの権力を高めるだけのためとしか思えない情報の非開示や小出しは、日常的に行われているように思えた。
行政は、法令が、災害の実情に合わなくても、規範として扱う。法令に無理があることを反省せずに、しばしば、「法令を遵守していなかったではないか」と現場を非難する。法令は、現場を蹴落として、その反作用で自分を高めて責任を回避するための行政の道具に見えてしまう。
○2. 「病院における災害対応の原則」義解
病院における災害対応の原則をA4紙1枚にまとめた(表1)。東日本大震災を見聞・体験した上での筆者の個人的メモである。以下、意図を簡単に解説する。
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
大災害時には、対応を単純にしないと動けない。ところが、官僚にとっての最重要課題は、論理的整合性である。責任回避を可能にするからである。論理的整合性にこだわると、複雑になり、実行不可能になるが、問題が生じても現場の責任にできる。官庁のお仕着せのマニュアルは、そのままでは、いざという時に役立たない。常識と想像力で、それぞれの病院にあった簡潔なマニュアルを作成する必要がある。
消防法の改正で2009年6月1日より、施設の建物の階数や面積が一定の条件を超えると、自衛消防組織の設置・届出が義務付けられることになった。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」の冒頭に、自衛消防とは、「火災、地震その他の災害等による人的又は物的な被害を最小限に止めるため、事業所で行う必要な措置の総称」と定義されている。これに続いて、自衛消防隊、自衛消防活動、防災センター、防災センター要員、自衛消防活動中核要員、自衛消防組織、統括管理者、自衛消防要員、告示班長、自衛消防業務講習修了者等の定義が並ぶ。通報連絡班、初期消火班、避難誘導班、応急救護班などを設置し、それぞれを告示班長が統括することになっている。これらを、通常の機能している組織内部に置くという。複雑怪奇としか言いようがない。
そもそも、病院には何種類かの通報連絡設備があり、担当部署が運用と保守点検に当たっている。入院患者の避難誘導は看護師の主要任務の一つである。病棟では護送、担送すべき患者の数は常に把握されている。救急部は応急救護の専門家集団である。
災害対応のために普段と異なる職務の訓練を本格的に行うとすれば、本来の職務を阻害し、結果として病院の機能を低下させる。組織横断的な自衛消防隊を設置するとすれば、既存組織にない機能や既存組織の補助・支援に限定しないと矛盾が生じる。自衛消防隊の機能はできるだけ既存組織が担うようにすべきである。
なぜ複雑・怪奇になるのか。自衛消防では、各種講習の受講が義務付けられている。新規講習の受講料は1名当たり3万7000円。講習業務を、財団法人日本消防設備安全センターが担当し、講習事務を地方の公益法人が引き受けている。あらゆる業種を集めての講習なので、講習内容は少なくとも病院の実情とはかけ離れている。しかし、義務付けられているので、受講せざるをえない。毎年、莫大な受講料が天下り財団に流れる仕組みになっている。
(2)指揮官
迅速に集まれる病院幹部が集まって、当面の指揮官を決定し、災害本部を立ち上げる。病院幹部の定義は病院ごとに決めればよい。危機管理に不向きの管理者が、指揮官に選ばれないように工夫する必要がある。
病院の日常業務の多くは、指揮官がいなくても回っていく。通常の火災は、仕組みさえ作っておけば、自動的に対応できる。一方、大災害への対応は指揮官が必要である。病院の運命を決める重要な決定を下さなければならない場面が生じうる。このため、指揮官には、病院の最高責任者が就任すべきである。
災害本部の設置場所をあらかじめ決めておく。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」は、防災センターを自衛消防隊本部拠点にするとしている。防災センターは、自動火災報知の受信、スプリンクラーの監視、消防ポンプの監視・遠隔操作、非常放送設備などの操作を行うことのできる総合操作盤を備えている。いずれも火災を想定したものである。1997年9月16日の総合消防防災システムガイドライン(消防予第148号)では、防災センターを「原則として1階(避難階)に設ける」としている。1階は津波に弱い。通常の火災と地震をひとまとめにしようとすることに無理がある。自衛消防組織については、欠点が多すぎる。早急に消防法を改正する必要がある。
指揮官は災害対策本部の設置を院内に周知する。病院がどのような状況にあるのか、現場で忙しく働いている職員には分からない。状況を把握して職員に説明し、行動の方向を決めるのが指揮官の役割である。病院から逃げ出す必要が生じたときに、指揮官が逃げると決めて号令しなければ、大混乱が生じる。指揮官は右往左往してはならないが、判断を固定化してもいけない。常に状況を観察しつつ、判断が正しいかどうか検証して、必要があれば、適宜修正しなければならない。
避難誘導は火災と津波を想定する。東京の一部では、テロを想定しないといけないかもしれない。地震で建物が倒壊すれば、病院職員による避難誘導だけでは対応できない。
通常の火災対応は総務畑の管理職が統括すればよい。火災時の避難は、防火扉設置場所を超えて、反対側に水平移動する。あるいは、非常階段から下方階に避難する。看護部主導とし、応援部隊を設定しておく。動きやすい計画に基づいて訓練をして、自主的に動けるようにしておく。
津波では上方階への避難が必要になる。地震のために、エレベーターは使用できない。何階まで避難させるかの決定は指揮官の仕事である。本当に避難が必要かどうか判断しにくいが、決定のタイミングが遅れると大きな被害が出る。集中治療室の患者にとって、移動すること自体、極めて危険である。手術中の対応はさらに難しい。
亀田総合病院は、東日本大震災で、透析患者の受入れ、老健疎開作戦を行った。透析患者や要介護者の多くは、自力でバスから降りることができなかった。高齢患者は簡単に骨折する。もっとも活躍したのは、体の扱いを熟知し、かつ、体力のある理学療法士や作業療法士といったリハビリテーション部門のスタッフだった。亀田総合病院では、約100名の理学療法士が働いている。上方階への避難は、理学療法士の知恵と力を借りるべきである。
指揮官の周囲に、情報係、施設係、装備係、遊撃隊などを置く。指揮官の仕事を減らして、指揮官が冷静に考えられるようにする。さらに、判断を支えるために、参謀、冷静に眺める観察者をおくとよい。観察者は、判断が大きくぶれたとき、組織上の阻害要因が目立ったとき、冷静に指摘することが任務となる。
(3)職員
最も重要なことは、大災害では組織が総崩れになる可能性があるので、いざとなれば、自分で考えて動くことである。
上司が被災するかもしれない。生き残っていても、適切な判断が不可能になっているかもしれない。そもそも、危機的状況で適切に判断する能力がないかもしれない。修羅場に対応する能力があるかどうかは、平時には分かりにくい。上司が適切な行動をとれない場合、適切な指揮官をさがす。いざとなれば、自分で何が正しいのかを考えて行動する。自分の生命が危うくなれば、逃げる。これは当然の権利である。
行政は、指揮命令系統が混乱するという理由で、この原則に反対するかもしれない。しかし、病院の職員は資格を持っていることが多く、命令ではなく、自身の職業上の正しさを基準に動く性癖を有する。実際に、病院は個々の専門家に対し、専門領域の判断について命令することはない。
そもそも、現代の医師は、国家や法であっても、状況によっては服従してはならないとされている。第二次大戦中、医師が、国家の命令で戦争犯罪に加担した。これに対する反省から、戦後、医療における正しさを国家が決めるべきでないという合意が世界に広まった。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところである。
(4)災害本部からの放送と指示
災害対策本部から全体への発表事項は大きな状況判断と大方針のみとする。周知のために、同じ放送を繰り返す。災害の状況を患者や職員に伝えるため、テレビ報道やラジオ報道を流し続ける。
各部署への指示は簡潔を旨とする。細かいことは、できるだけ現場の裁量に任せる。
(5)報告
現場からは、重要な点だけを簡潔に報告する。中央に情報が集まり過ぎると、適切に対応できなくなる。危機的状況に陥っている部署に詳細な報告を求めると、無理な負荷がかかり、混乱を助長する。
(6)判断
最初に、患者、職員、建物に被害がないか各部署に素早く確認し、避難誘導について必要があれば指示する。同時に院内と院外に対する通信手段を確認する。電気・水道はその次である。食糧、飲料水、燃料、酸素、薬剤、被災者の受入れなどは、初期対応の後、担当部署を交えて考えればよい。
人間の活力は無限ではない。完璧はあり得ないので、優先順位を考えなければならない。例えば、医療安全対策では、効果が大きくコストの小さい安全対策が未実施の場合、効果が小さくコストの大きい安全対策を実施してはならない。優先順位を無視すれば、安全対策の合理性が失われる。
外部に救援を求める、患者や負傷者を院外に搬送する、全員院外に避難するなど、大きな判断を必要に応じて確実に決断し、周知する。
使えないマニュアルは無視する。行政の都合で作成を強いられた使えないマニュアルは、棚の奥にしまっておく。
(その2/2へ続く)
文献
1 小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.89, 2011年3月26日.
http://medg.jp/mt/2011/03/vol89.html#more
2 小松秀樹:ネットワークによる救援活動 民による公の新しい形.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.103, 2011年4月5日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol103.html#more
3 小松秀樹:災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.112, 2011年4月9日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more
4 小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.124, 2011年4月14日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol124-1.html
5 小松秀樹:日本赤十字社義援金は能力なりの規模に 免罪符的寄付から自立的寄付へ. MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.126, 2011年4月16日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol126.html#more
6 小松秀樹:行政が大震災に対応できないわけ. 月刊保険診療, 66, 46, 2011.
表1 病院における災害対応の原則
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
・緊急対応の決めごとは単純に。法令より常識と想像力をよりどころにする。
・既存組織を優先。臨時組織にできるのは、簡素な機械的対応のみと心得る。
・完璧を期すと、意味のない連絡や作業が増え、結果を悪くする。
・詳細情報は時間と労力を奪う。詳細情報そのものが、迅速な行動の阻害要因になる。
・緊急時には、やりとりに食い違いが生じるものだと覚悟しておく。
(2)指揮官
・集まれる幹部で当面の指揮官を決定し、適切な場所に災害本部を立ち上げる。
・指揮官は、災害本部の設置を院内に周知する。
・指揮官の任務は、全体像を把握し、組織としての行動の方向を決めること。
・指揮官は、手に入る情報でとりあえず状況を判断する。必要に応じて適宜修正する。
・指揮官の横には参謀、観察者、情報係、装備係、遊撃隊などを適宜置く。
(3)職員
・機能する上司が存在しているかどうか確認する。
・存在する場合は、その上司の指示に従う。
・上司が、明らかに危機対応できない場合には、適切な指導者をさがす。
・適切な上司・指導者がいなければ、自律的に被害を最小限にすべく行動する。
・自分の生命が危ういと感じたら逃げる。
(4)災害本部からの放送と指示
・状況判断と大方針を院内に伝える。
・NHK第1放送を院内放送で流し続ける。
・簡潔な指示を適切な部署に伝える。細かい対応は現場の裁量に任せる。
(5)報告
・各部署は、本部に簡潔な報告をする。本部は必要以上の詳細報告を求めない。
(6)判断
・患者・職員の安全確認。建物の安全確認。避難誘導の指示。院内院外の通信手段の確認。電気、水道の確認や被災者の受入れなどは、状況に応じて考える。
・判断は迅速に。優先順位を明確に。
・行動しながら事態の変化と行動の結果を予想・観察しつつ、最適行動を変更する。
・下記レベルの大方針を決定し、周知する。1.外部に救援を求める 2.患者や負傷者を外部に搬送する 3.全員院外に避難する
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年9月20日
行列のできる病院が莫大な累積赤字を抱えてしまう理由
このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。http://jbpress.ismedia.jp/
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科 多田 智裕
2011年9月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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7月15日、日本大学医学部付属練馬光が丘病院(東京都練馬区)が2012年3月をもって撤退することを発表し、病院を引き継ぐ新たな医療機関の公募が始まりました。
同病院は、東京23区内で年間9万7000人の入院患者を受け入れ、年間1万9000人もの救急患者の診療を行っていた大学病院です。東京都内の地域医療の要であった大学病院が実質的な破綻状態に陥っていました。積み重なった赤字額は、20年間で140億円に達するといいます。
この破綻撤退劇は、これまでの地方の公立病院の採算悪化に伴う閉鎖とは全く意味合いが違います。
なぜならば、日本大学練馬光が丘病院は、病床稼働率や平均在院日数や人件費率、経常収支比率などの経営健全度を示す指標で、全国トップクラスの優良病院であったからです。
例えば、病床稼働率について見てみましょう、過去に破綻が報じられてきた夕張市立総合病院や銚子市立総合病院の閉鎖前の病床稼働率は約40%でした。しかし、今回の日大練馬光が丘病院の病床稼働率は80%を超えています。他の人件費率などの経営指標上の問題もなく、外来も混雑して行列ができている状態だったのです。
医療以外の業界において、稼働率が80%を超える施設が純粋に本業だけで赤字を積み重ねて閉鎖に追い込まれる状況は考え難いでしょう。
でも、保険診療においては、このような事態が起こり得るくらい、価格が低く抑えられているのです。
●放置される「赤字必至」の公定価格設定
日本大学撤退発表前の7月13日、厚生労働省の中央社会保険医療協議会において「「医療機関の部門別収支に関する調査 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001hsqc-att/2r9852000001hsuj.pdf 」が提出されました。
これは、現在の保険点数(公定価格)が適正かどうか調べるため、どれくらいの費用が実際にかかっているかを計算したものです。報告書に記載されていた数値は目を疑うものでした。187の病院のレセプトから算出した診療科別収支で、内科系では保険点数で100円稼ぐのに109円を要する「-9%」の逆ざや状態。そして、産婦人科も100円稼ぐのに118円の費用が発生するという「-18%」の逆ざや状態です。
この結果は、平均的な費用をかけて(人員を平均的な人数配置し、平均的な設備を揃えて)医療を行う限り、内科系と産婦人科はやればやるだけ赤字が積み重なる価格設定であることを意味します。
本来であれば、この数値を真摯に受け止めて、保険点数の改訂が検討されるべきでしょう。しかし、健康保険支払い側は会議上で「これは計算手法の開発途上で出てきた話。中身について議論するのは避けた方がいいだろう」と事実上、無視する姿勢を示したのでした。
国策レベルで「内科/産婦人科といった医療の主要部門が保険点数だけでは赤字」という状況が放置される以上、地域医療を支える医療機関の閉鎖や撤退は、今後も続けて起きるのは時間の問題と言えるでしょう。
●日本大学の撤退は許されざることか?
今回、日大練馬光が丘病院は撤退の理由を、開設以来連続して支出超過(赤字状態)が続いていることと、民法第604条規定(賃貸借の存続期間は20年を超えることができない)により、病院の賃借期間は20年に短縮可能だからと説明しました。
一方、練馬区側は病院開設時に30年の賃借契約を結んでいる以上、契約満了前に運営から撤退するのは了承できない、もし撤退するのであれば、責任を持って引き継ぐ医療機関を探すべきである、とホームページ上で主張( http://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/hoken/oshirase/0.html )しています。
どちらにも各々の立場で主張があるのでしょう。しかし、問題の本質は、相次ぐ医療費削減政策により、保険診療だけでは病院運営が赤字にならざるを得ないという、低すぎる健康保健点数にあります。新たな運営主体を探したところで、それは解決を先送りしたに過ぎません。
もちろん地域医療に取り組むには医療者としての道義として、採算が取れないからといってすぐに撤退することは許されないでしょう。それでも、赤字垂れ流しの状態で、「道義的責任」や「使命感」だけで続けられるのはせいぜい数年でしょう。
練馬光が丘病院に対して「20年間も赤字が続く厳しい状況の中、よくやってくれた」というねぎらいの言葉ではなく、「契約不履行」という非難の声明が投げかけられるのは、医療従事者としては沈痛の極みです。
●「赤字でもやれ」では前に進まない
私が最後に一番訴えたいのは、医療費が増額されない中で、「赤字でも必要なのだから、撤退せずやり続けるべきである」と病院に強要するだけでは、議論が先に進まないということです。医療費の負担増をどのように分かち合うのか、そして、まかないきれない部分については、医療機関の閉鎖や医療機能の縮小などをタブー扱いしないで、より現実的な意見交換が行われるべきです。
日大練馬光が丘病院を引き継ぐ医療機関の公募結果は、現時点では明らかになっていません。心臓循環器救急医療などが条件から消えていることから、現在の医療水準と医療機能が大幅に低下する可能性が高いと思われます。
行政は「安定した地域医療を継続して提供する」という理想を掲げる一報で、現実には医療給付の制限を行っています。このままでは、また同じ事態が繰り返されるに違いありません。
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年9月8日
ポリオワクチン問題を、オトナとして、世田谷区民として ~個人輸入のIPVに世田谷区って公費助成できないのだろうか? その2~
日本国主権者、東京都民にして世田谷区民 真々田 弘
2011年8月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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昔話になる。
半世紀前、旧ソ連からの一千万人分を含む一千三百万人分の日本では未承認の生ワクチン緊急輸入ならびに集団投与を実現したのは一人の政治家の決断だった。厚生大臣、古井喜実。もちろん、「腹を切る」とまでの彼の覚悟を生み出したものは前年から日本国中に広がった大衆運動であった。(この大衆運動について詳しくは、拙著「誰が医療を守るのか」第二部)
行政は、決まった道しか進めない。自分たちの段取りの仕方しか知らない。前任者の判断を切り捨てることも、できないし、人事異動でくるくる回って何も変えずにさってゆく。
その段取り仕事を壊せるのは、政治、政治家でしかない。
国の不活化ワクチンに対する態度は、今日に至るまで変わっていない。
例えば先日、衆院構成労働委員会でのやり取りがある。
(http://saito-susumu.jp/ )「今日の斉藤進 2011年7月22日」
今の厚生労働大臣も副大臣も、議員の質問に対して既存の厚生労働行政を説明しているに過ぎない。行政の長ではあるが、行政を率いる政治家としての見解を読み取ることは、残念ながらできない。あくまで、私見ではあるが。
確かに半世紀前の古井厚生大臣の決断は重かった。生ワクチンの開発から5年余り。集団投与での実績は、ソ連や東欧圏で2年前から始まったばかり。WHOに報告された安全性と効果の科学的なデータはあったにしろ、自分が決断した生ワクを投与した子に何かあったら「腹を切る覚悟」が必要だったろう。
今の政治家たちは、幸いその覚悟をしなくても良い。なぜなら、今、世界標準となっている強化型不活化ワクチン=eIPVには世界各国で四半世紀にもわたる使用実績があるのだし、この一年余りの間で、日本国内で自費で=自己責任での個人輸入のIPVの接種数は万を越えている。恐らく、間違いなく国内メーカーが開発中のDPT+IPVの治験より数多くの子どもたちが、個人輸入でのIPV接種を受けている。
重篤な副反応例は(世界でも同じだが)、報告されていない。
さて、私の一区民としての「政治工作」、政治家説得作業は区長宛だけでは無論ない。
世田谷区議会の議場を飾る政治家の方々にも、同様の陳情をお送りした。
先週のことだ。区長宛と重なる部分もあるので、全文をお読みいただくことに躊躇はあるのだが、やりとりの全文公開が前提の作業。お許しあれ。
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●●党世田谷区議団 様
陳情書
ポリオ不活化ワクチンへの公費助成制度創設の提案
2011年7月21日
世田谷区●●●●-●-●
真々田弘
*************(メアド)
前文
ポリオをふせぐためのワクチンで、こどもたちがポリオとしないために
ポリオを防ぐために国が推奨し、予防接種法に基づいて世田谷区でも春夏に集団接種が行われているポリオ生ワクチン(以下、OPV)によって、接種を受けた子どもがポリオになるリスクがある、ということは最近、多くのメディアで取り上げられ皆さま方区議団に置かれましてもいくばくかは耳になさっていることと存じます。また、このワクチンによるポリオ発症というリスクを防ぐために世界の先進国のすべてでポリオ不活化ワクチン(以下、IPV)が使用されているという事実についてもいくばくかのご理解はあることと思っております。
そして、その事実を知った多くの保護者が個人輸入で(全額自己負担で)あるにもかかわらずIPVの接種を求め、その保護者の医学的には当然の要望に応える医療機関が急増し、世田谷区区内でも既に8か所あまりを数える現実につき、お耳になさったことがあるかもしれないと考えています。
極東でOPVを使い続けるのは北朝鮮と日本だけ・・・という情けない状態。
国も、厚労省も、政策決定に関わる医療者も二十年余り前からOPVの危険性を知り、十数年前からIPVの必要性を語っているのに、未だに、生ワクチンによるポリオの子を生み出している現実。
あなたは、あなた方区議団は、世田谷区のコドモたちに対して、どうオトナとしての責任をお果たしになりますか?
国が決めたことだからと、ポリオになる危険性が明らかなワクチンを、この秋も世田谷のコドモたちに飲ませ続けますか?
私からの提案があります。
今、個人輸入で導入され、保護者の全額自己負担となっている世界標準のワクチンであるIPVの接種に対して、世田谷区としての助成制度を作ることはできないでしょうか。
以下、私の現状認識と、助成制度への提案を提示します。ご不明の点あらば、いつでもご連絡ください。
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政策提案 本文
ポリオにならないワクチンを望む保護者たちを見捨てないために
A.まず、事実認識です。
根本は、他の先進国では標準の「ポリオを防ぐワクチンでポリオにはなることがない」IPVが、日本では国よって未だに承認されず、予防接種で使われていないということです。そして、予防接種法に定められたという理由だけで「ワクチンによってポリオになるリスクがある」と誰もが確認しているポリオ生ワクチン(以下、OPV)の使用が継続されている、ということです。
現在、先進諸国であまねく使われているIPVが開発されてから四半世紀あまりたつというのに日本の防疫行政の遅滞は、あまりにも明らかです。
そして、その世界では科学的・医学的に常識である事実を知った保護者たちが「ワクチンで子供をポリオにしない」ために国が勧めるOPVを忌避し、日本では未承認ではあるが世界標準のIPVの接種を求めるのは合理的な行動です。そしてこのわが子を、わが子を取り巻く人々をポリオにしないための科学的根拠を持つ正しい行動が、今は医療者と保護者との自己責任、保護者にとってはIPV接種費用の全額自己負担という重荷となっている現実があります。
整理します。
1)世田谷区としては国が予防接種法で定めたOPVの接種を行っている。
世田谷区の保健担当者もOPVによるポリオ発症リスクについて理解している。
国もそのリスクについては、国会答弁などの資料で確認できる範囲で、既に十数年前には理解している。
しかしながら、未だにIPVは導入されていない。
2)ただし、OPVによるポリオ発症リスクが周知のものとなっている現在、正当な科学的根拠に基づき、それを忌避する保護者が存在する、という事実がある。
3)2)の保護者が、正当な科学的な根拠に基づきワクチンによるポリオ発症リスクの全く無いIPVの接種を求め、現実に接種を受けさせている事実がある。かつ、IPVを接種する保護者は、昨年以降急激に増加している。
4)その保護者の要望に応え、正当な科学的な理由をもって個人輸入という形でIPVを個人輸入し、接種を行う医療機関が、全国でも世田谷区内でも増加している事実がある。
5)3)ならびに4)による世界標準であるIPVをという行為が、保護者と医療者の接種費用負担、副作用リスク負担を含め自己責任でなされている事実がある。
6)あるいは、2)という認識を持った保護者が、IPV接種での全額自己負担という経済的な理由で断念しているケースがあるという事実がある。
7)あるいは、2)という認識を持った保護者が、国が来年度中には使用できる見込みと表明している(しかしながら、現実に導入されるまでの日程表が明らかでは無い)DPT+IPV(三種混合ワクチン+IPV)ワクチンの導入を待ち、OPVも全額自己負担の個人輸入IPVをも使用しないという現象が生じつつあると報告されている。
7)6)あるいは7)という選択を保護者が行った場合、外来での野生種ポリオへの感染リスクに加え、区が行う定期接種で使用されるOPV由来の二次感染リスクを当該幼児が負うとともに、周囲に対して三次感染源となるという社会的リスクが拡大する。
さて、世界標準の不活化ワクチンが四半世紀たっても国が認めていないというガラパゴス化してしまっている日本の予防接種行政によって、保護者とこどもたちにリスクを与え続けるというこの不幸な事態を、どう解消できるのでしょうか?
一人のオトナとして、今、できることは何なのでしょうか?
世田谷区政治に責任を持つ区議会議員として、区民の健康に責任を持つ政治家として、あなたたちに何ができるでしょうか?
何も、できることは、無い、のでしょうか?本当に、無い、のでしょうか?
B.政策提言
個人輸入で接種されているIPVへの区としての助成制度を上記A.の認識を前提にしてひとつの政策提案を行います。それをぜひ、貴区議団に世田谷区の政治に、行政に責任を持つ政治家として、実現可能な方策であるのかについてご検討いただきたいと願うのです。
1)世田谷区は、予防接種法に基づくOPVによるポリオ定期予防接種を法に従い継続する。
2)ただし、正当な根拠に基づき国の定めるOPVを忌避する保護者が存在することを認める。同時に、OPVを忌避する保護者が増加している現実を認める。
3)世田谷区としては世界的に、科学的にポリオ発症リスクがなく、流行への抑止効果が世界的に確認されているIPVの接種を保護者が選択することには科学的合理性があり、かつ、国の指定伝染病であるポリオの流行を防ぐためのポリオ抗体を維持するためには科学的に妥当な行為であると認める。
4)よって、国の指定伝染病であるポリオの流行を防ぐために科学的に根拠のあるIPVを、個人として保護児童に対して接種することを希望する保護者に対して、世田谷区としてその費用の全額、あるいは一部について助成を行う。これは、あくまで、国指定伝染病であるポリオに対する抗体保持率を高めるためであり、指定伝染病の蔓延を防ぐという予防接種法の本旨を実現するための行為である。ただし、世田谷区はこの国の薬事法上未承認であるIPV接種によって生じる可能性のある副反応による被害につき、その責任はIPV接種を求めた保護者に存することを確認するための書面の提出を助成を求める保護者に求める。
5)なお、この助成措置は、国が導入を予定しているDPT+IPVワクチンにつき、その導入についての経過措置が明確化され、そのために必要とされる単独IPVが現実に、国の施策として保護者に対して無料で提供されるまでの間に限定して行うものとする。
以上
世田谷区民の公選によって選ばれた政治家である区議の方々の職責に鑑み、一世田谷区民の私として貴区議団の英断をお願いするしだいです。
同一の提案を世田谷区議会で明確に区議団としてのコンタクト先が明記された区議団に送付しています。また、陳情書という公の性質をもつ文章であることに鑑み、この陳情・提案の内容、ならびに貴区議団からのご返信については、その有無も含め、公開されてしかるべきものと考えております。
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7月28日。送付先に電話にて陳情書を受け取ったのかどうか確認。
受け取ったと認識しているところ、既に議員団として共通認識にしているというところ、そもそも議員団の体をなしていないところ…などいろいろ。とまれ送付したという事実を相手が確認してくれればいい。ちなみに、いつでもご説明に伺いますよという案内があるが、未だに、どこからも問合せは無い。(続く)
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年8月4日
品川美容外科事件-捜査官の不適切行為の数々
元三宿病院長 紫芝良昌
2011年7月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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7月22日の朝刊各紙は警視庁捜査一課白鳥警部の捜査資料に関する守秘義務違反容疑による逮捕を一斉に報じた。品川美容外科病院に生じた業務上過失致死事件の捜査中、捜査情報を被疑者である病院側に漏らした守秘義務違反による逮捕である。
しかし、この事件にはもう一つの大きな問題が内在する。それは捜査対象である病院に、しかも捜査が行われている最中に、捜査当局のOB二人が就職しているという、異様な事態である。このような構造があれば、病院側はOBを通じて捜査情報を入手する可能性が開ける。この構造自体が本件のような守秘義務違反を生む基盤であり、これから派生した守秘義務違反をいくら糾弾しても、この構造に対して司直のメスが入れられない限り同種の事件の再発を防止することは不可能であろう。しかし、どの新聞も22日夕刊までの時点でこの点に関して何らの論評も加えていない。
逮捕された白鳥警部は守秘義務違反容疑に対して強く否認していると云うが、捜査対象の病院に対してOBの就職を強く迫ってきた、と言う事実を否認することは出来まい。
なぜなら、私自身が院長を務めていた病院において、業務上過失致死事件があり、病院側が事実を隠蔽しているのではないかと疑われて2004年4月から12月まで実に8ヶ月間、白鳥警部のチームの捜査を受けた際、同様にOBの就職を持ちかけられた経験があるからである。
捜査本部の置かれた目黒署に呼び出しを受け、事情聴取されたが、そのさなかの8月頃と記憶しているが、事情聴取の合間に白鳥警部から「これから病院も患者とのトラブルなどで大変なことも多いだろうし、警察が介入することも多くなるだろうから、対策として警察のOBを雇ったらどうか。そうしている病院もたくさんあって喜んでもらっている。今、適当な人がいるが、年俸600万円でどうか」というのである。
私は捜査官が、捜査中の病院の院長に対して、警察OBの就職を斡旋する事実に驚愕した。そんなことしていいんですか、と私が問うと「病院のため思って云ってるんだ」とのことであった。私は「いま、そのようなことが病院に必要だとは毛頭思わないけれど、事務部長にも聞いてください。事務部長もウンとは云わないと思いますよ」と答えたが果たして事務部長もウンとは云わず、この話は沙汰止みになった。
内心、この話を受けておけば、医療過誤事件に関しても、また平行して進行している民事損害賠償請求事案に関しても、有利な手心を加えてもらえるのではないか、との誘惑を感じたことも事実である。
しかし、捜査をする側と受ける側という、力関係の大きな傾斜のある中で、年俸600万円のポストがやりとりされる、というのは異様な事態であり、禁止する法律はないのかも知れないが、捜査側も、病院側もこのようなことを自制するだけの節度を持たなければならないと私は考えた。医療問題に詳しいとして白鳥警部が捜査に入った医療機関では、同じようなやりとりが行われたはずである。
多くの病院は、良識ある節度を維持していたと思うが、品川美容外科病院はこの誘惑に勝てなかったのであろう。
捜査中白鳥警部の節度を欠いた行動は、これのみではない。2004年9月8日、病棟の看護師から、夜な夜な白鳥警部から携帯電話で呼び出され、中目黒の歓楽街で酒席の相手をさせられている、という訴えがあった。事実を確認して警察監察部等、しかるべき所に連絡して対応するのが、院長としての責務であると私は考え、事実を確認するため、看護師に電話会社に連絡して通話記録を提出してくれるよう求めた。看護師の側は通話記録には個人情報が多く含まれていることを憂慮してのことであろう、この求めには応じず客観的な証拠を示すことが出来なかったため、それ以上の対応を断念せざるを得なかった。
このころ、白鳥警部は、「本庁で俺が病院の看護師を妊娠させた、と言う噂が広がっている。この病院の女性職員の中で警察関係者の妻である者がいれば、それが噂を流している張本人だろう」といって、職員を聴取していたようであるが、あきれるという以外に言葉がなかった。
これらの院長側の対応に白鳥警部は激怒し「あの院長だけは牢屋にぶち込んでやる」といきまいているので心配です、とのコメントが部下の医師達から寄せられるようになった。はたして、11月8日、白鳥警部は私に「病院を救うには」との名目で院長職の辞任を強く迫り、私も部下の業務上過失致死容疑について、院長としての立場上の責任を取って11月末日に院長職を辞した。事故の隠蔽の容疑に関しては、その事実はなく、病院側は事故直後に司法解剖を申請し、公正な死因の究明を期したが、警察に対して再三、司法解剖の結果の開示を求めても拒否され、解剖所見のないままに院内の事故調査委員会は報告書を作らざるを得なかった。
報告書は委員会から院長に宛てた報告書であり、内部文書として扱われるべきものであり、公印を要する文書ではない。白鳥警部らはこの文書の内容に、解剖所見と異なる部分があり、それが偽造にあたるとして「有印公文書偽造同行使」の共犯として私を書類送検した。
当然、検察は「文書は公文書ではないし、内容も偽造とは言えない」として不起訴にした。白鳥警部は事前に事態がこのように帰結することを熟知していた。にもかかわらず敢えて送検することは、OBの就職に非協力的であり、白鳥警部の非行とも言える行為を告発する姿勢をみせた院長を、送検に伴う報道によってバッシングすることを目的としたものであり、その目的は十分に果たされたのである。
現今、検察の不祥事が大きく報道されているが、市民との関係から云えば、警察の方が遙かに広い裾野をもっている。司法警察のこのような不適切行為が明るみに出され、浄化されて信頼が回復されることを強く望むものである。
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年7月27日
福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う(その2/2)
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前処置として全身照射が行われているが、その線量は12Gy/6分割/3日である。しかしこの線量で死亡することはない。全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致死線量7Sv、半数致死線量4Sv、死亡率ゼロの『しきい値』線量1Svの線量死亡率曲線を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。しかしがん治療で行われる全身照射12Gy(Sv)では死亡しない。また医療用注射器の滅菌には20,000Gy(=Sv)、ジャガイモの発芽防止には150Gy(=Sv)照射されている。こうしたX線やγ線の光子線照射では放射線が残留することはない。
しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はより強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量(initial dose)は同じでも人体への影響は異なると考えるべきで あり、早急に預託実効線量の把握に努めるべきである。
したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9mSvであるなどと比較して語るのは厳密に言えば適切な比較ではない。画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。内部被ばくを伴う放射性物質からの全身被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。
臨床では多発性骨転移の治療としてβ線核種のSr-89(メタストロン注)が使用されているが、1バイアル容量141 MBqを健康成人男子に投与した場合の実効線量は437mSvであるが、最終 的な累積吸収線量は23Gy~30Gy(Sv)に相当する。一過性に放射線を浴びる外部被ばくと、放射線物質が体表面に付着したり、呼吸や食物から吸収されて体内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を投与時の線量が同じでも人体への影響も同等と考えるべきではないのである。
現在の20mSv問題は、より人体影響の強い内部被ばくを考慮しないで論じられており、飛散した放射性物質の呼吸系への取り込みや、地産地消を原則とした食物による内部被ばくは全く考慮されていないのである。通常の場合は、内部被ばくは全被ばく量の1~2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエイトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。早急にホールボディカウンタによる内部被ばく線量の把握を行い、空間線量率で予測される外部被ばく線量に加算して総被ばく線量を把握すべきである。全員の測定は無理であるから、ランダムに抽出して平均的な内部被ばく線量の把握が必要である。また排泄物や髪毛などのバイオアッセイによる内部被ばく線量の測定も考慮すべきである。
現在の状況は、自分たちが作成した『緊急時被ばく医療マニュアル』さえ守られていないのである。
さらに飲食物に関する規制値(暫定値)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSv/年、放射性セシウムでは 5mSv/年に緩和し、しかも従来の出荷時の測定値ではなく、食する状態 での規制値とした。呆れたご都合主義の後出しジャンケンである。これではますます内部被ばくは増加する。ちなみにほうれん草の暫定規制値は放射性ヨウ素では2000Bq/kg、放射性セシウムでは500Bq/kgとなったが、小出裕章氏によると、よく水洗いすれば2割削減され、茹でて4割削減され、口に入る時は出荷時の約4割になるという。しかし、調理により人体への摂取は少なくなるとは言え、汚染水が下水に流れていくことにより、環境汚染がすすむことは避けられない。生体に取り込まれた放射線は排泄もされるため生物学的半減期や実効半減期があるが、元素の崩壊により発生した放射線は物理的半減期の時間のルールでしか減らないのである。
現在、膨大な量の汚染水を貯蔵しているが、これも限界があり、長期的には地下や川や海へ流れることになるため、日本人は土壌汚染と海洋汚染により、内部被ばく線量の増加を覚悟する必要がある。
●今後の対応について
現在、医療従事者の約44万人が個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているというが、千代田テクノル社の24万4千人の平成21年度の個人線量当量の集計報告では、一人平均年間被ばく実効線量は0.21mSvである。そして検出限界未満(50μSv)の人は全体の81.5%であり、年間1mSv以下の人は94.5%である。ガラスバッジの生産に数カ月要するとしたら、1mSv以下の23万人分の線量計を一時的に借用して、原発周辺の子供や妊婦や妊娠可能な若い女性に配布すべきである。移住させずにこのまま生活を継続させるのであれば、塵状・ガス状の放射性物質からの被ばく線量は気象条件・風向き・地形条件だけでなく、個々人の生活パターンにより大きく異なるため、個人線量計を持たせて実側による健康管理が必要である。それは将来に向けた貴重な医学データの集積にもつながり、また発がんや先天性異常が生じて訴訟になった場合の基礎資料ともなる。当然、ランダム抽出によりできるだけ多くの人の内部被ばく線量の測定も行い、地域住民の集団予測線量も把握すべきである。
低線量被ばくの健康被害のデータは乏しく、定説と言い切れる結論はないが、『わからないから安全だ』ではなく、『わからないから危険だ』として対応すべきなのである。
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォールアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から30~50cm(子供)用、1m(大人用)の高さで統一し、生殖器レベルでの空間線量率を把握すべきである。
土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時 3.8μSvとしたが、この値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの期間の妊婦の限度値2mSvの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低減の効果には限界がある。
1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。
最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。原発事故の収拾に全く目途が無い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も成り立たない。放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。
また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定しているため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム-89の半減期は50.5日だが、ストロンチウム-90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。
メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避するという前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にすべきである。5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じられたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年でエネルギーも高いセシウム-137が多い福島原発事故はより深刻と考えている。
政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境になった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、住民も納得する。
また、70~80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、支援することである。
今までの政府・東電の対応を見れば、馬鹿かお人好し以外の国民は「絵に描いた餅の行程表」など誰も信用していない。将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりして集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきである。長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。
●これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面でもここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。
原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ原発大国となった。約30%の電力を原子力発電で賄い、今後50%までその比率を上げようとしていた矢先の事故により原子力行政は根本から見直しを迫られている。そもそも原子力を含めたエネルギー政策が真剣に日本で議論されたことはない。政官業学の原子力村の人達は目先の利益で結びつき、「原発の安全神話」を作り上げ、また不都合な真実の隠蔽を繰り返してきた。それどころか、使用済みウランの処理の問題も絡んで、一度事故が起こればより深刻な事態となるMOX燃料を使用した原発まで稼働させている。
しかし原子力発電の廃炉後の管理や使用済み燃料の保管や事故が起こった場合の補償まで視野に入れた場合、コスト的にも原発が優位性を持つものではないことが明らかになった。しかしIT社会や電気自動車の普及など今後の電力需要は増すばかりであり、節電だけでは対応できないことも事実である。脱原発の方向でソフトランディングする施策を根本的に議論すべきであろう。米国も1979年のスリーマイル島事故以来、新たな原発は稼働させていない。
がん医療においても治療成績やQOLの向上ばかりではなく、国民の死生観の共有の議論を通じて、効果費用分析の視点を導入して、高齢社会を迎えて枯渇する年金や医療費の問題も議論されるべきである。診療報酬の配分の議論だけではなく、根本的に考え直すべきである。再生医療も臨床応用の段階となってきたが、生殖医療がそうであったように医学的な問題や技術的な課題だけが議論されて、「命」とは、「生きる」とは、といった「生命倫理」の哲学的な問題は回避されたまま医学技術だけが独り歩きしている。このままでは原発事故と同様に日本は自然の摂理から取り返しのつかない逆襲を受けるような予感を持つこの頃である。この大震災を期に色々な課題に対してラディカルに考え直す機会としたいものである。我々医療従事者も改めて、放射線利用の原則である、正当性・最適化・線量限度に心掛け診療すべきである。
こうした原子力災害を機に、閣議決定や総理大臣の思いつきでも結構であるから、『がんの時代』を迎えた緊急事態として、(1)放射線治療学講座の設置による放射線治療医の育成と、(2)医学物理士の国家資格化と雇用の義務付け、などを発言して頂ければ私の心も少しは治まるかもしれない。
2011年6月5日 記
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月21日
福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う(その1/2)
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。
原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害についてに私見を述べる。
●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用しようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こうした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。なんとも悲しい現実である。
多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わらない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決して報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。
●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やはり法律を順守した対応が求められる。そのための法律なのである。
また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものがある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面からのラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活することとなる。
医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒であった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のままで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるような言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であり、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。放射線防護の基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバシーも無い体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうかと疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減して空いているホテルで静養できるはずである。
被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホールボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなのである。
原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ばく線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かなる殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。
5月24日には1~3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたはずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていることは想像できたことである。
今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多くの作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。
3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材からのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されており、人間が近づける場所ではなくなっている。
作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の深刻さを理解していないようだ。
また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(?)酸鉄(?)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。
●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開されたが、時すでに遅しである。公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。
管首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる。
「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。
日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20 mSv~100 mSv/年 を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1 mSv-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である。
この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。
政府をはじめ有識者の一部は100 mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリスクのデータが報告されている。
広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-?(Biological Effects of Ionizing Radiation-?、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、5年間で100mSvの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「しきい値なしの直線モデル」【 (LNT(linear non-threshold)仮説 】 は妥当であり、発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。
さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーはECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人(半数は10年以内に発病)、原発から100Km~200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島 200km 圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予測して いる。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。
また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1976年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告しているIAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。
(その2/2に続く)
文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月21日
津波で崩壊した町・雄勝まごのて診療所を開設
雄勝まごのて診療所 院長
山王クリニック(東京・港区)院長 山王 直子
2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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津波で壊滅的被害を受けた宮城県石巻市において、3月より復興支援団体まごのて救援隊を立ち上げ、支援活動を行い、5月29日に石巻市雄勝(おがつ)町に「雄勝まごのて診療所」を開設した。
診療所を開設するに至った経緯を報告したい。
●まごのて救援隊とは?
「まごのて救援隊」は、平成23年3月11日におきた東日本大震災に遭い、一個人でなにかできることは ないんだろうか?と思い立ったことから、スタートした。震災翌日の3月 12日、 医師・山王(石井)直子と、石井肇の二人で、車に積めるだけの水や食料などを詰めてとにかく被災地に向かった。特に交通の遮断された地域や小規模の避難所、個人宅で避難される方々など大きな支援団体や、国、自治体などでフォローできない方々が多くいらっしゃるという現状を目の当たりにした。私たちは、小規模ならではの小回りのきいた ”かゆいところに手が届く” 現地での支援を行いたいと感じ、まごのて救援隊を立ち上げたのが平成23年3月25日。
詳しくはまごのて救援隊のブログ http://magonote99.blogspot.com/ をご覧いただきたい。
●まごのて診療所開設まで
はじめは水や食糧・灯油などの物資の搬送から始まった支援だったが、3月20日に北上町に支援物資を運んだ際に、避難所の受付をされていた方が、雄勝町出身で、「雄勝は道路が寸断されて物資が行き届かず陸の孤島化している。北上町も困っているが、もっと困っている地域があるから、行ってくれないか」と言われ、積雪残る峠道を超えて雄勝町に入ったのが3月21日であった。
町役場の方々の働く避難所で、医師ですが何かお手伝いできることはありませんか?と尋ねると、「医者がいなくて困っています。すぐに診療お願いします。」ということで避難所に連れて行かれ、畳の上に段ボール箱を置いて、その場で診療が始まった。
もともと高血圧症の多い土地柄で、10日以上降圧剤を服用せず、寒くて過酷な避難所生活のため、多くの方々が血圧が上昇していた。持参した医薬品はすぐに底をついてしまい、これは見捨ててはおけない。そこで毎週休みのたびに通う事になった。
雄勝支所の保健福祉課からの依頼で、日赤グループなど他の医療チームと連携していくつかの避難所のうちの、2か所と役場の方々の定期的診療を続けてきた。当初は患者さんの被災前の病歴もわからず、医薬品が不足し手さぐりの医療であったが、通い続けるうちに、町の再建のためには医療が不可欠であることが見えてきた。
雄勝にあった医療機関は壊滅的打撃を受け、中でも石巻市立雄勝病院は、医師やコメディカルが津波の犠牲となった。再建の見込みはまずほとんどない。町にあった個人医院も全壊し、到底診療を再開できる状況ではない。
町の再建に何が必要だろうか?
仕事がなければ町に住むことができない。毎日の生活に食料品や日用品を買う商店・銀行・郵便局などインフラの整備が欠かせない。子供のいる家庭では教育が必須である。そしてやはり何にも増して、医療は不可欠な要素である。町に医者がいなければ、町の方々、特に持病を持つ高齢者は住むことができない。
雄勝町は人口4300人(震災前)の漁業の町だったが、決して過疎の町ではなく、小学校・中学を含めて4つの学校があり、後継者もいる「活きた町」であった。震災後、町内および周辺の町に約1500人の町民が暮らしているが、町外に避難している人も多く、仮設住宅の申し込みも始まる中、町に残るか出ていくかを 5月の始めには決断を迫られる時期となった。
町に残りたいけれど、病院がないから住めない。という声を聞き、何とか町民に残ってもらいたい、医療がないために離れる町民に戻ってきてもらうために、私たちは診療所を開くことにした。
港区のクリニックと、300?離れた2か所の診療所開設という異例の業態となったが、宮城県の担当部署の迅速な対応で、決断からわずか2週間で開設の運びとなった。町民の水産業者の方から作業場の建物を診療所として無償でご提供いただいた。診療所に必要な、机・椅子・診察ベッド・処置台等々、も町内の施設からお借りすることができ、地元の方々の応援で全て準備が整ったのだった。
心から感謝している。
日曜日・月曜日の週2日だけの診療所だが、町に診療所がある、ということで住民に安心していただき、町の復興につなげていければと考えている。
復興支援の一つのモデルケースとして、他の地域の復興の参考になれば幸いである。
以上が診療所開設のあらましだが、1回ではとても語りつくせないので、次回以降少しずつアップし、被災地医療の問題点も明らかにしていきたい。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月20日
被災した子どもたちの将来のために
今回の記事は相馬市長立谷秀清メールマガジン 2011/06/06号 No.253より転載いたしました。
福島県相馬市長 立谷秀清
2011年6月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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お陰さまで、震災孤児・遺児らへの支援金が日本中・世界中から寄せられるようになった。中には私が直接お話しをさせてもらって意気に感じていただき、お帰りになってから広く募金運動をしてくださった方もいる。
また少額ながらも、気持ちですと伝えて来られた方もいる。
出来るだけ御礼状をと考えているので、口座に送金いただいた場合はメールでお名前とご住所のご連絡をいただきたい。もうひとつは、子どもたちが成長した時まで私が生きていたら、お世話になった方々の名簿を一冊の本にして彼らの旅立ちへの花向けにしたいから。
この震災の復旧・復興作業の指揮を執り続けてきた中で、私自身、大きな勉強をさせてもらった。
瞼に浮かぶ原釜の、生まれ育った家の周りの温かい光景が、すでに消えてなくなっていることを、現地が変わり果てているぶん納得できず、3か月も経とうとするのに、私は現実を心から受け入れることが出来ないのだ。
しかし、被災して人生が築き上げてきた全てを失った方々を前に、悲しみや感傷に浸っている余裕など無いから、気持ちに流されないで公務しなければならないことや、冷静に先々の展開を読んで早め早めの手を打っておくことを学習した。何より仕事をしている時が一番落ち着くことも分かったし、本当に苦しい時に支援を受ける有り難さも知った。こんなにお世話になるほど、私は他人に頭を下げて来なかったから、これからの人生でその分の埋め合わせをしなければと思っている。
私が本心では、今回の震災の甚大な被害を受け止め切れていないように、悪魔のような津波に追われた子どもたちも、恐怖体験から抜け出せないでいる。
加えて家族や友達を亡くした虚脱感が、本来あかるく多感であるべき子どもたちの感性をむしばんでいるのだ。学校が再開した4月18日以降、対策会議のたびに教育長から被災小中学校の様子を報告してもらっているが、PTSDはやはり深刻である。
対応策として臨床心理士によるケアを考え「相馬フォロアーチーム」を結成し、きめ細やかな心のケアを始めたのが4月の末だったが、開始後からその仕事量の大さへの対応と継続性をどのように確保するかが課題だった。対象は幼稚園から高校生までだから、一人ひとりじっくりとケアをして成長の記録をとどめて、さらに最長15年経過を追うとしたら、人材と財源を長期的にマネジメントしなければならない。
6月2日、この活動を理念と継続性と、透明性をもって着実に行っていく目的で、NPOとしての設立総会を行った。理事長には相馬市教育委員の山田耕一郎先生が、副理事長には立教大学教授で「難民を助ける会」理事長の長有紀枝先生が就任された。その他、相馬市内の有識者の方々と、福島から近藤菜々子弁護士が理事になられた。法人格を持つことによって相馬市としても支援しやすくなるし、寄付も集めやすくなる。何より目的と予算執行の間に客観的な検証を加えることが出来る。被災した子どもたちへの支援を長期間しっかりと継続するとともに、彼らの成長過程でアドバイザーになってもらえればとも考えている。
ところで、このNPO活動は孤児・遺児への支援制度と表裏一体である。
子どもたちを残して死んでいった親たちの無念に応えるためには、金銭的な支援だけでは足りないと思うので、高校卒業後の高等教育の奨学金の分もと思って世界中に支援を呼び掛けているが、忘れていけないことは、豊かな心と学力が充分に身につくようサポートすることである。
よって、いずれ体制が整い次第、NPO活動のメニューに学力向上部門を加えてもらおうと考えている。そして孤児・遺児だけではなく、被災した相馬市のすべての子どもたちに、支援していただく方々の善意が着実に行きわたり、最も有効に活かされるよう、一同、知恵を絞り努力を傾注していきたい。
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【立谷秀清メールマガジン】
●発行:福島県相馬市 企画政策部秘書課
TEL 0244-37-2115
●このメルマガに関するお問い合わせやご意見メールは、
info@city.soma.fukushima.jp
●マガジンの登録・解除は、
パソコンでご覧の方は http://www.city.soma.fukushima.jp/
携帯電話でご覧の方は http://mobile.mag2.com/mm/M0094208.html
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月19日
ホールボディカウンタを用いた内部被ばくの評価について
(独)国立病院機構 北海道がんセンター
医学物理士 島 勝美
院長 西尾正道
2011年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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放射線被ばくには外部被ばくと内部被ばくがある。
外部被ばくは体外にある放射性物質からの放射線によって被ばくする事である。
この場合は放射性物質から自分を遠ざけることによって被ばく線量を低減することができる。
そのために、衣服に付着した放射性物質を除去する(放射性物質との距離を取る)、野外活動時間を制限する(放射線のある環境にいる時間を短くする)、なるべく家屋の中にいる(家の壁材によって外部からの放射線を遮る)などの取り組みを行っている。
一方、内部被ばくは放射性物質を吸入、経口、および創傷部から直接体内に取り込み、体内からの放射線によって被ばくする事である。内部被ばくを低減させるためには、マスクなどを着用し吸入によって取り込まないようにする事や飲食物から放射線物質を取り込まないようにする必要がある。
食品に含まれる放射性物質は規制値によって管理されているため、大量の放射性物質を我々の口から取り込むことはないが、食品の流通経路にない手段(山菜取りや魚釣りなど)で得られた物については周辺の放射線量の状況によっては注意が必要になる。
外部被ばくの場合は線源が体の外にあるために、個人線量計を身体に装着することによって被ばく線量を評価しやすい。
しかし、内部被ばくは線源が体内にあるため、摂取後から順次減少していく体内残留放射線量を測定し、摂取量を計算から求めて評価する必要がある。
6月3日に東京電力から発表された福島第一原発で働いていた東京電力社員2人の内部被ばく線量は30代男性が210mSv~580mSv、40代男性200mSv~570mSvと被ばく線量の推定に大きな幅を生じている。
これは、体内に摂取した放射性物質量の推定が身体を測定した日の放射線量と、放射線核種を体内へ取り込んだ日にちの関係から求められることに起因する。
また、注目されるべき事象は、外部被ばくが30代男性で73.71mSv、40代男性が88.70mSvの線量限度以下であるにもかかわらず、内部被ばくを加算した場合は、外部被ばくと内部被ばくの最小値の累積被ばくで、すでに線量限度を超えている事である。
内部被ばく線量の評価に必要な放射線物質の摂取量の推定は、ホールボディカウンタ(写真)を用いた体外から計測する方法、人体からの排泄物中の放射性物質を測定する方法、空気中の放射性物質の濃度から計算する方法がある。
ホールボディカウンタは体外から体内に残留している放射性物質の種類と量を測定する計測器であり200Bq~100KBqの測定範囲を持ち、評価できる被ばく量は約100mSv以下である。
そのため、対象となる核種はコバルト60、セシウム137、ヨウ素131などの体内を透過する能力のあるγ線放出核種である。
ホールボディカウンタは他の方法と比べ測定者に負担をかけず、簡易であり迅速に測定できるという大きな利点を持つ。
しかし、人体を透過しないβ線やα線放出核種の測定が困難であるため、環境に放出されている核種によってはホールボディカウンタの評価だけで内部被ばくが無いとは言い切れない。
今回の事故で大気中に放出された放射性核種について原子力安全委員会はヨウ素131が17万TBq、セシウム137は1万2千TBq(1TBq=1016Bqを表す)であると発表した。
発表された資料によると、大気中に放出された放射性核種の総量は微増の傾向を示しているが、現在は大気中への放出が少量であると考えられる。
しかし、原発事故が収束しておらず、今後は放出される放射性核種が無いと保障されている状況ではない。
また、残念ながらその他の核種については未発表である。
放射線による被ばくの大きな特徴は、被ばくした時点では全く何も症状があらわれていないとしても、時間の経過とともに何らかの症状が現れてくる可能性がある事である。
現在の体内残留量を正確に把握し自分のリスクを知ることは、将来への不安を取り除く一助になるだろう。また、被ばく線量はその後の医療対応を医師が専門的な立場から評価する上で非常に重要である。
今回の事故で懸念されている放射性核種はホールボディカウンタで計測可能であり、内部被ばくの推定は約100mSv以下であれば可能である。
ただし、内部被ばくの計算に用いる摂取量の推定において、摂取した日にちの特定が非常に困難であるため被ばく線量の評価は大きな幅を持った評価となると考えられる。
参考文献
1.「緊急被ばく医療基礎講座?」テキスト 財団法人 原子力安全研究協会 2008
2.福島第一原子力発電所から大気中への 放射性核種(ヨウ素 131、セシウム 137)の放出総量の推定的試算値について 内閣府 原子力安全委員会 2011.4.12>>>
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年6月16日
行政が大震災に対応できないわけ
今回の内容は『月刊保険診療』の5月号に掲載された文章です。
医療法人鉄蕉会亀田総合病院 副院長 小松秀樹
2011年5月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●お役所仕事
被災地で、避難所からの域外搬送に関する活動をしている友人から届いたメールが、役所の窓口業務の実状をよく示している。
「リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。あるメーリングリストで、沖縄が県を挙げて受入れをしていると知り、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』『沖縄は県の予算で受け入れるので、飛行機に乗るのは5人まとまってからです。飛行場までは自分で来ていただき、そこでチケットをお渡しします』『インターネット上の申込書を印刷して書きこんでください』と、担当官に告げられました。非常に困難な条件で、少なくともパソコンとプリンタをもった援助者と、飛行場までの足、罹災証明書の申請を行うために市役所に行くという手順をその女性が手配しなければ不可能なのです。責任者の方とお話ししましたが、らちがあきませんでした」
●大震災への対応は科学に似ている
大震災は行政の都合に合わせて発生するわけではない。想定していないことでも対応しないといけない。しかも、迅速性が決定的な意味をもつ。入手可能な情報で状況を判断し、被害を小さくし、多くの被災者を救援するための最適な行動をとりあえず決める。それを実行しつつ結果を観察、あるいは想像する。不十分な検証に基づいて、次の対応を考えていく。
意外に思われるかもしれないが、この過程は科学に似ている。科学は未来に向かっての営為である。「学問がその理論の仮説的性格と真理の暫定的な非誤謬性によって安んじて研究に携われるまで、学問研究の真理性は宗教的に規範化されていた」〔ニコラス・ルーマン(ドイツの社会学者)〕。このため、ガリレオは宗教裁判で裁かれた。
医学論文における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、とりあえずの真理である。ゆえに議論や研究が続く。新たな知見が加わり、進歩がある。医療では今日正しいことが、明日正しいとは限らない。過去の規範で正しさが決められると、進歩はない。
●想定外の事態に対処できない理由
行政が大震災に迅速に対応できない理由は、行政が法律に基づく統治システムだからである。行政は、法、すなわち過去に作成された規範と前例に縛られている。しかも、法は、科学的に正しいかどうかにかかわらず、国家の権威と暴力を背景にした強制力を有する。したがって、行政は原理的に未来に向かって、臨機応変に最適な行動をとることができない。
これに対し、科学は未来に向かって常に変化する。学問の暫定的非誤謬性を支えるのは、批判精神と多様性の許容である。
一昨年の新型インフルエンザ騒動で、厚労省はひどい失態を繰り返した。医系技官は医師免許をもっているが、行政官であり、医学より法を優先しなければならない。科学的見地から実状を観察して現実的な対策を考えるのではなく、過去の法令に縛られる。ハンセン病患者の生涯隔離政策が、科学的正当性を失ったあとも長年継続された事実が示すように、行政官は、過去の法令に科学的合理性があるかどうか、その法令を現状に適用することが適切かどうかを判断しない。
●過去の規範ではなく、実情認識を優先すべし
日本の学者は、伝統的に政治に距離を置いてきた。一方で、行政の支配を安易に受け入れてきた。研究費、研究班の班長職、審議会委員などが行政による科学支配の手法として使われてきた。
東京大学のロバート・ゲラー教授は、東日本大震災後の4月13日、英科学誌『ネイチャー』の電子版に、地震予知が不可能であるとする論文を発表した。日本の文部科学省、気象庁、地震学者は「東海地震」が近い将来発生すると国民に思わせることで、予算と研究費を得てきた。原子力発電の周囲にも「原子力ムラ」と称される御用学者の一群がいる。批判精神の欠如、ムラからの論敵の排除が社会全体のリスクを大きくした。
大震災への対応を行政に委ねるのは無理である。過去の規範ではなく、実状認識に基づく柔軟な意思決定システムをもった組織が必要である。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年5月31日
真実は何なのでしょう?
5/16参院行政監視委の参院TVを視ていたら、中山義活経産政務官の「私も福島に5日いたが東京の人より被曝量が少なかった。その東京の人はホウレン草か何か食べたのかも知れませんね」という発言を偶然聞いてしまった。
「風評被害」とか言いながら、経産政務官自らこの発言。
「偉いひと」は、福島にたった5日間いただけで、内部被曝をすぐ調べてもらえるのに、現場で命を懸けている作業員の方々、日々被曝の影響に不安を感じつつ生活をおくらざるを得ない原発周辺住民の方々は、なかなか調べてもらえない。
こんな理不尽な現実も、この経産政務官の言葉を通じて明らかとなった。政府の「偉いひと」たちは、おそらく原発被災地周辺の食材を一切食べていないに違いない。
中山経産政務官「東京の人がホウレン草を食べて内部被曝している可能性」を示唆する発言は以下の通り。
http://www.webtv.sangiin.go.jp/silverlight/index.php?ssp=4840&mode=LIBRARY&pars=0.28327048127539456
今日会った、福島の大学病院外科教授、「さぞ直後は大変だったでしょう」と言うと、「いやいや被災直後は県の指示で被災者救援活動を外科は禁じられたので、いわゆる待機で実際はなんにもしなかったよ」とのことだ。
(これはお願いだから一切そのMLに出してくれるな、と念を押されたが、非常に重要なことなので、あえて敢えて約束を破り、そのまま流させていただくことにした)。
真実はいったい何なのでしょう?
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ 代表取締役 木村 知
https://twitter.com/kimuratomo
2011年5月29日
「放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない」難波紘二氏からのメール
すでに3月30日に、放射能の危険に関する欧州委員会 ( the European Committee on Radiation Risk, ECRR ) の学術部局長、スウェーデンのクリス・バズビー博士が発表した福島原発事故の影響に関する報告書では、以下のような結論と勧告が示されている。
1.ECRR の危険評価モデル(危険率モデル)を、福島原発惨事から半径100キロメートルの範囲に住む300万人に適用した。これらのひとびとが1年間同じところに留まると仮定した場合、予測される癌増加数は今後50年で約20万人、そのうち10万人は今後10年以内に診断されることとなる。即座にこの地区から退避した場合、増加数は著しく減少する。事故原発から100~200キロメートルの範囲に暮らす700万人について予測される癌増加数は、今後50年で22万人を若干超えるものとなり、今後10年に約10万人が発症する、とみられる。この予測は、ECRR の危険評価モデル、ならびにチェルノブイリ事故後のスェーデンにおける癌危険率に関する調査結果に基く。
2.国際放射線防護委員会 ( ICRP ) のモデルを用いた場合、半径100キロメートル範囲に住む人間の癌増加数は2,838となる。従って、最終的な癌増加数が ECRR と ICRP の危険評価モデルの優劣を決める新たな試験となろう。
3.日本の文部科学省が公表したガンマ線量に基く計算値を使い、認知されている科学的な方法により、計測地点の地表汚染を逆算することができる。その結果が示すのは、国際原子力機関 ( IAEA ) の報告は汚染レベルを著しく過小評価していることである。
4.放射性同位体による土壌汚染の計測を早急に行い、注意を喚起してゆくことが求められる。
5.福島原発から100キロメートル圏内で、北西地域の住民は即座に退避し、この地域を危険区域(立ち入り禁止)とすることが求められる。
6.ICRP の危険評価モデルを使うことはやめて、すべての政治判断を「放射能の危険に関する欧州委員会」の勧告に従って下すべきである。www.euradcom.org これは「2009レスボス宣言」に署名した、放射線の危険に関する著名な専門家の出した結論である。
7.故意に情報を一般市民から隠した者に対する捜査と法的制裁を行うべきである。
8.報道においてこの事故が健康に与える影響を矮小化して伝えた者に対する捜査と法的制裁を行うべきである。
この7は東電と保安院に対して、8はマスメディアの情報操作に対して向けられたものである。このECRRの勧告に対比すると、政府が現在取っている措置は、広島原爆投下後の政府・大本営の状況認識および対策との差とあまり違いがない。米国と文科省が共同で行った地上1メートルのセシウム137(半減期30.3年)の汚染度を見ると、原発から北西の方向に半径30キロを超えて、300万〜1,470万ベクレル/平方メートルという超高濃度汚染ベルトが広がっている。(チェルノブイリ事故の汚染は避難地区がわずか13万5,000ベクレル。事故処理に当たった労働者の平均被爆量が165ミリシーベルト)。福島では、原発から40キロ離れた飯館村でも外部被爆線量が年間26ミリシーベルトになる。10年住めば、厚労省の「緊急被爆基準値」の250ミリシーベルトを超えてしまう。
ともかく放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない。政府はそのことを率直に認め、住民に安易な帰宅計画の希望などもたせず、「広島、長崎と同じことが起こったし、いまも続いている」ことを告げるべきだ。広島長崎の被爆者も「核兵器廃絶は原子炉廃絶なくしてありえない」ことを自覚すべきだ。
半減期というのは放射能が半分になることで、1,470万ベクレルのセシウム137は30.3年経っても735万ベクレルになるにすぎない。100年経って元の4分の1=367万5,000ベクレルだ。チェルノブイリの13万5,000まで落ちるのに何百年かかるか?相馬市、いわき市、福島市に挟まれた広大な無人の荒野を想像すると、寒気がしてくる。
「工程表」で原発作業員の人生まで決めてはならない
東電は4月17日、福島第一原発事故事態収拾についての「工程表」を発表した。これによれば、放射線量の着実な減少(ステップ1)に3カ月、線量を大幅に抑制する段階(ステップ2)までは最長9カ月かかる見込みとのことだ。しかし現場は作業員が近づくことさえ困難な高放射線量を示す環境下にあり、この「工程表」を「あくまで希望的観測」とみる関係者も多いと言われている。
この困難に立ち向かう作業員の方々の劣悪な待遇についての情報は、このところやっと各メディアで少しずつ取り上げられるようになってきたが、ここにきても政府の対応、施策は、全くと言っていいほど進捗していない。
まず、作業員のメディカルチェックについて尋ねた梅村聡議員の質問に対する4月13日時点での厚労省からの回答は、「交替勤務制とし、過重労働とならないよう配慮しつつ、個々人から体調不良の申し出があった場合は、現地に駐在している医師にて診療を実施」「今後、全員に対して健康診断を実施する予定」という、「厚生労働省」という省名にもとる、あまりにもお粗末なものであった。多くの作業員が皆同様に過酷な労働環境に置かれている状況では、自らの体調不良を「言い出しにくい環境」であることくらい、普通は想像に難くない。このような環境下にある労働者に、自己申告だけで健康管理しようとするなど、耳を疑う信じ難い対応と言える。
そして4月15日、衆議院厚労委で柿沢未途議員が行った作業員の健康管理に関する質問において、柿沢議員が、ILO第115条約「第五条 労働者の電離放射線による被ばくを実行可能な限り低い水準のものとするため、あらゆる努力を払うものとする。すべての関係当事者は、不必要な被ばくを避けるものとする」との条文を提示し厚労省としての現状認識を問うたのに対し、大塚耕平厚労副大臣は「現場では、あらゆる努力をしているものと信じている」とあまりにも当事者意識に欠ける答弁を行った。
続いての「第十二条 放射線作業に直接従事するすべての労働者は、就業前又は就業直後に適切な健康診断を受けるものとし、就業中は適当な間隔を置いて健康診断を受ける」との条文に現況が反しているのではないかとの問いに対して大塚副大臣は、「作業員は三日勤務すると茨城のほうの拠点に行き、そこで除染ののち健康診断を受けていると聞いている」との答弁を行ったが、これは4月16日に対策拠点の「Jヴィレッジ」に入って実際に作業員を診察した愛媛大学谷川武教授の「最近は、4勤2休という態勢」という報告を考慮すると、事実とは全く異なる答弁との疑いを持たざるを得ないものであり、厚労省が現状把握を全くしていないということが、改めて明らかとなった。
さらに4月20日の衆議院厚労委で福田衣里子議員によりされた作業員の個人線量計についての質問に対し、松下忠洋経産副大臣は、当初足りなかった線量計を「全国からかき集め、4月1日時点で約1000個入手した」との答弁を行ったが、福田議員はそれ以前の3月18日時点ですでに800個が現場に存在していたことを指摘した。松下副大臣の説明によれば、現在作業員は「日中400~500人、夜間200~300人」とのことであるから、3月24日の「水たまり被曝事故」時点では線量計は数量的には十分に足りていたはずである。つまり、線量計はあったのに装着させていなかった、ということも判明した。
また、短期就労者を含む原発作業員全員の健康管理、被曝管理についての質問に対し、岡本充功厚労政務官は「作業期間や被曝線量のデータベース構築をどのようなのもにするかを今考えているところ、健康管理については専門家の意見も聞きながら実施を検討する」という極めて曖昧で頼りない答弁に終始、結局厚労省としてはまだ何も施策を講じていないということが、ここでもまた明らかとなった。また、作業員の事前の造血幹細胞採取についても、原子力安全委員会の「現時点での採取は、必要ない」との見解を追認する形で「今のところ必要ない。」との答弁。現状把握さえしていないにもかかわらず、何を根拠に「必要なし」と判断しているのか、説得力に欠ける以前に無責任とも言うべき姿勢が露呈した。
放射線管理手帳の所持についても、政府は直接関知し管理しているものではなく、あくまで事業所の自主規制に任されており、仮に所持せず労働しても法律で罰せられるものではない、とのことだ。
奇しくも昨年7月に、日本学術会議の放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会から「放射線作業者の被ばくの一元管理について」という提言がなされているが、ここでは、「放射線作業者個人の累積線量(生涯線量)および5年間あるいは1年間の被ばく線量を確実に把握し評価する一元管理システムが、他の多くの原子力先進諸国では出来上がっているのに、わが国には存在しない」という驚くべき実態が指摘され、「線量限度を超えている放射線作業者が確認されているにもかかわらず、法的に必要な措置が取られていないということは、原子力先進国として恥ずべきこと」として、現状の早期改善を求めている。
つまりわが国では、原発作業員個々人の放射線管理自体が、もともと現場に一任され、公的一元管理などされていないという、とても先進国とは思えない、そもそも極めて杜撰な状況であったわけだ。これは今回の事故以前から、脈々と受け継がれてきた構造上の問題である。厳密な線量管理をすれば職を失う労働者も生じうる。線量が上限に達してしまうと、原発での作業は出来なくなるからだ。雇用者はそのような、何とか職を確保したいという労働者の弱みにつけ込んで、杜撰な線量管理を「労働者との合意の上」として半ば公然と行ってきたのではあるまいか。
それが、今回の事故を契機に計らずも露見した、ということではないだろうか。
つまり、そもそもわが国の原発での作業員の被曝線量管理は「いいかげん」であり、大事故が起こった現在も、その「いいかげんな慣習」のまま放置され、水素爆発や大量の汚染水の流出など次々に起こる「想定外」の事態に、「作業員の健康管理など、とてもじゃないが配慮なんかしていられない」というのが、東電、経産省、厚労省の本音なのではなかろうか。
これまで見てきた厚労省、経産省の回答や答弁が、他人事のような誠実さに欠けた極めて「場当たり的」なものであるのは、おそらくこのためであろう。
先日公開された「工程表」も極めて「場当たり的」だ。このような「場当たり的」な工程表は、今後いくらでも修正、変更されるであろう。そして今後、事態収拾が「工程表」通りに運ばなかった場合、あらゆる「規則」「基準」を、その現状に合わせて変更していく可能性が十分考えられ、いっそう作業員の健康管理、被曝管理が蔑ろにされてゆくのではないかと懸念される。
ICRP2007年勧告には「線量限度は、緊急時被ばく状況(志願して人命救助活動に参加する場合、破滅的な状況を防ぐことを試みる場合)には適用されない」とある。最近メディアでは作業員の方々が「志願」して作業に当っているとの記述をよく見るが、作業員の方々が「志願」して自由意思で自ら進んで作業に参加しているとして、これを逆手に取って被曝線量上限を仮に無制限化しようとしているのならば、それは言語道断、決して許されることではない。これ以上、国際的に決められた規則や基準を、都合よく解釈し適用することは、絶対に許されない。
「工程表」はあくまで事態収拾のロードマップであり、そこで働く作業員の方々の人生のロードマップではない。「工程表」で原発作業員の方々の人生まで、決して決めてしまってはならないのだ。
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
木村 知
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2011年4月29日
福島原発からの報告
愛媛大学大学院医学系研究科公衆衛生・健康医学分野
谷川 武
2011年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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4月16日午後から19日午前の予定で非常勤産業医として福島第二原子力発電所(以下F2)に寝泊まりして健康管理を支援しています。これまでの状況を要約します。
福島第一原子力発電所(以下F1)のみならず、F2ももう少しでF1と同様の事態になるところでした。F2も震災当初から不眠不休で皆がんばっています。
確かに東京電力は今回の原発事故の当事者であり、広範囲の放射能汚染の加害者ですが、F1,F2で働く所員の多くも自宅、家族を失ったり、自宅が避難指示区域にあったりする被災者です。10日以上、震災から一度も戻れず、家族の安否も電話がつながらずに確認できないまま、電気が供給されない原発で命を張って事態収拾に努めた方々です。その中には九死に一生を得た方々もいます。しかし、避難所では露骨な批判を浴び、風呂も入れない状態で通常勤務以上のストレスの高い激務をこなしています。これまでは、急性期でしたがこれからは慢性のストレス状態が続きます。
17日に長期ビジョンが東電本社から示されましたが、フェーズが変わったことから震災当初から激務をこなした所員に長期休暇をとらすことや、復旧を進めるF1の所長以外に長期ビジョン担当の所長(前所長が適任か)を現地に常駐させることが適切と思います。
また、F2の状況も次もし津波が襲えばF1と同様の状態になることは避けられず、所員が一丸となって対策を進めています。そのため、F2からF1に応援を出す余裕はありません。F1はすでにレベル7です。一企業が事態収拾する事態ではありません。東電本店をはじめ、ALL JAPANでF1を応援することが求められます。
産業保健に関してもこの一ヶ月の対応は現場では必死でやっていますが、これからは計画的な健康管理体制が求められます。現地の医療スタッフは産業医科大学から2人の医師の常駐を希望しています。本日産業医科大学の森学長補佐に連絡したところ、東電本社の要請があれば検討すると回答を得ましたのでF2増田所長から本店に現地からの声を届けてもらうことを依頼しました。今後、従来からの東電の産業保健体制ではなく外部からきちんとF1,F2の所員の健康管理(通常の労働安全衛生法に基づくもの以外にストレス対策、放射線被曝対策も含めたもの)を実施することが求められます。これは、原発周辺地域住民も含めた国の枠組みが必要です。
谷口プロジェクト(原発作業員の自己末梢血幹細胞採取)について両所長とも感謝しており、本日午後F2の副所長が担当として詳細な説明を求めて来室します。虎の門病院谷口医師の現地での説明も実施する予定です。
F2の体育館がF1所員の宿泊所になっています。夜間巡視すると重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者による強烈ないびきにより、睡眠を妨げられている状況でした。昨日、フィリップス社に支援を要請し、CPAPの提供を受け、これまでCPAPを使用していた2名に装着し、さらにSASが強く疑われる大きないびきを発している方々に置き手紙を置きました。今晩からそれらの方にCPAPを装着する予定です。
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2011年4月19日
現在の行政システムは不要 小松秀樹氏のメール
以下は、中央省庁、地方自治体などの複数の公務員との議論をまとめたものです。
(中略)
山田太郎氏は実在する単独の個人ではありません。私たちの仲間と、公務員の考え方の違いを提示するために、小松個人が創作しました。文責は小松個人にあります。この意見に対する反論も当然あると思います。
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山田太郎様
現時点が批判の時でないことは間違いありません。
ただし、観光庁の文書は大きな障壁です。取り除く必要があるので批判しています。
観光庁の文書の基本姿勢は、救える人数を多くしたいということではなく、形だけの整合性を追及したことにあります。これは、責任回避と同義です。
これを官僚の都合とよんでいます。善良であることは、言い訳になりません。
悪辣である方が対処しやすいということもあります。
ご指摘のように政治家が指示したからこうなった、とは思いません。
観光庁の文書の中身は、官僚の考え方そのもので、政治家的風味は一切ありません。
あほな政治家のごり押しだけで、このような文書にはなりません。
実際に厚労省の保険診療についての文書は適切でした。やればできるということ。
カエサルを望むのは危険です。カエサルは天才です。めったにいません。
正しくカエサルを選択して、任命するのは至難です。
ろくなことにならないでしょう。
正しくカエサルを選べたとしても、カエサル一人の能力は限られています。
自衛隊が担当している部分は、カエサルにできるかもしれません。
しかし、統一的な指揮命令系統だけで、細かなところまで、救援できるという前提に問題があります。
計画経済が立ち行かないということの一般的な理由は、巨大で複雑なシステムを統御できる能力を人間が持てるはずがないということ。
多くの目で認識して、それぞれが自主的に動くしかない場面があるということを、官僚が分かっていないことが問題なのです。
医師は個人で責任をとることに慣れています。
小野沢医師から松浦記者へのメールにある2トントラックで物資を配給した医師の動きが必要なのです。
自主性が必要なときに発揮できないことが問題なのです。
小野沢医師からの最新のメールに以下の記述がありました。派遣されてきた役人が役立たずだという意見に対する彼なりの見方です。
「ここ、遊楽館には北海道庁の職員が何人かいます。彼らも好き出来ているわけではないので、明らかに手持ち無沙汰です。どう使うのかが考えられないから、要らないというのだと思います。」
自発性も必要だし、指揮が必要な場面もあります。個々の場面で、個人が判断しないと事態は改善しません。
インターネットは米軍が、指揮命令系統が寸断された場合を想定して作ったと聞きました。
今回の震災で、米軍の思惑通り、インターネットは極めて有用でした。
小松秀樹
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小松先生の御指摘のとおり、これまでの行政の対応は落第です。私は、その背景を以下のように考えています。
保健・医療の観点からの今回の災害の特徴は、災害(地震・津波)による被災72時間以内の死者(外傷・溺死等)よりも、災害後72時間~1年の超過死亡数として計算される間接的な死者のほうが遥かにに多いと想定されることだろうと思います。
被災後72時間に対応するDMATは、全国各地から速やかに出動しました。ここまでは、行政のプログラム通りの動きであったと思います。(ただ、残念ながら、今回の災害の特徴上、生死がはっきりしている被災者が多かったので、DMATが救えた命は少なかったことでしょう。)
問題はここからです。被災72時間以降の保健・医療が、通常の災害にもまして大課題であることを早期に認識し、被災対策のうち保健・医療分野を指揮するCzar(皇帝)を政府内に任命し、首相がCzarに強力な権限を与えて対策を進めていくことが必要であった(過去形ではなく、今からでもやるべき)と思います。この場合の主語は、「役人が」ではなく「首相が」です。
そもそも、保健・医療にオリエンテーションのない観光庁に通知を書かせたことが間違いです。Czarに適した人は、厚労省の岡本政務官やその他、与党の医系議員の中に何人かおられるはずです。Czarが今回の災害の保健・医療対策の骨格を形作る通知類(せいぜい10~20本しかありません)を自らの指揮にて(場合によっては直筆で)発出するようにすれば、小松先生がお怒りの事態にはなっていなかったと思います。
ちなみに、庁内を見渡して思うのは、多くは保健・医療を知らないので、なにをやってよいかわからないのは仕方ないとしても、善良な能吏が多く、言われたことはきちんとやります。ですから、何を言われるか(すなわち、通知として何が下りてくるか)は大切です。恐らく件の沖縄県の冷血役人も、言われたことをきちんとやったに違いありません。しかるべき指示(通知)を適切なタイミングで与えてやることを考えるのが現実的です。
小松先生の文章では、これを「役人の都合優先」と批判なさっておられます。私は、それはちょっと酷な気がします。課長通知は課長の一存で出せるものではありません。今回の災害関連の通知であれば、少なくとも政務官か副大臣までの了承は必要であったことでしょう。私が、私の厚労省と話す会話は、小松先生がお仲間の間で交わしておられるであろう会話と同質のものです。それが、歪み、遅れた形の通知として表に出てくるのは、役人よりも、役人を指揮する側の問題が大きいと私は思います。具体的には、災害直後から、常識的医療者かつ与党政治家である人が、保健医療分野の被災対策について、首相から権限を受けて直接指揮をとっていれば、このようなことにはなっていなかったことでしょう。
いずれにせよ、今は批判と責任追及の時ではありません。まだ、被災後1カ月です。今からでも遅くはありません。被災人口全体のexcess mortality & morbidityをどれだけ少なくすることができるか、勝負は、これからの半年~1年です。これまで、対応が遅れた背景としては、官邸が専ら福島原発対策に精力を奪われたこともあるでしょう。しかし、被災者に対する、これからの保健・医療支援の如何によって、超過死亡数を万人単位で左右し得ることを踏まえれば、被災者の保健・医療対策は、原発対策と並ぶ最重要課題です。保健医療を知る与党議員の中から、強力な権限とリーダーシップを持つZcarを1人、首相が任命なされば、私はこれからの事態を好転させることは可能であると思います。
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山田太郎様
山田様の志と意欲を高く評価するものですが、行政システムは落第点しか付けられません。
行政システムの判断基準や判断方法は、大災害に通用しません。
大災害にはそもそも対応できるようなシステムではない思いますが、
設計時に期待された通常の機能も発揮できないほど、組織が劣化しています。
どうしたらよいのか考えてください。
観光庁長官や、文書を発出した課長は、常識で考えられないひどい判断をしています。
民間会社なら、とりあえず、降格あるいは左遷間違いないでしょう。最終的には解雇です。
現状の行政システムが信頼を保ち続けるのは難しいのではないでしょうか。
小松秀樹
亀田総合病院の小松秀樹氏より 便利なサイト一覧
※被災者受け入れに関して※
厚生労働省ホームページ
東日本大震災関連情報:厚生労働省発の通知文書を見ることができます。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014ih5.html
携帯版(情報はパソコンより少ないです)
http://mobile.mhlw.go.jp/jishin/index.html
※被災地入りする医療・介護・福祉関係のみなさまへ その1※
被災地では、情報の入手もむずかしいこと思います。
NPO法人日本医学図書館協会では、被災地の大学・病院・医療関連機関所属の方々、救護・復興活動に従事される医療者の方々に対し、医学文献を無料提供するとのことです。申込はメールだけでなく、電話でも受付可能とのことです。
みなさんに被災地でご活用いただくと共に、現地の医療・介護・福祉関係の方々にも情報提供いただければと思います。 また、メール等で、現地の方々に連絡が取れる方はぜひお知らせください。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/earthquake/eqindex.html
<情報元 NPO法人日本医学図書館協会>
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/
※被災地入りする医療・介護・福祉関係のみなさまへ その2※
被災地および救護・復興支援のための医学文献(オンラインジャーナル)や文献検索システムが期間限定で無料提供が行われています。
ここでは、数点紹介します。
英語編
●PubMed モバイル端末向け:簡易検索のみ
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed
●UpToDate
http://www.uptodate.com/
●コクラン・ライブラリー
http://www.thecochranelibrary.com/
●DynaMed
http://www.ebsco.co.jp/earthquake/311evidence.html
●MD CONSULT
http://www.mdconsult.com/php/237779143-11/homepage
●NEJM
http://www.nejm.org/
日本語編
●今日の診療WEB版
http://www.igaku-shoin.co.jp/misc/311care_kon.html
●JDreamⅡ地震関連文献情報の無料公開
http://pr.jst.go.jp/new/info20110316.html
●医中誌Web
http://www.jamas.or.jp/news/news26.html
<情報元 LITERIS>
http://plaza.umin.ac.jp/~literis/cgi-bin/fswiki/wiki.cgi?page=Earthquake
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2011年4月4日
ICRP批判 九州大学 吉岡斉氏
公衆の放射線防護レベルの緩和についての国際放射線防護委員会ICRPの忠告(3月21日)について吉岡斉(よしおか・ひとし)九州大学教授・副学長平成23年3月31日 国際放射線防護委員会ICRPは月21日、Claire Cousins議長らの名で、およびChristpher Clement科学事務局長の連名で、福島原発震災における放射線防護レベルの緩和に関するコメントを発表した。その骨子は、緊急時の放射線防護の「参考レベル」を20~100mSvとし、また事故終息後の汚染地域からの退去の「参考レベル」を1~20mSvとすることを忠告recommend する、というものである。
日本の放射線防護関係者の中には、それを支持する者もいると聞く。しかし筆者はそれに賛成しがたい。筆者はICRPによる放射線の危険度(リスクと表現する者もいる)の見積りが過小評価であると思っているが、それについて今回議論する気はない。かりそめにICRPの評価が妥当だとしても、今回の忠告を日本政府が受け入れることは賢明ではないというのが筆者の意見である。
その理由は、この忠告が暗黙の前提としているのが、局所的な少人数の被曝だという点である。そうした範囲内ではこの忠告は一定の説得力がある。しかるに福島原発震災は、巨大都市を巻き込んだ広域的な被曝をもたらすおそれが濃厚であり、そうした事態に対してICRPの考え方は危険である。
日本政府は、ICRPの勧告に準拠して、国内の放射線防護基準を定めてきた。具体的には原子力安全委員会の原子力防災指針などに、そうした基準が示されている。そこにおける公衆の線量限度(平常時)は年間1mSvである。ちなみに放射線の危険度に関しては、ある集団が20000mSvを浴びると、その集団でのがん死が1名増加すると見積られている。これは言うまでもなく「直線仮説」に基づいた見積りである。これが正しいとすると、今回の福島原発震災による放射能が首都圏に飛来し、その住民3500万人が1mSvずつ被曝した場合、1750人のガン死者増加がもたらされる。これは相当に大きな数字である。
他方、緊急時においては、平常時よりもはるかにゆるい基準が、公衆被曝に関して適用される。現行の基準では屋内退避の目安が累積10mSv、避難の目安が累積50mSvとなっている。これを首都圏に適用すると恐るべき結果が出てくる。首都圏の人口は3500万人である。この集団が一様に10mSvを浴びた場合、首都圏でのがん死の増加は17500名となる。50mSvでは87500名となる。このような大量死を容認するような基準の適用は妥当ではない。平常時と同じ年間1mSvを厳守することが望ましいだろう。
ところがICRPの今回の忠告は、これよりもさらにゆるい20~100mSvという「参考レベル」を推奨している。これは地方の都市・農村を念頭に置いた基準であると考えられる。それをそのまま巨大都市に適用するのは大胆すぎる。同じように、恒久的な移住の基準を年間1~20mSvにしてはどうかというICRPの忠告も適切ではない。
なお首都圏の基準と、福島第一原発周辺の基準を、ダブルスタンダードにして使い分けるのは、理論的にはありうる方式であるが、現実的には立地地域に犠牲を押しつけるものだという批判を浴びることは必至であり、実施困難である。一律に年間1mSvを適用するしか、取りうる方法は無いかもしれない。
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2011年4月1日
「専門家」に気をつけよう
各位へ:(転載自由)
医療法人徳州会は傘下の全病院をあげて「5000人規模の患者」とその家族を引き受けることを明らかにした。
http://www.tokushukai.or.jp/media/news/
透析機も足りない分は新規購入するとしている。透析患者の救命に大きく貢献するだろう。
すでに大規模な医療救援隊を現地に派遣しているから、生の現地情報に基づいての判断と見られる。
家族単位で全国の徳洲会病院に移動することになるが、放射能汚染に怯えつつ現地生活をするより、はるかにましだろう。
このような決定と実行は厚労省にはできない。徳州会のパワーはすでに厚労省を上まわったと見るべきだろう。
NHKや民放TVそれに新聞が無批判に「専門家」という言葉を使っているのが目(耳)に障る。
A.「政府系(体制系)専門家」とB.「反政府系(反体制系)専門家」の2種類がある。メディアはその区別がついていないか、区別して報道していない。
保安院のカラ男や北大の奈良林教授、例の阪大名誉教授などはAの専門家だ。
奈良林などは「圧力容器の底の燃料棒挿入口から水がこぼれ落ちているから、水素爆発を起こさず助かっている」などとふざけたことを述べている(今朝の「中国」)。だったら初めからそれ用の配水管と貯水槽を作っておくべきだろう。
同じ紙面で「原発はなぜ危険か」(岩波新書)を書いた田中三彦は、「メルトダウンで挿入口がやられた。ここが一番弱い部分だ」と正直に述べている。京大の小出裕章も、高木仁三郎もBカテゴリー。
制御棒をなぜ下から差し込む設計にしたのか、どうして上から落とす設計にしなかったのか、理解に苦しむ。メルトダウンは上から始まるからだろうか?
ともかく同じ専門知識をもっていても、価値観・倫理観・自己顕示欲は個人にり異なる。だから2種の専門家が生まれる。
ひとまとめに「専門家」と呼ぶのはよしにしてもらいたい。
一区切りついたら「専門家」の発言を点検するのが、メディアの役割である。それがないと「専門家」の自然淘汰がすすまない。
なお米国にはメディア記事を検証するサイトがある。
http://www.j-cast.com/2011/03/27091410.html
-- 難波紘二
鹿鳴荘病理研究所
739-2303 東広島市福富町久芳685-7
TEL/FAX=082-435-2216
「病気は自然の実験である」
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2011年4月1日
「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を
「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役 木村 知
2011年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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とうとう、原発事故作業員の方々に大きな被曝事故が起きてしまった。
ほんの数日前まで、新聞をはじめとした各メディアは、原発事故現場に向かうこれら作業員の方々のことを、「決死の覚悟」で「命懸けの任務」を行う、まるで戦時中の特攻隊員を彷彿とさせる「英雄」として扱い、その勇気を讃美する論調を世間にあふれさせていた。こうしたある種の異様な論調やそれに同調する国民感情に空恐ろしい違和感を覚えたのは、けっして私ばかりではあるまい。
しかしそんなメディアの論調も、今回の被曝事故が起きてやっと「作業員の安全確保を」という方向に変わりつつあるようだ。
とは言え、事故の全容も未だ不明で、今後の見通しもつかず、事態収拾にこれからも多くの時間を要する状況で、これら作業員の方々はますます増員されていくに違いない。それに伴い、このような被曝事故も、仮に杜撰な安全対策が見直されたとしても、今後「二度と起きない」とは、けっして断言できないだろう。
また、重大な被曝事故でなくとも、ギリギリの作業環境のもと相当量の被曝をすることで、「直ちに影響」は出なくとも、数年、数十年の経過を経て健康被害が発生する可能性も否定はできない。
被曝のリスクだけでなく、十分な食料や睡眠さえ保障されない劣悪な労働条件での任務を強いられているとも聞く。肉体的なダメージはもちろん、精神的なダメージも計り知れない。このようなダメージは、仮に任務を終えて無事家族のもとへ帰宅できたからと言っても、簡単に癒えるものではないだろう。
つまり、この原発事故現場での作業に関わったすべての方々には、「直ちに影響が出ない」とは言っても、将来なんらかの肉体的あるいは精神的「健康被害」が発生する可能性が否定できないと言える。
そこで、非常に心配されるのが、将来なんらかの健康被害がこれら作業に関わった方々に生じた場合、「適切な補償が受けられるのか」、という問題だ。
ただでさえ労働者の立場は弱い。
日頃診療をしていると、明らかに「就労中のケガ」であるにもかかわらず、「ぜったいに『労災扱い』にしないで欲しい」と建設現場で負傷した土木作業員に懇願されることは、珍しくない。
建設業界ではゼネコン、下請け、孫請けと順次下部企業へと工事が発注される受注形態があり、「労災事故」が多い下請けには、その上部企業からの工事の発注がされなくなるという、「病的ピラミッド構造」が根強く残っている。
そのため、下請け、孫請けなどの零細企業は、なるべく「労災事故」の件数を少なくする必要があり、作業中ケガ人が発生した場合、全額自費診療扱いとして事業主が自腹で治療費を支払ったり、酷い場合はケガそのものを「就労と無関係」と作業員に言わせたりするなどの、いわゆる「労災逃れ」「労災隠し」を行う事例が後を絶たない。
これは、建設業界に限定したものであるとは、けっして言えないだろう。
今回の原発事故現場でも「協力会社」といわれる「下請け企業」から多くの作業員の方々が動員されているとのことだ。
はたして、この「下請け企業」の方々に将来健康被害が発生した場合、適切な補償はされるのだろうか?
「労災認定されるはずだ」という意見もあろう。
しかし残念ながら、答えは「否」であると、私は思う。
確かに「直ちに影響が出た」ものについては、労災認定される可能性はもちろんあり得ると思われるが、将来起こり得る健康被害も不明であるうえ、遅発性に起こったものについての認定は、原発事故現場での作業と相当因果関係が強固に証明できるもの以外は、まず無理だろう。
そもそもただでさえ、作業中の安全管理対策が杜撰である企業が、将来起こり得る健康被害まで補償することなど、到底期待できない。
つまり、「原発事故作業に起因した健康被害」を労災ですべて補償するのは、不可能ということだ。
自衛官については、原子力災害対処によって死亡もしくは障害が残った場合、「賞恤金(しょうじゅうつきん)」が支払われ、今回その額が通常の1.5倍に引き上げられたという。
もちろん、金銭が補償されればいいという問題ではないが、企業、特に下請けなどの零細企業に所属している作業員の方々にも同程度の補償は最低限必須と考えられる。今後起こり得る健康被害の種類が特定し得ないこのような特殊な状況である以上、原発事故作業との因果関係が証明できるものについてはもちろん、それ以外の傷病を含めたすべての医療費および定期的な健康診断による健康被害調査についても、国が責任を持ち、生涯にわたって補償を行うべきと考える。
今後、入れ替わり立ち替わり、各方面、各所属の作業員の方々がこの任務に関わってくるにつれ、すべてがウヤムヤになってしまいかねない。早急に、いや緊急にこの医療補償について論じ検討しておく必要性を強く訴えたい。
原発作業員の方々は、「英雄」である以前に「労働者」であり、自分自身や家族の犠牲を強いられている「被害者」であることを忘れてはならない。
いくら「英雄」と讃美されても、肉体的精神的被害はけっして癒されることはない。
この「被害者」としての作業員の方々に、生涯にわたって医療補償を行うことは、安全を犠牲に今日まで原子力政策を推し進めてきた国がなすべき、最低限の「せめてもの償い」と言えるのではなかろうか。
作業員の方々を「英雄」と讃えた国民ならば、この「勇気ある被害者」への公的医療補償に、まったく異論はないと信じる。
木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。
きむらともTwitter: https://twitter.com/kimuratomo
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年3月28日
NHK科学・環境部から医療機関へ震災関連疾患情報の収拾依頼
<東京医科大学 山科氏からいただいたメール>
お願いがあります。循環器学会、心臓病学会、集中治療医学会、地震医療のMLを通じてお願いしています。震災関連疾患の情報を一般の方にも啓発していただくためにマスコミにも情報発信をお願いしています。NHKにもお願いし、協力いただいています。
その関連で、NHK科学・環境部から下記の依頼がありました。
【依頼(抜粋)】
避難所で心筋梗塞、エコノミークラス症候群、たこ壺心筋症になったが無事一命を取り留め入院している患者さんがいらっしゃらないか?全体で何人ぐらいがいるのか?
解る範囲で把握したいからです。どうぞよろしくご検討いただければ幸いです。皆さんに、尋ねていただけないでしょうか?可能であればその患者さんを取材したいと思います。
と、いうものです。
マスコミの依頼に関係なく、現状の把握は、さらなる情報提供、予防に参考になると思います。
対応できる方だけで結構ですので、よろしければお願いします。
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なお、学会としても今後のための学術的な調査が必要と思い、自主的参加で協力いただけるように準備を進めています。
被災地で大変な思いをされている先生の負担にならないよう十分に配慮しますので、その際には宜しくお願いします。
山科 章
akyam@tokyo-med.ac.jp
東京医科大学第二内科
東京医科大学病院循環器内科
〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-7-1
℡03-3342-6111 Ext.5900, 5886
Fax03-3342-7825
緊急被ばくの事態への対応は冷静に
緊急被ばくの事態への対応は冷静に
(独) 国立病院機構 北海道がんセンター 院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年3月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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3月11日の大地震により、福島県の東京電力福島原子力発電所で放射性物質の放出という深刻な事態が発生した。マグニチュード9.0という大地震と津波による悪夢のような大災害の現実に対して被害者の救出が全力で行われている。
一方、原発事故も大きく報じられているが、国民が放射線被ばくについて不安が強いという現実に対して上 昌広編集長の依頼で、13日14時現在までの情報をもとに放射線被ばく についての基本的な考え方を報告し、冷静な対応を期待したいと思う。
12日午後1時に原発の敷地境界で1015μSv(マイクロシーベルト)/hの放射線量が計測されており、放射性物質が放出されたことは確かである。
Sv (線量当量)とは、人体への放射線の影響を考慮して設定された線量を示す単位である。放射線障害防止法などの法令が定める一般人の年間の被曝線量限度は1000μSv(=1mSv)とされているので、確かに大きな線量である。なお医療従事者や原発従業員などの職業被ばくの年間線量限度は最大50mSv(100mSv/5年)である。この事態にたいして、原因や問題点などに関して今回は論じることは控え、健康被害についてのみ論じたいと思う。
なお日本の緊急被ばく医療対策はJCO臨界事故の教訓を踏まえて、かなり整備されている。平成12年6月に「原子力災害対策特別措置法」が施行され、事故時の初期対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保等、防災対策の強化・充実が図られてきた。今回も早期に避難勧告が出された。
人類は宇宙や大地から、自然放射線を受けており、日本では年間2.4 mSvの被ばくを受け、医療被ばくを加えると日本人一人平均約5 mSv(5000μSv)の被ばくを受けている。また東京・ニュー ヨーク間一往復では宇宙からの放射線が多くなり 0.19 mSvの被ばくを受けると言われており、低線量の放射線被ばくは日常的なものなのである。
しかし放射線は被ばくしないことにこしたことはないので、テクニツクとして放射線防護の3原則がある。(1)距離・(2)時間・(3)遮蔽(しゃへい) がある。
(1) 距離は放射性物質からできるだけ離れることであり、これは遠くへ避難することである。放射線の量は距離の二乗に逆比例するので、原子力発電所から1Kmの地点での放射線量を1とすると10Kmの地点では1/10x10=1/100 となり、百分の一の被 ばく量となる。20Kmの距離に避難すれば、四百分の一となる。
(2) 時間はそのまま加算されるので、同地点に1時間滞在よりも一日滞在すれば、24倍の被ばく量となる
(3) 遮蔽は放射線の種類やエネルギーによっても異なるが、密度の高い建材で造られた室内に退避することにより、外部からの放射線をより多く遮蔽することができる。屋外にいるよりも木造建築の室内にいれば建造物が遮蔽体となりより少ない被ばく線量となる。さらにコンクリート造りの室内では低減する。
さらに空気中に含まれている放射線物質からの被ばく量の低減のために皮膚を露出しない服装と帽子の着用、内部被ばくを避けるためにマスクの着用などを心掛けることである。
また、現場で考えることは放出された放射性物質は風によって運ばれるので、風上方向への避難が重要であるが、時間的経過で風向きも異なるし、現実的に海の方向へ逃げることはできないので、とにかく(1)距離と(2)時間の原則を考えて対応することとなる。
また放射線防護剤(内容はヨード剤)の配布が緊急被ばく医療の対応マニュアルに記載されているが、現実的にはヨードを多く含む昆布などの食品を食べながら避難することが現実的である。ヨウ素は甲状腺に取り込まれるが、事前にヨウ素を摂取し、甲状腺のヨウ素量を飽和させることにより、放射性ヨウ素が環境中にあっても、甲状腺に取り込まれないようにする対応である。
今後の対応として、放射線被ばく者の対応であるが、まず正確な被ばく線量を把握することである。被ばく線量によって対応が大幅に異なるからである。また衣服の上から測定器で計測して被ばくしていると判定された人でも衣服に付着した放射性物質の汚染と人体の被ばく線量は異なるものであり、衣服の汚染と人体の被ばくは区別する必要がある。
また放射線の種類やエネルギーによっても人体に与える影響が異なるため、実際に人体の被ばく線量の把握は容易ではないのである。
なお放射線が人体に与える影響は被ばくの時間的・空間的(被ばく範囲)な違いも考慮することも重要である。(1)急性被ばくか、慢性被ばくか、(2)全身被ばくか、局所被ばくか により人体への影響は異なる。(1)の時間的な問題としては、例えば日本酒1升を一晩で飲むのと、毎日晩酌で少量づつ1カ月間で飲むのとでは人体への影響は異なる。放射線の影響も同ようなものと考えられる。(2)の問題としては、厳密には全身被ばくの場合と同一ではないが、胸部単純写真の撮影では0.06mSv(60μSv)、胃のバリウム検査では0.6mSv(600μSv)、胸部CT 検査では6mSv(6000μSv)の局所被ば くを受ける。今回の被ばくは急性の全身被ばくであるが、極めて低線量であると考えられることから問題となることはない。
全身の急性被ばく時の人体への影響は、250mSv(250,000μSv)以下では臨床的な症状は出現せず、影響はない。また500mSvで白血球の一時的な現象が見られ、1000mSv以上で吐き気や全身倦怠感が見られると言われている。こうした医学的な見地から見れば、今回の被ばく者の健康被害は深刻なものではない。
避難住民に対し放射線被ばくによる健康影響について説明を行ない冷静に対応し、また汚染の程度に応じて、適切な除染処置や予測被ばく線量を把握して必要ならば医療機関への搬送が望まれる。
本日、国立病院機構本部から要請により、緊急被ばく医療の助っ人として当院からも放射線治療科の医師を派遣する予定となった。最後にこうした事態に対して分析・指揮・対応指示などを行うオフサイドセンターがどこなのかが報道されておらず、情報開示の不手際が気になるところである。
最後に原発事故への対応に全力をあげて働いている原発施設の従業員をはじめとする方々の健康被害が極めて深刻なものとなる可能性があるが、致命的でない被ばく量であることを祈るばかりである。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年3月14日
矛盾だらけのインフルエンザ予防接種指針
矛盾だらけのインフルエンザ予防接種指針
わだ内科クリニック院長 和田眞紀夫
2010年10月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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厚生労働省は及び腰もいいところで、インフルエンザの予防接種に関して国民に正しい指示を与えようとはしない。ここではインフルエンザ実施要綱の内容についてのいくつかの矛盾点や問題点を取り上げてみたい。事実関係の確認については下記の厚生労働省のホームページに掲載されている内容をご参照いただきたい。
「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するお知らせ」
http://www-bm.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_vaccine22.html
「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するQ&A」
http://www-bm.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/info_qa22.html
始めに問題点を挙げると、新型(A/ H1N1パンデミック2009)インフルエンザに罹患して重症化しやすいのは、高齢者や基礎疾患(慢性疾患)を持つ方と妊婦や乳幼児の方であると説明しておきながら1)積極的に妊婦に接種を勧奨することはせず、2)乳児(0歳)に至っては接種を勧めていないとはっきり言い切ってしまっていること、この2点は大きな矛盾と間違った方針決定を含んでいると思われる。
ちなみに米国における2009パンデミック(H1N1)インフルエンザに対する接種基準(2009)をご紹介すると、
「米国ではワクチンの優先者は妊婦が筆頭である。続いて、6ヶ月以下の乳児と同居または世話をする人、続いて、保健医療担当者・救急業務担当者、(さらに)続いて6ヶ月から24歳までの若年層、そして25歳から64歳までのインフルエンザが重症化する可能性のある慢性疾患保有者、となっている。25歳以上の基礎的疾患を保有していない市民(65歳以上の高齢者を含む)は、最後の最後である。」
以上、「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」http://nxc.jp/tarunai/の2009.10.19記載より転記。( )部分は筆者が補足した。
なお、今年の米国CDCの基準では6ヶ月以上5歳までの小児、特に2歳以下の小児、65歳以上の高齢者などを最重要対象に含めている(同2010.9.29記載参照)。これは今年度に関してはA/ H1N1パンデミック2009に加えてA香港型(AH3N2)が混合して流行することが予想されているためだ。
ところで、なぜ日本では妊婦の接種に及び腰なのか。
筆者が想像するには従来の季節性インフルエンザに対する予防接種における方針を継承しているためと思われる。かねてから米国では妊婦への接種を勧奨してきたのに日本では眞逆の方針をとってきたという経緯がある。これまでの季節性インフルエンザ用のHAワクチン(北研および生研)の添付文章を転記したい。
「妊娠中の接種に関する完全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には接種しないことを原則とし、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断された場合のみ接種すること」。
それでは今年度のHAワクチン(北研)、すなわちA型H1N1株を含む3価ワクチンの添付文章はどうなっているだろうか(以下転記)。「妊娠中の接種に関する完全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断された場合のみ接種すること。(後略)」。
つまり「接種しないことを原則とし、」という部分を除いただけで大きなスタンスは変えられていないのだ。このような危険極まりない表現が使われていては妊婦に接種する気には誰もなれず、とてもではないが妊婦に接種を勧奨しているという状態とはいえない。にもかかわらず、上記の厚生省のサイトの説明では「現在までのところ、妊娠中にインフルエンザワクチンの接種を受けたことで、流産や先天異常の発生頻度が高くなったという報告はありません」という事実だけをさりげなく載せている。
話を乳児に移そう。
さすがに欧米でも出生直後から生後6ヶ月までの乳児は予防接種対象からはずしているのだが(その代わりその保護者の接種を優先的に勧奨している)、6ヶ月以上は接種対象に入れるのが一般的だ。今年の米国の接種勧奨対象も生後6ヶ月以上の全ての国民となっている。アジアではどうかというとつい先日発表された台湾の基準でも生後6ヶ月以上を接種の対象としており、特に小学校3年生までの小児と65歳以上の高齢者を無料とすることで接種を促している(http://nxc.jp/tarunai/の2010.9.29記載)。
それにも関わらず、日本で乳児を接種対象からはずしている理由は、「1歳未満のお子様に対する新型インフルエンザワクチン接種は、免疫をつけることが難しいためおすすめしていません。」と説明している。つまり、乳児はハイリスクグループに含まれると認めていながら「効果がないから」という理由だけで「勧めない」と言い切ってしまっている。それにも関わらず両親が強く望むなら(補償はしないけれども)どうぞというスタンスで、接種量だけを設定している。ところが、この場合はせめて生後6ヶ月以上とはせずに、出生直後から接種してよいことにしている(こういう国も世界中例を見ない)。実に無責任な設定と見受けられるが、実際補償をしないのだから責任は取らないということだ。これではもう何の指針にもなっていない。
最後に日本が設定している小児に対する接種投与量が全くおかしいことを問題提起しておきたい。
「A型インフルエンザHAワクチンH1N1」の用法・用量は、1歳未満 0.1mL 2回、1-6歳未満 0.2mL 2回、6-13歳未満 0.3mL 2回、13歳以上 0.5mL 1回である。このように年齢に従って投与量を細かく減らしていくのは国産ワクチンだけである。乳児(0歳)に関しては0.1mLという設定だが、0.1mLの接種が実際にどのようなものか実態を認識して決めているのだろうか。0.5mLの接種でも実際は注射器や針の壁面で薬液をロスしてしまって、0.4mLぐらいになることはあり得るだろう。
ある行政のQ&Aでは、「0歳の乳児のインフルエンザワクチンの接種は可能ですが、摂取量が1回0.1mLと微量のため免疫効果がはっきりしていません。」として0歳児の接種を勧めていない。それでは何を根拠に接種量を0.1mLと設定したのだろうか。
ちなみに国も承認している輸入1価ワクチン「アレパンリックス(H1N1)筋注」(グラクソ・スミスクライン株式会社)の用法・用量は6カ月‐9歳 0.25mL 2回(著者註:諸外国では2回だが、厚労省のサイトでは1回となっている)、10歳以上 0.5mL 1回となっている。さらにノバルティス社製は6カ月‐8歳 0.5mL 2回、9歳以上 0.5mL 1回、バクスター社製に至っては6カ月以上すべての年齢で0.5mL 2回となっていて、乳児も大人も接種量は同じ設定である。
一般的にいって免疫応答というのは付くか付かないかであり、容量依存性に増大するものではない。ちなみに日本で行われている麻しんワクチンでは1歳児も大人も接種量は0.5mLである。厚生労働省は乳児のインフルエンザワクチンの接種量を0.1mLと設定した根拠と正当性を明らかにして欲しいし、それができないのなら小児の接種量を年齢によらず0.25-0.5mLと共通にして至急臨床データを集積して効果と安全性を確認すべきである。データがないといって何年も放置したままにしているのは怠慢以外のなにものでもない。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年10月15日
パンデミックウイルス対策、日本版CDCの設立と権限の移譲を
パンデミックウイルス対策、日本版CDCの設立と権限の移譲を
わだ内科クリニック院長 和田眞紀夫
2010年10月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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2010年も終盤に差しかかってもなお行政は「新型」インフルエンザという呼称を継続して使用していることに驚きを禁じえない。
これはいかにこの「A/H1N1パンデミック2009」に対する対策が全く進んでいないかということを如実にあらわすものである。世界中どこを探しても新型などと呼んでいる国はない。
これはひとえに今回のインフルエンザを感染症法第6条第7号に規定する「新型インフルエンザ等感染症」であると高々と宣言し、なおかつWHOが2010年8月10日にポストパンデミック宣言をしたにもかかわらず、我が国においては終息宣言を出さずにいるために、感染症法に従った呼び方を続けざるを得ないからである。
いつもはWHOの方針を100%追随するくせにことこの決定に関してだけ従わないというのは全く不思議な対応である。まるで廃棄処分寸前の1価のワクチン(A/H1N1用)の在庫品を可能な限り使い切ろうというような姑息な意図があるのかとさえ疑いたくなる。
すでに新しい3価のワクチン(A/ H1N1、A/H3N2、Bに対応)を接種できる状況の中で誰が敢えて去年の在庫の1価ワクチンを、しかもお金を払ってまで打とうと思うだろうか(無料で放出するならまだ理解できる)。
2010年10月1日よりいよいよ平成22年度のインフルエンザの予防接種が始まる。
骨組みとしてあるのは通年の季節性インフルエンザに対する定期接種で、これは平成13年の改正予防接種法に基づいて実施されているもので、基本的には65歳以上の高齢者のみが対象となっている。
二類疾患という位置づけで、集団の防疫を目的とするものではなく、あくまでも個人の予防を目的とする予防接種と見做されていて、公式のガイドラインにも「予防接種を受けるように努める必要はない」と書かれている(「努力義務は課せられていない」と説明されている)。
これに加えて昨年同様、「ワクチン接種事業」というA/H1N1パンデミック2009用の緊急避難措置的な臨時接種事業が繰り返されることになっている。この非常時接種を行うために医療機関はまたしても昨年同様に厚生労働大臣との間で契約書を交させられた。しかもこの契約書にサインしなければ、季節性の3価のワクチンも供給してもらえない決まりになっているというからさらに状況は深刻だ。
どうしてこのようなことになったかというと、この3価のワクチンにA/H1N1用のワクチンが含まれているからというのだ。すなわち、この3価ワクチンを用いた予防接種は定期接種とワクチン事業の両方の性格を備え持った予防接種だと説明されている。本来この異常な締め付け体制下の予防接種を法制化しようとして間に合わなかったという裏事情が存在する(改正予防接種法による「新臨時接種」と呼んでいて、11月には法制化されると見込まれている)。
すなわち、ワクチン事業を継続するためには感染症法の後ろ盾が必要であり、そのためにパンデミックの終息宣言が出せないのである。これはまさに本末転倒であり、医学的な判断とは程遠いところでパンデミック終息宣言が引き伸ばされているのだ。
そもそも法律を整備しなければ何の事業も行えないというところに厚生労働省の抱える構造・機構上の致命的な欠陥がある。
すくなくともパンデミックウイルスのような緊急を要する危機的状況にあたっては新たに法律を作っているのではとても間になわない。このような危機管理を一省庁が任されていること自体がそもそも実態にそぐわない。
A/H1N1パンデミック2009に対してでさえ、この1年間にやらなければいけないことは山積みだったにもかかわらず、ほとんど何の対策も立てずに見過ごされてきた。遺伝子検査体制にしても米国に比べれば大人と子供の差ほどの開きがあるし、縦横の情報伝達機構の整備や地域医療体制の物的・人的拡充、ワクチンや検査キットの供給体制の整備など、これらの多くは全く何も手をつけられていないといっていい。「インフルエンザに対する総括的な対策」といいながら、この1年間は予防接種の法改正だけに振り回されていたようにしか見えない。
いま我々国民がインフルエンザに関して一番知りたいと思っていることは何なのだろうか。去年あれほど大騒ぎになった新型インフルエンザは今どうなっているのか。この秋から冬にかけてまた流行する可能性が高いのか。そうではないのか。それに対してどのような対策をとったらいいのか。ワクチンは接種したほうがいいのか。妊婦や乳児はワクチンを接種した方がいいのか。このような単純・素朴な疑問に対してさえ国は一切説明をしない。
情報を閉ざしているのかといえば、おそらくそうではなくて情報を持ち合わせていないのだ。彼らもわからないのだ。このようなことは法律を作るだけでは解決しない問題ばかりだからだ。
筆者はいまこそ日本版CDC(疾病予防対策センター)を設立して権限を移譲することを提案したい。情報を定常的に集めて分析し、的確な状況判断をしてその情報提供をし、迅速な指示を送る。このようなことは医学や統計のプロの集団でしか為しえない。法律や政策のプロでも医学のプロではない官僚や政治家が自分達だけで取り仕切ろうとすること自体に無理があるわけで、そのことに彼らが気づかない(あるいは気づいていても権限を手放そうとしない)ことが問題なのだ。
一刻も早くパンデミックウイルスに対する危機管理体制を確立することを切に願う。
MRIC by 医療ガバナンス学会
適切な医療を提供するため 「医療安全担当の方へ」
適切な医療を提供するためには、医療や行政が協力して取り組む必要があるとおもい、下記のような提案を東京都の医療安全担当部署あてにメールしました。
また、都政に関わることとして重要と思い、メールアドレスが公開されている都議会議員さんたちにもあわせておくりました。(※誤字や言い回しを一部修正)
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医療安全担当の方へ
毎日新聞の報道記事をみて、
一つ提案がありましてメールさせていただきました。
病院の調査で感染管理の研修会参加率が6割程度であることが批判される記事となっていますが、このような批判記事は現場の状況を踏まえていません。
広報担当の方は語り方にもぜひ注意をしていただくようお願いします。
医療機関は24時間動いており、職員が一斉に研修を受けることができません。その日が休みの人もいます。
標準と想定されている年2回勉強会を開くだけでは100%近くには理屈上なりません。
医療者だけでなく事務方含めて参加しなくてはいけなくなっています。
参加を強制する場合は勤務時間内に実施する必要があります。
記事には「年2回の研修の参加率が6割程度と低かったためで、院内感染への認識が病院全体で薄かったことが改めて露呈された」とありますが、そのような上から目線ではなく、「何にお困りですか?行政としてどのようなサポートをすれば現場はよくなりますか?」とヒアリングをお願いしたいです。
また、「都は「高度な医療を提供する特定機能病院にしては参加率が低かった。感染防止に関する共通の知識がなければ、感染は拡大してしまう」とみている。」と記事にあります。
「感染防止に関する共通の知識がなければ感染が拡大してしまう」とあるのですから、その内容を東京都自ら提供し、現場を支援していただけないでしょうか。
例えばネット環境があれば無料でどの医療機関でも受講可能なWEB講座を開き、試験をパスしたら受講証明とできるような仕組みがあると現場はとてもたすかります。
このように学習支援をしていただけないでしょうか。
(健安研のホームページ等に掲載をしていただくとみつけやすいです。)
現場で順番に東京都の感染管理WEB講座を使って勉強し、「残業で参加できない人は、オンラインでも学習可能です。最後の知識確認テストを必ず終えてください。終わっていないスタッフがいる場合は院長から管理者にメールがいくので1ヶ月以内に勤務時間内に受講できるよう配慮をおねがいします」といった工夫ができるようになれば現場の負担も減ります。
どれくらいの医療機関が利用しているかといったデータも毎年とれます。
これは行政の施策判断に有効とおもわれます。
現在、高齢者で高度医療を必要とする方が急増しており、認知症の型も多数入院してこられます。感染対策は患者さんの協力も必要ですが、感染予防行動を100%理解し実施することが出来ない方もい
ます。
過剰に防御し、山のような医療廃棄物を出したとしても、感染症はゼロにならないなかでの努力をしています。
医療機関を支援する形での行政、広報をお願いいたします。
聖路加看護大学 堀成美(看護師・教員)
2010年9月17日
子宮頸がん予防対策強化事業創設に伴う緊急声明
医療ガバナンスNEWS
▽子宮頸がん予防対策強化事業創設に伴う緊急声明▽
ご案内をいただきましたので、情報提供です
2010年9月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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NEWS
2010.9.9
子宮頸がん予防対策強化事業創設に伴う緊急声明
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会
厚生労働省は、「子宮頸がん予防対策強化事業」として150億円を平成23年度予算概算要求に盛り込んだ。同事業は各地方自治体に対しHPVワクチンの費用の1/3程度を助成すること等により、HPVワクチン接種にかかる情報収集・分析をすすめることを目的としている。厚生労働省は8月27日に開かれた厚生労働省の第12回厚生科学審議会感染分科会予防接種部会で、ヒブ(インフルエンザ菌b型)や肺炎球菌のワクチンについてはかなり定期接種化のコンセンサスが得られている一方、HPVワクチンについてはまだ議論があるとし、だからこそ、情報収集して判断、評価する必要があるという旨の理由を説明した。このことから「子宮頸がん予防対策強化事業」の大きな目的の一つが、HPVワクチンの定期接種化に向けた情報収集・分析であることがわかる。
定期接種化に向けて任意接種費用を国が助成するのは、初めての試みである。我が国は「ワクチン後進国」と揶揄されるほどワクチンの定期接種化が進んでおらず、世界保健機関(WHO)が推奨するワクチンの約三分の一は任意接種のままかワクチン導入すら達せられていない状況にある。これらWHOが推奨するワクチンについても、HPVワクチン同様に予防対策強化事業が実施されることで、定期接種化に向けて迅速な検討を行うことができ、早期の定期接種化とワクチン・ギャップの解消が期待される。
HPVと同様に定期接種化の世論が大きく、多くの地方自治体が費用助成を行っているヒブと肺炎球菌については、先の予防接種部会で定期接種化のコンセンサスが得られているとの説明がなされた。したがってヒブと肺炎球菌についてはHPVのように任意接種費用に対して助成し情報収集を進める必要は無く、早期に定期接種化が実現されることが期待される。予防接種部会に設けられた小委員会の評価を受け、来年度からの定期接種化が望まれよう。既にコンセンサスが得られている以上、子どもたちを細菌性髄膜炎からワクチン接種により守るために、一日も早い決断が必要であり、いたずらに時間を費やして子どもたちを防げるはずの疾病に罹患させる不作為の被害を生じ続けてはいけない。
以上のように、ワクチンギャップ解消に向けて大きな一歩となることが期待される「子宮頸がん予防対策強化事業」であるが、概算要求に至る過程が明らかにされていない。150億円を投入してどのような結果を得られると見込んでいるのか、決定に至るまでにどのような意見がだされたのか、議論には誰が参加したのか、一切明らかにされていない。何より、公費を投入するものであり、従来の予防接種行政のあり方とは大きく異なる新たな手法である。いつ、どこで、誰が、どのような議論を交わし同事業の実施を決定したのか、政府は国民に説明しなければならないだろう。
私たちはここに、次の3つの項目の実現を強く求めるものである。
一 ヒブ、肺炎球菌の定期接種化を速やかに決定すること
一 WHOが推奨するワクチン・疾病について、HPVと同様の事業を速やかに実施すること
一 「子宮頸がん予防対策強化事業」の決定過程を明らかにすること
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月16日
帝京大学病院事例を巡るメディアの横暴
帝京大学病院事例を巡るメディアの横暴
森兼啓太 山形大学医学部附属病院 検査部
2010年9月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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帝京大学病院における多剤耐性アシネトバクターによる院内感染多発事例は大きな波紋を呼び、全国の大学医学部附属病院を中心とした院内感染の現状把握や対策の見直しが進んでいる。これ自体は大変良いことだと思う。
しかし、これらはすべて医療機関で医療を受ける患者のために行われるべきであり、決してメディアの一般視聴者のためにあるのではない。メディアは、情報収集のためにはその手段をいとわず、時には誤報も流す。そして万一誤っていた場合には小さく謝罪記事を掲載し、それで済ませようとする。大手メディアの影響力は計り知れないほど大きい。報道の自由、表現の自由に名を借りた言葉の暴力に他ならない。
今般、筆者が所属する大学病院に対して、ある放送局からFAXが送られて来た。内容は、以下のような項目に1日弱の期限で返答されたしというものである。少々分量が多いが、意図的に質問事項を取捨選択したと受け取られないため、すべての質問事項を列挙する(文言は要約してある)。
> 当院での過去1年間の多剤耐性菌の感染者数
> MRSA・MDRAB・MDRP・VRE・NDM-1・その他という菌種ごとの院内感染があった時期、検出された患者数、入院患者数、死亡との因果関係が否定できない死者数
> 院内感染対策のみを行う専従職員を配置しているか、設置時期はいつか、「兼任のみ」や「不在」になっていた時期があればその期間(専従職員だとされているものの、実際には兼任ということはないか、という但し書きがついている)
> 院内感染対策マニュアルはあるか。マニュアルを作成した時期、配布人数、配布先の職員、対象となった科、研修の実施の有無、更新時期
> 帝京大学附属病院では、検査部門で細菌を検出してから感染症制御部門に情報が伝わるまで半年以上かかったことが問題とされています。多剤耐性菌の院内感染が判明した場合の院内の連絡体制について、どのような取り決めがあるか。
> 多剤耐性菌の院内感染が判明した場合の外部機関への報告に関する取り決めは?
> 同、患者や家族への説明はいつ、誰が、どの時点で行うか
> 抗生物質の使用について施設内での取り決めはあるか
この中には、示唆に富むものもある。例えば、患者や家族への説明をいつ誰がどの時点で行うかに関する取り決め、外部機関への報告に関する取り決めの、などは、医療機関として必要なものであると考える。しかし、その他の質問事項についてはお粗末としか言いようがない。少なくとも以下の点について、質問の作成者は全く理解していない。
● 多剤耐性菌の定義が明らかでない
● 院内感染かどうかを検出するのは決して容易ではない、特にMRSAは一般人にも医療従事者にも保菌者がたくさんおり、患者間の伝播であると明確に判明することはむしろ少ない
● NDM-1遺伝子を同定できる施設はごく限られている。現時点では、大腸菌で耐性化の傾向が著しく強い菌を国立感染症研究所に送付し、NDM-1遺伝子の検索を依頼するのが最も現実的な方法である。仮にNDM-1が検出されていれば、その情報は国立感染症研究所の所轄官庁である厚労省に問い合わせれば済むことである。
これらのことは、少し調べれば容易に入手できる情報であり、質問の作成者は著しく勉強不足である。思いつきで作成したとしか思えない。
それだけではない。事実誤認もある。「帝京大学附属病院では、検査部門で細菌を検出してから感染症制御部門に情報が伝わるまで半年以上かかったことが問題とされています」とあるが、9月8日に同院がウェブサイトに公開した外部委員による検証の報告書を読めば、そうではないことがわかる。検査部門から感染制御部に情報は伝わっていたが、その後の感染対策がおそらく不十分であったため、これだけ多くの伝播が引き起こされたのであろう。
さらに、アンケートの受け手が「因果関係の否定できない死者数」を回答すれば、当然その結果は報道され、少数である場合は患者が特定され、個人情報保護法に抵触する恐れもある。さらに個人が特定されれば、病院側との民事訴訟に発展することもありうる。こういった事柄を通じて、医療側と患者側はますます対立し、必要な医療が国民に提供されなくなる。
また、多数の質問項目にわずか1日で回答せよというのも乱暴である。大学病院の感染対策担当者たちは、自施設の感染対策を今一度見直し、データの洗い直しなどを行っている最中である。その貴重な時間を奪う、相当負荷の大きい量の質問事項である。カバーレターとも言えるFAXの1枚目には、担当者の名前と「お手数ですがよろしく御願いします」の一言のみが記されており、アンケート企画の主旨が全く記されていない。
最後に、このFAXの発信元が、その特性から速報性を重視せざるを得ない、事故・事件等の取材にあたる社会部ではなく、綿密な取材に基づきじっくり見せる・読ませる記事を発信する科学文化部であったことを付け加えたい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月11日
「国民を元気にする政治」とは?
「国民を元気にする政治」とは?
小松秀樹
2010年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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またぞろ、行政-マスメディア連合による犯人探しとバッシングが始まった。
9月6日付のasahi.comによると、帝京大学病院の院内感染問題で、長妻厚生 労働相は「重大な院内感染が発生したらルールにのっとって報告することが必 要。きちんと機能しているのかどうか検証が必要だ」と話したという。9月6日 の午後には立ち入り調査が行われた。警察による業務上過失致死傷を視野に入 れた事情聴取も始まった。
報告しなかったことが被害を拡大させたとする報道もあるが、報告するこ とで被害が防げるわけではない。報告は、法律ではなく通知により求められて いるもので、厚労省からのお願いレベルのものだという。
加罰的扱いをするには、立法が必要である。そうでなければ、行政の暴走 が防げず、三権分立の意味がない。
現実問題として、報告しても対策の財政的支援が得られるわけではなく、 状況によっては不利益を伴う処分さえ下されかねない。厚労省は、無理を押し 付けるということにおいて、医療現場から悪代官のような存在とみなされている。
そもそも、報告をためらわせるような厚労省の姿勢に問題がある。厚労省 の今後の対応によっては、さらに情報が集まりにくくなりかねない。
報道によると、帝京大学病院の感染対策に問題があったとされる。しか し、安全対策には人的・物的資源が必要である。
感染防止対策に不十分ながらも、診療報酬がついたのは、問題発生以後 の、2010年4月からである。出来高払いでは、一人の患者が一回入院すると 1000円が支払われる(DPCでもほぼ同額になる)。亀田総合病院で年間2000万 円程度になる。しかし、感染対策室には、専従職員が3名、検査室との兼任の 感染症の専門医が1名、他に感染症科の医師が5名常時活動している。大病院で も、4月以前に十分な対応できていたところは少ない。
多くの病院で、対応の努力を始めた段階にあると考えるべきである。実 際、診療報酬はぎりぎりに抑制され、多くの病院が赤字に苦しんでいる。報酬 が発生しないところに費用をかける余裕がない。これに加えて、感染対策を専 門とする医師、看護師は少なく、すべての病院が厚労省の求める人材を確保で きる状況にはない。
検査体制を整えている病院で、多剤耐性菌による院内感染を経験していな い病院はない。常に対応をし続けているといってよい。
多くは弱毒性で、健常人には病原性がないが、化学療法を受けている進行 がん患者や、大手術を受けた患者など、免疫力が低下している患者ではときに 致命的になる。
世界の専門家から様々な認識や対応が発表されている。人的、財政的制限 があるので、あらゆる対応がとれるわけではない。院内感染は、医療側の対応 と新たな問題の発生で、時々刻々、その様相を変えている。
院内感染の撲滅が当面不可能であること、人間の生命が有限であること、 医療が不完全であることを前提に、冷静に実情を認識すべきである。不可能な ことを規範化すると、士気の低下を招き、医療現場が荒廃する。
問題になった多剤耐性アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、栄養要 求性が低いという。このため、近年、院内感染の主役だったMRSAと異なり、環 境に広く分布し、死滅しにくい。手洗い中心だったこれまでの対応で制御しき れないこともあろう。
厚労省は、規範との整合性ではなく、社会にもたらす結果を基準に、すな わち、今後の耐性菌による被害を最小限にするのに有用かどうかを基準に、対 応すべきである。
具体的には、現場の心理的障壁を小さくして情報を集めやすくすること、 集まった情報をすべて開示すること、現場の対策を支援することである。
厚労省が、さまざまな背景を持つ現場に、罰則による威嚇を伴った一律の 指令を出すことは、院内感染対策には有害無益である。対応するのは厚労省で はなく、多様な背景を持つ現場である。厚労省はその援助しかできない。
行政は法による統治機構であり、原理的に医療を上手に扱えない。物事が うまくいかないとき、自ら学習せずに、規範や制裁を振りかざして、相手を変 えようとする。原理主義的で適応性に乏しい。これに対し、医学・医療では、 物事がうまくいかないとき、自ら学習し、知識・技術を進歩させる。実情の認 識を基本とするので、無理な規範を振り回すことがなく、適応性に富む。
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)では、刻々と変化する医療の状況に 科学で対応するために、行政官ではなく、医師が主導権をもっている。
逆に、日本の厚労省は、自らの責任回避のために、現場を細かく縛る無理 な規範を設定して常に現場を違反状態におく。問題が浮上してくると、現場に 責任を押し付ける。新型インフルエンザ騒動では、水際作戦に代表されるよう に、無理な規範を掲げて、実質的に強制力を伴う事務連絡を連発し、無残な失 敗を重ねた。
報道機関から漏れ聞くところでは、厚労省が加罰的対応をしているのは、 帝京大学での沖永家による支配体制が気に入らないからだという。ガバナンス に問題があるのなら、院内感染と切り離して、ガバナンスに問題があることを 真正面からとりあげるべきではないか。別件逮捕のようなことをすると、院内 感染対策が歪む。
古い体験を話す。35年前、東京大学泌尿器科学教室では細菌培養を中央検 査室ではなく、教室の研究室で実施していた。そのデータは病院全体の感染管 理に還元されていたわけではない。大学は各科の独立性が強く、病院全体のガ バナンスはほとんどなかった。
病院のガバナンスは、比較的最近、輸入された考え方である。しかも、望 ましい医療機関のガバナンス像は常に変化している。例えば、国際的な病院評 価機関であるJCIはガバナンスも評価しているが、数年ごとに基準を変更して いる。医療機関のガバナンスの実態も常に変化している。しかも実際の医療機 関は極めて多様である。望ましい定常状態を想定してそれを押し付けること自 体無理がある。
全国の大学病院のガバナンスの実態はどうなのか。その中で、とくに帝京 大学が劣っていたのか。多少なりとも問題のない病院はあり得ない。ガバナン スのありようを外部から強権で変えること自体、ガバナンスを傷つける。厚労 省からの天下り役人が帝京大学を支配するようなことがあれば、かえって弊害 が出かねない。
実際、厚労省の天下り役人が支配してきた骨髄移植財団では、天下り役人 がセクハラ、パワハラを繰り返し、大量の退職者が出た。財団は、セクハラ、 パワハラに抗議した部長を解雇したが、不当解雇だとして訴えられ、敗訴した。
良いガバナンスとは、制御の利いた合理的な自律である。内部に真摯な動 きがないと、いくら外部から叩いても、改革は成功しない。具体名はあげない が、複数の大学の例が実証しているように思える。
そもそも、帝京大学のガバナンスが悪かったから耐性菌の問題が明らかに なったのか、改善されたから明らかになったのか。漏れ聞くところでは、事件 後4月に新院長に就任した森田茂穂氏の英断で、外部調査委員会が開かれ、す べてが開示された。望ましい自律の動きが始まった可能性がある。
菅直人総理大臣は国民を元気にする政治を唱えている。私は、菅総理の考 え方に大賛成である。
フランスの政治哲学者であるトクビルは、政治的中央集権を評価するが、 行政的中央集権を嫌う。『アメリカの民主政治』の中で、菅総理と似た考えを 提示している。
トクビルの意見を要約すると、以下のようになる。
「国家が、国民生活の些細な部分まで支配すると、有能で活発な人間が、 人々や社会に影響を与えられなくなる。国家は、人々を国家に頼らせ、自立で きないようにしてしまう。国民は、臆病でただ勤勉なだけの動物たちの集まり にすぎなくなり、政府がそれを羊飼いとして管理するようになる。国民は、あ らゆることを国家に頼るようになって、元気がなくなる。国家が衰えると、自 力で生きられない元気のない国民は滅びる。」
行政権力は、日々更新されている医学的合理性と大量の情報を活用するた めの行動原理と能力を有していない。従来、行政権力が無理な規範で医療を統 制することを、自民党が支えてきた。
日本医師会は行政権力の下請けになっていた。これに、日本の医師の多く が反発し、2009年の総選挙で、民主党に投票した。選挙前の何年かの医療をめ ぐる議論が、政治の大きな流れを変える一因になった。
医師たちは、政務三役に、行政権力の制御を期待した。長妻大臣の対応 は、旧来の自民党と同じであり、日本人の元気を奪うものである。失望を禁じ得ない。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月9日
耐性菌が生まれるのは病院の責任ではない。医療機関叩きを止めよ!
耐性菌が生まれるのは病院の責任ではない。医療機関叩きを止めよ!
厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年9月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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殆どの抗菌剤に効かない、多剤耐性Acinetobactor baumanniiの院内感染が発生しました。厚労省ではこれを受けて、院内感染が起きた病院への立ち入り調査と、医療機関に対する報告を徹底するよう求めています。死亡例が出たこともあり、メディアは大々的に報道しています。特に一部の報道機関は、「業務上過失致死」で立件されるのではないかとの記事を掲載しています。
私はこの一連の流れをみて、明らかに異常だと思います。
Acinetobactor baumanniiは、確かに通常の細菌よりも恐ろしい病原体です。マイナーリーグのピッチャーであった、Richard Armbruster氏が78歳で命を落としたのも、この細菌によるものでした。現役を引退した後も70歳になるまで野球を楽しんできた彼が、通常の骨頭置換術を行うために入院したSt.Lous Hospitalで、何らかの耐性菌による敗血症よって78歳で亡くなりました。彼の死の当日まで、原因となる病原体がなんだか分かりませんでした。
2010年2月27日付けのThe NewYork Timesは、Armbruster氏の死をエピソードに取り上げ、「抗菌剤にひるまない感染症の脅威の台頭」として記事を発信しています。
「Acinetobactor baumanniiのようなグラム陰性菌はMRSA(多剤耐性黄色ブドウ球菌)のようなグラム陽性菌と比べて質が悪いのです。それはグラム陽性菌は酸素が無ければ生きていけないのですが、グラム陰性菌は、酸素のない劣悪な環境下でも生きていけるからです。」この記事で、UCLA medical center Brad Spellberg医師は、こう発言しています。
なぜ、このような多剤耐性菌が生まれてくるのでしょうか。それは抗生剤という細菌を殺す薬を使うからです。「正しく使えば耐性菌は発生しない」と主張する専門家もいますが、これは正しくもあり、誤りでもあります。ウイルスで引き起こされるカゼに対して、抗菌剤を出せば、耐性菌を生みますから、こんな事をしてはいけないのは誰でも知っています。しかし自分がそうしなくても、耐性菌は何処かから入り込んできます。
感染症は私たちが決して逃れられない脅威です。これに威力を示すのが抗菌剤ですが、抗菌剤を使う限りは、耐性菌は常につきまといます。今の流れをみると、「立ち入り検査」→「報告義務づけ」→「耐性菌を作ってはならない、院内感染を起こしてはいけない、という圧力」→「犯罪行為として立件」という流れが見えてきます。これを実質的に指導しているのは、厚労省医系技官です。
勿論、耐性菌がどの程度の威力で、どれだけ広がったのかという調査は必要です。しかし、問題は目的です。実態をしらべるのは疫学調査であり、疫学調査は、原則として「論文にまとめて世界への情報提供として発信する」ためのものであり、今後の対策に反映させる、という学術的かつ政策的な側面があります。ところが、今の厚労省が行っているのは「犯人捜し」であり、その目的は医療機関に圧力をかけ、自分たちの権威を知らしめるという目的です。なぜ権威を振り回すのかといえば、臨床現場を殆ど知らない医系技官の臨床コンプレックスのあらわれではないか、と思います。その最たる例が「医療事故調査委員会」であり、医師が医師を裁くという、世界で全例をみない酷い政策です。
医系技官の役割は、日本国民というmassの健康問題を考え、向上させることにあります。そのためには現場の医療機関の活動が不可欠です。権威を持つものは、それを社会の益に還元するためにその力を行使すべきです。そうでなければ、医系技官の存在理由自体が問われることになります。
繰り返しますが、耐性菌が広がったからといって、「業務上過失」で公安が乗り込むこと自体おかしいのです。そして、厚労省がやらなければならないのは、世界中で最もお粗末なひとつと言われる、我が国の感染症サーベイランス体制を構築することと正確な情報開示こそがやるべき事であり、報告作成を強要し、現場の負担を増やすことではありません。
もう一つの権力と言われるマスコミも、自分たちの力を間違って使わないことを、切に願います。今のような報道を繰り返せば、医療機関が疲弊し、自分自身や家族を診る医師がいなくなるということを、考えてみては如何でしょうか。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月8日
帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと
帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと
自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科科長 森澤雄司
2010年9月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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多剤耐性アシネトバクター・バウマニによる病院内アウトブレイクが報道されています。私にはマスメディア報道を越える情報はありませんが、業務上過失致死の疑いで警視庁が動いていることを聞き及び、わが国の医療に禍根を残さないためにも、一方的な処罰感情のみに流されない議論がなされるべきであると考えて筆をとることとしました。
医療技術の進歩や管理基準の向上、医療従事者の熱意と誠意に関らず、病院それ自体は感染症の温床であり、医療関連感染防止はすべての医療従事者にとってつねに最重要の課題の一つであり続けています。医療行為には必ず内在する感染リスクがあり、血管内留置カテーテル関連血流感染症や外科手術部位感染症などは、語弊を恐れずに言えば ”起こるべくして起こる” 合併症を医療従事者の不断の努力によって防止しているのです。日常的なケアのどこかに些細な破綻があっただけでも重大な結果をもたらしてしまうのです。また、病院という限定された空間に多数の患者が抗菌薬を投与されている状況は、抗菌薬耐性菌を集約することとなり、一般的にまれな高度耐性菌が病院においては日常的に跋扈することとなっています。高齢化社会に伴う患者数の増加、医療の高度先進化の一方で、医療費削減を求める現状においては病院における経費削減が経営上の必要課題となっていますから、医療の現場はますます少ないスタッフ数や予算でより多くの業務を負担しなければならず、患者と医療従事者のいずれにとっても安全が脅かされていると考えなければなりません。医療安全は広く国民の間で議論されなければならない重大事であります。
今回の問題となっている多剤耐性アシネトバクター・バウマニは医療関連感染防止にとって重大な脅威です。高度耐性菌としては MRSA や多剤耐性緑膿菌が有名ですが、これらの細菌と比較しても多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は極めて困難であることが知られています。一般的に MRSA 対策は医療従事者の手指衛生と適切な個人防護具(手袋・ガウン・マスクなど)使用の徹底により対応することが出来ます。一方、緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは栄養要求性が低く、さまざまな環境で生き延びることが可能であるために環境対策も必要となります。緑膿菌は乾燥に弱く、いわゆる水周りを押さえれば対策できるのに対して、アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、カーテンや診療端末のキーボードやマウスのような通常の環境表面でも数週間以上にわたり生存します。多剤耐性アシネトバクター・バウマニ対策には膨大な環境調査が必要であり、しかも細菌はスタッフや患者の手指などを介して環境を移動しますから、一度の環境調査だけですべてが明らかになるとは限りません。海外からは医療従事者が使用する PHS を介してアウトブレイクが認められたという報告もあり、多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は困難を極めます。そしてアシネトバクター・バウマニは抗菌薬耐性を獲得する能力にも優れており、耐性化したアシネトバクター・バウマニの中には多剤耐性緑膿菌と同じく現時点でわが国に使用可能なすべての抗菌薬へ耐性を示す場合があることが知られています。すなわち、高度耐性アシネトバクター・バウマニが感染症の起因菌となった場合、わが国では治療できないのです。幸いなことに緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは必ず感染症を起こすわけではなく、単に保菌状態で過ぎる場合が多いのですが、侵襲的な医療処置が行われている患者では先述したような医療関連感染症を生じることがあり、病院内では重大なリスクとして対応する必要があります。
厚生労働省でも多剤耐性アシネトバクター・バウマニの重大性を考慮して、昨年 2009 年 1 月には都道府県に対して病院内における発生を報告するように求めた通知が出されています。しかし、これは法的義務ではなく、少なくとも医療の現場に対して明確な通達であったとは言い難いと判断しています。一部の報道では今回の帝京大学病院における事例について、保健所へ報告されていなかったことが最大の問題点であるかのように取り上げられていますが、厚生労働省からの通知は都道府県への “「お願い」ベース” であり、法的な義務ではなかったはずです。また、一般的に考えると、公衆衛生行政の介入で今回のような医療関連感染アウトブレイクが制圧できるとは考えにくく、もしも行政側の担当者が保身に走って一方的な “病棟閉鎖命令” などの過剰な対策を安易に乱発するようなことにでもなれば、医療現場の混乱は必至です。病棟を閉鎖してしまうと、その期間、患者は受け皿を失って、適切な医療が提供されないこととなります。高い見識と専門性を有する専門家によるリスク・アセスメントに基いた方針決定こそが必要です。わが国では日本看護協会が認定する感染管理認定看護師が 1,000 名以上に及んでおり、豊富な臨床経験と高い専門性に裏打ちされた現場での活躍が期待されますが、残念ながら多くの施設では十分な権限を与えられていません。”素人” による場当たり的かつ責任回避的な対策ではなく、現場に根付いたプロの判断が優先されることを願って止みません。
さて、これも一部の報道による情報でしかありませんが、今回の事例について警視庁が業務上過失致死の疑いで動くのではないかとされています。私たち医療従事者はつねに医療関連感染症の予防と制圧を心掛けており、理念として “ゼロ・トレランス” 、1 例の医療関連感染症も容認しない態度で理想を目指すべきであると考えています。しかし、実際には医療関連感染症を完全に根絶することは現時点で不可能です。故意による事例であればともかく、医療の結果が望ましくなかったという理由で警察が介入するような事態になれば、医療現場は必要以上に防護的となり、積極的な侵襲的医療処置行為を妨げる結果ともなりかねません。リスクの高い重症例や耐性菌の保菌患者は受け入れ先を失うかもしれません。処罰的な態度で “医療事故” に臨むことが国民の利益になるとは考えられず、むしろ結果的に“医療崩壊” を一層に進めてしまう可能性すらあります。私たちは第 2 の「大野病院事件」を許してはならないのです。
以上、私の個人的な意見を記述しました。所属機関、所属学会を代表した意見ではないことを念のため書き加えておきます。患者さんが亡くなられたことはもちろん重大であり、真摯に受け止めるべきことでありますが、現実の医療はすべての患者さんを救命できるものではありません。この機会に医療従事者と国民が互いの立場を理解し合って、よりよい医療現場を実現するための議論が進むことを望みつつ擱筆します。
森澤雄司
自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科(兼任)科長
自治医科大学・感染免疫学准教授
栃木地域感染制御コンソーティアム TRIC'K' 代表世話人
日本環境感染学会・理事、評議員、教育委員
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月6日
子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、 ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、
ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年9月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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8月27日に開かれた厚生労働省の第12回厚生科学審議会感染分科会予防接種部会で、足立信也政務官は、2011年度予算概算要求で「子宮頸がん予防対策強化事業」として150億円が特別枠として計上されたことについて、ヒブや肺炎球菌のワクチンについてはかなりコンセンサスが得られている一方、HPVワクチンについてはまだ議論があるとし、「だからこそ、情報収集して判断、評価する必要がある」とその理由を説明したという。
発言者は足立政務官であるが、これはこの事業をトップダウンで決定した長妻昭厚生労働大臣をはじめとする厚生労働省全体の合意事項だろう。このことが予防接種部会に諮られ確認されたと言う事実は極めて重大な意味を持つ。これは予防接種行政の大転換だ。
【予防対策強化事業は子宮頸がんだけではない】
HPVワクチンについてはまだ議論がある、というのは定期接種化すべきかどうか、ということについてである。すなわち、政府が繰り返してきた「有効性・安全性の検証」という定期接種化の絶対条件をクリアしているかどうか「議論がある」ということであり、「情報収集して判断、評価する必要がある」とはこの有効性・安全性について検証するということに他ならない。
HPVワクチンの定期接種化に向けて有効性・安全性の検証を行うにあたり、任意接種費用を国が1/3助成し、啓発や市町村が加入する保険の保険料なども国が負担するということである。そのための「子宮頸がん予防対策強化事業」を創設する。
従来は、例えば細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンは、私たちが定期接種化を要望しても「有効性・安全性を確認してから」との条件を突きつけられてきた。そしてその有効性・安全性の確認は、完全なる任意接種下で実施されてきた。接種費用は費用助成をする地方自治体はあるものの基本的には全額保護者負担であり、啓発も患者会やメーカー、医療従事者の自発的な取り組みに委ねられてきた。要は国は殆ど一切について関与せず、民の負担で勝手にやってください、データがそろいコンセンサスが得られたら定期接種化しますよというスタンスだったのだ。今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」は任意接種費用も国が助成する、啓発も健康被害対応も国がお金を出すと、従来のプロセスを180度転換する内容だ。
これは極めて大きな転換である。なぜなら、今後、不活化ポリオワクチンを含む混合ワクチンやロタウイルスワクチン、4価のHPVワクチンなど導入が予定されている数多くのワクチンについても、今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」で実施される有効性・安全性の確認や接種の啓発、健康被害救済のための保険料の公費負担などは行われることが期待できるからだ。少なくてもHPVワクチンと同様に世界保健機関(WHO)が定期接種化を勧告しているワクチンが新たに導入された場合は、今回のHPVワクチンと同様に定期接種化を前提とした「●●予防対策強化事業」が立ち上げられてしかるべきであろう。まさに「ワクチン・ギャップ」解消に向け、非常に大きな手を打ったと言える。
【ヒブと肺炎球菌の有効性・安全性は確認された】
ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンについては予防接種部会の委員の質問に対し、「コンセンサスは得られている」との回答がなされている。ここで言う「コンセンサス」とは有効性・安全性を含む定期接種化についてのコンセンサスを指すのであり、そしてここで名指しされたヒブや肺炎球菌だけではなく、既に部会にファクトシートが提出された8つのワクチンのうち、HPVを除く7つについても含まれるものと理解できよう。
仮にヒブと肺炎球菌以外についてはコンセンサスを得られていないとするのなら、他の5つについてもHPVと同様に予防対策強化事業の対象にしなければならない。対象にしないのならその理由を説明する必要があるだろう。もちろん、「先に提出されたファクトシートでは有効性・安全性は確認できない」という科学的見解も表明する必要がある。
それらがない以上、HPVを除く7つのワクチンについては定期接種化のコンセンサスが得られていると考えるのが合理的であろう。
上記の疑問は残るものの、少なくても名指しされたヒブと肺炎球菌については、定期接種化を決断しない理由は無くなったといえる。何故なら政府が公式に「コンセンサスを得られた」ことを公言したのだ。逆に「ヒブと肺炎球菌ワクチンはコンセンサスが得られているがHPVは得られていない、だから予防対策強化事業により検証する」の前半部分が否定されたら、後半部分、すなわち子宮頸がん予防対策強化事業も否定されてしまう。ヒブと肺炎球菌はコンセンサスを得られているから予防対策強化事業の対象とせず、HPVだけを対象とするのだ。ヒブと肺炎球菌について定期接種化のコンセンサスが得られていないのならHPV同様に予防対策強化事業の対象としなければならなくなる。つまり、子宮頸がん予防対策強化事業の正当性を主張するには、ヒブと肺炎球菌の定期接種化を即時に決断しなければならず、これができなければ子宮頸がん予防対策強化事業の正当性も否定されてしまうことになるのだ。
【期待されるトップダウンによる定期接種化】
私は子宮頸がん予防対策強化事業は大臣のトップダウンで決定されたと理解している。
何故なら予防接種部会では同事業について議論されたことは無く、また、政治主導を標榜する民主党政権下で事務局が部会での議論を飛び越えて事業を提案することはありえないであろうと考えられることから、消去法として残るのは大臣のトップダウンしかないことになる。
7月21日に23団体が長妻厚労大臣に子宮頸がんワクチン接種への公費助成を求めて養成したのに対し、「他にもHibワクチンの問題などあり、そうした問題も含めて予防接種部会で検討してもらう」と大臣が語ったことが報じられている。「予防接種部会で検討してもらう」、これは私たち細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会が3月23日に細菌性髄膜炎関連ワクチンの定期接種化を求めた際と同様の回答である。各種団体の要請に対し、大臣の答弁が慎重になることは十分に理解できる。23団体の要請に対し「予防接種部会で検討」と回答したが、一ヵ月後にトップダウンで指示を飛ばすことは当然に有り得る事であろう。事実、予防接種部会は7月7日に開催された以降、ほぼ2ヶ月近く開催されなかった。ファクトシートをごく短期間で作製するように指示したにも関わらず、報告を受けた部会から2ヶ月近くも部会を開けなかったことはどのような事情があったのかは不明であるものの、大臣の本意ではなかったのではないか。患者会に部会での検討を約束したものの、遅々として部会を開くことができず、業を煮やして大臣が直接指示を飛ばした、としても不自然ではない。
このように考えると、ファクトシートの作製を急がせたことも含めて、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化についても大臣の目論見からは随分と遅れているのではないだろうか。僅か一月にも足りない時間でファクトシートの作製を命じているのだから、2ヶ月近くに及ぶ空白期間は致命的であろう。予防接種部会では「ワクチン評価に関する小委員会」の設置が確認され、11月下旬の部会への報告を目処としたスケジュールが予定されているが、既に大臣の目論見より大幅に遅れているのであるから、これらの予定が遅れるような様子が見えた場合、大臣のトップダウン指示が飛んでも不思議ではないだろう。
繰り返しになるが、子宮頸がん予防対策強化事業が正当性を主張する前提は、ヒブと肺炎球菌の定期接種化である。その定期接種化が遅れるということは同事業の正当性が揺らぐことであり、かつ、大臣の政治判断の正当性が揺らぐことでもある。
【説明責任は果たされているか、政治主導の本質に関わる問題】
「子宮頸がん予防対策強化事業に150億円」「HPVワクチン公費助成へ」。これらの見出しを報道で目にした際、私は正直なところ驚き、そして戸惑った。何故、HPVだけなのか。何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか。何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか、と。8月28日、29日に福岡県で開かれた日本外来小児科学会年次集会の会場でも、多くの小児科医たちは私と同様の「何故」を繰り返していた。恐らく、これは学会参加者に限らず、多くの国民が抱く疑問であろう。
私は、どのワクチンが優先されるべきという議論をするつもりは無い。私は細菌性髄膜炎に罹患した子どもの保護者であり、VPD被害者の保護者である。故に、VPD被害を防ぐためのワクチンはすべて定期接種化すべきだと考えている。ただ、現実問題として限られた予算の中で、どれか一つを選ばなければならないという状況が生じることは理解できる。ただし、その際に「科学的には定期接種化すべきと判断できるが、財源が無いのでどれか一つを選ばなければならない」と言うべきで、政治判断で科学的判断を捻じ曲げて「定期接種化には時期尚早」等というべきではない。その上で、そのどれか一つを選ぶことについて「いつ、どこで、だれが、どのような理由」で判断したのかを明らかにしなければならない。そうでなければ、20年といわれるワクチン・ギャップを生じ続けてきた政権交代前のワクチン行政と何も変わらないことになる。今回、「いつ、どこで」については明らかにされていないが、大臣がトップダウンで決めたことは明らかであり、「どのような理由」は予防接種部会で足立政務官が政府を代表して発言した内容がすべてであろう。そのように考えると、国民の多くが抱いた「何故?」の大半は理解できる。
「何故、HPVだけなのか」は、ヒブや肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られているからであり、定期接種化のためにこれ以上、有効性・安全性を確認する必要は無いからである。「何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか」は、HPVワクチンについては定期接種化の前提となる有効性・安全性について情報を収集する必要があるからである。「何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか」は、WHOが勧告するワクチンの一つ一つに対応するためのスキームであり、疾病とワクチンを限定する必要があるからである。もしこれらの理解が異なるのであれば、政府の説明は不十分極まりないだろうし、寧ろ「誤解を生む」いただけない説明となる。さらに、理由を全く説明していないことと同じであり、それを良しとするのなら、民主党政権が掲げた政治主導とは官僚の密室主義を政治家が受け継いだだけのまがい物であろう。
長妻大臣はかなり大きな「政治決断」により「予防接種制度の大改革」をトップダウンで実践し始めた。説明責任を十分に果たしたかどうかについては疑問を残すが、下した決断は予防接種行政の歴史に刻まれる大きなものであろう。
【政府は大きなミッションを義務付けられた】
仮に今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」が単発で終わり、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化という決断を年度内に下せなかったとしたら、それは説明した理由から導き出されるミッションを果たせなかったことになるであろうし、何故できなかったのかの説明が求められることになる。今回、説明されたことは「ヒブと肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られている」こと、「HPVワクチンは定期接種化のための有効性・安全性にまだわからないことがある」ことである。そこから導き出されるミッションはヒブと肺炎球菌ワクチンの定期接種化であり、WHOが定期接種を勧告したワクチンの有効性・安全性を政府が任意接種費用や啓発、健康被害救済のための保険料を負担し検証するスキームの確立である。これらのミッションが遂行されるのか否か、注意深く見守りたい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月3日
ワクチン政策に寄せて
ワクチン政策に寄せて
東京大学大学院国際保健政策学 森 臨太郎・渋谷 健司
2010年9月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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長妻厚生労働大臣がヒトパピローマウイルスワクチン(通称子宮頸がん予防ワクチン)への公的支援策を表明した。たしかにこのワクチンの子宮頸がん予防の効果は高いと言われている。一方、この一連の動きを見ると、いつもながらの我が国の政策策定プロセスの未熟さが露呈してくる。
新しい医療技術が生まれ、現場で応用可能となってくると、当然のことながら「政策」として後押しするかどうか、という話になってくる。こういった場合、多くの政策先進国で行われるのは「医療技術評価」であり、この評価においては、単に単独の研究によるがんがどれだけ予防できたかというような効果だけではなく、本幹となるのは「系統的レビュー」と「費用対効果分析」と「総意形成」である。
系統的レビューはそれまで行われた研究を洗いざらい探して、質の高い手法で得られた複数の研究で報告されているその新技術の効果を統合的な統計手法で示す手法である。費用対効果分析というのは、多くの場合、有害事象も含めて、どれくらいのコストがかかり、どれだけの効果(通常は死亡を減らすだけではなく生活の質の向上も含めて)が得られるかという詳細な分析を行うものである。
子宮頸がん予防ワクチンの場合は、がんの発症を減らすことで数多くの命を救い、子宮がんの診療にかかる医療費削減も望める一方で、小学生の女の子全員にワクチンを投与する費用も検討していく必要がある。もし公的補助となった場合は当然税金からの拠出なので、国民全員でこれを負担するということであるから、総意形成は当たり前である。また、子宮頸がん予防ワクチンを公費負担するということは、予算増額が見込まれない限り他の予算がカットされるということであるから、その判断は極めて慎重に行なわなければならない。
また、ワクチン接種に要する費用やヒトパピローマウイルスの型の分布が国ごとに大きく異なるため、他国で行われた費用対効果分析はさほど参考にならない。我が国では過去に一件の子宮頸がん予防ワクチンの費用対効果分析が行われているだけである。
しかし、この研究、実はワクチンを販売している製薬企業が研究資金を供出し、その製薬企業の社員も研究者の一員として共著者となっている。研究費のことや研究者のことは論文上には示されているが、利益相反の有無に関する記述が全くないことには唖然とする。しかも、我が国特有の事情である子宮頸がんスクリーニング率の驚くべき低い浸透度(10-20%、ちなみに、英国は81%、米国は82%)への対処は検討されておらず、さらに、欧米とは大きく異なる我が国のウイルス型分布は分析には反映されていない。
ちなみにこういったことを配慮して我々が行った費用対効果分析においては、ワクチンの費用対効果もさることながら、子宮頸がんスクリーニングの浸透度を高めることによって、かかる費用に比したその効果は飛躍的に増えることが示されており、スクリーニングの浸透度とともにワクチンの効果を見ると、両方に配慮をおき施策の両輪とすることがもっとも費用対効果が高いと考えられる。(もちろん我々は研究の結果がどのような形にも利益の相反を生むような権益を持たない。)
世界の常識は、まず、こういった複数の保健介入の費用対効果分析を、利益相反を含めて検討し、政府そのものがその分析を第三者機関等に委託して提示することが第一歩であり、その後、広く関係者や一般市民を含めて、専門手法を使った客観的総意形成が行われる。筆者の一人が3年前まで所属していた英国の「NICE(国立最適医療研究所)」は、こういったことを行う組織であるが、今や似たような組織はアジア諸国を含む多くの国で確立されている。残念ながら政策後進国の我が国ではそのような機関は存在しない。
費用対効果分析はやはり緻密な分析が必要ではあるが、こういった鍛え上げられた情報を基に、最終的には政策判断は私たち社会の価値観でもって行う。その際、陳情だとか圧力団体の相撲で決められるのではなく、客観的に声なき声も拾えるように総意形成を行っていく。
振り返って我が国の政策策定過程では、大切な国民の血税を突き詰めて考えて大切に使うための情報や手法(政策のための研究)が軽視されて、物事が決められているようである。
これはなにも子宮頸がん予防ワクチンだけではない。
現在厚生労働省の予防接種部会では、さまざまなワクチンの導入に関する検討が花盛りのようである。利益相反の宣言は会議開催ごとにされているのだろうか。系統的レビューや費用対効果分析は施行されているだろうか。ワクチンの中には麻疹ワクチンのように予防すべき病気の重篤さを検証すると効果が高く導入の効果が高いものから、予防効果はあってもその病態の重症度が低いものもある。まだ開発途上ではあるがマラリアワクチンのように効果が期待されるものがある一方で、エイズウイルスワクチンのようにあまり効果に期待できないものもある。
こういう有象無象のワクチンの導入を我が国ではどのように政策策定しているのであろうか。ちなみに我が国の麻疹ワクチンの浸透度は近年まで一部の途上国よりも低い状態であったと言われているが、なによりも正確な浸透度のデータがない上に、周りの途上国が麻疹撲滅へと進む中、麻疹輸出国となっている我が国の現状は、目先の買い物(新しいワクチンなどの新技術)に目がくらんで、大切な足元の政策(古くて重要な施策の浸透)を進めることができない恥ずべき状態である。
さらに、世界のワクチン対策に目をやると、極めて高い成果を挙げている官民一体型の新たな非営利財団の一つである「GAVIアライアンス(ワクチンと予防接種のための世界同盟)」がある。GAVIが支援しているワクチンには、我が国が導入を検討しているロタウイルスワクチンの他、Hibワクチンや肺炎球菌ワクチンもある。
21世紀型国際機関であるGAVIの新しさは、世界保健機関(WHO)のように各国政府がカウンターパートの組織ではなく、その顔ぶれと財源調達の仕組みにある。GAVIの理事メンバーはドナー国政府のみならず、国際機関、ゲイツ財団や先進国と途上国の製薬企業、途上国政府や市民社会から構成されており、ワクチン市場の拡大メカニズムの構築や新種ワクチン開発のためのインセンティブを創出することに成功している。また、ドナーからの拠出に加えて、ワクチン債から得た資金を活用して途上国でのワクチンの普及に努めている。GAVIの支援により、今後5年間で420万人の子供の命を救うことができる。
先進国や一部の中進国政府がこれに参加する中、G8の中でGAVIに参加していないのは我が国だけである。しかし、世界で発行されたワクチン債の総額約2600億円のうち、約半分は我が国の国民が証券会社を通じて購入しており、世界の最先端のワクチン対策に民間として貢献していたりもする。
一方で、我が国政府は、エイズワクチン開発を進める「国際エイズワクチン推進構想:IAVI(International AIDS Vaccine Initiative)」への拠出を決定したようである。実は、エイズワクチンは近い将来実用化の見込みの全くないものであることは世界の常識である。
国内保健政策においても保健外交政策においても、ワクチンひとつ取ってみても、我が国の政策過程の不透明さ・不適切さは明らかであり、客観的にみるととても「恥ずかしい」国である。ワクチンは、国民の命を守る最も大切な施策のひとつであるのに。
必要な情報や国民の思いが、中途半端な政局争いの中で、意思決定にまでしっかりと届くようになるのはいつのことだろうか。
参考資料
[1] OECD Health Data
[2] Ryo Konno, et al., Cost-effectiveness analysis of prophylactic cervical cancer vaccination in Japanese women. Int J Gynecol Cancer, 2010. 20(3): p. 385-392.
[3] Harumi Gomi and Hiroshi Takahashi Why is measles still endemic in Japan? The Lancet, Volume 364, Issue 9431, Pages 328 - 329, 24 July 2004
[4] GAVI Alliance http://www.gavialliance.org/
[5] International AIDS Vaccine Initiative http://www.iavi.org/Pages/home.aspx
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月1日
ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟
ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【議論の基礎、科学的知見は整った】
7月7日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会では、国立感染症研究所が取りまとめた9つのワクチンに係るファクトシートが提出された。
当該ファクトシートはワクチンごとに、対象疾患の基本的知見、予防接種の目的と導入により期待される効果、ワクチン製剤の現状と安全性について取りまとめたもので、予防接種政策を論じる科学的な基本となる資料といえる。
当日、参考人として出席した神谷齋国立病院機構三重病院名誉院長が述べたように、基礎研究者と臨床家が同一のテーブルで科学的知見に基づき議論し見解をまとめる初めての取り組みにより生み出されたものであり、「これが初めての取り組みだったと聞いて衝撃を受けた。当然に研究しているものだと思っていた」と黒岩祐治委員が驚きの言葉を漏らしたように、より早い段階で取り組まれるべき事柄でもあった。本来取り組まれているべき事柄が長きに渡り為されていなかったことが20年ともいわれるワクチン・ギャップの大きな要因の一つである。
また、政府の要請から一ヶ月足らずで取り纏めるという荒業であったが(関係された方々の努力に心から敬服して止まない)、神谷氏が指摘されていたように、時間的にも人的・資金的にもより十分な環境を与えられてしかるべき事業だ。今回は付け焼刃的な対応と指摘せざるを得ないが、しかし、宮崎千明委員が「これが完成ではなく、これからも更新されていくもの」と確認されたように、ファクトシートの検証と検討、改定は続いていく。今後は恒常的に同種の取り組みが継続される仕掛けを整備する必要があるだろう。
【歴史を覆すか、繰り返すか】
まだまだ改善の余地が少なくないファクトシート作製であるが、ひとまず、予防接種政策を論じるための基礎となる科学的知見が取りまとめられたことになる。議論の前提が整ったのであるから、次は政策的に予防接種を論じる段階だ。そして、この議論に臨むにあたり、政府と与党・民主党の覚悟が問われることになる。
予防接種部会の命題は「予防接種行政の抜本的改革」である。抜本的改革とは、すなわちワクチンギャップ20年の解消であり、ワクチン後進国からの脱却である。このことは、大いなる覚悟を政府・与党に要請する。何事にもいえることであろうが、大いなる変化を短時間で為し得るのは容易ではなく、時として改革の途中で易きに流れてしまうこともある。ワクチン・ギャップの歴史も例外ではなく、課題や困難に正面から向き合わず、易きに流れ続けた20年であった。ワクチン・ギャップを解消できるのか、歴史を繰り返すのか、今まさに政府・与党の覚悟が問われる局面を迎えているといえよう。
7日の予防接種部会のヒヤリングにおいて、被接種者の立場として私は「ワクチンを定期接種化しないことで生じる被害者の存在にも目を向けて欲しい」と訴えた。予防接種行政の歴史において、接種後の健康被害に関心が集まることはあっても、ワクチン接種を行っていれば防げたはずの被害が注目されることはあまり無かったと感じているからだ。
もちろん、接種後に健康被害を生じた当事者やご家族がその被害について警鐘を鳴らすのは当然のことであり、そのことを否定するつもりは毛頭無い。しかし、政策決定はエモーショナルな判断だけで行われるべきではなく、ワクチンを接種することで生じる被害と防ぐことのできる被害の双方を科学的に分析することが不可欠である。そして、その基礎となる科学的知見が「ファクトシート」として取りまとめられた以上、定期接種化しない、という判断は接種することで防げる被害を防がない、という判断と同じ意味を持つと私は考えている。
【定期接種化はリーズナブルな施策】
米国研究製薬工業協会(PhRMA)ワクチン小委員会の中村景子氏は、現在、任意接種とされているヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、HPVワクチン、B型肝炎ワクチン、水痘ワクチン、ムンプスワクチン、インフルエンザワクチンを全て定期接種化し公費負担した場合、必要財源額は約1,300億円となるとの試算を示している。これは、現時点で行われている任意接種費用の料金をもとに算出したもので、定期接種化されスケールメリットが発揮されれば、より安価な額となることが予想される。つまり、高く見積もっても1,300億円の予算を確保すれば、上記ワクチンの定期接種化を被接種者の自己負担無しに実現することができるのだ。
1,300億円で定期接種化が実現できるという事実は、多くの医療関係者にとっては非常にリーズナブルな金額と映るのではないだろうか。新型インフルエンザワクチンの輸入に要した費用とほぼ同額の費用であり、子ども手当ての予算の1/20(満額支給なら1/40)に過ぎない。
また、ワクチンによる疾病予防が実現されれば、それに伴い医療費や介護費、遺失利益などの発生を抑制することができ、結果として「もとが取れる」可能性が高いともいわれている。さらに、細菌性髄膜炎や潜在性菌血症等への過度の不安が保護者も医療提供者も軽減されるため、小児の夜間休日診療の受診ニーズの低減と医師の負担軽減も期待され、抗菌薬の投与量も抑制できるなどの効果も指摘されている。
これらを勘案すれば、「リーズナブル」と考えられる1,300億円という金額だが、私は一抹の不安を感じている。今年4月の診療報酬改定は、OECD平均まで医療費増額を目指すとした民主党政権下で行われたにもかかわらず、薬価等の引き下げ分の振り分けを除けば、実質の予算投入は600億円程度に留まったことは記憶に新しい。
必要な予算を確保するには胆力が求められ、そこに様々な「力学」が働くのが政治の世界なのだろう。必要な予算を確保し予防接種で防げる被害を防ぐのか、予算とともに国民の健康を削り続けるのか、政府・与党の判断に注目したい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年8月2日
佐藤章 福島医大名誉教授を悼む
佐藤章 福島医大名誉教授を悼む
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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7月11日の参議院選挙では民主党が大敗し、国会はねじれ状態となりました。2007年7月の参院選がねじれを生み、政権交代へ繋がったわけですから、永田町は次の秩序を求めて「迷走」するでしょう。
2007年の参議院選挙で医療は争点でした。そして、そのきっかけを作ったのは、2006年3月に起訴された福島県立大野病院事件でした。6月28日、この問題に取り組んだ福島県立医科大学 佐藤章名誉教授(産婦人科)が亡くなりました。享年66歳でした。今回は、佐藤名誉教授のことをご紹介させていただきます。
【多くの弟子たちに見送られた葬儀】
7月4日に福島市内で告別式が行われ、私も参列しました。晴れているのに、大粒の雨が降る不思議な天気でした。私は東京から新幹線で福島入りしましたが、新幹線の車中には喪服の人が目立ちました。佐藤教授の葬儀に全国から集まった方々でした。薄々は予想していましたが、葬儀場に到着すると入りきれないほどの参列者がいました。花輪は会葬所の外にまで溢れ、私が経験した中で最大級の葬儀でした。
会葬者には、福島医大や産婦人科学会の幹部たちに加え、教え子たちの姿が目立ちました。供花には、クリニック院長、地元病院院長・部長などの名前が添えられていました。佐藤教授の訃報を聞き、全国から駆け付けたようです。
当日は政治家の参列も目立ちました。参院選挙戦の真っ只中にもかかわらず、仙谷由人官房長官は通夜に、鈴木寛文科副大臣は葬儀に参列しました。足立信也 厚労大臣政務官や舛添要一 前厚労相からは大きな花輪が届いていました。参議院選挙の選挙戦中に議員たちが、地元以外に足を運ぶなど常識では考えられません。彼らは、社交辞令ぬきに、佐藤教授を尊敬しているのでしょう。
【藤森敬也 福島医大産科婦人科教授の弔辞】
告別式は読経、引導と粛々と進み、クライマックスは5人の医師による弔辞でした。特に、佐藤教授の後任である藤森敬也氏の弔辞は素晴らしいものでした。藤森教授は、教え子77人を代表して、佐藤教授への思いを述べました。
1994年、当時不治と言われた重症男性因子不妊症を、顕微授精法により我が国で初めて治療したことを挙げ、佐藤教授が一流の研究者であることを報告しました。確かに、米国国立医学図書館のデータベース(PUBMED)をサーチすると、佐藤教授が発表した多くの英文論文を閲覧できます。佐藤教授は、福島から世界に発信しつづけたようです。
話題は研究だけに留まりませんでした。野球と酒を愛した佐藤教授が、医局員に対し家族のように接していたエピソードが紹介されました。医局対抗野球で何回も優勝し、このような課外活動を通じ「佐藤一家」の絆は強まったようです。野球が好きだった佐藤教授は、前夜にどんなに深酒しても、翌朝の練習には遅れなかったようです。話が進むにつれ、藤森教授も感極まったのか涙声となり、多くの参列者ももらい泣きしました。
【福島県立大野病院事件と周産期医療の崩壊をくい止める会】
私と佐藤教授のお付き合いのきっかけは、福島県立大野病院事件でした。逮捕された加藤克彦医師は佐藤教授の教え子です。
この事件は医療界に衝撃を与えました。しかし、医療界の反応はイマイチでした。当局に腰が引けたのか、「静観する」などのコメントで、お茶を濁していました。このような状況の中、佐藤教授が立ち上がりました。
2006年3月、「周産期医療の崩壊をくい止める会」を立ち上げ、会長に就任しました。このとき、海野信也 北里大学産婦人科教授、鈴木真 亀田総合病院産科部長たちとともに、私も事務局を手伝いました。東京のホテルに集まり作戦を練った日のことを、昨日のように思い出します。
加藤医師支援活動は急速に広がり、わずか1週間程度で6520人の署名が集まりました。3月17日には川崎二郎厚労大臣(当時)に面談し、署名を手渡すと同時に、衆議院会館で記者会見を行いました。佐藤教授が逮捕の問題点を、海野教授が産科崩壊の実情を訴えました。記者の多くは、事態の深刻さを改めて認識したようで、新聞の論調は「医療ミス」から「産科医療崩壊」や「お産難民」に変わりました。
政治家たちも立ち上がりました。同日の衆院厚労委院会では仙谷由人氏が質問にたち、無謀な刑事訴追が産科医療を崩壊させる危険性を主張しました。この質問に呼応したのが、舛添要一氏、鈴木寛氏、足立信也氏、枝野幸男氏らです。彼らは国会質問を繰り返し、大野病院事件は国会でも重要課題となりました。
【福島地裁 公判】
2007年1月26日に公判が始まってからは、佐藤教授は福島地裁に欠かさず足を運び、朝から傍聴の列に並びました。
この裁判には多数の専門家が出廷し、自らの意見を述べています。例えば、東北大学 岡村州博 産婦人科教授や、胎盤病理に詳しい中山雅弘 大阪府立母子保健総合医療センター検査部長らが挙げられます。
佐藤教授は、専門家として裁判のやりとりを検証し、周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページで公開しました。裁判の実態が公開されることは珍しく、当局は気が抜けなかったでしょう。
このような活動をメディアが大きく報道したため、国民の関心も高まりました。2008年8月20日、加藤医師に無罪判決がくだった際には、テレビのテロップで速報が流れました。一連の報道を通じ、裁判の情報公開が進み、問題点が正確に認識されるようになっていました。
福島地裁判決後は、検察の対応に国民の関心が集まりました。8月28日、周産期医療の崩壊をくい止める会は控訴取りやめを求めて、6873名の署名と意見書を保岡興治法務大臣、樋渡利秋 最高検察庁・検事総長らに送付しました。今回も、短期間に多くの署名が集まりました。
また、超党派の医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟(会長: 尾辻秀久元厚労大臣)も、保岡興治法務大臣及び舛添要一厚労大臣に控訴取りやめ要望書を提出しました。当日は、尾辻秀久議員に加え、仙谷由人、世耕弘成、鈴木寛、足立信也、小池晃議員が同行しました。
このような世論におされる形で、8月29日、福島地検は控訴断念を発表し、無罪が確定しました。
【妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動】
佐藤教授の本領発揮は、これからです。「周産期医療の崩壊をくい止める会の活動を、これで終わらせてはご遺族も救われない」と言って、妊産婦死亡の遺族を支援する募金活動を立ち上げました。以下は佐藤教授の言葉です。
「医療には限界があるという現実と、我々だってご遺族に寄り添いたいんだという気持ちを分かってもらうにはどうしたらよいだろうと考えた時、百万言を費やすより行動で示すべきだと思っていました。ただ、そうは言っても刑事裁判が続いている間は迂闊な行動もできないわけで、幸い一審だけで決着がついたので、今回の活動を始めることにしました。医師が一生懸命ミス無く医療を行っても、助けられない現実がある。それを医師にミスがあったかどうか、という次元に留まっていては、第二第三の大野病院事件が必ず発生してしまいます。ですから、私はこの周産期医療の崩壊をくい止める会では、その先の次元に進むことができるような活動をしたいと思ったのです。」
2010年6月現在、既に数組の遺族に募金が手渡されました。ご遺族との関係も良好なようです。
ちなみに、このような活動は世界でも類を見ません。本年、米国内科学会(American College of Physicians, ACP)は、世界各地で社会貢献活動を行った会員におくる『Volunteerism and Community Service Award』に、周産期医療の崩壊をくい止める会で中心的役割を果たした小原まみ子氏(亀田総合病院 腎臓高血圧内科部長)、湯地晃一郎氏(東京大学医科学研究所 内科助教)を選びました。両名は4月28日からカナダのトロントで開催された同学会総会に招待され、特別表彰されています。佐藤教授の信念は米国の医師たちにも通じたようです。
【叶わなかった現場復帰の夢】
2009年になって、佐藤教授の癌が判明しました。24年間勤め上げた福島県立医大を退官し、大野病院事件裁判も一段落したため、一産科医としてお産の現場で働くことを楽しみにしていた矢先だったようです。それから1年あまりの闘病ののち亡くなりました。最期まで産科医療の行く末を案じていたと言います。
大野病院事件裁判、それをきっかけとした産科医療崩壊が、佐藤教授に多大なストレスをかけたことは想像に難くありません。もし、佐藤教授がいなければ、かつて米国が経験したように、我が国の産科医療は完全に崩壊していたことでしょう。佐藤教授の献身的な振る舞いに感謝するとともに、ご冥福を祈りたいと思います。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月22日
予防接種部会傍聴記(5) 欠けている接種を受ける側の視点
予防接種部会傍聴記(5) 欠けている接種を受ける側の視点
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年7月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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4月の再開以降、厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会はヒヤリングを行っている。
6月23日までに、外部から20名以上の参考人を招き、プレゼンテーションが行われた。
これらは予防接種制度の抜本的改革を論じる準備と位置づけられているのだろうが、ひとつの視点が足りないと感じる。
それは、「接種を受ける側」の視点だ。
確かに情報提供のあり方や健康被害救済については、接種を受ける側がヒヤリングに招かれ意見を述べている。
だが、接種を受ける側の声は、情報の受け手、接種を受けた後の被害救済についてだけ必要なものだろうか。
【悪い冗談?接種を受ける側不在のACIP論議】
米国のACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)のような組織の創設を求める声が相次いでいる。私たち「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」も日本版ACIPの創設を求めている。
そのような要望を受け、16日には「予防接種に関する評価・検討組織」についてヒヤリングが行われているが、参考人として招かれたのは専門家と専門学会、産業界からだけであり、接種を受ける側からは招かれていなかった。
ACIPでは、接種を受ける側から最低一人はVoting Memberに選ばれている。
Observerには希望するものなら誰もがなることができ、意見を述べることができる。
専門家や接種をする側、メーカーや政府の立場に加えて、接種を受ける側が議論や意思決定に参加していることが、ACIPの肝心要の仕組みである。
そのACIPを論じるにあたり、接種を受ける側の意見は必要なものではないだろうか。
予防接種制度の抜本的改正、すなわちワクチン後進国から脱却し世界標準に追いつくためには、ワクチンの導入やシステムの整備、法改正だけではなく、国民的合意形成が不可欠だ。
ACIPはその合意形成を恒常的に図る大きな仕掛けのひとつであり、そのACIPを論じるのに接種を受ける側の声を聞かないというのは、片手落ちであろう。
同日は情報提供のあり方のについて接種を受ける側から参考人が招かれているが、ACIPについては接種を受ける側の声を聞いていないことと併せてみると、「接種を受ける側」はあくまでも「情報の受け手」としか位置づけられていないように感じられる。
言い換えれば、接種を受ける側は予防接種行政のあり方を論じる当事者とは認識されていないということである。
国家的施策として予防接種を活用するに当たり、国民的合意形成は必須である。
そのためには、接種を受ける側も加わって予防接種制度のあり方について議論を重ねなければならない。
現在の予防接種部会の委員には、接種を受ける側の代表が不在である。
部会の委員による議論に接種を受ける側の声が反映されにくい構造になっているのだから、なおさらヒヤリングでは接種を受ける側の声を聞く必要があるのではないか。
【国民的合意形成に不可欠な最後のパーツ】
細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化を求める世論が高まり、同疾病やワクチンについての認知も国民の間に急速に広まっている。
しばし、私たち守る会の活動がその原動力であるというお褒めの言葉を戴くことがあるが、非常に光栄であると同時に、それはちょっと違うかなとも感じている。
何故、細菌性髄膜炎とそれを防ぐワクチンの定期接種化にこれだけ理解が広がったのか。
私は、我が国の予防接種行政において欠けていた「接種を受ける側」という最後のピースが埋まったからだと考えている。
細菌性髄膜炎関連ワクチンについては、私たち守る会が活動を始める以前より、小児科医や感染症医、専門家等を中心に十分なエビデンスと議論の積み重ねがあり、定期接種化を求める要望が出されていた。
そこに、細菌性髄膜炎に罹患した当事者・家族、そしてその支援者等が「接種を受ける側」としての声を上げたことで、最後のパーツが埋まったのだ。
そして、接種を受ける側を加えた各種のステークホルダーが、「細菌性髄膜炎はワクチンで予防すべし。そのために定期接種化すべし」との合意を形成したからこそ、現状の世論と理解に繋がったのだろう。
裏を返せば、専門家等の議論やエビデンスの提示だけでは国民的合意形成には至らない、接種を受ける側が予防接種行政を考える当事者として声を挙げ議論に参加することで、初めて国民的合意形成に至るともいえよう。
【議論に接種を受ける側の視点を】
我が国の予防接種行政の歴史を振返ると、そこには真摯に議論しエビデンスを提示し続けてきた専門家等の姿があり、しかしながら国民的合意には至らずにワクチン・ギャップを拡大してきた現実がある。
ワクチン・ギャップを拡大し続けてきた過去に欠けていた最後のパーツ、それが「接種を受ける側」ではないのだろうか。
今、予防接種部会ではワクチン・ギャップを解消すべく議論を重ねている。
過去と決別できるのか、それとも繰り返しとなるのか。
是非、最後のパーツである「接種を受ける側」を交え議論いただきたい。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月3日
「未承認薬?適応外薬検討会議」をガス抜きに終わらせるな!
「未承認薬?適応外薬検討会議」をガス抜きに終わらせるな!
国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科 医長 勝俣範之
2010年7月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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「医療上の必要性の高い未承認薬?適応外薬検討会議」の審議がすすんでいる。
今回、各学会、患者団体などから要望され検討にあがっている薬剤は未承認薬89品目、適応外薬285品目、合計374品目もある。
卵巣がんに対するジェムザールは治験ではなく、「公知申請」になる予定と聞いているが、これで適応外薬の根本的問題が解決されたわけではない。今回のこの会議を単なる「ガス抜き会」に終わらせてはいけない。
【適応外薬に対する根深い問題】
そもそも、未承認薬・適応外薬の問題は古くから存在し、抗がん剤領域での適応外薬がかなりたまってきた結果、社会的にも問題になってきたため、平成16年(2004年)に厚生労働省内に、「抗がん剤併用療法委員会」が設置され、19の抗がん剤が公知申請によって承認された。
(抗がん剤併用療法に関する報告書についてhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0521-5.html)
この「抗がん剤併用療法委員会」の成果から、今後このような会が継続的に行われ、がん治療の進歩に対応して、タイムリーに抗がん剤が承認されるようなしくみになることが希望されたが、「抗がん剤併用療法委員会」はこの年の1回のみで消滅してしまった。以後、適応外薬に対する施策は何ら講じることがなかったので、2004年の「抗がん剤併用療法委員会」から6年を経て、相当数のドラッグラグが生じるという結果になった。
今回の「未承認薬?適応外薬検討会議」の内容は、適応外薬を企業に新たに治験をさせるか、「公知申請」にさせるかの選択肢しか考えていないため、「抗がん剤併用療法委員会」と本質は変わらない。今後ドラッグラグが生じないようにするための根本的解決策を講じるようにしないといつまで経ってもドラッグラグは解決しない。
【薬事承認と保険と切り分けるべし】
適応外薬問題を根本的に解決するには、薬事承認と保険適応とを切り分けることが必要である。薬事承認と保険適応を一緒にしているのは、世界でも日本のみである。これが適応外薬のドラッグラグの根本原因になっている。
「二課長通知」による「公知申請」で行う承認申請方法(※MRIC vol 35、臨時 vol 344参照)は、治験をせずとも公知なエビデンスがあれば承認を認める、というしくみであるが、企業が申請し(申請料1000万円と聞く)、PMDA(医薬品総合機構)の審査・厚生労働省の承認が必要であることになっており、手続きが複雑な上に時間がかかる(結局半年~数年承認までかかる)ので、最新のエビデンスを、タイムリーに医療現場・患者にもたらすようなシステムではないため限界があると言える。
http://medg.jp/mt/2010/02/vol-3570300.html
http://medg.jp/mt/2009/11/-vol-344.html
根本的解決には、簡単に言うと、一定のエビデンスがある薬剤を、薬事承認なしに、保険局が認め、保険適応にするしくみの構築が必要である。
【海外での適応外使用の実際】
海外では薬事承認と保険適応は別にしており、一度FDA(米国食品医薬品局)、EMEA(欧州医薬品審査庁)で承認された薬剤の適応外使用での保険適応は、世界各国では形すら違いはあれ、医学の進歩に合わせて、新しいエビデンスが出た時点で順次保険適応となるしくみが確立されている。
例えば、卵巣がんに対するパクリタキセルという抗がん剤は3週に1回の投与方法として、承認・保険適応になっている治療方法である。3週に1度の投与方法と週1度(毎週)の投与方法とを比較した臨床試験(治験ではなく医師主導の臨床試験)を日本の多施設共同試験として行い、週1度の投与方法が生存率を向上させた結果を発表した(Lancet 2009; 374: 1331?38)。
パクリタキセル週1度投与方法は、世界のどこの国でも薬事承認はされていないが、この日本の臨床試験の結果をもって、ほとんどの国で保険償還可能となっている現状にある。
先日、国際シンポジウムのために来日した英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン腫瘍内科教授のジョナサン・レダーマン氏と話す機会があったが、英国では、「NICE(英国立医療技術評価機構)では承認していないが、臨床試験での使用は正式に認めているし、各医療機関での使用は、Lancetの論文があるから、と言うと保険適応になる」とのことであった。
こういったしくみは、ドイツ、韓国、台湾、中国でも同様で、週1度のパクリタキセルは保険対応可能ということである。米国は、もう少し制度が整備されている。法律(Social Security Act Title XVIII Sec 1861 (t))で、適応外使用については、世界的に認知されている学術雑誌(主要23誌)に掲載された治験以外の臨床試験成績にもとづいて、保険での薬剤費償還の判断がなされる、との規定がされており、前回のMRIC vol.87にも書いたように、コンペンディアという薬剤一覧集に掲載があるものは、保険償還されるしくみになっている。
http://medg.jp/mt/2010/03/vol-87.html
【日本の保険医療の現状】
日本の現場はどうかというと、実際には、前述の卵巣がんに対する週1度のパクリタキセルは、日常の医療現場ではかなり広く使用されている現状がある。
医療レセプトは月1度の提出であり、毎週投与のパクリタキセルと3週1度のパクリタキセルとはあまり区別ができないから、見つからずに処方できていることが多いが、週1度のパクリタキセルの方が投与量が多くなるので、時々査定されることがある。
また、保険適応外の薬剤を処方してはいけないという保険医療養担当規則 (健康保険法に基づく保険医療養担当規則第19条 昭和32年4月30日 厚生省令第15号)が臨床現場を抑えているため、保険査定された場合には、科学的エビデンスがあるから、ということは聞いてくれないないし、下手をすると院長に呼び出されてお叱りを受けることになる。そればかりか、地方厚生局による指導監査というのが、数年に1度の頻度であり、ここで保険適応通りに医療が行なわれているか厳重にチェックされ、保険適応外で行なわれた治療に対しては、過剰請求として返還を要請され、下手をすると不正請求をしたとみなされ、保険医療機関・保険医取り消し処分ともなる。
このように、日本の医療現場では「科学的エビデンス」よりも、「保険適応」が優先される現状にある。
【55年通知に基づいた適応外薬ドラッグラグの解消を】
いわゆる「55年通知」(※MRIC vol 35参照)は、薬事承認された以外の適用でも医師の判断で、保険適応を認めてよいという内容であり、この保険医療養担当規則に反する矛盾した通知であるが、ここに適応外ドラッグラグ解決のポイントがある。
あまり一般には知られていないが、社会保険支払基金が55年通知を利用した「審査情報提供事例」として、一部の薬剤の適応外使用を認める、との紹介をしている。
http://www.ssk.or.jp/sinsa/yakuzai/index.html
この中には、抗がん剤も数種類含まれている。このような事例を各種保険支払基金全般に行い周知させることにより、適応外薬ドラッグラグ問題は解決できる。提供事例の決定には、各種診療ガイドラインを考慮するようにすればよいし、また、各学会、また個人レベルでの要望にも答えるようなしくみにしてほしい。
厚生労働省や文部科学省の科学研究費が認めている臨床試験にも対応するようなしくみが必要である。厚生局による監査も、「保険適応」だけを重視するのではなく、「科学的エビデンスに基づいた治療」が行われているか、を監査・指導する内容にした方がよい。
【問われる医師の自律性 ~55年通知の向こう側にあるもの~】
55年通知は、当時の医師会長武見太郎氏が当時の厚生大臣だった橋本龍太郎氏に申し入れて作った通知だと言われている。
我々医師側も自分たちの権利ばかり主張するのではなく、自律性をもったプロフェッショナル集団になることが必要と思う。保険適応になったからと言って、やみくもに使うという使い方は一般常識的に考えてもおかしい。一般的に薬剤の保険適応は病名につけるものであり、患者の細かい状況までは規定されていない。
個々の患者の病気の進行度、これまでの治療状況、全身状態や合併症など、各々に対する科学的エビデンスをチェックしながら、副作用などのリスクとベネフィットを厳密に考慮し、最後に患者の希望も考慮しつつ、薬剤処方を考えていくのがプロの医師の仕事である。
しかし、まだまだ日本では、科学的エビデンスに基づいた医療が広く浸透しているといった状況ではない。学会も専門医制度ももっとレベルを上げるよう努力が必要である。我々医師側も、国民の信頼が得られるようなプロの集団になることにより、よりよい医療が実現するものと思う。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月2日
水際作戦のメリットは厚労省の焼け太り
新型インフルエンザ対策の危険な道
医学的合理性と人権重視の法改正を!
※今回の記事は「週刊医療界レポート 医療タイムス」に掲載された文面を加筆修正しました。
村重直子
2010年6月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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2010年3月31日から厚生労働省が行っている新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議は、役人が作った法律や行動計画が正しいという前提で進んでおり、法律や行動計画を見直そうという動きは一切見られない。法律を改正しなければ、次に新型インフルエンザが発生したとき、役人は同じ過ちを繰り返すだろう。本稿が、なぜ法律を変える必要があるのか、広く議論するきっかけとなれば幸いである。
●水際作戦による患者発見率は34.6万分の1にすぎなかった
インフルエンザを対象に検疫を強化し、隔離・停留・強制入院といった法的措置を取ることの医学的合理性と実現可能性を考えたことがあるだろうか?新型でも季節性でもインフルエンザなら「症状では他の疾患と区別できない」「潜伏期がある」「発症前に感染性がある」「飛沫感染する」などの特徴は同じで、必ずすり抜けるのだから、水際でウイルスの国内侵入を防ぐという考えに医学的合理性はない。致死率がどんなに高くても、である。この点で、新型インフルエンザ対策を指揮してきた厚労省の医系技官が説明している、強毒性を想定して作った法律や行動計画だから水際作戦は正当化され、弱毒性だったから水際作戦を緩めたという説には論理矛盾がある。
厚労省は、2009年4月28日から6月18日までの52日間に346万人を検疫し、わずか10人の患者しか見つけられなかった(1)。34.6万分の1という低い確率である。このオペレーションのために、厚労省が応援として成田、羽田、関西、中部、福岡の空港検疫所へ動員したのは4月28日から6月24日の間に延べ7069人(うち医師926人、看護師2253人)だった。この他に、濃厚接触者を停留した施設へ応援に送られたのは、4月28日から5月31日の間に延べ1035人(うち医師118人、看護師116人)だった。
これほど多くの人々を送り込んだ社会的損失は大きい。特に医師や看護師など医療関係者は、本来、来るべき患者数急増に備えて、医療現場で準備しなければならなかった時期に、厚労省が検疫所や停留施設へ送ったことは本末転倒である。さらに、検疫で最初の患者が見つかったときには、すでに100人が検疫をすり抜けて国内に入っていたという研究論文がユーロサーベイランスという医学誌に発表された(佐藤、中田、山口ら(2))。経済的ダメージや心理的パニック、投入された人数などの社会的デメリット、すり抜けた人数などを考えるなら、水際作戦の効果はほとんどないことが日本で実証されたのだ。ウイルスの侵入を「防ぐ」のではなく「遅らせる」という医系技官の説も、社会的デメリットを考慮するなら合理性はない。
●水際作戦のメリットは厚労省の焼け太り?
新型インフルエンザ対策において、医学的合理性と実現可能性の2点を重視しなければならないが、この計画を作った医系技官は2点ともあまり考えていなかったようだ。
人権侵害の問題もある。隔離・停留・強制入院といった法的措置によって、本人の意思や医療ニーズとは関係なく、強制的に収容されたのだ。本人の意思どころか、刑事罰があり、隔離や停留中に逃げ出したら「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」の対象となる。医療を必要としない元気な人の身柄を拘束するのは、人権侵害の問題をはらんでいる。冒頭に述べたインフルエンザの特徴から、すり抜けている人々がたくさんいる中で、たまたま見つけた人を強制的に収容することは、公平性の観点からも問題があるのではないか。
このような水際作戦は、隔離された人々や周囲の人々、他の日本国民にとって、何かメリットがあっただろうか。社会的デメリットのほうが大きかったのではないか。では誰にとってメリットがあったのか。水際作戦の実施によって国民の不安をかき立て、存続さえ危ぶまれていた検疫所の人員強化(ポスト拡大)、予算拡大などへ世論が傾けば、焼け太りするのは厚労省の役人である。
●検疫法と感染症法の改正は役人による人権侵害を誘発
厚労省では2004年頃から専門家会議を行うなど、健康局長以下の医系技官たちがこの計画を準備してきた。この計画を、厚労省が法的根拠を持って強制的な権限を行使できるよう、2008年に検疫法と感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が改正された。そして厚労省の役人は実際に、検疫法に基づいて隔離・停留を、感染症法に基づいて患者の強制入院を行った。
これらの法律のルーツは、1897年(明治30年)にできた伝染病予防法や1951年(昭和26年)にできた検疫法などである。隔離するために患者を探しだそうという検疫は、前近代的な発想といえる。現代の概念からみれば、人権侵害となりかねない思想に基づいている。本来なら、人権問題とならないよう考慮して、現代の国民のコンセンサスが得られるような内容に、これらの法律を改正しなければならない。ところが医系技官は、2008年、これらの法律に新型インフルエンザを加え、新型インフルエンザに対しても役人が強制権限を行使できるようにした。医系技官がしたことは、時代に逆行する法改正だったのだ。
●医学的合理性に基づき北風政策から太陽政策へ
では患者の人権を守り、周囲の人々も守るにはどうすればよいか。例えば、空港に診療所を開設し、広い空港の各ターミナルに医師や看護師が常駐できるくらいの人数を置いてはどうか。新型インフルエンザに限らず、様々な輸入感染症が発生し得るし、エコノミークラス症候群のような長時間のフライトに関連する医療ニーズもあるだろう。入国者の検査や治療だけでなく、出国する人々も、渡航先の土地の感染症やその予防法などの情報提供、フライト中の注意事項、必要に応じてワクチン接種や予防内服の薬を処方するなど、医療のニーズはたくさんあるはずだ。普段からかなりの人数が行き来しているだけでも、医療ニーズがあるのはむしろ当然のことだろう。
具合の悪い人が申し出たら隔離、逃げたら罰則という現状の北風政策よりも、具合の悪い人が申し出れば医療を受けられる権利があり、それによって重症者が早く見つかり入院できるという太陽政策のほうが、医学的合理性、実現可能性、人権尊重などの観点からも合理的だろう。現在の検疫法は、逃げたら感染症が広がってしまうから、逃げないように罰則をつけるという発想から北風政策をとっているのだろうが、仮に新型インフルエンザが流行している時期でも、致死率が高ければ高いほど、具合の悪い人々は早く医療を受けようとするから、北風政策をとる必要性は考えにくい。
現在の感染症法によって、医学的には入院する必要のない元気な患者まで入院させていては、本当に重症で入院が必要な患者が医療を受けられなかったり手遅れになったりする可能性もある。入院するか否かは、法律で一律に決めるのではなく、医師の判断と患者の同意によって個別に決めるべきではないか。
こうして医療へのアクセスを良くすることが、患者本人を守り、周囲の人々も守ることになるだろう。つまり、役人が作った合理性のないルールを画一的・硬直的に現場に押し付けるより、現場の人々の医療ニーズに、医師や看護師などの専門家が個別に臨機応変な対応を取るほうが、効率的に患者も周囲の人々も守ることができる。
広く国民が議論し、このような発想の転換ができるかどうかが、法改正実現の鍵となるだろう。特に医療関係者は、医学的合理性と、現場のオペレーションの観点から実現可能性などについて情報提供し、国民が考える材料を提示する役割を担っているのではないか。
(1) 厚生労働省 第3回新型インフルエンザ対策総括会議 2010年4月28日 参考資料1
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100428-13.pdf
(2) Sato H, Nakada H, Yamaguchi R, et al. When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic? Euro Surveill. Jan 7;15(1). pii: 19455.
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月23日
記事:夕張・村上医師「なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか」
記事:夕張・村上医師「なぜ私は救急患者の受け入れを拒否したのか」
各新聞社へお願いしたいこと
北海道大学整形外科学講座 遠藤 香織
2010年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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以下の記事を読み、今回皆様にお伝えしたいこと、『この記事を読んだ若い世代の人間が何を思うか』を直接上の世代に知ってほしいと思います。その上で、もう一度この記事について考えてほしいと思いました。
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北海道新聞社:救急受け入れ、また拒否 夕張市立診療所 心肺停止の男性(06/02 07:40)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/234651.html
【夕張】医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」(村上智彦理事長)が運営する夕張市立診療所が5月、自殺を図り心肺停止だった男性の救急搬送受け入れを断っていたことが明らかになり、夕張市の藤倉肇市長は1日、医師の村上理事長から事情を聴いた。男性は市内の別の診療所に運ばれ、死亡が確認された。
関係者によると、5月19日朝、同市内で首つり自殺で心肺停止となった患者がいると通報があり、救急隊は最も近い市立診療所に受け入れ要請を行ったが、村上医師は4月から常勤医師が1人となったことや、ほかに外来診療があることを理由に断ったという。
市立診療所は昨年9月にも、心肺停止の患者受け入れを断った経緯があり、市と協議した結果、心肺停止患者の原則受け入れを確認し、5月上旬の別のケースでは受け入れた。
藤倉市長は1日、夕張市役所で記者会見を開き、「昨年9月の事故を受け、二度とこのようなことがないようにと協議してきたので、今回のケースは誠に遺憾だ」と述べた。
村上医師は市に対し、「首つり自殺と聞いて緊急性が低い死亡確認のケースと判断した。常勤医が自分一人なので外来などに対応しなければならなかった」と話しているという。
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地域医療を実践するロールモデルとして有名であり、信念を持って走り続ける村上医師。以前よりずっと当直を毎日続け、妥協しない診療を継続されている医師として学生から見る彼の姿は地域医療への挑戦者として目指すべき目標の一人です。薬剤師であったときの経験も生かして、いらない薬品の処方を決して行いませんでした。また、瀬棚町診療所長を行っていたときには、肺炎球菌ワクチンの実践で予防医療により、医療費抑制へと貢献したとも言われています。しかし、その陰で村上医師がどのくらい過労していたのか、どのくらい時間外勤務を続けていたのか、想像を絶するものがあります。
そんな医師が救急を受けるには資金も人材も不足している旨を訴えながらも、受けざるを得ない毎日を過ごし、その末に、自殺を図った心肺停止患者を断ったことが今とりざたされています。
この問題は大きな問題を含んでいるように考えられます。現在の財政と規模ではいくら村上医師のように良心のある医師が活躍したとしても、24時間365日対応の救急もできる診療所には一人医師勤務の場合には実行不可能である。このことは、どの地域でも同じように問題として取り上げられていると思います。
私はこの記事で同新聞社が何をしたかったのかを問いたいです。誤解があるなら早く続報をしっかりとした形で出してほしいです。問題の本質を報道してほしい。それは違う新聞社にも等しく呼びかけます。(知りませんでしたが、道新以外でも多くの新聞社で報道されていました。)
北海道の医療は一蓮托生であり、がんばろうとする気概のある病院、診療所が一つでも欠けると周囲の医療機関に波紋がすぐ広がります。夕張が病床を減らしたことで診療所にも患者が流れ込みました。そのたびに、私達も危惧を感じていくこととなります。法律で決まっているとか契約で決まっているとか、そういう次元の問題ではなくて、自分と同じ土俵にある問題です。
私は夢を見たいわけではなく、絵空事をのたまうのではなく、今できることを実行していきたいと思っています。この記事は続報がなければ、事実であろうと『ただの駄文』です。駆け出しの地域医療志願者である自分がそのように感じたことを報道関係者には伝えたいと思います。北海道を愛しているので決して譲りません。
この記事を通して早く『患者側の救急への理想』がどれだけ現実と離れているか。今まさにしっかり把握していただく必要があります。その中で、「じゃあ、どうしようか?」と、皆で話し合う必要があります。
今まで医師の良心に任せていたことをこれからもできると思って、押しつけていく流れをそろそろ打ち切らないと、どれだけ政府が僻地医療への対策を打ち出そうと、どんどん志願者が減る一方となります。
私達若い世代も自分でできることを考えて、実行し続けています。それが道内に残る研修医の数にも比例してきているのはデータで見れば一目瞭然です(ただし、札医と旭医のみ)。具体例として、自分が知っている中でも優れた活動をしている学生がいました。
1.小樽市立病院に研修医一号として勤務し続けたS
http://www.med-otaru.jp/
病院長や学長に掛け合って教育カリキュラムの調整なども全て行ってくれていました。
2.道内に研修医が残らないことで地域の医療崩壊を招くことに、いち早く気づいて同期に大学プログラムのすばらしさを訴えたS
http://www.mclabo.com/diary.cgi?mode=comment&no=114
彼は総合診療科のHPまで作ってます!
3.大学内での*治システムを構築したN、彼のおかげで課外活動における学生の意見をしっかり上に通しやすくなりました。
4.家庭医療学会の学生部会で委員長として家庭医療のすばらしさを説明し続けるN、私と同意見で北海道で働くモチベーションが下がりました。
私自身も上記の学生時代の友人に刺激され、北海道内での医師・コメディカルが連携をとり、もっと効率的に同じ目標を持って仕事ができるように、学校や学部の枠を超えて交流できる機会を学会形式で一年に一回行うよう企画を作りました。同じ世代が社会のために貢献する姿を知ることで、自分もがんばろうとする気持ちが生まれてくるものです。それは医療に限らなくても、報道関係に進んだ友人でも同じでした。
地域医療を考えて皆で一緒に歩んでいこうと思っている若い世代がどんどん増えている良い循環の中で、医療者側以外の人間が医師だけのせいにするのが、本当にいかがなものかと思います。どれだけ苦労して人材を配分しようと努力しているか。世間の流れを全く無視しているように感じられます。『責任のなすりつけ』から、協働して解決策を模索していけないものでしょうか。
このような微妙な問題を一方的な記事で『一報目で』出すのであれば、人間のやることなので許されると思いますが、続報でもう少し建設的なことへと昇華はできないものでしょうか。
生意気なことを言いますけれども、どなたか聞き入れていただけないでしょうか。重ねて、懇願して、お願いします、報道関係者様は問題の本質を是非突いてください。一緒に考えて行動してくださるような方にしかお願いできません。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月21日
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 (その2)
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 その2
開業歯科医師 津曲(つまがり) 雅美
2010年6月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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その1へ
最初の指導から約1年半後に監査の通知。苦しみを大きくし、長引かせるためにこれだけの期間を空けているのです。保険医取り消し処分を行うにしても、もっと迅速に行っていれば、自殺は防げたはずです。ワザとやっているのです。自殺未遂により入院し退院した後、9月20日の監査を延期するよう奥さんが東京社会保険事務局に頼みましたが、回答はありませんでした。鬱病を患った後の悲惨な自殺でした。日歯と都歯は全くのダンマリを決め込みました。
末端会員にはこのような仕打ちをしながら、あの橋本龍太郎の1億円授受事件の日歯事件で有罪となった元日歯役員たちには、退職慰労金1848万円、保釈金2000万円、弁護士費用7336万2262円を支払いました。我々は何度も返還要求しましたが、一言の返事もありませんでした。その後、数年も経たないうちに、また東京歯科大同窓会事件が起き、元日歯専務が逮捕されました。これでは日歯役員は犯罪者集団です。この事件のときに、ある者は、個別指導にかかる予定になっていない歯科医に「先生は個別指導にかかることになっている。ついては私は止めることができる。それには金がいる」と連絡する。そして中には金を払う者もいたそうです。最初から指導の予定に入ってないから、指導にはかからない。「私が動いたからだ」と言う、こんなことをしていた役員もいたという話でした。歯科の世界を知る者として、これは「あり得ます」ね。
また、個別指導の際には、歯科医師会の役員が立会うことになっていますが、あまり役員が被指導歯科医を庇ったり、弁明したりすると、「それなら貴方を指導にかける」という技官もいる、それが怖くて、被指導歯科医の立場に立った、あるいは現場の臨床に立つ我々一般歯科医の側に立った発言は非常にしにくいそうです。あるいは、技官の覚え目出度くなることを望んでいるのか、面白いからか、技官と一緒に被指導歯科医を責め立てる歯会役員もいるそうです。
保険医の資格の取り消し処分を受けても、殆どの場合、5年で再指定になります。前述上杉裁判での保険医療機関の更新が6年毎にきますが、これらの5年と6年を裁判中に迎えれば、たいてい医師たちは生活のために、勝てる裁判でも和解します。仕方のないところです。つまり下級審の勝訴の判決は消え、上級審の和解が残ります。厚労省は形の上では負けても、実質的には勝利します。生活を抱えた個人を兵糧攻めにして、苦しめて、負けることはない、心から厚労省に、技官に怒りを覚えます。
最後に私の友人のことを書きます。彼は厚労省と県の共同指導にあたり、それはそれは重箱のスミをつつかれたそうです。歯科衛生士は患者実地指導の後などに業務記録簿を書くことになっております。看護師のマネでもしたんでしょう。彼のところは患者数が多く、毎日てんてこ舞いだったそうです。当然、業務記録簿は仕事が済んでから、または昼休みになります。一人の患者さんに大学ノート1ページほどは書け、ちゃんとやればそれだけの診療情報があるはずだから、と言われたそうです。衛生士にそれを書けと言ったところ、当然診療時間外にやることになり、患者数が多い彼の診療所では、衛生士にとってシンドイことなのでしょう、「それなら辞めます」と言われたそうです。そこで彼は衛生士に辞められたら困るので、毎晩食事が済んだ後にテレビをみながら、業務記録簿を「作文」しているそうです。こんなことに意味があるのでしょうか。こんなことをさせるよりも、彼がもっと診療に打ち込めるようにすることが、厚労省の責務ではないのでしょうか。
難しいことを言ってるわけではありません。一国民として、一市民として、一歯科医師として「暴力は止めろ」と主張することが、この問題の根であると思います。歯科医師というよりも、一人の人間として皆様に知って頂きたかったのです。ご意見などあれば、下記にご連絡ください。
メール thu-san@saturn.dti.ne.jp
ホームページ 新日本歯科医師会 http://www.geocities.jp/tanus236/
開業歯科医師
津曲(つまがり) 雅美
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月20日
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 (その1)
厚労省(技官)の暴力とそれに迎合する日歯 その1
開業歯科医師 津曲(つまがり) 雅美
2010年6月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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一般の方には、にわかには信じられないでしょうが、厚生労働省の官僚、特に技官が医療者に振るう暴力をお知らせして、それが結局は医療を歪め、その最終的なトバッチリは国民の皆さんがうけることになることを、厚労省の暗部をわかっていただきたいと思います。各事例につきましては、実名を出せば、またその医療者に暴力が向かうことなどを考え、全て実名を出せないのが残念ですが、そこはおわかりください。
平成18年8月に、兵庫県で女性歯科医師の保険の個別指導が行われ、男性の官僚が立場を利用して、セクハラが行われたとして、翌年、彼女は提訴しました。
事実関係につきましては、私は見たわけではありませんが、そのような趣旨での提訴があったことと、そして現在も係争中であります。
患者実態調査(患者実調)とは、歯科で申せば、技官が患者さんの口腔内検査をして、カルテや保険請求と合致しているかどうかを調べることです。これは不正が濃厚に疑われ、保険医取消などの処分がほぼ前提となった監査で行われるのは当然のことです。不正に対して甘い処分をしてくれと言っているのではありません。
しかしこれが、不正の疑いがない、または余りない時点での個別指導の段階においても、資料集めの名目でできることになっています。そのような通達がでており、日本医師会も日本歯科医師会も厚労省と申し合わせを行い、承諾してしまっているのです。その結果、患者実調がどのように利用されたか。
今から20年以上昔、上杉訴訟という裁判が静岡地裁で争われていました。争点は混合診療です。裁判は厚労省の圧倒的不利で展開しました。負ける寸前まで追いつめられた厚労省が取った作戦は、いつ終わるともない延々と続く患者実調です。技官が患者さんの家などまで出向き、口の中とカルテやレセプト(保険請求する用紙)が合致するかどうか調べるのです。聞き取りもします。終了後、患者さんには押印も求めていました。こんなことされたのでは患者さんは来なくなります。兵糧攻めにあい、厚労省が負けるはずの裁判は、結果としては和解となりました。
そうこうしているうちに、上杉歯科の6年毎の保険医療機関の更新の時期がきました。厚労省はこれも拒否。これの一時執行停止(係争中の間の再指定、更新)の提訴もしましたが、今度は厚労省は係争中につき「保留」の措置にでた。保留だから、再指定しないとは言ってないわけで、これでは裁判所も法的判断ができません。しかし、これでは保険診療はできず、上杉歯科は倒産の危機に直面します。さらに追い打ちをかけて、患者実調を繰り返し、負ける寸前の裁判を和解に持ち込んだのです。
厚労省は、このように「患者実調」と「保険医療機関の更新の保留」という武器をもち、意に沿わない保険医をいつでも倒産、屈伏させることができるのです。
1993年に富山県で内科医の自殺事件がありました。「開業医はなぜ自殺したのか」(あけび書房)より引用します。個別指導の指摘事項は、その内容は個別指導としては軽いモノであったそうです。注射や投薬が多いなど、ごく一般的な指摘ばかりで、少なくともこれ一度をもって保険医取り消しになるような事例ではなかったそうです。しかし技官は
・こんなことをしていると、医者ができんようになる
・厚生省の監査にならないとは僕は保証できない
・これでは私の金がいくらあっても足りない
・僕はねえ、厚生省の役人さえ連れてくる権限をもっているんだよ
などの言葉を、指導中、怒鳴りっ放しで言っていたと、自殺した被指導医や立会人は言っていたそうです。医師は鬱病になり、自らの命を絶ちました。これが懇切丁寧な行政指導なのでしょうか。技官の恫喝が自殺に至らしめたのです。
2007年に東京都港区で当時57歳の開業歯科医師の自殺事件がありました。私のHPから一部引用します。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~thu-san/homepage/toukou59.html#629
2006年・・・・・
4月21日 個別指導(1日目)2時間行い、「中断」となる
2人の指導官から次のような発言がありました。
1.こんなことをして、おまえ全てを失うぞ!
2.今からでもおまえの診療所に行って調べてやってもいいぞ、受付や助手から直接聞いてもいいんだぞ!
最初の指導は、まさに恫喝で終始しました。
9月 問題と思われる患者リストを提出。
12月 指導「再開」の電話連絡があった。
2007年・・・・・
1月19日 個別指導(2日目)30分で「中止!」
カルテに不足があるとして後日持参するよう指示を受ける。
(2007年3月8日同)「指導は終わった」と言われた。
3月9日 「医療機関指導について」との連絡でカルテを持参(事務対応)
9月6日 M先生のもとに監査の通知着
10日 自殺未遂を行なう 発見され病院に搬送
12日 退院 自宅療養 15日 診療所に行く
17日 自殺 18日 朝、奥様が発見 20日 監査(予定)
MRIC by 医療ガバナンス学会
(その2に続く)
2010年6月19日
新型インフルエンザ対策総括会議 報告書(案)の公表を受けて
新型インフルエンザ対策総括会議 報告書(案)の公表を受けて
~検証は行われず、総括もほとんど行われていない~
森兼啓太 山形大学医学部附属病院
2010年6月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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3月末から月2回程度のペースで開催されてきた厚労省主催の新型インフルエンザ対策総括会議もいよいよ終盤に差し掛かっている。
6月8日の第7回会議では、総括会議報告書の案が資料として提示され、ウェブ上で閲覧可能である(1)。以前にも述べた通り、これらの資料を迅速にウェブ上で開示することはこれまであまり行われてこなかったことであり、この事自体は評価したい。
さて、その内容であるが、残念ながら総括会議の報告書に価するものとは全く言えない。
会議のタイトルにもあるとおり、「新型インフルエンザ対策」を「総括」するとは、実施した対策を評価・検証することである。そこから引き出される提言が重要であることは言うまでもないが、あくまで対策の評価・検証に基づいたものでなければならない。
ところが公開された報告書案では、実施した対策の評価・検証はほとんど記載されておらず、提言のみが記載されているに等しい。評価・検証を行わない提言が適切なものであるはずがない。
例えば、「6、サーベイランス」には入院・重症・死亡者のサーベイランスや実施体制に焦点が当てられているが、5月中旬に集団発生の形で国内症例が検知されるに至ったのは、海外発生期に国内発生を拾い上げるためのサーベイランスが欠如ないしは機能していなかったことを物語っている。それに関する言及が一切ない。評価・検証を行っていないがために重要な点が抜け落ちたのだ。これは本報告書全体を通じて言えることである。
報告書の最初の方で「厚生労働省の対策には、当時、以下の準備不足や制約があったことに留意し・・・」とし、そのうちの一つとして「行動計画・ガイドラインは、感染が段階を追って拡大することを想定していたが、突然大規模な集団発生が起こる状況を想定した形とはなっていなかったこと」が上げられる。しかし、疫学調査は「突然大規模な集団発生が起こった」わけではないことを示している。
国立感染症研究所などが実施した疫学調査で追跡し得た国内最初の症例(Aとする)は、5月5日に発症している。
この症例は海外渡航者ではないので、おそらく海外からの帰国者(Bとする)が5月1日ごろ国内で発症し、症例Aを感染させ(BからAまでの間に1名が介在している可能性は否定できないが)、その後も徐々に感染伝播が進んでいった。国内で症例が確認された5月16日まで11日経過している。この間に発症した者はさかのぼり調査によれば100名程度である。11日で100名が突然発生した大規模な集団発生なのか。
この間、国は何をしていたかと言えば、水際対策に気を取られ、国内のサーベイランスを怠り、海外渡航者でなければ新型インフルエンザA(H1N1)の検体検査を行わないような症例定義(2)を出して検査を制限していた。さらに言えば、季節外れのインフルエンザ様症状の患者に対し、診察した医師が新型インフルエンザA(H1N1)を疑って粘り強く保健所と交渉し、国内初の症例確認へ導いた。これらに関する評価は全く行われた様子がない。
5月8日にMRICで配信された拙稿(Vol. 159)において、会議の行方に関する懸念を述べたが、果たしてその通りの結果となった。
本会議の委員はこの報告書を了承する(した)のか。了承するなら、委員11名もこの報告書に名を連ねるべきであろう。また、この報告書を英語訳し、先進各国のインフルエンザ対策担当者に「これが日本の国としての新型インフルエンザ対策の総括である」と言って見てもらいたいものである。
ちなみに日本は新型インフルエンザ患者に占める死亡者の割合(致死率)が低いということは諸外国に知られているが、その詳細は英語で情報提供されておらず、厚労省のウェブサイト上で日本語で提供されているにすぎない。筆者はこのデータを諸外国と比較した短報を先日Eurosurveillance誌に投稿したが、時期が遅すぎるとのことでRejectされた。本来そのような短報はずっと前にしかるべき公的機関から出されていなければならないが、出ないのでやむなく発信しようとした次第である。データも世界に発信しない、対策も検証しない、不思議な国・ニッポンである。
(1) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100608-02.pdf
(2) http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090429-03.html#no1
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年6月16日
骨髄バンクに、もう天下りはいらない(その1)
骨髄バンクに、もう天下りはいらない(その1)
~公益法人の事業仕分け、天下り根絶は「新しい公共」実現への試金石
山崎裕一(元骨髄移植推進財団事務局総務部長、現在、復職を求め裁判中)
2010年5月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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1.はじめに
鳩山・民主党政権が、国民の願いを本当に実現してくれるか?市民・国民は固唾を飲んで見守っている。とりわけ大きな期待が寄せられているのが、昨年秋から始まった「事業仕分け」である。行政の無駄、不要な補助金などを洗い出し、資金を捻出すことが目的ではあるが、それと共に、事業仕分け対象先団体への質問では、必ずと言っていいほど、官僚の天下り人数、年収などが取り上げられ、天下り問題が焦点のひとつとなっている。
今月20日から始まった事業仕分け第2弾目後半、公益法人への事業仕分けでは、骨髄バンク(骨髄移植推進財団)が事前調査され、直前になって対象から除外されたとの報道があった。骨髄バンク事業は、患者さんの命を救う大切な事業で、それなりの実績を上げている団体が、何故、事業仕分け対象にノミネートされたのか、疑問に持たれる関係者も多いと思われる。
また、今週に入り、造血細胞移植の現場医師である名古屋大学医学部の鈴木律朗氏が、骨髄バンクとさい帯バンクの問題点、その解決への取れ組みなどについて提言があった。現場の第一線で医療を担っている方からの貴重な意見であり、私も同感するところが多く、感銘を持って読ませていただいた。
私は、骨髄バンク(骨髄移植推進財団の別称、以下・骨髄財団)の事務局員として、長年勤務してきた者である。これまで、骨髄バンク事業は、全国の医療関係者、日赤血液センター、支援ボランティア、そして事務局スタッフなど現場の方々の努力と協力により、紆余曲折があっても進展し、着実に成果を上げていることに、この機会を借りて、心からの感謝を申し上げる。
さて、より良い骨髄バンクとするためには、避けて通れない問題が、まさに「今、そこにある危機」として存在している。それは、骨髄財団の天下り官僚たちのあまりに酷い言動である。今回は、その実態報告である。あまり愉快な話題ではなく、患者・家族、現場の医療関係者、支援ボランティアの方々に無用な心配をかけたくないと、これまで発言を控えてきたが、この機会に、具体例を通じて、天下り問題の弊害、公益法人のガバナンスの確立の必要性について提言をしたい。
2.不当解雇、いわゆるパワハラ、セクハラ裁判の勃発
私は、2006年9月末、骨髄移植推進財団(以下、骨髄財団)事務局員を不当解雇された。その背景と理由は、1年前の05年8月末に正岡徹理事長(医師・元大阪府立成人病センター院長)に、余りにひどい天下り官僚の言動があり、その改善をお願いする報告書を提出した。しかし、正岡理事長は、最初から「臭いものに蓋」する態度で、ろくな調査もされないまま、逆に、私は1ヶ月半後に総務部長を解任、閑職に降格左遷された。更に1年後には懲戒解雇までされた。天下り官僚に楯ついた者は追放するという、明確な報復だった。
私は、不当解雇という余りに理不尽な骨髄財団の対応に、やむ負えず、財団職員としての地位確認と損害賠償を求め提訴した。いわゆる骨髄バンクのパワハラ、セクハラ裁判といわれる事態の勃発である。
昨年の09年6月12日、東京地方裁判所で第1審の判決があった。判決では、骨髄財団側が懲戒処分理由とした「報告書は虚偽である」との主張は退けられ、「報告書は根幹的には真実」、解雇は無効。損害賠償も認められ、私は、全面勝訴した。敗訴した骨髄財団は、全く反省の態度も示さず、東京高等裁判所に控訴したが、高裁段階では、財団側からの新たな事実、証拠も示されず、今年3月に審理は終了している。裁判長からは、1審判決の路線を前提とした和解勧告があり、協議が続いているが、不調に終われば6月末には判決が出される見込みとなっている。
3.傍若無人な天下りの言動~植民地としての公益法人、天下りが常態化
骨髄財団は、1991年12月に旧厚生省から設立許可されたが、半年後の翌年4月に、早くも旧・厚生省から天下り官僚が舞い降り、それ以後、5代にわたりノンキャリア官僚が天下ってきている。今まで、常務理事のポストに天下り以外で就任した者はいない。ただ、ノンキャリア官僚たちは、天下りであることを自覚してか、事務局運営にあたっては、あまり横暴な態度は示さず、問題が起きると各部課長・職員から意見を聞き、その意見をもとに判断することが多く、また、重要な政策方針の変更等については、後輩である厚生労働省の役人にお伺いを立てるのが常であった。つまり、居ても居なくともよい、ただ、年収約900万円の給与を貰う為に来ているもので、いわば「お邪魔虫」としての存在であった。天下りについて、ある役人から直接言われたことは、「所管の公益法人で、国庫補助金を出している所には、天下りは原則として受け入れてもらう。」という、まるで、国民の税金で支出されている国庫補助金は、役人・役所の財布から出しているという発想。まさに、公益法人は植民地と同じであり、天下りが当然という発想の構造は、今も続いている。
02年に、骨髄バンクの財政危機が表面化し、財団の基本財産8億円のうち約2億円を取り崩す事態となった。この問題は、骨髄バンクでの移植件数が毎年大幅に増大し順調に進展してきたが、それに伴った形での国庫補助金の増額がなく、また、医療保険点数の増額適用も遅々として進まなかったことから、財政危機に陥ったものであった。基本的には、厚労省の対応が悪く遅いという、行政として責任が問われるべき問題だった。しかし、それへの回答は、何と、天下りの強化という、「焼け太り」としての対処であった。
1)キャリア官僚の天下りが始まってから、問題言動のオンパレードとなった。
堀之内敬氏について(在任期間:2004年8月~06年3月)
05年8月に、それまでのノンキャリア官僚に代わって、元キャリア官僚(法令担当官僚)の堀之内敬氏が、常務理事兼事局長となって天下ってきた。それから、ノンキャリア官僚のやり方を一遍する事態が次々と起きたのである。なお、骨髄財団は、元キャリア官僚を受け入れるため、急遽、常勤役員報酬を900万円程度から1400万円ほどに引上げ改正を行った。
堀之内氏が、天下ってきた時の挨拶は、「この財団に来たのは、前の厚生労働省次官で、現在、日本赤十字社副社長をしている大塚さんから、骨髄バンクが色々ごたごたしているようなので、2~3年行ってほしい。任せるからと言われてきた。普通、僕みたいな者(キャリア官僚)は、こんな小さな団体には来ないのだが―――、長くは居ないが宜しく。」というものであった。
堀之内氏は、就任直後から、総務部の幹部職員への高圧的な対応が始まり、人事院勧告があったからとして、職員ポーナスの減額を実施し、気に入らない契約職員である男性職員の雇い止め(契約打ち切り)も相次いで行われた。契約職員からは、雇用に不安を持つ声がささやかれた。しかし、人事権をもつ常務理事に、誰も意見するようなことはあり得ないことであった。
05年4月、私は総務部長に就任したが、その直後から堀之内敬常務理事からパワハラと思える言動があったとの話が聞かされ、そうしたさ中に、今度はセクハラ?とも思えるとの苦情が、複数の女子職員から受けた。私は、これ以上、放置できないと思い、嫌な役目と思いつつも、同年8月末に、正岡理事長に報告書を提出した。ひとり一人へ具体的な問題言動については、裁判中であり、また、プライバシーの関係上、詳細には記載できないが、その概要は次の通りである。
パワハラ疑惑:
5名の職員に対し、学歴や経歴等を侮蔑したり、パワハラと思われる言動について、具体的に聞き取った内容を報告した。
セクハラ疑惑:
2名の独身女子職員を常務理事直属に人事異動し、個人の携帯電話番号、メールアドレスを執拗に聞く言動等があったり、さらに、地方出張に同行、同宿するよう手配するなどを行ったことについて、具体的に聞き取った内容を報告した。
職場の改善:
当時、骨髄財団の事務局職員の身分は、契約職員(1年更新)あるいはアルバイト(半年更新)が全体の7割を超える状況で、かつ、その給与待遇は、公務員の6割~7割程度。こうした処遇と権威主義的な上司の態度、また、堀之内敬常務理事の指示により、4名が一方的な雇い止め(契約更新の拒否)されたことなどにより、職場内に雇用不安感が一気に増大した。1年間に職員の3割もの退職者が出るという異常事態になっていた。業務量の増大と職員の補充交代に伴う新人教育などが重なり、人員不足の現場はかなりの混乱状態にあったので、その改善を要望したもの。
私は、こうした堀之内氏の言動問題について、同年6月~7月に、厚労省の担当(健康局臓器移植対策室長、室長補佐)や、官僚OB(伊藤雅治・元厚労省医政局長、当時、財団理事)に、内々に善処を求めたが、全く埒が上がらなかった。そんなさ中、正岡理事長から何か報告があれば、という連絡を受けたことから、総務部長として、意を決して報告書を提出したものだった。
さらに、同年10月中旬、厚労働省の健康局臓器移植対策室の室長補佐に呼び出された。厚生労働省の会議室で、正岡徹理事長が同席のうえで「堀之内氏の言動について新聞報道された、報告書は正しい内容ではない。堀之内常務理事もいずれ辞めるだろうから、お前も混乱の責任をとって辞めろ。」という恫喝を受けた。という事実もあった。つまり、厚労省の役所ぐるみで天下りを庇ったものであり、財団執行部は現場で天下りを庇うことを文字通り実行したという構図であった。そして、10月下旬には、内部調査途中であるにもかかわらず、正岡理事長と鈴木常任理事(弁護士、内部調査委員長)は、「全く問題なし、パワハラ、セクハラ行為という事実もなかった」という記者会見まで実施した。
同年11月下旬、こうした骨髄財団の執行部のあまりにひどい対応に、多くの職員たちの不安が頂点に達し、職員有志達は労働組合を結成し、専横的な労務管理、職員処遇の改善、パワハラ、セクハラ的言動の中止改善などが要求した。組合員数は、瞬く間に20名を超えるまでなったと聞いている。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月31日
医療安全調査委員会(厚労省案)についての厚労省医政局での意見陳述
医療安全調査委員会(厚労省案)についての厚労省医政局での意見陳述
亀田総合病院 小松秀樹
2010年5月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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医療安全調査委員会をめぐって意見の対立が続いている。厚労省案は、罰則で網羅的報告を強制し、行政の下に置かれた組織が医療の是非を裁定することを基本とした。多くの勤務医は、医療を国家統制の下に置くことになり、危険だとして反対した。一方、一部の大手メディアは、行政が医療の正しさを決めることの是非について議論することなく、特定患者団体の賛成意見を繰り返し報道している。
メディアも、報道によって、様々な個人や、法人に対し、大きな損害を及ぼしてきた。病院の医療事故への対応は1999年以後、大きく改善された。医療に比べて、報道被害へのメディアの対応が改善されたように見えない。メディア自身、行政に統制されることを覚悟しているのであろうか。あるいは、メディアは特別に扱われるべきだと思っているのであろうか。
報道被害があった可能性がある事例すべての報告を罰則付きで強制し、行政の下部機関がこれを調査し、その調査報告書を使用して、記者を行政処分するとどうなるか。間違いなく、報道は死んでしまう。
足立政務官から医政局に、厚労省案ついて広く意見を聴くよう、指示が出され、2010年3月30日、厚労省医政局で意見を述べる機会を得た。医療安全調査委員会については、主として、井上清成弁護士、梅村聡参議院議員と筆者が意見を述べた。
以下、筆者が厚労省に提出した文書を多少手直しして提示する。
《厚労省への意見》
【医療安全調査委員会(厚労省案)】
1 特徴
医療事故で死亡した可能性のある事例を、強制力(罰則による威嚇)をもって行政に網羅なく報告させ、評価し、評価を権威づける。医療従事者と患者・家族の間すなわち私人間に生じた出来事に行政が関与する。犯罪への検察の関与に似ている。調査結果を利用して行政処分を行い、医療を徹底管理する。
2 前提
「行政権力は、日々更新されている医学的合理性と大量の情報を活用するための行動原理と能力を有している。行政の活動が常に国民のためになる。」
このような前提を持つことに問題はないか。
参考1 政府への信頼は専制の親
トーマス・ジェファーソン 1776年 法律学全集3 『憲法』90ページ
「われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。」(ウィキペディア「自由主義」からの孫引きで原典未確認)
3 医療安全調査委員会に対する懸念
1)医師と患者の軋轢を高める。
処分を前提に行政が強制調査をすれば、処分をさせようという強い意欲を誘発する。一方で、処分から逃れようとする努力が生まれる。これが軋轢を高める。
2)報告書が民事訴訟を誘発する。
患者側弁護士が制度の創設に動いているが、少なくとも、この制度は彼らの経済的利益を大きくする。表面的な理由以外の状況を考慮する必要がある。
3)医療システムの内部に法的考え方が入り込む。
厚労省が医療における正しさを決める。結果として医療を壊す。
権威づけされた判断は前例として踏襲される。前例の集積が、医療をがんじがらめにして多様性と未来を奪う。
医学における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、暫定的である。この故に議論や研究が続く。新たな知見が加わり、進歩がある。医学・医療システムは正しさを世界横断的に日々更新している。政府機関が宗教裁判のように権威で裁定してしまうと、判断が固定化され、学問の進歩を損ねる。規範に基づいた権威による裁定は、医学-医療になじまない。医療システムに有害なので医療の外で行なうべきである。
4)行政と医療機関や医療従事者との軋轢が高まる。
医療が行政と争うことになれば、行政は立ち行かなくなる。強権でこれを乗り越えようとすると、医療と行政の双方を破壊する。最近の医系技官の大量退職は、その職務に原理的な矛盾があったために生じたのではないか。
科学に任せるべきところでは、行政は謙虚に道を譲るべきである。例えば医薬品、医療機器の審査を行っているPMDAでは、行政官でも、無知は無知としてそれなりの地位に留めるべきである。
5)行政の問題
第二次大戦中、日本を含むいくつかの国で、医学・医療が国家権力による人権侵害の手段になった。日本のハンセン病患者生涯隔離政策は、一部の勇気ある医師や国際学会の反対にもかかわらず、科学的根拠を失った後も、長期間にわたり継続された。
新型インフルエンザ騒動では、行政の問題が露わになった。まず、専門家が科学的に不可能としていた水際作戦を規範化した。ガウンテクニックの常識に反して、同じ防護服のまま1日中、多くの飛行機内を歩き回った。感染を拡大させた可能性すらある。水際作戦は科学と無縁のアリバイ作りだった。インフルエンザの防御はどうでもよかったのかもしれない。
他にも、意味のない停留措置による人権侵害、PCR検査の制限による国内発生発見の阻害、行政発の風評被害による莫大な経済的損失、実行不可能な事務連絡の連発による医療現場の混乱、感染した患者が押しかける医療機関での高齢者や小児へのワクチン接種、ワクチンの大容量バイアルと科学的裏付けのない接種優先順位の強制による複合的混乱など、行政がいかに科学を苦手とするか、また、いかに有害になりうるかを示した。
参考2 行政的中央集権の弊害
トクビルは中央集権を政治的中央集権と行政的中央集権に分類し、前者は評価したが、後者については疑問を投げかけている。行政的中央集権の問題は、多様性と変化を受け入れられないことにある。トクビルは強調していないが、科学的な問題を扱うことが極めて苦手である。
アレクシス・ド・トクビル『アメリカの民主政治』
「政府は、共同体一人ひとりのメンバーを強力な権力でつぎつぎと押さえ込み、都合よく人々の人格を変質させたあと、その超越的な権力を社会全体に伸ばしてくる。この国家権力は細かく複雑な規制のネットワークと、些細な事柄や征服などによって社会の表層を覆った。そのために、最も個性的な考え方や最もエネルギッシュな人格を持った者たちが、人々を感銘させ群集の中から立ち上がり、社会に強い影響を与えることができなくなった。 人間の意志そのものを破壊してしまうことはできないが、それを弱めて、捻じ曲げて、誘導することはできるのだ。国家権力によって人々は直接その行動を強制されることはないが、たえず行動を制限されている。こうした政府の権力が、人間そのものを破壊してしまうことはないが、その存在を妨げるのだ。専制政治にまではならないが、人々を締め付け、その気力を弱らせ、希望を打ち砕き、消沈させ、麻痺させる。そして最後には、国民の一人ひとりは、臆病でただ勤勉なだけの動物たちの集まりにすぎなくなり、政府がそれを羊飼いとして管理するようになる。」(ウィキペディア「自由主義」からの孫引き 講談社学術文庫『アメリカの民主政治 下』560ページに相当)
【対案の原則】
1 病院内での事故の科学的調査
院内事故調査委員会では、様々な医療機関で二次的紛争が生じている。最適な調査方法は病院の事情によって異なる。方法を無理に統一させるべきでない。多様性と変化を保障することが調査の進歩の前提条件である。行政とは厳密に隔離する。
2 無過失補償制度の導入
過失の有無を明確にせずに、定められた基準に従って補償する。補償すべきものかどうかの判断は、事実が認識されていれば、過失の判定なしに、比較的容易に決められるような体系にする。
産科医療補償制度は、個々の事例で調査が行われる点において、無過失補償制度とは言い難い。安全のための議論は匿名化しないと、結果として安全対策のコストを高めて、形骸化させる。これが医療従事者と患者・家族の対立を高める。
3 当事者同士と仲介者による患者理解支援
現場の多様な対応を保障する。このため、行政的中央集権とは厳格に隔離する。
4 医療裁判に医療の保守本流が情報を積極的に提供
どちらか一方が聞く耳を持たないとなれば、裁判でしか扱えない。医療を中心で担っている医師が、積極的に判断のための材料を提供する。
5 地域ごとの事故の科学的調査制度
地域の専門家が、院内事故調査委員会による患者理解支援活動を援助する。行政的中央集権とは厳密に隔離する。紛争を扱うための権限と制度が持てないことをきちんと踏まえる。調査自体が紛争を起こす可能性があるので、無過失補償を先行、あるいは、同時に発足させる。
地域の専門家が援助を開始する条件を狭めることが重要。そうしないと実際に運用できないのではないか。院内の調査で大半を留め、大きな紛争が発生しているものについては、裁判に回す。
参考3 井上清成弁護士の意見
現在、医療とは「診療前の説明‐診療行為‐診療後の説明」の一連のプロセスと受け止められている。井上清成弁護士は医療事故の調査をこの一連のプロセスの中のものと位置付け、当事者主義で扱うべきものとしている。厚労省案は、私人間の営みに行政が大きな職権で関与するもの(職権主義)であると苦言を呈した。
さらに、「医療安全支援センター」は、外部や上部から原因究明・再発防止をするのではなく、当事者主義の補充として助力するものと規定した。井上弁護士の案は、医療安全支援センターと院内事故調査委員会の関係を明確にした。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月24日
最優先すべきは定期接種化の議論
最優先すべきは定期接種化の議論
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会・事務局長 高畑紀一
2010年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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昨年12月より開催されている厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会が、4月より予防接種制度の抜本的見直しの議論に着手した。
我が国の予防接種制度が抱える課題は多岐に渡る。部会では(1)予防接種法の対象となる疾病・ワクチンのあり方、(2)予防接種事業の適正な実施の確保、(3)予防接種に関する情報提供のあり方、(4)接種費用の負担のあり方、(5)予防接種に関する評価・検討組織のあり方、(6)ワクチンの研究開発の促進と生産基盤の確保のあり方、の6項目を検討課題として挙げている。いずれもワクチン・ギャップ解消には不可欠な項目であり、これらの各項目について5月末までパブリックコメントを募集し、夏頃まで有識者等からのヒヤリングを重ね、現状と課題について整理を行うこととしているのも議論を実りあるものとするために必要な行程であろう。いずれの項目も、その重要性に甲乙は付け難いし、腰を据えて論じなければならないものだ。
しかし、拙文「MRIC Vol. 140 予防接種の緊急課題を抜本議論に埋没させてはいけない(2010年4月21日)」で述べたように、これら「20年のワクチン・ギャップ」解消を目指す予防接種制度の抜本的な見直しの議論と平行して、「直面するワクチン・ラグ被害」の防止についても議論を進めていくことが必要であり、そのことは予防接種部会の合意事項となっている。そもそも、予防接種が守るものは何か。それは国民の命であり健康であり生活である。であるならば、現在進行形で生じ続けている予防接種で防げる疾病(VPD=Vaccine Preventable Diseases)に罹患することによる被害を防止することが最優先されなければならないだろう。
【任意接種の壁】
私の長男は2004年9月にヒブ(Hib=インフルエンザ菌b型)による細菌性髄膜炎に罹患し、生死の淵を彷徨った。ヒブワクチンはWHOが1998年に加盟国に対し全ての子どもに無料で接種すべきと勧告している。長男の罹患はこの勧告から6年後のことである。つまり、有効性も安全性もお墨付きを与えられたワクチンが定期接種化されていなかったことによる、ワクチン・ラグの被害者といえよう。
実際にはこの時点では我が国ではヒブワクチンは発売はおろか承認すらされておらず、任意接種として接種することもままならない状態であったわけだが、では仮に当時、ヒブワクチンが国内で発売されており任意で接種できたとして、私は息子にヒブワクチンを接種していただろうか。私自身の答えは「No(ノー)」である。
過去に私は、「みずぼうそうのワクチン、打った方が良いかな」と妻から相談を受けた際に、「打つ必要は無いんじゃないか。打った方が良いワクチンなら定期接種化されているだろうし」と答えた。そう、国が全ての子どもが接種すべきだと勧奨している定期接種は「必要なもの」で、定期接種に該当しない任意接種は文字通り、任意で打てばよい程度のものであって必要性が高くないもの、と理解していたのだ(ちなみに、妻は私の意見は無視して水痘もムンプスも息子たちに接種していました)。国が「定期」と「定期外」とに区分しているのは医学的・科学的な根拠により区分するに値するだけの理由がある、と。ましてや接種する必要性をそれほど感じないワクチンに、数万円の接種費用が掛るとしたらなおさらのこと、積極的に接種しようなどとは考えないであろう。
息子の罹患という思い出したくも無い経験を経て、現在は我が国における定期接種だけでは不十分極まりないと考えるように至ったが、誰もが同様の経験をするわけではないし、今でも「予防接種は定期接種で十分」と考えている方は少なくないだろう。現在、ヒブワクチンも小児用肺炎球菌ワクチンも我が国で任意接種することができる状況になっている。しかし、その接種率は決して高くは無い。水痘もムンプスもHPVも肝炎関連ワクチンも同様である。以前の私と同様に「定期接種で十分」と考えている方が相当数いるだろうというのは想像に難くないし、また、ワクチンの供給不足や接種費用が高額であることなども大きな要因であろう。そして、これらの理由は突き詰めるとすべて「任意接種」であるが故の障壁なのである。
【間違いの根源】
4月21日の第7回予防接種部会のヒヤリングにおいて、神谷齋氏(独立行政法人国立病院機構三重病院名誉院長)は、現在の予防接種制度について「(我が国と米英とでは)接種システム自体に大きな差がある」とし、「定期接種と任意接種に分かれ、任意は予防接種法の外の取り扱い」となっていることが「間違いの根源である」と喝破した。予防接種法外の取り扱いとなる任意接種のワクチン・予防接種は、先述のように国民がその必要性や重要性を定期接種よりも低いものと理解してしまうこと、健康被害に対して十分な救済が受けられないこと、接種費用が高額となってしまうこと、行政機関が住民に対し接種を勧奨できないこと等、多くのネガティヴな影響をもたらす。そして接種率が高くならず、多くの子どもたちがVPDに罹患するという被害を受けることになる。
【薬害被害と酷似する構図】
リアルタイムで拡大し続けるVPD被害やポリオ生ワクチンによる二次感染被害に迅速に対応できていないという現状は、薬害被害に酷似している。先だって、厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」は2年以上にわたる議論を経て最終提言をまとめた。ここでこれらの被害の防止に手をこまねくようであれば、防ぐことのできた被害を防げなかった、拡大させてしまった、という薬害被害の再発防止策は水泡と化すに等しいであろう。
現在進行形で生じ続けているVPD被害を食い止めるためには、まずは定期接種化の議論を最優先で行なう必要がある。予防接種制度の抜本的改正は必要だ。だが、現行制度内でも定期接種化は可能である。何も国内で承認・販売されているワクチンだけにこだわる必要は無い。国内に存在しないワクチンも含めて、定期接種化を議論することはできる。ポリオ生ワクチンを緊急輸入したように、また、昨年、新型インフルエンザワクチンを特例承認したように、被害を防ぐことを優先した対応は経験済みだ。
予防接種部会は、まずはこれ以上のVPD被害を生じさせないために「パッチを当てる」作業を進めるべきだ。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月21日
医師を増やせば医療崩壊は本当に解決するのか
医師を増やせば医療崩壊は本当に解決するのか
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
※このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。他の多くの記事が詰まったサイトもぜひご覧ください。 URLはこちら→http://jbpress.ismedia.jp/
2010年5月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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民主党は、政権を勝ち取った2009年の総選挙の際に、医療 崩壊を防ぎ、医療を成長産業とするために「医師数1.5倍」と「医師養成数1.5倍」を実現するとマニフェストに明記していました。2010年2月には 「医学部新設へ申請、3私立大が準備 認可なら79年以来」(朝日新聞)との報道もありました。
一昨年、医師不足により閉鎖した銚子市立病院の例を見るまでもなく、「医療崩壊の原因は医師不足である。だから、医師の数および養成数を増やせば医療崩壊は解決する」と言われれば多くの人は納得してしまうことでしょう。
しかし、医師不足だから医師の数を増やせば良いという理屈で医学部を新設することは、実は現状の日本の医療にとっては「百害あって一利なし」なのです(全国医学部部長病院長会議が医学部新設に反対する声明(http://www.ajmc.umin.jp/22.2.22youbou.pdf)を連名で公開していますので、参考までご覧ください)。
【そもそも日本の医学部は少ないのか?】
日本には現在80の医学部が存在します。ちなみに米国の医学部は130校ほどです。人口が日本の約1億3000万人に対して米国は約3億人ですから、人口比率の上で日本の医学部の数はすでに十分すぎるのです。
しかも、既にこの3年間で各医学部の定員を増やすことにより、1200名(医学部12~13校分)、割合にして16%もの医師養成数増加を達成しているわけです。これだけでも、毎年4400人ずつ医師は増加していきます。
今後は高齢化が進むために医療需要が増大していくのか、それとも日本の人口減によって医療需要は実はそれほど伸びないと見るのか。その予測は難しいものがあります。
でも、経営再建中のJALですら、不採算路線の削減は様々な反対に遭ってスムーズに進んでいません。いったん医学部を新設してしまったら、投資し た設備や従業員のことなどを考えると、「10年経って医者が足りてきたから、必要数を見直して閉鎖統廃合する」なんてことはほぼ不可能でしょう。
【現在の医師数でもより高いサービスは実現できるはず】
今の医療崩壊の本質は、医療現場で働く人材が不足しているため、利用者(患者)がサービス面で不利益を被っているということです。
ですから、医療スタッフの数を増やことは確かに重要です。しかし、これは、ただ単に医師の数を増やせば良いということではないのです。
一例を挙げましょう。日本において、年に50件前後(週に1件程度)しか全身麻酔手術を執刀していない外科専門医は数多く存在します。その主な原因は、外科医が手術を行えない状況にあるからです。
医療事務や看護師などの「コメディカルスタッフ」を倍増して、外科医がもっと手術に専念できるような環境にすれば、1人当たり3~5倍の件数を執刀することは十分に可能でしょう。
このようなことが各科目内で達成できるならば、実は医師数を増やす必要はないのです。現在の医師数でも、より高いサービスが提供できるようになるのです。
なぜ、これが実現できていないのかというかと、コメディカルスタッフを増員する余力が医療機関にないからです。
よく挙げられる例ですが、米国では盲腸手術代金が平均243万円なのに対して、日本では37万円に過ぎません。これに加えて、輸入手術消耗機材 は、物によっては米国の約3倍の値段で購入しているのです。ですから現場にしてみれば、スタッフを増員することなど常軌を逸した夢物語でしかないのです。
【数を増やしても質が伴わなければ本当の医療崩壊をきたす】
弁護士を見てみましょう。2002年度に、司法試験合格者数は約1000人でした。それを、ロースクール増設によって、2009年度は2000人にまで倍増させました。
しかしその結果、弁護士の質の低下をきたし、さらに1人当たりの仕事が減ることで質の向上が図られないという悪循環に陥っています。
冒頭の全国医学部部長病院長会議の声明の中で、「医学部を新設すると、医学部スタッフとして地域の働き盛りの現場の医師を引きはがしてしまい、地域医療の崩壊を悪化させる」という指摘がありました。
その指摘はもちろん正しいのですが、しかし、もっと問題なのは、単純に6年間の医学教育を施しただけでは一人前の医師は育てられないという事実です。
医師は医学部卒業後、優秀な指導者のもとでさらに5~10年の実地指導を受けて経験を積むことで、初めて一人前の医師として活動できるのです。
医師を急激に増やした場合、弁護士と同じく、卒後研修施設への就職すらままならず、未熟なまま独立せざるを得ないる医師を増やすだけでしょう。
「医原性」(医療を受けたことで病気が発生すること)という言葉もあるように、医療行為によって逆に危害を被る可能性もゼロではないのです。卒後の教育体制まで見据えないまま医師の数を増員すれば、真の意味での医療崩壊を引き起こすことでしょう。
【150億円を超える予算を注ぎ込む必要があるのか?】
鳩山由紀夫現総理は2009年の総選挙前の党首討論で、「(医療費増額を数%としている麻生太郎総理とは違い)診療報酬を2割ほど上げないと厳しい(医療崩壊は食い止められない)と感じている」と発言しました。
しかし、蓋を開けてみれば、総選挙後の2010年4月の診療報酬改定結果は、プラス0.19%に過ぎませんでした(その後、新薬値下げ分のマイナス0.16%を除外していたことが判明したので、実質はプラス0.03%でした)。
医療に回す予算を増やせない以上、マニフェストにいくら「医師養成数1.5倍」と記載されていたとしても、150億円を超える膨大な費用を新設医 学部につぎ込む必要はあるのでしょうか? それよりも既存医学部の定員増加の方が、はるかにかかるコストは少なくてすむはずです。
特色ある医学部を新設することで、これまでとは異なる多様性を備えた医師を育てることができるかもしれません。
しかし、全体の政策として見ると、他の部分を削ってまで新設医学部に莫大な予算を注ぎ込むのは、日本の医療の現状に即していないのではないか──。私にはそう思えてならないのです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月15日
タバコ税の引き上げを機に、国内の葉タバコ栽培を生薬栽培に切り替えてはどうか
-医学生からの提言-
タバコ税の引き上げを機に、国内の葉タバコ栽培を生薬栽培に切り替えてはどうか
-医学生からの提言-
慶應義塾大学医学部 4年 竹原 朋宏
慶應義塾大学医学部 4年 松本紘太郎
NPO健康医療開発機構 竹本 治
2010年5月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【はじめに】
今年の10月にタバコ税が大幅に上がる(20本入り一箱で+70円)ことが決まり、これに伴い、マイルドセブン等の大幅な値上げも発表された(注1)。タバコ市場は最近の健康意識の高まりから年々縮小を辿っているが、JTによれば今回の増税の影響で国内需要は2割以上落ち込むらしい(注2)。医学を志す立場としてタバコが健康にもたらす悪影響を考えれば、それでも構わないようには思うが、現実はそう簡単ではなく、国としては税収の確保とともに、生産農家である葉タバコ農家の生活等をどのように支えていくのかも政策上の課題となっていると聞く(注3)。
一方で最近、漢方について勉強する機会をもった。以前は「漢方は中国からやってきた日本の伝統医学で、西洋医学の影で細々と続いているもの」といった程度の知識しか持ち合わせていなかったが、実際には世界情勢は随分ダイナミックに動いており、伝統医学は有用性の高い医療、戦略的な産業として世界各国でも注目されている。もっとも、日本だけは漢方を活かすための政策対応が遅れており、課題が多い。特に生薬についてみてみると、生薬原料の自給率は2割以下に過ぎず、将来は輸入が難しくなる可能性も高いなど、かなり危機的な状況にあるということがわかった。
漢方薬の原料がなくなっては、漢方医療自体が立ち行かなくなってしまう。では今我々は今、何をすべきか?
以下、医学生の立場から、漢方医療を巡る内外情勢にも補説しながら、特に生薬資源確保策について最近考えたことを述べてみたい。
【漢方・伝統医学は世界で注目されている】
まず、漢方・伝統医学への需要をみると、世界全体では拡大の一途を辿っている。欧米では代替医療・伝統医学に対するニーズが強く、生薬市場は10兆円以上になることが予測されている。ドイツでは医師全体の1割以上が鍼灸師の認定資格を有しており、国民の3割が鍼治療を受けている。
WHO(世界保健機構)でも、国際疾病分類(ICD)の25年振りとなる改定作業が進められているが、ICD-11(第11次改定)には新しく東アジア伝統医学分類が加わるのを機に、アジア各国で盛り上がりを見せている。
【生薬は戦略産業となってきている】
また、生薬を知的財産として戦略的に使う動きも活発化している。
例えば、鳥インフルエンザが流行したときに、タミフルの原材料である八角(ハッカク)の価格が高騰したが、これはタイが八角の輸出を制限してワクチンとバーター取引をしようとしたからである。
また、中国政府は伝統医学が商売になるとみて、伝統医学の国際市場を独占しようと動き始めており、同国の積極的なロビー活動によって、昨年9月、ISO(国際標準化機構)に『中医学の専門委員会』を設けることが承認された。
さらに、これと並行して、生物多様性条約の締結国会議の議論では、生物の多様性の維持を理由に資源国が自国産の生物資源の保護を強めようとしている。このまま行くと、生薬原料の8割を輸入に頼っている我が国としては早晩生薬原料の入手が困難となる可能性が高い(注4)。
【日本でも医療ニーズは強いが、政策対応は遅れている】
このような世界的な動きの中で、伝統医学・生薬産業にかかる日本の対応をみると、国民の切実なニーズがあるにも拘らず、政策対応が遅い印象があり、農業振興・食の安全保障に関する構図とよく似ている。
昨年11月の事業仕分け作業で漢方はいったん健康保険適用除外とされたが、これに反対する署名が3週間で92万人集まったことに象徴されるように、伝統医学に対する国民の期待は大きい。自分たちも風邪などの際にはしばしば漢方薬の世話になっているが、その効果は確かなものであり、漢方医学はまさに実学と呼ぶにふさわしい。医療の現場では日常的に漢方薬が処方されており、日本の医師の83%が漢方を処方しているという数字もそうした生活実感と合っている。
一方、こうした内外情勢にも拘らず、日本では漢方を一段と活用するための政策対応の動きはいささか鈍いように思う。本稿では漢方医療の政策課題全般には立ち入らない(注5)が、生薬原料確保という論点に絞ってみても、国内生薬生産についての明確な産業振興策が立てられないままに、安価な輸入品に押されて、生薬自給率が年々落ちるままに任せているのが実情である。生薬確保のための環境が厳しくなっていることは、漢方薬が日本の医療現場で自由に使えなくなるかもしれないことを意味しており、漢方医療が危機に瀕しているといっても過言ではない。政府としては、早急に対応策を講じるべきではないだろうか。
【生薬栽培への転作は現実的な政策たりうる】
では、生薬原料確保のために一体何が出来るのか。我々は何をすべきなのか。
冒頭に述べたように、健康志向の高まりに今回の増税が加われば、タバコ市場は一段と縮小傾向を強めることは間違いない。葉タバコ栽培はジリ貧であり、誰よりも農家自身がその将来性について不安を持っているに違いない。したがって、葉タバコ栽培と遜色ない収入を保証さえできれば、葉タバコ農家が生薬原料栽培に切り替えることは十分考えられるであろう(注6)。
こうした問題意識の下、葉タバコ栽培から生薬原料栽培への転作が果たして政策として現実的なのか、葉タバコ農家からみて経済的に見合うのかについて、多くの漢方薬に使われている当帰(とうき)と三島柴胡(みしまさいこ)の2品目を使って試算してみた(注7)。
我々の試算によれば、当帰・三島柴胡のいずれについても、ある程度の補助金を用意さえすれば葉タバコ農家の転作を促して国内生産を大幅に増やすことが出来る。すなわち、当帰については、年間わずか数千万円の転作奨励金があれば、生産を倍増し、自給率100%を視野に入れることも出来る。また、三島柴胡についても、年間6.6億円規模の生産補助金を拠出できれば、安価な輸入品とも十分競合できるようになって、自給率を現在の1割程度から5割に引き上げることも無理ではない。このように、葉タバコ農家に生薬への転作を奨励していくことはかなり現実的な政策と考えられる(注8)。
【国民にとって必要な農業政策・医療政策とは】
無論、補助金をどういった産業に与えるのかは国民の選択次第である(注9)が、葉タバコ農家の転作を支援していくことは、タバコ産業自体を保護することよりも国民に支持を得られやすい農業政策であろう。それと同時に、有効な生薬資源確保策として漢方医療を支える重要な政策にもなる。
もし、生薬資源が手に入らないことで漢方医療が存続できないような事態となったら、事業仕分けの際に3週間で署名した92万名の怒りの矛先は当然政府に行くであろう。10年20年先を見据え、政府は是非こうした施策について真剣に検討してほしい。
(注1) http://www.jti.co.jp/investors/press_releases/2010/pdf/20100428_02.pdf
(注2) http://www.sankeibiz.jp/business/news/100429/bsc1004290502005-n1.htm 等。
(注3) http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/news1/article.php?storyid=1093 等。
(注4) 例えば、平成21年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のため調査研究』第3回会合
(http://kampo.tr-networks.org/sr2009/index.php/output/meeting012510overview/)
を参照。
(注5) 漢方医療を巡る諸課題と政策対応については、上記特別研究の『提言』
(http://kampo.tr-networks.org/sr2009/index.php/output/)を参照。
(注6) 2008年9月のMRICへの投稿(http://medg.jp/mt/2008/09/vol-17.html)において、鈴木寛文部科学副大臣も「生薬栽培は高収益を安定的に望め、たばこ・米からの転作促進や農業振興策としても有効」と述べている。
(注7) 当該試算の詳細については、NPO健康医療開発機構・慶應義塾大学漢方医学センター共催「第6回21世紀漢方フォーラム『漢方・鍼灸を活用した日本型医療の実現に向けた具体的対応』」(本年3月17日)におけるプレゼンテーション資料
http://www.tr-networks.org/usr/NPO-usr-504-073.html
を参照。
(注8) 当試算では、所得面からみて必要となる条件に絞って検討したことから、補助金の金額の多寡のみで政策の実現可能性について論じている。より現実的な政策としていくためには(1)(葉タバコにおける「全量買い上げ制」に準じた保証などにより)生薬栽培にかかる経営リスクを軽減し、(2)栽培技術やノウハウを提供するとともに、(3)経営効率化を通じた価格競争力の強化により産業として早期に自立させること、等が必要となろう。
(注9) 例えば、戸別所得補償については、賛否両論はあるものの、22年度にはモデル事業としてコメ農家に対して総予算規模5,600億円もの所得補償がなされることとなった。http://www.maff.go.jp/j/seisaku/kobetu_hosyo/index.html
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月13日
病人権利とハンセン病の歴史
病人権利とハンセン病の歴史 -医療制度研究会草津セミナー報告
医療制度研究会 中澤堅次
井上法律事務所 井上清成
2010年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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■ ハンセン病療養所栗生楽泉園見学
ハンセン病療養所栗生楽泉園は、残雪に輝く白根の山々のふもと、高原の温泉地草津から2キロほど離れたゆるやかな台地の南斜面にあります。門を通過し台地の斜面を南に下りてゆく車道の突き当たりに療養所があり、取り囲むようにハンセン病に罹患した人たちの住宅が並んでいます。低層でこぎれいな集合住宅は塀がないせいか、芝生に囲まれどこか欧風で開放的な印象を受けます。ここには、平成8年菅直人厚生大臣のときに廃止になるまで続いた、らい予防法により隔離され、治療法が確立した今でも、皮膚の後遺症と長かった療養所生活で社会に戻れない高齢の方たちが住んでいます。
門を入ってすぐ右側、木立に囲まれた小道を200mほど入ったところに重監房跡地があり、ここには隔離療養中に脱走や療養所の規律に反した人たちが全国から集められ収容されたそうです。林の中にポッカリ空いた200坪ばかりの空間に、複雑な住居の土台だけが残っています。とても狭い廊下と、部屋の間仕切りがいくつもあり、明り取りの窓だけだったという個室は、逃げられないように造られていたことが良く分ります。わずかな米と水ものだけが支給される生活は、病人を標的にした収容所のようなもので、極寒の当地ではかなり過酷なものだったと思います。楽泉園設立の目的は隔離により社会から、らいを根絶するという当時の政策によるものでしたが、病人であるがゆえに自由を奪われ、正当な主張でも罪人とされてゆく、悲しい歴史を物語る貴重な医の遺産ということができます。
■ 療養自治区湯之沢とコンウォール・リー女史による救済
古来ハンセン病の人たちは社会から差別を受け、流浪の末各地に集落を形成しました。楽泉園ができる大分前から、上信越山中の草津には温泉の効能を頼って多くの人たちが集まっていました。はじめは他の湯治客とは別に、場所と時間を分けて同じ地域で療養していましたが、町の観光色が強まるにつれ、町外れの湯川下流にあたる湯之沢地区に集められ、財力のある罹患者は旅館や商店を経営し納税義務も果たす、いわば療養自治区のようになっていました。自治区とはいえ病気の人にはお金が無く、病気が進むとさらに困窮が深まり、悲惨な人々の暮らしがありました。
湯之沢に来ていた、キリスト教徒でもある療養者の熱心な願いに応えて、聖公会の宣教師であるイギリス人女性コンウォール・リー女史が湯之沢に入り、聖バルナバミッションと呼ばれた救済活動が開始されました。リー女史は聖バルナバ教会を建てて活動の拠点とし、最終的には三十数棟にも及ぶ病人用のホームを建造したそうです。家族から仕送りがあり働ける人でも、病気が進むと最終的には救済が必要となり、両親が病気で養育者を失った子供、被害を受けやすい婦人、罹患者が多く自力での生活がままならない独身男性などが救済の対象になりました。聖バルナバ医院と呼ばれる病院も日本人の女性医師と看護師の献身で開設され、湯之沢ではじめての医療施設となりました。これらの大規模な事業は、イギリスはもちろんアメリカの篤志家の寄付に依ったようであり、日本でも藤倉電線が聖バルナバ医院の増築に資金を提供したといわれます。
女史は、当時は投げ捨てられるようにして葬られていた病死者に花を手向け、化膿してぼろぼろになった衣服を脱がし皮膚を清めて弔いました。また湯之沢住民と変わらない清貧な生活ぶりで人々の感動を呼び、精神的にもすさんだ人々のよりどころとなり“くさつのかあさん”と慕われ、59歳で草津に入ってから活動は80歳まで続けられました。
昭和7年政府の隔離政策で国立療養所栗生楽泉園が開院し、湯之沢の人々はここに集められることになりました。反対運動が起き湯之沢はその後も存続しますが、昭和11年、80歳を迎えたリー女史は健康上の理由で厳寒の草津を離れ、その5年後の昭和16年には、日中戦争で悪化する国際関係で資金が枯渇する中、湯之沢の人々は楽泉園に大多数が移住し、部落が取り壊されると同時に聖バルナバミッションもその役割を終えました。
■ 病人権利と栗生楽泉園と聖バルナバミッション
感染症として社会から疎外され、科学の恩恵を受けることの無かった時代の人々の悲しみは、リー女史を中心とした多くの人々の献身により救済が行われましたが、後に近代国家として日本は国立療養所を作り、人々を収容隔離することで吸収してゆきます。社会の利益のための隔離政策は別の形の人権侵害を産み、治療薬ができた後も、何回となく行われた療養者や医師や官僚による廃止運動をよそに、つい最近まで続きました。日本の例は特殊と評される背景には、上からの目線で社会の繁栄や安全には着目しても、病を背負った人の悲しみに思いが至らない日本人の思考過程が関係しているようです。
今回の4月24日から25日にかけてのセミナーの主題は病人権利で、病を得た人々の人権に着目し、病人であるがゆえに生きる権利を侵害されたハンセン病の人々の歴史に思いをはせるというものでした。病人であるがゆえに、故無くして社会から疎害され、国家の大義や社会の安全のために犠牲になった人々の悲劇があり、近代人を自称する私達がつい最近まで気づかずに過ごしたことも驚きでした。湯之沢におけるリー女史の大規模な救済事業とともに、この事実は良い悪いを言わずに、大切に後世に伝えたいと思います。
参考文献:
1)写真集・コンウォール・リー女史物語、コンウォール・リー女史顕彰会編、2007年
2)草津「喜びの谷」の物語、コンウォール・リーとハンセン病 中村茂 教文館 2007年
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月11日
東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その3)
*この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです
小松秀樹
2010年5月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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=同タイトルその1へ= =同タイトルその2へ=
【弁護士の陥穽】
弁護士が、紛争に関連した調査に関わることには、2つの問題がある。
第一の問題は、弁護士が本質的に代理人であることに起因する。代理人は、クライアントの利益に忠実であることが求められる。東京女子医大事件では、東京女子医大と佐藤医師の間に利益相反があった。調査がクライアントの利益にかかわる場合には、判断がクライアントに有利な方向に偏る可能性が高い。
クライアントの利益への忠実度の差が、弁護士の判断を分けたのではないかとの推測される例を挙げる。
骨髄移植財団に常務理事として天下った元厚労省キャリア官僚が、セクハラ、パワハラを繰り返し、短期間に大量の職員が退職して紛争に発展した(文献10)。
財団の総務部長は財団の理事長に直訴したが、逆に懲戒解雇になった。
財団は、内部調査委員会と外部調査委員会を設置した。財団の常任理事の弁護士が主導した内部調査委員会は、セクハラ、パワハラはなかったとした。
財団の依頼で事実関係を調査した外部調査委員会の弁護士は、財団が調査の結論として、セクハラ、パワハラの事実はなかったと発表したことに対し、抗議文を提出し、報酬金約48万円を全額返還した。
総務部長が地位確認と損害賠償を求めて財団を訴えた裁判の第一審では、総務部長が勝訴した。
第二の問題は法律家の認識の問題である。
法システムは、理念からの演繹を主たる論理構造としているため、理念によって認識が歪みがちになる。しかも、法システムは、医療、科学、航空運輸など、認識が決定的な意味を持つシステムと異なり、認識のための厳密な方法を発達させてこなかった。
医学で発達してきた認識方法には、生体内の物質を突き詰める生化学的方法、分子レベルまで可視化するにいたった形態学的方法、生体の動的活動を観察する生理学的方法、社会の中での疾病の状況を観察するための疫学的方法などがある。さらに臨床医学では、CTやMRIなどの画像診断が加わる。いずれも、薬剤の有効性を証明するための無作為割り付け前向き試験と同じく、一切の予断を許さない。
弁護士は、その社会的環境、知的環境のために、認識が予断で歪む傾向が生じ、人権侵害にコミットしてしまう可能性がある。医師会や病院団体は、弁護士の利用方法を体系的に研究して、結果を共有する必要があろう。
今回のような状況は、児玉弁護士や『ミズヌマ弁護士』でなくても起こり得たと思われる。児玉弁護士については、医療の結果についての医師の責任のあり方の議論で日本をリードする立場にある。また、医療事故で医療従事者を刑事事件として裁くべきでないというこれまでの主張と、東京女子医大事件での実際の行動に乖離があるように思われた。
同情すべきは、東京女子医大事件は9年前の事件だということである。その後、日本の医療界で、医療事故についての考え方は大きく変化した。児玉弁護士も当時と同じ考えだとは思えない。
ただし、児玉弁護士の2009年の院内事故調査委員会についての論文(文献9)には、依然として医学的事実の厳密な認識より社会への対応を重視する姿勢がうかがわれた。福島県立大野病院事件でも、東京女子医大事件と同様、社会への対応を優先したことが、刑事事件のきっかけになった(文献1)。
警鐘を鳴らすために、敢えて、児玉弁護士の論文を引用して批判を試みた。
【院内事故調査委員会の目的】
院内事故調査委員会は様々な病院で多くの問題を引き起こしてきた(文献1)。望ましいかどうかとは関係なく、実際に院内事故調査委員会の目的になったものとして、以下の9項目がある。
1) 医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析
2) 再発防止
3) 紛争対応
4) 過失の認定
5) 院内処分
以下、隠れた目的
6) 社会からの攻撃をかわすため
7) 保険会社から賠償保険金を得ることを確実にするため
8) 開設者から賠償金を支払うため
9) 訴訟を有利に運ぶため(病院側、患者側の双方に発生する)
院内事故調査委員会が担うべき役割は、語義からも 1)である。再発防止は総合的な安全対策の中で位置づけられるものであり、この意味で、別の委員会で扱う方が望ましい。
3)以下の目的を過度に重視すると、1)の目的を損ねる。
【東京女子医大に望まれる自律的検証】
病院の都合で死亡原因を捻じ曲げるとすれば、死者への冒?である。遺族の感情を徒に動揺させることになる。社会への対応のために、科学的根拠なしに刑事責任まで押し付けられるとなれば、東京女子医大で医師は安心して働けない。
東京女子医大は、佐藤医師を告発することになった調査委員会を総括して、「当該医療機関及びその医療従事者の医療事故や有害事象についての科学的認識をめぐる自律性の確立と機能の向上」(筆者と井上の提唱する院内事故調査委員会の理念)(文献1)のための調査委員会に転換させる必要がある。
2002年8月、東京女子医大医療安全管理外部評価委員会が、中間報告書を発表した。この委員会は東京女子医大事件に関連して設置された。状況から、大学が用意した資料のみに基づいて評価した可能性がある。
隠蔽が行われた背景について、「医療成果を上げることには熱心であるが、患者中心の医療を行うために重要とされている患者とのコミュニケーションについては必ずしも積極的ではなく、医局員らに対してもこの点を特に重視するような指導をしていたとは思われない」(『ルポ 医療事故』より引用)と記載した。
これが改善したかどうか。最近まで東京女子医大に勤務していた複数の若い医師に事情を聴いたが、はなはだ、心もとない。
医療の質の向上のためには、個々の医師が、医学と自らの良心に基づいて自律的に行動しなければならない。科学的事実を厳密に認識し、その情報を医療従事者と患者で共有しなければならない。
これらについて、東京女子医大院内調査委員会には大きな問題があった。佐藤医師が大学と調査委員長を訴えた裁判でも、東京女子医大は反省の姿勢を示していない。
しかし、外圧で反省を強制しても、自分たちが本気にならない限り、大きな成果は期待しがたい。東京女子医大の今後の医療の質の向上のためには、自律的な検証が不可欠だと確信する。
(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:院内事故調査委員会についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪判決、事故調一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:故X殿死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任のあり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起」が日医の理念.m3.com. 2010年3月24日.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. m3.com. 2010年3月18日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
(文献10) 東京地方裁判所判決:平成19年(ワ)第12413号平成21年2月20日.
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月6日
東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その2)
*この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです
小松秀樹
2010年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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=同タイトルその1 へ=
【人権侵害】
調査委員会の報告書は、非科学的な調査に基づいて秘密裏に作成され、その過程で佐藤医師の意見を聞く機会は設けたものの、最終的に反論を述べる機会を与えることなく、佐藤医師に過失があったと結論付けた。
報告書の内容の重大性から見て、法律家なら誰でも、人権擁護の観点から手続に問題があると認識できたはずである。オブザーバーとして弁護士が参加していたならば、手続上問題があると助言すべきだった。
報告書は遺族に渡され、遺族はメディアに発表した。佐藤医師は遺族に報告書が渡された後、内容を知った。この報告書のために、佐藤医師は諭旨退職(実質上解雇)とされた。心臓外科医としてのキャリアを奪われた。無罪確定までに、逮捕後7年間、刑事被告人としての立場を強いられた。
佐藤医師は、報告書作成・公表の絶対条件として、個別事例の調査を終える前に、当該個別事例に関係する医療関係者から意見を聞く機会を設け、当事者の報告書への不同意・拒否権を担保するとともに、不同意理由を報告書に記載することを挙げている(文献4)。
佐藤医師に対する人権侵害について、弁護士がどのように関わり、どのように判断したのか興味深い。権力を持った医師は、法律についての無知と自分の権力ゆえに、しばしば人権に対する感覚が希薄である。しかし、法律家に無知は許されない。
日本国憲法の基本価値は「個人の尊厳」であり、これが最高法規であることの実質的根拠になっている。刑法はその妥当性の根拠を憲法の授権から得ている。弁護士職務基本規程第一条は「弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努める」とされている。弁護士職務基本規程は弁護士の行動指針と努力目標を示しており、弁護士の懲戒制度の基準でもある。
【顧問弁護士の関与】
東京女子医大事件では、事故の3カ月後に濱野恭一専務理事を長とする濱野委員会が開かれ、対応が協議された。濱野委員会は対応を決めるための最高決定機関として機能した。
東京女子医大は、最終的にこの事件で、2002年7月12日以後5年2カ月間、特定機能病院の承認が取り消された。年間2億ないし3億円の減収になったと想像される。ぎりぎりの経営を強いられている病院にとって無視できない金額であり、社会からの攻撃をかわすことが、経営上、重要課題になっていたと推測される。
この濱野委員会で、東間紘泌尿器科主任教授を委員長とする調査委員会を設置することが決まった。佐藤医師を被告とする刑事裁判の30回公判で、東間氏は濱野委員会に顧問弁護士の児玉安司氏が出席していたと証言した。
前述の民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、児玉弁護士と東京女子医大の事務次長が調査委員会のオブザーバーだったが、実際には、児玉弁護士は調査委員会には出席せず「児玉先生の事務所のミズヌマさんという若い弁護士」が8回の調査委員会すべてに出席したと証言した。
『ミズヌマ弁護士』は児玉弁護士の要請あるいは指示で委員会に出席したものと理解される。児玉弁護士は遺族との示談を担当しており、調査の経緯や報告書について情報を得ていたはずである。
児玉弁護士は、調査委員会の進め方が不適切であると判断すれば、東京女子医大に抗議文を渡して、顧問弁護士を辞任することもできたはずだが、そうしなかった。慎重な弁護士なら、調査委員会に関わる情報に接しないようにするかもしれない。しかし、代理人として遺族に対応していた顧問弁護士としては、実務上、無理だったのではないか。
【児玉論文】
児玉弁護士は東京大学法学部、新潟大学医学部を卒業。弁護士かつ医師である。東京大学大学院医学系研究科客員教授、東京大学法科大学院非常勤講師に就任しているが、これ以外にも多くの大学で教壇に立ってきた。
日本を代表する病院側弁護士として多くの医事紛争に関わってきた。厚労省、日本医師会、日本病院会、各種学会の多数の委員会の委員を歴任している。
厚労省案による医療安全調査委員会に関連する検討会、研究班、事業で、委員に選任され一貫して関与してきた。具体的には、厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等のあり方に関する検討会」、(病院から医療安全調査委員会への、医療安全調査委員会から捜査機関への)「届出等判断の標準化の研究班」、日本内科学会などによる「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が含まれる。
日本医師会の「医療事故における責任問題検討委員会」の答申「医療事故における死亡に対する責任のあり方について」(文献6)の作成にも関与した。この答申は、行政処分に医師が関与する体裁にして、自律処分であるとしている。
しかし、行政処分である限り、行政官が、事務担当として委員の任免を含めて実質的に処分制度を支配することになる(文献7)。処分が多くなれば、実質的に行政が医療行為の当否を判断することになる。医療が行政に支配され、医療の健全な維持発展が阻害される。実際、この答申は行政処分を増やすとして問題にされた(文献8)。
児玉弁護士は、2009年に院内事故調査委員会について短い論文(文献9)を書いている。論文から彼の院内調査委員会についての考え方を探りたい。
論文の冒頭で、院内事故調査委員会について、多様な試みがなされており、現時点で定義や類型化は難しいとする。しかし、事実そのものを明らかにすることの意義について触れることなく、患者・家族への対応、民事の損害賠償への対応、懲戒処分、刑事手続など報告書のもたらす二次的意義が強調されている。
次いで、科学における方法と言語に対し違和感を表明する。例えば、病院で行われている症例検討会について、「患者や社会とのコミュニケーションを目的とするものではないというのであろうか」とあいまいな表現ながら非難を込める。
学会発表で「断定できない」「可能性を否定できない」という言葉が用いられることに対し、社会に伝わりにくいとして異論を唱えている。気象学を例に出し、「『降水確率』という表現は、学問的な厳密さから割り出されるものではなく、世間一般の理解を得るためのコミュニケーションの工夫と思われる」と評価する。
児玉弁護士は医学・医療システムと社会の関係を誤解しているのではないか。症例検討会は、医療の質を高めるための医学・医療システム内部の議論であって、社会とのコミュニケーションを目的とするものでは断じてない。フェルマーの最終定理の証明をめぐる数学者間の論争が、数学者と社会とのコミュニケーションでないのと同様である。
医学論文でも断定できるときには断定する。断定できないときには、断定しない。
統計学的手法で、極めて厳密に論証される。科学的厳密さがなければ、医学のこれまでの進歩はなかった。
「可能性を否定できない」という表現は、症例報告でしばしば使用される。しかし、症例報告は臨床医学の小さな部分にすぎない。事実の収集記載を目的とするものであって、因果関係を証明するものではない。
天気予報における『降水確率』はメディアシステムの言語、あるいは、メディアとの連絡のための言語であって、気象学システム内部の言葉ではない。
児玉弁護士は、これまで医療事故を刑事事件として裁くことに反対を表明してきた。論文の結論部分で、「院内事故調査委員会報告書は、・・・・医療システムの不備の中で無用な個人責任の追及を引き起こさないための配慮が必要とされる」としている。しかし、「院内調査について、専門性とともに新たな社会性と中立性を確立していく必要に迫られている」と続いており、社会性、中立性を追求することが厳密な認識の阻害要因になり得る(文献1)という発想がないことを想像させる。
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:?院内事故調査委員会?についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
(文献6) 日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任のあり方について. 2009年.
(文献7) 小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起」が日医の理念.http://www.m3.com/iryoIshin/article/117552/
(文献8) 井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. http://www.m3.com/iryoIshin/article/117551/
(文献9) 児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009.
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月4日
東京女子医大院内事故調査委員会:医師と弁護士の責任 (その1)
*この文章はm3 comに掲載された記事を加筆修正したものです
小松秀樹
2010年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【外部調査委員会設置要求】
2009年12月5日の毎日新聞朝刊(東京)によると、東京女子医大で2009年4月と6月に心臓の手術を受け、その後死亡した2人の患者の遺族が、4日、病院や厚労省、関係学会などに第三者による調査委員会の設置を申し入れた。この事件のその後の展開は報道されていない。
第三者による調査委員会の設置要求には、第三者ならば客観的な真理に到達できるはずだという考えが前提にある。そもそも、外部調査委員会は、事故報道に対応する形で立ち上げられることが多い。
メディアは、外部調査委員会を、水戸黄門的な「超法規的裁断を行う正しい権威」として、評価する傾向がある。
外部調査委員会の判断は、設置時の状況が委員に影響して、病院や医療従事者に過度に厳しいものになりがちとなる。このため、患者側弁護士はしばしば外部調査委員会の設立を働きかけ、過失判定をめぐる議論の場にしようとする。
これは、弁護士に経済的メリットをもたらす確率を高める方向に一致する。しかし、「超法規的裁断を行う正しい権威」は、民主主義にはなじまない。
第三者による調査委員会の設置要求に応じるかどうかは別にして、一定条件の医療事故について、当該病院は、独自に、何があったのかを科学的に認識する努力をしなければならない。何があったのかを知った上でなければ、医療の改善がなし得ず、医療の改善の責任は一義的に当該病院にあるからである。
ただし、限界があることも承知しておく必要がある。調査そのものが困難なこともあるし、経済的、労力的なコストおよび時間も制約になるからである。
第三者には、専門的知識を強化するため、あるいは透明性を高めるためのオブザーバーとして、必要に応じて参加を求める(文献1)。
院内調査委員会は、裁判所のような公正を保つための権限と制度を持たないので、対立を扱えない。対立を持ち込む可能性のある第三者、例えば、病院側、患者側で活躍している弁護士を委員にすることは適切でない(文献1)。
【東京女子医大事件】
院内事故調査委員会は、これまで過失判定をめぐってしばしば二次的紛争を引き起こしてきた(文献1)。
東京女子医大でも、「冤罪」とも取られかねない不適切な判断をしたことがある(文献2)。
2001年3月、12歳の女児の心臓手術中に、人工心肺装置の脱血不良が生じた。手術中に麻酔科医によって、顔面の浮腫と鼻出血が観察された。
ただし、手術終了後、下半身の浮腫は観察されず、著明な鬱血があれば併発したと思われる肝障害も認められなかった。患者は、鬱血による脳の損傷のために、2日後に死亡した。
この事件では、手術チームのリーダーだった講師が、手術中に問題が発生したことを、診療録の改竄などによって隠そうとした。このため証拠隠滅で有罪になった。
この講師の行為は弁解の余地がない。ただし、過失を個人の罪として糾弾する当時の社会の異様な雰囲気が、隠蔽をもたらした側面がある。
医療安全の領域では、安全対策に処分を絡めると隠蔽を誘発し、結果として安全を損ねるとされている。さらに、刑事処分が適切かどうかは、社会全体のバランスを考慮する必要がある。
例えば、検察官は、しばしば被告に有利な証拠を隠してきた。無実の人たちが犯罪者とされることはまれではないが、証拠隠しをした検察官は、処分を受けてこなかった。
東京女子医大事件で人工心肺装置を操作していた佐藤一樹医師は、業務上過失致死容疑で2002年6月に逮捕、翌7月に起訴された。7年間に及ぶ裁判の結果、2009年3月に東京高裁で無罪判決が出た。検察が上告を断念し無罪が確定した。
出河雅彦氏の『ルポ 医療事故』(朝日新聞出版)には告別式の後、死亡した女児の両親に届いた匿名の手紙の文面が紹介されている。
「真実を報告します。」
「明らかに手術による問題は無く、人工心肺による脳へのダメージによるものが死因なのです。」
「医療ミスの主犯は人工心肺を操作していた、佐藤一樹という医師」
東京女子医大の理事長宛にも同様の手紙が届いていた。東京女子医大は、院内事故調査委員会を秘密裏に立ち上げた。委員は3名で、いずれも東京女子医大の医師。東間紘泌尿器科主任教授、尾崎眞麻酔科主任教授、東京女子医大附属青山病院の院長で循環器内科の楠元雅子教授である(文献3)。
心臓外科の専門家がいない中で、委員会は、佐藤医師の人工心肺の操作に過誤があったとした。
【事故原因についての三つの説】
理解のために、この手術で用いられた陰圧吸引補助脱血体外循環について説明する。
開心術では心臓を止めるので、人工心肺を用いて全身に酸素を運ぶ必要がある。血液の流れを説明すると、まず上大静脈と下大静脈にカニューレを挿入し、ここから静脈血をチューブで貯血槽に誘導する。
術野の出血も吸引ポンプ(術野吸引ポンプ)で吸引し、貯血槽に誘導する。貯血槽の血液を送血ポンプで人工肺に送って酸素化した上で、大動脈に送血する。
貯血槽に血液がスムースに誘導されるようにするために、貯血槽を陰圧にする。陰圧にするために、貯血槽に別のチューブを取り付けて、手術室の壁に備えられている吸引(壁吸引)に接続する。
東京女子医大では、血液が壁吸引に侵入しないようにするため、チューブにガスフィルターが装着されていた。事故現場では、ガスフィルターが水滴で目詰まりしていたことが観察されていた。
事故の原因について3つの説が主張された。
<女子医大説>
まず、東京女子医大の調査委員会の説(女子医大説)(文献3)。
術野吸引ポンプの回転数を上げ続けると、貯血槽が陽圧になり、脱血不良が生じる。これが基本であり、壁吸引チューブのフィルターが水滴で目詰まりしたことは、貯血槽を陽圧にする促進要因であるとした。実質的に、事故は佐藤医師の過失によるものだとした。
女子医大説については、警察も早くから、間違いだと気付いていたという(文献4)。貯血槽を陰圧にするための壁吸引の能力より、術野吸引ポンプの能力が小さく設定されており、術野吸引だけでは貯血槽を陽圧にすることは考えられないからである。
陽圧が原因ならば、下半身からの脱血も不良になり、送血できなくなる。大量の輸血をしない限り、送血不能になって著明な浮腫が生じるような鬱血にはなりそうにない。
女子医大説は第一審で当初検察が採用したが、検察も無理があると気付き、裁判の途中でこれを放棄し、訴因を変更した。
専門家は女子医大説をどう見ていたのか。出河氏の『ルポ 医療事故』には、後述する3学会合同委員会の許俊鋭委員の意見が引用されている。
「高回転で常時吸引ポンプを回すことはないが、ポンプの安全性からみて問題があるとは思えない。操作担当者のミスとするためのこじつけではないか。体外循環に関連した医療事故の調査には極めて専門的な知識が必要なのに、心臓外科医が一人も入らなかったのは常識では考えられない。」
<合同委員会説>
二番目は、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本人工臓器学会による3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会の説である(合同委員会説)(文献5)。
この委員会は、事件をきっかけにはしているが、他の病院でも同様の事故が起きるといけないとして、陰圧吸引補助脱血体外循環の安全性の検討を目的に設置された。
模擬回路を用いた詳細な実験で、吸引ポンプの回転数を上げることだけで貯血槽は陽圧にならないこと、水滴が付着してガスフィルターが目詰まりすることがあり、そうなれば、術野吸引ポンプの作動で貯血槽が陽圧になることを証明した。
ただし、脱血のためのカニューレが正しい位置に挿入されていることを前提とした上での、陰圧吸引補助脱血法の安全性についての検討である。また、合同委員会のアンケート調査では、当時、陰圧吸引補助脱血法を実施していた施設の35%で同様のフィルターを装着していることが明らかになった。ただし、合同委員会説も、女子医大説と同様、脳の致命的鬱血は説明がつかない。
<佐藤医師説>
三番目の説は佐藤医師が当初より主張していた説である。
すなわち、傷を小さくする手術法が採用されていたため、カニューレ先端の位置が確認できず、先端が不適切な位置に置かれて上半身からの脱血が不十分になった。下半身からの脱血は行われていたので、その分、上半身に血液が押し込まれ、致命的な鬱血が生じたとする説である。
控訴審判決は、佐藤説を採用した。
【知的誠実性】
女子医大説を取れば、佐藤医師の過失で患者が死亡したことになる。
佐藤医師を有責とするためには、少なくともカニュレーションに過失があった可能性がないこと、術野吸引ポンプを高回転で回し続けることだけで貯血槽が陽圧になること、貯血槽が陽圧になることによって顔面に浮腫が生じ脳に致命的鬱血が発生すること、術野吸引ポンプを高回転で回し続けることが危険であると一般的に認識されていたこと、事故当時の佐藤医師の操作条件が実施してはいけない危険なものであると一般的に認識されていたことの5点を証明する必要がある。
報告書では、カニュレーションに過失があった可能性を否定するための検討が不十分だった。カニュレーションを実施した医師、すなわち問題があれば責任を問われる立場の医師の証言だけを根拠にした。
実験で貯血槽の圧を測定していなかった。顔面の浮腫と脳に致命的鬱血が生じたことについて、合理的な説明がなかった。専門家の意見を聞かなかった。術野吸引ポンプを高回転で回し続けることの危険性が、一般的に認識されていたのかどうか検証しなかった。
東京女子医大の実験は周到に考えられた計画に基づくものではなかった。科学的方法では、仮説を立て、その証明のために適切な方法を設定する。方法は再現性を求められる。結果の解釈は極めて厳格に行われ、仮説が真であるか、あるいは偽であるかが論証される。
報告書には、目的、方法、結果の客観的な記述が一切なかった。合同委員会は東京女子医大に実験結果を知らせてほしいと依頼したが、データは残っていないとの返答だった。非常に考えにくいことだが、3名の委員全員が、大学教授として当然求められる科学的能力と経験を有していなかったのかもしれない。能力があったにもかかわらずこのような報告書を書いたとすれば、知的誠実性の欠如を意味するものであり、「冤罪」だと言われても仕方がない。
佐藤医師が損害賠償を求めて東京女子医大と東間紘調査委員長を訴えた民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、検討が不十分だったことの言質を与えようとしなかったが、実験の手順書の作成などを「きちんとやればよかったと今非常に後悔している」と述べ、科学的な実験ではなかったことを認めた。
最終的には、時間がなかったと弁明し、検討が尽くされなかったことを実質的に認めた。急いだのは、科学的な事実の解明より、遺族と社会への対応が優先されたためではないか。さらに、検討を尽くさずに結論を出したということは、予断があったためではないか。
証言の最後に、東間氏が、佐藤医師が専門医としてキャリアを失ったことについて謝罪したことは、当事者の納得による紛争の解決につながると思われた。 (続く)
(引用文献)
(文献1) 小松秀樹, 井上清成:院内事故調査委員会についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
(文献2) 橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪判決、事故調一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日. http://www.m3.com/iryoIshin/article/94460/
(文献3) 死亡原因調査委員会:死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日.
(文献4) 佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.
(文献5) 日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003.
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年5月2日
日本医師会会長選挙を振り返る (後半)
日本医師会会長選挙を振り返る
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステ 上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。
2010年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 (Vol. 139)
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下記は(「日本医師会会長選挙を振り返る」 前半)の続きになります。
【代議員制】
原中氏率いる茨城県医師会の実力は誰しもが認めるところです。ところが、日医会長選挙は原中氏の思惑通りには進まなかったようです。その理由は、日医会長選が代議員制で行われたためです。
日医は、郡市医師会・県医師会・日本医師会の三層構造から成り立ち、代議員の選出は都道府県医師会に委託されます。このため、日医代議員は医師会業務に長年貢献した高齢者が選ばれることが多く、代議員の合意が医師会の総意を反映しないことがあります。その典型例は、医療事故調論争や、昨年の総選挙での自民党支持です。
【代議員たちの思惑】
今回の会長選挙での代議員の関心は、1)政権との関係修復、2)自派閥の権力維持にあったと思われます。
まず、最大の目的である「政権との関係修復」を実現するには、原中氏を会長にするしか選択肢はありませんでした。もし、原中氏が敗れれば、小沢幹事長たちが、どのような報復に出るかわからないからです。確かに、会長選挙は熾烈を極めたようですが、最終的には原中氏が勝利したのは、予定調和的な側面があったように感じます。
問題は「既存グループ間の利害調整」です。これには様々な思惑が交叉しました。例えば、森陣営の多くは唐澤体制での執行部を務め、本来、両者は近い関係です。唐澤・森陣営こそが日医の主流派で、原中陣営は非主流派というほうが妥当かも知れません。このように考えれば、今回の選挙で、森氏が出馬し、唐澤氏を支持しなかったことは、主流派内での世代闘争という見方も可能です。これ以外にも、数々の代議員同士の人間関係が漏れ伝わります。
【キャビネット制の廃止】
今回の選挙の特徴は、「キャビネット制の廃止」です。キャビネット制とは会長に選出された人物が、全ての理事を決めることです。選挙への貢献度に合わせて理事ポストを配分することが出来るため、会長は絶大な権力を持ちます。
ところが、今回、このルールが撤廃され、3人の副会長、10人の常任理事も代議員による選挙で選ばれることになりました。この場合、死票は減り、権力は分散することが予想されます。会長選挙直前に、制度変更に合意するあたり、日医はしぶといです。
結果は予想通りでした。会長選こそ原中陣営が勝ったものの、副会長選挙は唐澤・森連合が候補を一本化し、二人の副会長を当選させました。残りの一つは古き日医の象徴とも言える羽生田氏が滑り込みます。
また、常任理事についても、原中陣営が独自に推薦した候補5人のうち、当選したのは2人だけでした。3人は森・唐澤陣営推薦。残りの5人中、4人は原中陣営と森・唐澤陣営が相乗りです。なかなか、わかりにくい構図です。
【国民不在の数合わせ】
選挙を通じて、全ての陣営の顔を立てたのですから、日医の調整能力は見事と言うしかありません。
しかしながら、代議員たちの振る舞いは、国民にはどのように映るでしょうか。代議員の数合わせを通じたポストの分捕り合いからは、国民が悩む医師不足や救急車たらい回しなどの問題を解決しようとする熱意は感じられません。副会長や常任理事の中に、このような問題に真剣に取り組んでいる人がいないからです。
また、原中氏は、当選後すぐに小沢幹事長との親密さを強調し、4月2日には原中氏が小沢幹事長と面談したことが報道されました。この光景は、多くの代議員たちに希望を与えたでしょう。「これで与党に戻ることができた」と。
ところが、小沢氏の関心は、医療ではなく選挙にあることは明らかです。来る参議院選挙で、日医が民主党を応援すれば、小沢氏は診療報酬を増やしてくれるでしょう。果たして、これで良いのでしょうか。これでは、国民がノーを突きつけた自公時代と何ら変わりません。
【日医は医療政策に関心があるのか】
そもそも、日医は医療政策に関心があるのだろうかと疑わしくなるいことがあります。野党時代から、民主党の医療政策をリードしてきたのは、仙谷由人・足立信也・鈴木寛氏らです。総選挙のマニフェストも、彼らが中心となって作り、政権交代後は診療報酬増額、救急・産科・外科の重点化、医師養成数増員、高額医療費の患者負担見直しなど、マニフェストを着実に実現してきました。マニフェスト評価の老舗 言論NPOが発表した「鳩山政権の100日評価」では、全分野の中で医療がもっとも高く評価されています。
ところが、一部の日医代議員は仙谷由人・足立信也・鈴木寛氏たちを「病院族」と批判し、原中氏は足立政務官の更迭を要求しています。日医は、依然として開業医の利益だけを追求しているように見えます。
皮肉なことに、民主党の「病院族」が信頼する内田健夫氏は、森・唐澤陣営が推薦する副会長候補で唯一の落選となりました。彼は、唐澤体制で常任理事を務め、バランスのとれた対応が勤務医からも信頼されていました。日医が小沢氏とのパイプを重視し、実際に医療に関心がある議員には配慮していなかったことがわかります。
【情報公開・代議員制の廃止を】
日医の置かれた状況は深刻です。そもそも、日医の使命は、現場で働く医師を支援し、国民に良質な医療を提供することです。ところが、今回の選挙を通じて、代議員と一般会員の意識が乖離しているのは明らかでした。これでは何のための業界団体かわかりません。
私は、原中氏の日医改革の第一歩は、代議員制の廃止と考えます。情報通信が発展した現在、重要課題は会員の直接投票で決めるべきです。しかしながら、代議員は権力の象徴。果たして、原中氏は代議員という権力に切り込めるでしょうか?興味をもってフォローしたいと考えています。
2010年4月21日
日本医師会会長選挙を振り返る (前半)
日本医師会会長選挙を振り返る
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステ 上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。
2010年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 (Vol. 139)
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【日本医師会長】
4月1日、日本医師会会長選挙が行われ、茨城県医師会長の原中勝征氏が、第18代会長に選出されました。森洋一氏 (京都府医師会長)、唐澤祥人氏(前日医会長)を僅差で破っての当選でした。
多くのメディアは、このことをトップで扱いました。確かに、日医は自公政権を支えた代表的な業界団体で、政権交代後の対応に多くの国民が関心を持っていました。また、自公政権を支持してきた唐澤氏、政治とは距離を置くと言いながらも、前原大臣などの京都出身の有力議員と親しい森氏、さらに昨年の総選挙での民主党大勝利に貢献した原中氏の争いは、与野党の代理戦争の様相を呈していました。マスメディアが関心を持つのも当然です。今回は、日医会長選について解説したいと思います。
【原中会長の経歴】
まず、原中新会長の経歴から説明しましょう。今回の医師会長選挙は、彼のキャラクター抜きでは語れません。
原中氏は1966年に日大医学部を卒業した内科医です。卒業後は東大医科研の内科に勤務し、臨床・研究に従事します。この間、TNF-αの研究で世界的な業績を挙げ、米国科学アカデミー紀要(PNAS)などの一流誌に多くの論文を発表しました。このような活動が評価され、1990年には東大医科研内科助教授に昇格します。当時、東大卒以外が助教授に就任するのは極めて異例でした。しかしながら、助教授就任後、直腸癌を患い、1991年に茨城県の医療法人杏仁会大圃病院理事長・院長に転職します。詳細は分かりませんが、東大内部での学閥争いも関係したという噂です。
その後、原中氏は茨城県の地域医療に専念します。1998年に茨城県医師会理事、2004年には茨城県医師会会長に就任します。茨城県と言えば自民党王国。古くは梶山静六氏から丹羽雄哉氏、額賀福志郎氏などの大物議員を輩出しています。そして、長年にわたり自民党茨城県幹事長を務めた山口武平氏がいました。余談ですが、山口氏の先輩には小幡(菱沼)五朗氏がいます。血盟団事件で団琢磨を銃殺し、服役。その後、右翼活動を離れ、茨城県議会長になった人物です。1990年に亡くなるまで茨城県政の重鎮として活躍しました。原中氏は、このような武闘派に囲まれた環境で実力をつけていきます。
彼に転機が訪れたのは、2007年の参議院選挙です。当時、日医の理事であった原中氏は、日医推薦の武見敬三候補ではなく、郵政選挙で落選していた国民新党の自見庄三郎候補を応援し、当選させます。一方、武見候補は落選し、日医の凋落ぶりを印象づけました。この頃から、原中氏と民主党の付きあいが始まったと言われています。
さらに、2008年4月、後期高齢者医療制度が施行されると、茨城県医師会は「高齢者切り捨て」と反対の論陣を張ります。地元で署名活動を展開し、原中氏は民主党の参考人として国会に登場しました。日医幹部が野党の参考人になるなど、前代未聞です。また、後期高齢者医療制度を推進したのは、地元選出の厚労族の大物 丹羽雄哉氏ですから、自民党王国に正面から喧嘩を売ったことになります。
その後の展開は、皆さんご存じの通りです。2008年9月には茨城県医師連盟(医師会の政治組織)が民主党支持を表明。2009年6月には、茨城県医師連盟会員ら1266人が自民党を集団離党しました。このような動きは広く報道され、総選挙での民主党の地滑り的勝利に貢献しました。茨城県では7選挙区中、5選挙区で民主党が勝利し、原中氏と対峙した丹羽氏は落選し、総選挙の責任をとり山口氏は引退しました。
総選挙後、原中氏は管国家戦略担当大臣(当時)から国家戦略局入りを打診されたそうですが、断ります。そして、日本医師会会長選挙に立候補することを表明しました。
【地域住民へ訴えた原中戦略】
私は、原中氏が総選挙で果たした役割を高く評価しています。茨城県医師会は後期高齢者医療制度に反対して以来、街頭に出て、住民に医療問題を訴え続けてきました。原中氏たちの懸命な訴えが、茨城県民の投票行動に結びついた可能性は高いでしょう。
このような戦略は、従来の日医とは反対です。日医は選挙のたびに、会員・家族の票をまとめて、与党候補を応援してきました。そして、選挙が終わると、与党と交渉し、自らの要求を実現してきました。住民や患者に対する配慮が希薄で、政治力に頼る姿勢が国民の反感を買ってきました。
また、「武闘派」が揃う茨城県で自民党に反旗を翻すのは、強い覚悟が必要だったでしょう。なかなか出来ることではありません。一致団結して闘い抜いた茨城県医師会の胆力・行動力に敬意を表します。
(ここまで前半 続きは後半へ)
2010年4月20日
歯科と厚労省の本当の姿・・・国民の皆さん、歯科医療は、イイカゲンでいいですか?
歯科と厚労省の本当の姿・・・国民の皆さん、歯科医療は、イイカゲンでいいですか?
歯科医 津曲雅美
2010年1月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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昨今、歯科医のワーキングプア化が、面白おかしく報道されています。そして、それと同時に、実は歯科の点数(診療報酬)は低点数で、歯科医療保険制度は矛盾だらけである、という記事が必ずセットで報道されています。
皆さん、ここがおかしいと思いませんか?昔、または少し前までは、歯科医というのは金持の代表たる職種の一つでした。儲かっていたということは、点数は高かったのではないのか、何で制度は矛盾だらけなのだ、歯科医のワーキングプア化は数が増えすぎたことだけが問題ではないのか、と思いませんか?ここが、報道機関が報道し切れていないところであり、ここに取材を受けた歯科の団体や歯科医の毀誉褒貶があります。
まず、歯科の診療報酬が物理的に診療行為として実行不能な低点数だということを、皆さまになんとかわかっていただきたいと思います。例えば、虫歯のムシがくった、罹患した部分をエンジンや、手でスプーンを使って取り除く行為は根気のいる仕事で 30分から1 時間もかかることもありますが、これが16 点(1点10 円ですから160 円、以下同様)です。また、根の治療が140 円で、これも時間がかかる根気のいる仕事です。入れ歯の型取り、これは場合よっては 2日2回に分けて、 2時間くらいかかることもありますが、これが 2250円です。総入れ歯を入れた時は22800 円ですが、技工代、材料代などを払えば私の場合は 1 万円ほどしか手元に残りません。あれだけやったのにです。歯磨き指導は、患者さんが来院するたびに、 1時間くらい時間をかけてやっても、一月に 1000円ほどの点数です。
また、話をわかりやすくするために、内容を簡略化しますが、同じ前歯の抜歯でも医師がやれば 4578円、歯科医がやれば1500 円です。同じく親知らずの埋もれている歯を抜歯すれば、同じく 54830円と11500 円です。抜歯と言えども、外科手術です。神経も使いますし、事故の危険性もあります。こんな点数で勘弁して下さいというのが正直な気持ちです。また、歯周病(歯槽膿漏)の手術では、先進医療(混合診療)の時は 58000円ほどだったのが、保険に導入されたら 9000円になり、材料代が15000 円~31500 円かかり、実際には施術できません。九州大学の水田副学長によると、歯科の 1カ月の売り上げは外科の1 日分だそうです。
日歯医学会編纂の『歯科診療行為(外来)のタイムスタデイ調査 2004 年版』で、各診療行為に要する時間が精査されています。各診療行為にかかる時間を複数のモニターを使って精査しています。現在、歯科保険医療機関が一か月当たりに上げる平均保険点数は約 30万点(300 万円)ですが、これを1 時間あたりに換算すると、一日9 時間働くとしても1400点( 14000円)/ 時間です。各診療行為の点数を1 時間当たりに換算して、この14000 円と比較します。抜歯、サシ歯、義歯など高い診療行為で 700点/ 時間で平均の半分、義歯の調整、根の治療など低い診療行為で 70点/ 時間つまり平均の5%、歯科の診療行為中、『平均の1400点 /時間を上回るものがない』のです。
これは明らかに矛盾しており、日歯学会は日歯の内部組織ですから『日歯自身が多くの歯科医が手抜きで食っている』といっているのです。このタイムスタデイどおりに診療したら、月に 30万点どころか10 万点ほどしか上がらないと思います。これは私個人が言っているのではなく、日歯自身が言っているのですから、我々は十分なる証拠だと考えます。点数が低いぶん、パッパッと手早く、手抜きでやっているのです。日歯がそう言っているのです。
そのようなわけで手抜き(不正)しているから、厚労技官が怖い、保険の個別指導が怖い。歯科医の厚労技官への恐怖心は半端ではありません。引退し閉院し、子供が跡を継がない、保険指導が怖くない歯科医しかモノが言えないと言っても、決して言いすぎではありません。怖いから国民や厚労省や技官にモノが言えない、点数を上げてくれ と言えないのです。だから営々と低点数でやってきたのです。それを言えば自分にハネ返ってくると考える歯科医もいるし、同業者を敵に回し四面楚歌になりますから。
それから、厚生労働省について。歯科をこのような低点数でやらせて、医療費を抑制しようというのが厚労省の方針なのです。それには歯科には一時、自費(中でも特に保険外との差額)を認め、その代り保険点数(歯科医療費)を低くする、費用(患者さんが払う金)が高いから国民から不満が起こる(昭和50年頃の歯の110番)のを見越して、そこで「通達(法ではない)」で差額の徴収を禁止する、残ったのは低点数だけ、という状態にする。歯科医は手抜きしないと儲からない、生活できないから手抜きする、歯科医が点数を上げてくれといえば「不正、手抜きしてるじゃないか」と来る。歯科医はやましいから、厚労省にも国民にもこれ以上、あるいは低点数を「明確に」国民や厚労省に主張できない・・・という筋書きです。
人間は良きにつけ悪しきにつけ、こうするべき、あるいは、あるべきだが、毎日の生活を変えにくい、惰性に流れるという救い難い一面があります。そのような状況で、手抜き、不正に徐々に染まっていく、そこを厚労省が突く、歯科医はビビる、サドに狂った技官が面白おかしく、そこを突く、医師、歯科医師に自殺者が出る、女性歯科医を誘う技官までいる、操を捧げる女性歯科医まで出る、怖くて尚更モノが言えない、手抜きを糊塗して生き抜く・・・という構図です。かなり昔の話ですが、全国保険医団体連合会の機関誌に、兵庫県の歯科技官が個別指導の場で、「三木で暮らせんようにしたる」と被指導歯科医を恫喝したとの記事が載っていました。本当のことなのです。私の五年ほど後輩が技官になりましたが、彼は物腰の低い大人しい男でしたが、技官になったら私に「アンタ」と言いましたね。善良な者でも、こういう世界にいると、染まってしまうのです。殺伐たる医療界です。厚労省は汚いです。
医科のことは詳しくは知りませんが、救急医療の心臓マッサージは時間当たり2900円の医療費だと聞きます。これでは医師や看護師などの人件費も何もでないでしょう。救急医療から撤退するはずです。医科にも歯科と同じく、厚労省の低点数の影が忍び寄っているのだと思います。それと接骨と介護、これは不正しないと食えない、不正が蔓延している、全くひどいものだと聞いています。ただ複数の関係者から聞いただけで、見たわけではないので、これ以上は控えます。
マジメにやったら食えない低報酬で働かす、あるいはできもしないハードルを課して、不正の温床を作り、弱みを握って報酬アップなどを抑える、これは行政の定法ではないのかと思うようになりました。これでは奴隷国家です。マジメに真っ当にやって食えない、そしてその改善を正面から主張できない、これで社会が良くなるはずがないのです。
歯科の低点数を放置して、結局は国民の皆さんに迷惑をかけたことについて、私たち歯科医師に責任があります。よくこの話を先輩と話しますと、戦時中の「闇米」の話をされます。闇米は違法だが、違法行為をしなければ生きていけない状況がまずある、多くの者がやっているという事実もある。それでは現実的に歯科医はどうやって生きていけばいいのだ、ということになる・・・という論法です。戦時中は生きるか死ぬかの問題でしたが、歯科医を辞めればいい、他にも生きていく道はあるから状況は違います。あくまでも言い訳だと思います。
表現が稚拙でドギツく、分かりにくいとは思いますが、歯科医として35年生きてきた、そしてこんなにも時間をかけて、やっとその仕組みが明確にわかった、それがつたない自分の人生、真実、事実です。我々歯科医、そして厚労省、日歯・・・三者の責任なのです。厚労省に歯科医療費を安く上げるという狙いがあるのは、明白です。
それから、国民の皆さんにお伺いしたいと思います。我々も生活者です。カスミを食べて生きてはいけません。私個人は、もう保険請求のことなどに神経を使い、ビビる人生は御免です。歯科医療は細かい手仕事が多く、手抜きで数をこなすことなどできません。医療国営化にしてもらって、診療だけに全神経を使いたい。医療国営化になれば多くの医師、歯科医師たちは開業時よりも所得は大幅に減るでしょうが、私は診療だけをさせてくれるから国営化にしてほしいと思います。国営化にしてくれませんか?
それとも歯科医療は、ちゃんとやってもらわなくてもいい、そこそこでいいですか?国家財政難ですから。ただそれなら、低点数はそのままなんだから、保険医取り消しなどの処分は、架空請求、二重請求、振替請求、付け増し請求など故意の重大な不正のみにしてください。物理的にできないことをやらされて、監督、処分だけは異常に過酷、居直るわけではありませんが、そりゃないですよ。
もう一つの方法は、今くらいに歯科医を過剰にする。そして「混合診療」にすることです。混合診療とは、保険外と保険を同時に行えるようにすることです。わかりにくいでしょうが、厚労省は見て見ぬふりをしている部分もありますが、禁じられています。現にガンの患者さんなどが裁判で争っています。どうせ国は歯科にお金を出す気がないのだから、点数はほとんど上がらないと思います。だからある程度歯科医師数を過剰にして、過剰になった歯科医の中で、腕に自信がある者は混合診療をする、腕に自信がない歯科医は保険だけでやればいいのです。自由競争、自然淘汰です。入れ歯、さし歯などに保険が効くのは、世界で日本だけです。どこの国も歯科まで金が回らないのです。医科で精一杯、歯科は小さいむし歯などしか保険が効かないのです。理解を得にくいとは思いますが、世界的にみて日本は恵まれています。ただし、その点数が低いから、医療者に無理がいき、手抜きになり、結局は巡り巡って、国民の皆さんに健康上ご迷惑がかかることになるのです。
医療を含む社会保障に関しては、最終的には国民が被害を受けます。私たちの願いは、真っ当にやって生活できるようにして欲しいことと、診療だけに全神経を使って打ち込めるようにして欲しいこと、この二つに尽きます。
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2010年4月7日
カルテ開示で医療機関は悲鳴を上げる
「無料から1万円まで、カルテ開示料金の不思議」
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科 多田 智裕
2010年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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1月10日、医療機関でのカルテ開示手数料に関する記事が読売新聞に掲載されました。
記事の要旨は、「診療記録(カルテ)の開示は医療機関の義務であるが、その際に患者から徴収する手数料は、施設によって無料から1万円までの差がある」「高額な手数料は患者の知る権利を妨げるとの指摘もある」ということでした。
細かい部分にこだわるようですが、このカルテ開示手数料に、今の医療が抱えている問題が潜んでいると思うのです。
【カルテの開示は手間ひまがかかるもの】
診療記録(カルテ)の開示は医療機関の義務だとはいえ、診療報酬点数にカルテ開示手数料は記載されていません。日本では混合診療(健康保険で決められた範囲以外の診療を自費で支払って治療を受けること)が認められていないのに、なぜカルテ開示に料金が発生するのか不思議に思う方もいるでしょう。
でも、厚生労働省はカルテ開示手数料について、「各施設で費用が徴収できる」という指針を出しているのです。というわけで、各施設は手数料無料でコピー代実費のみのところもあれば、利益を考慮して1万円を徴収していたりと、ばらつきがあるのです。
電子カルテ化が完了している施設であれば、端末から診療記録および必要な部分を選んでプリントするだけでカルテ開示は可能です。おそらく、それほど手間ひまはかからないでしょう。
とはいえ、電子カルテのコンピューターシステムを作るのは、病院であれば一病床あたり100万円と言われています。100~200床程度の中規模病院だと、1億円を軽く超えてしまうのです。それに加えて、維持保守料金として年間数百万を超える金額が発生しています。
8割を超える電子カルテ未導入の病院ではどうでしょう。手作業でカルテを1ページずつコピーして、それだけではなく、膨大な検査結果や看護記録、温度板(体温や血圧などの記録用紙)などの付随する資料も集めてコピーするため、結構な手間ひまがかかるのです。
【医療費を考える際に欠けているサステナビリティーの視点】
会計をテーマにしたベストセラーのビジネス書
『食い逃げされてもバイトは雇うな』 http://www.amazon.co.jp/dp/4334034004/
にあるように、「年間に数人だけ」とか滅多に利用客がいないサービスであれば、わざわざ値段を決めて料金を徴収する手間ひまを考えると「無料にする方が合理的」という考え方もあります。
でも、カルテ開示は、必要な時に、広く誰でも利用できるようにしなければなりません。コピーする人たちの人件費などを考えると、適正な料金が支払われないとやっていけないのは明らかでしょう。
環境活動や経営の哲学、考え方として「サステナビリティー(sustainability)」という言葉があります。「持続発展可能性」とも言われますが、医療費を考える際には、なぜかこの概念が全く考慮されていない気がしてならないのです。
利用者にとってみれば、「無料」が一番いいのは間違いありません。私も医者である以上、義務であるカルテ開示の手数料を患者に負担してもらうのは心苦しい、という気持ちはよく分かります。
とはいっても、カルテ開示が世の中に広まり、なおかつ医療機関がしっかりと存続していくためには、料金負担は避けられないことだと思うのです。保険点数として支払われていない以上、無料にするのは間違いなのです。
【手数料を1万円に設定しなければならない理由】
カルテ開示作業において、医療事務などの人件費を考慮して赤字を出さないためには、手数料3000~5000円程度は必要でしょう。実際に料金を徴収している病院も、この金額にしているところが多いようです。
ただし、カルテ開示が請求される状況は様々です。単純にカルテ数十枚をコピーして終わりというものばかりではありません。入退院が10回以上に及んだり、治療が数年間にわたっている場合もあります。
手数料を1万円に設定している病院は、このような何百枚という単位で資料作成が必要な場合を想定していると思います。
場合によっては、「もらい過ぎ」となることもあるでしょう(そうなることの方が多いかもしれません)。
しかし、日本においては、医療機関の医療費の値段は厳密に点数で決まっています。勝手な値上げは許されていません。この医療費本体の値段が世界的に見て極めて低い水準にあること、その上、民主党政権に変わるまで削減され続けてきたことは既に何度も述べました。
さらに言うと、薬価差益(仕入れと売値の差額)も認められていません。医療機関は自己努力で収益を上げる機会がほとんどないのです。
ですから、値段設定に縛りがない部分は、何があっても少しは利幅の出る金額に設定しておく、ということになります。赤字の補填を自治体などに頼らずに、経営を真剣に考えている機関であれば、それは「当然の選択」という側面もあるのです。
【医療費を巡る「昔あってこれからも起こる話」】
日本では通常は国民皆保険のもと、誰でも千円札数枚で気軽に医療機関で診療を受けることができます。それを考えると、全額自己負担のカルテ開示手数料は「高い」と思われてしまうのも当然かもしれません。
その原因はどこにあるのでしょうか。
厚生労働省は、カルテ開示を義務とする通達だけ出しておきながら、その手数料を保険点数に記載していません。それには、診療報酬の財源がないという切実な理由があるのでしょう。
一方、医療機関は、無料でカルテ開示を行なったら、そのコストを吸収する余裕がないということです。
ここで私は誰が悪いと言いたいわけではありません。解決方法は決して一通りではないので、いろいろな議論が尽くされることを期待します。
いずれにしても、カルテ開示手数料をよく考えてみると、医療業界の不思議な構造が浮かび上がってきます。マネー・ヘッタ・チャンの『ヘッテルとフエーテル 本当に残酷なマネー版グリム童話』という童話仕立てのビジネス書 http://www.amazon.co.jp/dp/4766784588/
があります。この本に出てくるフレーズではありませんが、医療費を巡る「昔あってこれからも起こる話」の典型なような気が私にはしてならないのでした。
2010年4月1日
日医は医系技官が医師を裁くことを容認するのか?
厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申
弁護士 井上清成
本稿はm3.comで配信されたものです。
2010年3月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【日本医師会 医療事故における責任問題検討委員会答申】
3 月10 日、日本医師会の「医療事故における責任問題検討委員会」による「医療事故による死亡に対する責任のあり方について」と題する答申が公表された。この答申は2009年1月になされた日本医師会会長の諮問に答えたものである。
本委員会は、18人の委員で構成され、うち9人は法律家(大学教授や弁護士)で、1人はマスコミ関係者であった。医療事故死が起きた後の法的責任を整理しようとする試みである。そして、法的責任のうち、特に着目されたのが「行政処分」であった。
【新しい行政処分勧告システムの導入を答申】
答申とその添付資料では、現行の行政処分制度に関し、詳しい検討がなされている。特に、刑事判決依存型の行政処分を問題視していた。「刑事責任の後を追って行政処分を行うシステムを改める必要がある」というのである。
検討の中では、「刑事判決依存型の行政処分の運用は、犯罪にはならなくても不法行為になるような医療事故や医師としての品位を損する行為は行政処分の対象外とされることになり、本来、行政処分がなされてしかるべき事案において行政処分が行われないという問題を生じさせているといえよう」「現在の運用は、行政処分が行われる場合においても、実際に事故が生じてから処分まで長期間にわたることが多くなり、行政処分の持つ相手方への制裁としての感銘力を低下させることになる」とまで言及されていた。
そのような検討の上で、「刑事あるいは行政処分に関しては、医療の専門家によって処分の勧告ができる第三者機関を設置することが必要である」としている。その上で、「現在、行政処分は医道審議会の勧告を得て厚生労働大臣が処分を行うことになっているが、医療事故については、医道審議会に対し、医療専門家の立場から助言を与える、いわば『医師による医師の再生のための行政処分の調査勧告システム』を構築する必要がある」と結論づけた。
【行政処分者数の激増を招来】
厚生労働省は2月24日、医道審議会の答申を踏まえ、医師28人に対する行政処分を行い、ちょうど3月10日に、それら行政処分が発効している。28人中、免許取消が2人、医業停止が23人、戒告が3人であった。ところが、医療ミスが処分理由とされたのは、ただ1人だけである。もちろん、それも刑事判決依存型であり、医療事故死による業務上過失致死罪に問われた医師であった(刑事処分は50万円の罰金、行政処分は医業停止3カ月)。
日医委員会の答申は、このような現行の運用を改め、もっと行政処分者を増加させようとするものである。それも、医道審議会に対し、医療の専門家が勧告することによって、行政処分を受けるに値する医師を発掘しようと言うのであろう。そのような新しい行政処分勧告システムを導入すれば、確かに、行政処分者の人数が激増するのは間違いない。「勧告システム」と称しているが、「通報システム」と言ってもよいであろう。
【日本医師会の行方】
日本医師会の担当理事の記者会見によれば、答申のもともとの発想は、厚労省の“医療事故調”に関する第三次試案や医療安全調査委員会設置法案にあるようである。また、必ずしも民主党案を適切なものとは考えていないらしい。その上で、行政処分者数の増加を意図したのであろう。適切な言葉で言えば、「制裁型の刑事責任を改め、再教育を中心とした行政処分へ」と表現するらしい。
しかし、そのような論理を展開したとしても、この「厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会の答申」は明らかに不当だと思う。ただ、今はまだ答申が出された段階にすぎない。日本医師会自体がこの答申を採用すると決めたわけではなさそうである。
そうすると、日本医師会がこの答申を採用するのかどうかは、4月1日の日本医師会会長選の後ということになるのであろう。果たして、日本医師会は、今後、厚労省による行政処分者数を激増させる結果となる日医委員会の答申を採用するのであろうか。
日本医師会会長選の行方とともに、注視しなければならない最重要事項であると思う。
【筆者プロフィール】
井上清成(いのうえ きよなり)氏
1981年東京大学法学部卒。86年弁護士登録(東京弁護士会所属)。89年井上法律事務所開設、2004年医療法務弁護士グループ代表。
2010年3月23日
再生なるか、国立がんセンター
再生なるか、国立がんセンター
石岡荘十
2010年3月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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独立法人への移行を3週間後に控えた国立がんセンターの土屋了介中央病院長は、3/9開かれた勉強会で「がんの明日の治療を提言する知恵袋を目指す」とその抱負をこう語った。
「これまでのがんセンターは何のためにあるのか世に問うてこなかったところもある。これからは(独立法人化するのを機会に)新しいがん治療政策を国に提言する知恵袋の役割を果たしたい。新しい治療法を世に問えば税をつぎ込んでも国民は認めてくれると思う。国民みんなで考え、政策を立案し提言していきたい」
うっかり見過ごしそうだが、「これまでのがんセンターは・・・」には説明が必要である。
わが国のがんの治療・研究の『総本山』である国立がんセンターが発足したのは1962年、ざっと半世紀前のことだが、この間、厚労省医系技官のおいしい天下り先であり、膨大な国からの補助金を餌に病院を食い荒らしている事実が最近になって明らかとなり、政治問題化している。
具体的な問題のひとつはカネ。
独法化にあたり、600億円の債務を引き継ぐべきかどうかで議論が起きた。この借金の大部分は1997年、いま東京・築地に威容を誇る中央病院の建替えに際して、特別会計からの借り入れたものだ。利息は4~5%と高く、年間の診療報酬収入が250億円の医療機関が、毎年30億円の利息を払うことになっている。しかもこの建替えは常識では考えられないほど割高だった。病院建設の場合、業界の相場では1床当り3千万円くらいだといわれるが、がんセンターでは7~8千万円もかかっている。民間病院なら400億円ほどで済んだはずだというのに、だ。まるでどこかで聞いた『ぼったくりバー』に出会ったような(土屋院長)お値段だった。この差額はどこへ流れたのか。
つぎは人事権や予算権の問題である。がんセンター運営の実権を握っているのは、医師である最高責任者の総長や病院長ではなく、厚労省から出向している官僚たちである。特に、普通の病院の事務長に相当する運営局長は歴代、厚労省医系技官の指定ポストである。医系技官も医師免許を持っているという意味では医師なのだが、現・運営局長の経歴を見ると、1958年千葉大学医学部卒業後、厚労省に入省。運営局長就任まで本格的に患者を直接診た経験は認められない。研究者としての実績も無い。運営局長に就任する前のポストは本省の一課長に過ぎなかった。組織上格下にある運営局長が一手に握っている。総長や病院長には部長以上の幹部異動の人事権は無い。つまり、カネもヒトも事実上、厚労省の思うが侭という状況が永年黙認されてきたのである。
患者の治療だけでなく、新しい療法の開発・普及も国立がんセンターに期待されている重要な使命であるが、どの研究にいくら配分するか、がん研究の方向性についてまで口を出す。(多分)注射1本打つ技量も無い医系技官が国の医療・研究制度を差配している構図がここにある。これが土屋院長の言う「これまでのがんセンター」だったのだ。
そこで、行政改革の第1弾として俎上に載ったのががんセンターの改革だった。
まず、新体制では初代理事長に医療改革推進に実績のある嘉山孝正・山形大学医学部長が選ばれた。
嘉山氏と土屋院長は舛添要一・前厚労相時代に政府の委員会で、共に大臣のアドバイザー的な役割を務めた仲で、土屋院長は「かなり進取の気性があり、(中略)大変ふさわしい方だと思います」(2/5 日経メディカル・オンライン)と歓迎している。
この2人がタッグを組めば、人事権の問題は何とかなりそうだが、例の600億円の借金はどうするのか。
土屋病院長は3/9の勉強会でこう打ち明けた。
「前政権のとき与謝野財務大臣に陳情した。与謝野さんはここ(がんセンター)の患者さんでしたから。で、半分にということで補正予算に入れてもらったら政権交代になってしまった。そこで、今度はやはりここで手術したことで医療問題に深い関心を持つようになられた仙谷由人行政刷新担当大臣にお願いしたら、170億円に(減額)してくれた」
仙谷大臣は2000年、がんセンターで胃がんの手術を受け、胃とその周辺の内臓3キログラムを摘出した経験がある。それ以来、がん医療体制に問題意識を持つ。民主党のがん議連の会長を務め、もっとも医療に詳しい議員のひとりといわれる。
土屋院長の専門は胸部外科学(特に、進行肺癌の手術)だが、なかなかの政治力もお持ちのようだ。
だが、がんセンターが抱える問題はこれだけではない。
病院の中に6畳ほどの部屋をあてがわれて住み込みで働き、手取りは月20万円程度、ボーナスなしという下積み医師たちの労働条件の改善、厚労省による不透明な研究費分配問題など・・・。
医系技官の抵抗も生半可なものではない。独法化までもうわずかというこの時期に、今月退職する看護師長の後任に厚労省がある人物を押し込もうとしているそうだ。しぶとい。土屋院長のいう「新しいがん治療政策を国に提言する知恵袋」として機能するようになるまでに超えなければならない障害は山積している。医系技官こそががんであり、医療政策の周辺からど素人の影響力を全摘するには、仙谷大臣以下の“政治的強権”がますます必要となるだろう。
国が挙げて高度医療の開発に取り組む病院をナショナルセンターという。ナショナルセンターは次の6つだ。
・国立がんセンター(東京・中央区)
・国立循環器センター(大阪・吹田市)
・国立精神・神経センター(東京・小平市)
・国立国際医療センター(東京・新宿区)
・国立成育医療センター(東京・世田谷区)
・国立長寿医療センター(愛知・大府市)
これらは、がん・心臓病・精神神経疾患などを対象として高度な医療開発と治療を目的とし、来年度独立法人化(独法化)することになっているが、外の5つのセンターも状況もがんセンターと似たり寄ったりであることが明らかになりつつある。
がんセンターの再生なるか。その成否は、わが国の医療の行方を占う上でも注目に値する。
2010年3月15日
「ワクチンで予防できる病気」についての勉強会 お知らせ
聖路加看護大学で、学生と地域の方を対象としたワクチンについての勉強会が企画されています。
新型インフルエンザのワクチンについて優先順位や余り等の報道はよく目にしますが、
ワクチンとは何か、どんな病気を防げるのかについては知らない方も多いのではないでしょうか。
通常あまり議論されない
ワクチンの基本について学ぶ良い機会だと思います。
「ワクチンで予防できる病気」についての勉強会 PDF(197KB)
2010年2月13日
予防接種部会傍聴記~3つの懸念で膨らんだ不安~
予防接種部会傍聴記~3つの懸念で膨らんだ不安~
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年2月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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昨年12月25日の第1回開催に続き、1月15日、27日にそれぞれ第2回、第3回の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会が開かれた。
上田博三健康局長が表明した「不退転の決意」に、「ワクチン・ギャップ解消」という積年の願いが叶うか否か、希望と不安の双方を抱きつつ傍聴しているのだが、早くも不安が大きくなりつつある。
【実質的な議論がほとんどされなかった第2回部会】
15日に開かれた第2回部会では、残念ながら本質的な議論はほとんど交わされなかった。
特措法で対応した今回の新型インフルエンザに係るワクチン接種を予防接種法に位置づけるための議論を優先したい事務局の意図が、議事にうまく反映されていなかったのが、その大きな理由なのだが、議事次第の一つ目の項目が「予防接種制度について」であり、配布資料の1が「予防接種に関する主要論点について(案)」であったのだから、「まずは新型インフルエンザを予防接種法に位置づけるというパッチを当てる作業」を優先したいという事務局の意図は、委員にとってはくみにくかったであろう。
第3回部会では事務局から議論の叩き台となる素案を提示することとなったが、新型インフルエンザ対策を入り口にして予防接種法全体のあり方を見直そうという部会の舞台設定の歪さが早くも露呈したといえよう。
【新型インフルを入り口に議論する歪さ】
先に書いてしまうが、私はこの「歪さ」に大きな不安を感じている。
この間、事務局が強調するのは、現在の予防接種法では対応できずに特措法で対応せざるを得なかった新型インフルエンザ対策を予防接種法に位置づけるという、「予防接種法の穴にパッチをあてる作業」を優先し、その後にヒブワクチンをはじめとするワクチンの予防接種法への位置づけや情報提供のあり方等の予防接種法全体の議論を行なうというスケジュールだ。
私は、現在の予防接種法は法も目的から改める必要があると考えている。法の目的はその法律の基礎となるものである。基礎があるべき姿では無い以上、その上にどのような制度を設計しても、その制度は健全に機能しないであろう。
現に1類、2類という馬鹿げた区分をもうけた「欠陥住宅」というべき法が形作られている。
その欠陥住宅にどんなに上手くパッチを当てようとしても、それは欠陥を覆う作業でしかなく、むしろ根本的な改善にはマイナスに作用しかねない。
新型インフルエンザ対策を予防接種法に組み入れるというパッチは、当面の応急措置ということなのだろうが、欠陥法と言えども法律は法律である。一旦、「改正予防接種法」として施行されてしまえば、それは国会での承認を与えられた正当な法律となる。
部会で「とりあえず」と言いながら、欠陥を抱えた基礎の上に何とか整合性を持った「パッチ」を当てるための議論を重ねることが、結果としてその欠陥を覆い隠すパッチの正当性を増強するのではないか、その正当性をその後に覆すことは、今以上に困難になるのではないか、そのような危惧を抱いているのである。
【第3回部会で抱いた3つの懸念】
27日の第3回部会では、早くもその懸念が現実のものとなりそうな雲行きであった。
私が抱いた懸念は、主に次の3点である。
1)新型インフルエンザを新設する「2類」の臨時接種とした上で、定期の2類に移行す
るようにする
2)製造販売業者・卸売販売業者への協力を求める仕組みを法律に盛り込む
3)接種方針の遵守を徹底し、医師会が現場の医師を取り締まる役割を果たす
前もって述べておくが、新型インフルエンザ対策を入り口にして予防接種法全般の議論に発展させていくという手法について、私は全面否定するつもりはない。
むしろ、過去の予防接種について積極的に議論することさえ憚れる状況を鑑みるにつけ、また、ワクチン・ギャップの一日も早い解消に向けた議論を一刻も早くスタートさせるためにも、政治的にこのような設定による議論を推し進めることは一つの判断として尊重もしている。
ただし、新型インフルエンザワクチンの予防接種を予防接種法に盛り込む必要最低限の改正を優先した上で、そのパッチも含めた「欠陥住宅」全体をゼロベースから議論するべきだという留保を付け加えた上で容認するのである。
ゼロベースで議論するためには、新型インフルエンザについては臨時接種を予防接種法に位置づける、ただそれだけの議論にとどめるべきである。
余計なものを加えていっては、その後の予防接種方全体の議論がゼロベースからではなくなっていってしまう。
そのような考え方に立っているからこそ、私は上記3点は、まさに「余計なもの」であると言わざるを得ない。
長文になることを避けるため、詳しくは言及しないが、1)については、新型インフルエンザを臨時接種に位置づければ済むのであり、2類による定期接種に位置づける緊急性は全く無い。2類は第2回の部会で黒岩祐治委員が1類、2類という区分けそのものに疑問を呈していたように、今後、あり方そのものについて議論すべきものである。
2)については、そもそも法に盛り込むべきものであるのだろうかという疑問を禁じえない。協力を求める先としては、少なくても製造販売業者については国内業者を想定しているのであろう。
今回の新型インフルエンザワクチン確保においても、政府は国内業者に対し様々な協力を求めている。
そして、その要請は法的に裏付けの無い、任意のものであった。このことが今回の対応において、大きな障壁となったのであろうか。部会において、法に盛り込む必要性は説明されていない。繰り返しになるが、新型インフルエンザの予防接種法への位置づけは、必要最小限にとどめるべきである。
必要性の説明が無いまま、大きな障害をもたらさなかった業者への協力依頼について、敢えて法に盛り込む必要は無いのではないか。
3)については、箸の上げ下ろしまで指示しようという愚策でしかない。ワクチンの確保が十分でない段階では、国が優先接種順位を示す必要があるであろう。だが、その優先順位は金科玉条の如く絶対に守らなければならないものではないはずだ。
10mlバイアルの使い勝手の悪さは多くの接種医から指摘されたことだが、それでも10mlバイアルによる出荷を断行したのは、10mlバイアルは瓶等への付着残留によるワクチンのムダを省き、一人でも多くの接種希望者にワクチンを行き渡らせるための手段であったはずだ。
その目的からしても、一瓶を使い切るにちょうどの優先接種対象者が同日に揃わなければ、次のカテゴリー、その次のカテゴリーと前倒しで希望者に接種するのは至極適切なことではないか。
たとえ、最終的に健康成人に接種することになったにせよ、無駄に破棄するよりはよほど良い。
最近も国産ワクチンがだぶつき輸入ワクチンの解約の可能性が喧伝される一方で、沖縄県が一人でも多くの接種希望者に接種しようと浪人生への接種方針を打ち出したところ、国が待ったをかけたという馬鹿げた事件が起こっている。
一定の指針は国が示す、だが最終的には現場が判断する、という考え方を医師の代表たる日本医師会代表は主張すべきではないのか。
【部会設置の精神を忘れるべからず】
ざっと駆け足で第2回、第3回の予防接種部会を傍聴した感想を書き連ねてきた。新型インフルエンザワクチンを議論の入り口とする以上、ある程度の「歪さ」を伴うことは致し方ないことなのかもしれない。
だが、第1回部会で上田博三健康局長が表明した「不退転の決意」による予防接種法の大改正を見据えた部会であるのだから、新型インフルを予防接種法に組み込む作業は必要最小限に留め、ゼロベースで予防接種法改正の議論に取り掛かるべきであろう。そのためには、第3回部会で抱いた3つの懸念のような余計な事柄は今回の法改正に盛り込むべきではない。
余計なものが盛り込まれれば盛り込まれるほど、それは予防接種法の大改正の障壁となり、「ワクチン・ギャップ解消」の道が遠のくことになる。それは予防接種部会を立ち上げた政治主導の精神に反することに他ならない。
第4回部会での軌道修正を強く望むものである。
2010年2月6日
医療政策はどこへ行く‐(5)
霞が関の在り方に疑問を覚えたのが退職理由 - 元財務官僚・村上正泰氏に聞く◆Vol.5
官僚は数字、辻褄合わせの議論、視野が狭い議論に終始
2009年12月3日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) より http://www.m3.com/
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――最後にお聞きしたいのですが、最初は財務省に入省され、2004年7月から2年間、厚労省に出向されています。「医療崩壊の根本原因は、医療費抑制政策にある」といった今日お聞きしたようなお考えは、出向以前の段階からお持ちだったのでしょうか。
出向前までは医療制度のことはあまり知りませんでした。仕事の上でも、出向前に財務省で医療関係の業務に携わるということはありませんでした。むしろ私がいた厚労省保険局への出向ポストは、財務省に戻って数年経つと、厚労省の手の内を熟知しているということで、主計局厚生労働第3係の主査になるという人事が続いています。
ただ、私は経済学部出身で、「国民負担率を抑えるべき」という議論には疑問を持っていました。先ほども触れましたが、様々な実証研究からは、「国民負担率と経済成長率は、相関関係がない」という分析がたくさん出ていたからです。厚労省に実際に行ってから、医療政策の観点から見て、国民負担率を抑制すべきという論はおかしい、という思いを強めました。
――そして厚労省を最後に、財務省に戻らず、退職されました。
霞が関の在り方への疑問が次第に募ってきたのが理由です。政策がどうあるべきかよりも、まず前例との整合性を考える。政治的に必要とされるところもある。まず結論が先にあり、その結論を導くための数字合わせ、辻褄合わせに、非常に労力が割かれる。本来、この国がどうあるべきか、政策で何を目指すべきかという議論が非常に薄い。こうした中で政策を決めていくことに違和感があり、その結果、本当にいい政策になっているのかについても疑問がありました。
さらに役所は本当に縦割りであるという問題もあります。自分の担当分野から政策を考えていくのは、縦割り組織の中である程度仕方がないのですが、医療分野も、他の分野でも、社会は非常に多面的。様々な要素が絡み合っており、より広く様々な観点から検討しなければならないのに、役人は視野の狭い、悪い意味での専門家になっている。自分の観点からだけを見て政策を考える。さらに言えば、本当に専門家なのか。国会対応などの事務にも追われて、専門家としての知識や能力を養うような時間的余裕もあまりない。役人は悪循環に陥っています。
また役人にとっては、政治家への根回しにどれだけ長けているか、それが評価の尺度にもなります。それも一つの能力であり、重要ですが、そればかりが重視されるところがある。その前に政策がどうあるべきかを論じる必要があるのに、「A先生とB先生が言っているのを、いかに足して2で割るか」といった点に力が注がれている。
――その辺りは民主党政権になって変わってきたのでは。
役所によって強弱があり、違うのですが、厚労省が一番変わったという評判を聞きます。「政務三役が何でも決める、官僚排除」だと。こうなると官僚は今までのやり方と全く違うので、戸惑っていることでしょう。
今まで「官僚主導だった」と言われていますが、「政治家と一体でやってきた」という表現の方が正しいのではないでしょうか。
政治家の無理も聞いてきた。政治家の意見をどう条文に反映させるか、細かい点まで気を配っていた。結局、政治家が官僚に過度に依存しすぎてきたわけです。もちろん問題は官僚の側にもあると思いますが、政治家の側により大きな問題があった。結局、政治家も一人ひとりがすべてをカバーすることができず、それなりに手足、知恵袋が必要。政治家が、霞が関の官僚以外に政策を論議できる層の厚みを作ることに欠けていたことに、大きな問題があったのではないでしょうか。
2009年12月15日
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