ポリオワクチン問題を、オトナとして、世田谷区民として ~個人輸入のIPVに世田谷区って公費助成できないのだろうか?その5できれば最終回 ~
日本国主権者、東京都民にして世田谷区民 真々田弘
2011年11月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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まさに今、進んでいる生ワクチンの定期接種。私の耳に入ってくるのは、各地の予防接種会場で接種にあたった医師たちからの報告だ。予定数250人に対して来場130名???。216名予約で83名来場・・・実感として6割減・・・。こうなることは、ポリオワクチン問題の推移を見ていれば誰にだって予測はできたはずだし、行政なら昨年秋と今春のデータを持っているから十分に予測可能な事態。だからこそ時間のかかる地道な署名運動という道を選ぶことなく、私は直訴という方法を選択してみたわけだ。
最初の提案から3か月。世田谷区長との「個人的面談」も含め、自治体の幹部職員、議員と面談を重ねてきた。公式、非公式の面談となるので、詳細をここで述べきることはできない。しかし、ひとことでまとめてしまえば、行政には前例無き施策への躊躇があり、議会としては「掟と化した議会運営ルール」が壁となった。日本のワクチン行政は「世界の常識」に反するもの。その「世界の常識に反するもの」への抵抗を「日本の常識で生きている方々」に理解していただく試みであったのだから、行政の「前例主義」は想定内のこと。国が未承認のワクチンに公費をつける、なんぞ普通の行政マンの感性では最初からできないと思っていた。
だが、議会までもが前例主義、議会運営ルールという「掟」にこれほどまで縛られているとは思わなかった。議会・議員サイドが、行政にはこれができて、これはできない、と勝手に思い込んでいるだけでなく、議会で何を議題にするのかという根本的な問題においても、かつては議会を民主的に運営するために作られたルールが、今は「固定された」掟となって少数意見を排除してゆく。 「あなたのおっしゃることの意味はわかる。だが、行政の(or 議会の)掟に従えば、すぐにそれをとりあげることはできない」。数少ない議員だけが、個人として応援してくれることになった。 そして、ご面談できた唯一の首長、私のもともとのターゲットは何も動いてくれていない。
そんな焦燥の中で迎えた8月下旬。 県庁の幹部職員に事態を理解してもらい、前例なき政策提案のための起案書を書いて欲しいという依頼が来た。私の提案に強い興味を示した神奈川県知事の要望を、知事の知人がつないでくれたものだ。以下、8月22日付で発信した県庁幹部説得用の起案書となる。
それから、1か月半。私の提案とは違う形ではあったが、神奈川県は動いた。県庁内での激しい議論を経て(当然のことだが、知事ががんばり抜いた)庁内をまとめ上げ、10月14日、予定通りの記者会見を開いた。 波紋は、間違いなく広がっている。
*******************起案書全文(添付文書除く)*************************
検討課題
不活化ポリオワクチンへの公費助成制度創設について
ポリオ生ワクチンが危険だと保護者は知ってしまった。
安全なIPVが先進国の常識だと保護者は知り、IPV個人輸入は激増している。
同時に、ポリオワクチン未投与の子どもが増えている。
国として未承認であるために現在、保護者の全額自己負担で接種されているこの個人輸入によるポリオ不活化ワクチンについて、ポリオ流行予防の観点から県独自の助成制度が創設できないか早急に検討を求める。
○不活化ポリオワクチンへの公費助成制度がなぜ必要なのか
1)国が勧めるポリオを防ぐワクチンでポリオになることを保護者が知ってしまった。
保護者たちは既に、報道やウェブ情報で「世界のワクチン常識」を知ってしまっている。現在、わが国で使われている弱毒性ポリオ生ワクチン(以下 OPV)では、100万人に2~4人がポリオになるということを保護者たちが知ってしまった。現実にわが国では1980年以降、ワクチン由来で発症した患者以外、ポリオ患者は発生していない。
さらに、世界の最新の知識を誰でもが手に入れられる時代、保護者たちは世界の先進国では、ワクチンでポリオになるリスクが無い不活化ワクチン(IPV)が使われていることを知ってしまった。現実に、東アジア地域の国でOPVのみを使い続ける国家は日本と北朝鮮のみである。ちなみに、米国CDCではOPVの投与を禁忌、とまでしている。だが、予防接種会場の保健師も、担当の医師も「OPVでいいんですか?」という保護者の当たり前の質問に答えられない。
2)個人輸入での不活化ポリオワクチン接種が急激に増加している
昨年夏以降、テレビ、新聞などのマス・メディアがOPVによるポリオ発症の問題を頻繁に取り上げるようになり、それ以降、日本では未承認のIPVの接種を求める保護者が急激に増加している。個人輸入代行会社一社だけで現在、月に7千本のIPVを供給しており、他社も含めれば月間2万本近くが輸入され接種されていると推定されている。同時に、IPVを接種する医療機関の数も、昨年末には20院所余だったが現在では200院所を越え、県下でも10院所を数える。また、千葉県立佐原病院をはじめ公的医療機関でも接種をおこなっている。
国のポリオワクチン政策に対して、保護者は明確に不信を抱き、NOを突きつけ始めている。公衆衛生行政への保護者の信頼を取り戻すための積極的な方策が必要である。
3)未だに、いつになれば安全な国産IPVが打てるようになるのかわからない
保護者は、当然のように安全なワクチンを求めている。
6月。厚生労働省は、国内メーカーが開発中のDPT+IPVワクチンが「来年度中」には導入されるとコメントした。「来年度」は、2012年4月から2013年3月まである。
その間、最低三度のポリオ定期接種の時期があり、総数としては300万人の子供がワクチンの投与を受ける。WHOのリスク判定によれば、その間に6人から12人の子供が直接ワクチン投与によりポリオになり、さらに複数の二次感染ポリオ患者の発生が予測される。このリスクを避けるために、「来年度中」の安全なIPVワクチン導入までワクチン接種を待つという保護者が既に医療現場からは報告され始めている。
また、既存のDPTワクチンの接種時期がOPVの定期接種時期より早いため切り換えを行うためには国内では開発を断念したIPV単独ワクチンが経過措置として必要となる。しかしながら、現在のところその手配は一切なされておらず、今月末から厚労省内に検討会を立ち上げるという状況でしかない。「来年度中」に国産の
DPT+IPVワクチンが承認されても、現実にいつ使用できる状態になるのかは未だに明らかでは無く、既にそれを保護者たちはウェブを通じて知っている。
4)保護者は動揺している
IPVを接種できる医療機関が増加したとはいえ、まだ数は少ない。
また、IPVの接種に関わる費用は全額自己負担であり、その金額は凡そ12000円から18000円程度となる(乳児期における推奨の3回接種)。経済的、時間的に余裕がある保護者は、県をまたいでも接種を受けに行っている。東京の医療機関に群馬、静岡、福島からの来院者があり、神奈川県内の接種院所にも東海道線沿線や隣接する東京都からの接種希望者が訪れている。
同時に、経済的、時間的な余裕の無い保護者の中には「待ち」に入っている例が報告されている。しかも、OPVの接種ばかりでなく、DPT接種をも控える傾向が出始めていると現場の医師は報告している。
公衆衛生の観点からみれば、危険な状態が起こっている。周囲の子どもがOPVを投与されている中でのOPV接種の忌避は、二次感染のリスクから免れるものではなく、かつOPV由来のウィルスによる広範な感染を引き起こすリスクをともなう。また、DPTワクチンの打ち控えも、同様なリスクを拡大する。「時に致命傷になる百日咳の流行が気がかり」という現場医師の声もある。
5)公費助成制度の必要性
感染力が強く、発病したら治療法の無いポリオは今でも重大なリスクを持つ感染症である。その流行のリスクを減らすことが公衆衛生行政の最大の役割だと考える。また、横浜港という国際港湾を抱え、羽田・成田という両国際空港からの乗降客も多く通過する当県においては外国由来のポリオ流行リスクは他県に比して高く、予防接種率の維持は重要な公衆衛生上の課題となる。
もちろん、現在のOPVの接種率を維持することが重要であるが、既にIPVの存在を知っている保護者をOPVに引き戻すことは科学的な合理性を欠き、さらに保護者の公衆衛生行政の後進性への不信を高めることにすらつながる。
県公衆衛生当局の最大の課題は、いかにして坑ポリオワクチン全体での接種率を維持し、引き上げるかである。そのために、県として個人輸入によるIPV接種に対しての助成制度を創設し、IPVを希望する保護者・幼児が経済的な障壁なく予防接種を受けられるような施策を構築することが行政として検討課題となる。これは、予防接種により指定伝染病を防ぐという予防接種法の本旨に従う施策であり、何より、子どもをポリオから守るための当県として着手可能な政策であると考える。
なおこの措置は、国がIPV、あるいはDPT+IPVを導入するまでの間に限定される。
また、この施策の導入と同時に、県立の医療機関においても早急にIPV接種を可能とするよう対策が講じられるべきである。
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年11月5日
病院の震災対応 (その1/2)
この記事は日本評論社の経済セミナー増刊『復興と希望の経済学』に掲載された記事を転載したものです。
亀田総合病院 副院長 小松秀樹
2011年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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東日本大震災での医療・介護に対する救援活動については、実際の活動に携わりながら、さまざまな文章を書いてきた(文献1,2,3,4,5)。医療介護救援活動の全体像については、『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』(全労済協会)にまとめた。本稿では、病院が大災害にどのように対応すべきなのか考えたい。
○1. 規範より実情が重要
東日本大震災は想定を超えた大規模なものだった。病院のみならず、大半の自治体で、災害時のマニュアルは役立たなかった。行政の危機対応は遅く、拙劣だった(文献2,6)。
亀田総合病院は、被災地から、透析患者、人工呼吸器装着患者を受け入れ、老人健康保健施設、知的障害者施設の千葉県鴨川市への疎開作戦を立案・遂行した。
亀田総合病院の小野沢滋医師は、鴨川市を含む安房地域に要介護者を受け入れるために、石巻の避難所で活動した。石巻の医療・介護需要を明らかにするために全戸調査を実施した。これには、亀田総合病院から多数の職員がボランティアとして参加した。
いずれも、想定していなかった災害に対する、誰もが実施したことのない救援活動だった。新しい取り組みだったこともあり、様々な局面で、行政と齟齬が生じた。行政の、法令と前例に縛られた硬直性、事実を捻じ曲げる知的誠実性の欠如、被災者救済より自らの責任回避を優先する倫理的退廃には、何度も驚かされた。自らの権力を高めるだけのためとしか思えない情報の非開示や小出しは、日常的に行われているように思えた。
行政は、法令が、災害の実情に合わなくても、規範として扱う。法令に無理があることを反省せずに、しばしば、「法令を遵守していなかったではないか」と現場を非難する。法令は、現場を蹴落として、その反作用で自分を高めて責任を回避するための行政の道具に見えてしまう。
○2. 「病院における災害対応の原則」義解
病院における災害対応の原則をA4紙1枚にまとめた(表1)。東日本大震災を見聞・体験した上での筆者の個人的メモである。以下、意図を簡単に解説する。
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
大災害時には、対応を単純にしないと動けない。ところが、官僚にとっての最重要課題は、論理的整合性である。責任回避を可能にするからである。論理的整合性にこだわると、複雑になり、実行不可能になるが、問題が生じても現場の責任にできる。官庁のお仕着せのマニュアルは、そのままでは、いざという時に役立たない。常識と想像力で、それぞれの病院にあった簡潔なマニュアルを作成する必要がある。
消防法の改正で2009年6月1日より、施設の建物の階数や面積が一定の条件を超えると、自衛消防組織の設置・届出が義務付けられることになった。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」の冒頭に、自衛消防とは、「火災、地震その他の災害等による人的又は物的な被害を最小限に止めるため、事業所で行う必要な措置の総称」と定義されている。これに続いて、自衛消防隊、自衛消防活動、防災センター、防災センター要員、自衛消防活動中核要員、自衛消防組織、統括管理者、自衛消防要員、告示班長、自衛消防業務講習修了者等の定義が並ぶ。通報連絡班、初期消火班、避難誘導班、応急救護班などを設置し、それぞれを告示班長が統括することになっている。これらを、通常の機能している組織内部に置くという。複雑怪奇としか言いようがない。
そもそも、病院には何種類かの通報連絡設備があり、担当部署が運用と保守点検に当たっている。入院患者の避難誘導は看護師の主要任務の一つである。病棟では護送、担送すべき患者の数は常に把握されている。救急部は応急救護の専門家集団である。
災害対応のために普段と異なる職務の訓練を本格的に行うとすれば、本来の職務を阻害し、結果として病院の機能を低下させる。組織横断的な自衛消防隊を設置するとすれば、既存組織にない機能や既存組織の補助・支援に限定しないと矛盾が生じる。自衛消防隊の機能はできるだけ既存組織が担うようにすべきである。
なぜ複雑・怪奇になるのか。自衛消防では、各種講習の受講が義務付けられている。新規講習の受講料は1名当たり3万7000円。講習業務を、財団法人日本消防設備安全センターが担当し、講習事務を地方の公益法人が引き受けている。あらゆる業種を集めての講習なので、講習内容は少なくとも病院の実情とはかけ離れている。しかし、義務付けられているので、受講せざるをえない。毎年、莫大な受講料が天下り財団に流れる仕組みになっている。
(2)指揮官
迅速に集まれる病院幹部が集まって、当面の指揮官を決定し、災害本部を立ち上げる。病院幹部の定義は病院ごとに決めればよい。危機管理に不向きの管理者が、指揮官に選ばれないように工夫する必要がある。
病院の日常業務の多くは、指揮官がいなくても回っていく。通常の火災は、仕組みさえ作っておけば、自動的に対応できる。一方、大災害への対応は指揮官が必要である。病院の運命を決める重要な決定を下さなければならない場面が生じうる。このため、指揮官には、病院の最高責任者が就任すべきである。
災害本部の設置場所をあらかじめ決めておく。東京消防庁の「自衛消防隊の組織編成基準」は、防災センターを自衛消防隊本部拠点にするとしている。防災センターは、自動火災報知の受信、スプリンクラーの監視、消防ポンプの監視・遠隔操作、非常放送設備などの操作を行うことのできる総合操作盤を備えている。いずれも火災を想定したものである。1997年9月16日の総合消防防災システムガイドライン(消防予第148号)では、防災センターを「原則として1階(避難階)に設ける」としている。1階は津波に弱い。通常の火災と地震をひとまとめにしようとすることに無理がある。自衛消防組織については、欠点が多すぎる。早急に消防法を改正する必要がある。
指揮官は災害対策本部の設置を院内に周知する。病院がどのような状況にあるのか、現場で忙しく働いている職員には分からない。状況を把握して職員に説明し、行動の方向を決めるのが指揮官の役割である。病院から逃げ出す必要が生じたときに、指揮官が逃げると決めて号令しなければ、大混乱が生じる。指揮官は右往左往してはならないが、判断を固定化してもいけない。常に状況を観察しつつ、判断が正しいかどうか検証して、必要があれば、適宜修正しなければならない。
避難誘導は火災と津波を想定する。東京の一部では、テロを想定しないといけないかもしれない。地震で建物が倒壊すれば、病院職員による避難誘導だけでは対応できない。
通常の火災対応は総務畑の管理職が統括すればよい。火災時の避難は、防火扉設置場所を超えて、反対側に水平移動する。あるいは、非常階段から下方階に避難する。看護部主導とし、応援部隊を設定しておく。動きやすい計画に基づいて訓練をして、自主的に動けるようにしておく。
津波では上方階への避難が必要になる。地震のために、エレベーターは使用できない。何階まで避難させるかの決定は指揮官の仕事である。本当に避難が必要かどうか判断しにくいが、決定のタイミングが遅れると大きな被害が出る。集中治療室の患者にとって、移動すること自体、極めて危険である。手術中の対応はさらに難しい。
亀田総合病院は、東日本大震災で、透析患者の受入れ、老健疎開作戦を行った。透析患者や要介護者の多くは、自力でバスから降りることができなかった。高齢患者は簡単に骨折する。もっとも活躍したのは、体の扱いを熟知し、かつ、体力のある理学療法士や作業療法士といったリハビリテーション部門のスタッフだった。亀田総合病院では、約100名の理学療法士が働いている。上方階への避難は、理学療法士の知恵と力を借りるべきである。
指揮官の周囲に、情報係、施設係、装備係、遊撃隊などを置く。指揮官の仕事を減らして、指揮官が冷静に考えられるようにする。さらに、判断を支えるために、参謀、冷静に眺める観察者をおくとよい。観察者は、判断が大きくぶれたとき、組織上の阻害要因が目立ったとき、冷静に指摘することが任務となる。
(3)職員
最も重要なことは、大災害では組織が総崩れになる可能性があるので、いざとなれば、自分で考えて動くことである。
上司が被災するかもしれない。生き残っていても、適切な判断が不可能になっているかもしれない。そもそも、危機的状況で適切に判断する能力がないかもしれない。修羅場に対応する能力があるかどうかは、平時には分かりにくい。上司が適切な行動をとれない場合、適切な指揮官をさがす。いざとなれば、自分で何が正しいのかを考えて行動する。自分の生命が危うくなれば、逃げる。これは当然の権利である。
行政は、指揮命令系統が混乱するという理由で、この原則に反対するかもしれない。しかし、病院の職員は資格を持っていることが多く、命令ではなく、自身の職業上の正しさを基準に動く性癖を有する。実際に、病院は個々の専門家に対し、専門領域の判断について命令することはない。
そもそも、現代の医師は、国家や法であっても、状況によっては服従してはならないとされている。第二次大戦中、医師が、国家の命令で戦争犯罪に加担した。これに対する反省から、戦後、医療における正しさを国家が決めるべきでないという合意が世界に広まった。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところである。
(4)災害本部からの放送と指示
災害対策本部から全体への発表事項は大きな状況判断と大方針のみとする。周知のために、同じ放送を繰り返す。災害の状況を患者や職員に伝えるため、テレビ報道やラジオ報道を流し続ける。
各部署への指示は簡潔を旨とする。細かいことは、できるだけ現場の裁量に任せる。
(5)報告
現場からは、重要な点だけを簡潔に報告する。中央に情報が集まり過ぎると、適切に対応できなくなる。危機的状況に陥っている部署に詳細な報告を求めると、無理な負荷がかかり、混乱を助長する。
(6)判断
最初に、患者、職員、建物に被害がないか各部署に素早く確認し、避難誘導について必要があれば指示する。同時に院内と院外に対する通信手段を確認する。電気・水道はその次である。食糧、飲料水、燃料、酸素、薬剤、被災者の受入れなどは、初期対応の後、担当部署を交えて考えればよい。
人間の活力は無限ではない。完璧はあり得ないので、優先順位を考えなければならない。例えば、医療安全対策では、効果が大きくコストの小さい安全対策が未実施の場合、効果が小さくコストの大きい安全対策を実施してはならない。優先順位を無視すれば、安全対策の合理性が失われる。
外部に救援を求める、患者や負傷者を院外に搬送する、全員院外に避難するなど、大きな判断を必要に応じて確実に決断し、周知する。
使えないマニュアルは無視する。行政の都合で作成を強いられた使えないマニュアルは、棚の奥にしまっておく。
(その2/2へ続く)
文献
1 小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.89, 2011年3月26日.
http://medg.jp/mt/2011/03/vol89.html#more
2 小松秀樹:ネットワークによる救援活動 民による公の新しい形.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.103, 2011年4月5日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol103.html#more
3 小松秀樹:災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.112, 2011年4月9日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more
4 小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.124, 2011年4月14日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol124-1.html
5 小松秀樹:日本赤十字社義援金は能力なりの規模に 免罪符的寄付から自立的寄付へ. MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン; Vol.126, 2011年4月16日.
http://medg.jp/mt/2011/04/vol126.html#more
6 小松秀樹:行政が大震災に対応できないわけ. 月刊保険診療, 66, 46, 2011.
表1 病院における災害対応の原則
(1)法令より常識と想像力 臨時組織より既存組織 完璧は危うい
・緊急対応の決めごとは単純に。法令より常識と想像力をよりどころにする。
・既存組織を優先。臨時組織にできるのは、簡素な機械的対応のみと心得る。
・完璧を期すと、意味のない連絡や作業が増え、結果を悪くする。
・詳細情報は時間と労力を奪う。詳細情報そのものが、迅速な行動の阻害要因になる。
・緊急時には、やりとりに食い違いが生じるものだと覚悟しておく。
(2)指揮官
・集まれる幹部で当面の指揮官を決定し、適切な場所に災害本部を立ち上げる。
・指揮官は、災害本部の設置を院内に周知する。
・指揮官の任務は、全体像を把握し、組織としての行動の方向を決めること。
・指揮官は、手に入る情報でとりあえず状況を判断する。必要に応じて適宜修正する。
・指揮官の横には参謀、観察者、情報係、装備係、遊撃隊などを適宜置く。
(3)職員
・機能する上司が存在しているかどうか確認する。
・存在する場合は、その上司の指示に従う。
・上司が、明らかに危機対応できない場合には、適切な指導者をさがす。
・適切な上司・指導者がいなければ、自律的に被害を最小限にすべく行動する。
・自分の生命が危ういと感じたら逃げる。
(4)災害本部からの放送と指示
・状況判断と大方針を院内に伝える。
・NHK第1放送を院内放送で流し続ける。
・簡潔な指示を適切な部署に伝える。細かい対応は現場の裁量に任せる。
(5)報告
・各部署は、本部に簡潔な報告をする。本部は必要以上の詳細報告を求めない。
(6)判断
・患者・職員の安全確認。建物の安全確認。避難誘導の指示。院内院外の通信手段の確認。電気、水道の確認や被災者の受入れなどは、状況に応じて考える。
・判断は迅速に。優先順位を明確に。
・行動しながら事態の変化と行動の結果を予想・観察しつつ、最適行動を変更する。
・下記レベルの大方針を決定し、周知する。1.外部に救援を求める 2.患者や負傷者を外部に搬送する 3.全員院外に避難する
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年9月20日
行列のできる病院が莫大な累積赤字を抱えてしまう理由
このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。http://jbpress.ismedia.jp/
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科 多田 智裕
2011年9月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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7月15日、日本大学医学部付属練馬光が丘病院(東京都練馬区)が2012年3月をもって撤退することを発表し、病院を引き継ぐ新たな医療機関の公募が始まりました。
同病院は、東京23区内で年間9万7000人の入院患者を受け入れ、年間1万9000人もの救急患者の診療を行っていた大学病院です。東京都内の地域医療の要であった大学病院が実質的な破綻状態に陥っていました。積み重なった赤字額は、20年間で140億円に達するといいます。
この破綻撤退劇は、これまでの地方の公立病院の採算悪化に伴う閉鎖とは全く意味合いが違います。
なぜならば、日本大学練馬光が丘病院は、病床稼働率や平均在院日数や人件費率、経常収支比率などの経営健全度を示す指標で、全国トップクラスの優良病院であったからです。
例えば、病床稼働率について見てみましょう、過去に破綻が報じられてきた夕張市立総合病院や銚子市立総合病院の閉鎖前の病床稼働率は約40%でした。しかし、今回の日大練馬光が丘病院の病床稼働率は80%を超えています。他の人件費率などの経営指標上の問題もなく、外来も混雑して行列ができている状態だったのです。
医療以外の業界において、稼働率が80%を超える施設が純粋に本業だけで赤字を積み重ねて閉鎖に追い込まれる状況は考え難いでしょう。
でも、保険診療においては、このような事態が起こり得るくらい、価格が低く抑えられているのです。
●放置される「赤字必至」の公定価格設定
日本大学撤退発表前の7月13日、厚生労働省の中央社会保険医療協議会において「「医療機関の部門別収支に関する調査 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001hsqc-att/2r9852000001hsuj.pdf 」が提出されました。
これは、現在の保険点数(公定価格)が適正かどうか調べるため、どれくらいの費用が実際にかかっているかを計算したものです。報告書に記載されていた数値は目を疑うものでした。187の病院のレセプトから算出した診療科別収支で、内科系では保険点数で100円稼ぐのに109円を要する「-9%」の逆ざや状態。そして、産婦人科も100円稼ぐのに118円の費用が発生するという「-18%」の逆ざや状態です。
この結果は、平均的な費用をかけて(人員を平均的な人数配置し、平均的な設備を揃えて)医療を行う限り、内科系と産婦人科はやればやるだけ赤字が積み重なる価格設定であることを意味します。
本来であれば、この数値を真摯に受け止めて、保険点数の改訂が検討されるべきでしょう。しかし、健康保険支払い側は会議上で「これは計算手法の開発途上で出てきた話。中身について議論するのは避けた方がいいだろう」と事実上、無視する姿勢を示したのでした。
国策レベルで「内科/産婦人科といった医療の主要部門が保険点数だけでは赤字」という状況が放置される以上、地域医療を支える医療機関の閉鎖や撤退は、今後も続けて起きるのは時間の問題と言えるでしょう。
●日本大学の撤退は許されざることか?
今回、日大練馬光が丘病院は撤退の理由を、開設以来連続して支出超過(赤字状態)が続いていることと、民法第604条規定(賃貸借の存続期間は20年を超えることができない)により、病院の賃借期間は20年に短縮可能だからと説明しました。
一方、練馬区側は病院開設時に30年の賃借契約を結んでいる以上、契約満了前に運営から撤退するのは了承できない、もし撤退するのであれば、責任を持って引き継ぐ医療機関を探すべきである、とホームページ上で主張( http://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/hoken/oshirase/0.html )しています。
どちらにも各々の立場で主張があるのでしょう。しかし、問題の本質は、相次ぐ医療費削減政策により、保険診療だけでは病院運営が赤字にならざるを得ないという、低すぎる健康保健点数にあります。新たな運営主体を探したところで、それは解決を先送りしたに過ぎません。
もちろん地域医療に取り組むには医療者としての道義として、採算が取れないからといってすぐに撤退することは許されないでしょう。それでも、赤字垂れ流しの状態で、「道義的責任」や「使命感」だけで続けられるのはせいぜい数年でしょう。
練馬光が丘病院に対して「20年間も赤字が続く厳しい状況の中、よくやってくれた」というねぎらいの言葉ではなく、「契約不履行」という非難の声明が投げかけられるのは、医療従事者としては沈痛の極みです。
●「赤字でもやれ」では前に進まない
私が最後に一番訴えたいのは、医療費が増額されない中で、「赤字でも必要なのだから、撤退せずやり続けるべきである」と病院に強要するだけでは、議論が先に進まないということです。医療費の負担増をどのように分かち合うのか、そして、まかないきれない部分については、医療機関の閉鎖や医療機能の縮小などをタブー扱いしないで、より現実的な意見交換が行われるべきです。
日大練馬光が丘病院を引き継ぐ医療機関の公募結果は、現時点では明らかになっていません。心臓循環器救急医療などが条件から消えていることから、現在の医療水準と医療機能が大幅に低下する可能性が高いと思われます。
行政は「安定した地域医療を継続して提供する」という理想を掲げる一報で、現実には医療給付の制限を行っています。このままでは、また同じ事態が繰り返されるに違いありません。
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年9月8日
ポリオワクチン問題を、オトナとして、世田谷区民として ~個人輸入のIPVに世田谷区って公費助成できないのだろうか? その2~
日本国主権者、東京都民にして世田谷区民 真々田 弘
2011年8月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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昔話になる。
半世紀前、旧ソ連からの一千万人分を含む一千三百万人分の日本では未承認の生ワクチン緊急輸入ならびに集団投与を実現したのは一人の政治家の決断だった。厚生大臣、古井喜実。もちろん、「腹を切る」とまでの彼の覚悟を生み出したものは前年から日本国中に広がった大衆運動であった。(この大衆運動について詳しくは、拙著「誰が医療を守るのか」第二部)
行政は、決まった道しか進めない。自分たちの段取りの仕方しか知らない。前任者の判断を切り捨てることも、できないし、人事異動でくるくる回って何も変えずにさってゆく。
その段取り仕事を壊せるのは、政治、政治家でしかない。
国の不活化ワクチンに対する態度は、今日に至るまで変わっていない。
例えば先日、衆院構成労働委員会でのやり取りがある。
(http://saito-susumu.jp/ )「今日の斉藤進 2011年7月22日」
今の厚生労働大臣も副大臣も、議員の質問に対して既存の厚生労働行政を説明しているに過ぎない。行政の長ではあるが、行政を率いる政治家としての見解を読み取ることは、残念ながらできない。あくまで、私見ではあるが。
確かに半世紀前の古井厚生大臣の決断は重かった。生ワクチンの開発から5年余り。集団投与での実績は、ソ連や東欧圏で2年前から始まったばかり。WHOに報告された安全性と効果の科学的なデータはあったにしろ、自分が決断した生ワクを投与した子に何かあったら「腹を切る覚悟」が必要だったろう。
今の政治家たちは、幸いその覚悟をしなくても良い。なぜなら、今、世界標準となっている強化型不活化ワクチン=eIPVには世界各国で四半世紀にもわたる使用実績があるのだし、この一年余りの間で、日本国内で自費で=自己責任での個人輸入のIPVの接種数は万を越えている。恐らく、間違いなく国内メーカーが開発中のDPT+IPVの治験より数多くの子どもたちが、個人輸入でのIPV接種を受けている。
重篤な副反応例は(世界でも同じだが)、報告されていない。
さて、私の一区民としての「政治工作」、政治家説得作業は区長宛だけでは無論ない。
世田谷区議会の議場を飾る政治家の方々にも、同様の陳情をお送りした。
先週のことだ。区長宛と重なる部分もあるので、全文をお読みいただくことに躊躇はあるのだが、やりとりの全文公開が前提の作業。お許しあれ。
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●●党世田谷区議団 様
陳情書
ポリオ不活化ワクチンへの公費助成制度創設の提案
2011年7月21日
世田谷区●●●●-●-●
真々田弘
*************(メアド)
前文
ポリオをふせぐためのワクチンで、こどもたちがポリオとしないために
ポリオを防ぐために国が推奨し、予防接種法に基づいて世田谷区でも春夏に集団接種が行われているポリオ生ワクチン(以下、OPV)によって、接種を受けた子どもがポリオになるリスクがある、ということは最近、多くのメディアで取り上げられ皆さま方区議団に置かれましてもいくばくかは耳になさっていることと存じます。また、このワクチンによるポリオ発症というリスクを防ぐために世界の先進国のすべてでポリオ不活化ワクチン(以下、IPV)が使用されているという事実についてもいくばくかのご理解はあることと思っております。
そして、その事実を知った多くの保護者が個人輸入で(全額自己負担で)あるにもかかわらずIPVの接種を求め、その保護者の医学的には当然の要望に応える医療機関が急増し、世田谷区区内でも既に8か所あまりを数える現実につき、お耳になさったことがあるかもしれないと考えています。
極東でOPVを使い続けるのは北朝鮮と日本だけ・・・という情けない状態。
国も、厚労省も、政策決定に関わる医療者も二十年余り前からOPVの危険性を知り、十数年前からIPVの必要性を語っているのに、未だに、生ワクチンによるポリオの子を生み出している現実。
あなたは、あなた方区議団は、世田谷区のコドモたちに対して、どうオトナとしての責任をお果たしになりますか?
国が決めたことだからと、ポリオになる危険性が明らかなワクチンを、この秋も世田谷のコドモたちに飲ませ続けますか?
私からの提案があります。
今、個人輸入で導入され、保護者の全額自己負担となっている世界標準のワクチンであるIPVの接種に対して、世田谷区としての助成制度を作ることはできないでしょうか。
以下、私の現状認識と、助成制度への提案を提示します。ご不明の点あらば、いつでもご連絡ください。
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政策提案 本文
ポリオにならないワクチンを望む保護者たちを見捨てないために
A.まず、事実認識です。
根本は、他の先進国では標準の「ポリオを防ぐワクチンでポリオにはなることがない」IPVが、日本では国よって未だに承認されず、予防接種で使われていないということです。そして、予防接種法に定められたという理由だけで「ワクチンによってポリオになるリスクがある」と誰もが確認しているポリオ生ワクチン(以下、OPV)の使用が継続されている、ということです。
現在、先進諸国であまねく使われているIPVが開発されてから四半世紀あまりたつというのに日本の防疫行政の遅滞は、あまりにも明らかです。
そして、その世界では科学的・医学的に常識である事実を知った保護者たちが「ワクチンで子供をポリオにしない」ために国が勧めるOPVを忌避し、日本では未承認ではあるが世界標準のIPVの接種を求めるのは合理的な行動です。そしてこのわが子を、わが子を取り巻く人々をポリオにしないための科学的根拠を持つ正しい行動が、今は医療者と保護者との自己責任、保護者にとってはIPV接種費用の全額自己負担という重荷となっている現実があります。
整理します。
1)世田谷区としては国が予防接種法で定めたOPVの接種を行っている。
世田谷区の保健担当者もOPVによるポリオ発症リスクについて理解している。
国もそのリスクについては、国会答弁などの資料で確認できる範囲で、既に十数年前には理解している。
しかしながら、未だにIPVは導入されていない。
2)ただし、OPVによるポリオ発症リスクが周知のものとなっている現在、正当な科学的根拠に基づき、それを忌避する保護者が存在する、という事実がある。
3)2)の保護者が、正当な科学的な根拠に基づきワクチンによるポリオ発症リスクの全く無いIPVの接種を求め、現実に接種を受けさせている事実がある。かつ、IPVを接種する保護者は、昨年以降急激に増加している。
4)その保護者の要望に応え、正当な科学的な理由をもって個人輸入という形でIPVを個人輸入し、接種を行う医療機関が、全国でも世田谷区内でも増加している事実がある。
5)3)ならびに4)による世界標準であるIPVをという行為が、保護者と医療者の接種費用負担、副作用リスク負担を含め自己責任でなされている事実がある。
6)あるいは、2)という認識を持った保護者が、IPV接種での全額自己負担という経済的な理由で断念しているケースがあるという事実がある。
7)あるいは、2)という認識を持った保護者が、国が来年度中には使用できる見込みと表明している(しかしながら、現実に導入されるまでの日程表が明らかでは無い)DPT+IPV(三種混合ワクチン+IPV)ワクチンの導入を待ち、OPVも全額自己負担の個人輸入IPVをも使用しないという現象が生じつつあると報告されている。
7)6)あるいは7)という選択を保護者が行った場合、外来での野生種ポリオへの感染リスクに加え、区が行う定期接種で使用されるOPV由来の二次感染リスクを当該幼児が負うとともに、周囲に対して三次感染源となるという社会的リスクが拡大する。
さて、世界標準の不活化ワクチンが四半世紀たっても国が認めていないというガラパゴス化してしまっている日本の予防接種行政によって、保護者とこどもたちにリスクを与え続けるというこの不幸な事態を、どう解消できるのでしょうか?
一人のオトナとして、今、できることは何なのでしょうか?
世田谷区政治に責任を持つ区議会議員として、区民の健康に責任を持つ政治家として、あなたたちに何ができるでしょうか?
何も、できることは、無い、のでしょうか?本当に、無い、のでしょうか?
B.政策提言
個人輸入で接種されているIPVへの区としての助成制度を上記A.の認識を前提にしてひとつの政策提案を行います。それをぜひ、貴区議団に世田谷区の政治に、行政に責任を持つ政治家として、実現可能な方策であるのかについてご検討いただきたいと願うのです。
1)世田谷区は、予防接種法に基づくOPVによるポリオ定期予防接種を法に従い継続する。
2)ただし、正当な根拠に基づき国の定めるOPVを忌避する保護者が存在することを認める。同時に、OPVを忌避する保護者が増加している現実を認める。
3)世田谷区としては世界的に、科学的にポリオ発症リスクがなく、流行への抑止効果が世界的に確認されているIPVの接種を保護者が選択することには科学的合理性があり、かつ、国の指定伝染病であるポリオの流行を防ぐためのポリオ抗体を維持するためには科学的に妥当な行為であると認める。
4)よって、国の指定伝染病であるポリオの流行を防ぐために科学的に根拠のあるIPVを、個人として保護児童に対して接種することを希望する保護者に対して、世田谷区としてその費用の全額、あるいは一部について助成を行う。これは、あくまで、国指定伝染病であるポリオに対する抗体保持率を高めるためであり、指定伝染病の蔓延を防ぐという予防接種法の本旨を実現するための行為である。ただし、世田谷区はこの国の薬事法上未承認であるIPV接種によって生じる可能性のある副反応による被害につき、その責任はIPV接種を求めた保護者に存することを確認するための書面の提出を助成を求める保護者に求める。
5)なお、この助成措置は、国が導入を予定しているDPT+IPVワクチンにつき、その導入についての経過措置が明確化され、そのために必要とされる単独IPVが現実に、国の施策として保護者に対して無料で提供されるまでの間に限定して行うものとする。
以上
世田谷区民の公選によって選ばれた政治家である区議の方々の職責に鑑み、一世田谷区民の私として貴区議団の英断をお願いするしだいです。
同一の提案を世田谷区議会で明確に区議団としてのコンタクト先が明記された区議団に送付しています。また、陳情書という公の性質をもつ文章であることに鑑み、この陳情・提案の内容、ならびに貴区議団からのご返信については、その有無も含め、公開されてしかるべきものと考えております。
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7月28日。送付先に電話にて陳情書を受け取ったのかどうか確認。
受け取ったと認識しているところ、既に議員団として共通認識にしているというところ、そもそも議員団の体をなしていないところ…などいろいろ。とまれ送付したという事実を相手が確認してくれればいい。ちなみに、いつでもご説明に伺いますよという案内があるが、未だに、どこからも問合せは無い。(続く)
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年8月4日
品川美容外科事件-捜査官の不適切行為の数々
元三宿病院長 紫芝良昌
2011年7月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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7月22日の朝刊各紙は警視庁捜査一課白鳥警部の捜査資料に関する守秘義務違反容疑による逮捕を一斉に報じた。品川美容外科病院に生じた業務上過失致死事件の捜査中、捜査情報を被疑者である病院側に漏らした守秘義務違反による逮捕である。
しかし、この事件にはもう一つの大きな問題が内在する。それは捜査対象である病院に、しかも捜査が行われている最中に、捜査当局のOB二人が就職しているという、異様な事態である。このような構造があれば、病院側はOBを通じて捜査情報を入手する可能性が開ける。この構造自体が本件のような守秘義務違反を生む基盤であり、これから派生した守秘義務違反をいくら糾弾しても、この構造に対して司直のメスが入れられない限り同種の事件の再発を防止することは不可能であろう。しかし、どの新聞も22日夕刊までの時点でこの点に関して何らの論評も加えていない。
逮捕された白鳥警部は守秘義務違反容疑に対して強く否認していると云うが、捜査対象の病院に対してOBの就職を強く迫ってきた、と言う事実を否認することは出来まい。
なぜなら、私自身が院長を務めていた病院において、業務上過失致死事件があり、病院側が事実を隠蔽しているのではないかと疑われて2004年4月から12月まで実に8ヶ月間、白鳥警部のチームの捜査を受けた際、同様にOBの就職を持ちかけられた経験があるからである。
捜査本部の置かれた目黒署に呼び出しを受け、事情聴取されたが、そのさなかの8月頃と記憶しているが、事情聴取の合間に白鳥警部から「これから病院も患者とのトラブルなどで大変なことも多いだろうし、警察が介入することも多くなるだろうから、対策として警察のOBを雇ったらどうか。そうしている病院もたくさんあって喜んでもらっている。今、適当な人がいるが、年俸600万円でどうか」というのである。
私は捜査官が、捜査中の病院の院長に対して、警察OBの就職を斡旋する事実に驚愕した。そんなことしていいんですか、と私が問うと「病院のため思って云ってるんだ」とのことであった。私は「いま、そのようなことが病院に必要だとは毛頭思わないけれど、事務部長にも聞いてください。事務部長もウンとは云わないと思いますよ」と答えたが果たして事務部長もウンとは云わず、この話は沙汰止みになった。
内心、この話を受けておけば、医療過誤事件に関しても、また平行して進行している民事損害賠償請求事案に関しても、有利な手心を加えてもらえるのではないか、との誘惑を感じたことも事実である。
しかし、捜査をする側と受ける側という、力関係の大きな傾斜のある中で、年俸600万円のポストがやりとりされる、というのは異様な事態であり、禁止する法律はないのかも知れないが、捜査側も、病院側もこのようなことを自制するだけの節度を持たなければならないと私は考えた。医療問題に詳しいとして白鳥警部が捜査に入った医療機関では、同じようなやりとりが行われたはずである。
多くの病院は、良識ある節度を維持していたと思うが、品川美容外科病院はこの誘惑に勝てなかったのであろう。
捜査中白鳥警部の節度を欠いた行動は、これのみではない。2004年9月8日、病棟の看護師から、夜な夜な白鳥警部から携帯電話で呼び出され、中目黒の歓楽街で酒席の相手をさせられている、という訴えがあった。事実を確認して警察監察部等、しかるべき所に連絡して対応するのが、院長としての責務であると私は考え、事実を確認するため、看護師に電話会社に連絡して通話記録を提出してくれるよう求めた。看護師の側は通話記録には個人情報が多く含まれていることを憂慮してのことであろう、この求めには応じず客観的な証拠を示すことが出来なかったため、それ以上の対応を断念せざるを得なかった。
このころ、白鳥警部は、「本庁で俺が病院の看護師を妊娠させた、と言う噂が広がっている。この病院の女性職員の中で警察関係者の妻である者がいれば、それが噂を流している張本人だろう」といって、職員を聴取していたようであるが、あきれるという以外に言葉がなかった。
これらの院長側の対応に白鳥警部は激怒し「あの院長だけは牢屋にぶち込んでやる」といきまいているので心配です、とのコメントが部下の医師達から寄せられるようになった。はたして、11月8日、白鳥警部は私に「病院を救うには」との名目で院長職の辞任を強く迫り、私も部下の業務上過失致死容疑について、院長としての立場上の責任を取って11月末日に院長職を辞した。事故の隠蔽の容疑に関しては、その事実はなく、病院側は事故直後に司法解剖を申請し、公正な死因の究明を期したが、警察に対して再三、司法解剖の結果の開示を求めても拒否され、解剖所見のないままに院内の事故調査委員会は報告書を作らざるを得なかった。
報告書は委員会から院長に宛てた報告書であり、内部文書として扱われるべきものであり、公印を要する文書ではない。白鳥警部らはこの文書の内容に、解剖所見と異なる部分があり、それが偽造にあたるとして「有印公文書偽造同行使」の共犯として私を書類送検した。
当然、検察は「文書は公文書ではないし、内容も偽造とは言えない」として不起訴にした。白鳥警部は事前に事態がこのように帰結することを熟知していた。にもかかわらず敢えて送検することは、OBの就職に非協力的であり、白鳥警部の非行とも言える行為を告発する姿勢をみせた院長を、送検に伴う報道によってバッシングすることを目的としたものであり、その目的は十分に果たされたのである。
現今、検察の不祥事が大きく報道されているが、市民との関係から云えば、警察の方が遙かに広い裾野をもっている。司法警察のこのような不適切行為が明るみに出され、浄化されて信頼が回復されることを強く望むものである。
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年7月27日
福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う(その2/2)
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前処置として全身照射が行われているが、その線量は12Gy/6分割/3日である。しかしこの線量で死亡することはない。全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致死線量7Sv、半数致死線量4Sv、死亡率ゼロの『しきい値』線量1Svの線量死亡率曲線を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。しかしがん治療で行われる全身照射12Gy(Sv)では死亡しない。また医療用注射器の滅菌には20,000Gy(=Sv)、ジャガイモの発芽防止には150Gy(=Sv)照射されている。こうしたX線やγ線の光子線照射では放射線が残留することはない。
しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はより強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量(initial dose)は同じでも人体への影響は異なると考えるべきで あり、早急に預託実効線量の把握に努めるべきである。
したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9mSvであるなどと比較して語るのは厳密に言えば適切な比較ではない。画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。内部被ばくを伴う放射性物質からの全身被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。
臨床では多発性骨転移の治療としてβ線核種のSr-89(メタストロン注)が使用されているが、1バイアル容量141 MBqを健康成人男子に投与した場合の実効線量は437mSvであるが、最終 的な累積吸収線量は23Gy~30Gy(Sv)に相当する。一過性に放射線を浴びる外部被ばくと、放射線物質が体表面に付着したり、呼吸や食物から吸収されて体内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を投与時の線量が同じでも人体への影響も同等と考えるべきではないのである。
現在の20mSv問題は、より人体影響の強い内部被ばくを考慮しないで論じられており、飛散した放射性物質の呼吸系への取り込みや、地産地消を原則とした食物による内部被ばくは全く考慮されていないのである。通常の場合は、内部被ばくは全被ばく量の1~2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエイトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。早急にホールボディカウンタによる内部被ばく線量の把握を行い、空間線量率で予測される外部被ばく線量に加算して総被ばく線量を把握すべきである。全員の測定は無理であるから、ランダムに抽出して平均的な内部被ばく線量の把握が必要である。また排泄物や髪毛などのバイオアッセイによる内部被ばく線量の測定も考慮すべきである。
現在の状況は、自分たちが作成した『緊急時被ばく医療マニュアル』さえ守られていないのである。
さらに飲食物に関する規制値(暫定値)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSv/年、放射性セシウムでは 5mSv/年に緩和し、しかも従来の出荷時の測定値ではなく、食する状態 での規制値とした。呆れたご都合主義の後出しジャンケンである。これではますます内部被ばくは増加する。ちなみにほうれん草の暫定規制値は放射性ヨウ素では2000Bq/kg、放射性セシウムでは500Bq/kgとなったが、小出裕章氏によると、よく水洗いすれば2割削減され、茹でて4割削減され、口に入る時は出荷時の約4割になるという。しかし、調理により人体への摂取は少なくなるとは言え、汚染水が下水に流れていくことにより、環境汚染がすすむことは避けられない。生体に取り込まれた放射線は排泄もされるため生物学的半減期や実効半減期があるが、元素の崩壊により発生した放射線は物理的半減期の時間のルールでしか減らないのである。
現在、膨大な量の汚染水を貯蔵しているが、これも限界があり、長期的には地下や川や海へ流れることになるため、日本人は土壌汚染と海洋汚染により、内部被ばく線量の増加を覚悟する必要がある。
●今後の対応について
現在、医療従事者の約44万人が個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているというが、千代田テクノル社の24万4千人の平成21年度の個人線量当量の集計報告では、一人平均年間被ばく実効線量は0.21mSvである。そして検出限界未満(50μSv)の人は全体の81.5%であり、年間1mSv以下の人は94.5%である。ガラスバッジの生産に数カ月要するとしたら、1mSv以下の23万人分の線量計を一時的に借用して、原発周辺の子供や妊婦や妊娠可能な若い女性に配布すべきである。移住させずにこのまま生活を継続させるのであれば、塵状・ガス状の放射性物質からの被ばく線量は気象条件・風向き・地形条件だけでなく、個々人の生活パターンにより大きく異なるため、個人線量計を持たせて実側による健康管理が必要である。それは将来に向けた貴重な医学データの集積にもつながり、また発がんや先天性異常が生じて訴訟になった場合の基礎資料ともなる。当然、ランダム抽出によりできるだけ多くの人の内部被ばく線量の測定も行い、地域住民の集団予測線量も把握すべきである。
低線量被ばくの健康被害のデータは乏しく、定説と言い切れる結論はないが、『わからないから安全だ』ではなく、『わからないから危険だ』として対応すべきなのである。
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォールアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から30~50cm(子供)用、1m(大人用)の高さで統一し、生殖器レベルでの空間線量率を把握すべきである。
土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時 3.8μSvとしたが、この値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの期間の妊婦の限度値2mSvの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低減の効果には限界がある。
1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。
最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。原発事故の収拾に全く目途が無い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も成り立たない。放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。
また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定しているため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム-89の半減期は50.5日だが、ストロンチウム-90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。
メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避するという前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にすべきである。5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じられたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年でエネルギーも高いセシウム-137が多い福島原発事故はより深刻と考えている。
政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境になった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、住民も納得する。
また、70~80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、支援することである。
今までの政府・東電の対応を見れば、馬鹿かお人好し以外の国民は「絵に描いた餅の行程表」など誰も信用していない。将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりして集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきである。長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。
●これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面でもここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。
原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ原発大国となった。約30%の電力を原子力発電で賄い、今後50%までその比率を上げようとしていた矢先の事故により原子力行政は根本から見直しを迫られている。そもそも原子力を含めたエネルギー政策が真剣に日本で議論されたことはない。政官業学の原子力村の人達は目先の利益で結びつき、「原発の安全神話」を作り上げ、また不都合な真実の隠蔽を繰り返してきた。それどころか、使用済みウランの処理の問題も絡んで、一度事故が起こればより深刻な事態となるMOX燃料を使用した原発まで稼働させている。
しかし原子力発電の廃炉後の管理や使用済み燃料の保管や事故が起こった場合の補償まで視野に入れた場合、コスト的にも原発が優位性を持つものではないことが明らかになった。しかしIT社会や電気自動車の普及など今後の電力需要は増すばかりであり、節電だけでは対応できないことも事実である。脱原発の方向でソフトランディングする施策を根本的に議論すべきであろう。米国も1979年のスリーマイル島事故以来、新たな原発は稼働させていない。
がん医療においても治療成績やQOLの向上ばかりではなく、国民の死生観の共有の議論を通じて、効果費用分析の視点を導入して、高齢社会を迎えて枯渇する年金や医療費の問題も議論されるべきである。診療報酬の配分の議論だけではなく、根本的に考え直すべきである。再生医療も臨床応用の段階となってきたが、生殖医療がそうであったように医学的な問題や技術的な課題だけが議論されて、「命」とは、「生きる」とは、といった「生命倫理」の哲学的な問題は回避されたまま医学技術だけが独り歩きしている。このままでは原発事故と同様に日本は自然の摂理から取り返しのつかない逆襲を受けるような予感を持つこの頃である。この大震災を期に色々な課題に対してラディカルに考え直す機会としたいものである。我々医療従事者も改めて、放射線利用の原則である、正当性・最適化・線量限度に心掛け診療すべきである。
こうした原子力災害を機に、閣議決定や総理大臣の思いつきでも結構であるから、『がんの時代』を迎えた緊急事態として、(1)放射線治療学講座の設置による放射線治療医の育成と、(2)医学物理士の国家資格化と雇用の義務付け、などを発言して頂ければ私の心も少しは治まるかもしれない。
2011年6月5日 記
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月21日
福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う(その1/2)
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。
原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害についてに私見を述べる。
●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用しようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こうした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。なんとも悲しい現実である。
多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わらない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決して報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。
●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やはり法律を順守した対応が求められる。そのための法律なのである。
また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものがある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面からのラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活することとなる。
医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒であった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のままで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるような言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であり、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。放射線防護の基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバシーも無い体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうかと疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減して空いているホテルで静養できるはずである。
被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホールボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなのである。
原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ばく線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かなる殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。
5月24日には1~3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたはずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていることは想像できたことである。
今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多くの作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。
3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材からのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されており、人間が近づける場所ではなくなっている。
作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の深刻さを理解していないようだ。
また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(?)酸鉄(?)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。
●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開されたが、時すでに遅しである。公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。
管首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる。
「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。
日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20 mSv~100 mSv/年 を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1 mSv-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である。
この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。
政府をはじめ有識者の一部は100 mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリスクのデータが報告されている。
広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-?(Biological Effects of Ionizing Radiation-?、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、5年間で100mSvの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「しきい値なしの直線モデル」【 (LNT(linear non-threshold)仮説 】 は妥当であり、発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。
さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーはECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人(半数は10年以内に発病)、原発から100Km~200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島 200km 圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予測して いる。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。
また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1976年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告しているIAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。
(その2/2に続く)
文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月21日
津波で崩壊した町・雄勝まごのて診療所を開設
雄勝まごのて診療所 院長
山王クリニック(東京・港区)院長 山王 直子
2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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津波で壊滅的被害を受けた宮城県石巻市において、3月より復興支援団体まごのて救援隊を立ち上げ、支援活動を行い、5月29日に石巻市雄勝(おがつ)町に「雄勝まごのて診療所」を開設した。
診療所を開設するに至った経緯を報告したい。
●まごのて救援隊とは?
「まごのて救援隊」は、平成23年3月11日におきた東日本大震災に遭い、一個人でなにかできることは ないんだろうか?と思い立ったことから、スタートした。震災翌日の3月 12日、 医師・山王(石井)直子と、石井肇の二人で、車に積めるだけの水や食料などを詰めてとにかく被災地に向かった。特に交通の遮断された地域や小規模の避難所、個人宅で避難される方々など大きな支援団体や、国、自治体などでフォローできない方々が多くいらっしゃるという現状を目の当たりにした。私たちは、小規模ならではの小回りのきいた ”かゆいところに手が届く” 現地での支援を行いたいと感じ、まごのて救援隊を立ち上げたのが平成23年3月25日。
詳しくはまごのて救援隊のブログ http://magonote99.blogspot.com/ をご覧いただきたい。
●まごのて診療所開設まで
はじめは水や食糧・灯油などの物資の搬送から始まった支援だったが、3月20日に北上町に支援物資を運んだ際に、避難所の受付をされていた方が、雄勝町出身で、「雄勝は道路が寸断されて物資が行き届かず陸の孤島化している。北上町も困っているが、もっと困っている地域があるから、行ってくれないか」と言われ、積雪残る峠道を超えて雄勝町に入ったのが3月21日であった。
町役場の方々の働く避難所で、医師ですが何かお手伝いできることはありませんか?と尋ねると、「医者がいなくて困っています。すぐに診療お願いします。」ということで避難所に連れて行かれ、畳の上に段ボール箱を置いて、その場で診療が始まった。
もともと高血圧症の多い土地柄で、10日以上降圧剤を服用せず、寒くて過酷な避難所生活のため、多くの方々が血圧が上昇していた。持参した医薬品はすぐに底をついてしまい、これは見捨ててはおけない。そこで毎週休みのたびに通う事になった。
雄勝支所の保健福祉課からの依頼で、日赤グループなど他の医療チームと連携していくつかの避難所のうちの、2か所と役場の方々の定期的診療を続けてきた。当初は患者さんの被災前の病歴もわからず、医薬品が不足し手さぐりの医療であったが、通い続けるうちに、町の再建のためには医療が不可欠であることが見えてきた。
雄勝にあった医療機関は壊滅的打撃を受け、中でも石巻市立雄勝病院は、医師やコメディカルが津波の犠牲となった。再建の見込みはまずほとんどない。町にあった個人医院も全壊し、到底診療を再開できる状況ではない。
町の再建に何が必要だろうか?
仕事がなければ町に住むことができない。毎日の生活に食料品や日用品を買う商店・銀行・郵便局などインフラの整備が欠かせない。子供のいる家庭では教育が必須である。そしてやはり何にも増して、医療は不可欠な要素である。町に医者がいなければ、町の方々、特に持病を持つ高齢者は住むことができない。
雄勝町は人口4300人(震災前)の漁業の町だったが、決して過疎の町ではなく、小学校・中学を含めて4つの学校があり、後継者もいる「活きた町」であった。震災後、町内および周辺の町に約1500人の町民が暮らしているが、町外に避難している人も多く、仮設住宅の申し込みも始まる中、町に残るか出ていくかを 5月の始めには決断を迫られる時期となった。
町に残りたいけれど、病院がないから住めない。という声を聞き、何とか町民に残ってもらいたい、医療がないために離れる町民に戻ってきてもらうために、私たちは診療所を開くことにした。
港区のクリニックと、300?離れた2か所の診療所開設という異例の業態となったが、宮城県の担当部署の迅速な対応で、決断からわずか2週間で開設の運びとなった。町民の水産業者の方から作業場の建物を診療所として無償でご提供いただいた。診療所に必要な、机・椅子・診察ベッド・処置台等々、も町内の施設からお借りすることができ、地元の方々の応援で全て準備が整ったのだった。
心から感謝している。
日曜日・月曜日の週2日だけの診療所だが、町に診療所がある、ということで住民に安心していただき、町の復興につなげていければと考えている。
復興支援の一つのモデルケースとして、他の地域の復興の参考になれば幸いである。
以上が診療所開設のあらましだが、1回ではとても語りつくせないので、次回以降少しずつアップし、被災地医療の問題点も明らかにしていきたい。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月20日
被災した子どもたちの将来のために
今回の記事は相馬市長立谷秀清メールマガジン 2011/06/06号 No.253より転載いたしました。
福島県相馬市長 立谷秀清
2011年6月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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お陰さまで、震災孤児・遺児らへの支援金が日本中・世界中から寄せられるようになった。中には私が直接お話しをさせてもらって意気に感じていただき、お帰りになってから広く募金運動をしてくださった方もいる。
また少額ながらも、気持ちですと伝えて来られた方もいる。
出来るだけ御礼状をと考えているので、口座に送金いただいた場合はメールでお名前とご住所のご連絡をいただきたい。もうひとつは、子どもたちが成長した時まで私が生きていたら、お世話になった方々の名簿を一冊の本にして彼らの旅立ちへの花向けにしたいから。
この震災の復旧・復興作業の指揮を執り続けてきた中で、私自身、大きな勉強をさせてもらった。
瞼に浮かぶ原釜の、生まれ育った家の周りの温かい光景が、すでに消えてなくなっていることを、現地が変わり果てているぶん納得できず、3か月も経とうとするのに、私は現実を心から受け入れることが出来ないのだ。
しかし、被災して人生が築き上げてきた全てを失った方々を前に、悲しみや感傷に浸っている余裕など無いから、気持ちに流されないで公務しなければならないことや、冷静に先々の展開を読んで早め早めの手を打っておくことを学習した。何より仕事をしている時が一番落ち着くことも分かったし、本当に苦しい時に支援を受ける有り難さも知った。こんなにお世話になるほど、私は他人に頭を下げて来なかったから、これからの人生でその分の埋め合わせをしなければと思っている。
私が本心では、今回の震災の甚大な被害を受け止め切れていないように、悪魔のような津波に追われた子どもたちも、恐怖体験から抜け出せないでいる。
加えて家族や友達を亡くした虚脱感が、本来あかるく多感であるべき子どもたちの感性をむしばんでいるのだ。学校が再開した4月18日以降、対策会議のたびに教育長から被災小中学校の様子を報告してもらっているが、PTSDはやはり深刻である。
対応策として臨床心理士によるケアを考え「相馬フォロアーチーム」を結成し、きめ細やかな心のケアを始めたのが4月の末だったが、開始後からその仕事量の大さへの対応と継続性をどのように確保するかが課題だった。対象は幼稚園から高校生までだから、一人ひとりじっくりとケアをして成長の記録をとどめて、さらに最長15年経過を追うとしたら、人材と財源を長期的にマネジメントしなければならない。
6月2日、この活動を理念と継続性と、透明性をもって着実に行っていく目的で、NPOとしての設立総会を行った。理事長には相馬市教育委員の山田耕一郎先生が、副理事長には立教大学教授で「難民を助ける会」理事長の長有紀枝先生が就任された。その他、相馬市内の有識者の方々と、福島から近藤菜々子弁護士が理事になられた。法人格を持つことによって相馬市としても支援しやすくなるし、寄付も集めやすくなる。何より目的と予算執行の間に客観的な検証を加えることが出来る。被災した子どもたちへの支援を長期間しっかりと継続するとともに、彼らの成長過程でアドバイザーになってもらえればとも考えている。
ところで、このNPO活動は孤児・遺児への支援制度と表裏一体である。
子どもたちを残して死んでいった親たちの無念に応えるためには、金銭的な支援だけでは足りないと思うので、高校卒業後の高等教育の奨学金の分もと思って世界中に支援を呼び掛けているが、忘れていけないことは、豊かな心と学力が充分に身につくようサポートすることである。
よって、いずれ体制が整い次第、NPO活動のメニューに学力向上部門を加えてもらおうと考えている。そして孤児・遺児だけではなく、被災した相馬市のすべての子どもたちに、支援していただく方々の善意が着実に行きわたり、最も有効に活かされるよう、一同、知恵を絞り努力を傾注していきたい。
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【立谷秀清メールマガジン】
●発行:福島県相馬市 企画政策部秘書課
TEL 0244-37-2115
●このメルマガに関するお問い合わせやご意見メールは、
info@city.soma.fukushima.jp
●マガジンの登録・解除は、
パソコンでご覧の方は http://www.city.soma.fukushima.jp/
携帯電話でご覧の方は http://mobile.mag2.com/mm/M0094208.html
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年6月19日
ホールボディカウンタを用いた内部被ばくの評価について
(独)国立病院機構 北海道がんセンター
医学物理士 島 勝美
院長 西尾正道
2011年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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放射線被ばくには外部被ばくと内部被ばくがある。
外部被ばくは体外にある放射性物質からの放射線によって被ばくする事である。
この場合は放射性物質から自分を遠ざけることによって被ばく線量を低減することができる。
そのために、衣服に付着した放射性物質を除去する(放射性物質との距離を取る)、野外活動時間を制限する(放射線のある環境にいる時間を短くする)、なるべく家屋の中にいる(家の壁材によって外部からの放射線を遮る)などの取り組みを行っている。
一方、内部被ばくは放射性物質を吸入、経口、および創傷部から直接体内に取り込み、体内からの放射線によって被ばくする事である。内部被ばくを低減させるためには、マスクなどを着用し吸入によって取り込まないようにする事や飲食物から放射線物質を取り込まないようにする必要がある。
食品に含まれる放射性物質は規制値によって管理されているため、大量の放射性物質を我々の口から取り込むことはないが、食品の流通経路にない手段(山菜取りや魚釣りなど)で得られた物については周辺の放射線量の状況によっては注意が必要になる。
外部被ばくの場合は線源が体の外にあるために、個人線量計を身体に装着することによって被ばく線量を評価しやすい。
しかし、内部被ばくは線源が体内にあるため、摂取後から順次減少していく体内残留放射線量を測定し、摂取量を計算から求めて評価する必要がある。
6月3日に東京電力から発表された福島第一原発で働いていた東京電力社員2人の内部被ばく線量は30代男性が210mSv~580mSv、40代男性200mSv~570mSvと被ばく線量の推定に大きな幅を生じている。
これは、体内に摂取した放射性物質量の推定が身体を測定した日の放射線量と、放射線核種を体内へ取り込んだ日にちの関係から求められることに起因する。
また、注目されるべき事象は、外部被ばくが30代男性で73.71mSv、40代男性が88.70mSvの線量限度以下であるにもかかわらず、内部被ばくを加算した場合は、外部被ばくと内部被ばくの最小値の累積被ばくで、すでに線量限度を超えている事である。
内部被ばく線量の評価に必要な放射線物質の摂取量の推定は、ホールボディカウンタ(写真)を用いた体外から計測する方法、人体からの排泄物中の放射性物質を測定する方法、空気中の放射性物質の濃度から計算する方法がある。
ホールボディカウンタは体外から体内に残留している放射性物質の種類と量を測定する計測器であり200Bq~100KBqの測定範囲を持ち、評価できる被ばく量は約100mSv以下である。
そのため、対象となる核種はコバルト60、セシウム137、ヨウ素131などの体内を透過する能力のあるγ線放出核種である。
ホールボディカウンタは他の方法と比べ測定者に負担をかけず、簡易であり迅速に測定できるという大きな利点を持つ。
しかし、人体を透過しないβ線やα線放出核種の測定が困難であるため、環境に放出されている核種によってはホールボディカウンタの評価だけで内部被ばくが無いとは言い切れない。
今回の事故で大気中に放出された放射性核種について原子力安全委員会はヨウ素131が17万TBq、セシウム137は1万2千TBq(1TBq=1016Bqを表す)であると発表した。
発表された資料によると、大気中に放出された放射性核種の総量は微増の傾向を示しているが、現在は大気中への放出が少量であると考えられる。
しかし、原発事故が収束しておらず、今後は放出される放射性核種が無いと保障されている状況ではない。
また、残念ながらその他の核種については未発表である。
放射線による被ばくの大きな特徴は、被ばくした時点では全く何も症状があらわれていないとしても、時間の経過とともに何らかの症状が現れてくる可能性がある事である。
現在の体内残留量を正確に把握し自分のリスクを知ることは、将来への不安を取り除く一助になるだろう。また、被ばく線量はその後の医療対応を医師が専門的な立場から評価する上で非常に重要である。
今回の事故で懸念されている放射性核種はホールボディカウンタで計測可能であり、内部被ばくの推定は約100mSv以下であれば可能である。
ただし、内部被ばくの計算に用いる摂取量の推定において、摂取した日にちの特定が非常に困難であるため被ばく線量の評価は大きな幅を持った評価となると考えられる。
参考文献
1.「緊急被ばく医療基礎講座?」テキスト 財団法人 原子力安全研究協会 2008
2.福島第一原子力発電所から大気中への 放射性核種(ヨウ素 131、セシウム 137)の放出総量の推定的試算値について 内閣府 原子力安全委員会 2011.4.12>>>
MRIC by 医療ガバナンス学会
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2011年6月16日
行政が大震災に対応できないわけ
今回の内容は『月刊保険診療』の5月号に掲載された文章です。
医療法人鉄蕉会亀田総合病院 副院長 小松秀樹
2011年5月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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●お役所仕事
被災地で、避難所からの域外搬送に関する活動をしている友人から届いたメールが、役所の窓口業務の実状をよく示している。
「リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。あるメーリングリストで、沖縄が県を挙げて受入れをしていると知り、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』『沖縄は県の予算で受け入れるので、飛行機に乗るのは5人まとまってからです。飛行場までは自分で来ていただき、そこでチケットをお渡しします』『インターネット上の申込書を印刷して書きこんでください』と、担当官に告げられました。非常に困難な条件で、少なくともパソコンとプリンタをもった援助者と、飛行場までの足、罹災証明書の申請を行うために市役所に行くという手順をその女性が手配しなければ不可能なのです。責任者の方とお話ししましたが、らちがあきませんでした」
●大震災への対応は科学に似ている
大震災は行政の都合に合わせて発生するわけではない。想定していないことでも対応しないといけない。しかも、迅速性が決定的な意味をもつ。入手可能な情報で状況を判断し、被害を小さくし、多くの被災者を救援するための最適な行動をとりあえず決める。それを実行しつつ結果を観察、あるいは想像する。不十分な検証に基づいて、次の対応を考えていく。
意外に思われるかもしれないが、この過程は科学に似ている。科学は未来に向かっての営為である。「学問がその理論の仮説的性格と真理の暫定的な非誤謬性によって安んじて研究に携われるまで、学問研究の真理性は宗教的に規範化されていた」〔ニコラス・ルーマン(ドイツの社会学者)〕。このため、ガリレオは宗教裁判で裁かれた。
医学論文における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、とりあえずの真理である。ゆえに議論や研究が続く。新たな知見が加わり、進歩がある。医療では今日正しいことが、明日正しいとは限らない。過去の規範で正しさが決められると、進歩はない。
●想定外の事態に対処できない理由
行政が大震災に迅速に対応できない理由は、行政が法律に基づく統治システムだからである。行政は、法、すなわち過去に作成された規範と前例に縛られている。しかも、法は、科学的に正しいかどうかにかかわらず、国家の権威と暴力を背景にした強制力を有する。したがって、行政は原理的に未来に向かって、臨機応変に最適な行動をとることができない。
これに対し、科学は未来に向かって常に変化する。学問の暫定的非誤謬性を支えるのは、批判精神と多様性の許容である。
一昨年の新型インフルエンザ騒動で、厚労省はひどい失態を繰り返した。医系技官は医師免許をもっているが、行政官であり、医学より法を優先しなければならない。科学的見地から実状を観察して現実的な対策を考えるのではなく、過去の法令に縛られる。ハンセン病患者の生涯隔離政策が、科学的正当性を失ったあとも長年継続された事実が示すように、行政官は、過去の法令に科学的合理性があるかどうか、その法令を現状に適用することが適切かどうかを判断しない。
●過去の規範ではなく、実情認識を優先すべし
日本の学者は、伝統的に政治に距離を置いてきた。一方で、行政の支配を安易に受け入れてきた。研究費、研究班の班長職、審議会委員などが行政による科学支配の手法として使われてきた。
東京大学のロバート・ゲラー教授は、東日本大震災後の4月13日、英科学誌『ネイチャー』の電子版に、地震予知が不可能であるとする論文を発表した。日本の文部科学省、気象庁、地震学者は「東海地震」が近い将来発生すると国民に思わせることで、予算と研究費を得てきた。原子力発電の周囲にも「原子力ムラ」と称される御用学者の一群がいる。批判精神の欠如、ムラからの論敵の排除が社会全体のリスクを大きくした。
大震災への対応を行政に委ねるのは無理である。過去の規範ではなく、実状認識に基づく柔軟な意思決定システムをもった組織が必要である。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年5月31日
真実は何なのでしょう?
5/16参院行政監視委の参院TVを視ていたら、中山義活経産政務官の「私も福島に5日いたが東京の人より被曝量が少なかった。その東京の人はホウレン草か何か食べたのかも知れませんね」という発言を偶然聞いてしまった。
「風評被害」とか言いながら、経産政務官自らこの発言。
「偉いひと」は、福島にたった5日間いただけで、内部被曝をすぐ調べてもらえるのに、現場で命を懸けている作業員の方々、日々被曝の影響に不安を感じつつ生活をおくらざるを得ない原発周辺住民の方々は、なかなか調べてもらえない。
こんな理不尽な現実も、この経産政務官の言葉を通じて明らかとなった。政府の「偉いひと」たちは、おそらく原発被災地周辺の食材を一切食べていないに違いない。
中山経産政務官「東京の人がホウレン草を食べて内部被曝している可能性」を示唆する発言は以下の通り。
http://www.webtv.sangiin.go.jp/silverlight/index.php?ssp=4840&mode=LIBRARY&pars=0.28327048127539456
今日会った、福島の大学病院外科教授、「さぞ直後は大変だったでしょう」と言うと、「いやいや被災直後は県の指示で被災者救援活動を外科は禁じられたので、いわゆる待機で実際はなんにもしなかったよ」とのことだ。
(これはお願いだから一切そのMLに出してくれるな、と念を押されたが、非常に重要なことなので、あえて敢えて約束を破り、そのまま流させていただくことにした)。
真実はいったい何なのでしょう?
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ 代表取締役 木村 知
https://twitter.com/kimuratomo
2011年5月29日
「放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない」難波紘二氏からのメール
すでに3月30日に、放射能の危険に関する欧州委員会 ( the European Committee on Radiation Risk, ECRR ) の学術部局長、スウェーデンのクリス・バズビー博士が発表した福島原発事故の影響に関する報告書では、以下のような結論と勧告が示されている。
1.ECRR の危険評価モデル(危険率モデル)を、福島原発惨事から半径100キロメートルの範囲に住む300万人に適用した。これらのひとびとが1年間同じところに留まると仮定した場合、予測される癌増加数は今後50年で約20万人、そのうち10万人は今後10年以内に診断されることとなる。即座にこの地区から退避した場合、増加数は著しく減少する。事故原発から100~200キロメートルの範囲に暮らす700万人について予測される癌増加数は、今後50年で22万人を若干超えるものとなり、今後10年に約10万人が発症する、とみられる。この予測は、ECRR の危険評価モデル、ならびにチェルノブイリ事故後のスェーデンにおける癌危険率に関する調査結果に基く。
2.国際放射線防護委員会 ( ICRP ) のモデルを用いた場合、半径100キロメートル範囲に住む人間の癌増加数は2,838となる。従って、最終的な癌増加数が ECRR と ICRP の危険評価モデルの優劣を決める新たな試験となろう。
3.日本の文部科学省が公表したガンマ線量に基く計算値を使い、認知されている科学的な方法により、計測地点の地表汚染を逆算することができる。その結果が示すのは、国際原子力機関 ( IAEA ) の報告は汚染レベルを著しく過小評価していることである。
4.放射性同位体による土壌汚染の計測を早急に行い、注意を喚起してゆくことが求められる。
5.福島原発から100キロメートル圏内で、北西地域の住民は即座に退避し、この地域を危険区域(立ち入り禁止)とすることが求められる。
6.ICRP の危険評価モデルを使うことはやめて、すべての政治判断を「放射能の危険に関する欧州委員会」の勧告に従って下すべきである。www.euradcom.org これは「2009レスボス宣言」に署名した、放射線の危険に関する著名な専門家の出した結論である。
7.故意に情報を一般市民から隠した者に対する捜査と法的制裁を行うべきである。
8.報道においてこの事故が健康に与える影響を矮小化して伝えた者に対する捜査と法的制裁を行うべきである。
この7は東電と保安院に対して、8はマスメディアの情報操作に対して向けられたものである。このECRRの勧告に対比すると、政府が現在取っている措置は、広島原爆投下後の政府・大本営の状況認識および対策との差とあまり違いがない。米国と文科省が共同で行った地上1メートルのセシウム137(半減期30.3年)の汚染度を見ると、原発から北西の方向に半径30キロを超えて、300万〜1,470万ベクレル/平方メートルという超高濃度汚染ベルトが広がっている。(チェルノブイリ事故の汚染は避難地区がわずか13万5,000ベクレル。事故処理に当たった労働者の平均被爆量が165ミリシーベルト)。福島では、原発から40キロ離れた飯館村でも外部被爆線量が年間26ミリシーベルトになる。10年住めば、厚労省の「緊急被爆基準値」の250ミリシーベルトを超えてしまう。
ともかく放射能汚染度が、チェルノブイリ事故を超えていることは間違いない。政府はそのことを率直に認め、住民に安易な帰宅計画の希望などもたせず、「広島、長崎と同じことが起こったし、いまも続いている」ことを告げるべきだ。広島長崎の被爆者も「核兵器廃絶は原子炉廃絶なくしてありえない」ことを自覚すべきだ。
半減期というのは放射能が半分になることで、1,470万ベクレルのセシウム137は30.3年経っても735万ベクレルになるにすぎない。100年経って元の4分の1=367万5,000ベクレルだ。チェルノブイリの13万5,000まで落ちるのに何百年かかるか?相馬市、いわき市、福島市に挟まれた広大な無人の荒野を想像すると、寒気がしてくる。
「工程表」で原発作業員の人生まで決めてはならない
東電は4月17日、福島第一原発事故事態収拾についての「工程表」を発表した。これによれば、放射線量の着実な減少(ステップ1)に3カ月、線量を大幅に抑制する段階(ステップ2)までは最長9カ月かかる見込みとのことだ。しかし現場は作業員が近づくことさえ困難な高放射線量を示す環境下にあり、この「工程表」を「あくまで希望的観測」とみる関係者も多いと言われている。
この困難に立ち向かう作業員の方々の劣悪な待遇についての情報は、このところやっと各メディアで少しずつ取り上げられるようになってきたが、ここにきても政府の対応、施策は、全くと言っていいほど進捗していない。
まず、作業員のメディカルチェックについて尋ねた梅村聡議員の質問に対する4月13日時点での厚労省からの回答は、「交替勤務制とし、過重労働とならないよう配慮しつつ、個々人から体調不良の申し出があった場合は、現地に駐在している医師にて診療を実施」「今後、全員に対して健康診断を実施する予定」という、「厚生労働省」という省名にもとる、あまりにもお粗末なものであった。多くの作業員が皆同様に過酷な労働環境に置かれている状況では、自らの体調不良を「言い出しにくい環境」であることくらい、普通は想像に難くない。このような環境下にある労働者に、自己申告だけで健康管理しようとするなど、耳を疑う信じ難い対応と言える。
そして4月15日、衆議院厚労委で柿沢未途議員が行った作業員の健康管理に関する質問において、柿沢議員が、ILO第115条約「第五条 労働者の電離放射線による被ばくを実行可能な限り低い水準のものとするため、あらゆる努力を払うものとする。すべての関係当事者は、不必要な被ばくを避けるものとする」との条文を提示し厚労省としての現状認識を問うたのに対し、大塚耕平厚労副大臣は「現場では、あらゆる努力をしているものと信じている」とあまりにも当事者意識に欠ける答弁を行った。
続いての「第十二条 放射線作業に直接従事するすべての労働者は、就業前又は就業直後に適切な健康診断を受けるものとし、就業中は適当な間隔を置いて健康診断を受ける」との条文に現況が反しているのではないかとの問いに対して大塚副大臣は、「作業員は三日勤務すると茨城のほうの拠点に行き、そこで除染ののち健康診断を受けていると聞いている」との答弁を行ったが、これは4月16日に対策拠点の「Jヴィレッジ」に入って実際に作業員を診察した愛媛大学谷川武教授の「最近は、4勤2休という態勢」という報告を考慮すると、事実とは全く異なる答弁との疑いを持たざるを得ないものであり、厚労省が現状把握を全くしていないということが、改めて明らかとなった。
さらに4月20日の衆議院厚労委で福田衣里子議員によりされた作業員の個人線量計についての質問に対し、松下忠洋経産副大臣は、当初足りなかった線量計を「全国からかき集め、4月1日時点で約1000個入手した」との答弁を行ったが、福田議員はそれ以前の3月18日時点ですでに800個が現場に存在していたことを指摘した。松下副大臣の説明によれば、現在作業員は「日中400~500人、夜間200~300人」とのことであるから、3月24日の「水たまり被曝事故」時点では線量計は数量的には十分に足りていたはずである。つまり、線量計はあったのに装着させていなかった、ということも判明した。
また、短期就労者を含む原発作業員全員の健康管理、被曝管理についての質問に対し、岡本充功厚労政務官は「作業期間や被曝線量のデータベース構築をどのようなのもにするかを今考えているところ、健康管理については専門家の意見も聞きながら実施を検討する」という極めて曖昧で頼りない答弁に終始、結局厚労省としてはまだ何も施策を講じていないということが、ここでもまた明らかとなった。また、作業員の事前の造血幹細胞採取についても、原子力安全委員会の「現時点での採取は、必要ない」との見解を追認する形で「今のところ必要ない。」との答弁。現状把握さえしていないにもかかわらず、何を根拠に「必要なし」と判断しているのか、説得力に欠ける以前に無責任とも言うべき姿勢が露呈した。
放射線管理手帳の所持についても、政府は直接関知し管理しているものではなく、あくまで事業所の自主規制に任されており、仮に所持せず労働しても法律で罰せられるものではない、とのことだ。
奇しくも昨年7月に、日本学術会議の放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会から「放射線作業者の被ばくの一元管理について」という提言がなされているが、ここでは、「放射線作業者個人の累積線量(生涯線量)および5年間あるいは1年間の被ばく線量を確実に把握し評価する一元管理システムが、他の多くの原子力先進諸国では出来上がっているのに、わが国には存在しない」という驚くべき実態が指摘され、「線量限度を超えている放射線作業者が確認されているにもかかわらず、法的に必要な措置が取られていないということは、原子力先進国として恥ずべきこと」として、現状の早期改善を求めている。
つまりわが国では、原発作業員個々人の放射線管理自体が、もともと現場に一任され、公的一元管理などされていないという、とても先進国とは思えない、そもそも極めて杜撰な状況であったわけだ。これは今回の事故以前から、脈々と受け継がれてきた構造上の問題である。厳密な線量管理をすれば職を失う労働者も生じうる。線量が上限に達してしまうと、原発での作業は出来なくなるからだ。雇用者はそのような、何とか職を確保したいという労働者の弱みにつけ込んで、杜撰な線量管理を「労働者との合意の上」として半ば公然と行ってきたのではあるまいか。
それが、今回の事故を契機に計らずも露見した、ということではないだろうか。
つまり、そもそもわが国の原発での作業員の被曝線量管理は「いいかげん」であり、大事故が起こった現在も、その「いいかげんな慣習」のまま放置され、水素爆発や大量の汚染水の流出など次々に起こる「想定外」の事態に、「作業員の健康管理など、とてもじゃないが配慮なんかしていられない」というのが、東電、経産省、厚労省の本音なのではなかろうか。
これまで見てきた厚労省、経産省の回答や答弁が、他人事のような誠実さに欠けた極めて「場当たり的」なものであるのは、おそらくこのためであろう。
先日公開された「工程表」も極めて「場当たり的」だ。このような「場当たり的」な工程表は、今後いくらでも修正、変更されるであろう。そして今後、事態収拾が「工程表」通りに運ばなかった場合、あらゆる「規則」「基準」を、その現状に合わせて変更していく可能性が十分考えられ、いっそう作業員の健康管理、被曝管理が蔑ろにされてゆくのではないかと懸念される。
ICRP2007年勧告には「線量限度は、緊急時被ばく状況(志願して人命救助活動に参加する場合、破滅的な状況を防ぐことを試みる場合)には適用されない」とある。最近メディアでは作業員の方々が「志願」して作業に当っているとの記述をよく見るが、作業員の方々が「志願」して自由意思で自ら進んで作業に参加しているとして、これを逆手に取って被曝線量上限を仮に無制限化しようとしているのならば、それは言語道断、決して許されることではない。これ以上、国際的に決められた規則や基準を、都合よく解釈し適用することは、絶対に許されない。
「工程表」はあくまで事態収拾のロードマップであり、そこで働く作業員の方々の人生のロードマップではない。「工程表」で原発作業員の方々の人生まで、決して決めてしまってはならないのだ。
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
木村 知
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2011年4月29日
福島原発からの報告
愛媛大学大学院医学系研究科公衆衛生・健康医学分野
谷川 武
2011年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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4月16日午後から19日午前の予定で非常勤産業医として福島第二原子力発電所(以下F2)に寝泊まりして健康管理を支援しています。これまでの状況を要約します。
福島第一原子力発電所(以下F1)のみならず、F2ももう少しでF1と同様の事態になるところでした。F2も震災当初から不眠不休で皆がんばっています。
確かに東京電力は今回の原発事故の当事者であり、広範囲の放射能汚染の加害者ですが、F1,F2で働く所員の多くも自宅、家族を失ったり、自宅が避難指示区域にあったりする被災者です。10日以上、震災から一度も戻れず、家族の安否も電話がつながらずに確認できないまま、電気が供給されない原発で命を張って事態収拾に努めた方々です。その中には九死に一生を得た方々もいます。しかし、避難所では露骨な批判を浴び、風呂も入れない状態で通常勤務以上のストレスの高い激務をこなしています。これまでは、急性期でしたがこれからは慢性のストレス状態が続きます。
17日に長期ビジョンが東電本社から示されましたが、フェーズが変わったことから震災当初から激務をこなした所員に長期休暇をとらすことや、復旧を進めるF1の所長以外に長期ビジョン担当の所長(前所長が適任か)を現地に常駐させることが適切と思います。
また、F2の状況も次もし津波が襲えばF1と同様の状態になることは避けられず、所員が一丸となって対策を進めています。そのため、F2からF1に応援を出す余裕はありません。F1はすでにレベル7です。一企業が事態収拾する事態ではありません。東電本店をはじめ、ALL JAPANでF1を応援することが求められます。
産業保健に関してもこの一ヶ月の対応は現場では必死でやっていますが、これからは計画的な健康管理体制が求められます。現地の医療スタッフは産業医科大学から2人の医師の常駐を希望しています。本日産業医科大学の森学長補佐に連絡したところ、東電本社の要請があれば検討すると回答を得ましたのでF2増田所長から本店に現地からの声を届けてもらうことを依頼しました。今後、従来からの東電の産業保健体制ではなく外部からきちんとF1,F2の所員の健康管理(通常の労働安全衛生法に基づくもの以外にストレス対策、放射線被曝対策も含めたもの)を実施することが求められます。これは、原発周辺地域住民も含めた国の枠組みが必要です。
谷口プロジェクト(原発作業員の自己末梢血幹細胞採取)について両所長とも感謝しており、本日午後F2の副所長が担当として詳細な説明を求めて来室します。虎の門病院谷口医師の現地での説明も実施する予定です。
F2の体育館がF1所員の宿泊所になっています。夜間巡視すると重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者による強烈ないびきにより、睡眠を妨げられている状況でした。昨日、フィリップス社に支援を要請し、CPAPの提供を受け、これまでCPAPを使用していた2名に装着し、さらにSASが強く疑われる大きないびきを発している方々に置き手紙を置きました。今晩からそれらの方にCPAPを装着する予定です。
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2011年4月19日
日本赤十字社義援金は能力なりの規模に:免罪符的寄付から自立的寄付へ
日本赤十字社義援金は能力なりの規模に:免罪符的寄付から自立的寄付へ
小松秀樹
2011年4月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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日本赤十字社は、従来の惰性で、使い方を決めないまま、莫大な義援金を集めた。義援金は寄付の一類型である。寄付は、公のために、私財を投ずることと理解される。わが身まで捨ててしまう苛烈な寄付から、権威依存の免罪符としての寄付まで、さまざまな類型がある。それぞれの背景に、歴史的経緯と考え方がある。
日本赤十字社の義援金については、政府が介入して、被災者に被害に応じてお金を平等に分配することになった。もっと有益な使い道があったのではないか。使途の判断に問題があるとすれば、寄付する側が、使途について、自立的に判断して適切な相手に寄付する必要がある。
以下、寄付について考える。
1 陽明学的寄付
私財を投じて公益事業を自分で行う。自らの利害を無視して行動する。明治期まで見られた。身分制度は、社会的エリートに指導者としての強い自覚を促す側面があった。身分制度と学問と社会の混乱が、特異な抽象的指導者を生んだ。
例えば、明治初頭の香川県の地方政治家大久保諶之丞。知行合一の陽明学の徒である。裕福な地主の家に生まれた。維新後、青年期を迎えた。明治6年、西讃竹槍騒動が勃発した。徴兵制度など明治新政府の政策に対する農民の反感が背景にあった。騒動の中で、諶之丞の家屋は焼失した。この事件では、農民側の死者50名、官軍側死者2名。7名が死刑になった。諶之丞は、この騒乱の前後より、地域の指導者になっていった。農家の子弟を山梨県に派遣して養蚕業を学ばせたり、育英制度で学資を提供して医師を村に招いたり、農家の二男以下を北海道に入植させたりした。香川用水(1974年完成、徳島県の吉野川から香川県への水道で現在の香川県の水の生命線)や瀬戸大橋を最初に提唱したことでも知られる。
四国新道を計画し、その工事に私財を投じた。1891年、県議会で演説中に倒れ死去。享年42歳。残された家族は三度の食事にも窮したという。
2 石門心学的寄付
石門心学は石田梅岩を祖とする。石門心学の倫理には、砂漠地帯の一神教や、ニュルンベルグ綱領のような相手に向かう猛々しさはない。日常生活に密着した、地に足のついた行動規範である。自らを滅ぼす苛烈さはない。暴利をむさぼることなく、正直に節度をもって勤勉に働き、倹約して蓄財することを勧める。家族や親戚、近隣の人々が困っていれば、その金で助けなさいと説く。石門心学は勤労の喜び、優しい心、人を助けることで得られる深い満足感を推奨した。京都、大阪の商人の精神的よりどころとなり、誇りをもたらした。
ウィキペディアによると、江戸期の大阪には「きたのう貯めて、きれいに使う」ことを美徳とする習慣があったという。商売では無駄を省き、倹約して資本を蓄え、商売外では、世のため、人のためにできるだけのことをした。江戸期の大阪の八百八橋は町人の寄付で作られたという。明治以後も中之島公会堂や小学校などは、市民の寄付で作られた。第二次大戦後、お上に頼る東京中心の文化が優勢になった。
3 パトロン的寄付
全国訪問ボランティアナースの会キャンナスは、東日本大震災で大活躍している。震災から1カ月。被災地から、一部のボランティア団体が引き揚げ始めたが、状況はとても改善したとは言えない。
2011年4月10日、キャンナス代表の菅原由美氏のメールを読む機会を得た。
「現在は、気仙沼で2カ所、石巻で3カ所、南三陸1カ所でそこに泊まりながら活動しています。(今日は石巻で急に欠員が出て困った小学校に緊急配置しましたので、4カ所に泊まっています)本日帰ったナース8名。医師、ヘルパーなど、12名。今夜泊まっているナースは18名、ヘルパーなど6名です。明日3名追加、あさって3名追加になります。」
「神奈川の藤沢市から、週2回の人員と物資の輸送も欠かすことなく行ってきています。救援物資は、毎回10カ所以上に配っています。
キャンナスは、全くの任意団体でどこからの支援もなく、熱い思いだけで突っ走ってきました。しかし、これには限界があります。熱い思いのナースが沢山いるのに、この人たちを現地で活かしていくには、このナースたちの生活を支えないとなりません。その財力が、私にはないことが情けなく悔しくてなりません。今日も、石巻から真っ黒な顔で、でも生き生きした顔で帰って行くナースを沢山見送りました。また来ます!!皆そういってくれました。彼女たちはずっと石巻で頑張りたい!そう思っています。
でも全くの無報酬では稼ぎに帰らねばならないのです。被災者にとっても、ナースにとっても、気心が知れた人が去って行くことはつらいでしょう。今はまだ混乱の時期なので、被災者は人の入れ替わりに、なれてしまっています。しかし、今後心のケアはさけて通れません。心のケアは、なじみの関係がとても大事だと思っています。そういう意味でも、ナースを定着させたいのです。救援物資を購入することができない私にナースの人件費を出すことなどできません。私にできるのは、熱い思いのナースを集めそのナースを応援支援することだけです。どうか、このような団体に、そして、熱い思いのナース達をご支援賜りたく心よりお願い申し上げます。」
苦境のキャンナスにソフトバンクの孫正義氏が援助を申し出た。その後どうなったか確認できていない。孫正義氏が申し出たパトロン的寄付の考え方は、石門心学と重なる。東日本大震災で、多くの会社が、何らかの寄与をしている。創業オーナーは資産と権限が大きいだけ、動きが目立つ。ローソンの新浪剛史氏は、救援活動と能動的寄付を一体として展開している。
4 有償ボランティア
ここで脱線する。私は無償のボランティア活動を好まない。行動を保障する責任の証としての契約が成立しないので、本気が長続きしない。そもそも、長期間にわたる無償の奉仕は奴隷労働に近い。長くなれば当然逃げ出す。日本には不況で就職できない若者がたくさんいる。こうした若者から希望者を募って、有償のボランティアとして責任を持って働いてもらってはどうだろう。就活の重圧と失敗で落ち込んでいた若者に、誇りと元気と新たな視点を与えるだろう。ボランティアの経験は、次の就職活動に役立つに違いない。証明書や推薦状も当然書かれるだろう。ボランティア活動に従事した若者の経験の総量が大きければ、将来の日本に良い影響をもたらすに違いない。
5 日本赤十字社義援金
以下に日本赤十字社ホームページ(4月12日現在)の義援金募集画面の冒頭部を示す。
「東日本大震災による被災者に対して全国からお寄せいただいた義援金を被災都道県に配分するため、厚生労働省の協力を得て、学識経験者、被災都道県および日本赤十字社、中央共同募金会をはじめとする義援金受付団体を構成メンバーとする『義援金配分割合決定委員会』が4月8日(金)に設置されました。
この委員会で、被災状況に応じて、それぞれの被災都道県への義援金の配分割合が審議され、決定しました。具体的には『住宅全壊・全焼・流失、死亡、行方不明者は35万円』、『住宅半焼、半壊は18万円』、『原発避難指示・屋内退避指示圏域の世帯は35万円』を基準として、これに対象世帯・対象者数を乗じた額を各被災都道県に配分することになりました。」
義援金集めのミッションとそれを支える論理は示されていなかった。平等を担保する手続としての委員会と、被害に応じた分配額についての記載しかなかった。緊急対応には使われないこと、平等に配分されることを前提としていた。
6 宇多田ヒカル氏の不安 清水国明氏の疑問
伝えられるところによれば、歌手の宇多田ヒカル氏が、日本赤十字社を通じて8000万円の義援金を寄付した。
片山善博総務大臣は4月3日のNHKの番組で、日本赤十字社の義援金の分配について「政府で何らかの目安をつくり、早めに配れるような基準を作りたい」と述べた。その結果が前述の「義援金配分割合決定委員会」であろう。いかにも元自治官僚らしい。この委員会は、実益に無関心な官僚的手続そのものである。義援金を税金のように扱っている。寄付がなんたるかについての世界の常識とかけ離れている。官僚の手続は、どれだけ多くの人を救えるかではなく、整合性の追求が最優先課題になっている。(「災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先」
http://medg.jp/mt/2011/04/vol112.html#more)。整合性の追求は、責任回避のためである。
翌日、宇多田氏は、ツイッターで以下のように反応した。
「赤十字社に集まった義援金の分配に政府が介入してきたこれ! 私の寄付金、被災者の皆さんの今後の生活と被災地のためにちゃんと使ってもらえるのかな しっかり頼んます民主党さんっ」
アメリカ生活の長い宇多田氏にとって、民間のドネーションに政府が介入することは驚天動地だったに違いない。アメリカ人からみれば、片山総務大臣は泥棒にしか見えないのではないか。アメリカの常識では、寄付金の使い方を自分で決められないような団体は、寄付を集める資格がない。寄付金獲得のために、団体は、活動をアピールし続ける。
タレントの清水国明氏も日赤の寄付の活用方法にブログで疑問を表明している。
http://ameblo.jp/kuniaki-shimizu/entry-10847761951.html
(国明)そんな仕組みになっていることを知らない人が多い。今後募金を集めるとき、この義援金は今すぐに使われることはありません、と表示するつもりは?
(日赤)「・・・・・・」
(国明)この義援金を、今すぐ動いている組織、団体などの活動支援に使うことは?
(日赤)ない。
7 自立的寄付と免罪符的寄付
東日本大震災で、日本の行政システムの判断基準や判断方法が、大災害に通用しないことが明らかになった。
日本の官僚は、臨機応変に対応することを禁じられている、あるいは、禁じられているふりをしている。責任を問われないし、そもそも楽だから。書類には官職名だけで個人名を書かず、杓子定規を貫く。従って、想定外の緊急時の対応はできない。それでも、強い権限を持つ統一的な指揮命令系統を整備することで、あらゆることに対応できるという幻想に固執する。これも、権限が欲しいからだけではないか。
中央集権に対する幻想は、かつての共産主義国家に似たところがある。そもそも、計画経済が成り立たないのは、巨大で複雑な経済システムを統御できる能力を人間が持っていないからである。多くの目で認識して、それぞれが自主的に動くしかない。
被災者に現金を渡すのは、緊急対応ではない。災害で被災者の持つ金銭が有用になるのは、本人が生き残り、復旧が進み、金銭が使えるようになってから、あるいは、被災地外に出た時である。
大震災の被害が相当程度克服されるまでは、自主的に活動している団体を支える方が、被災者に現金を渡すより有益ではないか。日本赤十字社には、大震災での寄付金の扱いについて、突き詰めた議論をした形跡が見てとれない。
日本赤十字社の募金は、今回のような使い方にするのなら、震災発生後、1カ月後あたりからゆっくりと始めるべきではないか。そうでないと、本気の急場の寄付集めを阻害しかねない。
寄付をする側は、寄付がどのように使われるのが望ましいのか自分で判断し、適切な団体に寄付しなければならない。できればその団体の活動に注目し続けて、評価してほしい。
日本では、自立的寄付と権威に依存した免罪符的寄付のバランスが、後者に偏りすぎている。被災者の苦難を思えば、寄付する側にも責任が生じる。
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2011年4月16日
現在の行政システムは不要 小松秀樹氏のメール
以下は、中央省庁、地方自治体などの複数の公務員との議論をまとめたものです。
(中略)
山田太郎氏は実在する単独の個人ではありません。私たちの仲間と、公務員の考え方の違いを提示するために、小松個人が創作しました。文責は小松個人にあります。この意見に対する反論も当然あると思います。
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山田太郎様
現時点が批判の時でないことは間違いありません。
ただし、観光庁の文書は大きな障壁です。取り除く必要があるので批判しています。
観光庁の文書の基本姿勢は、救える人数を多くしたいということではなく、形だけの整合性を追及したことにあります。これは、責任回避と同義です。
これを官僚の都合とよんでいます。善良であることは、言い訳になりません。
悪辣である方が対処しやすいということもあります。
ご指摘のように政治家が指示したからこうなった、とは思いません。
観光庁の文書の中身は、官僚の考え方そのもので、政治家的風味は一切ありません。
あほな政治家のごり押しだけで、このような文書にはなりません。
実際に厚労省の保険診療についての文書は適切でした。やればできるということ。
カエサルを望むのは危険です。カエサルは天才です。めったにいません。
正しくカエサルを選択して、任命するのは至難です。
ろくなことにならないでしょう。
正しくカエサルを選べたとしても、カエサル一人の能力は限られています。
自衛隊が担当している部分は、カエサルにできるかもしれません。
しかし、統一的な指揮命令系統だけで、細かなところまで、救援できるという前提に問題があります。
計画経済が立ち行かないということの一般的な理由は、巨大で複雑なシステムを統御できる能力を人間が持てるはずがないということ。
多くの目で認識して、それぞれが自主的に動くしかない場面があるということを、官僚が分かっていないことが問題なのです。
医師は個人で責任をとることに慣れています。
小野沢医師から松浦記者へのメールにある2トントラックで物資を配給した医師の動きが必要なのです。
自主性が必要なときに発揮できないことが問題なのです。
小野沢医師からの最新のメールに以下の記述がありました。派遣されてきた役人が役立たずだという意見に対する彼なりの見方です。
「ここ、遊楽館には北海道庁の職員が何人かいます。彼らも好き出来ているわけではないので、明らかに手持ち無沙汰です。どう使うのかが考えられないから、要らないというのだと思います。」
自発性も必要だし、指揮が必要な場面もあります。個々の場面で、個人が判断しないと事態は改善しません。
インターネットは米軍が、指揮命令系統が寸断された場合を想定して作ったと聞きました。
今回の震災で、米軍の思惑通り、インターネットは極めて有用でした。
小松秀樹
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小松先生の御指摘のとおり、これまでの行政の対応は落第です。私は、その背景を以下のように考えています。
保健・医療の観点からの今回の災害の特徴は、災害(地震・津波)による被災72時間以内の死者(外傷・溺死等)よりも、災害後72時間~1年の超過死亡数として計算される間接的な死者のほうが遥かにに多いと想定されることだろうと思います。
被災後72時間に対応するDMATは、全国各地から速やかに出動しました。ここまでは、行政のプログラム通りの動きであったと思います。(ただ、残念ながら、今回の災害の特徴上、生死がはっきりしている被災者が多かったので、DMATが救えた命は少なかったことでしょう。)
問題はここからです。被災72時間以降の保健・医療が、通常の災害にもまして大課題であることを早期に認識し、被災対策のうち保健・医療分野を指揮するCzar(皇帝)を政府内に任命し、首相がCzarに強力な権限を与えて対策を進めていくことが必要であった(過去形ではなく、今からでもやるべき)と思います。この場合の主語は、「役人が」ではなく「首相が」です。
そもそも、保健・医療にオリエンテーションのない観光庁に通知を書かせたことが間違いです。Czarに適した人は、厚労省の岡本政務官やその他、与党の医系議員の中に何人かおられるはずです。Czarが今回の災害の保健・医療対策の骨格を形作る通知類(せいぜい10~20本しかありません)を自らの指揮にて(場合によっては直筆で)発出するようにすれば、小松先生がお怒りの事態にはなっていなかったと思います。
ちなみに、庁内を見渡して思うのは、多くは保健・医療を知らないので、なにをやってよいかわからないのは仕方ないとしても、善良な能吏が多く、言われたことはきちんとやります。ですから、何を言われるか(すなわち、通知として何が下りてくるか)は大切です。恐らく件の沖縄県の冷血役人も、言われたことをきちんとやったに違いありません。しかるべき指示(通知)を適切なタイミングで与えてやることを考えるのが現実的です。
小松先生の文章では、これを「役人の都合優先」と批判なさっておられます。私は、それはちょっと酷な気がします。課長通知は課長の一存で出せるものではありません。今回の災害関連の通知であれば、少なくとも政務官か副大臣までの了承は必要であったことでしょう。私が、私の厚労省と話す会話は、小松先生がお仲間の間で交わしておられるであろう会話と同質のものです。それが、歪み、遅れた形の通知として表に出てくるのは、役人よりも、役人を指揮する側の問題が大きいと私は思います。具体的には、災害直後から、常識的医療者かつ与党政治家である人が、保健医療分野の被災対策について、首相から権限を受けて直接指揮をとっていれば、このようなことにはなっていなかったことでしょう。
いずれにせよ、今は批判と責任追及の時ではありません。まだ、被災後1カ月です。今からでも遅くはありません。被災人口全体のexcess mortality & morbidityをどれだけ少なくすることができるか、勝負は、これからの半年~1年です。これまで、対応が遅れた背景としては、官邸が専ら福島原発対策に精力を奪われたこともあるでしょう。しかし、被災者に対する、これからの保健・医療支援の如何によって、超過死亡数を万人単位で左右し得ることを踏まえれば、被災者の保健・医療対策は、原発対策と並ぶ最重要課題です。保健医療を知る与党議員の中から、強力な権限とリーダーシップを持つZcarを1人、首相が任命なされば、私はこれからの事態を好転させることは可能であると思います。
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山田太郎様
山田様の志と意欲を高く評価するものですが、行政システムは落第点しか付けられません。
行政システムの判断基準や判断方法は、大災害に通用しません。
大災害にはそもそも対応できるようなシステムではない思いますが、
設計時に期待された通常の機能も発揮できないほど、組織が劣化しています。
どうしたらよいのか考えてください。
観光庁長官や、文書を発出した課長は、常識で考えられないひどい判断をしています。
民間会社なら、とりあえず、降格あるいは左遷間違いないでしょう。最終的には解雇です。
現状の行政システムが信頼を保ち続けるのは難しいのではないでしょうか。
小松秀樹
難波紘二氏より 生コン注入しても汚染水の流出が止まらない?
各位へ:(転載自由です)
<東京電力は、洪水対策で使われる、水を吸収して膨張する「高分子ポリマー」という特殊な素材などを使って、水の流れをせき止める方法を試すとして、3日午後1時40分すぎから作業を行いました。東京電力によりますと、効果を高めるため、高分子ポリマーのほか、おがくずや新聞紙なども投入したということですが、配管の中に十分に入らず、今のところ、海に流れ込む水の量には明らかな減少はみられないということです。このため、水をかき混ぜる作業を行い、4日まで効果が出るかどうか監視を続けることにしています。2号機では、タービン建屋にたまった水や建屋の外にある「トレンチ」と呼ばれるトンネルにたまった水から、高い濃度の放射性物質が検出されていて、東京電力ではこれらの水は、同じものとみています。このため、これらの汚染された水が、海に流れ出ている可能性があるとして、「トレンチ」に色のついた水を流して、どのような経路で海に流れ出しているのか、調べることにしています。>(NHK)
この会社はやることが後手後手。まず色素試験で流出源を確かめてから、ブロック位置と方法を考えるべきなんだよ。
出る場所は4つの原子炉建屋と4つのタービン建屋の地下しか考えられない。黒を含め8種の色素を同時にテストすればよいのだ。朝やれば午後には遅くとも結果が出るのに、場当たり式にカンでやるから、仕事はいつまで経ってもはかどらない。
医療で言えば診断できないまま、治療をしているのが現状だ。
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2011年4月4日
亀田総合病院の小松秀樹氏より 便利なサイト一覧
※被災者受け入れに関して※
厚生労働省ホームページ
東日本大震災関連情報:厚生労働省発の通知文書を見ることができます。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014ih5.html
携帯版(情報はパソコンより少ないです)
http://mobile.mhlw.go.jp/jishin/index.html
※被災地入りする医療・介護・福祉関係のみなさまへ その1※
被災地では、情報の入手もむずかしいこと思います。
NPO法人日本医学図書館協会では、被災地の大学・病院・医療関連機関所属の方々、救護・復興活動に従事される医療者の方々に対し、医学文献を無料提供するとのことです。申込はメールだけでなく、電話でも受付可能とのことです。
みなさんに被災地でご活用いただくと共に、現地の医療・介護・福祉関係の方々にも情報提供いただければと思います。 また、メール等で、現地の方々に連絡が取れる方はぜひお知らせください。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/earthquake/eqindex.html
<情報元 NPO法人日本医学図書館協会>
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/
※被災地入りする医療・介護・福祉関係のみなさまへ その2※
被災地および救護・復興支援のための医学文献(オンラインジャーナル)や文献検索システムが期間限定で無料提供が行われています。
ここでは、数点紹介します。
英語編
●PubMed モバイル端末向け:簡易検索のみ
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed
●UpToDate
http://www.uptodate.com/
●コクラン・ライブラリー
http://www.thecochranelibrary.com/
●DynaMed
http://www.ebsco.co.jp/earthquake/311evidence.html
●MD CONSULT
http://www.mdconsult.com/php/237779143-11/homepage
●NEJM
http://www.nejm.org/
日本語編
●今日の診療WEB版
http://www.igaku-shoin.co.jp/misc/311care_kon.html
●JDreamⅡ地震関連文献情報の無料公開
http://pr.jst.go.jp/new/info20110316.html
●医中誌Web
http://www.jamas.or.jp/news/news26.html
<情報元 LITERIS>
http://plaza.umin.ac.jp/~literis/cgi-bin/fswiki/wiki.cgi?page=Earthquake
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2011年4月4日
地下水の高濃度汚染
地下水から基準の1万倍のヨウ素検出-福島第1原発 2011年 4月 1日 13:09 JST<【東京】福島第1原発の1号機近くの地下水から放射性ヨウ素が検出された。東京電力が31日に発表した声明によると、濃度は海水に関する国の基準の1万倍という。同社担当者は声明直後に測定が間違っている可能性があると述べ、4月1日にあらためて結果を発表するとした。
放射線量と、サンプルの採取日が30日であること以外はほとんど詳細を明らかにしなかった。サンプルは地下約15メートルから採取した。大気中の放射性物質が雨で地中に浸透したのか、大量放水の水が流れ込んだのかなど、放射性物質の出どころはわかっていない。
測定結果を説明した東電の担当者は、原子炉は固い岩盤の上に築かれたコンクリートの基盤上にあるため、原子炉から直接土壌に漏れたはずはないと語った。>(「ウォールストリート・ジャーナル)
高濃度の放射性ヨウ素は1号機のタービン建屋脇付近の「サブドレーン」にある地下水から検出された。1立方センチメートルあたり430ベクレルで法令基準の1万倍、通常運転時の原子炉内の水に相当するという。
サブドレインは建屋が地下水の浮力によって浮かないように排水する目的で、建屋を取り囲むように掘られた深さ12~14メートルの縦穴状の施設。今回の福島第1原発のように汚染水が流れ込むと、そのまま海に流れ込んでしまう危険性もある。>(「日経」)
サンプル採取の深さを報じているのは、この2紙のみ。 問題は現地の伏流水がどうなっているかだが、原発の立地条件を見ると西側に43mの丘があり原発建物は東向きに、海にぎりぎりに海抜13~8mのところに建てられている。地下20メートルまでの地下水は一般に「表層水」といい地上の汚染をもろに反映する。深さが10~15メートルの井戸を「浅井戸」という。危険な井戸だ。
地下構造がどうなっているかは、映画「ジュラシック・パーク」で出てくるように、小型のダイナマイトを爆発させてその反射波を映像として検出すればすぐわかる。映画では「バッドランド国立公園」(化石が露出しているので有名)の地下にある恐竜の化石を発見するのに古生物学者が用いていた。
東電関係者は「原子炉は第一岩盤の上にコンクリートを流して土台を作ったので、土壌から(その下の)地下水に漏れるはずがない」と言いたいのだろう。しかし第一岩盤の下にも土があり、その下に第二岩盤があり、その下にも伏流水(深層水)が流れている。ここまで掘った井戸は「深井戸」といい、通常、表土汚染とは無縁である。汚染される場合も相当時間がかかる。但し地震のため第二岩盤に亀裂が入ったとなると、話は別である。
「日経」が報じるのは原発周囲に深さ12~14mの「空井戸」が何本も水抜きのために掘られているということ。ここに出てくるのが表層水なのか、深層水なのか、原発敷地の地質学的構造データを明らかにしないと、「汚染地下水」の意味は明らかにならない。記事の質は読めば分かるようにWSJの方がはるかに高い。頑張れ日本のメディア。
-- 難波紘二
鹿鳴荘病理研究所
739-2303 東広島市福富町久芳685-7
TEL/FAX=082-435-2216
「病気は自然の実験である」
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2011年4月2日
ICRP批判 九州大学 吉岡斉氏
公衆の放射線防護レベルの緩和についての国際放射線防護委員会ICRPの忠告(3月21日)について吉岡斉(よしおか・ひとし)九州大学教授・副学長平成23年3月31日 国際放射線防護委員会ICRPは月21日、Claire Cousins議長らの名で、およびChristpher Clement科学事務局長の連名で、福島原発震災における放射線防護レベルの緩和に関するコメントを発表した。その骨子は、緊急時の放射線防護の「参考レベル」を20~100mSvとし、また事故終息後の汚染地域からの退去の「参考レベル」を1~20mSvとすることを忠告recommend する、というものである。
日本の放射線防護関係者の中には、それを支持する者もいると聞く。しかし筆者はそれに賛成しがたい。筆者はICRPによる放射線の危険度(リスクと表現する者もいる)の見積りが過小評価であると思っているが、それについて今回議論する気はない。かりそめにICRPの評価が妥当だとしても、今回の忠告を日本政府が受け入れることは賢明ではないというのが筆者の意見である。
その理由は、この忠告が暗黙の前提としているのが、局所的な少人数の被曝だという点である。そうした範囲内ではこの忠告は一定の説得力がある。しかるに福島原発震災は、巨大都市を巻き込んだ広域的な被曝をもたらすおそれが濃厚であり、そうした事態に対してICRPの考え方は危険である。
日本政府は、ICRPの勧告に準拠して、国内の放射線防護基準を定めてきた。具体的には原子力安全委員会の原子力防災指針などに、そうした基準が示されている。そこにおける公衆の線量限度(平常時)は年間1mSvである。ちなみに放射線の危険度に関しては、ある集団が20000mSvを浴びると、その集団でのがん死が1名増加すると見積られている。これは言うまでもなく「直線仮説」に基づいた見積りである。これが正しいとすると、今回の福島原発震災による放射能が首都圏に飛来し、その住民3500万人が1mSvずつ被曝した場合、1750人のガン死者増加がもたらされる。これは相当に大きな数字である。
他方、緊急時においては、平常時よりもはるかにゆるい基準が、公衆被曝に関して適用される。現行の基準では屋内退避の目安が累積10mSv、避難の目安が累積50mSvとなっている。これを首都圏に適用すると恐るべき結果が出てくる。首都圏の人口は3500万人である。この集団が一様に10mSvを浴びた場合、首都圏でのがん死の増加は17500名となる。50mSvでは87500名となる。このような大量死を容認するような基準の適用は妥当ではない。平常時と同じ年間1mSvを厳守することが望ましいだろう。
ところがICRPの今回の忠告は、これよりもさらにゆるい20~100mSvという「参考レベル」を推奨している。これは地方の都市・農村を念頭に置いた基準であると考えられる。それをそのまま巨大都市に適用するのは大胆すぎる。同じように、恒久的な移住の基準を年間1~20mSvにしてはどうかというICRPの忠告も適切ではない。
なお首都圏の基準と、福島第一原発周辺の基準を、ダブルスタンダードにして使い分けるのは、理論的にはありうる方式であるが、現実的には立地地域に犠牲を押しつけるものだという批判を浴びることは必至であり、実施困難である。一律に年間1mSvを適用するしか、取りうる方法は無いかもしれない。
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2011年4月1日
「専門家」に気をつけよう
各位へ:(転載自由)
医療法人徳州会は傘下の全病院をあげて「5000人規模の患者」とその家族を引き受けることを明らかにした。
http://www.tokushukai.or.jp/media/news/
透析機も足りない分は新規購入するとしている。透析患者の救命に大きく貢献するだろう。
すでに大規模な医療救援隊を現地に派遣しているから、生の現地情報に基づいての判断と見られる。
家族単位で全国の徳洲会病院に移動することになるが、放射能汚染に怯えつつ現地生活をするより、はるかにましだろう。
このような決定と実行は厚労省にはできない。徳州会のパワーはすでに厚労省を上まわったと見るべきだろう。
NHKや民放TVそれに新聞が無批判に「専門家」という言葉を使っているのが目(耳)に障る。
A.「政府系(体制系)専門家」とB.「反政府系(反体制系)専門家」の2種類がある。メディアはその区別がついていないか、区別して報道していない。
保安院のカラ男や北大の奈良林教授、例の阪大名誉教授などはAの専門家だ。
奈良林などは「圧力容器の底の燃料棒挿入口から水がこぼれ落ちているから、水素爆発を起こさず助かっている」などとふざけたことを述べている(今朝の「中国」)。だったら初めからそれ用の配水管と貯水槽を作っておくべきだろう。
同じ紙面で「原発はなぜ危険か」(岩波新書)を書いた田中三彦は、「メルトダウンで挿入口がやられた。ここが一番弱い部分だ」と正直に述べている。京大の小出裕章も、高木仁三郎もBカテゴリー。
制御棒をなぜ下から差し込む設計にしたのか、どうして上から落とす設計にしなかったのか、理解に苦しむ。メルトダウンは上から始まるからだろうか?
ともかく同じ専門知識をもっていても、価値観・倫理観・自己顕示欲は個人にり異なる。だから2種の専門家が生まれる。
ひとまとめに「専門家」と呼ぶのはよしにしてもらいたい。
一区切りついたら「専門家」の発言を点検するのが、メディアの役割である。それがないと「専門家」の自然淘汰がすすまない。
なお米国にはメディア記事を検証するサイトがある。
http://www.j-cast.com/2011/03/27091410.html
-- 難波紘二
鹿鳴荘病理研究所
739-2303 東広島市福富町久芳685-7
TEL/FAX=082-435-2216
「病気は自然の実験である」
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2011年4月1日
「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を
「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役 木村 知
2011年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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とうとう、原発事故作業員の方々に大きな被曝事故が起きてしまった。
ほんの数日前まで、新聞をはじめとした各メディアは、原発事故現場に向かうこれら作業員の方々のことを、「決死の覚悟」で「命懸けの任務」を行う、まるで戦時中の特攻隊員を彷彿とさせる「英雄」として扱い、その勇気を讃美する論調を世間にあふれさせていた。こうしたある種の異様な論調やそれに同調する国民感情に空恐ろしい違和感を覚えたのは、けっして私ばかりではあるまい。
しかしそんなメディアの論調も、今回の被曝事故が起きてやっと「作業員の安全確保を」という方向に変わりつつあるようだ。
とは言え、事故の全容も未だ不明で、今後の見通しもつかず、事態収拾にこれからも多くの時間を要する状況で、これら作業員の方々はますます増員されていくに違いない。それに伴い、このような被曝事故も、仮に杜撰な安全対策が見直されたとしても、今後「二度と起きない」とは、けっして断言できないだろう。
また、重大な被曝事故でなくとも、ギリギリの作業環境のもと相当量の被曝をすることで、「直ちに影響」は出なくとも、数年、数十年の経過を経て健康被害が発生する可能性も否定はできない。
被曝のリスクだけでなく、十分な食料や睡眠さえ保障されない劣悪な労働条件での任務を強いられているとも聞く。肉体的なダメージはもちろん、精神的なダメージも計り知れない。このようなダメージは、仮に任務を終えて無事家族のもとへ帰宅できたからと言っても、簡単に癒えるものではないだろう。
つまり、この原発事故現場での作業に関わったすべての方々には、「直ちに影響が出ない」とは言っても、将来なんらかの肉体的あるいは精神的「健康被害」が発生する可能性が否定できないと言える。
そこで、非常に心配されるのが、将来なんらかの健康被害がこれら作業に関わった方々に生じた場合、「適切な補償が受けられるのか」、という問題だ。
ただでさえ労働者の立場は弱い。
日頃診療をしていると、明らかに「就労中のケガ」であるにもかかわらず、「ぜったいに『労災扱い』にしないで欲しい」と建設現場で負傷した土木作業員に懇願されることは、珍しくない。
建設業界ではゼネコン、下請け、孫請けと順次下部企業へと工事が発注される受注形態があり、「労災事故」が多い下請けには、その上部企業からの工事の発注がされなくなるという、「病的ピラミッド構造」が根強く残っている。
そのため、下請け、孫請けなどの零細企業は、なるべく「労災事故」の件数を少なくする必要があり、作業中ケガ人が発生した場合、全額自費診療扱いとして事業主が自腹で治療費を支払ったり、酷い場合はケガそのものを「就労と無関係」と作業員に言わせたりするなどの、いわゆる「労災逃れ」「労災隠し」を行う事例が後を絶たない。
これは、建設業界に限定したものであるとは、けっして言えないだろう。
今回の原発事故現場でも「協力会社」といわれる「下請け企業」から多くの作業員の方々が動員されているとのことだ。
はたして、この「下請け企業」の方々に将来健康被害が発生した場合、適切な補償はされるのだろうか?
「労災認定されるはずだ」という意見もあろう。
しかし残念ながら、答えは「否」であると、私は思う。
確かに「直ちに影響が出た」ものについては、労災認定される可能性はもちろんあり得ると思われるが、将来起こり得る健康被害も不明であるうえ、遅発性に起こったものについての認定は、原発事故現場での作業と相当因果関係が強固に証明できるもの以外は、まず無理だろう。
そもそもただでさえ、作業中の安全管理対策が杜撰である企業が、将来起こり得る健康被害まで補償することなど、到底期待できない。
つまり、「原発事故作業に起因した健康被害」を労災ですべて補償するのは、不可能ということだ。
自衛官については、原子力災害対処によって死亡もしくは障害が残った場合、「賞恤金(しょうじゅうつきん)」が支払われ、今回その額が通常の1.5倍に引き上げられたという。
もちろん、金銭が補償されればいいという問題ではないが、企業、特に下請けなどの零細企業に所属している作業員の方々にも同程度の補償は最低限必須と考えられる。今後起こり得る健康被害の種類が特定し得ないこのような特殊な状況である以上、原発事故作業との因果関係が証明できるものについてはもちろん、それ以外の傷病を含めたすべての医療費および定期的な健康診断による健康被害調査についても、国が責任を持ち、生涯にわたって補償を行うべきと考える。
今後、入れ替わり立ち替わり、各方面、各所属の作業員の方々がこの任務に関わってくるにつれ、すべてがウヤムヤになってしまいかねない。早急に、いや緊急にこの医療補償について論じ検討しておく必要性を強く訴えたい。
原発作業員の方々は、「英雄」である以前に「労働者」であり、自分自身や家族の犠牲を強いられている「被害者」であることを忘れてはならない。
いくら「英雄」と讃美されても、肉体的精神的被害はけっして癒されることはない。
この「被害者」としての作業員の方々に、生涯にわたって医療補償を行うことは、安全を犠牲に今日まで原子力政策を推し進めてきた国がなすべき、最低限の「せめてもの償い」と言えるのではなかろうか。
作業員の方々を「英雄」と讃えた国民ならば、この「勇気ある被害者」への公的医療補償に、まったく異論はないと信じる。
木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。
きむらともTwitter: https://twitter.com/kimuratomo
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年3月28日
航空自衛隊の「空飛ぶICU」(航空機動衛生隊)にお申込みを
(防衛省 山田首席衛生官からいただいたメールです。)
被災地医療支援に従事されておられる皆様
航空自衛隊は、小規模ながらも、要員や必要な器材も込みで「空飛ぶICU」を運用しておられます。長距離の搬送が必要な患者の皆様について、ICUクラスのケアーが必要であれば、航空自衛隊の「空飛ぶICU」(航空機動衛生隊)にぜひお申し込みくだ さい。
「空飛ぶICU」の存在は、本リソースが外傷やクラッシュ症候群への対応を念頭に整備されてきた経緯により、残念ながら災害医療関係者以外にはほとんど知られておりません。
被災地のALSやガン患者様の皆様が、バスや新幹線で被災地から域外へ搬送され、中には搬送途中で命を落とされる不幸なケースがございました。航空自衛隊より、「もはやぜひともこのような不幸な事態を避けたい」とのご意向で、直接、ご連絡をいただいた次第でございます。
「空飛ぶICU」については、別添のパワーポイント資料に、概要、メリット・デメリット、関係者連絡先を記しております。
「搬送手段のあてがつかない」という理由だけで、広域搬送をあきらめておられるような方がおられましたら、以下のメールアドレス宛にご連絡いただければと存じます。
山田 assg0001@aso.mod.go.jp
桑田 assg1104@aso.mod.go.jp
加藤 assg1102@aso.mod.go.jp
古川 Katsu_furukawa@sannet.ne.jp
なお、①ヘリ搬送との混同、②要員だけ貸し出すことは現時点では困難でございます。この旨、ご理解いただければと存じます。
航空自衛隊の皆様が小規模ではございますが、要員や必要な器材も込みで「空飛ぶICU」を運用できる事実を、関係者の皆様にに周知して頂きたく、何卒よろしくお願い申し上げます。
NHK科学・環境部から医療機関へ震災関連疾患情報の収拾依頼
<東京医科大学 山科氏からいただいたメール>
お願いがあります。循環器学会、心臓病学会、集中治療医学会、地震医療のMLを通じてお願いしています。震災関連疾患の情報を一般の方にも啓発していただくためにマスコミにも情報発信をお願いしています。NHKにもお願いし、協力いただいています。
その関連で、NHK科学・環境部から下記の依頼がありました。
【依頼(抜粋)】
避難所で心筋梗塞、エコノミークラス症候群、たこ壺心筋症になったが無事一命を取り留め入院している患者さんがいらっしゃらないか?全体で何人ぐらいがいるのか?
解る範囲で把握したいからです。どうぞよろしくご検討いただければ幸いです。皆さんに、尋ねていただけないでしょうか?可能であればその患者さんを取材したいと思います。
と、いうものです。
マスコミの依頼に関係なく、現状の把握は、さらなる情報提供、予防に参考になると思います。
対応できる方だけで結構ですので、よろしければお願いします。
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なお、学会としても今後のための学術的な調査が必要と思い、自主的参加で協力いただけるように準備を進めています。
被災地で大変な思いをされている先生の負担にならないよう十分に配慮しますので、その際には宜しくお願いします。
山科 章
akyam@tokyo-med.ac.jp
東京医科大学第二内科
東京医科大学病院循環器内科
〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-7-1
℡03-3342-6111 Ext.5900, 5886
Fax03-3342-7825
国が認めない?南房総市市長の要介護の被災者の積極受け入れ
<千倉の松永平太氏よりいただいたメール>
寒い春が続いております。日本全体が沈殿しているようです。
1泊3食5000円、安い宿泊代ですがキャンセル続きの不況観光業界にとってはおいしい被災者お泊まりセットです。
その被災者お泊まりセットをめがけて、日本全国の観光業界が飛びつくチャンスをうかがっています。しかし、限りある財源の中、希望するすべての被災者に被災者お泊まりセットを提供することは困難だと思 います。きちんとした要綱ができていないため、国からの細かい指示が ないため、被災者お泊まりセットがタダだと思って提供したら認められ なかった・・・という 状況が予測されます。
「ならば、国に代わって市町村が立て替えましょう!」と言えず、日本全国の市町村が二の足を踏んでいます。
そんな中、なんと、我が南房総市の石井裕市長が、「生命尊重が第一、特に要介護状態の被災者を積極的に受け入れ、国が認めてくれない 場合南房総市が建て替えよう!」といち早く言って下さいました。人権派市長です。
鴨川市も続いているようです。
医療、介護、福祉が連携をとり、私達の身代わりになって下さった人たちを支援しませう。
「安房医療介護福祉連携・東日本大震災支援の会」
(略称:AWA311-MCW)
*この会の問い合わせ窓口は、花の谷クリニック
TEL0470-44-5363(小林、島塚)
被災された要介護者及びその家族の受け入れの窓口が、
3月25日に南房総市に設置されました。
*南房総市の窓口は、南房総市被災者支援本部
TEL0470-33-1011
緊急被ばくの事態への対応は冷静に
緊急被ばくの事態への対応は冷静に
(独) 国立病院機構 北海道がんセンター 院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年3月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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3月11日の大地震により、福島県の東京電力福島原子力発電所で放射性物質の放出という深刻な事態が発生した。マグニチュード9.0という大地震と津波による悪夢のような大災害の現実に対して被害者の救出が全力で行われている。
一方、原発事故も大きく報じられているが、国民が放射線被ばくについて不安が強いという現実に対して上 昌広編集長の依頼で、13日14時現在までの情報をもとに放射線被ばく についての基本的な考え方を報告し、冷静な対応を期待したいと思う。
12日午後1時に原発の敷地境界で1015μSv(マイクロシーベルト)/hの放射線量が計測されており、放射性物質が放出されたことは確かである。
Sv (線量当量)とは、人体への放射線の影響を考慮して設定された線量を示す単位である。放射線障害防止法などの法令が定める一般人の年間の被曝線量限度は1000μSv(=1mSv)とされているので、確かに大きな線量である。なお医療従事者や原発従業員などの職業被ばくの年間線量限度は最大50mSv(100mSv/5年)である。この事態にたいして、原因や問題点などに関して今回は論じることは控え、健康被害についてのみ論じたいと思う。
なお日本の緊急被ばく医療対策はJCO臨界事故の教訓を踏まえて、かなり整備されている。平成12年6月に「原子力災害対策特別措置法」が施行され、事故時の初期対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保等、防災対策の強化・充実が図られてきた。今回も早期に避難勧告が出された。
人類は宇宙や大地から、自然放射線を受けており、日本では年間2.4 mSvの被ばくを受け、医療被ばくを加えると日本人一人平均約5 mSv(5000μSv)の被ばくを受けている。また東京・ニュー ヨーク間一往復では宇宙からの放射線が多くなり 0.19 mSvの被ばくを受けると言われており、低線量の放射線被ばくは日常的なものなのである。
しかし放射線は被ばくしないことにこしたことはないので、テクニツクとして放射線防護の3原則がある。(1)距離・(2)時間・(3)遮蔽(しゃへい) がある。
(1) 距離は放射性物質からできるだけ離れることであり、これは遠くへ避難することである。放射線の量は距離の二乗に逆比例するので、原子力発電所から1Kmの地点での放射線量を1とすると10Kmの地点では1/10x10=1/100 となり、百分の一の被 ばく量となる。20Kmの距離に避難すれば、四百分の一となる。
(2) 時間はそのまま加算されるので、同地点に1時間滞在よりも一日滞在すれば、24倍の被ばく量となる
(3) 遮蔽は放射線の種類やエネルギーによっても異なるが、密度の高い建材で造られた室内に退避することにより、外部からの放射線をより多く遮蔽することができる。屋外にいるよりも木造建築の室内にいれば建造物が遮蔽体となりより少ない被ばく線量となる。さらにコンクリート造りの室内では低減する。
さらに空気中に含まれている放射線物質からの被ばく量の低減のために皮膚を露出しない服装と帽子の着用、内部被ばくを避けるためにマスクの着用などを心掛けることである。
また、現場で考えることは放出された放射性物質は風によって運ばれるので、風上方向への避難が重要であるが、時間的経過で風向きも異なるし、現実的に海の方向へ逃げることはできないので、とにかく(1)距離と(2)時間の原則を考えて対応することとなる。
また放射線防護剤(内容はヨード剤)の配布が緊急被ばく医療の対応マニュアルに記載されているが、現実的にはヨードを多く含む昆布などの食品を食べながら避難することが現実的である。ヨウ素は甲状腺に取り込まれるが、事前にヨウ素を摂取し、甲状腺のヨウ素量を飽和させることにより、放射性ヨウ素が環境中にあっても、甲状腺に取り込まれないようにする対応である。
今後の対応として、放射線被ばく者の対応であるが、まず正確な被ばく線量を把握することである。被ばく線量によって対応が大幅に異なるからである。また衣服の上から測定器で計測して被ばくしていると判定された人でも衣服に付着した放射性物質の汚染と人体の被ばく線量は異なるものであり、衣服の汚染と人体の被ばくは区別する必要がある。
また放射線の種類やエネルギーによっても人体に与える影響が異なるため、実際に人体の被ばく線量の把握は容易ではないのである。
なお放射線が人体に与える影響は被ばくの時間的・空間的(被ばく範囲)な違いも考慮することも重要である。(1)急性被ばくか、慢性被ばくか、(2)全身被ばくか、局所被ばくか により人体への影響は異なる。(1)の時間的な問題としては、例えば日本酒1升を一晩で飲むのと、毎日晩酌で少量づつ1カ月間で飲むのとでは人体への影響は異なる。放射線の影響も同ようなものと考えられる。(2)の問題としては、厳密には全身被ばくの場合と同一ではないが、胸部単純写真の撮影では0.06mSv(60μSv)、胃のバリウム検査では0.6mSv(600μSv)、胸部CT 検査では6mSv(6000μSv)の局所被ば くを受ける。今回の被ばくは急性の全身被ばくであるが、極めて低線量であると考えられることから問題となることはない。
全身の急性被ばく時の人体への影響は、250mSv(250,000μSv)以下では臨床的な症状は出現せず、影響はない。また500mSvで白血球の一時的な現象が見られ、1000mSv以上で吐き気や全身倦怠感が見られると言われている。こうした医学的な見地から見れば、今回の被ばく者の健康被害は深刻なものではない。
避難住民に対し放射線被ばくによる健康影響について説明を行ない冷静に対応し、また汚染の程度に応じて、適切な除染処置や予測被ばく線量を把握して必要ならば医療機関への搬送が望まれる。
本日、国立病院機構本部から要請により、緊急被ばく医療の助っ人として当院からも放射線治療科の医師を派遣する予定となった。最後にこうした事態に対して分析・指揮・対応指示などを行うオフサイドセンターがどこなのかが報道されておらず、情報開示の不手際が気になるところである。
最後に原発事故への対応に全力をあげて働いている原発施設の従業員をはじめとする方々の健康被害が極めて深刻なものとなる可能性があるが、致命的でない被ばく量であることを祈るばかりである。
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2011年3月14日
矛盾だらけのインフルエンザ予防接種指針
矛盾だらけのインフルエンザ予防接種指針
わだ内科クリニック院長 和田眞紀夫
2010年10月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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厚生労働省は及び腰もいいところで、インフルエンザの予防接種に関して国民に正しい指示を与えようとはしない。ここではインフルエンザ実施要綱の内容についてのいくつかの矛盾点や問題点を取り上げてみたい。事実関係の確認については下記の厚生労働省のホームページに掲載されている内容をご参照いただきたい。
「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するお知らせ」
http://www-bm.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_vaccine22.html
「新型インフルエンザワクチン接種事業(平成22年度)に関するQ&A」
http://www-bm.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/info_qa22.html
始めに問題点を挙げると、新型(A/ H1N1パンデミック2009)インフルエンザに罹患して重症化しやすいのは、高齢者や基礎疾患(慢性疾患)を持つ方と妊婦や乳幼児の方であると説明しておきながら1)積極的に妊婦に接種を勧奨することはせず、2)乳児(0歳)に至っては接種を勧めていないとはっきり言い切ってしまっていること、この2点は大きな矛盾と間違った方針決定を含んでいると思われる。
ちなみに米国における2009パンデミック(H1N1)インフルエンザに対する接種基準(2009)をご紹介すると、
「米国ではワクチンの優先者は妊婦が筆頭である。続いて、6ヶ月以下の乳児と同居または世話をする人、続いて、保健医療担当者・救急業務担当者、(さらに)続いて6ヶ月から24歳までの若年層、そして25歳から64歳までのインフルエンザが重症化する可能性のある慢性疾患保有者、となっている。25歳以上の基礎的疾患を保有していない市民(65歳以上の高齢者を含む)は、最後の最後である。」
以上、「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」http://nxc.jp/tarunai/の2009.10.19記載より転記。( )部分は筆者が補足した。
なお、今年の米国CDCの基準では6ヶ月以上5歳までの小児、特に2歳以下の小児、65歳以上の高齢者などを最重要対象に含めている(同2010.9.29記載参照)。これは今年度に関してはA/ H1N1パンデミック2009に加えてA香港型(AH3N2)が混合して流行することが予想されているためだ。
ところで、なぜ日本では妊婦の接種に及び腰なのか。
筆者が想像するには従来の季節性インフルエンザに対する予防接種における方針を継承しているためと思われる。かねてから米国では妊婦への接種を勧奨してきたのに日本では眞逆の方針をとってきたという経緯がある。これまでの季節性インフルエンザ用のHAワクチン(北研および生研)の添付文章を転記したい。
「妊娠中の接種に関する完全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には接種しないことを原則とし、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断された場合のみ接種すること」。
それでは今年度のHAワクチン(北研)、すなわちA型H1N1株を含む3価ワクチンの添付文章はどうなっているだろうか(以下転記)。「妊娠中の接種に関する完全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断された場合のみ接種すること。(後略)」。
つまり「接種しないことを原則とし、」という部分を除いただけで大きなスタンスは変えられていないのだ。このような危険極まりない表現が使われていては妊婦に接種する気には誰もなれず、とてもではないが妊婦に接種を勧奨しているという状態とはいえない。にもかかわらず、上記の厚生省のサイトの説明では「現在までのところ、妊娠中にインフルエンザワクチンの接種を受けたことで、流産や先天異常の発生頻度が高くなったという報告はありません」という事実だけをさりげなく載せている。
話を乳児に移そう。
さすがに欧米でも出生直後から生後6ヶ月までの乳児は予防接種対象からはずしているのだが(その代わりその保護者の接種を優先的に勧奨している)、6ヶ月以上は接種対象に入れるのが一般的だ。今年の米国の接種勧奨対象も生後6ヶ月以上の全ての国民となっている。アジアではどうかというとつい先日発表された台湾の基準でも生後6ヶ月以上を接種の対象としており、特に小学校3年生までの小児と65歳以上の高齢者を無料とすることで接種を促している(http://nxc.jp/tarunai/の2010.9.29記載)。
それにも関わらず、日本で乳児を接種対象からはずしている理由は、「1歳未満のお子様に対する新型インフルエンザワクチン接種は、免疫をつけることが難しいためおすすめしていません。」と説明している。つまり、乳児はハイリスクグループに含まれると認めていながら「効果がないから」という理由だけで「勧めない」と言い切ってしまっている。それにも関わらず両親が強く望むなら(補償はしないけれども)どうぞというスタンスで、接種量だけを設定している。ところが、この場合はせめて生後6ヶ月以上とはせずに、出生直後から接種してよいことにしている(こういう国も世界中例を見ない)。実に無責任な設定と見受けられるが、実際補償をしないのだから責任は取らないということだ。これではもう何の指針にもなっていない。
最後に日本が設定している小児に対する接種投与量が全くおかしいことを問題提起しておきたい。
「A型インフルエンザHAワクチンH1N1」の用法・用量は、1歳未満 0.1mL 2回、1-6歳未満 0.2mL 2回、6-13歳未満 0.3mL 2回、13歳以上 0.5mL 1回である。このように年齢に従って投与量を細かく減らしていくのは国産ワクチンだけである。乳児(0歳)に関しては0.1mLという設定だが、0.1mLの接種が実際にどのようなものか実態を認識して決めているのだろうか。0.5mLの接種でも実際は注射器や針の壁面で薬液をロスしてしまって、0.4mLぐらいになることはあり得るだろう。
ある行政のQ&Aでは、「0歳の乳児のインフルエンザワクチンの接種は可能ですが、摂取量が1回0.1mLと微量のため免疫効果がはっきりしていません。」として0歳児の接種を勧めていない。それでは何を根拠に接種量を0.1mLと設定したのだろうか。
ちなみに国も承認している輸入1価ワクチン「アレパンリックス(H1N1)筋注」(グラクソ・スミスクライン株式会社)の用法・用量は6カ月‐9歳 0.25mL 2回(著者註:諸外国では2回だが、厚労省のサイトでは1回となっている)、10歳以上 0.5mL 1回となっている。さらにノバルティス社製は6カ月‐8歳 0.5mL 2回、9歳以上 0.5mL 1回、バクスター社製に至っては6カ月以上すべての年齢で0.5mL 2回となっていて、乳児も大人も接種量は同じ設定である。
一般的にいって免疫応答というのは付くか付かないかであり、容量依存性に増大するものではない。ちなみに日本で行われている麻しんワクチンでは1歳児も大人も接種量は0.5mLである。厚生労働省は乳児のインフルエンザワクチンの接種量を0.1mLと設定した根拠と正当性を明らかにして欲しいし、それができないのなら小児の接種量を年齢によらず0.25-0.5mLと共通にして至急臨床データを集積して効果と安全性を確認すべきである。データがないといって何年も放置したままにしているのは怠慢以外のなにものでもない。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年10月15日
パンデミックウイルス対策、日本版CDCの設立と権限の移譲を
パンデミックウイルス対策、日本版CDCの設立と権限の移譲を
わだ内科クリニック院長 和田眞紀夫
2010年10月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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2010年も終盤に差しかかってもなお行政は「新型」インフルエンザという呼称を継続して使用していることに驚きを禁じえない。
これはいかにこの「A/H1N1パンデミック2009」に対する対策が全く進んでいないかということを如実にあらわすものである。世界中どこを探しても新型などと呼んでいる国はない。
これはひとえに今回のインフルエンザを感染症法第6条第7号に規定する「新型インフルエンザ等感染症」であると高々と宣言し、なおかつWHOが2010年8月10日にポストパンデミック宣言をしたにもかかわらず、我が国においては終息宣言を出さずにいるために、感染症法に従った呼び方を続けざるを得ないからである。
いつもはWHOの方針を100%追随するくせにことこの決定に関してだけ従わないというのは全く不思議な対応である。まるで廃棄処分寸前の1価のワクチン(A/H1N1用)の在庫品を可能な限り使い切ろうというような姑息な意図があるのかとさえ疑いたくなる。
すでに新しい3価のワクチン(A/ H1N1、A/H3N2、Bに対応)を接種できる状況の中で誰が敢えて去年の在庫の1価ワクチンを、しかもお金を払ってまで打とうと思うだろうか(無料で放出するならまだ理解できる)。
2010年10月1日よりいよいよ平成22年度のインフルエンザの予防接種が始まる。
骨組みとしてあるのは通年の季節性インフルエンザに対する定期接種で、これは平成13年の改正予防接種法に基づいて実施されているもので、基本的には65歳以上の高齢者のみが対象となっている。
二類疾患という位置づけで、集団の防疫を目的とするものではなく、あくまでも個人の予防を目的とする予防接種と見做されていて、公式のガイドラインにも「予防接種を受けるように努める必要はない」と書かれている(「努力義務は課せられていない」と説明されている)。
これに加えて昨年同様、「ワクチン接種事業」というA/H1N1パンデミック2009用の緊急避難措置的な臨時接種事業が繰り返されることになっている。この非常時接種を行うために医療機関はまたしても昨年同様に厚生労働大臣との間で契約書を交させられた。しかもこの契約書にサインしなければ、季節性の3価のワクチンも供給してもらえない決まりになっているというからさらに状況は深刻だ。
どうしてこのようなことになったかというと、この3価のワクチンにA/H1N1用のワクチンが含まれているからというのだ。すなわち、この3価ワクチンを用いた予防接種は定期接種とワクチン事業の両方の性格を備え持った予防接種だと説明されている。本来この異常な締め付け体制下の予防接種を法制化しようとして間に合わなかったという裏事情が存在する(改正予防接種法による「新臨時接種」と呼んでいて、11月には法制化されると見込まれている)。
すなわち、ワクチン事業を継続するためには感染症法の後ろ盾が必要であり、そのためにパンデミックの終息宣言が出せないのである。これはまさに本末転倒であり、医学的な判断とは程遠いところでパンデミック終息宣言が引き伸ばされているのだ。
そもそも法律を整備しなければ何の事業も行えないというところに厚生労働省の抱える構造・機構上の致命的な欠陥がある。
すくなくともパンデミックウイルスのような緊急を要する危機的状況にあたっては新たに法律を作っているのではとても間になわない。このような危機管理を一省庁が任されていること自体がそもそも実態にそぐわない。
A/H1N1パンデミック2009に対してでさえ、この1年間にやらなければいけないことは山積みだったにもかかわらず、ほとんど何の対策も立てずに見過ごされてきた。遺伝子検査体制にしても米国に比べれば大人と子供の差ほどの開きがあるし、縦横の情報伝達機構の整備や地域医療体制の物的・人的拡充、ワクチンや検査キットの供給体制の整備など、これらの多くは全く何も手をつけられていないといっていい。「インフルエンザに対する総括的な対策」といいながら、この1年間は予防接種の法改正だけに振り回されていたようにしか見えない。
いま我々国民がインフルエンザに関して一番知りたいと思っていることは何なのだろうか。去年あれほど大騒ぎになった新型インフルエンザは今どうなっているのか。この秋から冬にかけてまた流行する可能性が高いのか。そうではないのか。それに対してどのような対策をとったらいいのか。ワクチンは接種したほうがいいのか。妊婦や乳児はワクチンを接種した方がいいのか。このような単純・素朴な疑問に対してさえ国は一切説明をしない。
情報を閉ざしているのかといえば、おそらくそうではなくて情報を持ち合わせていないのだ。彼らもわからないのだ。このようなことは法律を作るだけでは解決しない問題ばかりだからだ。
筆者はいまこそ日本版CDC(疾病予防対策センター)を設立して権限を移譲することを提案したい。情報を定常的に集めて分析し、的確な状況判断をしてその情報提供をし、迅速な指示を送る。このようなことは医学や統計のプロの集団でしか為しえない。法律や政策のプロでも医学のプロではない官僚や政治家が自分達だけで取り仕切ろうとすること自体に無理があるわけで、そのことに彼らが気づかない(あるいは気づいていても権限を手放そうとしない)ことが問題なのだ。
一刻も早くパンデミックウイルスに対する危機管理体制を確立することを切に願う。
MRIC by 医療ガバナンス学会
適切な医療を提供するため 「医療安全担当の方へ」
適切な医療を提供するためには、医療や行政が協力して取り組む必要があるとおもい、下記のような提案を東京都の医療安全担当部署あてにメールしました。
また、都政に関わることとして重要と思い、メールアドレスが公開されている都議会議員さんたちにもあわせておくりました。(※誤字や言い回しを一部修正)
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医療安全担当の方へ
毎日新聞の報道記事をみて、
一つ提案がありましてメールさせていただきました。
病院の調査で感染管理の研修会参加率が6割程度であることが批判される記事となっていますが、このような批判記事は現場の状況を踏まえていません。
広報担当の方は語り方にもぜひ注意をしていただくようお願いします。
医療機関は24時間動いており、職員が一斉に研修を受けることができません。その日が休みの人もいます。
標準と想定されている年2回勉強会を開くだけでは100%近くには理屈上なりません。
医療者だけでなく事務方含めて参加しなくてはいけなくなっています。
参加を強制する場合は勤務時間内に実施する必要があります。
記事には「年2回の研修の参加率が6割程度と低かったためで、院内感染への認識が病院全体で薄かったことが改めて露呈された」とありますが、そのような上から目線ではなく、「何にお困りですか?行政としてどのようなサポートをすれば現場はよくなりますか?」とヒアリングをお願いしたいです。
また、「都は「高度な医療を提供する特定機能病院にしては参加率が低かった。感染防止に関する共通の知識がなければ、感染は拡大してしまう」とみている。」と記事にあります。
「感染防止に関する共通の知識がなければ感染が拡大してしまう」とあるのですから、その内容を東京都自ら提供し、現場を支援していただけないでしょうか。
例えばネット環境があれば無料でどの医療機関でも受講可能なWEB講座を開き、試験をパスしたら受講証明とできるような仕組みがあると現場はとてもたすかります。
このように学習支援をしていただけないでしょうか。
(健安研のホームページ等に掲載をしていただくとみつけやすいです。)
現場で順番に東京都の感染管理WEB講座を使って勉強し、「残業で参加できない人は、オンラインでも学習可能です。最後の知識確認テストを必ず終えてください。終わっていないスタッフがいる場合は院長から管理者にメールがいくので1ヶ月以内に勤務時間内に受講できるよう配慮をおねがいします」といった工夫ができるようになれば現場の負担も減ります。
どれくらいの医療機関が利用しているかといったデータも毎年とれます。
これは行政の施策判断に有効とおもわれます。
現在、高齢者で高度医療を必要とする方が急増しており、認知症の型も多数入院してこられます。感染対策は患者さんの協力も必要ですが、感染予防行動を100%理解し実施することが出来ない方もい
ます。
過剰に防御し、山のような医療廃棄物を出したとしても、感染症はゼロにならないなかでの努力をしています。
医療機関を支援する形での行政、広報をお願いいたします。
聖路加看護大学 堀成美(看護師・教員)
2010年9月17日
子宮頸がん予防対策強化事業創設に伴う緊急声明
医療ガバナンスNEWS
▽子宮頸がん予防対策強化事業創設に伴う緊急声明▽
ご案内をいただきましたので、情報提供です
2010年9月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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NEWS
2010.9.9
子宮頸がん予防対策強化事業創設に伴う緊急声明
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会
厚生労働省は、「子宮頸がん予防対策強化事業」として150億円を平成23年度予算概算要求に盛り込んだ。同事業は各地方自治体に対しHPVワクチンの費用の1/3程度を助成すること等により、HPVワクチン接種にかかる情報収集・分析をすすめることを目的としている。厚生労働省は8月27日に開かれた厚生労働省の第12回厚生科学審議会感染分科会予防接種部会で、ヒブ(インフルエンザ菌b型)や肺炎球菌のワクチンについてはかなり定期接種化のコンセンサスが得られている一方、HPVワクチンについてはまだ議論があるとし、だからこそ、情報収集して判断、評価する必要があるという旨の理由を説明した。このことから「子宮頸がん予防対策強化事業」の大きな目的の一つが、HPVワクチンの定期接種化に向けた情報収集・分析であることがわかる。
定期接種化に向けて任意接種費用を国が助成するのは、初めての試みである。我が国は「ワクチン後進国」と揶揄されるほどワクチンの定期接種化が進んでおらず、世界保健機関(WHO)が推奨するワクチンの約三分の一は任意接種のままかワクチン導入すら達せられていない状況にある。これらWHOが推奨するワクチンについても、HPVワクチン同様に予防対策強化事業が実施されることで、定期接種化に向けて迅速な検討を行うことができ、早期の定期接種化とワクチン・ギャップの解消が期待される。
HPVと同様に定期接種化の世論が大きく、多くの地方自治体が費用助成を行っているヒブと肺炎球菌については、先の予防接種部会で定期接種化のコンセンサスが得られているとの説明がなされた。したがってヒブと肺炎球菌についてはHPVのように任意接種費用に対して助成し情報収集を進める必要は無く、早期に定期接種化が実現されることが期待される。予防接種部会に設けられた小委員会の評価を受け、来年度からの定期接種化が望まれよう。既にコンセンサスが得られている以上、子どもたちを細菌性髄膜炎からワクチン接種により守るために、一日も早い決断が必要であり、いたずらに時間を費やして子どもたちを防げるはずの疾病に罹患させる不作為の被害を生じ続けてはいけない。
以上のように、ワクチンギャップ解消に向けて大きな一歩となることが期待される「子宮頸がん予防対策強化事業」であるが、概算要求に至る過程が明らかにされていない。150億円を投入してどのような結果を得られると見込んでいるのか、決定に至るまでにどのような意見がだされたのか、議論には誰が参加したのか、一切明らかにされていない。何より、公費を投入するものであり、従来の予防接種行政のあり方とは大きく異なる新たな手法である。いつ、どこで、誰が、どのような議論を交わし同事業の実施を決定したのか、政府は国民に説明しなければならないだろう。
私たちはここに、次の3つの項目の実現を強く求めるものである。
一 ヒブ、肺炎球菌の定期接種化を速やかに決定すること
一 WHOが推奨するワクチン・疾病について、HPVと同様の事業を速やかに実施すること
一 「子宮頸がん予防対策強化事業」の決定過程を明らかにすること
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月16日
「国民を元気にする政治」とは?
「国民を元気にする政治」とは?
小松秀樹
2010年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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またぞろ、行政-マスメディア連合による犯人探しとバッシングが始まった。
9月6日付のasahi.comによると、帝京大学病院の院内感染問題で、長妻厚生 労働相は「重大な院内感染が発生したらルールにのっとって報告することが必 要。きちんと機能しているのかどうか検証が必要だ」と話したという。9月6日 の午後には立ち入り調査が行われた。警察による業務上過失致死傷を視野に入 れた事情聴取も始まった。
報告しなかったことが被害を拡大させたとする報道もあるが、報告するこ とで被害が防げるわけではない。報告は、法律ではなく通知により求められて いるもので、厚労省からのお願いレベルのものだという。
加罰的扱いをするには、立法が必要である。そうでなければ、行政の暴走 が防げず、三権分立の意味がない。
現実問題として、報告しても対策の財政的支援が得られるわけではなく、 状況によっては不利益を伴う処分さえ下されかねない。厚労省は、無理を押し 付けるということにおいて、医療現場から悪代官のような存在とみなされている。
そもそも、報告をためらわせるような厚労省の姿勢に問題がある。厚労省 の今後の対応によっては、さらに情報が集まりにくくなりかねない。
報道によると、帝京大学病院の感染対策に問題があったとされる。しか し、安全対策には人的・物的資源が必要である。
感染防止対策に不十分ながらも、診療報酬がついたのは、問題発生以後 の、2010年4月からである。出来高払いでは、一人の患者が一回入院すると 1000円が支払われる(DPCでもほぼ同額になる)。亀田総合病院で年間2000万 円程度になる。しかし、感染対策室には、専従職員が3名、検査室との兼任の 感染症の専門医が1名、他に感染症科の医師が5名常時活動している。大病院で も、4月以前に十分な対応できていたところは少ない。
多くの病院で、対応の努力を始めた段階にあると考えるべきである。実 際、診療報酬はぎりぎりに抑制され、多くの病院が赤字に苦しんでいる。報酬 が発生しないところに費用をかける余裕がない。これに加えて、感染対策を専 門とする医師、看護師は少なく、すべての病院が厚労省の求める人材を確保で きる状況にはない。
検査体制を整えている病院で、多剤耐性菌による院内感染を経験していな い病院はない。常に対応をし続けているといってよい。
多くは弱毒性で、健常人には病原性がないが、化学療法を受けている進行 がん患者や、大手術を受けた患者など、免疫力が低下している患者ではときに 致命的になる。
世界の専門家から様々な認識や対応が発表されている。人的、財政的制限 があるので、あらゆる対応がとれるわけではない。院内感染は、医療側の対応 と新たな問題の発生で、時々刻々、その様相を変えている。
院内感染の撲滅が当面不可能であること、人間の生命が有限であること、 医療が不完全であることを前提に、冷静に実情を認識すべきである。不可能な ことを規範化すると、士気の低下を招き、医療現場が荒廃する。
問題になった多剤耐性アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、栄養要 求性が低いという。このため、近年、院内感染の主役だったMRSAと異なり、環 境に広く分布し、死滅しにくい。手洗い中心だったこれまでの対応で制御しき れないこともあろう。
厚労省は、規範との整合性ではなく、社会にもたらす結果を基準に、すな わち、今後の耐性菌による被害を最小限にするのに有用かどうかを基準に、対 応すべきである。
具体的には、現場の心理的障壁を小さくして情報を集めやすくすること、 集まった情報をすべて開示すること、現場の対策を支援することである。
厚労省が、さまざまな背景を持つ現場に、罰則による威嚇を伴った一律の 指令を出すことは、院内感染対策には有害無益である。対応するのは厚労省で はなく、多様な背景を持つ現場である。厚労省はその援助しかできない。
行政は法による統治機構であり、原理的に医療を上手に扱えない。物事が うまくいかないとき、自ら学習せずに、規範や制裁を振りかざして、相手を変 えようとする。原理主義的で適応性に乏しい。これに対し、医学・医療では、 物事がうまくいかないとき、自ら学習し、知識・技術を進歩させる。実情の認 識を基本とするので、無理な規範を振り回すことがなく、適応性に富む。
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)では、刻々と変化する医療の状況に 科学で対応するために、行政官ではなく、医師が主導権をもっている。
逆に、日本の厚労省は、自らの責任回避のために、現場を細かく縛る無理 な規範を設定して常に現場を違反状態におく。問題が浮上してくると、現場に 責任を押し付ける。新型インフルエンザ騒動では、水際作戦に代表されるよう に、無理な規範を掲げて、実質的に強制力を伴う事務連絡を連発し、無残な失 敗を重ねた。
報道機関から漏れ聞くところでは、厚労省が加罰的対応をしているのは、 帝京大学での沖永家による支配体制が気に入らないからだという。ガバナンス に問題があるのなら、院内感染と切り離して、ガバナンスに問題があることを 真正面からとりあげるべきではないか。別件逮捕のようなことをすると、院内 感染対策が歪む。
古い体験を話す。35年前、東京大学泌尿器科学教室では細菌培養を中央検 査室ではなく、教室の研究室で実施していた。そのデータは病院全体の感染管 理に還元されていたわけではない。大学は各科の独立性が強く、病院全体のガ バナンスはほとんどなかった。
病院のガバナンスは、比較的最近、輸入された考え方である。しかも、望 ましい医療機関のガバナンス像は常に変化している。例えば、国際的な病院評 価機関であるJCIはガバナンスも評価しているが、数年ごとに基準を変更して いる。医療機関のガバナンスの実態も常に変化している。しかも実際の医療機 関は極めて多様である。望ましい定常状態を想定してそれを押し付けること自 体無理がある。
全国の大学病院のガバナンスの実態はどうなのか。その中で、とくに帝京 大学が劣っていたのか。多少なりとも問題のない病院はあり得ない。ガバナン スのありようを外部から強権で変えること自体、ガバナンスを傷つける。厚労 省からの天下り役人が帝京大学を支配するようなことがあれば、かえって弊害 が出かねない。
実際、厚労省の天下り役人が支配してきた骨髄移植財団では、天下り役人 がセクハラ、パワハラを繰り返し、大量の退職者が出た。財団は、セクハラ、 パワハラに抗議した部長を解雇したが、不当解雇だとして訴えられ、敗訴した。
良いガバナンスとは、制御の利いた合理的な自律である。内部に真摯な動 きがないと、いくら外部から叩いても、改革は成功しない。具体名はあげない が、複数の大学の例が実証しているように思える。
そもそも、帝京大学のガバナンスが悪かったから耐性菌の問題が明らかに なったのか、改善されたから明らかになったのか。漏れ聞くところでは、事件 後4月に新院長に就任した森田茂穂氏の英断で、外部調査委員会が開かれ、す べてが開示された。望ましい自律の動きが始まった可能性がある。
菅直人総理大臣は国民を元気にする政治を唱えている。私は、菅総理の考 え方に大賛成である。
フランスの政治哲学者であるトクビルは、政治的中央集権を評価するが、 行政的中央集権を嫌う。『アメリカの民主政治』の中で、菅総理と似た考えを 提示している。
トクビルの意見を要約すると、以下のようになる。
「国家が、国民生活の些細な部分まで支配すると、有能で活発な人間が、 人々や社会に影響を与えられなくなる。国家は、人々を国家に頼らせ、自立で きないようにしてしまう。国民は、臆病でただ勤勉なだけの動物たちの集まり にすぎなくなり、政府がそれを羊飼いとして管理するようになる。国民は、あ らゆることを国家に頼るようになって、元気がなくなる。国家が衰えると、自 力で生きられない元気のない国民は滅びる。」
行政権力は、日々更新されている医学的合理性と大量の情報を活用するた めの行動原理と能力を有していない。従来、行政権力が無理な規範で医療を統 制することを、自民党が支えてきた。
日本医師会は行政権力の下請けになっていた。これに、日本の医師の多く が反発し、2009年の総選挙で、民主党に投票した。選挙前の何年かの医療をめ ぐる議論が、政治の大きな流れを変える一因になった。
医師たちは、政務三役に、行政権力の制御を期待した。長妻大臣の対応 は、旧来の自民党と同じであり、日本人の元気を奪うものである。失望を禁じ得ない。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月9日
耐性菌が生まれるのは病院の責任ではない。医療機関叩きを止めよ!
耐性菌が生まれるのは病院の責任ではない。医療機関叩きを止めよ!
厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年9月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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殆どの抗菌剤に効かない、多剤耐性Acinetobactor baumanniiの院内感染が発生しました。厚労省ではこれを受けて、院内感染が起きた病院への立ち入り調査と、医療機関に対する報告を徹底するよう求めています。死亡例が出たこともあり、メディアは大々的に報道しています。特に一部の報道機関は、「業務上過失致死」で立件されるのではないかとの記事を掲載しています。
私はこの一連の流れをみて、明らかに異常だと思います。
Acinetobactor baumanniiは、確かに通常の細菌よりも恐ろしい病原体です。マイナーリーグのピッチャーであった、Richard Armbruster氏が78歳で命を落としたのも、この細菌によるものでした。現役を引退した後も70歳になるまで野球を楽しんできた彼が、通常の骨頭置換術を行うために入院したSt.Lous Hospitalで、何らかの耐性菌による敗血症よって78歳で亡くなりました。彼の死の当日まで、原因となる病原体がなんだか分かりませんでした。
2010年2月27日付けのThe NewYork Timesは、Armbruster氏の死をエピソードに取り上げ、「抗菌剤にひるまない感染症の脅威の台頭」として記事を発信しています。
「Acinetobactor baumanniiのようなグラム陰性菌はMRSA(多剤耐性黄色ブドウ球菌)のようなグラム陽性菌と比べて質が悪いのです。それはグラム陽性菌は酸素が無ければ生きていけないのですが、グラム陰性菌は、酸素のない劣悪な環境下でも生きていけるからです。」この記事で、UCLA medical center Brad Spellberg医師は、こう発言しています。
なぜ、このような多剤耐性菌が生まれてくるのでしょうか。それは抗生剤という細菌を殺す薬を使うからです。「正しく使えば耐性菌は発生しない」と主張する専門家もいますが、これは正しくもあり、誤りでもあります。ウイルスで引き起こされるカゼに対して、抗菌剤を出せば、耐性菌を生みますから、こんな事をしてはいけないのは誰でも知っています。しかし自分がそうしなくても、耐性菌は何処かから入り込んできます。
感染症は私たちが決して逃れられない脅威です。これに威力を示すのが抗菌剤ですが、抗菌剤を使う限りは、耐性菌は常につきまといます。今の流れをみると、「立ち入り検査」→「報告義務づけ」→「耐性菌を作ってはならない、院内感染を起こしてはいけない、という圧力」→「犯罪行為として立件」という流れが見えてきます。これを実質的に指導しているのは、厚労省医系技官です。
勿論、耐性菌がどの程度の威力で、どれだけ広がったのかという調査は必要です。しかし、問題は目的です。実態をしらべるのは疫学調査であり、疫学調査は、原則として「論文にまとめて世界への情報提供として発信する」ためのものであり、今後の対策に反映させる、という学術的かつ政策的な側面があります。ところが、今の厚労省が行っているのは「犯人捜し」であり、その目的は医療機関に圧力をかけ、自分たちの権威を知らしめるという目的です。なぜ権威を振り回すのかといえば、臨床現場を殆ど知らない医系技官の臨床コンプレックスのあらわれではないか、と思います。その最たる例が「医療事故調査委員会」であり、医師が医師を裁くという、世界で全例をみない酷い政策です。
医系技官の役割は、日本国民というmassの健康問題を考え、向上させることにあります。そのためには現場の医療機関の活動が不可欠です。権威を持つものは、それを社会の益に還元するためにその力を行使すべきです。そうでなければ、医系技官の存在理由自体が問われることになります。
繰り返しますが、耐性菌が広がったからといって、「業務上過失」で公安が乗り込むこと自体おかしいのです。そして、厚労省がやらなければならないのは、世界中で最もお粗末なひとつと言われる、我が国の感染症サーベイランス体制を構築することと正確な情報開示こそがやるべき事であり、報告作成を強要し、現場の負担を増やすことではありません。
もう一つの権力と言われるマスコミも、自分たちの力を間違って使わないことを、切に願います。今のような報道を繰り返せば、医療機関が疲弊し、自分自身や家族を診る医師がいなくなるということを、考えてみては如何でしょうか。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月8日
帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと
帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと
自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科科長 森澤雄司
2010年9月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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多剤耐性アシネトバクター・バウマニによる病院内アウトブレイクが報道されています。私にはマスメディア報道を越える情報はありませんが、業務上過失致死の疑いで警視庁が動いていることを聞き及び、わが国の医療に禍根を残さないためにも、一方的な処罰感情のみに流されない議論がなされるべきであると考えて筆をとることとしました。
医療技術の進歩や管理基準の向上、医療従事者の熱意と誠意に関らず、病院それ自体は感染症の温床であり、医療関連感染防止はすべての医療従事者にとってつねに最重要の課題の一つであり続けています。医療行為には必ず内在する感染リスクがあり、血管内留置カテーテル関連血流感染症や外科手術部位感染症などは、語弊を恐れずに言えば ”起こるべくして起こる” 合併症を医療従事者の不断の努力によって防止しているのです。日常的なケアのどこかに些細な破綻があっただけでも重大な結果をもたらしてしまうのです。また、病院という限定された空間に多数の患者が抗菌薬を投与されている状況は、抗菌薬耐性菌を集約することとなり、一般的にまれな高度耐性菌が病院においては日常的に跋扈することとなっています。高齢化社会に伴う患者数の増加、医療の高度先進化の一方で、医療費削減を求める現状においては病院における経費削減が経営上の必要課題となっていますから、医療の現場はますます少ないスタッフ数や予算でより多くの業務を負担しなければならず、患者と医療従事者のいずれにとっても安全が脅かされていると考えなければなりません。医療安全は広く国民の間で議論されなければならない重大事であります。
今回の問題となっている多剤耐性アシネトバクター・バウマニは医療関連感染防止にとって重大な脅威です。高度耐性菌としては MRSA や多剤耐性緑膿菌が有名ですが、これらの細菌と比較しても多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は極めて困難であることが知られています。一般的に MRSA 対策は医療従事者の手指衛生と適切な個人防護具(手袋・ガウン・マスクなど)使用の徹底により対応することが出来ます。一方、緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは栄養要求性が低く、さまざまな環境で生き延びることが可能であるために環境対策も必要となります。緑膿菌は乾燥に弱く、いわゆる水周りを押さえれば対策できるのに対して、アシネトバクター・バウマニは乾燥に強く、カーテンや診療端末のキーボードやマウスのような通常の環境表面でも数週間以上にわたり生存します。多剤耐性アシネトバクター・バウマニ対策には膨大な環境調査が必要であり、しかも細菌はスタッフや患者の手指などを介して環境を移動しますから、一度の環境調査だけですべてが明らかになるとは限りません。海外からは医療従事者が使用する PHS を介してアウトブレイクが認められたという報告もあり、多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は困難を極めます。そしてアシネトバクター・バウマニは抗菌薬耐性を獲得する能力にも優れており、耐性化したアシネトバクター・バウマニの中には多剤耐性緑膿菌と同じく現時点でわが国に使用可能なすべての抗菌薬へ耐性を示す場合があることが知られています。すなわち、高度耐性アシネトバクター・バウマニが感染症の起因菌となった場合、わが国では治療できないのです。幸いなことに緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは必ず感染症を起こすわけではなく、単に保菌状態で過ぎる場合が多いのですが、侵襲的な医療処置が行われている患者では先述したような医療関連感染症を生じることがあり、病院内では重大なリスクとして対応する必要があります。
厚生労働省でも多剤耐性アシネトバクター・バウマニの重大性を考慮して、昨年 2009 年 1 月には都道府県に対して病院内における発生を報告するように求めた通知が出されています。しかし、これは法的義務ではなく、少なくとも医療の現場に対して明確な通達であったとは言い難いと判断しています。一部の報道では今回の帝京大学病院における事例について、保健所へ報告されていなかったことが最大の問題点であるかのように取り上げられていますが、厚生労働省からの通知は都道府県への “「お願い」ベース” であり、法的な義務ではなかったはずです。また、一般的に考えると、公衆衛生行政の介入で今回のような医療関連感染アウトブレイクが制圧できるとは考えにくく、もしも行政側の担当者が保身に走って一方的な “病棟閉鎖命令” などの過剰な対策を安易に乱発するようなことにでもなれば、医療現場の混乱は必至です。病棟を閉鎖してしまうと、その期間、患者は受け皿を失って、適切な医療が提供されないこととなります。高い見識と専門性を有する専門家によるリスク・アセスメントに基いた方針決定こそが必要です。わが国では日本看護協会が認定する感染管理認定看護師が 1,000 名以上に及んでおり、豊富な臨床経験と高い専門性に裏打ちされた現場での活躍が期待されますが、残念ながら多くの施設では十分な権限を与えられていません。”素人” による場当たり的かつ責任回避的な対策ではなく、現場に根付いたプロの判断が優先されることを願って止みません。
さて、これも一部の報道による情報でしかありませんが、今回の事例について警視庁が業務上過失致死の疑いで動くのではないかとされています。私たち医療従事者はつねに医療関連感染症の予防と制圧を心掛けており、理念として “ゼロ・トレランス” 、1 例の医療関連感染症も容認しない態度で理想を目指すべきであると考えています。しかし、実際には医療関連感染症を完全に根絶することは現時点で不可能です。故意による事例であればともかく、医療の結果が望ましくなかったという理由で警察が介入するような事態になれば、医療現場は必要以上に防護的となり、積極的な侵襲的医療処置行為を妨げる結果ともなりかねません。リスクの高い重症例や耐性菌の保菌患者は受け入れ先を失うかもしれません。処罰的な態度で “医療事故” に臨むことが国民の利益になるとは考えられず、むしろ結果的に“医療崩壊” を一層に進めてしまう可能性すらあります。私たちは第 2 の「大野病院事件」を許してはならないのです。
以上、私の個人的な意見を記述しました。所属機関、所属学会を代表した意見ではないことを念のため書き加えておきます。患者さんが亡くなられたことはもちろん重大であり、真摯に受け止めるべきことでありますが、現実の医療はすべての患者さんを救命できるものではありません。この機会に医療従事者と国民が互いの立場を理解し合って、よりよい医療現場を実現するための議論が進むことを望みつつ擱筆します。
森澤雄司
自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科(兼任)科長
自治医科大学・感染免疫学准教授
栃木地域感染制御コンソーティアム TRIC'K' 代表世話人
日本環境感染学会・理事、評議員、教育委員
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月6日
子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、 ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、
ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年9月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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8月27日に開かれた厚生労働省の第12回厚生科学審議会感染分科会予防接種部会で、足立信也政務官は、2011年度予算概算要求で「子宮頸がん予防対策強化事業」として150億円が特別枠として計上されたことについて、ヒブや肺炎球菌のワクチンについてはかなりコンセンサスが得られている一方、HPVワクチンについてはまだ議論があるとし、「だからこそ、情報収集して判断、評価する必要がある」とその理由を説明したという。
発言者は足立政務官であるが、これはこの事業をトップダウンで決定した長妻昭厚生労働大臣をはじめとする厚生労働省全体の合意事項だろう。このことが予防接種部会に諮られ確認されたと言う事実は極めて重大な意味を持つ。これは予防接種行政の大転換だ。
【予防対策強化事業は子宮頸がんだけではない】
HPVワクチンについてはまだ議論がある、というのは定期接種化すべきかどうか、ということについてである。すなわち、政府が繰り返してきた「有効性・安全性の検証」という定期接種化の絶対条件をクリアしているかどうか「議論がある」ということであり、「情報収集して判断、評価する必要がある」とはこの有効性・安全性について検証するということに他ならない。
HPVワクチンの定期接種化に向けて有効性・安全性の検証を行うにあたり、任意接種費用を国が1/3助成し、啓発や市町村が加入する保険の保険料なども国が負担するということである。そのための「子宮頸がん予防対策強化事業」を創設する。
従来は、例えば細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンは、私たちが定期接種化を要望しても「有効性・安全性を確認してから」との条件を突きつけられてきた。そしてその有効性・安全性の確認は、完全なる任意接種下で実施されてきた。接種費用は費用助成をする地方自治体はあるものの基本的には全額保護者負担であり、啓発も患者会やメーカー、医療従事者の自発的な取り組みに委ねられてきた。要は国は殆ど一切について関与せず、民の負担で勝手にやってください、データがそろいコンセンサスが得られたら定期接種化しますよというスタンスだったのだ。今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」は任意接種費用も国が助成する、啓発も健康被害対応も国がお金を出すと、従来のプロセスを180度転換する内容だ。
これは極めて大きな転換である。なぜなら、今後、不活化ポリオワクチンを含む混合ワクチンやロタウイルスワクチン、4価のHPVワクチンなど導入が予定されている数多くのワクチンについても、今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」で実施される有効性・安全性の確認や接種の啓発、健康被害救済のための保険料の公費負担などは行われることが期待できるからだ。少なくてもHPVワクチンと同様に世界保健機関(WHO)が定期接種化を勧告しているワクチンが新たに導入された場合は、今回のHPVワクチンと同様に定期接種化を前提とした「●●予防対策強化事業」が立ち上げられてしかるべきであろう。まさに「ワクチン・ギャップ」解消に向け、非常に大きな手を打ったと言える。
【ヒブと肺炎球菌の有効性・安全性は確認された】
ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンについては予防接種部会の委員の質問に対し、「コンセンサスは得られている」との回答がなされている。ここで言う「コンセンサス」とは有効性・安全性を含む定期接種化についてのコンセンサスを指すのであり、そしてここで名指しされたヒブや肺炎球菌だけではなく、既に部会にファクトシートが提出された8つのワクチンのうち、HPVを除く7つについても含まれるものと理解できよう。
仮にヒブと肺炎球菌以外についてはコンセンサスを得られていないとするのなら、他の5つについてもHPVと同様に予防対策強化事業の対象にしなければならない。対象にしないのならその理由を説明する必要があるだろう。もちろん、「先に提出されたファクトシートでは有効性・安全性は確認できない」という科学的見解も表明する必要がある。
それらがない以上、HPVを除く7つのワクチンについては定期接種化のコンセンサスが得られていると考えるのが合理的であろう。
上記の疑問は残るものの、少なくても名指しされたヒブと肺炎球菌については、定期接種化を決断しない理由は無くなったといえる。何故なら政府が公式に「コンセンサスを得られた」ことを公言したのだ。逆に「ヒブと肺炎球菌ワクチンはコンセンサスが得られているがHPVは得られていない、だから予防対策強化事業により検証する」の前半部分が否定されたら、後半部分、すなわち子宮頸がん予防対策強化事業も否定されてしまう。ヒブと肺炎球菌はコンセンサスを得られているから予防対策強化事業の対象とせず、HPVだけを対象とするのだ。ヒブと肺炎球菌について定期接種化のコンセンサスが得られていないのならHPV同様に予防対策強化事業の対象としなければならなくなる。つまり、子宮頸がん予防対策強化事業の正当性を主張するには、ヒブと肺炎球菌の定期接種化を即時に決断しなければならず、これができなければ子宮頸がん予防対策強化事業の正当性も否定されてしまうことになるのだ。
【期待されるトップダウンによる定期接種化】
私は子宮頸がん予防対策強化事業は大臣のトップダウンで決定されたと理解している。
何故なら予防接種部会では同事業について議論されたことは無く、また、政治主導を標榜する民主党政権下で事務局が部会での議論を飛び越えて事業を提案することはありえないであろうと考えられることから、消去法として残るのは大臣のトップダウンしかないことになる。
7月21日に23団体が長妻厚労大臣に子宮頸がんワクチン接種への公費助成を求めて養成したのに対し、「他にもHibワクチンの問題などあり、そうした問題も含めて予防接種部会で検討してもらう」と大臣が語ったことが報じられている。「予防接種部会で検討してもらう」、これは私たち細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会が3月23日に細菌性髄膜炎関連ワクチンの定期接種化を求めた際と同様の回答である。各種団体の要請に対し、大臣の答弁が慎重になることは十分に理解できる。23団体の要請に対し「予防接種部会で検討」と回答したが、一ヵ月後にトップダウンで指示を飛ばすことは当然に有り得る事であろう。事実、予防接種部会は7月7日に開催された以降、ほぼ2ヶ月近く開催されなかった。ファクトシートをごく短期間で作製するように指示したにも関わらず、報告を受けた部会から2ヶ月近くも部会を開けなかったことはどのような事情があったのかは不明であるものの、大臣の本意ではなかったのではないか。患者会に部会での検討を約束したものの、遅々として部会を開くことができず、業を煮やして大臣が直接指示を飛ばした、としても不自然ではない。
このように考えると、ファクトシートの作製を急がせたことも含めて、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化についても大臣の目論見からは随分と遅れているのではないだろうか。僅か一月にも足りない時間でファクトシートの作製を命じているのだから、2ヶ月近くに及ぶ空白期間は致命的であろう。予防接種部会では「ワクチン評価に関する小委員会」の設置が確認され、11月下旬の部会への報告を目処としたスケジュールが予定されているが、既に大臣の目論見より大幅に遅れているのであるから、これらの予定が遅れるような様子が見えた場合、大臣のトップダウン指示が飛んでも不思議ではないだろう。
繰り返しになるが、子宮頸がん予防対策強化事業が正当性を主張する前提は、ヒブと肺炎球菌の定期接種化である。その定期接種化が遅れるということは同事業の正当性が揺らぐことであり、かつ、大臣の政治判断の正当性が揺らぐことでもある。
【説明責任は果たされているか、政治主導の本質に関わる問題】
「子宮頸がん予防対策強化事業に150億円」「HPVワクチン公費助成へ」。これらの見出しを報道で目にした際、私は正直なところ驚き、そして戸惑った。何故、HPVだけなのか。何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか。何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか、と。8月28日、29日に福岡県で開かれた日本外来小児科学会年次集会の会場でも、多くの小児科医たちは私と同様の「何故」を繰り返していた。恐らく、これは学会参加者に限らず、多くの国民が抱く疑問であろう。
私は、どのワクチンが優先されるべきという議論をするつもりは無い。私は細菌性髄膜炎に罹患した子どもの保護者であり、VPD被害者の保護者である。故に、VPD被害を防ぐためのワクチンはすべて定期接種化すべきだと考えている。ただ、現実問題として限られた予算の中で、どれか一つを選ばなければならないという状況が生じることは理解できる。ただし、その際に「科学的には定期接種化すべきと判断できるが、財源が無いのでどれか一つを選ばなければならない」と言うべきで、政治判断で科学的判断を捻じ曲げて「定期接種化には時期尚早」等というべきではない。その上で、そのどれか一つを選ぶことについて「いつ、どこで、だれが、どのような理由」で判断したのかを明らかにしなければならない。そうでなければ、20年といわれるワクチン・ギャップを生じ続けてきた政権交代前のワクチン行政と何も変わらないことになる。今回、「いつ、どこで」については明らかにされていないが、大臣がトップダウンで決めたことは明らかであり、「どのような理由」は予防接種部会で足立政務官が政府を代表して発言した内容がすべてであろう。そのように考えると、国民の多くが抱いた「何故?」の大半は理解できる。
「何故、HPVだけなのか」は、ヒブや肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られているからであり、定期接種化のためにこれ以上、有効性・安全性を確認する必要は無いからである。「何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか」は、HPVワクチンについては定期接種化の前提となる有効性・安全性について情報を収集する必要があるからである。「何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか」は、WHOが勧告するワクチンの一つ一つに対応するためのスキームであり、疾病とワクチンを限定する必要があるからである。もしこれらの理解が異なるのであれば、政府の説明は不十分極まりないだろうし、寧ろ「誤解を生む」いただけない説明となる。さらに、理由を全く説明していないことと同じであり、それを良しとするのなら、民主党政権が掲げた政治主導とは官僚の密室主義を政治家が受け継いだだけのまがい物であろう。
長妻大臣はかなり大きな「政治決断」により「予防接種制度の大改革」をトップダウンで実践し始めた。説明責任を十分に果たしたかどうかについては疑問を残すが、下した決断は予防接種行政の歴史に刻まれる大きなものであろう。
【政府は大きなミッションを義務付けられた】
仮に今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」が単発で終わり、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化という決断を年度内に下せなかったとしたら、それは説明した理由から導き出されるミッションを果たせなかったことになるであろうし、何故できなかったのかの説明が求められることになる。今回、説明されたことは「ヒブと肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られている」こと、「HPVワクチンは定期接種化のための有効性・安全性にまだわからないことがある」ことである。そこから導き出されるミッションはヒブと肺炎球菌ワクチンの定期接種化であり、WHOが定期接種を勧告したワクチンの有効性・安全性を政府が任意接種費用や啓発、健康被害救済のための保険料を負担し検証するスキームの確立である。これらのミッションが遂行されるのか否か、注意深く見守りたい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年9月3日
ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟
ワクチン・ギャップを解消できるか?問われる政府・与党の覚悟
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【議論の基礎、科学的知見は整った】
7月7日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会では、国立感染症研究所が取りまとめた9つのワクチンに係るファクトシートが提出された。
当該ファクトシートはワクチンごとに、対象疾患の基本的知見、予防接種の目的と導入により期待される効果、ワクチン製剤の現状と安全性について取りまとめたもので、予防接種政策を論じる科学的な基本となる資料といえる。
当日、参考人として出席した神谷齋国立病院機構三重病院名誉院長が述べたように、基礎研究者と臨床家が同一のテーブルで科学的知見に基づき議論し見解をまとめる初めての取り組みにより生み出されたものであり、「これが初めての取り組みだったと聞いて衝撃を受けた。当然に研究しているものだと思っていた」と黒岩祐治委員が驚きの言葉を漏らしたように、より早い段階で取り組まれるべき事柄でもあった。本来取り組まれているべき事柄が長きに渡り為されていなかったことが20年ともいわれるワクチン・ギャップの大きな要因の一つである。
また、政府の要請から一ヶ月足らずで取り纏めるという荒業であったが(関係された方々の努力に心から敬服して止まない)、神谷氏が指摘されていたように、時間的にも人的・資金的にもより十分な環境を与えられてしかるべき事業だ。今回は付け焼刃的な対応と指摘せざるを得ないが、しかし、宮崎千明委員が「これが完成ではなく、これからも更新されていくもの」と確認されたように、ファクトシートの検証と検討、改定は続いていく。今後は恒常的に同種の取り組みが継続される仕掛けを整備する必要があるだろう。
【歴史を覆すか、繰り返すか】
まだまだ改善の余地が少なくないファクトシート作製であるが、ひとまず、予防接種政策を論じるための基礎となる科学的知見が取りまとめられたことになる。議論の前提が整ったのであるから、次は政策的に予防接種を論じる段階だ。そして、この議論に臨むにあたり、政府と与党・民主党の覚悟が問われることになる。
予防接種部会の命題は「予防接種行政の抜本的改革」である。抜本的改革とは、すなわちワクチンギャップ20年の解消であり、ワクチン後進国からの脱却である。このことは、大いなる覚悟を政府・与党に要請する。何事にもいえることであろうが、大いなる変化を短時間で為し得るのは容易ではなく、時として改革の途中で易きに流れてしまうこともある。ワクチン・ギャップの歴史も例外ではなく、課題や困難に正面から向き合わず、易きに流れ続けた20年であった。ワクチン・ギャップを解消できるのか、歴史を繰り返すのか、今まさに政府・与党の覚悟が問われる局面を迎えているといえよう。
7日の予防接種部会のヒヤリングにおいて、被接種者の立場として私は「ワクチンを定期接種化しないことで生じる被害者の存在にも目を向けて欲しい」と訴えた。予防接種行政の歴史において、接種後の健康被害に関心が集まることはあっても、ワクチン接種を行っていれば防げたはずの被害が注目されることはあまり無かったと感じているからだ。
もちろん、接種後に健康被害を生じた当事者やご家族がその被害について警鐘を鳴らすのは当然のことであり、そのことを否定するつもりは毛頭無い。しかし、政策決定はエモーショナルな判断だけで行われるべきではなく、ワクチンを接種することで生じる被害と防ぐことのできる被害の双方を科学的に分析することが不可欠である。そして、その基礎となる科学的知見が「ファクトシート」として取りまとめられた以上、定期接種化しない、という判断は接種することで防げる被害を防がない、という判断と同じ意味を持つと私は考えている。
【定期接種化はリーズナブルな施策】
米国研究製薬工業協会(PhRMA)ワクチン小委員会の中村景子氏は、現在、任意接種とされているヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、HPVワクチン、B型肝炎ワクチン、水痘ワクチン、ムンプスワクチン、インフルエンザワクチンを全て定期接種化し公費負担した場合、必要財源額は約1,300億円となるとの試算を示している。これは、現時点で行われている任意接種費用の料金をもとに算出したもので、定期接種化されスケールメリットが発揮されれば、より安価な額となることが予想される。つまり、高く見積もっても1,300億円の予算を確保すれば、上記ワクチンの定期接種化を被接種者の自己負担無しに実現することができるのだ。
1,300億円で定期接種化が実現できるという事実は、多くの医療関係者にとっては非常にリーズナブルな金額と映るのではないだろうか。新型インフルエンザワクチンの輸入に要した費用とほぼ同額の費用であり、子ども手当ての予算の1/20(満額支給なら1/40)に過ぎない。
また、ワクチンによる疾病予防が実現されれば、それに伴い医療費や介護費、遺失利益などの発生を抑制することができ、結果として「もとが取れる」可能性が高いともいわれている。さらに、細菌性髄膜炎や潜在性菌血症等への過度の不安が保護者も医療提供者も軽減されるため、小児の夜間休日診療の受診ニーズの低減と医師の負担軽減も期待され、抗菌薬の投与量も抑制できるなどの効果も指摘されている。
これらを勘案すれば、「リーズナブル」と考えられる1,300億円という金額だが、私は一抹の不安を感じている。今年4月の診療報酬改定は、OECD平均まで医療費増額を目指すとした民主党政権下で行われたにもかかわらず、薬価等の引き下げ分の振り分けを除けば、実質の予算投入は600億円程度に留まったことは記憶に新しい。
必要な予算を確保するには胆力が求められ、そこに様々な「力学」が働くのが政治の世界なのだろう。必要な予算を確保し予防接種で防げる被害を防ぐのか、予算とともに国民の健康を削り続けるのか、政府・与党の判断に注目したい。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年8月2日
第2の官制パニック、口蹄疫-(4)
第2の官制パニック、口蹄疫-(4)
-公衆衛生の概念無きFMD対策-
厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年7月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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最後まで種牛を残すべく、今までにFMDに関する記事を書いてきましたが、殆どの牛は回復し、肉を食べても問題ない、人には罹らない病気に対して何故、どうして殺処分に固執するのか、そして、10年前に様々な研究や意見がなされてきたこの問題に関して、何の議論も起こらないのか、とても不思議に思います。
オランダ政府は、6月28日にFMD流行時の殺処分は今後一切行わない事を明言し、その代わりに緊急のワクチン接種を提案しています。
http://www.warmwell.com/euwpmay112010.html
ワクチンに関してもその有効性は未だ確立されていません。しかし、殺して埋める、という現場の労力と、それに伴う経済的被害、畜産農家の精神的苦痛等を考えると、ワクチンというのは大きな選択肢であるといえます。
殺処分が行われるようになったのは1940年代に入ってからです。それまでは自然に治るまで放置されてきました。何故殺処分が行われるようになったのかはっきりしたことは分かりませんが、その有効性については議論があります
http://kimuramoriyo.blogspot.com/2010/05/vol2_26.html
ワクチンや殺処分など、何かの政策が有効である(例えば、H1N1豚インフルエンザ騒動における水際対策)ことを証明するには、その政策を行ったときと、行わなかった場合を同時に進行させて、比較する必要があります。比較するための物差しは、死亡率であったり、病気の起こった数(対一定数)であったりという違いはありますが、必ず、比較する対象が必要です。
私たちは日常生活の中で、様々な比較を言葉にします。例えば、「私は太っている」と言ったとき、標準体重とか、ある特定の人に比べて太っているのか、という比較するための対象が必要です。それが無ければ、「私は太っている」というのは客観的な評価ではなく、「太っていると自分で思う」という主観に基づいた判断となります。これは科学的ではありません。
公衆衛生(public health)とは、国家国民に関する健康問題を考える概念です。その証拠作りをするのが疫学(epidemiology)という学問です。例として挙げた、水際対策は有効であるのかどうか、FMDにおける殺処分は有効かどうか、といった問題も疫学的に解決するべき問題です。
欧米では、公衆衛生大学院があり、疫学部だけでなく、政策学部や、国際保健、基礎研究など、公衆衛生に関わる問題について包括的に研究されます。そこでのデータを基に国は政策を決定するわけですから、公衆衛生大学院は政治的にも大きな力を持ちます。研究する人の職種は多種多様です。医師、歯科医師、獣医師、看護師、行政関係者、軍関係者、法学専門家など、多岐にわたります。
日本には欧米並みのレベルを持った公衆衛生大学院がないというのが実情です。公衆衛生と名がついているのは公衆衛生学部ですが、その多くは医学部の一角にあり、細々と動物実験を行っています。しかし、本来は、人を使った大がかりな研究(疫学研究)をしない限り、public healthに帰するデータを得ることは出来ません。
豚インフルエンザにしてもFMDにしても、「この方法は効果があると思う」という主観的な判断に基づいて政策決定がなされていると言えるでしょう。なぜそうなるのかと言えば、政府に根拠を示すシンクタンク、すなわち公衆衛生専門家集団が不在だということが大きな理由だと思います。
科学的根拠に基づかない政策決定は、右から左へとぶれます。当初「水際対策で新型インフルエンザを日本には入れない!」とさけんでいたのですから、水際対策の効果は「国内に入れない」ことに在ったはずです。ところがいつの間にか、「水際対策は国内流行を遅らせる効果があった」と何の根拠も無しに論調を変えることからもわかります。
このような思いつきや、思い込みで政策決定がされた場合、もっとも困るのは国民です。今回のFMD流行においても、現在だけでなく将来的に大きな損失を残すのは紛れもない事実です。
専門家がいないのであれば、海外から呼び至急議論をすることが必要です。感染症は今後もやってきます。感染症から国家国民を守るためには、感情論でも推論でもなく、科学的根拠に基づく政策決定であることを、政府も国民も気がつくことが必要でしょう。FMDはウイルスが自分から絶滅しない限り、根絶は無理な疾患です。そうなれば、いずれまた流行はやってきます。その時にどのような対策をとるのか、今回を教訓とした議論が早急に求められるところです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月28日
医療ガバナンスNEWS ▽キルギス紛争被災者への緊急支援のお願い▽
医療ガバナンスNEWS
▽キルギス紛争被災者への緊急支援のお願い▽
ご案内をいただきましたので、情報提供です
2010年7月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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NEWS
キルギス紛争被災者への緊急支援のお願い
ご承知のようにキルギス共和国では、4月の政権交代闘争とこれに続く6月の南部における民族衝突により、残念ながら多くの被災者(死者および難民)が出ました。
6月27日に至り、漸く国民投票で改定憲法の採択と臨時大統領の信任が行われました。4月に成立した「在日キルギス人協会」では、「日本キルギス交流協会」の支援を得ながら、ささやかであっても具体的な行動を以て日本から被災者関係者に情勢安定の期待と激励のエールを送りたいと考えます。早速ながら、被災者の医療活動、被害者視点の学用品供与等の支援を想定した募金活動を行います。もとより、貧者の一打的な活動にすぎませんが、私たちの思いをお汲み取りいただき、是非支援活動にご参加いただきますようお願い申し上げます。
*通信欄にMRICとお手数ですがお入れください
○在日キルギス人協会
代表 サマコワ・イバラット
アセーリ・ナザルマンベトワ
○日本・キルギス交流協会
理事長 田中 哲二(キルギス共和国大統領経済顧問)
理事 中島 利博(キルギス共和国医療顧問)
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キルギス被害者緊急支援申し込み
氏 名:
所 属: (団体・企業等差し支えない範囲で)
住 所:
電 話:
E-maill:
金 額: ( )1口3千円
振込先:三井住友銀行東京営業部 普通 8138507 日本キルギス交流協会
申込書送付先:(下記の何れか)
郵送:〒275-0024 千葉県習志野市茜浜2丁目8番1号 東洋エンジニアリング株式会社経営統括本部着付
日本キルギス交流協会 事務局長 渡辺 博
FAX: 047-454-1160
E-mail: watanab-h@ga.toyo-eng.co.jp
◆シルクロードの国「キルギス」紛争被災者支援キャンペーン◆
《 日本・キルギス交流協会広報 》
パンドラの箱を開けてしまったキルギス
平和であったキルギスは、不幸にして紛争というパンドラの箱を開けてしまいました。
そこから飛び出したのは、悲嘆、病気、欠乏、憎しみ、嫉み、犯罪などです。
だれがパンドラの箱を開けたのか? だれのせいなのか?原因や責任など詮索すればきりがないほど複雑であることは、頻発している世界の不幸と同じです。
しかし、詮索をしているいとまもなく、数多くの人々が日々命を失い、生きる機会を得られずに死を待っているほかないのです。
わたしたちが、いまできることはなんでしょうか?
キルギスに広がった不幸を私たちは解決できるのか?それには国連、赤十字など大きな機関による支援が行われる必要があります。しかし大きな機関が動くには、時間が掛かります。でも、現実の不幸に手をこまねいているわけにはいきません。わたしたちが集められる募金の多寡はどうあれ、この募金が犠牲者たちの命をわずかでも長らえさせることができれば、明日への命の期待を防ぐことができるでしょう。
残念ながら市民レベルの力はとても微力でしょう。
おそらくわたしたちができること、それはお金であるよりは、お金を通じて感じ取ってもらえる「想い」であり、日本の多くの人が手をさしのべているという国境を越えた「つながり」の「実感」ではないでしょうか?
届けたいのは希望です。
パンドラの箱に最後に残ったもの、それは希望であり、平和への予兆でもありました。
不幸の中にあって、孤独に生きるのではなく、多くの人に支えられていくことから生まれる明日への希望、そして期待・・・
ささやかな義援金であろうとも、それは絶望のなかにいる人々の心に希望の灯をともすことができる、わたしたちはそう確信して募金運動に取り組みます。
そしてお届けしたいのは、生きることへの「希望」。しかも一刻も早く、必要とされている人々にお届けしたいのです。
みなさまの温かいご支援を心よりお願い申し上げます。
平成22年7月
田中 哲二 (日本・キルギス交流協会理事長/キルギス国大統領経済顧問)
中島 利博 (シルクロードの子ども達の未来を考える会会長/キルギス国医療顧問)
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MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月27日
第2の官制パニック、口蹄疫-(3)
第2の官制パニック、口蹄疫-(3)
-殺処分が有効だという科学的根拠は存在しない-
厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年7月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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今回は、FMD対策の中心をなす殺処分について書いてみたい。FMDの発生が小規模でごく初期における殺処分は、バイオテロの可能性を考えれば、危機管理上意味があることだと思われる。1997年香港でトリH5N1インフルエンザ発生において、WHO事務局長のMargaret Chan氏が遅れることなくトリを処分したことは高く評価されているところである。 それでは、ある程度感染が拡大してからの多数殺処分は有効なのだろうか。
もっとも酷いFMD大流行は2001年英国で起こった。病気に罹った家畜が2000頭以上見つかり、700万頭以上の牛と羊を処分した。この大流行によって、約160億ドル(1兆6千億円)の経費と、精神的、肉体的、経済的ダメージなどの社会的損失が残された。
この時のイギリス政府の方針は、FMDが見つかった農場にいる家畜のうち、FMDに感染する可能性があるものは24時間以内に殺処分にし、その農家と隣接したりして、感染の可能性がある家畜も処分する、というものであり、現在、日本のFMD政策も基本的にこれに準じたものである(もっともイギリスは、「明らかに感染の危険性がない家畜に関しては、処分は農家の方針に任せる」と、条件を緩和したのは前回の記事に書いたとおりである)。
しかしながら、幼体は致死率が高いといわれるが、成体ではFMDから殆どが回復すること、ヒトに対する危険性は殆どないこと等がわかっている疾患に対して、感染している可能性のある動物まで殺す事への批判は多く存在してきた。
また、「感染の疑い」を、どこまでが疑いとするかを見極めることは不可能であり、現場の大きな労力の負担になる。経済的側面から考えたときにも損失があまりに大きいことも、批判の大きな要因である。
現実的に、FMDが流行期に入った時、家畜をどの程度処分すれば流行の早期終息に貢献するか、という比較は非常に困難である。何故なら、多量処分政策に効果があったと結論するには、多量処分をしなかった場合の例が比較としてまず必要だからである。
また、仮にこの比較が出来たとしても、家畜がどの程度密接して飼われているか、隣の農家とはどの程度離れているか、他の感染源となる動物は周りにどれだけいたか、という追跡不可能な条件も検討しなければならず、純粋に多量処分が「効果あり、なし」といえるほど単純ではない。 ※1)
1951から52年に起こったカナダの事例と、1967年での英国の事例を比較した研究がある。いずれも起こった時は既にある程度流行していたという共通点がある。カナダはそのまま自然治癒を待ち、イギリスでは殺処分にした。結局、どちらが良かったのかを結論付けるのは困難だ、という考察に落ち着いている。 ※2)
多量処分には他にも問題が指摘されている。感染の可能性のあるものを殺してゆくことは必ずしも、FMDの早期終息には役立たないばかりではなく、他の動物に感染を広げる可能性があるからだ。
FMDと共に牛の重要な病気に結核がある。ウシ型結核は牛だけでなくアナグマにも感染することが分かっており、感染源淘汰のためにアナグマ駆除が行われている。ところがアナグマを殺せば殺すほど、牛の結核が増えることが大規模RCTの結果として明らかにされている。 ※3)
この理由としては、アナグマ狩りを行った周囲の牛結核は減るのだが、近隣の地域の結核は増える、すなわちアナグマが処分を逃れて移動するためではないか、といわれている。いわばイタチごっこである。
FMDに関してもこの可能性がある。牛を殺せば豚にFMDが増える、といった具合である。牛は殺されればアナグマのように移動しないが、FMD発生が分かっていない時期にすでに感染した牛の肉からどこぞにウイルスは飛んでいるかも知れない。すなわち、感染経路は私たちが知り得ないところにもたくさんあるということだ。
FMDに限らずウイルスの流行は必ず終息する。対策の基本は、いかに早く、多方面での損失を少なく、その流行を抑えることにある。損失の中には家畜の損失だけでなく、人的、経済的、あるいは文化的損失も含まれるということを忘れてはならない。
※1)
The role of pre-emptive culling in the control of foot-and-mouth disease
Tidesley MJ, Bessell PR, Keeling MJ et al
Proc Biol Sci. 2009 Sep 22;276(1671):3239-48
※2)
Comparison of different control strategies for foot-and- mouth disease: a study of the epidemics in Canada in1951/52, Hampshire in 1967 and Northumberland in 1966.
Sellers RF
Vet Rec.2006 Jan7;158(1):9
※3)
Positive and negative effects of widespread badger culling on tuberculosis in cattle.
Donnelly CA, Woodroffe R, Cox DR et al
Nature. 2006 Feb16;439(7078):843-6
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月26日
第2の官制パニック、口蹄疫-(2)
第2の官制パニック、口蹄疫-(2)
-清浄国(FMD free)のお墨付きは意味があるのか-
「木村盛世のメディカル ジオポリティクス カフェ http://kimuramoriyo.blogspot.com/より一部改編、加筆して掲載」
厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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口蹄疫(Foot and Mouth disease、以下 FMD)
FMD freeであることが貿易の面で重要とされていますが、今回はFMD Freeとはどういうことか、果たしてそれ自体達成可能なものなのか、という事について書いてみます。
現在の清浄国の定義は、OIE(国際獣疫事務局)の定義に基づき、我が国では農林水産省が規定しています。
http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/oie6.html
http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/oie/pdf/rm5fmd.pdf
これを見る限り、ある一定期間FMDの発生が抑えられているというのが「清浄国」という条件のようです。
しかしながら、本当にdisease freeというのであれば、この世界からFMDウイルスがなくなる事が必要です。これは根絶(eradication)といい、制圧(control)とは明確に分けられている概念です。
それでは、ウイルスを根絶するためにはどうしたらよいでしょうか。ウイルスに特効薬はありませんから、治療薬で退治することは不可能です。となれば、感染経路を遮断する以外にはありません。
感染経路を潰すには2つの条件があります。第1に感染経路が明らかであり、物理的に遮断できること。第2に有効な予防手段が存在することです。
この条件を満たし、実際に地球上から根絶されたウイルス感染症は天然痘です。ヒトの天然痘ウイルスは感染したヒトの口や鼻から排出されるウイルス、あるいは水疱が破れてかさぶたになった部分からまき散らされるウイルスを吸い込むことによってうつります。
天然痘には、効果的なワクチンがあります。実際、天然痘患者を隔離し、患者の周りにいる人20人にワクチンを打つことによって、1980年、天然痘患者はこの地球上から消えました。ポリオもWHOの対策が間違っていない限り近い将来根絶可能なウイルス感染症です。
それではFMDはどうでしょうか。感染経路は明らかになっている中でも、多岐にわたります。
同種の動物間だけでなく、他の動物、昆虫、水、風などです。動物には人間も含まれますから、
これらの感染経路を全て遮断するためには人間までも殺しつくさなければなりません。たとえそうしたとしても、水や空気の流れを遮断することは不可能です。
また、予防法についても、ワクチンを含む有効な手立てはありません。これでは、FMDウイルスを地球上から根絶することは無理だと言うことがわかります。根絶できない以上、一度流行が収まっても必ずまた繰り返します。そのようなウイルスに対して、「清浄性」という概念は当てはまらないのです。
ここでもう一度、FMDがどういう病気か振り返ってみましょう。蹄が2つに割れている動物を襲う感染力の強い病気だが、多くの動物は治癒します。ヒトがかかることはなく、感染した肉を食べても問題ありません。今回の流行が収まっても、再び繰り返す感染症であり、super killerでもないウイルスに対して、清浄国のお墨付きを与えること自体、理にかなったことではありません。
科学的根拠に基づかない清浄国(FMD free)という概念は不適当だ、と声を上げるのは「和牛」という希有なブランドを生産する、我が国こそが先頭に立ってするべきことではないのでしょうか。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月16日
第2の官制パニック、口蹄疫-(1)
第2の官制パニック、口蹄疫-(1)
厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年7月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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2010年3月31日に宮崎県で水牛の口蹄疫(Foot and Mouth disease 以下FMD)が発生して以来3ヶ月が経過した。現在では終息に向かっているものの、病気に罹患していない種牛の保存を巡って、県と国が対立している。そこで本稿では、FMDとはどういった疾患であり、どのように対処したらよいか論じてみたい。
【FMDの特徴】
1.蹄が2つに割れている動物に罹る、感染力(他にうつす力)が強い感染症
2.牛の成体の場合、死に至ることは殆ど無く、通常動物は2週間程度で回復する(豚は牛よりも致死率が高い)
3.罹った動物の他、carrierと呼ばれる生物や風等、不特定多数によって伝搬されるため封じ込め不可能
4.人にうつったという報告はない
5.感染した動物を食べても人には影響ない
6.治療法はない
7.ワクチンは100%の効果無し
(口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.5より)
http://news.livedoor.com/article/detail/4821972/
FMDに罹った動物は痩せて、商品価値がなくなると言われている。報道にも「蔓延すれば畜産業界に大打撃を与えかねない」とあるが、実際に殺処分がメインに行われている状況下では、生き残った牛の商品価値を論ずるに足りる証拠はない。殺処分が行われるようになったのは1940年以降であり、それまではFMDに罹患した家畜は治るまで放置されていた。
1922-24年にイギリスでの流行の際、FMDに罹った牛を介抱し、1923年のRoyal Showでその牛を優勝させたCharles Clover 氏の業績は、罹患した家畜は商品価値が無くならないことを示す、貴重な症例報告である(“ Old cowmen’s cure served duke’s pedigree herd”, The Daily Telegraph 12-3-01,p6)。
以上の事実を鑑みると、何故多量殺処分が必要なのかという疑問がわくが、日本ではこうした議論は全くと言って良いほど起こらない。
何故なのかと考えれば、
(1)FMDには殺処分、とインプットされている
(2)FMDの事をよく知らない
(3)殺処分が有効と主張する獣医師、いわゆる専門家、官僚、政治家達に対して、そうでは無いという勇気がでない
などが挙げられるだろう。
殺処分に関する議論は、2001年イギリスで大流行が起こったときから活発に行われており、mediaも多く取り上げている。
http://www.FMD.brass.cf.ac.uk/FMDreferencesnewspapers.html
日本では「殺す事が最良の方法」以外の意見が報道されないことは、極めて不自然だと感じざるを得ない。
殺処分は、発生のごく初期、バイオテロの可能性も鑑みて行うことは理にかなっていると思われる。しかし、ある程度以上の広がりを見せてからは、殺処分を行うことの方が損失が多くなる。
まず、大きな経済的なダメージが挙げられる。これには畜産業そのものに関わる損失だけでなく、観光や他の産業に関するものも含まれる。また、貴重な種牛などを失うことは、経済損失だけでは論じられないダメージがありだろう。
現在のFMDにおける対応をみていると、感染拡大のための殺処分というよりは、殺処分自体が目的となっている感が否めない。これは、かつてFMDで大被害を被ったイギリスの状況と重ねることができる。もやは、殺処分の有効性の問題ではなく、流れをとめることが出来ないから殺し続けたというのが本当のところであろう。
英国国立農畜産組合(National Farmers Union)のトップだったRichard MacDonaldの、「我々はその科学とやらに行き詰まり、自分たちが信じてやっている事が正しいとする結論に至った」という言葉は、正にこの状況を的確に言い表したものである。
結果として、イギリスは、殺処分の対象を緩和することし、「明らかに健康だと思われる牛に関しては、殺すか殺さないかは農家の決断にゆだねる」との見解を出したのである。
http://www.abc.net.au/rural/news/stories/s284276.htm
10年ほど前、多くの犠牲を払い、損失を生んだ英国の事例でこれだけの議論がなされたのにもかかわらず、日本で何の議論も起こらないのは不思議である。「殺す事に意義がある」という流れの中で、冷静な議論などは何処かに吹き飛んでいる状況は、2009年に流行したH1N1豚インフルエンザ騒動を思い起こさせる。
日本の悲惨な状況を鑑みてのことと考えられるが、2010年6月28日、オランダ政府は、
「今後FMDの流行の際、殺処分は2度と行わない」という声明を発表した。
http://www.warmwell.com/
FMDは自然界にごくありふれた病気で自然に回復する。感染経路も複数あり、特効薬や完全な予防法も無い以上、封じ込めは不可能であり、根絶することは不可能である。
そうであれば、ウイルスとの共存をも含んだ議論を行うことが緊急に行うべきことであろう。
MRIC by 医療ガバナンス学会
2010年7月15日
日本医師会会長選挙を振り返る (後半)
日本医師会会長選挙を振り返る
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステ 上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。
2010年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 (Vol. 139)
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下記は(「日本医師会会長選挙を振り返る」 前半)の続きになります。
【代議員制】
原中氏率いる茨城県医師会の実力は誰しもが認めるところです。ところが、日医会長選挙は原中氏の思惑通りには進まなかったようです。その理由は、日医会長選が代議員制で行われたためです。
日医は、郡市医師会・県医師会・日本医師会の三層構造から成り立ち、代議員の選出は都道府県医師会に委託されます。このため、日医代議員は医師会業務に長年貢献した高齢者が選ばれることが多く、代議員の合意が医師会の総意を反映しないことがあります。その典型例は、医療事故調論争や、昨年の総選挙での自民党支持です。
【代議員たちの思惑】
今回の会長選挙での代議員の関心は、1)政権との関係修復、2)自派閥の権力維持にあったと思われます。
まず、最大の目的である「政権との関係修復」を実現するには、原中氏を会長にするしか選択肢はありませんでした。もし、原中氏が敗れれば、小沢幹事長たちが、どのような報復に出るかわからないからです。確かに、会長選挙は熾烈を極めたようですが、最終的には原中氏が勝利したのは、予定調和的な側面があったように感じます。
問題は「既存グループ間の利害調整」です。これには様々な思惑が交叉しました。例えば、森陣営の多くは唐澤体制での執行部を務め、本来、両者は近い関係です。唐澤・森陣営こそが日医の主流派で、原中陣営は非主流派というほうが妥当かも知れません。このように考えれば、今回の選挙で、森氏が出馬し、唐澤氏を支持しなかったことは、主流派内での世代闘争という見方も可能です。これ以外にも、数々の代議員同士の人間関係が漏れ伝わります。
【キャビネット制の廃止】
今回の選挙の特徴は、「キャビネット制の廃止」です。キャビネット制とは会長に選出された人物が、全ての理事を決めることです。選挙への貢献度に合わせて理事ポストを配分することが出来るため、会長は絶大な権力を持ちます。
ところが、今回、このルールが撤廃され、3人の副会長、10人の常任理事も代議員による選挙で選ばれることになりました。この場合、死票は減り、権力は分散することが予想されます。会長選挙直前に、制度変更に合意するあたり、日医はしぶといです。
結果は予想通りでした。会長選こそ原中陣営が勝ったものの、副会長選挙は唐澤・森連合が候補を一本化し、二人の副会長を当選させました。残りの一つは古き日医の象徴とも言える羽生田氏が滑り込みます。
また、常任理事についても、原中陣営が独自に推薦した候補5人のうち、当選したのは2人だけでした。3人は森・唐澤陣営推薦。残りの5人中、4人は原中陣営と森・唐澤陣営が相乗りです。なかなか、わかりにくい構図です。
【国民不在の数合わせ】
選挙を通じて、全ての陣営の顔を立てたのですから、日医の調整能力は見事と言うしかありません。
しかしながら、代議員たちの振る舞いは、国民にはどのように映るでしょうか。代議員の数合わせを通じたポストの分捕り合いからは、国民が悩む医師不足や救急車たらい回しなどの問題を解決しようとする熱意は感じられません。副会長や常任理事の中に、このような問題に真剣に取り組んでいる人がいないからです。
また、原中氏は、当選後すぐに小沢幹事長との親密さを強調し、4月2日には原中氏が小沢幹事長と面談したことが報道されました。この光景は、多くの代議員たちに希望を与えたでしょう。「これで与党に戻ることができた」と。
ところが、小沢氏の関心は、医療ではなく選挙にあることは明らかです。来る参議院選挙で、日医が民主党を応援すれば、小沢氏は診療報酬を増やしてくれるでしょう。果たして、これで良いのでしょうか。これでは、国民がノーを突きつけた自公時代と何ら変わりません。
【日医は医療政策に関心があるのか】
そもそも、日医は医療政策に関心があるのだろうかと疑わしくなるいことがあります。野党時代から、民主党の医療政策をリードしてきたのは、仙谷由人・足立信也・鈴木寛氏らです。総選挙のマニフェストも、彼らが中心となって作り、政権交代後は診療報酬増額、救急・産科・外科の重点化、医師養成数増員、高額医療費の患者負担見直しなど、マニフェストを着実に実現してきました。マニフェスト評価の老舗 言論NPOが発表した「鳩山政権の100日評価」では、全分野の中で医療がもっとも高く評価されています。
ところが、一部の日医代議員は仙谷由人・足立信也・鈴木寛氏たちを「病院族」と批判し、原中氏は足立政務官の更迭を要求しています。日医は、依然として開業医の利益だけを追求しているように見えます。
皮肉なことに、民主党の「病院族」が信頼する内田健夫氏は、森・唐澤陣営が推薦する副会長候補で唯一の落選となりました。彼は、唐澤体制で常任理事を務め、バランスのとれた対応が勤務医からも信頼されていました。日医が小沢氏とのパイプを重視し、実際に医療に関心がある議員には配慮していなかったことがわかります。
【情報公開・代議員制の廃止を】
日医の置かれた状況は深刻です。そもそも、日医の使命は、現場で働く医師を支援し、国民に良質な医療を提供することです。ところが、今回の選挙を通じて、代議員と一般会員の意識が乖離しているのは明らかでした。これでは何のための業界団体かわかりません。
私は、原中氏の日医改革の第一歩は、代議員制の廃止と考えます。情報通信が発展した現在、重要課題は会員の直接投票で決めるべきです。しかしながら、代議員は権力の象徴。果たして、原中氏は代議員という権力に切り込めるでしょうか?興味をもってフォローしたいと考えています。
2010年4月21日
日本医師会会長選挙を振り返る (前半)
日本医師会会長選挙を振り返る
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステ 上 昌広
※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。
2010年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 (Vol. 139)
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【日本医師会長】
4月1日、日本医師会会長選挙が行われ、茨城県医師会長の原中勝征氏が、第18代会長に選出されました。森洋一氏 (京都府医師会長)、唐澤祥人氏(前日医会長)を僅差で破っての当選でした。
多くのメディアは、このことをトップで扱いました。確かに、日医は自公政権を支えた代表的な業界団体で、政権交代後の対応に多くの国民が関心を持っていました。また、自公政権を支持してきた唐澤氏、政治とは距離を置くと言いながらも、前原大臣などの京都出身の有力議員と親しい森氏、さらに昨年の総選挙での民主党大勝利に貢献した原中氏の争いは、与野党の代理戦争の様相を呈していました。マスメディアが関心を持つのも当然です。今回は、日医会長選について解説したいと思います。
【原中会長の経歴】
まず、原中新会長の経歴から説明しましょう。今回の医師会長選挙は、彼のキャラクター抜きでは語れません。
原中氏は1966年に日大医学部を卒業した内科医です。卒業後は東大医科研の内科に勤務し、臨床・研究に従事します。この間、TNF-αの研究で世界的な業績を挙げ、米国科学アカデミー紀要(PNAS)などの一流誌に多くの論文を発表しました。このような活動が評価され、1990年には東大医科研内科助教授に昇格します。当時、東大卒以外が助教授に就任するのは極めて異例でした。しかしながら、助教授就任後、直腸癌を患い、1991年に茨城県の医療法人杏仁会大圃病院理事長・院長に転職します。詳細は分かりませんが、東大内部での学閥争いも関係したという噂です。
その後、原中氏は茨城県の地域医療に専念します。1998年に茨城県医師会理事、2004年には茨城県医師会会長に就任します。茨城県と言えば自民党王国。古くは梶山静六氏から丹羽雄哉氏、額賀福志郎氏などの大物議員を輩出しています。そして、長年にわたり自民党茨城県幹事長を務めた山口武平氏がいました。余談ですが、山口氏の先輩には小幡(菱沼)五朗氏がいます。血盟団事件で団琢磨を銃殺し、服役。その後、右翼活動を離れ、茨城県議会長になった人物です。1990年に亡くなるまで茨城県政の重鎮として活躍しました。原中氏は、このような武闘派に囲まれた環境で実力をつけていきます。
彼に転機が訪れたのは、2007年の参議院選挙です。当時、日医の理事であった原中氏は、日医推薦の武見敬三候補ではなく、郵政選挙で落選していた国民新党の自見庄三郎候補を応援し、当選させます。一方、武見候補は落選し、日医の凋落ぶりを印象づけました。この頃から、原中氏と民主党の付きあいが始まったと言われています。
さらに、2008年4月、後期高齢者医療制度が施行されると、茨城県医師会は「高齢者切り捨て」と反対の論陣を張ります。地元で署名活動を展開し、原中氏は民主党の参考人として国会に登場しました。日医幹部が野党の参考人になるなど、前代未聞です。また、後期高齢者医療制度を推進したのは、地元選出の厚労族の大物 丹羽雄哉氏ですから、自民党王国に正面から喧嘩を売ったことになります。
その後の展開は、皆さんご存じの通りです。2008年9月には茨城県医師連盟(医師会の政治組織)が民主党支持を表明。2009年6月には、茨城県医師連盟会員ら1266人が自民党を集団離党しました。このような動きは広く報道され、総選挙での民主党の地滑り的勝利に貢献しました。茨城県では7選挙区中、5選挙区で民主党が勝利し、原中氏と対峙した丹羽氏は落選し、総選挙の責任をとり山口氏は引退しました。
総選挙後、原中氏は管国家戦略担当大臣(当時)から国家戦略局入りを打診されたそうですが、断ります。そして、日本医師会会長選挙に立候補することを表明しました。
【地域住民へ訴えた原中戦略】
私は、原中氏が総選挙で果たした役割を高く評価しています。茨城県医師会は後期高齢者医療制度に反対して以来、街頭に出て、住民に医療問題を訴え続けてきました。原中氏たちの懸命な訴えが、茨城県民の投票行動に結びついた可能性は高いでしょう。
このような戦略は、従来の日医とは反対です。日医は選挙のたびに、会員・家族の票をまとめて、与党候補を応援してきました。そして、選挙が終わると、与党と交渉し、自らの要求を実現してきました。住民や患者に対する配慮が希薄で、政治力に頼る姿勢が国民の反感を買ってきました。
また、「武闘派」が揃う茨城県で自民党に反旗を翻すのは、強い覚悟が必要だったでしょう。なかなか出来ることではありません。一致団結して闘い抜いた茨城県医師会の胆力・行動力に敬意を表します。
(ここまで前半 続きは後半へ)
2010年4月20日
サリン事件15年の今に思うこと
今から15年前の3月20日、地下鉄サリン事件が起きました。
多くの犠牲者と今でも後遺症で苦しめられる方々生んだこの事件は
正にテロとしか言いようがありません。
オウム真理教はサリンという化学物質の他にも
ボツリヌス菌、炭そ菌などを使った生物兵器を使ったテロを起こしていました。
素人集団が初めてのバイオテロを行った事に対して
世界は愕然としました。
この事件をきっかけに米国CDCはバイオテロ部門を設立し、
WHOは2007年のWorld Health Reportで、
バイオテロの脅威を各国に警告しています。
ところが、当の日本は海外から「日本はすごいことが起こった」と聞き、
オウムによるバイオテロの事実を知ったといいます。
知った後も現在に至るまで何の対策を講じていません。
厚労省の危機管理専門官は課長補佐レベルの人です。
これでは有事の際一人でヘリを飛ばす権限もありません。
「寝た子を起こすな」は厚労省だけでなく
全ての省庁に当てはまる言葉だと思います。
しかし、世界がバイオのみならずテロの脅威から自国を守るべく
対策を立てている中で、
日本はあまりにも遅れた体制をとっているとしかいえません。
公務員改革が叫ばれる今、国民を守る、
という原点に立ち返り然るべき対策を早急に講じることが必要だと思います。
逃げ腰の政策は国民を幸福にはしません。
完全でなくとも、国民のほうを向き真摯に立ち向かう事が
今の霞が関に求められているのではないでしょうか。
2010年3月20日
少子化だけに目を向けると視野の狭い政策になる
文京区長が首長として初の育児休暇を取ろうとしています。
日本では、おける仕事と育児、あるいは仕事と家庭の関係があまり議論されてきませんでした。
他の先進国と比較して未熟な取り組みを今回の出来事が前進させてくれる事を望んでいます。
現在の我が国では、少子化のみがクローズアップされ、
選挙対策のばらまきともいえる子供手当が議論されています。
もちろん少子化は大きな問題ですが、これだけに終始するのではなく、
いかに優秀な人材を社会が確保し国の成長にどう生かすか、
という概念で考えるべきではないかと思います。
とすれば、必然的に育児と家庭の両立というものは女性だけに限った問題ではなくなるはずです。
我が国は未だに、女性は内にいて家を守るものという意識が強いのではないでしょうか。
伴侶を「家内」と呼ぶことからも想像できます。
男がこう、女がこうあるべきというのではなく、
性差を超えたフランクな議論が政府内でも起こってくれればいいと思います。
日本は本来、外来文化を上手く取り入れる柔軟性をもっているのですから。
本来であればこうした議論の場を提供し、内外部の意見調整をしながら政策に結びつけるのが、
厚生労働省の力を発揮すべきところです。
ところが、実際に重きを置いているのが国会議員対応と、内部調整だけ。
コピー100部を部下に取らせて、その原本を破棄させる、といった要らない仕事を生みだしても、
国民にとって何の役にも立ちません。
こんな要らない仕事をしている暇があるのなら、霞が関から外に出て、
実際に何が問題なのかを見るべきだと思います。
問題点が分からなければ解決のしようもありません。
特に厚労省は国民の生活に直結する重要案件ばかり抱えているのですから、
しっかり現場の状況を把握することが必要です。
2010年3月12日
緊急時のtwitter活用法?
先日、チリでM8.8 の大地震が起きました。
エネルギーはハイチ地震の約2倍というのですから凄まじいものです。
この地震の影響による津波が、
地球の裏側に届くかもしれないという情報が入りました。
何よりも早く、そして詳細に地震津波の情報発信したのは、
原口総務相でした。
原口氏はtwitterを通じてリアルタイムの情報を出したのです。
これに対して「なりすましにより嘘の情報が流れる危険性ががある」
という報道もされました。
当然、有名人であれば、その人の名を語った「なりすまし」が出てきて、
いい加減なつぶやきをする可能性もあります。
Webを使っての情報発信においてはtwitterに限らず、
情報が操作されるという危険ははらんでいることです。
しかし、今回の原口大臣の情報発信は、
国民が最も知りたい危険情報を瞬時に受け取ることが出来たという
大きなメリットがあります。
通常政府から発表される情報は、
内部で細かいチェックを受けてから外に出されるため、
外部の目に触れる頃にはすっかり旬を過ぎている事が多々あります。
Twitterの長所は何と言っても情報の瞬時性です。
緊急性の高いものが、政府の中枢にいる人間から発信される強みを
もっと利用してもよいのではないでしょうか。
2010年3月4日
公衆衛生学の夜明けをどれだけ待てばよいのだろうか
公衆衛生学の夜明けをどれだけ待てばよいのだろうか
厚生労働省医系技官 木村盛世
2010年2月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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学習を伴わない行動は致命的である。行動を伴わない学習は無益である。
-メリー・ビアード-
ワクチンは何を目的に使われるのか理解しているのか、日本はワクチンを使う気があるのか。厚労省の対応を見ていると、そう質問したくなる。この根本的な議論をしないまま、文明開化で牛鍋を食べ始めたごとく、ワクチンを使い始めたのが日本であろう。
ワクチンは感染症の予防手段として生まれた。効果の度合いはワクチンによってまちまちである。共通していることは、副反応を伴うことである。副反応の頻度、重症度もワクチンにより異なるが、重篤な副反応の発生は通常、交通事故にあうよりは稀である。このリスクを理解して、国民全体の感染症被害を最小限にとどめる目的で導入するのがワクチン対策の基本である。言い換えれば公衆衛生学的ツールそのものだ。
100%効果のあるワクチンは、ワクチンだけで当該疾患を根絶できる。代表例は天然痘である。実際ワクチンの効果を調べるのは容易ではないが、効くワクチンは的確に使用すれば、病気の広がりを抑えることが出来る。
新型インフルエンザワクチンの効果については、新しい感染症なので誰にも本当の事はわからない。言えることは、インフルエンザのワクチンの予防効果は100%ではないということだ。また、ワクチンそのものの予防能力に加えて、複数の型が同時並行して流行することが稀ではないので、H1N1豚ワクチンの効果は本来の能力低くなる。
ワクチンとは十分な予防効果のあるものでなければ使用する必要がないが、効果が未知数であっても導入すべき場合もある。それが今回の新型ワクチンである。何故ならインフルエンザである以上、100%確実な予防法も治療法もないため、既存のツールを組み合わせて使うことが必要であり、ワクチンはその中で重要な位置を占めるからだ。
この基本路線に従えば、新型ワクチンを国民総数分そろえる事は政府が取るべき道である。もちろん最初は数が十分にそろわないため優先順位をつけて打ち始めるのは理解できる。しかし、予想していたよりもワクチン接種を希望する人が少なかった等の理由から、余剰分が出る現在に至っても、未だ優先順位を徹底し、希望者がいても摂取することができないという状況への厚労省の対応は、全く理解ができない。
新型インフルエンザが発生してから8カ月が経過した。先日WHOも最悪のパンデミック段階は終わったと声明を出したところだ。この間、我が国は何を学んだのだろうか。メディアがこぞって報道してきたものは、効果の限りなく薄い水際対策を繰り広げる検疫官の姿にはじまり、ワクチンの無駄は税金の無駄遣い、といった類のものばかりだ。しかし、本当に目を向けなければならないのはこんなことではない。
日本と欧米の対応を比較することが多いが、日本と他先進国との決定的な違いを知ることが必要だ。ワクチンの意義を理解していない厚労省の政策では、副反応に対する補償を含めた法的インフラがゼロに近い。これは他先進国との大きな違いである。これを見て、日本と欧米が同等の公衆衛生レベルを持っていると言えるだろうか?
副反応というリスクが伴うものに対して、「リスクはない」と言い続けるのは、国が訴えられることを回避するため、被害に対する補償を低く抑えるためであるが、重篤な副反応が起こった際に国や製薬会社を訴えることでしか問題解決が出来ないことがおかしいのである。なぜこんな話になるのかといえば、そもそも厚労省がワクチンの基本を理解していないからであろう。
基本がしっかりしていなければ応用はない。それは私たちが子供のころから学校で言われ続けていたことではあるまいか。九九ができない小学生に微積分の問題が解けないのと同じことである。
かつて根絶された天然痘のような古い感染症のみならず、まだ見ぬ未知の感染症は新たな脅威として私たちの前に立ちはだかっている。ハンセン病、薬害エイズ、肝炎など、厚労省は感染症対策で誤った道を歩んできた。今回の新型騒動は、我が国の厚生行政の基本土台がないことを改めて知らしめたわけだが、ここで己の無知を認識しなければ、国民が再び犠牲になる。第二、第三の薬害被害を生むことにもなりかねない。
「専門家の意見を聞いて今後に役立てたい」、というセリフが厚労省から発せられるのが常であるが、それは無駄である。何故なら、本当の公衆衛生の専門家は海外に流出しているからである。公衆衛生の要と呼べる疫学調査には莫大なお金と手間をかけたデータが必要だが、そのデータも医系技官が握って外に出さない現状を考えれば、研究者は食べていかれるわけがない。日本に公衆衛生の専門家がいないのはこのことが大きな理由である。
ゼロからの出発となる公衆衛生学を日本に根付かせるためには、海外からの専門家と共に教育システムの導入が必須である。毎年、ハーバード大学やホプキンズ大学といった世界のトップレベルの公衆衛生大学院に医系技官が留学する。彼らたちは能力があるから留学生として厚労省に選ばれるわけではない。国内ポリティクスの勝者だからだ。これでは日本の公衆衛生導入はいつまでたっても足踏み状態である。
彼らたちに多額の税金を費やすならば、いっそ欧米大学院を誘致してはどうだろうか。明治維新以来といわれる政権交代がなされたのだから、海外の公衆衛生大学院分校の設立などそう難しいことではあるまい。新政権下における、厚労省と文科省の初めての共同作業が、縦割り行政打開の大きな一歩となることは間違いないはずである。これこそ新政権がスローガンとして掲げている「脱官僚」ではあるまいか。
2010年2月25日
日本人の国連進出を阻むのは医系技官
平成の大本営 医系技官問題を考える (4)
厚生労働省医系技官 木村盛世
2010年2月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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いかに多くの罪悪が「国家のために」という美名の仮面のもとになされたことか。
―マクドナルド―
2010年における我が国の国連分担金は12.5%と、アメリカ合衆国の22%に次いで世界第2位である。分担金の割合は国連におけるその国の職員数に比例するのが当然であるが、日本はこれだけ多くの出資をしながら、自国の職員数がきわめて少ないのが現実である。
国連人事担当者によれば、少なくとも130人の日本人国際機関職員が必要だといわれている。ここでいう日本人職員とは、正規の試験を受けて合格した人の事である。試験を受けないで国連で働いている日本人もいるが、彼らたちは国連外の組織が身元引受人となって送り込まれたひも付き出向者である。出向であるから、給料は所属組織持ちである。
国連には様々な組織があるが、医療問題を担当するのがWHO(世界保健機関)である。WHOも他の国際機関の例にもれず、日本人職員が少ない。特にP(プロフェッショナル)-5という外交官特権を持つポスト以上の正規職員はほとんど見受けられない。P‐4とP-5という2つのレベルの間には大きな差がある。P-5は外交官特権が与えられるので、税金や待遇において格段に恵まれている。そして、高々1つのレベルの差とはいっても、正規職員が4から5へ出世するのはたやすいことではない。P-4の中でもまたレベルが分かれているからだ。
このような状況下で、難関といわれる試験も受けず、語学にも大いなるハンデキャップがあるにも関わらずP-5 以上のポストに座る日本人がいる。彼らたちは厚労省からの出向の医系技官だ。現在WHOには地域事務局を含めて4人の厚労省出向者がいるが、彼らたちのWHO内での評判は極めて悪い。
実際にWHOの外国人職員から聞いた話では、2年間の出向期間の毎週末、ヨーロッパの各都市を旅行し、秘書に2枚の報告書を書かせて帰った医系技官がいたそうである。帰国後、厚労省の幹部となり既に天下りをしている人物である。
この話だけでもかなりのショックだったのだが、それを上回るスキャンダラスな話が舞い込んだ。現職のWHO西太平洋地域事務局(WPRO)課長のK氏が、セクハラ・パワハラを繰り返し、他国のWHO職員から内部告発されたのである。WHO内で表ざたになっている事例としては、課内の会議で仕事のレベルを皆の前で罵倒され続ける、説明が下手で頭がよくない、履歴書の記載を偽っていると皆の前で繰り返し責められ続けるなどがある。あまりの酷さに精神科受診するものも出ている。女性への嫌がらせの他、自分や厚労省にとって有利な人物を着任させるために、厚労省外の機関からの出向者に対して執拗な嫌がらせを繰り返し、日本に帰国させた例もある。
K氏の所業はセクハラ・パワハラだけにとどまらない。2009年9月のマニラ台風被害に際して欧米諸国が援助を申し出たのを受けて、日本も災害援助に加わることが決まりかけていた。こともあろうにK氏は日本大使館を通じて横やりを入れ、日本の支援参加を帳消しとしたのだ。また、WHOラオス事務所が提案・準備していた、鳥インフルエンザ対策のための食品衛生・人類共通感染症プロジェクトを阻止しようとした。
何故K氏はこのような行動をとるのだろうか。セクハラ・パワハラに関しては自分の権威を知らしめたいという個人的な欲望とともに、厚労省の医系技官の存在の大きさを国際機関に知らしめようとした意図が感じられる。また、他の機関からの出向者を排除することにより、自分自身がより上級なポストをつかみたいと考えたのかもしれない。
実際、K氏の行動はひも付き元である厚生労働省からは高く評価されている。厚労省大臣官房国際課から任意拠出金としてWPROに提供される資金は年間約6億円である。このお金は30程のプログラムに振り分けられるが、この数年間、拠出金総額が変化していない中、K氏の割り当て分だけは、2008年の4800万円から、2010年は8800万円と急増しているのである。2010年には全拠出金の約6分の1がK氏の割り当てとなっている。
厚労省の意図とK氏の野望が一致した悪代官劇さながらの悪行ぶりの結果、どのような影響が生じるだろうか。
WHOは国際機関であるから様々な国籍の人たちが働いている。K氏に対する告発が、外国人職員から発せられた事実を考えると、医療分野での国際活動において我が国の信頼失墜という好ましくない状況を生むことになる。ただでさえ札びらで頬を叩くような金に任せた日本の国際支援が問題となっている中、K氏の事例は日本のイメージを更に悪くすることはあっても良くすることはない。
文頭にも述べたように、WHOには厚労省以外の職員もいる。正規の試験を受けてきた人たちは極めて優秀である。それにも関らずK氏のような事例が放置されることにより、厚労省と全く関係のない日本職員たちも色眼鏡で見られることになりかねない。また、今後国際機関を目指す日本人にとって、採用決定の際マイナスの要因になる事は否めない事実である。
厚労省からWHOへ出向する場合、国内の給料と共に海外手当てが支払われるが、すべて税金から拠出される。国際機関での日本職員の役割は、出向であるなしに関わらず、我が国の国際社会での位置づけを高めることにある。しかし、K氏だけでなく、今までの厚労省出向者の働きぶりはそれとは全くの逆効果をもたらし続けている。
日本人は秩序と和を尊ぶ国民性をもっている。ところが一たび海外に出ると、「旅の恥はかき捨て」よろしく、モラルを逸脱した行為に走ることがしばしば見受けられる。いくらK氏が英語能力に堪能だとしても、今までの動向をうかがう限り国際感覚ゼロとしか言えないだろう。
K氏の例は、きわめて悪質な破廉恥行為である。しかし、彼は特殊症例ではない。K氏のような国際感覚ゼロの医系技官が作り出したWHO内での風評によって、WHOのみならず他の国際機関においても同様の日本人職員イメージが形成されてしまうのだ。
国連の日本人職員は少ない。増やす必要がある。しかしその背後には、本来ならば積極的にWHOの日本人職員登用に資するべき医系技官が、己の利益を国策とすり替えて行動している現実が見える。健全な国連の日本人職員を増やすために、新政権は、日本から遠く離れた地で公然と行われている医系技官の利権のむさぼりを徹底的に検証し、排除するべきである。
2010年2月8日
節分という節目
今年も早2月、加速を増して過ぎてゆく一年の速さを再確認しています。
2月3日は節分の日ですが、邪気を払い福を呼び込む行事として行われてきました。
何故この時期なのか、と言えば、季節の変わり目には邪気が入り込みやすいから
という理由だそうです。
おそらく、四季の中で一番変化が起こるのは冬から春に移る時なのでしょう。
社会的にも、日本相撲協会の内情や政治家の金にかかわる問題などが紙面を
賑わせています。
冬から春への変化は人間の身体にも大きな影響を与えます。厳しい冬を越した
エネルギーの消耗とともに、一種の安堵を感じるからではないでしょうか。
邪気は外から来るものだけではありません。むしろ自分の弱さや不安定さから
来る内なる要因が最大の敵でしょう。
暦では明日から春。私も内なる邪気に負けないで進んでいこうと思います。
2010年2月3日
医師への不当な行政処分を阻止すべき ―長妻厚労大臣への要望提出のお願い―
「医師への不当な行政処分を阻止すべき ―長妻厚労大臣への要望提出のお願い―」
井上法律事務所 所長・弁護士 井上清成
2010年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【要旨】
2010年1月19日、エムスリー「医療維新」に、「根拠ない、医師への不当な行政処分に異議あり」(厚労省が「刑事無罪」が確定した女子医大事件医師への処分を検討)、「『厚労官僚の火遊び』を許すなー虎の門病院・小松氏」(佐藤医師への「弁明の聴取」が先例になれば、医療体制は崩壊)という2つの記事が掲載されました。医師法・行政手続法に基づく「弁明の聴取」が行われるということは、医師への医業停止処分か戒告処分という行政処分が行われるということです。「弁明の聴取」は来週早々にも予定されているとのことです。それが実施されて行政処分がされれば、昨年末にやっと独立開業したばかりの佐藤医師はどうなってしまうのでしょう。報道によれば、その「弁明の聴取」はある一人の厚労官僚の独走の結果である恐れがあります。筆者自身は、冤罪被害にあった佐藤医師が再び冤罪に問われてはならないと思い、厚労官僚の独走の有無を内部調査するよう、長妻厚労大臣に宛てFAXで1月19日夜に下記の要望書を提出しました。官僚主導によって医師への無限定な支配統制がなされてはなりません。医師への不当な行政処分を阻止するため、多くの方々が長妻厚労大臣に要望を提出していただくことを期待しております。ご参考までにサンプルを下記に添付しておりますので、よろしければお使いいただいて、要望書を提出してください。
【長妻大臣へ提出した要望書】
厚生労働大臣 長妻 昭 殿
FAX 03-5342-6552
井上法律事務所 所長 弁護士 井上 清成
佐藤一樹医師に対する医師法・行政手続法に基づく
強制的な「弁明の聴取」手続の実施延期等を求める要望書
平成22年1月19日付けのエムスリー「医療維新」での「根拠ない、医師への不当な行政処分に異議あり」という報道記事によれば、東京女子医科大学日本心臓血圧研究所循環器小児外科元助手の佐藤一樹医師が、厚生労働省による医師法に基づく行政処分を前提とした行政手続法所定の弁明の聴取手続の対象とされていて、近く強制的な弁明の聴取手続が実施される、とのことです。佐藤一樹医師は、かつて人工心肺装置の操作に過誤があったとして刑法第211条第1項所定の業務上過失致死罪で刑事起訴されて被告人となったものの、東京地方裁判所で無罪判決、東京高等裁判所でも無罪判決を得、検察が上告を断念して無罪が確定した冤罪被害者です。しかるに、やはり同日付けエムスリー「医療維新」での「厚労官僚の火遊びを許すな」という記事によれば、厚生労働省医政局医事課の杉野剛課長が医師資質向上対策室の反対を強引に押し切り、一定の行政処分を目指した強制的な弁明の聴取手続を進めようとしているとのことです。しかしながら、この他部署の反対を押し切ったという強制手続の強行は、もしもその事実上・法令上の根拠付けが十分でなかったものであるとしたならば、刑法第193条に定める公務員職権濫用罪(公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、2年以下の懲役又は禁錮に処する)に該当する恐れすらあります。
長妻昭厚生労働大臣におかれましては、まず第一に、佐藤一樹医師に対する弁明の聴取手続を延期し、第二に、弁明の聴取手続実施の事実上・法令上の根拠の有無・程度、ならびに、場合によれば佐藤一樹医師への公務員職権濫用罪にも該当しかねない杉野剛課長による強制実施の判断・指示の有無、さらに、もしも真実であるならばそこに隠された意図及び背景事情を調査し、第三に、それら調査結果を踏まえた適切な措置を採られることを、ここに要望いたします。
佐藤一樹医師の基本的人権侵害に関する緊急重大事ですので、甚だ失礼ながら、直接に本書1枚をFAXさせていただきました。よろしくお取扱いのほど、お願い申し上げます。
(なお、私は、弁護士ではありますが、佐藤一樹医師の代理人ではありませんし、本件につき佐藤一樹医師とも東京女子医科大学とも利害関係を有していない第三者です。念のため、申し添えます。)
【一般の方が長妻大臣へ要望書を出す場合の例】
佐藤一樹医師に対する医師法・行政手続法に基づく強制的な「弁明の聴取」手続の実施延期等を求める要望書
平成22年1月19日付けのエムスリー「医療維新」での「根拠ない、医師への不当な行政処分に異議あり」という報道記事によれば、東京女子医科大学日本心臓血圧研究所循環器小児外科元助手の佐藤一樹医師が、厚生労働省による医師法に基づく行政処分を前提とした行政手続法所定の弁明の聴取手続の対象とされていて、近く強制的な弁明の聴取手続が実施される、とのことです。佐藤一樹医師は、かつて人工心肺装置の操作に過誤があったとして刑法第211条第1項所定の業務上過失致死罪で刑事起訴されて被告人となったものの、東京地方裁判所で無罪判決、東京高等裁判所でも無罪判決を得、検察が上告を断念して無罪が確定した冤罪被害者です。しかるに、やはり同日付けエムスリー「医療維新」での「厚労官僚の火遊びを許すな」という記事によれば、厚生労働省医政局医事課の杉野剛課長が医師資質向上対策室の反対を強引に押し切り、一定の行政処分を目指した強制的な弁明の聴取手続を進めようとしているとのことです。しかしながら、この他部署の反対を押し切ったという強制手続の強行は、もしもその事実上・法令上の根拠付けが十分でなかったものであるとしたならば、刑法第193条に定める公務員職権濫用罪(公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、2年以下の懲役又は禁錮に処する)に該当する恐れすらあります。
長妻昭厚生労働大臣におかれましては、まず第一に、佐藤一樹医師に対する弁明の聴取手続を延期し、第二に、弁明の聴取手続実施の事実上・法令上の根拠の有無・程度、ならびに、場合によれば佐藤一樹医師への公務員職権濫用罪にも該当しかねない杉野剛課長による強制実施の判断・指示の有無、さらに、もしも真実であるならばそこに隠された意図及び背景事情を調査し、第三に、それら調査結果を踏まえた適切な措置を採られることを、ここに要望いたします。
佐藤一樹医師の基本的人権侵害に関する緊急重大事ですので、甚だ失礼ながら、直接に本書1枚をFAXさせていただきました。よろしくお取扱いのほど、お願い申し上げます。
住所
氏名
2010年1月21日
「厚労官僚の火遊び」を許すな
「厚労官僚の火遊び」を許すな
佐藤医師への「弁明の聴取」が先例になれば、医療体制は崩壊
虎の門病院 泌尿器科部長 小松秀樹
2010年1月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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【弁明の聴取】
佐藤一樹医師への、行政処分を前提とした「弁明の聴取」が近日中に開かれるとの情報が入った。この「弁明の聴取」は、中世の暗黒を現代にもたらし、医療の存立を脅かす。暗澹たる気分になるとともに、厚労官僚に対する歴史的かつ哲学的な憤りが短時間で意識されるに至った。
佐藤医師は、東京女子医大病院事件で、冤罪のために、90日間逮捕勾留された。7年間の刑事被告人としての生活を強いられた。心臓外科医としてのキャリアを奪われた。昨年、無罪が確定した。この冤罪被害者である佐藤被告に対し、行政処分を実施しようというのである。
【検察の論理は援用できない】
厚労省に、佐藤医師に対する処分を正当化できるような精度の高い独自の情報があるとは思えない。しかも、公判での検察の主張の一部を援用することには、決定的な問題がある。検察の主張は、科学者の事実に対する態度とは全く異なる。被告人に有利な事実をしばしば隠してきた。福島県立大野病院事件では、自ら作成した調書に墨を塗って読めないようにした。佐藤医師の裁判では、論理が完全に破綻したために、訴因(犯罪であるとする理由)を第一審の途中で変更した。第一審、第二審いずれも、検察の完敗で、上告断念に追い込まれた。検察は無茶な論理を平気で振りかざす。検察は、裁判官と弁護士の存在を前提としており、その存在がなければ、簡単に社会の敵になる。
【恣意的処分】
医療事故調査委員会(医療安全調査委員会)をめぐる厚労省と現場の医師の争いに象徴されるように、この数年間、厚労省は一貫して、医師に対する調査権限、処分権限の増大を模索してきた。医師に対する行政処分は医道審議会で決定されてきた。従来、行政処分は、刑事処分が確定した医師など、処分の根拠が明確な事例に限られていた。医道審議会は、処分1件当たり、5分程度の審議だけで、事務局原案をそのまま認めてきた。慈恵医大青戸病院事件を契機に、刑事罰が確定していない医師にも処分を拡大してきたが、基準が明らかにされていない。これは、罪刑専断主義による恣意的処分と言い換えることができるかもしれない。
【毒を食らわば皿まで】
医道審議会の状況から、行政処分と「弁明の聴取」の推進者は、実質的に調査権と処分権の両方を持つ。江戸時代の大岡越前守と同じである。当然、このような乱暴なやり方を職権濫用とみなす批判があり得る。推進者もそれを熟知している。強制的な調査を行って処分をしなければ、逆に、職権濫用罪の嫌疑を証明することになりかねない。自分を守るために、無理にでも処分したくなることは想像に難くない。裁判官がいない中で処分を行うことが、いかに難しいか容易に想像される。
【法の下の平等】
今回の「弁明の聴取」は極めて異例なものである。そもそも、政府の行動はすべて法律に則っている必要がある。法律は全国民に対して平等でなければならない。通常業務と異なることを実施する場合には、相応の理由、正当性が必要である。平等のためには、個別事例を特別に扱うことに慎重でなければならない。そもそも、厚労省は、調査権、処分権を含めて、自らの権限を拡大しようと組織的に動いている。どうしても、この事件が実績作りに利用されているように見えてしまう。今回の「弁明の聴取」は、法の下の平等に反するのではないか。
【行政の行動原理】
厚労省が医師を裁くことには、社会思想史的な問題がある。厚労省は「正しい医療」を認定できるような行動原理を持ちえない。
ヘルシンキ宣言は「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」として制定されたが、医療全般について医師が守るべき倫理規範でもある。実質的に日本の法律の上位規範として機能している。その序言の2に「人類の健康を向上させ、守ることは、医師の責務である。医師の知識と良心は、この責務達成のために捧げられる」と記載されている。医師は知識と良心によって行動するのであり、命令によって行動するのではない。法が間違っていれば、これに異議を申し立てる。
これに対し、厚労省は「医学と医師の良心」によって動いているわけではない。法令には従わなければならず、しかも原則として政治の支配を受ける。メディアの影響も当然受ける。確固たる行動原理を安定的に持ち得ないため、ハンセン病政策のような過ちを繰り返してきた。
第二次世界大戦中、ドイツや日本の医師の一部は国家犯罪に加担した。多くの国で、医師の行動を国家が一元的に支配することは、危険だとみなされている。
公務員は原理的に国家的不祥事に抵抗することができない。この故に、行政は、医療における正しさというような価値まで扱うべきではない。明らかに行政の分を超えている。医学による厚労省のチェックが奪われ、国の方向を過つ可能性がある。
【チェック・アンド・バランス】
立法・行政・司法は法による統治機構を形成する。法は理念からの演繹を、医療は実情からの帰納を基本構造とする。両者には大きな齟齬がある。
厚労省は、実情に合わない規範を現場に押し付けてきた。このため、現場は常に違反状態に置かれてきた。頻繁に立ち入り検査が行われ、実際に処分を受けないまでも、その都度、病院は担当官から叱責を受ける。厚労省は、いつでも現場を処分できる。
厚労省の方法は、旧ソ連を想起させる。旧ソ連では物資不足のため、国民は日常的に、勤務先から物資を持ち出し、融通しあって生きていた。国民全員が何らかの違法行為を犯さざるを得ない状況下で、政治犯を経済犯として処罰していた。このようなやり方が国民と国家をいかに蝕んだかは想像に難くない。
しかも、厚労省は、常に、権限と組織を拡大しようとする。厚労省は困った性質を持っており、チェック・アンド・バランスがないとかならず有害になる。チェック・アンド・バランスの考え方は、市民革命を通じて一般化したが、日本では力を持っていない。
【一般厚労行政への影響】
処分は通常の行政とは大きく異なる。厳重な秘密保持も求められる。このため、厚労省主導で処分を実施しようとすると、担当部署は他の部署との間に障壁を設けなくてはならない。しかし、いかに障壁を設けても、厚労省と医師の関係が悪化し、医療行政に支障を来たすような事態は容易に生じうる。佐藤医師への「弁明の聴取」が先例となれば、医師は行政を悪とみなすようになる。厚労省は医師の敵になる。行政は医師の協力を得るのが困難になり、医療行政は立ち行かなくなる。結果として、医療提供体制が損なわれる。
【結論】
個人的に得た情報では、行政処分の事務を担当している医師資質向上対策室は、佐藤医師への行政処分と「弁明の聴取」に反対したとされる。それを、医政局の杉野剛医事課長が強引に押し切ったという。これが本当なら医療提供体制が破壊されかねない。厚労大臣は、事実関係とその背景を調査すべきである。
そもそも、佐藤医師への行政処分は「改竄への加担」が理由だとされるが、舛添要一前厚労大臣の著書『舛添メモ 厚労官僚との闘い752日』(小学館)によると、厚労省の官僚は、日常的に、大臣への報告で、事実を捻じ曲げている。それでも処分されていない。厚労官僚の行動は危うい。チェック方法と適切な処分のあり方を検討すべき状況かもしれない。
2010年1月20日
厚労省が医師を敵にまわす時
厚労省が「刑事無罪」が確定した女子医大事件医師への処分を検討しています。
2001年3月の「東京女子医大事件」で業務上過失致死罪に問われたものの、2009年3月の東京高裁判決で無罪が確定した医師、佐藤一樹氏に対し行政処分を行うために「弁明の聴取」を近く実施する予定であることが、このほど明らかになりました。
従来、行政処分は、刑事裁判で罰金刑以上の刑が確定した医師などに限られてきましたが、数重なる医療事故報道にともない行政処分の枠も拡大されてきました。しかし、その処分がどの例に課せられるかは明確でなく、何らかの偶然で厚労省の目にとまったものだけが裁かれるという状況です。
佐藤氏の例は冤罪です。加えて、9年前に起こった事例に対しての聴取は、行政処分の事務を担当している医師資質向上対策室は反対したそうです。にも関わらず、医政局の杉野剛医事課長が強引に押し切ったといいます。これが本当なら職権濫用甚だしいものです。
厚労省は国民の健康、医療問題を扱う唯一の省庁です。国民の健康と医療は現場の医師なくしてはあり得ません。今回の佐藤氏の事例は医師を敵にし、力で臨床医を服従させようとする意図が働いていると考えざるを得ません。
このような異常事態に対して、政治家も、心ある官僚も、そして国民も目を伏せていてよいものでしょうか。
2010年1月19日
天下り探しに躍起になる医系技官たち
MRICから興味深い記事が発信されました。
自分たちの温床を求め続ける医系技官幹部たちの姿は「指輪物語」で指輪に群がる邪鬼たちを彷彿させます。
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「NC独法化の裏で着々と進められる天下り財団保護」
大岩睦美 (医療・法律研究者)
2010年1月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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1 ナショナルセンター人事の裏で暗躍する医系技官
ナショナルセンター独法化は、権益を守ろうとする医系技官と仙谷改革の攻防の狭間で、法令事務官が二兎を追い、揺れ動きつつも、昨年12月28日にようやく理事長の公募開始へ漕ぎつけた。しかし、その陰に隠れて二日後の12月30日に「高度専門医療に関する研究等を行う独立行政法人に関する法律施行令(仮称)」のパブコメ募集が開始された。
(http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=495090255&OBJ)
内容としては、ナショナルセンターが独立行政法人化するにあたり、独法関係法の対象に6NCを加えるというものであり、一見すると単なる組織変更に伴う機械的な改正のように見える。
しかし、今回のナショナルセンター独法政令(案)は、実は官僚の天下り財団保護を目的としたものであり、およそ許容できないものであるので報告する。
2 天下り財団保護法
即ち、今回改正に係る「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」第十三条1項は、NCの特許権の行使等を行う者(TLO)が、厚生労働大臣の認定を受けることができるというものだが、事実上、特定の天下り財団のみが認定される。天下り財団を保護するための条文と言うことができる。
3 TLOとは
ナショナルセンター独法化の3大メリットの一つとされている知財の推進に関して、TLOの果たす役割は非常に大きい。
即ち、TLOの事業とは、研究所等でつくられた発明等シーズを実際の製品にして世の中に出すための仲介役の機能を果たすものである。
今までは、公的研究所内で折角成果が出たとしても、公的研究機関には、特許化するノウハウもなく、成果を開発して製品化してくれる企業を探してくる能力もないため、世に出ることは稀であった。
国立大学の独法化(大学法人化)に際して、やはり知財の推進は大きな柱として挙げられ、各大学が認定TLOをつくり、大学発シーズの製品化に大きく貢献している。
4 ナショナルセンターTLO
一方、現在、6ナショナルセンターのTLOは、厚労大臣認定TLOであるヒューマンサイエンス財団が担っている。
ヒューマンサイエンス財団は、その事業として1)政策創薬総合研究事業、2)厚生労働科学研究推進事業、3)厚生労働大臣認定TLO事業、4)研究資源供給事業、5)一般事業他を行っており、理事長には下田智久氏(元厚労省健康局長)が入り実権を握っているという典型的な「天下り財団」である。
ヒューマンサイエンス財団がTLOを担当する研究機関は6ナショナルセンターに加え国立医薬品食品衛生研究所、国立保健医療科学院、国立感染症研究所、国立身体障害者リハビリテーションセンター、独立行政法人国立病院機構他3施設と膨大である。しかし、ヒューマンサイエンス財団には高齢の弁理士が一人しかおらず、およそ十分な業務が行える状況ではない。
実際ほとんどコンタクトもとれず、依頼をしても数カ月たなざらしといったことも多々あるため、多くの研究者から「独法化してもヒューマンサイエンス財団にTLO機能を頼まなければならないのか」という意見が出ている。
5 本改正の内容
今回の改正は、下線部のとおり、非公務員型の独法化をするにも関わらず、TLOの認定権限のみを厚労省に残すという内容である。
そして、その実は、ヒューマンサイエンス財団を引き続き認定TLOにすることで、医系技官が自らの天下り先を保護するというものである。
ナショナルセンターは独立行政法人化するにもかかわらず、旧国立大学とは異なり、自由にTLOを選ぶこともできないばかりか、使い勝手の悪い天下り財団のTLOを使い続けなければならず、官僚支配が存続することとなる。
6 更なる脱官僚を
本改正には、自民党政権下において、幾度となく繰り返されてきた渡り、談合、天下りといった官僚統治の宿唖が凝縮されている。
本来、行政府は、法を執行するだけの機関であり、立法機能は議会が有するというのが三権分立の基本精神である。しかし、現在の日本では、ルールを作る側とそれを執行する者が一体化してしまったため(行政府の肥大化)、行事が相撲を当たり前のようにとる状況となってしまった。
政権交代をして、脱官僚を謳っている中、このような天下り財団保護のための改正が堂々と、しかもナショナルセンター理事長公募の二日後に出ていることは由々しき事態である。と同時に、医系技官は未だに陰でこそこそと隙あらば天下り先を確保しようとしていることを忘れてはならない。
政治主導への改革は緒に就いたばかりである。長妻大臣も、阿曽沼・医政局長(法令事務官)も、武田・政策医療課長(法令事務官)も、医系技官の操り人形とならぬよう、国民目線の改革を肝に銘じていただきたい。
2009年1月7日
上田局長へのクリスマスカード
本日付で、上田健康局長(cc:三浦厚生科学課長)にメールを出しました。
上田博三局長殿
前文ごめんくださいませ。
私は厚生労働省に採用されて以来、厚労省が本当に国民の方を向いて仕事をしているのかという問題提起をしてきました。
しかしながら内部での議論は皆無に等しく、声を上げるたびに左遷と言う形で厄介払いされてきました。
新型インフルエンザに対しては2009年5月28日、検疫所という現場で働く立場から国会での発言に至ったのですが、その前の5月25日に民主党鈴木寛参議院議員とのやりとりがありました。
鈴木議員「木村氏は(政府の方針に)はっきりと異を唱えている。厚労省はこの意見をどのように把握し、どのように扱われたのか」
(中略)
上田局長「私は上司なので・・・・・・・。(上司が部下を呼ぶと)公平でないので・・・・・・・」
鈴木議員「(新型の方針に関して国からの)ダブルメッセージになっているので整理してはいかがかといっている」
それ以来上田局長から私を呼び出して事実確認等はありません。
新型インフルエンザ対策含め厚労行政に対して、私がメディアやtwitter等の媒体を通してしかか発言できないことがおかしいと思っています。
この事については、上司である東京検疫所東京空港検疫所支所長などにもきちんと伝えてあります。
5月25日からの約7カ月、私は上田局長がいつ私をお呼びになるかと待っておりましたが、12月24日現在何の動きもありません。
そのため本日上田健康局長に御面会をお願いしたくメール差し上げる次第です。
ご多忙とは存じますが、本件についての話し合いについて御都合のよい日時をお知らせくださるようお願い申し上げます。
かしこ
2009年12月24日
厚生労働省東京検疫所
東京空港検疫所支所
検疫衛生・食品監視課
検疫医療専門職
木村 もりよ
事業仕分けに思うこと
行政刷新会議WGによる事業仕分けが世論を賑わせています。とても新しいことのように見えますが、実際は財務省主計局が行っている予算編成を公開で行っているだけです。
予算決定のプロセスと、税金の無駄使いをなくすという意味では事業仕分けは意義のあることだと思います。しかし物事には良い面と悪い面が必ず存在します。
大きな懸念は無駄をそぎ落とすことに躍起になり、必要なものまで削ってしまうこと、仕分けの対象とならなかったことが実は本当に無駄なこと、といったことが問題点として挙げられます。
必要な部分まで削られかかっているのが診療報酬です。医療の部分だけは聖域化するな!という意見はもっともですが、これ以上診療報酬を削れば、国民が医療を受けたい時見てくれる医師はいなくなります。そして今のアメリカのように富裕層だけが現状レベルの医療を受けられるということになりかねません。国民の大多数がこうした状況を望んでいるかどうかは、政府が国民に問う必要があります。
それから、仕分けの対象とならなかった事業についてはどうでしょうか。子ども手当、高速道路無料化など、国民の意見を反映しているかどうか疑わしい事項がマニフェストに含まれています。マニフェストは選挙の際の公約ですが、民主党に国民が投票したのはマニフェストに挙げられているすべての事項を国民が望んだというのは明らかな誤りです。ですから、マニフェストを事業仕分けの聖域として扱うのは問題でしょう。
仕分けは切り落とす作業です。もちろん切らなければならない部分を削除するのは必要なことですが、事業仕分けが単なるパフォーマンスとなっては意味がありません。実際、事業仕分けは法的決定権を持たないのですが、世論的にはそれ以上のインパクトがあるかもしれません。
民主党に国民が望んでいるのは再生であり崩壊ではありません。それを期待して民主党が支持されたということを忘れないでほしいと思います。
2009年11月22日
平成の伏魔殿‐厚生労働省‐
11月6日の参・予算委で舛添議員から新型インフル対策本部に関する言及がありましたが、その発言の背景には厚労省の機能不全があります。
■ワクチン行政の役割分担
○大臣官房 厚生科学課(医系技官の人事課)
感染研の所管:感染研では国家検定をやっているが、国家直営なので、非効率的。
時代錯誤的で、必要性に疑問もある。
○健康局(←旧公衆衛生局) (上田博三氏が局長)
・感染症課
予防接種法(法定接種)の施行、感染症対策としての予防接種の総論(どのワクチンを法定接種にするかといった検討会をするなど)、法定接種の接種事故、副作用の救済を行う。
○医政局(←旧医務局) (医系技官が局長・課長;舛添議員がが史上初の法令事務官の局長に変更)
・指導課:現場の接種体制の確保
・研究開発振興課:ワクチンの研究開発・・・メーカーとのやりとり
○医薬食品局(←旧薬務局) (法令キャリアが局長)
・審査管理課(薬系が課長):ワクチンの審査方針等、緊急承認、製造業の許可、(実際の審査は、PMDAとも更に縦割り)
・安全対策課(薬系が課長):ワクチンの安全性・医薬品としての副作用対策(ワクチン由来の欠陥)
・血液対策課(医系が課長):ワクチンの生産、流通、供給の確保
○保険局
ワクチンの保険収載
■ワクチン行政の縦割りの弊害
○法定接種の拡大に否定的(国の責任を回避)したい健康局
←ワクチンの確保、流通をする医薬局(メーカーに言われてどんどん接種を推進したい)
○安全性のデータをたくさんほしがる健康局
← 一定の治験で安全性は大丈夫ということもある医薬局。しかし、安全性にはかなり慎重になっている。
○認可を急がせたい健康局
←審査に慎重な医薬局
○輸入に反対?の医薬局
←供給量は必要な健康局、供給体制は必要な医政局
すなわち船頭多くして、「司令塔」不在なのです。主導権が不明で、消極的権限争いばかりです。国のワクチン買い上げも押し付け合いの結果、血液対策課がおしつけられました。
局が縦割りだからという理由もありますが、今回のような危機管理的な事態に対して、各局の分担体制が機能していないのが最大の問題ではないでしょうか。
2009年11月7日
記者クラブの舞台裏
一記者のつぶやきです。ご本人の了承を得てほぼ全文掲載します。
記者クラブの記者は、役所の仕事を世の中に伝えることが仕事だと勘違いし ているので、悪意なくリークを求めます。
役所で聞いたことだけで1面トップを書くことができて楽なので、喜んで言 うなりになるのです。
役所側は、あなただけだよと言いながら、記者のタイプに合わせて「平等」 にリークします。信頼関係なんてウソなのですが、お互いの利益のためにそう いう虚構の上にいます。
一番気をつけないといけないのは、個別に開く記者会見というより、「懇談」です。
お茶とケーキ、夕方ならビールやウイスキーを出しながら、局長室などでよ もやま話をするわけです。
もちろん、記事になる「おみやげ」も用意しているので、記者は終わったら すぐにパソコンに向かうことになります。「厚労省幹部は」などという匿名の 記事が一斉に載るのは、だいたいがこのパターンです。
私などは、酔ってからんだので嫌われました。(笑)
いくら懇談をしても言うことを聞かない記者、記者会見でKYで質問する記 者がいると、1人で局長室などに呼ばれます。
私は、個別のテーマを持たない時には取材を申し込まなかったのですが、と にかく来てよ、と言われます。
誘いに乗っていくと、それとなく、「特ダネ」をくれます。
これを書いたらおしまいです。リークのサークルに入ることになります。
書かずに放っておくと、ある日、同僚から「どうして書かないのか」といわれます。
同僚は、役所の中をご用聞きをして回っているわけですから、聞かれるわけです。
「みんながいるところで質問なんかしないで、来てくれたら話すのに」と、 同僚を介して言われたこともあります。
そんなネタを書くつもりはない、と言うと、「せっかくだから書いておいて、批判は批判ですればいいのに」と言われるわけです。
そういうことに応じず、それでも自分で調べて書いていると、そのうち、キャップに刺されたり、デスクに告げ口をされたりします。やれ、態度が悪い、 間違ったことを書いている、一方的だと。
広報や上層部の連中は、長い人間関係の中で、本社にいる人間とも連絡をと っているので、いくらでも裏から手を回します。
とりあえず、記者会見より、懇談をやめさせることでしょうね。
記者会見なら発言者を明記するので、都合のよいことは言えませんから。
ダイレクトクオートされない記事が載ったら関係者から事情聴取するぐらい のことをすれば、すぐに止まると思いますよ。
2009年10月15日
天下りの温床
昨日、国立がんセンターで講演をしました。ナショナルセンターの独法化が進んでいる中、がんセンターも例外ではありません。
独法化は天下りの温床になる危険性がもっとも高いものです。今週の週刊朝日でも取り上げられていた、「骨髄バンク」はその縮図をもっとも生々しく示すものと言えます。
築地の一等地にあるがんセンターが、厚労省の天下りポストを増やすことにならないよう、国民もメディアも良く監視する必要があります。
2009年10月14日
国民の首をかけて仕事をする医系技官
前回のブログでも霞が関から率直な意見が出てきたことをよい事だとお知らせしました。その当事者である村重直子厚生労働省大臣政策室政策官は、本日発売のサンデー毎日で「厚労省は感染対策計画を放棄していた」と厚生労働省の政策を批判しました。
村重氏は東京大学医学部卒業後、米国べス・イスラエル病院で研修医として勤務するという才媛です。舛添大臣のお膝元にいる医系技官が上司である上田健康局長を批判するのはよほどの決断だとおもいます。
ところが、村重氏に対し「省内のインフルエンザ会議に出るに非ず」とか「村重氏の発言は頭にくる」といった文書とメールが行き交い、顔の見えない嫌がらせを受けているようです。私の時と同じように上田局長はじめとする医系技官幹部は直接話をすることはないのです。
もし村重氏の意見に間違ったところがあれば堂々と反論をするべきです。こともあろうに「内部告発者に対する制裁はしてはならない」としている監督官庁があからさまに制裁を行っているのです。
村重氏の行動は勇気あるものです。今の医系技官のトップは自分の首をかけず、国民1億人の命をかけて仕事をするのです。医師として許されるものではありません。本当に国民の命を思う人が排除される社会は病んでいます。世論がそれに気がつかなければ末期がんのように延命を図ることは不可能になるでしょう。
2009年9月2日
日本の仕組み 記事バックナンバー
これまで日本の仕組みについて掲載してきた記事のバックナンバーとなります。
■誰を選ぶか 2009年8月10日
□集団責任という名の無責任 2009年7月30日
■村上龍氏のブログから 2009年7月8日
□舛添大臣の医系技官改革 2009年6月27日
■理で行動しない日本という国
□地方自治の現場の声:滋賀県湖南市長の声 2009年5月28日